相思相愛でないとつながらない。


一方通行じゃ成り立たない。


求めるのなら、求められたい。


愛するのなら、愛されたい。


そうじゃなきゃ意味がない・・・。





「あのー…ほんっとうに一緒に入るんですか?」

ユミは新しく揃えられた浴衣と、シャンプーやらを胸に抱えるとセイにそう尋ねた。

「そこまで用意しといて今更断る気?」

シレっとした顔でセイはそんな事を言う。ユミはおずおずとセイの傍まで行くと服のそでの辺りを軽く摘んだ。

「ほんっとうに見ないで下さいね…恥ずかしいんですから…」

「恥ずかしいのも今更だと思うけど…」

「意識があるのと無いのとでは随分違いますっ!」

照れて怒るユミに、セイは苦笑いしながらハイハイと生返事を返すと、

ユミが土壇場で逃げてしまわないようにその手をしっかりと握った。

どうしてもあの時間を共有したい。あの泣きたくなるような、嬉しくなるような時間を・・・。

「ほら、行こう。夕日が沈んでしまう」

「・・・はい」



昨日はあんなに人が少なかったお風呂も、今日はやけに多い。

大抵の人たちは多分海水浴帰りで、夕食の時間までにお風呂に入ってしまいたいのだろう。

『皆が何時に食事に行くのかは知らないけれど、ウチは遅いからね』

と、セイは言う。どうやらこの事も頭に入れてわざと夕食の時間をズラしたようだった…。

全く、抜かりないと言うか何と言うか・・・。ユミは呆れつつ開いている籠を探し、一枚、また一枚と服を脱ぎとってゆく…。

「本当は近くが空いてたら良かったのにね」

セイはそう言いながら、お風呂に近いほうの棚をユミに譲ってくれた。

『こっちの方が恥ずかしくないでしょ?』

なんて、いかにもセイらしい発言だ。いつだってそう。セイは優しい。でも、誰にでも優しい訳ではない。

もちろん他の人にも優しいけれど、ユミへの優しさはいつだって特別だったように思う・・・。

他の人に接する時よりもずっと、気を使ってくれているのが今なら解る。

でも、時折ゾッとするような冷たいことを言う事もセイにはしばしばあった。

それはユミに向けてなのか、それとも他の誰かに向けてなのかは解らないのだけれど・・・。

ユミがトロトロとそんな事を考えながら服を脱いでいると、タオルを肩にかけたセイがこちらに近づいてきた。

「先行くよー・・・ってまだ脱いでなかったの!?」

「ちょっと考え事してて…それより聖さま…せめてどこか隠しませんか…」

ユミはそう言うと、セイから視線を外して顔を真っ赤にする。

「だって、どうせ見られるんだし…隠しても隠さなくても一緒だよ」

「いえ・・・そういう問題ではなくて・・・」

・・・だめだ・・・多分何言っても通じない・・・

どこも隠そうとしないセイに、ユミはガックリとうな垂れると、先に入っていて下さい、とボソリと呟いた。

「ねえ祐巳ちゃん、隠しても隠さなくても一緒だけど祐巳ちゃんはちゃんと隠してね?」

「当たり前ですよ。普通隠すもんなんです!・・・って、でもどうして私には念を押すんです?」

・・・・自分の事は棚にあげといて・・・・

ユミは、出来るだけセイの裸体を視界に入れないよう必要以上にセイを見上げた。

「だって、他の人に見せたくないし。私すら見ちゃいけないって言われてるのにさ…」

セイはそう言いながらも視線をユミの目から外すと、ススーと目線を下げてゆく・・・。

「う〜ん・・・やっぱり・・・ないね・・・」

見間違いじゃなかったか〜、などと随分失礼な事を言ってくれる。

ムカ。

視線をユミの胸で止めたセイは、ニヤリと笑うとそのまま逃げるようにお風呂の中へと消えていった。

「・・・もうっ!気にしてるのにっ!!!・・・聖さまのバカ・・・」

女の子として、大好きな人に胸が小さいと言われると何だかとても切ない気分になる。

別に胸がそんなに大事な訳では無いからこそ言うんだろうけれど、やっぱりそれとこれとは別問題だ、とユミは思った。

ユミは、下着を外しながら自分の胸を見て思わず大きな溜息を漏らした。

