叶わない想いなら抱かなければ良かった。
初めから愛さなければ良かった。
何度も何度も同じ事を繰り返し繰り返し。
でも、後悔はしていない。
それが間違いだったとは思わない。
そう・・・決して・・・。
一体いつまでこうしていればいいんだろう・・・。
セイは溜息を一つつくと、ベッドに腰を下ろした。
薄暗い部屋の中、セイは握り締めていた携帯電話に視線を落とす。
突然手の中で携帯がブルブルと震えだしたのだ。すぐに止まった所をみると、これは恐らく…。
「・・・メールだ・・・」
セイは携帯電話を開くとメールの差出人を確認して驚いた。
「江利子・・・」
どうしてエリコからメールが来るのか・・・ヨウコが電話をかけてくる以上に珍しい・・・。
というか、初めてではないのか・・・?
セイはそう思いつつメールの内容を読みはじめた。
『ねー聖ー。私今すごく迷ってるんだけど、どうすればいいと思うー?』
「・・・はぁ?」
たったこれだけ・・・主語が無いものだから何を迷ってるのかさえも解らない・・・。
セイは首を傾げながら返事を返すと、思いのほか返事は早く帰ってきた。
『それがねー…私今まで山之辺さんに毎日電話とかメールしてたんだけど、それって迷惑かなぁ?
とか思っちゃって。まぁ、今更なんだけどね』
そんなエリコのメールに、セイは苦笑いしながら手早く返事を返す。
内容は・・・『もしかして、メールより電話の方が早いんじゃない?』
すると、メール送信画面が消えて30秒もたたないうちに、
めったに鳴らない携帯電話がブルブルと動き出したではないか・・・。
セイはエリコのそのあまりの速さに思わず苦笑いすると、少し間を置いてから電話をとった。
「もしもしー?もしかしてノロケー?」
「・・・ちょっと、随分じゃない?久しぶりの親友に対して」
「親友だからこそ、でしょ?久しぶり。元気だった?」
そう、親友だからこそ、エリコだからこそこんな風に話せる。ヨウコが相手だとこうはいかない…。
直接おせっかいを妬いてくるヨウコとは違って、エリコはどちらかと言うと傍観者。
でも、ここぞという時には必ず助けてくれる・・・と思う・・・多分。
ここの所に関しては、はっきりと自信が持てないのが辛いところだが・・・。
セイはそんなエリコの距離のとり方がとても好きだったし、心地良かった。
ヨウコとはまた違った、とても大切な親友の一人。
「相変わらずやってるわ。そういうあなたはどうなのよ?」
「こっちもまぁ、ぼちぼちかな・・・ところで・・・ノロケなら他所でやってもらえる?」
人のノロケなんて聞いていられるほど、今の自分に余裕が無い事くらいよく解っている。
だから、セイはわざと突き放すような言い方をしたのだけれど・・・。
「残念だけどノロケじゃないわ、安心して」
急に神妙になるエリコの声・・・なんだかこの展開は前にもあったような気がする・・・。
そう、あれはもう一人の親友、ヨウコから電話がかかってきた時・・・。
セイは嫌な予感が当たらないよう、心の中で祈った。ヨウコ、サチコときて、さらにエリコ・・・。
ユミの聞きたくない情報がこれ以上入ってくるとなると、セイのダメージは計り知れない。
ただでさえ今既にウルトラマンでいうところの、カラータイマーが鳴っているぐらいのピンチなのに…。
そんなセイの心配を他所に、エリコが淡々と話しだした。
「メールでも言ったけど、私最近毎日あの人に電話とかメールとかしてるのね?
