同じ想いだと聞いた時、
手放しには喜べなかった。
キミの中に私を見つけた時、
正直怖かった。
ずっと、壊れているのだと思ってたから。
ずっと、醜いと思ってたから・・・。
「どうして寝てないんですか!?」
「だって!祐巳ちゃんが隣に居るのに眠れるわけないじゃない!!」
「じゃあどうやって帰るんですっ!?」
「あー…どっかで寄り道して…仮眠とっていい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ユミが朝からずっとあくびばかりしていたセイに詰め寄り、眠いんですか?と聞いたところ・・・。
『うん…まぁ…昨日と一昨日ほとんど寝てないからなぁ…』
などと、なんとも恐ろしい答えが帰ってきた。そして、話は初めに戻るわけだが…。
ユミは眠そうなセイの顔を横目でチラリと見ると、はぁ、と大きな溜息をついてゴクリと息を呑んだ。
「・・・解りました・・・こんな事もあろうかと・・・」
ユミはトランクに詰めたばかりの荷物を引っ張り出し、中をゴソゴソと漁る。
「ゆ、祐巳ちゃん?えーっと…何しようとしてるのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セイの背中に流れる一筋の汗・・・嫌な予感がする・・・何かが起こる・・・そんな予感・・・。
やがて、ユミは探し物をカバンの中から探し当てたのだろう。嬉しそうにセイにそれを見せた。
セイの額に冷や汗がにじむ・・・。
「・・・・・本気?」
「もちろんですっ!大丈夫!!私に任せて下さい!!」
「で、でもさ、祐巳ちゃん。ほら、ここはご近所じゃないし…ね?やっぱり私がするから…」
セイはユミの手に持っていたソレをカバンの中に直させようとするけれど、ユミは頑なにそれを拒否して言い切った。
「いいえ、私がします。半分寝てるような人にさせられませんから!大丈夫ですって。まだ夏休みは長いんだし」
「・・・・・・・・・」
・・・それは・・・何かが起こると、すでに確定済みって事・・・?
セイの体から血の気が失せてゆく・・・ただでさえ寝不足なのに、そこにまるで追い討ちをかけるかのように・・・。
「それじゃあ、行きましょうか!聖さま!」
ユミの嬉しそうな笑顔。それとは対照的なセイの青ざめて引きつった笑顔・・・。
「あ、あのー・・・やっぱり止めた方が・・・」
しかし、ユミがこうなった以上セイが何を言っても聞くはずもなく・・・。
「・・・聖さま・・・そんなに私が信用出来ませんか・・・?私はこんなにも信用してるのに・・・」
うるうるした瞳でセイを見上げるユミ・・・これは反則だろう!?と思いつつ口が勝手に喋り出す・・・。
「い、いや!信用してるよ、誰よりも!!・・・解った・・・私も覚悟を決める・・・祐巳ちゃん・・・死ぬ時は一緒だよ・・・」
セイはユミの頬にそっと触れると、その温かさを手の平に刻む。
しかしユミは・・・そんなセイのセリフに可愛らしく頬をふくらませている。
「失礼な!縁起でも無い事言わないで下さいよ、もう!それじゃあ・・・はい、乗って下さい!」
ユミは元気に車の運転席に乗り込む。一方セイは・・・足取りが重くてなかなか体が言う事をきいてくれない。
心では覚悟出来ていても、どうやら体が拒否反応を起こしているらしい・・・。
どうにかセイは助手席・・・ではなくて、運転席の後ろに乗り込んだ。
「・・・どうして私の後ろに乗るんですか・・・」
ルームミラーごしに、ユミが怖い顔をしてこちらを睨んでいる・・・。
「だって、ここが一番安全だし・・・ねえ?」
「・・・聖さま・・・さっきの約束は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・解りました・・・」
・・・うぅ・・・怖いよぉ・・・
セイは渋々車から降りて、運転席の反対側…助手席へと乗り込み、シートベルトをしっかりと締めた。
ついでにエアバッグの出る場所なんてのも探してみたりする・・・。
「さて!では、出発しんこ〜う!!」
「・・・・・おー・・・」
ユミが車の免許を取ったのはつい最近の事だった。
セイが運転するのを見て、羨ましくなったと言っていたけど、本当の所は家の為ではないかと思う。
まぁ、はっきりとした理由は未だに定かではないのだけれど…ただ…何分にも免許を取ったのはつい最近な訳で・・・。
さっき、ユミが荷物の中から嬉しそうに取り出したのは、紛れもなく若葉マーク……。
なぜそんな物まで用意していたのか・・・とても謎だが・・・今はそれどころではない・・・。
