片方を愛して、もう片方はいらない。


そうやって生きるのだと、


ずっとずっと思ってた。


全てを愛する事が、


正しい訳では無いのかもしれない。


でも、私はキミの全てを愛したい・・・。


私の全てを愛されたい・・・。




辺りはすでに真っ暗。提灯が無ければ、きっと何も見えないだろう・・・。

「暗いねー」

「そうですねぇ…やっぱり東京とは全然違いますね」

ユミはそう言って車の窓から顔を出すと、空を見上げて呟いた。

一体、東京では見えない星がこの中にどれぐらいあるのだろう…。

満天の星空は、まるでネオン街の電気のように輝いている。

「吸い込まれそう・・・」

ユミが空を見上げてポツリと呟くと、セイはおもむろにユミの方の窓を閉めだした。

「あっ!何するんです!?」

「吸い込まれちゃ困るから。祐巳ちゃんはもう、星見るの禁止!」

「はあ・・・」

・・・なんて無茶苦茶な・・・

ユミがそう思いつつセイの顔を見ると、暗がりの中で薄く笑っているのが見えた。

本心で言ったのか、冗談で言ったのかは解らない。

それでもそんな風に言われて、とても嬉しいと感じてしまうのはどうしてだろう…。

セイのモノになりたい訳では無いけれど、セイのモノで在りたいとは思う…。

この感じ、セイに言ったらどんな反応をしめすのだろうか…?

「ところでさー…やっぱ花火大会とかって人多いよね」

もうすぐで昼間遊んだ浜辺につくけれど、セイは何かを考えるように言った。

「まあ…そうでしょうね、きっと…どうしてです?」

「・・・じゃあそんなに近くじゃなくてもいいか・・・」

ユミの答えが聞こえていたのかいなかったのか、セイはそんな風にひとりごちると急にハンドルを左にきった。

昼間通った道からそれてどんどん車は海とは反対方向へと向かってゆく…。

「ちょっ、ど、どこ行くんです!?」

「いーからいーから。お姉さんにまかせなさいって」

不安そうなユミの顔をよそに、セイは自身たっぷりに車を走らせて、たどり着いたのは・・・。

「アレ・・・ここ・・・」

「そう、あそこで花火が上がるからさ。ちょうど良くない?下の方のもちゃんと見えるし」

セイはそう言って車を駐車場に停めると、車から降りて助手席のドアを開けてくれた。

「あ、ありがとうございます・・・よくココの事思い出しましたね」

ユミの問いに、セイは子供のように笑うと大きく頷く。

もしセイにしっぽが生えていたなら、きっとちぎれんばかりに振っていただろうな、と思えるほどの笑顔で・・・。

セイが思い出してやってきたのは、小さな公園だった。

海とは反対方向になるけれど、少し小高くなっていて海が一面展望できる。

この公園、行きしなに通っただけで、きれいさっぱりユミの記憶からは抜け落ちていたのだけれど…。

「いや、別に私だって完全に覚えてたわけじゃないよ。今日昼にさ、花火大会の事聞いたから思い出しただけで…、

聞かなかったら思い出さなかったと思うし・・・」

・・・それに、どうせなら人があんまり来なさそうな所の方がいいし・・・

セイはそう言って隣から送られる尊敬の眼差しを遮った。

「ねえ、祐巳ちゃん・・・どうして私がここを選んだか解る?」

ズイっと近づくセイに、ユミは後ずさりしながらブルブルと首を振る。

「それはね…狼は獲物を静かな所で食べるから・・・だよ・・・」

セイはそう言ってそっとユミの首筋に手を回すと、そのままこちらに引き寄せた。

「せっ、聖さま!?」

「祐巳ちゃんは可愛いよ…本当に…だからつい味見したくなるんだよね」

口の端を少し上げてペロリと唇を一舐めすると、ユミの顔と体は完全に固まってしまった・・・。

・・・ヤバイ・・・やりすぎたか・・・?

セイはそっとユミを離すと、冗談だよ、と耳元でボソリと呟く。

「へ?じょ、じょう・・・だん・・・?」

突然ユミの身体の力が抜けた。

カチンコチンに固まっていたつま先から頭のてっぺんまで、一気に血が巡る…。

あからさまに脱力するユミに、セイは胸にチクンと小さな棘が刺さるのを感じた。

・・・まだ、ダメなんだ・・・

どうせするんなら、ユミにも求めてほしい。自分の事をもっと欲しがってほしい・・・。

怖いのは仕方がない。

セイだって怖いのだから、ユミにとっての恐怖はどれぐらいのものなのか計り知れないと思う。

でも、求めてばっかりで求められないと言うのも、なかなか怖いのだと言う事を知って欲しかった・・・。

セイはユミのとる安全な距離が憎らしかった。それはどうしても埋まらない心の距離のような気がして・・・。


「さっきは驚かせてごめんね、そろそろ機嫌なおしてよ、祐巳ちゃん」

いくらなだめても、すかしてみても、ユミの機嫌は一向に直らなかった。

プイとそっぽを向いたまま、こちらを見ようともしてくれない・・・。

もうあきらめようか、と、セイが溜息をついたその時・・・。

ドーン!!