それって、やっぱり迷惑かしら?ねえ、あなたならどう?」
確かにノロケでは無い。ノロケではないが・・・あまりに簡潔な質問すぎて、
思わず体の力が抜けてしまいそうになる・・・。
「・・・どう?って聞かれても・・・相手によるんじゃない?」
そう・・・相手による。例えば相手がユミちゃんであったなら・・・嬉しいに違いない。
きっと、毎日の電話とかメールとかを楽しみにしすぎて、どこに行くにも携帯を持って歩きそうだ・・・。
それがたとえ、家の中であっても・・・。むしろ、こっちから毎日電話やメール攻撃してしまいそうで・・・。
セイはその光景が容易に想像できて噴出しそうになるのを堪えた。
「そうよね・・・相手によるわよね・・・」
「うん、私ならね。何よ、迷惑だとでも言われたの?」
「いいえ、言われた事ないわ。たまに電話しない日があったりしたら、向こうからかけてきてくれるもの・・・。
そんな事本当にたまにしかにけど・・・」
・・・一体どれぐらい電話かけてるんだ?江利子は・・・
セイはそう思いつつそんな2人が羨ましかった。
ノロケでは無いと言いながら、十分ノロケられている気がする・・・。
「なら別に悩まなくてもいいじゃない。何も問題なさそうに思うけど?」
「そうね・・・でも・・・やっぱりあんまり頻繁だとやっぱり迷惑じゃない?」
「・・・まぁね。そうかもしれないね、向こうは大人な訳だし・・・どうしたの?江利子らしくもない」
スッポンのエリコという異名を持つエリコは、
一度興味を持ったものに関しては決して譲らないような所がある。
それなのに今回はいやに弱気で、何だかこちらまで調子が狂いそうだ。
「私らしくない・・・か。ねえ、私らしいってどんなの?」
「そりゃあ・・・スッポンでしょ?一度喰らいついたら離れない・・・」
「失礼ね、そこまで酷くないわよ!・・・でも・・・大体は当たってるかも・・・でも今回は・・・」
しょんぼりとしたエリコの声・・・一体何がひっかかっているのか・・・。
「今回は?」
「・・・嫌われたくないのよ・・・」
「・・・・・・・江利子・・・・・・・・・」
セイはゴクリと息を飲んだ。今のエリコはまるで今の自分とピッタリと重なって見えたのだ・・・。
「でも、声を聞きたいの…だからつい電話してしまうんだわ」
「うん・・・そうだね・・・嫌われるのは・・・怖いよね」
そんなエリコにつられて、セイは思わずポロリと本音を漏らした。
そう…電話をかけられないのは、決定的な事を聞きたくないから…。
嫌われたくなくて・・・友達ではイヤで・・・。
「でも…そうよね…私らしくないわよね…欲しいモノは自分で動かなきゃ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・自分で・・・動く・・・?
エリコの言葉が胸に突き刺さった気がした…。臆病になりすぎて、ずっと忘れていた何かが・・・。
「ねえ、そう思わない聖?」
「…でも…それでもし嫌われたら?」
嫌われてしまう…その確率だって少なくはない…それが怖くて動けないのに…。
「嫌われてしまっても…あきらめないわ。だって、私はスッポンなんでしょ?
一度食いついたら死ぬまで離さなくてよ?」
冗談まじりのエリコの声は、心なしかとても楽しそうで・・・。
「…江利子は強いね…どうしてそんな風に思えるのか教えてほしいよ」
セイは、すっかり元気を取り戻したエリコに苦く笑いながら尋ねると、
エリコの口から以外な答えが返ってきた。
「あら、教えてくれたのはあなたよ、聖」
「わたしっ!?」
エリコの以外すぎる答えに、セイの声はひっくろ返ってしまった。
「ええ、あなたと栞さんを見てて思ったの・・・。恋愛は一方通行じゃ駄目なんだなって。
想いの重さがどちらも同じでないと、釣り合わないんだわ。
だから、それを釣り合わせるようにしなきゃならないのよ」
「・・・どうやって・・・」
「それは…ほら、頑張るしかないんじゃない?相手に自分と同じぐらい好きになってもらわないと…。
結局のところ、物でも人でも、手に入れたいなら自分の努力の他には無いのよ。
よく出会いは縁だ、とかって言うけれど私は縁だって自分で作ってみせるわ。
それぐらいの覚悟がないと、恋愛は出来ないのかもしれない、ってあなた達を見てて思ったの」
「・・・・・・・・・・・」
・・・縁を・・・作る・・・
エリコが何の気なしに言った言葉達が、セイの中へと染み込んでゆく…。
縁すら自分で作る、と言い切ったエリコはとても格好良くてステキだと思った。
エリコはこんなにも一生懸命恋をしている…それなのに自分はどうだろう…。
嫌われるのが怖くて…答えを聞くのが怖くて…ただ止まってただけではないか。
一度の失敗に臆病になるのは仕方の無い事だと思ってはいるけれど、
失敗したのなら、それを繰り返さないように気をつける事も出来るわけで…。
セイは、握り締めた電話の力を緩めるとフッと目を細める。
「江利子…気の済むまで食いついてよ…応援してるからさ…」
突然のセイの激励に、エリコは相当驚いたのだろう…二人の間にしばし沈黙が流れた。
「何よ、急に…まぁ、でもありがとう、頑張るわ。あなたもそろそろ次の恋に目を向けなさいよ。
いつまでも過去に囚われてたって良い事ないでしょ?」
エリコはまだ、セイがすでに次の恋愛をしている事なんて知らない。
ましてやその相手がユミだなんて…絶対に言えやしなかった…。
「う、うん・・・ありがと・・・頑張るよ・・・」
「そうよ!次こそは絶対に逃がすんじゃないわよ!?
