どこでもいいから一緒に…。
このまま連れ去って、どこか遠くへ…。
誰も知らない街に、2人だけで行こう。
そこでなら誰にも邪魔されずに、手を繋げる・・・。
「おっと!」
キキキキキーーーーーーっ!!!!!
「「きゃぁっ!!」」
「・・・・・・っ!!」
ゴン!!
「れ、令ちゃんっ!!!」
「よ・・・よし・・・の・・・」
ヨシノは激しく頭を打ち付けてグッタリするレイを抱き起こし体を揺さぶる。
「由乃ちゃん、あんまり揺すらない方がいいよ?ほら、令の顔色がどんどん悪くなってきてるじゃない」
「こうなったのは、誰のせいなんですかっ!?」
悪びれもせずシレっとそんな事を言うセイに、ヨシノの怒りは今まさに最高潮に達しようとしていた・・・。
「まぁまぁ、由乃ちゃん。もう少しでつくから、ね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ほら、そんな顔しない!ついたら寝てようが何しようが構わないから」
「「・・・・・・・・・・」」
セイのそのセリフを聞いて、今から向かう先は一体何処なのか…と、ユミとヨシノは思わず顔を見合わせた。
寝ててもいい場所…少なくともショッピングとかでは無さそう…。
ユミは、多分同じ事を考えているヨシノの顔を見つめながら小さな溜息を落とす。
「2人ともそんな顔しなくても大丈夫だって、変な所に連れ込んだりしないから」
ケラケラと楽しそうに笑うセイ…その笑い声がさらにこちらの不安を掻き立てる。
「…変な所って…?」
ヨシノがオズオズと身を乗り出してセイに尋ねると、セイはチラリと窓の外に目を向けニヤリと微笑む。
「さぁ?」
セイの視線の先に、ヨシノとユミが目をやると…そこには絢爛豪華な建物が沢山並んでいるではないか。
洋風、和風…中にはアラビアのお城みたいなモノまで・・・。
サーっと音をたてて引いて行く血の気…行った事はない…。
行った事はないけれど、そこがどこだかぐらいは知っている。
そう、世間ではラブホテルと呼ぶそこは、主にカップル達が利用する場所…。
恥ずかしい言い方をすれば、愛を育む場所、とでも言うべきか。
ユミは顔を真っ赤にして俯くとセイに借りたハンカチをまた強く握り締めた。
どうしてこんな事にいちいち反応してしまうのか…。
どうせセイのいつもの冗談なのは分かっているのに、どうして笑いとばせないのか…。
冗談でそんな事を言うセイが、今妙に憎らしくてしょうがない。
一方ヨシノはレイをしっかりと抱きしめながら青ざめた顔でセイに向かって、
まるで小型犬みたいにギャンギャン噛み付いている。
「冗談だってば、由乃ちゃん。
まぁ…これから行く所も密室ではあるけれど…目的が全然違うから…って、どうした?・・・祐巳ちゃん?」
セイはユミの方にチラリと視線を送った…。
が、ユミは黙り込んでしまったままピクリとも顔をこちらへ向けようとはしない。
何か怒らせるような事を言っただろうか…。
セイは自分の言ったセリフを思いなおしてみた…が、これといって思い当たるふしはない…。
隣のユミにもう一度目を向けたセイは・・・思わず息を飲み込んだ。
「どうしたの!?気分でも悪いの?」
セイの視線の先…そこには一筋の涙を流すユミの大きな瞳。
「わか・・・っない・・・」
そう、自分でもどうして涙が出るのか解らなかった…何が悲しいのか…何が怖いのか…。
オロオロするセイとヨシノを尻目にユミの涙は止まる気配すらみせなかった。
「…到着…したけど…祐巳ちゃん、少しは落ち着いた?」
「・・・はい、すみませんでした」
「いや…それはいいけど…本当に大丈夫?」
「・・・はい」
駐車場に車を止めて誰よりも早く車を降りたセイは、真っ直ぐ助手席に座るユミの元へとやってきてくれた。
後ろにもっと重症な人がいるにもかかわらず・・・。
こんな些細な事がこんなにも嬉しいなんて…いったいユミの心はどうしてしまったというのだろうか…。
「ほら、とりあえず降りておいで」
セイはそう言ってユミの手を差し伸べると、切なそうに笑った。
ユミがその手をとって立ち上がると、そのままフワリと抱きしめる。
「ごめんね?私のせい・・・かな・・・?」
・・・私はまた・・・泣かせてしまった?