「・・・やっぱり・・・小さいか・・・」

・・・これでも高校の時よりはおっきくなったんだけどな・・・

それに比べてセイはどうだ。あんなにもスレンダーで、余計な所に一切ムダな肉が無さそうなのに、胸はしっかりとある。

しかも透けるように白くて・・・とてもキレイだった・・・。

何と言うかセイの白さは日本人の白さではなくて、北欧の人たちの様な白さ。

それに比べてユミは・・・黄色白い・・・まあそれはしょうがないとしても…やっぱりあんな姿を目の前で見せられると、

余計に自分の身体を見せたくなくなってしまう・・・。

はぁ。

ユミはもう一つ大きな溜息を落とすと、最後の一枚を脱ぎお風呂の中へと吸い込まれるように入っていった。

身体を洗う場所は思いのほか空いている。

ユミはキョロキョロと周りを見回しセイを探してみる。

「祐巳ちゃ〜ん!こっちこっち」

ユミが見つけるよりも先に、セイがユミを見つけてくれた。一番奥の所でこちらに向かって手をふっている。

「聖さま・・・」

セイは自分の隣の席をしきりに指差していた・・・どうやら隣に座れと言う事なのだろう・・・。

「おっそい!!」

「はあ・・・すみませんでした・・・待っててくれたんですか?」

「うん。シャンプーをね」

「・・・は?」

「忘れてきちゃってさ。ごめんっ!!貸して!髪が海水でキシキシするんだー」

セイは両手をユミの目の前でパンと合わせると、ペコリと頭を下げた。

どうやら髪を濡らしたまではいいけれど、シャンプーを部屋に置いてきてしまった事に気付いたらしくて、

お風呂に入る事が出来なかったらしい・・・。

「・・・聖さまって・・・普段はしっかりしてるのに変なトコ抜けてますよね・・・」

ユミは呆れた眼差しで、セイにシャンプーを手渡す。

セイは、ははは、と乾いた笑いを漏らすとお礼を言ってそれを受け取った。

「そうかなー?祐巳ちゃん程ではないと思うけど・・・じゃあ御礼に背中流してあげる」

「へ?い、いいですよ。シャンプーぐらいで!」

「いいからそれぐらいさせてよ。夕日を一緒に見てくれるお礼も兼ねて・・・さ」

セイはそう言って少し照れた様に笑った。

「はあ、じゃあ・・・お願いします・・・」

ユミが背中を向けると、セイは嬉しそうにユミの背中にお湯をかけると、アワアワのタオルで優しく洗い出した。

背中から腰…わき腹と、タオルは移動してゆく…時折タオルからはみ出たセイの指が、直接肌に触れたりするけれど、

ユミは出来るだけそれを無視した。甘く切ないその感触が、どれだけユミに呼びかけたとしても・・・。




「はぁぁぁ・・・やっぱり広いお風呂はいいねぇ・・・家のお風呂もこれぐらいおっきかったらなぁ・・・」

セイは露天風呂に入るなり、そんな事を言いながら足をうんと伸ばした。

「こんなにおっきなお風呂…お湯はるの大変ですよ?」

「あれー?夢がないなぁ祐巳ちゃんは。じゃあいいよ、私専用のお風呂作るもん。

祐巳ちゃんには祐巳ちゃんサイズのちっちゃなお風呂を用意してあげるよ」

「・・・・・・・・・・」

・・・それってどういう意味なのだろう・・・

サラリとセイから零れた言葉。まるで、将来2人だけの家を建てるような言い回し・・・。

「ん?どーした?私何か変な事言った?」

「いっ、いえっ!別に」

・・・多分私の考えすぎ・・・だよね・・・

ユミは赤くなってうつむいてしまう。付き合い始めてまだそんなに時間もたっていないのに、

いくらなんでもそれは考え過ぎだろう・・・。

…でも冗談でもそんな風に言われると、セイの真剣さや、ユミへの想いを知れたようで嬉しかった。

「ふ〜ん。変な祐巳ちゃん」

・・・ちゃんと伝わったかな・・・

セイはチラリと横目でユミに視線を移した。ユミの顔は熟れたトマトと同じぐらい赤い…。

いつかは一緒に暮らしたい…自分達だけの家庭というものを持ちたい。

そんな想いを真剣に語ってしまえば、きっとユミは悩むだろう。言葉という鎖に繋がれて、きっと動けなくなってしまう…。