今のあなたは、昔のあなたと比べたら随分変わったわ…。
大丈夫よ、安心して聖。次こそ必ず幸せになれるわ。私が保証してあげる」
随分と自信満々に言い切るエリコの声は、いつものダルそうな声ではなく、
新しいおもちゃを見つけた子供のように弾んでいる・・・はっきり言って少し怖い・・・。
「随分はっきり言い切るけど・・・その根拠と魂胆は?」
どうして素直にありがとう、と言えないのか…多分それは相手がエリコだから…。
決して一筋縄ではいかない…そんな親友だから…。
「根拠…ねえ…だって…あなたみたいな人を好きにならないはずが無いじゃない。
魂胆は…無い、といいたい所だけど…面白そうじゃない?上手くいった時のあなたのデレデレぶりが」
「デレデレ・・・」
言い得て妙・・・とはこの事だろうか・・・あまりにも失礼だが、何故か一番しっくりくる・・・。
「そう、あなた絶対そうなるもの。これを見逃すわけにはいかないわ。親友としてはね。
だから、あなたには絶対幸せになってほしいのよ」
「幸せ・・・か。まぁ・・・一応ありがとう。いつか江利子のお気に召すようになれるといいけどね」
「ふふふ、期待してるわ。それじゃあ、またね。今日はありがと」
「いいえ、どういたしまして。…って私は何もしてないけど。それじゃあごきげんよう」
いつもの挨拶をして電話を切る。セイはエリコの言っていた言葉を思い返した。
シオリとセイの恋愛の重さは、どう見ても釣り合ってはいなかった・・・。
それは自分でもよく解っていたし、あの頃はどうする事も出来なかった。
でも…あの頃と今ではセイは随分変わった…エリコが言うように。
とりあえず少しは周りを見れるようになったし、近づきすぎないようにもしてる。
お姉さまの言っていたあの言葉が、セイにしっかりと歯止めをかけてくれていたから・・・。
「それにしても・・・デレデレとは失敬な・・・」
セイはベッドの上で仰向けに転がったまま、笑いを堪えきれずに思わず呟いた。
でも実際、ユミにデレデレする自分がかなり鮮明に想像出来るのだから、
ここはやっぱりエリコの言う通りなのだろう…。
それに何よりも嬉しかったのは、エリコの言ったあの言葉…。
『あなたみたいな人を好きにならないはずが無いじゃない』
サチコから聞いた『一生大事な友達として』という言葉・・・。
それすら一蹴してしまう程の威力があの言葉にはあったように思う・・・。
自信が持てなくて…怖くて動けない自分。
ただ、誰かに認められたかった…それでいいよ、と言ってほしかった…。
エリコは自分の努力しかない、と言っていたけれど、案外周りの手助けも必要なのではないか、とも思う。
現に今、セイは失いかけていた自信と、勇気を取り戻せそうな気がしていたのだから・・・。
セイはエリコに心の中でもう一度お礼を言うと、携帯電話のアドレス帳を開いた。
フの行までたどり着くと、大きく深呼吸をして小さく握りこぶしを作る・・・。
そして…目を瞑って…通話ボタンを押した・・・。
「絶対に諦めないからね・・・祐巳ちゃん」
セイの小さな声は、ユミを呼び出す為の音にかき消されて・・・。
私の想いが強すぎて、キミはいつも宙ぶらりん。
勇気を出して地面をけっても、キミはすぐに戻ってしまう。
キミの地面はどこにあるの?
これじゃあ全然遊べないよ。
これじゃあ全然成り立たないよ・・・。