セイはユミの耳元でそっと囁くように呟いた。
しかしユミはセイのシャツをギュっと握り締めて、ただ首を振るだけで何も言わない。
そんな…シャツを握り締め必死になって首を振るユミは…どうしようもなく切なくて…。
何ともいえない痛みがセイの胸にツキンと刺さる・・・。
「…じゃあどうして泣いたの?」
聞くべき事ではないのかもしれない…でも聞かずにはいられない。
それが自分のせいならなおさら理由を聞いておきたかった。でも・・・。
「…本当に…なんでもないんです…」
ユミの搾り出したような声は、掠れてしまって聞き取るのがやっと、という感じで…。
「…そっか…わかった、じゃあもう聞かない。・・・本当にもう大丈夫?」
言ってくれないのならそれでもいい。
言いたくないのならそれでも構わない…でも、出来るならちゃんと教えてほしい。
心の中にある言葉を他の誰でもなく、自分にだけは伝えてほしい・・・。
そう願うのは、やはりただのわがままでしかないのだろうか・・・。
「・・・はい」
ユミがそう言ってこくん、と頷くと、セイはそっとユミから体を離し頭を優しく撫でてくれる。
ユミはそれが嬉しくて思わず顔をほころばせると、何故かセイは顔を赤らめた…。
「・・・聖さま?」
「い、いや・・・なんでもない・・・ところで令は大丈夫?由乃ちゃん」
・・・そんな顔・・・ふいうちだってば・・・
セイは顔に手をあて恥ずかしそうにユミから視線を外すと、後ろの席のレイとヨシノに目をやった。
「大丈夫じゃないですよっ!!見てください、こんなに青ざめちゃって!!」
ヨシノはそう言ってレイの顔をズイっと引きずりだして、その顔をセイとユミに見せる。
…なるほど、確かに青ざめている…けれど、それはセイが原因とうよりも…。
「よ・・・よし・・・の・・・く、くる・・・し・・・」
途切れ途切れに呟くレイの悲痛なうめき声…それはどう見ても明らかにヨシノに原因がある。
ユミとセイは顔を見合わせて、思わずゴクリとつばを飲み込んだ・・・。
「よ、由乃さんっ!!く、首!!令さまの首!!!」
「由乃ちゃんっ!その手を離して!!!」
セイとユミはヨシノの手元を指差すとほぼ同時に声を張り上げた。
ヨシノはセイへの怒りのあまり、
レイを助け起こそうとした手に知らず知らずのうちに力が入ってしまっていたのだろう…。
首を思い切り絞めた状態で。
レイの顔色が可哀想なほどに土色になっていた事も知らずに・・・。
「きゃあっ!!令ちゃん!!」
ヨシノはセイとユミの指差した先…自分の手元を見て小さな悲鳴を上げると、その手を解いた。
「く・・・苦しかった・・・由乃・・・心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっとは加減してよね」
レイは生き返った、とでも言わんばかりに大きく深呼吸をすると、ホっと胸を撫で下ろす。
「・・・ごめんね、令ちゃん…苦しかったよね・・・ほんとにごめん・・・もう、由乃の事嫌いになった・・・?」
自分のしでかした…一歩間違えれば殺人まがいの行動に、ヨシノは明らかに落ち込んでそう呟く。
しかし、レイのシャツのすそをつまみながらションボリとうな垂れるヨシノの頭を、レイは優しく撫でにっこりと笑った。
「ばかね、こんな事ぐらいで嫌いになるわけないでしょう?いつだって私には由乃が一番なんだから・・・」
「令ちゃんっ」
「由乃っ」
ヒシっ。幸せそうに抱き合う2人をただボー然と見つめていたのは、セイとユミ。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
羨ましいやら恥ずかしいやら…何とも言えない空気が二人の間に流れるのが解る。
セイがチラリとユミの顔を見ると、どうやらユミも同じ事を考えていたらしく、視線が思い切り合ってしまった。
「ははは・・・相変わらずだよね」
「ええ、本当に・・・」
しばらく2人は呆れながらその光景に見惚れていたけれど、やがてセイがパンパンと手を打った。
「ほら!そこのお二人さん、そろそろお終いにしてくれない?」
セイの言葉にレイとヨシノはハッと顔を上げ、恥ずかしそうに俯くと2人して車から降りてくる。
「ご、ごめんね祐巳さん…私ったら…」
「いいよ、本当に仲良いね、由乃さんと令さま…ちょっと羨ましいなぁ」
「まぁね、なんたって年季が違うもの。でも祐巳さんだって祥子さまと仲良いじゃない」
「お姉さま!?・・・う、うん・・・ま、まぁね・・・そう・・・よね・・・お姉さま・・・」
「どうかしたの?祥子さまと喧嘩でもした?」
「えっ!?・・・う、ううん・・・してないよ、喧嘩なんて…ただ、そうじゃなくて・・・そうじゃなくて・・・私は・・・」
・・・聖さまと・・・
ユミはそこまで言って口を閉ざした。思わず口をついて出そうになった本音が、ユミを苦しめる…。
・・・聖さまと・・・そうなりたい・・・
でも、それはきっと叶わない…。
解っていても想いは募るばかりで、こんな事なら初めから気付かなければ良かったのに。
自分の想いに…心に…でも、一度知ってしまった気持ちはそう簡単には隠れてくれそうも…無かった…。
「祐巳ちゃん、由乃ちゃん!ほら、早く早く!!置いてくぞ〜」
「・・・・・・・・・・」
セイの声が耳の心地よく響く…甘く、切ない声…。
「あっ!待って下さいよ〜!!ほら、祐巳さんも早く!!」
「えっ、あっ、うん」
レイとセイのいる場所に向かって走り出したヨシノの背中を追いながら、ユミは視線を前へ向けた。
そこにはこちらに向かって手を振るレイと、腕組をしてただ目を細めているセイの姿…。
色素の薄いその髪が、楽しそうに風になびきながら真夏の日差しを受けて眩しそうにキラキラ光っていた・・・。
透けてしまいそうなその髪も、
雪のように白い肌も、全てが私のモノならば、
それ以上もう何も望まない。
踊るように跳ねる髪が、
華奢で小さなその身体が、全て私の為にあるなら、
それ以上もう何もいらない。
二つの願いは同じなのに・・・どうしてもすれ違うその心。
いつしか想いは溶けあって、一つになる日が・・・くるのだろうか・・・。