想いが交錯する。
沢山の感情に流されて私は生きる。
幸せなのか、不幸なのかはよく解らない。
それでも私には・・・前に進むしか、もう残されてはいないんだ・・・。
昼が近づいて日差しもだんだんキツくなってきた。
まさに絶好の海日和。きっと海も人が多いのだろうな、なんて思うと今からでも行き先を変更したくなってくる。
それをヨウコに言うと、思いっきり顔をしかめられてしまった。
「・・・何もそんな顔しなくても・・・」
「だって、そんな事したら・・・」
ヨウコはそこまで言って慌てたように口を閉ざしてしまう・・・。
一体何を言おうとしたのか…セイは首を傾げながら聞き返した。
「そんな事したら?」
「・・・いえ、なんでもないわ。それよりまだ出発しないの?」
危ないところだった。思わず本音を言ってしまうところだった・・・。
ヨウコはホっと胸を撫で下ろすと大きな溜息を落としながら車の助手席へと乗り込む。
セイはいつもこうやって悪気なくヨウコの想いを無碍にしてきた…。
今だってそう…今日海に行くために水着だって買ったのに。
数日前にセイとエリコと一緒に見に行った時、それとなくセイの水着はどんなのか?と聞いたのにだって訳がある。
なんとなく…なんとなくだけど、少しでもセイとお似合いでいたかった。
だからわざわざ聞いたのだ…それに自分の水着を合わせるために・・・。
こんな事をしたってしょうがないのは解っているけれど、そうしたいのだからしょうがない。
たとえ自分に振り向いてくれなくても、少しでも傍にいたかったから・・・。
ヨウコが助手席にさっさと乗り込んで物思いに耽っていると、
正面から少女が2人こちらに向かって小走りでやってくるのが見えた。
少女のうちの一人がこちらに向かって嬉しそうに手を振る…。
それを見たセイもまた、幸せそうに手を振り返している。
「祐巳ちゃんに・・・志摩子じゃない」
ヨウコはポツリと呟くと、この状況を頭の中で整理しようとした。
しかし整理するよりも先に、セイが隣に着席して状況を事細かく説明してくれたものだから、
ヨウコはそれについてもう何も考えるのを止めた。
たとえ内心は穏やかではなくても…2人きりでないことが、とても残念に思えたとしても。
「「お待たせしました」」
「いや、大丈夫。それよりも早く乗って、そろそろ出発するから」
「「はい」」
ユミはシマコに先に乗るよう促すと、自分は後に乗り込んだ。こうすればセイの後ろの席に座れると思ったのだ。
そしてふと思う。自分はいつからこんなにズルくなったのだろう…と。
サチコと居る時はこんな計算なんてしないのに、どうしてセイの事になるとこんなにもズルくなってしまうのだろうか。
…最低だ…私…
そうすると、なんだか自分がとても汚く思えてくる…。
こんなのは自分じゃない…でも、いくらそう思おうとしても、心の中のもう一人の自分はそれを許さない。
ユミはそんな事を考えながら、前の席に座っている愛しい後ろ頭を眺めていた・・・。
「ところで…事情は聞いたけれど、あなた達…本当に大丈夫?酔ったらすぐに言うのよ?」
ヨウコは後部席ですでに心配そうな表情を浮かべている可愛い後輩2人にそう言うと、
自分はしっかりとシートベルトを締める。
「はい、蓉子さま。お気遣いありがとうございます!
でも大丈夫ですよ、後ろにもシートベルトはついていますし。ね?志摩子さん」
「ええ、そうですわね。これだけでも随分違うと思いますし・・・」
後部席の2人はそう言ってシートベルトを締めると、少し不安げな笑顔を浮かべる。
セイはそれをルームミラーで確認すると、少し膨れて失礼ね、と呟いた。
「日頃の行いが悪いのよ、あなたは」
「なによ、蓉子まで!もう三人とも乗せてやらない!!」
「あらあら・・・困った運転手さんだこと」
ユミとシマコは前の2人の掛け合い漫才のようなやりとりに目を細めながら、
エンジンがかかったと同時にドアの上についてあるとってを2人同時に握り締める…。
少しして車は大きく傾きながら派手な音を立ててその場でクルリと旋回すと、
サービスエリアの出口に向かって物凄いスピードで走り出す。
気がつけば、ユミの中であれほど醜く思えた感情もいつの間にかどこかへ行ってしまっていた・・・。
セイの乱暴な運転はとどまる所を知らない・・・。そんな事を思ったのは他の誰でもない、シマコだった。
以前に一度だけ隣に乗った事があったけれど、あれ以来少しは成長したか、と思っていたのに・・・。
とんでもない誤解だった…むしろ酷くなっているような気がしてならないのは気のせいか。
それでも、大切なお姉さまのお願い・・・きけないはずがなかった。
自分には今、ノリコという可愛い妹も出来た。自分でも今とても幸せだと思う。
ただの妹という感情だけではない。セイに対する想いでもないものをノリコには感じている。
そして多分ノリコもそう思ってくれているのだろう、と、思う。そしてその感情は今までのシマコを変えた。
一人で居たいと、身軽で居たいと願っていたあの頃のシマコとは違う・・・。
守るべきものが出来た…帰る場所がある…それだけの事がこんなにも幸せな事だとは思いもしなかった。今までは。
・・・じゃあお姉さまは?
まるで鏡のような自分とセイ…セイはシマコを妹にしたけれど、自分に対してはそんな感情を持たなかった。
一緒に居る事で安らぐ事は出来たけれど、それは幸せには繋がってはいなかったように思う。
心休まる事はあっても、絶対的な孤独感までは拭えない。口には出さなくても、お互いその事をとてもよく理解していた。
でも、セイは見つけた…自分にとっての本当の幸せを…。心安らぐだけではない、幸福感を与えてくれる誰かを。
守るべきモノ…帰りたい場所…それを見つけることが出来たのだ。
シマコは初めてセイの口からユミが好きだと聞かされたとき、内心戸惑った。どうして、ユミなのか?と。
でも、思い返してみてすぐにその謎は解けた。
セイがユミを求めたのは、シマコがノリコを求めたのと同じ理由だと解ったから。
そして、ユミにならいいと思った。安心してセイの事をお願い出来る。
シマコにとってセイは自分であり、セイにとってもそれは同じ。
自分達はまるで合わせ鏡のような存在…一人が幸せを掴んだのなら、片割れも幸せにならなければならない…。
それがセイとシマコ…白薔薇の姉妹の絆だった…卒業してもそれは変わらない…この先ずっと…きっと。
決して手助けはしない。でも、少しでもセイが動きやすくなるなら…その努力を惜しむ事はない…。
まるで、高校時代セイがシマコにそうしてくれていたように…。
出会えた事が奇跡。
鏡のようなあなた…もう一人の私。
それこそが私達の軌跡・・・。