透けてしまいそうなその髪も、


雪のように白い肌も、全てが私のモノならば、


それ以上もう何も望まない。



踊るように跳ねる髪が、


華奢で小さなその身体が、全て私の為にあるなら、


それ以上もう何もいらない。




二つの願いは同じなのに・・・どうしてもすれ違うその心。

いつしか想いは溶けあって、一つになる日が・・・くるのだろうか・・・。





「ね?密室でしょう?」

「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」

・・・確かに密室ではある。それは間違いないけれど・・・。

レイ、ヨシノ、ユミはそれぞれガックリと肩を落として大きな溜息を落とす。

確か今日はショッピングに来たはず…そもそもセイが言い出した海へと行くための水着を見に来たはずだった。

それなのに・・・どうしてこんな所にいるのか・・・ユミはさほど広くない室内を見渡すと、セイの顔をじっと見つめる。

「どーした?」

「どうーした?じゃありませんよ。突然こんな所に連れてこられても…私たちどうすればいいんです?」

…人前で歌なんて・・・あぁこの間お姉さまの別荘で歌ったっけ・・・でもアレはコレとはまた違う訳で・・・

そう・・・心の準備もなしに、突然カラオケに連れて来られて一体どうしろというのか・・・。

歌える訳がない…ましてやセイの前でなんて…余計に歌えない。

しかし、ユミのそんな考えを知ってか知らずかセイは淡々と答えてくれる。

「・・・どうすればって・・・とりあえず由乃ちゃん見習えばいいんじゃない?」

「へ?」

ユミは、セイの指差した先を恐る恐る振り返って言葉を失った。

なぜなら…そこには既に着席してメニューと睨めっこしているヨシノがいたからだ。

「よ、由乃さん?」

「私ジンジャエールにする!令ちゃんはウーロン茶でしょ…聖さまと祐巳さんはどうする?」

テキパキと進めて行くヨシノの隣でユミを見てオロオロするレイ・・・。

そして、セイはと言えばヨシノにくっついてメニューを覗き込んでいる。

「う〜ん、じゃあ私はアイスティーにしとこうかな。祐巳ちゃんは?」

「いや・・・あの・・・じゃあミルクティーで・・・ってそうじゃなくてっ!!」

・・・私がおかしいんだろうか・・・

どうしてここへ来たかったのか?とか、もし私達に会わなかったら一人で来るつもりだったの?

とか、聞きたいことは沢山あるのにどうして誰も聞かないんだろう・・・。

それともこんな事をいちいち気にする自分がおかしいのだろうか?