物凄い音と共に、真っ暗だった夜空に一輪の大きな花が咲いた。

セイもユミも驚いて一瞬目を丸くしていたけれど、そのあまりの迫力に2人とも声を失う。

海に映る花火が、波にユラユラと揺らめいてどこか妖しい雰囲気さえ漂わせている・・・。

「おっきい・・・」

ボソリと呟いたユミの言葉は、花火の音にかき消されてしまいそうな程か細かったけれど、

セイにはしっかりと聞き取る事が出来た。

「うん・・・おっきいね・・・」

セイはそう言って隣に立つユミの手をギュっと強く握り締ると、次から次へと咲く大きな花を眺めていた…。

花火の轟音が、心臓に直接響くような感覚…まるで鷲掴みされているような、そんな気分になる…。

「花火ってさ・・・恋と似てると思わない?」

突然のセイの言葉に、ユミは思わずセイを見上げた。

「・・・・・・・」

「わからない?」

優しい笑顔でそんな事を言うセイの意図が解らない・・・。

「だって心臓を鷲掴みにされてさ、一瞬で燃え上がって大きな花を咲かせたかと思ったら…儚く消えていく…」

セイの瞳の中に、花火が映った。その横顔はとても寂しそうで、とても切ない・・・。

「・・・そう・・・かもしれませんね・・・でも、私は消えていくのは嫌です。出来るならずっと隣に居たいです・・・」

ユミは、セイの手を強く握り返すと力強くそう言い切った。

「・・・うん・・・ありがとう」

セイはそう呟くと、ユミの手を引っ張って自分の方に引き寄せる。

手ではなくて、身体をギュっと強く抱いていたかったから・・・。




やがて沢山の大輪の花達は、海と空に溶けるように消えてなくなってしまった。

「・・・終わっちゃいましたね・・・」

「うん。花火って、終わると物悲しいよね・・・すごく、さ」

「ええ、本当に…でも…花火って誰が名前つけたんでしょうね…とてもステキな名前ですよね…」

突然ユミが嬉しそうにそんな事を言いながらセイの腕に身体を預けてきた。

「さあ…解らないけど…すごくピッタリなのは確かかな…花の火なんて…相当なロマンチックのする事だよ」

「・・・ロマンチックなら聖さまも負けてませんけどね・・・」

「はは…それって褒めてるの?それとも恥ずかしいとか思ってるの?」

セイは苦笑いしながらユミの身体をギュウと両腕で包み込む。

花火が終わってしまって、どうしようもなく泣きたくなる気持ちは、

こうしている事でほんの少し和らぐような気がしたから…。

「さて、どっちでしょう?聖さまはご自分でどう思われるんですか?」

「んー…よく解らない…なんせそんな事言われるの初めてだし…」

セイはそう言って不意にユミの身体を離すと、思い出したように車の中からコンビにの袋を取り出す。

てきぱきと何かを用意するセイを、ユミはしばらく首を傾げて見ていたが、やがてそれが花火の準備だと解ると、

嬉しそうに顔をほころばせた。

「花火のラストはやっぱりこれでしょう?」

「はいっ!!」

セイが袋から取り出したのは、線香花火。これこそ、花火の中の花火。

他の花火ほどの派手さはないけれど、一番馴染み深くて切ない花火・・・。

セイは手際よく線香花火をきっちり二等分すると、その束をユミによこした。

そして、一緒に買ってあったマッチで火をつけようとしたが、風が強くてうまくつかない。

「マッチじゃなくてライターにすれば良かったんじゃ・・・」

ユミがマッチと悪戦苦闘しているセイに思わず突っ込むと、セイはキっと顔を上げユミを睨んだ。

「何言ってるの!?線香花火はマッチで点けるもんだよ」

「・・・・・・・・・・・」

・・・この人のこだわりって・・・

ユミは風の吹いてくるほうに移動しながら、その場にしゃがみこんでセイの手元にカベを作る。

「お、ありがとう・・・あっ、点いたよ、祐巳ちゃん」

嬉しそうにそっとユミに線香花火を手渡すと、セイは今度は自分の分に火をつけ始めた。

シュ…ポッ…とマッチ独特の音と香りが鼻につく…どこか懐かしさを感じるようなその香りは、

なるほど、線香花火にはピッタリだった・・・。

「キレイ・・・」

「ほんとだね・・・懐かしいな・・・最後に線香花火なんてしたの何年前だろ・・・」

セイは記憶をたぐるように線香花火の火をじっと見つめている・・・。

やがて・・・ポトンと、火種が落ちてしまった・・・。

「あ〜・・・落ちちゃった・・・アレ?祐巳ちゃんの息長いなぁ」

セイはそう言っておもむろにユミの火種を、横からツイとさらって行ってしまう・・・。

「あ〜!!!どうしてそんな事するんですかぁ・・・ようやくここまで行ったのに〜」

「まぁまぁ、いいじゃない。ほら、まだあるし」