セイは、何度か隣に乗ってユミの運転の指導をした事があったけれど、正直もう二度と乗りたくないと思った。
ウィンカーの代わりにワイパーを動かすし、アクセルとブレーキを間違えたり…なんて事はしょっちゅうで…。
何度セイは気絶しかけたか解らないほどだった・・・。
「せ、聖さま・・・そっち見てくださいね・・・」
「う、うん・・・解ってる・・・いいよ、このまま真っ直ぐ行って・・・あ、もうちょっと右にきって」
最初の難関・・・題して・・・奥の細道・・・しょっぱなからこの難所・・・セイは、キリ、と胃が痛むのを感じる・・・。
「右・・・ですね・・・」
「う・・・ん・・・右・・・右!・・・こら!!みぎだってばっ!!!」
セイは慌ててユミのハンドルをグイと戻すと、そのまま反対側に回す。
「「・・・はぁぁぁ」」
・・・あ、あぶなかった・・・
「祐巳ちゃんっ!?右っつったらお箸持つほうだよ!?」
「・・・ごめんなさい・・・なんか緊張しちゃって・・・」
「いや・・・いいけど・・・やっぱり私が代わるよ・・・運転・・・ね?」
「いいえ、聖さまは隣で寝てて下さい!大丈夫ですから、ね?」
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・ね?とか言われても・・・眠れるわけがない・・・
「どうしました?寝てもいいですよ?」
「いやいや・・・大丈夫。それよりも・・・祐巳ちゃん・・・車ぶつけるのは構わない・・・。
いくらぶつけてくれてもいいから・・・心中だけは・・・勘弁してね・・・」
「もう、大げさなんですから!ぶつけるわけないでしょう?聖さままだローンも終わってないのに」
「いや、死ぬよりもローンの方がまだマシ・・・って・・・ねえ?なんだか変な音がす・・・る・・・?」
セイは耳に手を当て、音の出所を探すと、青ざめる。
「祐巳ちゃんっ!!サイド下ろしてないっ!!」
「えっ!?えええ???さ、サイドっ!?えっとえっと!!!」
ユミが慌ててもたもたしている間に、セイが横から手を伸ばしてサイドブレーキを下ろしてくれた。
「あ、ありがとうございます・・・聖さま・・・」
「いや・・・何のこれしき・・・」
こんな事ぐらいで驚いてなんていられない・・・そんな事ぐらいはもう重々承知だ。
それからはしばらく海沿いをゆっくり走って、ユミも運転に少しづつ慣れてきた頃・・・。
「ねえ、聖さま?」
「うん?」
「道・・・これで合ってます・・・?」
ユミは辺りをキョロキョロしながらぼそりと呟いた。
「合ってるよ。大丈夫だから安心して」
しかし、セイがそう言うのが早いか、ユミが曲がるのか早いか、突然ユミがハンドルを左に切り出した。
「ちょ、ちょっと、祐巳ちゃん!?ど、どうして曲がるの?」
「だって・・・行きはこっちから来たじゃないですか」
自信満々・・・そんな感じ・・・セイは頭を抱えるとボソリと呟く。
「あのさ・・・行きと帰り・・・高速乗る場所違うんだよ・・・?」
帰りに寄ろうと約束していたガラス工芸館は、行きとは違う高速に乗らないとたどり着けない。
だからわざわざカーナビまでセットしたのに、ユミはすっかりそんな事忘れて行きと同じ道へと進んでしまった・・・。
「ぅぅ・・・どうしてもっと早く言ってくれないんです!?」
「言ったよ!!合ってるから安心して、って言ったじゃない!!どうしてカーナビを信用しないの!?」
ションボリとユミは頭を垂れて、明らかに呆れた表情でコチラを見ているセイに目をやる。
「聖さまぁ・・・どうしましょう・・・?Uターンとかですかぁ?」
今にも泣き出してしまいそうなユミの顔・・・Uターン…というか、どうやらバックが相当苦手らしい。
「大丈夫。落ち着いてやれば出来るから・・・ね?私の言う通りにハンドル回して、解った?」
「・・・は、はい・・・」
セイはユミの頭を優しく撫でるとハンドルを握るユミの手に、そっと自分の手を重ねると、指示を出し始めた。
ユミは、セイに手を握られた途端体から余計な力が抜けていくのがわかる…たったこれだけの事で…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「祐巳ちゃん、もうちょっとだから・・・大丈夫。落ち着いて」
「は、はい。右に回して・・・アクセルを・・・軽く・・・軽く・・・」
ユミはバックミラーと、ルームミラーを交互にながめつつ、少しづつ後ろへと下がってゆく・・・しかし・・・。
「あっ、祐巳ちゃんストップ!!」
「へっ!?」
ガン!!ごっ!!!