チラリとセイを見ると、ヨシノの正面の席で何やらニヤニヤしながらこっちを見ている。

「・・・なんです?」

「いや、いつまで立ってるのかなぁ?と思って」

セイはそう言うと自分の隣の席をポンポンと叩くと、おいでおいで、と手招きしてユミを隣に座らせた。

こうでもしない限り、きっとユミはいつまでも突っ立ったままだっただろうから・・・。

ユミの歌を一番近くで聞きたい。マイクを通さない素の声を…。

そして、自分の歌もそう…一番近くで聞いてもらいたかった。

自分で歌が上手いとは思わないけれど、どうしても聞いてほしい歌がセイにはあった。

だから今日はあそこで待ち伏せていたのだ。三人が通りかかるのを・・・。

会えない確率の方がもちろん高かったけど、それはそれでも別に良かった。

エリコにレイの予定を聞かなかったら、今日はどうせ家にずっと居るつもりだったし、

ただのドライブにしてしまっても良かったのだが・・・。

「見つけちゃったからね」

思わず声に出した言葉…ユミは案の定首をひねっている。

「はい?何か言いました?」

「いいや、なんでもないよ」

こんなに広い街の中で、どうしてすぐに見つける事が出来たのか…自分でも全く謎だった。

本当の事を言えば、会えるなんて全く思ってなかったものだから思わずあんな行動をとってしまったのだけれど…。

結果としては、今ユミと一緒に居られる訳だから割といい方に進んだのではないだろうか。

だってああでもしないと、きっと一緒にはいられなかったから・・・。

セイは薄い笑いを浮かべると、カラオケのリモコンをヨシノに手渡した。

「さてと、じゃあ時間がもったいないから由乃ちゃんからいってみようか!」

・・・こうすれば祐巳ちゃんの歌が最後に聞けるしね・・・

「は〜い!!」

ヨシノは嬉しそうに手を上げるとセイの手からリモコンを受け取り歌本を見ながら選曲している。

「さて、トップバッターは何を歌うのかな?」

セイが小声でユミに話しかけてくる・・・本当に楽しそうに・・・。

その顔を見て、ユミは結局いつもの様に諦めてしまうのだけれど…。

いつもいつもそう。セイが高校に居た時から何も変わっていない…。

どんなにサチコに叱られても、セイがじゃれついて来るのを拒まなかったのは、ただこの顔が見たかったから。

嬉しそうに笑う・・・この顔を・・・。

「・・・さあ・・・私にもサッパリ・・・」

ユミは苦笑いしながらマイクをしっかりと握り締めるヨシノの真剣な表情に目をやった。

「それでは・・・僭越ながら一番、島津由乃・・・参ります」

挨拶もそこそこにヨシノはその場でスックと立ち上がると、マイクを握る手に力を込める。

イントロがスピーカーから流れてきて・・・ここでセイが一言。

「・・・しぶっ!!由乃ちゃん・・・歳いくつよ?」

「・・・よし・・・のさん?」

どう聞いてもこれはポップではない…演歌だ!!しかも「天城越え」!!

ユミが思わずソファからずり落ちそうになる所をセイがしっかりと支えてくれた。

そしてほんの少しだけ自分の方へと引き寄せる・・・。

あまりにもその一連の動作が自然すぎて、一瞬状況が把握出来なかったけれど、

とりあえずセイの髪の匂いがユミに伝わる程の至近距離・・・。

セイの腕はユミの肩を抱くように回されていて、もうドキドキして歌どころではない。

…それにしても…ヨシノの歌声は見事だった…。

こぶしまでちゃんと回しちゃって…何だかまるっきり自分の世界に入っている。

「由乃〜!!」

レイは嬉しそうに合いの手なんて入れてはしゃいでいるし、セイはセイで肩を震わせて笑いを堪えていた。

「由乃ちゃん上手いね?祐巳ちゃんは何歌うの?」

「わっ、私ですか?な、何歌いましょう?」

・・・そういやまだ決めてない・・・ていうか、こんなにアップで・・・

ユミは視線を泳がせながらセイから本を受け取った。

ヨシノが歌い終え…いや、歌い上げて、次はレイ…。

「二番、支倉令…宇多田ヒカルいきます!」

「へー…割と以外だねー。令は宇多田ヒカルか」

「はい、好きなんですよ」

レイは照れた様に頭をポリポリとかくとすぐに真剣な表情を浮かべた。

その顔つきは、さながら試合中のような…そんな顔…。

そして、歌声は…やっぱり上手い…剣道で腹筋とかを鍛えているんだろうか?

