マリアさまお願い。どうかこの気持ちの名前を教えて下さい。


そう願ってから3日が過ぎた。あれから白薔薇様の姿を見ない。

学校には来ているのだろうけど薔薇の館にはめっきり姿を表さなかった。

『ゆ〜みちゃん』と突然抱き締められたりしたのも大分昔の事のよう…。

今まではユミがどこにいてもめざとく見つけては、ちょっかいをかけてきていたとゆうのに。

 ユミはとぼとぼと銀杏並木をぬけるとマリアさまの前で立ち止まった。

胸がドキドキと早くなるのがわかる。理由は簡単だった…。

マリア様の前にまるで挑むように仁王立ちして立っている白薔薇様がいたのだ。

今まで沢山ここでお祈りしている生徒はみたが、

さすがにマリアさまを睨み付けている生徒は初めてみた。

ユミはなんだかその背中が声をかけてくれるな、と言っているように思えて足早にそこを立ち去った。

いや、もしかするとただ会いたくなかっただけかもしれない…。

白薔薇様に会うと胸が苦しくなってくるのだ。


『・・初めてお祈りしなかったな・・・。』

ユミは机の上につっぷすとため息をついた。

かしゃ!

突然のカメラの音にユミは顔を上げると、そこには通称カメラちゃん・・

こと武嶋蔦子がこちらにカメラを向けて立っている。

カメラのレンズがキラリと光っているのが、まるで蔦子さんのシャッターチャンスを逃すまいとしている

心境そのもののようで少しおかしかった。

「・・・何がおかしいの?今日のユミさんは一段と面白い。

暗い顔で教室に来たかと思えば、ため息ついて、今度は突然笑いだすし。」

・・・いえね、笑ったのはカメラと蔦子さんがまるで一心同体みたいだな。と思ったからで・・・。

「ううん。大した事ないんだけど、ちょっと考え事かな?」

「考え事?」

「うん。名前がね・・・。」

「・・・名前・・・?」

「そう。名前がつかないの。」

「・・・。」

ユミとのおかしな会話に蔦子はとうとう黙り込むと、今度は蔦子がため息をついた。

「・・やっぱり今日のユミさんは変だわ・・。」

蔦子はやれやれとでもゆうように首を左右に振ると,

なにやら鞄の中から封筒を取り出しユミの机の上に置いた。

「・・何?これ。」

「ユミさんの元気の素。それでも見て早く元気になってちょうだい。

憂い顔のユミさんもいいけど、やっぱりユミさんは笑顔が一番だからね。」

蔦子はそう言ってさっさと自分の席に戻ると今度は志摩子をパシャパシャとやっている。

ユミはその光景を見て苦笑いしながら、封筒の中身を確認した。

封筒の中身は5枚の写真。そのうちの3枚は祥子とユミだ。

「・・・これいつ撮ったんだろ??」

ユミが嬉しそうに祥子の隣で笑っている写真を見てボソリと呟く。

大抵蔦子の撮る写真はいつ撮られたモノか解らない事が多い。

それほど記憶にないような日常の一コマを綺麗に抜き取ってくれるのだ。

全く油断も隙もあったものではない。

でもユミは蔦子の撮る写真が好きだった。

蔦子の写真にはいつも素のユミが写る。赤薔薇の蕾とゆう立場ではなく、ただのフクザワユミが・・・。

蔦子にもらった写真は少しだけ憂鬱な気分をどこかに追いやってくれた。

3枚の写真を交互に見直していると、自然と頬が緩むのが解る。

『大好きなお姉さま・・・。』

ユミは祥子が一番綺麗に写っていた写真を大事に生徒手帳の裏に入れると、

残りの写真を封筒に戻した。

『さて、次は?』

4枚目を手にとり、写真に目を落とした。

『・・・』

確かに素のユミだ。そこに映し出されていたのは紛れもないユミの素だが・・・。

「蔦子さん!!何!?これ??」

ユミは思わず蔦子に詰め寄った。右手にはしっかりと写真がにぎられている。

「あぁ、それ!いいでしょ?まさにユミさん!って感じで。」

蔦子は悪びれもせずにカカカと笑った。一方ユミは顔から火が出そうだ。

「こ、こんな写真・・いつ撮ったの!?」

ユミは真っ赤な顔をさらに赤くして写真を握り締めた。

写真には大アクビをしているユミがこれでもか!とゆうぐらいにアップで写っている。

とても清楚とは言えない・・・。

「まぁまぁ。それがユミさんの良さでもあるんだからさ。

そんなに気を落とさないでよ。とても良く撮れてると思うけど?」

・・・そうゆう問題じゃなくて。一応薔薇の蕾でもあるんだしさ・・・。

