例えば他に誰が居ても、私の瞳にはキミしか映らない…。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねえ、次はこれかけてよ!」
一人後ろの席ではしゃいでいるエリコは、
どうやらクマさんとのデートをわざわざ蹴ってまでこのよくわからない海日帰りツアーに参加したらしい。
しかし、この車の中ではしゃいでいるのはエリコだけで、前の席に座る二人はさっきからずっと無言だった・・・。
「・・・ねえ・・・どうして私の隣が蓉子なの?」
セイはハンドルを片手で器用に回しながら横目でチラリと助手席を見やる。
「私じゃ不満だっていうの?」
ヨウコは随分な言い草をするセイに、少々苛立ちながらも悠然と答えるふりをした。
内心はとてもじゃないが穏やかではない…日帰りとは言え、セイと一緒に遊びに行くことがどれほど嬉しかった事か。
あまりにも嬉しすぎて、昨日の夜は徹夜してしまったほどだ。
おかげで目の下にはクマが出来てるし、さっきからあくびが止まらない・・・。
「そういう訳じゃないけど・・・席来る前に決めたよね?」
そう…ちゃんと車に乗る前にくじびきで席を決めたはずなのに…。
その時は確かにユミが自分の方の車に乗る筈だったのに…。
「しょうがないでしょ?この車じゃ小さすぎたし、何より本人達が嫌がったんだから!」
「そりゃそうだけど…でもだからってどうしてこっちの車には蓉子と江利子なのよ」
「失礼ね!蓉子はともかく私はさっきからずっと大人しくしてるじゃない」
「「いいえ、江利子が一番騒がしいわ」」
セイとヨウコの声がピッタリと重なる…まるで初めから打ち合わせでもしてたみたいにキレイに。
「何よ、そんなにはっきり言い切らなくてもいいじゃない」
エリコは少しだけ口を尖らせ、拗ねたふりをして見せると楽しそうに笑い出した。
卒業してからというもの、この三人で集まる事など無かった。
だから今日は大事なデートを断ってまでやって来たのだ。
セイは何かにむくれているし、ヨウコはヨウコでさっきからずっとセイの事を気にしてばかりいる。
この2人…上手く隠しているつもりでも、結構解りやすい。
特にヨウコは・・・きっと高校時代からセイの事が好きなのだろうな、とエリコは思う。
セイは・・・正直よく解らない。恋をしているのは解るのだが、誰が好きなのかが解らない、といった所か。
でも…それをわざわざ詮索しようとは思わないし、手助けしようとも思わない。
ただ、親友であるこの2人が幸せになってくれればそれでいいと思うから…。
「…それにしても…祐巳ちゃんや由乃ちゃんが嫌がるだけならまだしも志摩子まで嫌がるなんて…」
セイは、はぁ、と大きな溜息をつきながら信号の手前で強くブレーキをかけた。
キキキーーーーーッツ!
車体は大きく前後に揺れて、中の荷物が激しく車中を移動する。
「ねえ?ひどいと思わない?私の運転のどこが不安なんだか」
ケロっとした顔でそんな事を言うセイに、ヨウコとエリコは思わず顔を見合わせる。
「・・・私、帰りは祥子の車で帰ろうかしら・・・」
ヨウコがボソリと呟くと、エリコも後ろの席で荷物を直しながら頷くと言う。
「志摩子が嫌がるのもわかる気がするわ。私も二度と乗りたくないもの」
エリコは苦笑いしながらルームミラーごしにセイとヨウコの顔を交互に確認した。
見るとヨウコの表情がひきつっているのに対して、セイの顔はどこかとても・・・困惑している。
「どうして!?私の運転の何がそんなに怖いっていうの?」
「自覚が無い所が一番怖いのよ」
「全くだわ。まるで遊園地でもないのにジェットコースターに乗ってる気分」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
親友の2人にここまで言われる運転なんて…一体どんなものなのか…。
それに比べて、いつも困ったように笑いながら「安全運転で」と言っていたユミは、
きっとセイに相当遠慮していたに違いない。
内心ドキドキで、でもそれを表には出さぬよう、あくまでひきつった笑顔を作っていたユミを思い出して、
