セイはマリア像の前で立ち止まると、ゆっくりと顔をあげた。
『あなたはまた、私に罰を下そうとゆうの?あの時と同じ過ちを繰り返そうとしている私に・・・。』
マリア様の前でお祈りもせずにただその顔を睨みつける白薔薇様とゆうのは一体どうなんだろう・・・。
傍から見ると一体どんな風に映っているのか。
しかし、声を掛けてこようとする生徒は一人もいない。
皆セイに気を使っているのか、それともただの無関心なのか・・・。
『あぁ、違う。私が声を掛けさせないんだ。』
あのマドレーヌ事件から今日で3日が過ぎようとしていた。たった3日。されど3日。
3日とゆう日数なんて今まで大したものではなかったとゆうのに、今回はやたらと長く感じられる・・・。
『まだ3日しか経ってないのにね。』
この3日間ユミには一度も会っていない。
会おうとするよりも会わずにいることのほうがこんなに難しいとは思ってもみなかった。
セイは無意識のうちにユミを探してしまう。気がつけば目が、脳が、心が彼女を探してしまうのだ。
そう、正に今も見つけてしまった・・・。
セイがマリア様の前で仁王立ちしている横を足早にすり抜けて行ったユミを・・・。
キレイに二つに分けられた髪がユミの肩口あたりで、楽しそうに跳ねる。
『どうして逃げるの?』
その理由をセイは知っていた。あの日薔薇の館で何かを間違えたからだ。
間違えたとゆうよりは期待していたのと違ったと言ったほうが正しいかもしれない。
『期待させないでよ。』
そう何度も思った。そして願った。でもそれはやはり叶わないものだった・・・。
ユミは始めから期待させていたんじゃなく、勝手にセイが期待していたのだ。
『まるで自分に都合の良い夢を見てたみたいだ…』
セイは走り去るユミの背中が見えなくなるのを確認すると、ようやくその場から動き出した。
「誰かと思えばセイじゃない。」
歩き出そうとしたセイを聞きなれた声が呼び止めた。
「・・・蓉子。」
「ごきげんよう。」
ヨウコはにっこりと笑ってお祈りを手短に済ますとセイに近づいた。
「一体いつから居たの?今来たわけじゃないんでしょう?」
セイはそう言って時計に目をやる。8時10分・・・。いつものヨウコならもうとっくに学校に来ているだろう。
「いつから?そうね、あなたがマリア様の前に立って睨み付けているのを始めからずっと見てたわ。
いつまでいるのかと思っちゃった。」
ヨウコはあきれたように腰に手をやると、わざとらしくため息をついた。
「…別に待ってくれてなくてもよかったのに。」
「あら、私にはあなたの背中がとても寂しそうに見えたんだけど気のせいだったのかしら?
…何かあったの?」
「別に。これと言ってたいした事じゃないよ。」
シレっとした顔でそう言って歩き出そうとするセイの腕を、ヨウコは掴んだ。
「別にってことはないでしょう?ねぇ、大丈夫なの?」
セイは大きくため息をつくとあからさまに嫌そうな顔をしてつぶやいた。
「あのねぇ、生きてれば悩みなんてそこら中に転がってるもんだよ。
それをいちいち蓉子に言わなきゃならないの?」
「・・・。」
ヨウコは黙り込むと少しうつむいた。
『ヤバイ。言い過ぎたかな・・・』
セイが心配そうにヨウコの顔を覗き込むと、ヨウコは顔を上げ強い口調で言い切った。
「あなた最近薔薇の館に来ないわよね?どうしてなの?」
突然のヨウコの台詞にセイは、はぁ?と聞き返した。
「それ、今関係あるの?」
「ええ。誰があなたの埋め合わせをしてるかあなた知ってる?」
「・・・蓉子?」
セイは明らかに怒っている蓉子に少し安心しながら、おずおずと答える。
『良かった、いつもの蓉子だ。』
「そう。私よ。あなたが来ないおかげで迷惑がかかっているのはこの私なの。
どう?原因聞く権利あるでしょ?」
蓉子の絶対的な態度は誰もイヤとは言わせない迫力がある。
蓉子に逆らうのは月を手に入れるのと同じぐらい不可能だ。
「・・・も、黙秘権を要求してもいい?」
「・・・。」
「・・・。」
タジタジになっているセイとなんだか偉そうなヨウコ。
はたから見ればどんな風に映っているのだろう・・・。
『まるで母親に怒られている子供みたいだ…』
上目遣いでヨウコの顔を恐る恐る見上げてみると、
ヨウコはあきらめたようにため息をつきセイの腕をひっぱった。
「ほら!しゃんと歩いて!遅刻するわよ!」
「えっ?い、いいの?」
「…いいわよ。別に。どうしても言いたくないんでしょ?ただし、一つ約束してちょうだい。
何年先でもいい・・・。いつかあなたが話してもいいと思えた時でいいから今回の悩みを話してほしいの。」
