「ゆみちゃん、次で降りるよ!」
セイの声にユミは飛び起きた。
どうやらユミもいつの間にか夢の世界へ旅立っていたらしい。
「上着かけてくれたんだね?ありがとう。」
セイはそう言ってユミのかけたカーディガンを返した。
「いえ、今日も寒いですからね。」
ユミはそう言ってカーディガンを受け取ると、まだボーッとする頭でどうにか袖を通した。
セイはその光景を前の席でじーっと見つめている。
「な、なんですか?」
ヨダレでも出ていたのだろうか・・・。
ユミは慌てて鞄からハンカチを取り出すと口元を拭いた。
「・・・ユミちゃん・・・別にヨダレが出てるから見てたわけじゃないよ?」
「えっ?」
…なんだ違うのか。ユミはハンカチをもう一度鞄にしまうとセイの顔を見た。
あきらかにあきれている・・・。いや、笑いをこらえているのか?
「じゃあなんなんですか?」
ユミは照れ隠しで少し強い口調で言った。
「いや、かわいいなぁ・・・と思って。」
か、かわいい??何が?ヨダレが?わからない・・・。
セイはユミの百面相を見て何か気づいたのだろう。すぐに言葉を付け加えた。
「ユミちゃんのね、仕草がいちいちかわいいな、って言ったの。」
「はぁ。」
セイは何やらにこにこしている。そんな顔を見てると何だかこちらまで嬉しくなってくる。
「ところで聖様。一体何処に行くんです?」
そう言えばまだ聞いてなかった。肝心の行き先を。
どうしよう、なんだかとんでもない所へ連れて行かれたら・・・。
・・・その時は走って逃げよう・・・。
「聞きたい?…どうしようかなぁ。
…いや、やっぱり着いてからのお楽しみにしとこう!その方が楽しいでしょ?」
にっこり笑うセイにユミも思わずつられて笑ってしまった。
が、ちょ、ちょっと待って…行き先の分からない遠足なんて怖すぎる…。
ユミが恐怖でソワソワしていると車内アナウンスが流れた。
この子狸はまた何を考えているのやら。
セイは苦笑いする。
「ここで降りるよ。」
セイはそう言ってユミの腕を引っ張った。
ユミは引っ張られるままに立ち上がると、セイと一緒にドア付近までやってきた。
やがて、ドアが開くとセイに引っ張られるまま外についてでる。
いつの間にか手をつながれる形になっていたが、セイは全く気にしていない。
どうしよう・・・なんだか泣きそう・・・。
何故かはわからない。ただ無性に切なくなった。
セイに連れられて改札を出た先にあったモノ・・・。それは・・・。
「水族館!!」
「そう、当たり。ゆみちゃん好きでしょ?こうゆう所。」
「はい!!」
ユミは思い切り頭を縦に振った。
だろうと思ったんだよね。
セイは嬉しそうなユミの顔を見てうんうんとうなづいた。
「聖様!早く早く!!」
ついさっきまでセイがユミを引っ張っていたのに、今はユミがセイの手を引っ張る。
「そんなに急がなくても魚は逃げないよ。」
むしろ逃げたら大変だ!セイはそう思いながらも走ってついてゆく。
こんな些細な事がこんなにも幸せだなんて。
水族館なんて何年ぶりだろう・・・。最後に来たのはもう大分前だ。
中に入るとお土産やさんがぎっしりと詰まっていた。
ユミはパンフレットとにらめっこしている。
「どこから行く?」
「ちょっと待ってください。えっと…今10時30だから、あっ!後30分でイルカのショーがありますよ!!」
「じゃあそこから行く?」
「…でも後30分もありますよ?」
「じゃあイルカの近くから回ろうか。」
セイはそう言ってユミの持っているパンフレットを覗き込んだ。
そして地図どうりに歩いてゆく。
ユミはその後ろをぴったりとくっついて歩く。
・・・しかし流石日曜日。カップルばっかりだ・・・。
ユミはきょろきょろしながら歩いていたが、やがてある事に気づいた。
皆白薔薇様の事振り返る・・・。
しかし当の本人は全く気にかける様子もない。
もしかして鈍感なのか?こんなに見られてるのに。それとも慣れてるとか?
