人生と言うものを語れるほど生きてはいない。
人生と言うものを振り返るほど強くはない。
でも、人生の中にずっと君がいてくれるのなら・・・、
それはとても幸せな事だと・・・思える・・・。
「私はシャワーだけ浴びてくるけど…祐巳ちゃんどうする?」
部屋につくなりセイはそう言って上着を脱ぎ始めた。
ただ上着を脱いでいるだけなのに、何故かユミの鼓動は早くなってゆく・・・。
「・・・私も・・・シャワーだけ浴びます・・・」
セイから視線をそらしつつ、ユミはそう言って膝の上で握った拳にギュウっと力を込めた。
「そう?一緒にはいる〜?」
冗談めかしてそう言うセイの顔もまた、どこか緊張気味だ・・・。
セイは、ユミが首をブンブンと横に振るのを苦笑いしながら見つめていたけど、内心ホッとしていた。
ただでさえ頭の中はユミで一杯なのに、どうしてユミとシャワーなど一緒に浴びられるというのか。
「じゃ、先に入るからね」
「・・・はい」
カチンコチンになって畳の上できちんと正座するユミが、なんだかいつもよりとても小さく見えた。
セイがシャワーを浴びにお風呂場へと向かったのを確認したユミは、はぁ、
と大きな溜息をついて隣の部屋に目をやった。
限りなく近づけて敷かれた二つの布団…なんだかその光景が余計にユミの心臓を高鳴らせる。
「…ちょっとだけ離しとこ…」
ユミは、そう言って手前の布団を少しだけ引っ張ると布団と布団の間に隙間をつくった。
人が一人横になって入れるか入れないかぐらいのほんの少しの隙間だったけれど、
それでもピッタリとくっついているよりは意識しないですみそうだったから・・・。
しばらくしてシャワーを終えたセイが、タオルを首からぶら下げたままお風呂場から出てきた。
「おまたせ。ごめん、遅かったかな?」
「いっ、いえ!!全然遅くなんて・・・」
「そう?じゃあ祐巳ちゃんも入っといで」
「・・・はい」
ユミはそう言って浴衣を持ってお風呂場へと向かう・・・背中にセイの視線を感じながら。
「はぁぁぁ・・・さて・・・どうしたもんかな・・・」
セイは布団の上にゴロンと転がると大きく伸びをしながら、ほんの少し未来の事を考えていた。
きっと、ユミは今物凄く緊張しているだろう…何かあると思っているかもしれない・・・。
「私は怖がらせてばっかりだね・・・祐巳ちゃん・・・」
セイは天井をじっと見つめながらもう一度溜息を落とす。
「・・・あれ?隙間が開いてる・・・」
セイは布団と布団の隙間を見つけ、苦々しく笑う。
別に隙間ぐらい普段ならどって事はない。
でも、今はこの隙間にさえも気持ちを邪魔されているようにしか思えなかったのだ・・・。
「くっつけとこ」
ユミがわの布団をグイと引っ張って自分の布団との隙間をなくす。
こんな事ぐらいでユミとの距離が縮まる訳が無い事は解っていても、どうしてもそれをせずにはいられなかった…。
その布団の隙間が、セイとユミの心の距離のように思えて仕方がなかったから…。
「お待たせしました・・・・」
・・・あれ?・・・布団がくっついてる・・・
確かに離した布団が見事に元の位置に戻ってしまっていた事に、ユミは驚きを隠せないでいた。
思わずその場に立ち尽くし、布団の上でくつろいでいるセイに目を向けてみたが、
セイはテレビに夢中で気付く様子すらない。
「あの・・・聖さま・・・あがりましたけど・・・」
「ん?おー早かったね」
首だけグルンと動かしてこちらを見るセイは、子どものような笑顔で手招きしている。
ユミは何事かとセイの後ろに座ると、セイはテレビを消してこう言った。
「…あのさ…祐巳ちゃんすごく緊張してるみたいだから、先に言っとくね」
ユミが真剣な顔で頷くのを確認したセイは話を続ける。
「安心して…多分、何もしないから。と、言うよりも…出来ないと思う…私には…」
「・・・・・・・・・」
「どういう意味だって・・・思ってる?」
「・・・はい」
セイは悲しそうに笑いながらそっと、ユミの髪に手を伸ばした。
しかしユミはそれに過剰に反応してしまい、ビクンと身体を強張らせてしまう・・・。
「・・・こういうこと・・・解る?」
・・・・・・・・・・・・・
「・・・ごめ・・・なさい・・・」
ユミの瞳から突然ボタボタと大粒の涙が零れ落ちた。
そして、セイの腕に手を伸ばすと二の腕あたりをギュっと掴む。
「どうして謝るの?祐巳ちゃんは何も悪い事してないでしょ?」
「でも!・・・私が・・・いっつも・・・我慢・・・させて・・・っく」
・・・そうだ・・・いっつも私が逃げてばかりいるから・・・
ユミは空いた方の手でゴシと涙を拭うと、セイの瞳を真っ直ぐに見る。
しかしセイはユミからフイと視線をそらして、少し怒ったような口調で・・・言った。
「謝らないで、お願いだからっ!