「そんなものでもいい思い出になるものだよ。それより写真全部見た?」

蔦子の突然の問いにユミは頭を振った。

「ううん。祥子様のとこれだけだけど・・・どうして?」

「ふーん。私はね、今回コレも好きだけど最後のが一番好きかな、と思って。」

「最後の?」

「そう。ユミさん一番良い顔してるもの。」

蔦子はそう言って今度はカメラを教室の隅でおしゃべりしていたグループへ向けていた。

ユミはそんな蔦子に苦笑いしながら、席へ戻ると最後の一枚に手をやった。

『これ・・・あたしと・・・白薔薇様・・』

最後の写真に写っていたのは恥ずかしそうな笑みを浮かべるユミと、

そんなユミを見つめるセイの姿があった。

『・・・テストの時のかな?そうだよね、多分。』

ユミはもう一度写真を覗き込む。

セイの表情はいつものオヤジモードなんかではなくとても穏やかで、

ただの写真だとゆうのにドキドキする程だ。

一方ユミは恥ずかしそうに笑っているのだが、その笑いはいつもの祥子に向ける笑いではなかった・・・。

ユミは写真をさっさと封筒にしまうと、いちど大きく深呼吸をした。

『わたし、あんな顔するんだ。白薔薇様といると・・・。』

「どうだった?良かったでしょ?」

気がつくといつの間にか蔦子が前の席に座っていた。

「う、うん。でも・・。」

「?でも、何?」

「うん。なんか普段の私じゃないみたいで・・・。」

「そりゃそうでしょうね。あの写真のユミさんは普段のユミさんじゃあない。」

蔦子の思いがけないセリフにユミは目を丸くした。

そういえば蔦子もユミの事をいつもとても良く理解してくれる。

悩んでいるといつも助け舟を出してくれるし、的確なアドバイスもしてくれる。

とても頼りになる友人のうちの一人なのだ。

『もしかすると蔦子さんなら・・・』

「普段の私じゃないってどうゆう事?」

「そうね。例えて言うならいつものユミさんが蝶の卵なら、写真のユミさんは蝶ってところかな。

そして今のユミさんはサナギ。」

た、例えが難しすぎる・・・。

「・・よく解らないよ。蔦子さん。」

「そう?かなりいい表現だと思ったんだけどなぁ。」

「あの、噛み砕いてくれると嬉しいんだけど・・・。」

「えっ?これ以上??」

蔦子はユミの質問に頭を悩ませている。どうやら解りやすく言うことが蔦子にとっては難しいようだ。

「つまり、あの写真は蝶々で、今の私はサナギに逆戻りしたってこと?」

「逆戻りとは思わないけど、ただ幼虫の時期を飛ばしたってかんじかな。」

「幼虫を飛ばした・・・?」

「そう。ユミさんは卵から直接蝶々になってしまった。だからとまどってるのよ。。

だからもういちどサナギになろうとしてるんじゃないかな?」

「もう一度?サナギに?」

なんだか、蔦子の言ってることは抽象的すぎて解らない。でも、なんとなく解る気もする。

そして蔦子の言ってる事こそが、ユミの悩んでいるこの気持ちの答えのような気がした。

「私、ユミさんみたいに幼虫を飛ばす人って割と沢山いると思うんだ。

でもサナギを飛ばすわけにはいかないからね。

綺麗な蝶々になるためにサナギの時間はやっぱり大事だと私は思うよ。」

「・・・うん。なんとなくだけど蔦子さんが言ったこと解ったような気がする・・・。ありがとう。」

ユミは蔦子にお礼を言い、もう一度鞄から写真を取り出した。

「いいえ。どういたしまして。早く蝶々になれるといいね。」

蔦子はそういって席を外した。

ユミは蔦子に心の中で感謝しながら、机の上に置いた2枚の写真を見比べた。

『お姉さまと私。白薔薇様と私。』

どちらのユミも笑っている。でもその笑いの何かが違う・・・。

その何かがユミには解らない。蔦子はセイとの写真を蝶だという。

とゆう事は祥子と居るときは卵という事だろうか・・・?

『蝶か・・・。でも私嫌いじゃないかな。この顔・・・。』

ユミは心の中でそう呟くとセイと写った写真を指ではじいた・・・。



今はまだサナギでも必ず蝶になる日はやってくる。

そのときの為にきっとこうして悩むのだろう。

未だ名前のないこの感情をサナギの殻に例えるなら、殻を破ったその先に何が見えるのだろう・・・。

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