私にはさっぱり縁のない話だけどね・・・。
ユミはフッ、と鼻で笑ってみた。・・・だめだ絵にならない。
やがてイルカのパビリオンが見えてきたので二人は歩みを速めた。
「やっぱり今日は人が多いね。離れないでね、ゆみちゃん。」
セイはそう言って歩き出したが、セイは人ごみをスイスイとすり抜けてゆく。
一方ユミはといえばぶつかっては誤ってをさっきからずっと繰り返している。
ど、どうしてそんなにスイスイ進めるの?白薔薇様だから?いや、それは関係ないか・・・。
ユミはようやく人ごみを抜けたところで心配そうにコチラを見ているセイをみつけた。
「や、やっと追いついた。」
「ごめんごめん!!ついいつもの癖で・・・。人ごみは苦手なんだ。」
セイはそう言って申し訳なさそうに頭に手をやった。
「いえ、それはいいんですけど…あなた何者ですか。スゴイ技でしたよ。さながら忍者のような。」
「…ゆみちゃんになら教えてもいいかな。」
セイはそう言って突然真剣な顔をした。つられてユミも真剣な顔になる。
「な、何ですか?」
「あれは白薔薇奥儀の一つなんだ。」
お、奥儀?なんじゃそりゃ。そんなもの聞いた事もない。あっ、奥儀なんだから言わないのが普通か。
しかしあまりにも嘘くさい。そんなユミの考えがセイにもわかったのだろう。
「嘘だと思ってるでしょ?いいよ。嘘だと思うなら志摩子にも聞いてごらん。そしたらわかるよ。
そんなことよりホラ!」
セイはそう言って手を差し出した。
「へ?」
ユミが首をかしげるとにっこり笑った。
「ゆみちゃんにも体験させてあげよう。白薔薇奥儀を。」
セイはそう言ってユミの手をとるとまた歩き出した。
・・・しかしやっかいだな、私は。手一つつなぐのにここまでしなきゃ繋げないなんて・・・。
でもこうゆう自分も嫌いじゃないけど。
二人はできるだけすいてるところから見て回った。
「聖様!!見てください!!カニですよ。カワイイですね?」
タカアシガニ・・・。かわいいか?なんだかSF映画とかに出て来そうだけど・・・。
もしかして試されてるのか!?私!!セイは必死になってカニのかわいい所を探すが・・・ナイ。
「そ、そう?これかわいい?」
「…かわいくないですか?」
うん。と言いたいところだけど。
「ま、まぁ見ようによってはね。異様に長い足とか?不気味に飛び出した目とか?」
「…そこはかわいくないですよ聖様。」
じゃあどこがかわいいんだ!!ハサミか?口から泡吹いてるところか!?
ユミは笑いながらわかってないなぁ、なんて言っている。
結局タカアシガニのどこがカワイイのかわからないまま次へと進む。
次はペンギン。これは水族館の王道だ。これならわかる。どこから見てもカワイイ。
案の定ユミはペンギンの前で足をとめ、水槽の中を食い入るように眺めている。
「カワイイね。ゆみちゃんみたいだ。特にあの子!」
セイはそう言って一番手前にいるなんだかどんくさそうな子を指差した。
「あ、あの子ですか…。」
「うん!カワイイ!」
セイの指差したペンギンは水から上がろうとして誤ってまた水の中に落ちていた。
どうゆう意味だろう・・・?それって褒めてるの?それとも遠まわしにけなしてるの!?
「なんだか必死な感じがいいと思わない?」
「はぁ。」
必死!?私っていつもそんなに必死?・・・いや、そうだけど、当たってるけど!
なんだか褒められてる気がしないのはナゼ・・・?
セイは可愛かったなぁ、なんて言ってとてもご機嫌だ。
結局あのペンギンはあのあと2回も陸に上がるのを失敗して結局底のほうへ行ってしまった。
ペンギンを見終わったところでセイが時計を見ると、すでにイルカショーの10分前だった。
「ゆみちゃん、そろそろイルカショーの所に行こうか?」
「あっ、そうですね!場所とらなきゃいけませんもんね!」
ユミは時計を確認して頷いた。
イルカショーの会場はもうすぐそこ。繋いだ手がなんだかアツイ・・・。