「・・・・・・・・・・・・・・聖さま・・・?」
・・・一体何が・・・
ユミが恐る恐る隣に目をやると、そこにはダッシュボードにおでこを激しく打ち付けたままのセイがいる・・・。
「せっ、聖さま!!!」
ユミが慌ててセイの体を揺さぶると、セイはムクリと顔を上げた・・・。
「祐巳ちゃん・・・急ブレーキは危ないから・・・ね?」
おでこをしきりにさすりながら、涙目でセイはそう呟く・・・。
「・・・ごめんなさい・・・聖さま・・・私・・・」
「いや、それより祐巳ちゃんは?怪我とかない?」
セイはそう言って心配そうにユミの頬やら頭やらを撫で回す。
そして、どこにも異常がないことを確認すると、ほう、と胸を撫で下ろした・・・。
「良かった・・・どこも打ったりしてないみたいで・・・」
「・・・聖さま・・・」
自分の事よりもユミの心配をしてくれるセイに、ユミは顔を赤らめたが…やがてセイの顔を見て思わず絶句する。
「せ、聖さま・・・ち、ち、ち・・・血が・・・」
ユミがセイのおでこを指差すと、ルームミラーをセイに向けてやった。
セイのおでこから、ほんの少しだけれど血が垂れているではないか・・・。
ユミは青ざめながら後ろの席に置いてあったポーチに手を伸ばす。
「・・・ああ、ほんとだ・・・どうりで痛いと思った」
あっけらかんと言うセイに、ユミはポーチの中にあった絆創膏を取り出してそれをセイのおでこに貼り付けた。
「ん、ありがと・・・って・・・何これ!?」
「絆創膏です・・・すみません・・・そんなのしか無くて・・・嫌・・・でしたか?」
イヤか?ときかれたらイヤかもしれないが…ユミの心配そうな顔を見てセイはフっと笑った。
セイのおでこにピンク色に光る絆創膏・・・可愛らしいウサギさんの絵が描かれている・・・。
「いや、いいよ、ありがとう・・・祐巳ちゃん」
「いえ・・・悪いのは私だし・・・それに・・・私運転向いてないのかも・・・」
セイの顔に傷つけてしまった事が、ユミには相当ショックだった。
初めからセイのいう通り運転を代わっていれば、こんな事にはならなかったかもしれないのに・・・。
そう思うと、途端に目から涙が溢れ出す。
「運転に向いてるかどうかは解らないけど…祐巳ちゃんは悪くないよ。言うのが遅かった私が悪いんだから」
セイはそう言って、ボロボロと涙を流すユミをそっと抱き寄せた。
大丈夫大丈夫・・・そう言ってユミの頭を撫でてくれるセイ・・・どうしてこの人はこんなにも優しいんだろう・・・。
ユミはそう思いながらセイに運転を代わってくれるよう、頼んでみた。
「ダメ。ガラス館までは祐巳ちゃんが運転して。ちゃんと私が早めに指示を出すから・・・解った?」
こうでも言わないと、ユミはもう二度と車を運転しなくなってしまうかもしれない・・・。
それに、何よりも自身をちゃんと取り直させてやりたい…こんな風に車を見る度に落ち込むのでは、あまりに可哀想だから。
「・・・はい・・・」
ユミはそっと体を伸ばすと、セイのおでこに軽くキスをして、ハンドルをギュウっと握った。
心の中で何度も何度も、セイにお礼を言いながら・・・。
「・・・ついた・・・」
「・・・うん・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
2人は無言で顔を見合わせると、思わず手を取り合う。
「やれば出来るじゃない!祐巳ちゃん」
「はっ、はい!!聖さま!!!わっ、私やりました!!」
ユミはセイの手を上下にブンブン振り回すと、そのままの勢いでセイの首に抱きついた。
「わわっ!ど、どうした?祐巳ちゃん」
セイは慌ててユミの体を抱きとめると、地上に降ろす。でも、ユミはセイに抱きついたまま離れようとはしない・・・。
「…こわか…っく…ぅぅ…聖さまぁぁ…ほ…んとは…っう…ずっと…こわかっ…」
相当緊張していたのだろう…ユミはセイにしがみついたまま声を出して泣き始めてしまった。
「うん、お疲れ様…よく…頑張ったね…祐巳ちゃん…それでこそ私の好きな祐巳ちゃんだ」