だから、セイはいつも軽く将来の話をするのだった。周りから見れば不誠実にうつってしまうのかもしれないけれど、

伝えたい想いをストレートに表現する事だけが、必ずしも良い事とは思わなかったから。

たまにはこんな風に自分の想いを伝えるのも・・・大事なのだ、と。

「そろそろかな・・・」

「えっ?」

セイが指差した先には、地平線にすでに三分の一ぐらい姿を隠した太陽が大きく歪んでいた。

そして・・・ゆっくり、ゆっくりとその赤い光が海に溶けて・・・やがてあんなにも青かった空と海を真っ赤に染めてしまう・・・。

辺り一面の淡い赤・・・空は濃い赤・・・セイとユミまでも赤く染めてしまった・・・。

それは、まるで空や海に自分たちまでが溶けてしまいそうな錯覚さえおこしてしまう・・・。

「これをね・・・一緒に見たかったんだ」

「わぁ・・・・ぁ・・・」

セイは視線を太陽からユミに移す。ユミはそんな事には全く気付かず、

胸の所で手を組んでただボンヤリと正面だけを見つめていた・・・。

・・・やがて、太陽は沈みきって辺りが少しづつ闇に呑まれてゆく・・・。



「私ね、本当は太陽が沈む瞬間はあんまり好きじゃないんだ…。

どちらかと言えば、こうやってジワジワ闇が近づいてくる瞬間の方が好きなんだ」

セイはそう言って火照った身体を冷ます為に岩に座ると、足を組んだ。

もう、周りには誰もいない・・・何もない・・・。

「・・・じゃあ・・・どうして・・・」

「・・・一緒に見たら好きになるかも、と思って。ただそれだけ。太陽が沈んで月が出て。

多分私はそう言う事なんだろうと思う。なんでも。だから、どちらも切り離しちゃいけないんだ…本当は」

セイの言葉はまるで謎かけのように秘密めいて、とても神秘的だった。

「…つまり、どちらも好きになる…と言う事ですか?」

「あー・・・まあ大雑把に言えばね。そう言う事かな。どれか、じゃなくて、全てが大事なんだよ、祐巳ちゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ますますセイの言いたい事が解らなくなってきて、思わずユミは頭を抱えそうになる。

でも、ただ一つ言えるのは、今セイの隣に居ると言う事がとても大事な事だと言う事・・・。

そして・・・今からユミがしようとする行為も・・・多分・・・。

「聖さま・・・目・・・閉じて・・・」

「うん?これでいい?」

聖が完全に目をつぶったのを確認すると、ユミはそっと立ち上がり、セイの前に膝をついた。

そして、セイの手を強く握ると迷う事なく、その手を自分の胸に当てた・・・。

「・・・っ!?」

「…解りますか?もしここに心と言うものがあるのなら…これが私の全てです…これが私を動かすんです…身体も…思考も…」」

「・・・うん。・・・そして私も・・・かな」

セイはそう呟くと、そっと目を開けた・・・。

ユミは困ったような恥ずかしそうな・・・でも嬉しそうな・・・そんな顔でこちらを見ている・・・。

セイはゆっくりとユミの腕を引っ張ると、自分の方に引き寄せて、その華奢な身体を抱きしめる。

いつも言っていたぬいぐるみの様な抱き心地…女の子らしいフンワリとした感じがセイを包む・・・。

「怒らないの?」

「ええ・・・特別です・・・」

「そか・・・じゃあこれも許して・・・」

セイはそう呟くとユミの顎を人差し指で上げ、その柔らかくて暖かい唇に静かにキスをした・・・。



太陽とは違う、寂しくてやわらかい光が2人を照らし出す。

聞こえるのは波の音・・・そして・・・お互いの鼓動だけだった・・・。





片方を愛して、もう片方はいらない。


そうやって生きるのだと、


ずっとずっと思ってた。


全てを愛する事が、


正しい訳では無いのかもしれない。


でも、私はキミの全てを愛したい・・・。


キミに、私の全てを愛されたい・・・。




海へ・・・   第十一話