我慢させてるとか…そんな風に言わないで…そんな事を言われたら…私はっ…私は…余計に辛くなる…」
言葉の最後の方は、とてもか細い声だった…注意して聞かないと聞こえないぐらい小さな…小さな声…。
泣いてしまいたかった。いっその事泣いてしまえれば楽だったのかもしれない・・・。
でも、それは出来なかった。ユミの身体に触れたい…欲しい…と願う自分と、傷つけるのが怖いと思う自分…。
湧き出た二つの感情は、まるで綱引きみたいに両側から引っ張られていて、どちらも力を緩めようとはしなかった。
「・・・聖・・・さま・・・」
ポツリと呟くユミの声が妙に遠くから聞こえる…。
「怖いのは…祐巳ちゃんだけじゃない…私だって………怖いんだっ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
・・・聖さまも・・・怖い・・・?
怖がっているのは今まで自分だけだと思ってた…。
あまりにもセイが真剣だったから…怖いモノなんて何も無いのだと思ってた…。
でも、違うと言う。自分も怖いのだと…。
「本当は祐巳ちゃんに触れたいよ、もっと…。
でも、傷つけるのが怖い…失うのが怖い…どうなってしまうのかが…怖い…」
途切れ途切れに…でもハッキリと呟くセイの言葉は、ユミの耳を通り越えて直接脳に響き渡る。
そして…急に自分が恥ずかしくなった…湧き出る感情に、今までずっと背を向けてきた自分が…。
触れられたいと、そう何度も思った…もっと抱き合っていたいと…数え切れないほど願った…。
頭の芯が疼くような感覚…指先が触れるだけで気が触れそうになるほど熱い身体…。
そんな感覚を、ユミは知っていたのにどうして今までそれを無視してきていたのか・・・。
「私ばかりが望んでいても不毛だよ…切ないよ…。
そんな独りよがりの感情に…祐巳ちゃんを…巻き込みたくない…」
潤んだ瞳でそう呟くセイは、今まで溜め込んできた何かと必死に戦っているようにも見えた・・・。
ユミはそんなセイの心の中を察して、さらにとめどなく涙が溢れてくる。
「わたし・・・こんな・・・に・・・ひっく・・・っう・・・想われ・・・ひっ・・・てた・・・ぅう・・のに・・・」
『私・・・こんなに想われてたのに・・・』
この言葉にセイの何かが外れたような気がした。
「・・・祐巳ちゃん・・・」
「聖さまぁぁ!!!」
大声で泣きながらユミはセイにしがみついた。もう止められない。そう思った・・・。
必死になってすがりついてくるユミを、セイはしっかり抱きとめるとそのまま布団に2人とも倒れこむ。
胸の上で泣きじゃくるユミを、セイは切なそうに笑いながらただ見つめていた・・・。
「・・・もういいよ・・・泣かなくても・・・私だってこんな風に思うの初めてで、正直戸惑ってるんだよ・・・今でも・・・」
「・・・今でも・・・?」
ユミがそっと顔を上げてセイの顔をじっと見つめると、セイははにかんだように笑った。
「うん。当たり前じゃない。怖いよ、そりゃ・・・祐巳ちゃんを壊すのも怖いけど、自分も壊れてしまいそうで・・・」
・・・きっと・・・もっとキミを好きになるから・・・
今でさえこれ以上ないぐらい好きなのに、これ以上ユミの事を好きになってしまったら…どうなってしまうのか…。
それを思うと怖かった。感情に、心に、きっと頭が…理性がおいつかなくなりそうで・・・。
「・・・聖さま・・・私・・・ずっと、ずっと・・・欲しかった・・・もっと・・・触って欲しかった・・・それなのに・・・」
ポツリポツリと呟くユミの言葉に、セイは思わず目を見張った。
ずっと、そんな筈はないって思っていた…求めているのは自分だけなのだ・・・と。
「・・・そっか・・・言ってくれりゃいいのに・・・そしたら・・・私・・・っ」
セイの瞳から涙が一筋頬を伝う・・・なぜか、夕方に見た真っ赤な景色が、目をつぶると鮮明に思い出される…。
一面の赤…この世のモノとは思えないほどの色彩…まるで今の自分の心のような…そんな色…。
セイは心配そうにこちらを眺めるユミに、小さく笑いかけると人差し指で自分の唇をトントンと軽く叩いた。
「?」
「キスして、祐巳ちゃん」
セイの言葉に、ユミは照れたように笑うと、触れるか触れないかぐらいの軽いキスを落とす。
それでも、セイは嬉しそうにユミの身体を抱きしめると、愛しそうにユミの頬に自分の頬をすりよせた…。
想いの重さを量れるとしたら、
きっとキミより私の方が重いはず。
でも、いつかは同じになればいいのにと、
いつもいつも願うけれど、
それはなかなか叶わない。
本当は、気付いていなかっただけなのに。
本当は、同じぐらい想われていたのに。