セイの言葉にユミは涙で潤んだ顔を上げてセイの顔を覗き込む。
「何にでも一生懸命で、無鉄砲だけど…ちゃんと最後までやり遂げる…私が祐巳ちゃんを尊敬する所の中の一つ…」
「・・・聖さまぁぁ・・・・」
・・・私も・・・聖さまのそんな所が・・・
ユミは胸がギュっと苦しくなるのを感じた…セイの優しさが痛いくらい身に染みる…ずっと一緒に居たい…離れたくない…。
何故だか無性にそう思った…心の底からそう感じた…。
「ゆ〜みちゃん。ほら、そろそろ泣き止んで…中…入ろう?」
「はい・・・」
セイはユミの指に自分の指を絡ませると、ユミの歩調に合わせてゆっくりと歩く・・・。
しっかりと繋がれた手と手…友達同士の繋ぎ方では無くて…恋人同士の繋ぎ方…。
家からとても近くの公園・・・セイは車を止めてユミを外へと誘い出した。
そして小さなブランコにユミを座らせると、おもむろにポケットから何かを取り出す。
「・・・聖さま?」
「・・・じっとして・・・」
セイはそう言ってユミの顎を持ち上げ、軽いキスを落とした・・・そして・・・。
「好きな指だして」
「ゆ、指?」
「うん。私に預けてもいいと思える指を出して」
「・・・・・・・・・・・?」
・・・預けても・・・いい指・・・?
ユミは自分の指をじっと見つめながら、う〜ん、と悩んでいたが、やがて決心した。
セイに預けるとしたら、やっぱりこの指しか無いだろうと思ったから・・・。
ユミはそっと選んだ指をセイの前に差し出す。
「・・・この指・・・?」
「・・・はい・・・ダメ・・・ですか・・・?」
ユミが俯きながら足元にあった小石をコツンと蹴ると、石はコロコロと転がって闇に吸い込まれてしまった。
「いいや、ダメじゃない・・・嬉しい・・・」
セイはそう言ってはにかんだ様に笑うと、ポケットの中から取り出した小さな箱を開け、その中からあるモノをとりだすと、
それをそっとユミのその指にはめる・・・。
「・・・いつの間に・・・?」
「ナイショ。目立たなくていいかな、と思って。安物だけどね・・・気に入った?」
「・・・はい・・・でも・・・これって・・・」
婚約指輪・・・?左手の薬指にはめられた指輪は、ガラスで出来た透明の細い指輪だった。
街灯の光を吸い込んで、キラキラしていてとてもキレイ・・・。
「あ〜・・・一応・・・予約って事で・・・それじゃあ、帰ろっか」
セイは恥ずかしそうに回れ右をして歩き出そうとしたけれど、すぐに戻ってきてユミの左手を強く握り締める。
「愛してる・・・祐巳ちゃん・・・もし、祐巳ちゃんがその指を出してくれなかったら・・・私はそれを渡すつもり・・・無かったんだ・・・。
その指のサイズのしか買ってきてなかったし・・・一方通行じゃ・・・寂しいから・・・」
セイはこちらを見ようともしない・・・ただ、優しくゆっくり・・・とてもはっきりとそれだけ呟いた。
「あ・・・わっ・・・私・・・ど、どうしよう・・・うれ・・・っ・・・しい・・・ぅっく」
後ろからセイに抱きつくと、ユミはその温もりを確かめる。温かい・・・ここに居る・・・夢じゃない・・・。
ガクン、とユミの足から力が抜ける・・・聖がそれに気付いて慌ててユミを抱きとめると心配そうな顔で言った。
「どーした?大丈夫??」
セイにどうにか抱きとめられたユミは、セイに体を預けながら苦く笑う・・・。
「う、嬉しくて・・・腰が・・・抜けちゃいまして・・・」
ユミの言葉に、セイは一瞬呆れたような顔をしたけれど、すぐにバツの悪そうな顔をして微笑んだ・・・。
・・・左手の薬指にはめられたガラスの指輪・・・シンデレラはガラスの靴を忘れたからこそ、幸せになれた・・・。
でも・・・落とさなくても幸せになれる・・・その方法を、私は知っているから・・・。
初めて会った時、好きだと思った。
初めて触れた時、恋だと解った。
初めて泣かれた時、守ろうと願った。
初めてキスした時、失くさないと誓った。
初めてキミを知った時、愛だと気付いた・・・。