どうして自分はこんなにも解らないのだろう。
自分が見えた時、私はどうするのだろう。
周りはどんな反応をするのだろう。
どうして自分はこんなにも見えないのだろう。
結局の所、自分が一番他人だからだろう・・・。
「ふぁ・・・眠い・・・」
セイは膝の所で気持ち良さそうに眠るユミに視線を落とした。
せっかく海に来たと言うのに、寝てしまうなんてもったいない、
と思いつつあまりにも気持ち良さそうなユミの寝顔を見ていると、何やらこちらまで眠くなってくる・・・。
昨日は一日中運転して、あんなに疲れていたはずだったのに一睡も出来なかった・・・。
隣に眠るのがユミだと思うだけで興奮したし、何よりも手をつないだのがいけなかった。
手の甲にキスをした後手を離そうとしたセイに、ユミは小さな声で「離さないで」とか言うものだから、もう堪らない・・・。
結局ギュっと握り返してくるユミの手に、妙にドキドキして眠れなかったというわけだ。
そこに追い討ちをかけるように、目をつぶるとユミの裸体がチラついて・・・。
「・・・何考えてるんだ・・・私はっ!」
空は雲ひとつない青。海も太陽の光に照らされてキラキラと光っていて、こんなにも健全そうなのに。
セイの頭の中は今や、脳裏に焼きついて離れないユミの浴衣から覗く胸や、
のぼせた時に拭いた身体の感触で一杯だった・・・。
どうして全てを欲しがってしまうのか、同性である以上そんな事をしたって不毛なのは解っている。
それでも、本能が欲しがっていると言うよりは、どちらかと言えば心が欲しがってしまうのだ・・・。
本能は理性でどうにか我慢出来るけれど、一度心で求めてしまったものは…我慢しきれなくなって…。
「やっぱり、部屋別にすれば良かったかも・・・」
大丈夫だろうと思っていたのに…実際2人きりになると・・・ダメだ・・・
今だって出来るだけ意識が膝にいかないよう努めている。
少しでも他の事を考えていないと、ユミにばかり意識が行ってしまうから・・・。
「はぁ・・・早く起きてくれないかな・・・」
ユミの髪から滴る水滴を、そっと指に載せて口に運ぶ…無意識に。
「・・・しょっぱい」
「・・・んぅ・・・んー・・・何がしょっぱいん・・・です・・・?」
「うわっ!びっくりした!!起きたの?」
ユミの声に、セイは思わず舐めた方の手を後ろに隠すと起き上がったユミの身体を支えた。
「・・・は・・・い・・・」
ユミはまだ眠いのだろう…しきりに瞬きを繰り返して、ボンヤリしている。
セイはユミの肩を支えてやりながら、ユラユラするユミに苦い笑いをこぼす。
「ほら、とりあえずお茶でも飲んで」
「・・・んー・・・お・・・茶?」
ユミはセイの手からお茶を受け取ろうとするが、身体に力が入らないのかスルリと落ちてしまう。
「・・・もう・・・しょうがないな」
やれやれ…セイは呆れつつペットボトルの蓋を開け、ユミの口に少しづつお茶を注いでゆく。
「んっく・・・んっ・・・っく・・・んっ・・・ぐ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
・・・ぐ?