ちゃんと高い所も低い所もしっかりと出ている。

「・・・うまいね・・・どうしよう、この後に歌うのちょっと嫌だなぁ」

そう言って笑うセイの顔は、本当に困ってるようには見えない…。

「聖さまは何歌うんです?」

「さあ・・・何でしょう。まだ秘密」

パチンとウインクしてニヤリと笑うセイに、ユミは思わず真っ赤になってしまう…。

こんな事でいちいちドキドキしていて・・・自分でも情けない・・・でも、ドキドキせずにはいられなかった・・・。

レイが歌い終わると、セイはマイクを持ちスックとその場で立ち上がる。そして。

「三番、佐藤聖!」

しばらくしてイントロが流れてくる…どこかで聞いた事があるのだけれど、どこで聞いたのか思い出せない…。

それはユミ以外の他の2人も同じだったらしく、お互い顔を見合わせ首を傾げている。

そして…歌が始まった…初めてセイの歌声を聴いた…高いような低いような…甘い声…。

その声は耳の奥に痺れる様にこだまする…。

「うわぁ…」

ユミは思わず声を漏らすと、隣で立っているセイの顔を見上げてみる。

セイもそれに気付いたのか、ユミを見下ろしてニッコリと笑いかけてくれた・・・。

全て英語の歌…単語単語でしか解らないけれど、何となくの意味は伝わってくる。

激しい歌の割りに何だか歌詞は切ない…そしてそれを歌っているセイの表情も、どこか苦しそうだった・・・。

やがて歌が終わってセイがストンと腰を下ろすと、正面に座っていたヨシノがズイっと身を乗り出した。

「聖さま、今の歌なんでしたっけ?どこかで聞いた気はするんですけど・・・」

「ああ、そうかもね。ちょっと前にCMで流れてたし…今のは『CALL ME』って歌。

イライラした時にはいいストレス発散になるんだよ」

「へぇ…随分激しかったですもんねぇ…」

ヨシノは感心したようにセイの顔をマジマジと見つめると、そのまま席へと戻っていった。

ユミは隣でアイスティーを飲むセイを見つめると、大きな溜息を一つつく。

「どうしたの?うるさかった?」

「いえ…私この後…歌うんですよね…」

「うん、そうだね」

にっこり…そんな笑顔でセイは微笑む。心底嬉しそうに…こんな顔をされてはもう後には引けそうに無い…。

ユミは大きく深呼吸すると、とうとう腹を括った。

「う〜…四番…福沢祐巳…いきます…」

「待ってました〜!!祐巳ちゃんがんばれ〜!!」

セイは手を叩きながら応援してくれる…が、応援するのなら出来ればあんなに真剣に歌わないで欲しかった…。

やがて、曲が始まって部屋の中は一瞬静かになる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・うわっ・・・どうしよう・・・