思わず笑いがこぼれる。そんなに遠慮せずとも、言いたい事があれば言っていいのに、とも思うけれど、
それをしないのがユミで、それが彼女の魅力でもあるのだろう。
・・・全く・・・いじらしいというか、なんというか・・・
クックッと笑いをかみ殺すセイに、ヨウコとエリコは何か得体の知れないモノを見るような目つきで見ながら言った。
「次のサービスエリアで一度休憩しない?このままずっと乗ってたら、なんだか私酔いそうよ」
「そうね、そろそろあなたも休憩とりたいんじゃなくて?聖」
「まぁ、2人がそう言うんなら…じゃあ誰か向こうに電話かけておいてよ」
「ええ」
ヨウコは持っていたバッグの中から携帯電話を取り出すと、セイの電話にかける。
サチコの車に乗ったのはみんなで5人。
その中の誰一人として携帯を持っていなかったから、しょうがなくセイの電話をレイに渡したのだ。
こうしておけば、万が一はぐれた時でも連絡を取れるから、というエリコの案だったのだが。
何故セイの電話を向こうに渡すはめになったのか…その理由は至極簡単な事だった。
一番誰からもかかってこなさそう…なんて単純な理由。それをセイに言うと、苦笑いしながらあっさりとそれを認めた。
なんでも、数人にしか電話番号は教えていないのだとか…。
しかもそれらの人達はめったな事が無い限り電話などかけてこないのだと言う。
その中に自分も入っているのだろうか…?ヨウコはそんな事を考えて少し嬉しくなった。
沢山居る友人の中の、ほんの少しだけ特別な位置…。
恋人の特権はもらえなくても、今はそれだけで十分だったから…。
ヨウコは呼び出し音のベルを聞きながらドキドキする自分の心臓に呆れた。
電話に出るのはセイではない。セイではないのに、セイの携帯にかけるときはいつも手が震えてしまう…。
今だってそう…相手がセイでなくとも、呼び出し音がヨウコの胸を騒がせて…。
『もしもし』
まだ幼さの残る可愛らしい声の主…間違いなくユミだろう。
「祐巳ちゃん!?令はどうしたの?」
確か電話はレイに渡したはずだったのだが…ヨウコがセイの方を見ると、セイも首をかしげている。
『あの・・・それが・・・皆さんお休みになられてまして・・・』
そういうユミの声もとても眠そうだった。でも、誰かが電話の番をしてないといけないということで、
どうやら必死になって起きていたのだろう・・・全くユミらしくて思わずヨウコは笑ってしまった。
「そうだったの。祐巳ちゃんご苦労様…ところで本題なのだけれど、次のサービスエリアで一度休憩をとらない?」
『休憩…ですか?解りました、それでは皆さんにもそうお伝えしますね!』
「ええ、そうしてもらえる?」
『はい!それでは、また後ほど・・・』
「ええ、どれじゃあね」
ヨウコはそう言って電話を切ると電話をバッグに直した。
「電話、祐巳ちゃんだったの?私の妹は一体何をしていたのかしら」
「皆寝てるらしいわ。祐巳ちゃんが電話番なんですって」
「ふ〜ん…祐巳ちゃんらしいね」
「ほんとうよ…全く祥子ったら妹をほったらかして自分は寝てしまうなんて」
「まぁまぁ、いいじゃない。皆も疲れてたんでしょう、きっと。それに?あちらの運転はさぞ安全だろうし?」
セイがニヤリと口の端を上げて嫌味を言うと、エリコとヨウコは予想に反してあっさりとそれを肯定してくれる。
「なんだ、解ってるんじゃない、自分の運転がどれほどに危ないのか」
「ほんとう・・・もっと気付いてないのかと思ってたわ」
「ちょっと!!2人とも!!!」
相変わらず辛辣な親友の言葉にセイはがっくりとうなだれると、目前に見えてきた看板の方目指してハンドルをきった。
家を出てからまだ数時間…たったそれだけしか経っていないのに、もう何週間も会っていないような錯覚に陥る。
早く会いたい…声が聴きたい…そんな想いが頭の中を支配する…。
逸る心を抑えつつ、セイはアクセルを強く強く踏み直した…。
たった数時間の誤差が、私とキミの中にずっとある。
それが出会う事はこれからもないのかもしれない。
でも、どこかで出会ったその時は、きっと想いを伝えよう・・・。