セイはそう言ってユミの握り締めていた残りの線香花火を指差してケラケラと笑っている。

ユミはそんなセイを軽く睨みつけると、大きな溜息を一つ落としてヤレヤレとマッチに手をのばした。

「・・・いましたよね、そうやって人の火種持ってく人・・・私はいつも持ってかれる側でしたけど・・・、

聖さまは持っていく側だったでしょう?」

「うんっ。当たり!だっていっつも一番先に落ちちゃうんだもん。そうでもしないとすぐに終わっちゃうじゃない」

ヘラン、と締まり無く笑うセイの顔には反省の色は無かった…。

それでも、憎めないのだからこの人の魅力は計り知れない・・・。

「でも、ほんと・・・寂しいですよね・・・線香花火って・・・」

ユミは手元の花火をじっと見つめながらボソリと呟く。

「うん・・・切ないね・・・」

セイはそう呟くと、隣でしゃがんでいるユミに目をむける・・・。

ドクン、と高鳴る心臓…正にさっきの花火のように鷲掴みにされたような感覚が身体をかけめぐった。

線香花火を見つめながら、落ちてきた髪をかきあげるユミの仕草は、まるで一枚の絵の様にキレイで…。

あまりにも突然の感覚に、セイは言葉さえも失ってしまう・・・。

「?どうかしましたか、聖さま?」

「えっ!?・・・あっ!!」

ユミに突然声を掛けられたセイは、思わずビクンと身体を震わせた。

その反動で線香花火は下に落ちてしまい、結局セイの手持ちの花火はそのままあっけなく終わってしまった。

「・・・何やってんですか、もう。はい、これあげますから。これで最後ですよ?」

ユミは笑いながらセイに自分の最後の花火を手渡す。

「あ、ありがとう・・・」

セイは申し訳無さそうに、恥ずかしそうに俯くと、素早く花火に火を点ける。

・・・どうしよう・・・見られたかな・・・

まるで一枚の絵の様に美しかったユミに見惚れて花火を落としてしまったなんて、口が裂けても言えない…。

今が夜で良かった、とセイは心底思った…。きっと今、セイの顔は相当に赤いはずだから・・・。


「・・・最後か・・・」

「・・・ええ・・・」

2人は黙り込んでただ手元でパチパチと弾ける火花をじっと見つめていた・・・。

「花火が恋ならさ、線香花火は人生みたいだと思わない?」

「・・・人生・・・ですか・・・」

「うん。最初は小さな火でさ・・・でもどんどん大きくなって・・・ポトリ」

「・・・・・・・・・・その言い方はちょっと・・・・・・・」

セイのあっけらかんとした物言いに、ユミは思わず苦笑いしてしまう。

「あれ、そう?んー・・・私はこんな風に生きたいと思ってたんだよね。なんだか潔いでしょ?」

「潔く・・・?」

「そう。潔くスパっと生きれたらいいな、っていつも思ってた。なかなか難しいけどさ・・・」

「でも、これが一人の人生だとすると…とても儚いですね・・・まるで夢みたい・・・」

・・・それに・・・何だか寂しい・・・

ユミの目頭に、何故か熱いものが込み上げてくる・・・。

「一人ならね、儚いかもしれないけど・・・でも、こうしたら・・・ステキじゃない?」

「あっ・・・」

セイはそう言って自分の線香花火を、ユミの線香花火にくっつけた。

すると、みるみるうちに火の勢いは増して、音も大きくなる。

「ほら、2人だと強くなれる。それに・・・」

やがて、線香花火は徐々に勢いを増してゆくと大きくなった火種は、

手元ギリギリの所まで燃やしつくしてそのまま消えてしまった・・・。

「終わるのも・・・一緒だよ・・・」

「終わるのも・・・一緒・・・?」

「そう。だから私は、今ならこっちの生き方の方がいいかもしれない、なんて思うんだよ。

祐巳ちゃんと一緒に歳を取ってゆくのも悪くないな、なんてさ」

セイはそう言って照れたように笑うと、そっとユミの肩を抱き寄せ、その頬に軽くキスする・・・。

セイの唇が触れた所が、妙に熱く感じて・・・ユミは思わず頬を押さえると、セイの腰に手をまわした。

「わ・・・私も・・・一緒に生きたい・・・最後までずっと・・・終わるのも・・・一緒がいい・・・」

涙声でそう訴えるユミは、とてもか弱くて、まるで線香花火のようだった・・・。

「そうだね、いつも一緒にいられたら・・・幸せだね・・・とても・・・」

セイはそう呟くと、ユミの身体を、強く強く抱きしめた・・・。







人生と言うものを語れるほど生きてはいない。


人生と言うものを振り返るほど強くはない。


でも、人生の中にずっと君がいてくれるのなら・・・、


それはとても幸せな事だと・・・思える・・・。






海へ・・・   第十二話