ヨウコはセイの目をじっとみつめた。もしかするとヨウコは何か気づいているのだろうか。
「わかった。約束する。」
「なら、いいわ。今回は大目に見るわ。ただお願いだから早めにケリつけてね。」
ヨウコは苦笑いしながらセイを見上げた。
「どうして?今そんなに忙しくないじゃない。」
「・・・あなたね、何言ってるの?私たちもうすぐ卒業でしょ?それともあなた、卒業しないつもりでいるの?」
「あぁ・・・。あったね、そう言えば。あんまりにも実感がないもんだから忘れてた。」
「・・・実感か、確かにあまりないわね。・・・なんだか長いようで短かったわ。ほんとあっとゆう間。」
ヨウコがセイの方にちらりと目をやると、セイは前髪を少しだけつまんで指先でもてあそんでいる。
「そう?私は十分長かったよ。良い事も悪い事も沢山あったしね。」
「・・・そうね。」
セイは教室の前でヨウコと別れ教室に入ると、適当に挨拶をかわして自分の席についた。
卒業間近の3年生の授業なんてあって無いようなものだ。
セイはなんとなく午前中は窓の外を見てすごした。
5限目と6限目の間の休憩時間にクラスメイトの佐々木さんに呼び出され,
廊下に出てみるとそには、カメラちゃんが立っていた。
「ごきげんよう。白薔薇様。今お時間よろしいですか?」
「かまわないよ。どうしたの?蔦子ちゃんが直々に尋ねてくるなんて初めてじゃない?」
「そうでしたか?いえね、これを渡そうと思いまして。」
ツタコはそう言って封筒をセイの方に差し出した。セイはその封筒を受け取ると中をのぞいた。
どうやら中身は写真らしい。
「もらっていいの?」
「はい。とても良く撮れているので記念にどうぞ。それでは私はこれで!」
ツタコはそう言ってクルリと向きを変え、階段の方へ歩き去った。
セイは自分の席に戻ると封筒の中から写真を取り出した。
「・・・ユミちゃん・・・。」
写真にはテストの日の朝の風景が映し出されていた。
『・・・私はユミちゃんといるとこんな顔してるの?』
セイは写真を封筒に戻すと窓の外に目をやった。
一体いつの間に眠ってしまっていたのか、
気がつくと授業はすっかり終わっていて掃除が始まろうとしている。
セイはあわてて封筒を鞄に入れて教室を後にした。
図書館の隅の席でもう一度写真を取り出し、それを眺めた。
「・・・こんな顔まだ出来たんだ。」
セイは写真の中の自分の顔を見てつぶやいた。なんだか、見ていて恥ずかしくなるくらい幸せそうな顔だ。
そしてユミの顔に目を移す。
『…あれ?この子…』
ユミの表情をしばらく観察していたセイはふと違和感に気づいた。
『なんだろう?何か違う・・・。』
写真の中のユミはいつもどうり笑っているだけなのだが、何かが違った。
セイは必死に何が違うのかを考えてみるのだが、これがなかなかわからない。
どれぐらい考えていたのか、周りにはすっかり人がいなくなっていた。
シンとした図書館の中は暖房がかかっているにもかかわらず肌寒い。
『そう言えばユミちゃんを初めて見たときもまだ肌寒かったっけな。』
初めてユミに会ったとき、そのクルクル動く表情がとても可愛らしいと思った。
年の割に幼い髪型も、子狸のような愛らしさも本当に可愛いと思った。
そして・・・。
『かわいかったな、ほんと。かわい・・・かわいい。そうだ!』
セイはもう一度写真のユミをじっと見つめる。
『・・・この写真・・・綺麗なんだ・・・。』
セイの隣で恥ずかしそうに笑う少女の表情はいつもの子狸のような可愛らしさではなく、
まるで華のようだった。
いや、蕾から華になった瞬間とでもゆうべきか、とても綺麗だったのだ。
『どうして。』
綺麗なユミを見てうれしいはずのセイの心は何故か、冷たくなってゆく・・・。
『自分から一歩ひきなさい。』
その言葉が今、セイに重くのしかかってくる。
『期待しちゃいけない・・・。でも・・・。』
ユミの華のような表情は自分だからだと思いたい・・・。でももし違ったら?
そう思うと怖くなる。動けなくなってしまう・・・。
『今のままでいいじゃない。十分楽しいじゃない。なのに・・・どうして私は・・・。』
理性とは反対に心は華を欲しがる・・・。飾っておきたい、自分の傍に・・・。
知らず知らずのうちに涙が出てくる。一筋の涙が頬を伝って写真に落ちた・・・。
涙が落ちたのはちょうどセイの顔の上だった・・・。
屈折の加減で、セイの幸せそうな笑顔は歪んで見える。
その横ではとても綺麗な華が咲いていた・・・。
心は時として邪魔になる。
なくなればいいとさえ思う。
でも、キミを思うこの気持ちは、紛れも無く心のおかげなんだね。