セイが慌ててユミの口からペットボトルを離すと、ユミはゴホゴホとむせている・・・。
「ご、ごめん、大丈夫!?」
「ごほっ、ぐっ・・・ごほ・・・だ、大丈夫・・・で・・・ごほっ・・」
ユミは瞳を潤ませながらセイを見上げると、切なく笑う・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・やばっ・・・
セイは思わず顔を覆うと、急いでユミから視線を外した。堪えられない・・・そう思った。
潤んだ瞳に、濡れた唇・・・咽たせいで、頬がわずかに蒸気している・・・。
「せい・・・さま?」
「・・・祐巳ちゃん・・・帰ろう・・・」
突然何を言い出したのかと思った…。
俯いたままボソリと呟くセイにユミは一瞬目を見張ったが、やがてコクリと頷いた。
「・・・ええ、そうですね」
「・・・ごめん・・・ね」
「いえ、構いませんよ」
ユミはセイの頭を優しく撫でると、優しく言った・・・。今のセイはまるで、雨に濡れて震えている子犬のようだった。
ユミには何故セイが震えていたのか解らなかった…何を辛いと感じているのかが・・・。
「でも・・・花火は観に来ましょうね?聖さま」
「うん・・・もちろん」
ふふ、と笑うセイの表情は見えない・・・だが、確かにセイの震えは収まっていたし、口の端を少しだけ上げている。
その顔を見て、ユミは胸をホっと撫で下ろした。
・・・良かった・・・間違えなかった・・・
「じゃあ片付けましょうか?」
「うん」
車に乗ってからもセイは無言で、音楽だけが疲れた体に沁み込んでゆく・・・。
「ちょっと寄っていい?」
セイは突然口を開くと、そんな事を言い出した。
「へ?えっ、ええ。いいですよ」
ユミがそう返事を返すと、セイは優しく微笑んで近くにあったコンビニに車を止めた。
「何買うんですか?」
「ナイショ。祐巳ちゃんはちょっと待ってて。すぐ帰ってくる。何かいるものある?」
「いえ・・・ないですけど・・・」
何となく・・・だけど・・・ついてくるな、って言われたような気がした。
でも、それを寂しくは思わなかった。だって、セイの表情はとても穏やかだったから・・・。
「夕日がね、沈む一瞬を祐巳ちゃんと見たかったんだ」
セイがそう言った。
ユミは顔を赤らめてそれを拒否しようとしたけれど、強引に唇を塞がれてそこから先はもう何も言えなかった・・・。
「んっ・・・ぁふ・・・んん・・・っふ」
ようやく唇を離したセイは、ユミの赤くなった頬を撫でると今度は軽いキスをしてくれる・・・。
「どうしても・・・一緒じゃなきゃ・・・ダメなんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
泣きそうな、切なそうなセイの顔・・・。
・・・そんな顔されたら・・・
「・・・わかりました・・・でも!変な事はしないで下さいよ?」
「解ってる。マリア様に誓って手は出しません」
恥ずかしさを押し戻す為に言ったユミのセリフは、どうやらセイの胸に大きな釘をさしたようだった。
苦笑いしているセイの顔が全てを物語っている・・・。
「じゃあいいです。ちゃんと言っとかないと、聖さまは何するか解りませんからね」
ユミは赤いい顔をして、プイっとそっぽを向く。そんなユミの頬を笑いながらつつくセイ・・・。
変な話かもしれないけれど、こんな時間が無性に愛しく思う。
キスをしたり、抱きしめられる時間もとても大切だけれど、こんな取り留めのない時間もとても愛しかった・・・。
「でもさー・・・見るぐらいは許してよ?」
さっきまでのシリアスな雰囲気は一体どこに行ってしまったのか?と思うほどの満面の笑みのセイに、
ユミは思わず笑ってしまう。
「ダメです!聖さまは見るのも禁止!!」
ユミが手で大きくバッテンを作ると、セイはぶー、と唇を尖らせて、ユミに抱きついてくる。
「えーつまんな〜い!!見るったら見る〜!」
「だ・め・で・す!聖さまは太陽を見に行くんでしょ?」
「そうだけど〜・・・祐巳ちゃんも見た〜い!」
駄々っ子の様にすねてユミの首にしがみつくセイは、ようやくあきらめたのかスイとユミの首から腕を解いた。
「いいよ。じゃあ祐巳ちゃんにも私の裸見せてやんないも〜ん」
「・・・・・・・・・・・」
・・・なんだそれ・・・
別に誰も見たいなんて言ってないじゃない。ユミはそう思いつつセイの顔をチラリと覗き見る。
すると、セイはニヤリと笑ったかと思うと、小さく舌を出してアッカンベーをしている・・・。
そんなの別に見たくない・・・なのに、なんだろう・・・この気持ちは・・・。
ユミは、まだアッカンベーをしているセイの顔を見て思わず顔を赤らめた。
太陽はもう少しで沈む・・・長い1日が終わろうとしてる・・・でも、このザワつきはなんだろう・・・。
本当は、セイの言った事が・・・少し残念だなんて・・・。
相思相愛でないとつながらない。
一方通行じゃ成り立たない。
求めるのなら、求められたい。
愛するのなら、愛されたい。
そうじゃなきゃ意味がない・・・。