キミを見ると心が揺れる。


それは名も無い花に感動するような、


道端に咲いてる花にそっと涙するような、


そんななんとも言えない感覚・・・。


これが恋なのか・・・これが愛なのか・・・。






「おいしい?祐巳ちゃん」

セイはジリジリと降り注ぐ日差しからどんどん溶け出すソフトクリームを必死に守ろうとしながら少し後ろを振り返る。

「はい、とても!ありがとうございます、聖さま」

「いいえ、どういたしまして」

セイはそう言うと目を細めた。決して太陽が眩しかった訳じゃない。

この顔が見たかった・・・ユミの、幸せそうな嬉しそうな・・・そんな顔。

ソフトクリームよりも甘くほころぶユミの顔は、セイにとってはそれだけでごちそうだった。

どんなディナーでもデザートでも敵わないとびきりの贅沢・・・。

セイとユミは傍にあったベンチに腰掛けると物凄い勢いで溶け始めるソフトクリームを一生懸命舐める。

でも、一度勢いのついたソフトクリームは尋常じゃない速さで溶けてゆく・・・。

「だめ・・・おいつかない・・・」

「聖さま、頑張ってください!」

頭をガックリと垂れて大きな溜息を落とすセイ・・・。既に諦めモードのセイがユミにはなんだかとても可愛らしく見えた。

そして改めて思う。好きだなぁ・・・と。

どこが?と聞かれると困るのだが、何かが好きで好きでしょうがない。これはもう理屈や論理ではないのだろう・・・。

本当なら行きの座席のくじ引きも、セイの隣だと解ったときとても嬉しかった。

でも・・・ヨシノとサチコの意見にユミは頷かざるをえなかった・・・。

『死にたいの!?祐巳さん』

『私の隣に座ってはくれないの?祐巳』

親友とお姉さまにこう言われてしまってはユミに立ち向かう術がないのは自分でもよく解っていたし、

皆にこの気持ちを気付かれてしまうのも困ると思ったのだ。

きっとセイの隣に座れば幸せそうな顔をしてしまう…嬉しくて切なくて泣き出してしまいそうになるから…。


滝のように流れ落ちるソフトクリームを、ようやく2人は食べ終えた。

「私こんなにも早くソフトクリーム食べたの生まれて初めてだ」

「私もですよ、でも美味しかったですね?」

「・・・味なんて解らなかったよ・・・」

ははは、と乾いた笑いを漏らしながらゆっくり顔を上げたセイの顔を見てユミは思わず噴出してしまった。

「な、なに?どうして笑うの?」

「だ、だって・・・せ、聖さま・・・は、鼻・・・にっ」

口元を片手で押さえながら笑いを押し殺そうとするユミ。

肩が小刻みに震えている…セイは訳がわからず首をかしげるが、その行動もどうやらユミには可笑しかったらしい・・・。

「鼻・・・?」

「ちょ、ちょっと待って下さいね・・・」

ユミはそう言ってバックの中から真っ白のハンカチを取り出すと、ズイとセイに近寄ってきた。

セイは条件反射で思わず身構える。

「動かないで下さい・・・聖さま」

ポツリと呟くユミの表情はさっきと違って真剣だった…いや、少し悲しげな…そんな顔…。

「ん」

セイはその声を聞いて体の力を抜くと、ユミの言うとおりそのままただじっとしていた。

すると、ユミは白いハンカチをそっとセイの鼻の頭に乗せると軽く撫で、

ニッコリと笑みを漏らすとハンカチをこちらに見せてくれる。

ユミの白いハンカチにはさっきまでセイが食べていたソフトクリームと同じ色の染みが出来ていた。

「ふふ、鼻にソフトクリームついてましたよ」

「あ・・・ありがと・・・」

にっこりと微笑むユミに、セイは視線を逸らす。

息がかかりそうなほど近い距離…微かに鼻にふれる指はソフトクリームと同じぐらいひんやりとしていた・・・。

「お姉さま…ここにいらしたんですか」

「・・・志摩子・・・」

セイがふっと顔を上げると目の前でふわふわの柔らかそうな髪がフワリと揺れた。

シマコは髪を耳の後ろに掛け直すとユミとセイの顔を交互に見て微笑む…。

「何か食べてらっしゃったんですか?」

「ど、ど、ど・・・どうして・・・」

ユミが驚いたような顔でシマコに向かって問うと、シマコに続いてやってきたレイがシマコの代わりに答えた。

「どうしてって…祐巳ちゃんのここ・・・」

レイはそう言って自分の頬のあたりを指差すとクスリと小さく笑う。

セイはそれを聞いてユミの顔に目をやると、なるほど、頬にうっすらクリームの後がついている。