セイは手を叩くのを知らないうちに止めていた。そして、ただ隣の少女の歌声に聞きほれてしまっていた・・・。

取り留めて上手いわけではない。

高い所はとても苦しそうだし、息だって全然続かないんだけれど…何か…そう何かがセイの心を揺さぶった。

この歌は…一体誰を想って歌っているんだろう…そんな思いがセイの胸を締め付ける…。





どれぐらいの時間が経っただろう…一本の電話が、タイムリミットの10分前を知らせてくれた。

ちょうど、順番でいけばユミで終わる…セイの予想通りに…。

でも…聞きたいけど…聞きたくない…自分に向けられる事のない歌など聴きたくなかった…。

ユミの選曲はどれもこれも、片想いの歌ばかり…。

まあ、大概の歌は片想いが多いのだけれど、それでも聞くたびにセイは切なくなって…泣きたくなってしまう。

「そろそろ終わりかぁ…早かったなぁ〜。ね?祐巳さん」

ヨシノはレイが歌っている最中だというのにユミとおしゃべりし始めた。

でも、レイはそんな事気にも留めず歌い続けている・・・。

「そ、そう?長かったよ・・・緊張したし・・・」

「緊張したし・・・って。何言ってるの?祐巳さんトリじゃない」

「う〜…何なら聖さまニ曲歌いませんか?」

ユミは隣で優雅にレイの歌を聴きながら最後のアイスティーを飲んでいるセイにそう言ってみたが、

セイはただ首を振っただけでその提案は一蹴されてしまった。

「最後に素敵な歌聞かせてね、祐巳さん!」

ヨシノの笑顔がムダにユミにプレッシャーをかける…ジリジリとするユミに、セイは苦笑いしながら言う。

「わかった、じゃあ順番交代してあげよう。私がトリ務めるから、祐巳ちゃんが次歌って」

セイの提案に、ユミはすぐさま頷いた。それなら何とかなりそう…そう思ったから…。

「それでは…お先に歌わせて頂きます…」

・・・伝えられない・・・想いをこめて・・・

ユミはこの歌を・・・全てを込めるような気持ちで選んだ。他の誰でもない…セイに聴いてほしくて・・・。

なかなか伝えられそうにない、伝えてはいけない想いを秘めて・・・。

「はい、どうぞ」

律儀にペコリとお辞儀をするユミに、セイは笑いながらその頭を撫でた。

そして…やっぱり片想いの歌…しかも最後の最後にもってくるにはあまりにも切ない…。



その瞳は何を見てるの?  アナタガイナイ

どこでだって見ていて


ねえ  小さなこの手で受け止められるかな?

今  目を閉じて  あなたを感じる



セイの瞳に何か熱いものが込み上げてくる…。

どうしてこんなにも切ないんだろう…どうしてこんなにも愛しいんだろう…。

カラオケに来て、ただ歌を聞くだけ・・・それだけなのに、どうしてこんなにも…苦しいんだろう…。

歌が静かに終わって、隣でユミがホっと胸を撫で下ろすのが目の端にチラリと映る。

でもセイは、声をかける事も出来ず目を見ることも出来なかった…どうしようもない想いが溢れそうで…。

「祐巳ちゃん・・・ズルイよ・・・」

ボソリと呟いたセイの声は、曲にかき消されて・・・誰にも聞こえなかった・・・。

「さて、それではトリいきます!!」

「「「お〜!!」」」

喉元過ぎれば何とやら…ユミはレイとヨシノと一緒になってセイに拍手を送る。

その異様なテンションに、セイの顔はちょっと引きつっていたがそれはあえて見ないふりをしておいた。

やがて静かな曲が部屋の中に流れ出す…。

ここでヨシノが気を利かせて部屋の照明を落とすと、一瞬でそれらしい雰囲気が出来上がる。

セイはユミの隣…肩に手を回したまま大きく息を吸い込んで、チラリとユミを見た。

・・・ちゃんと聴いておいて・・・

心の中でそう呟くと詩を紡ぎ出す・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・やだ・・・どうしよう・・・

ユミの両目から涙が溢れてくる・・・。誰かの歌を聞いて泣くのはこれが初めてだった・・・。

それほどにセイの歌声には心が詰まっていたし、想いが込められているような気がしたから・・・。

胸を刺すような痛みと、切なさ…言葉が出ない…もうこの人しか見えない…。

この人に愛されたい…ずっと傍にいたい…この歌が自分の為に向けられたものならいいのに・・・。



ようやくセイの歌が終わった時…ユミだけではない、ヨシノとレイも涙ぐんでいた。

それを見て一番慌てたのは他でもないセイだった・・・。

「ちょ、ちょっと。どうして泣くの」

「だ、だって…今さらですけど…いい歌だなって…」

レイはそう言うとグスと鼻をすする。ヨシノも隣で頷いている。

でも…ユミは違った。もちろん名曲だし、素敵な歌だけれど、セイでななければダメだった…。

セイが歌ったからこそ…こんなにも涙が止まらないんだと知っていた…。

とても愛の深いこの人は・・・他の誰よりも愛の歌がよく似合う…悲しい歌よりも元気な歌よりも…ずっと。

「祐巳ちゃん?ハンカチ・・・いる?」

「・・・いえ・・・聖さまのハンカチ・・・まだ私が持ってますから・・・」

「そか・・・じゃあそれで涙拭いて?」

「・・・はい・・・」




ユミがどうして泣いてしまったのかは解らない…けれど、確かに何かは伝わったはず。

セイは心の中でそう思うと、そっとユミの肩を抱き寄せた・・・。







時の流れに身を任せ あなたの色に染められ


一度の人生それさえ  捨てることもかまわない


だからお願い   傍において  


今はあなたしか愛せない・・・













参考/テレサテンさん ・ 矢井田瞳さん

歌の行方    後編