ユミを直視出来ないでいたから全く気付かなかった…セイはそんな事を考えながらユミの頬を軽く突付くとニヤリと笑う。

「・・・祐巳ちゃん・・・ほっぺたでソフトクリーム食べたの?」

さっき鼻にクリームがついていると散々笑われたセイ…まるで仕返しをするみたいに皮肉をたっぷり込めて言う。

「へ?・・・や、やだ!!どうしてさっき言ってくれないんですか!?」

ユミはごきげんに笑うセイをよそに、セイの鼻を拭いた場所と同じところで自分の頬を拭う・・・。

セイはただじっとそれを見つめていた…胸が締め付けられるような衝動…鼻と頬では随分違う…。

間接キスにもならない…ドキドキするほどの事では無いと解っているのに、動悸が治まらない。

そして…それを押さえ込むようにとるふざけた態度…こうでもしないと自分の心をごまかしきれない・・・。

「だって、見えなかったんだも〜ん!まぁいいじゃない。祐巳ちゃんのほっぺたも喜んでると思うよ?」

「うー」

「唸らない唸らない」

ユミの頭をよしよしと撫でるセイを、困ったように笑っていたのはシマコだった…。

シマコは姉であるセイがユミに好意を寄せている事を知っていた…。

だからこそセイがそんな風にしかユミに接する事が出来ないのも解っていたし、

自分自身に歯止めをかけてしまっているセイの気持ちもよく解っている。

じゃれて、はぐらかして…そうする事で暴走しようとする自分を止めている事を…本当はもっとユミを…。

「志摩子?どうしたの?志摩子にもソフトクリーム買ってあげようか?その代わり私の車に乗らなきゃダメだけど」

「?」

「そういう約束で祐巳ちゃんにソフトクリームを奢ったの。志摩子もどう?」

「・・・・・・・・・・・・」

ああ…これはお願いされているのだ…見張っていてくれと…止めてくれ…と。

セイがこんな風に助けを求める事はめったに無い…だから思う。きっとセイの想いはもうギリギリなのだろう、と。

「それでは・・・いただきます・・・祐巳さん、ついて来てくれるかしら?」

「うん。志摩子さんは何を食べるの?」

「そうね…無難にバニラがいいかしら。本当は銀杏味とかがあればいいのだけれど…ユリネとか…」

「うっ・・・そ、それはちょっと・・・」

ユミの引きつった笑顔にシマコはうふふ、と笑う。

「冗談よ、祐巳さん」

シマコはユミとそんな事を話しながらにっこり笑ってセイから小銭を受け取ると、

ユミを連れてその場から立ち去ってしまった。

「・・・聖さま?どうかされましたか?」

レイが大きな溜息を落としたセイの顔を心配そうに覗きこんだ。

「いや・・・ちょっとつかれただけだよ、ところで…令もどう?」

セイはニヤリと意地悪な笑みを浮かべ財布をチャリチャリと振ると、レイはひきつった笑顔を浮かべて両手をブンブン振る。

「いえ!わ、私は遠慮しておきます」

「そう?」

どうやら250円やそこらで命を投げ出したくはなかったらしい。

セイはそんなにも自分の車がいやか、と思いつつ財布をしまうと立ち上がる。

「そろそろ車に戻ろうか」

「そうですね」

セイの言葉にレイは爽やかな笑顔を浮かべて、さっさとサチコの方の車へと戻って行く。

その後姿を見つめながら、セイはゆっくりと自分の車へと足を運んだ。



「遅かったじゃない、何してたの?」

車のところでヨウコが仁王立ちしながら腕組をしてこちらを睨んでいる…が、いくら見渡してもヨウコしかいない。

「ごめんごめん…あれ?江利子は?」

「江利子はあっち。これ以上あなたの運転に付き合ってたら本気で酔うとかなんとかボヤいてたわよ」

炎天下の中外で待たされたヨウコは不機嫌な顔でそう答えた。相当暑かったのか額にうっすらと汗まで浮かべて・・・。

「なるほど、それは賢明かもね。で?蓉子はまだ乗ってくれるんだ?」

「あなた一人じゃ流石に可哀想だからもう少し付き合ってあげるわ。でも帰りは乗らないわよ」

「・・・それはどうも・・・」

皮肉たっぷりに言うヨウコの顔は、日焼けでもしたのか頬が少し赤く火照っていた・・・。





想いが交錯する。


沢山の感情に流されて私は生きる。


幸せなのか、不幸なのかはよく解らない。


それでも私には・・・前に進むしか、もう残されてはいないんだ・・・。






想いの所在    第三話