こうでもしなきゃ我慢できない。


こうでもしないと抑えられない。


はぐらかして、ウソをついて・・・。


そうでもしないと、キミに触れられない・・・。





「待ってくださいよ!聖さま!!」

ユミはセイを追いかけ波打ち際まで走った。

朝から少しづつ暖められた砂は、相当な熱を持っているようで足の裏がジリジリする。

「祐巳ちゃ〜ん!こっちこっち!」

セイはそう言って膝ぐらいまで水に浸かった辺りで手を振っていた。

海の水は、砂とは違ってまだ冷たい・・・。

「聖さまよく入れますね〜?」

セイに聴こえるように声をはりあげるが、波音が邪魔をして声はよく届かないらしく、

セイは耳に手をあて聞き返すような素振りを見せた。

ここでどれだけ声を張り上げてもきっとセイには届かない…。

そう思ったユミは観念して少しづつ水の中へと足を進める。

少しづつ近づいてくるユミにセイは嬉しそうに目を細めると、ふと周りを見回した。

周りにはカップルばかり…ポツリポツリと親子連れの姿も見えるけれど、そんなに多くはない。

「…ふむ…やっぱり祐巳ちゃんが一番だな…」

・・・なんて・・・私にはやっぱり祐巳ちゃんしか居ないんだ・・・

人とユミを比べる事がどうしようもなくしょうもない事だって解ってはいても、

ついついそれをしてしまう自分…理由…はよく解らないけれどもしかするとただの優越感なのかもしれない…。

ユミと言う宝物を手に入れたとき、絶対に外には出したくないと思った。

家の中に閉じ込めて、誰の目にも映らないようにしたかった・・・。

でもそれはただの独占欲で、自分勝手な都合の為。

「聖さま!!やっと掴まえたぁ〜」

えへへ、と笑うユミに抱く感情は他の誰にも渡せない自分の一番好きな部分。

「・・・あ〜あ・・・掴まっちゃった」

どこか上の空でそう答えるセイに、ユミは首を小さくひねっている。

そんなユミにセイは思わず抱きつくと、自分の中で答えが出たような気がした。

そうか…私は祐巳ちゃんを誰かに自慢したかったんだ・・・。

どうせ閉じ込めておけないのなら、いっそその状況を楽しんでやろうと思った。

わざと一緒に出かけて、皆に見せびらかしてやろうと思った・・・。

「・・・私は少し歪んでるのかも・・・」

ポツリと突然真顔になってそう呟いたセイに、ユミは苦く笑う。

「・・・そうですか?」

「うん・・・ごめんね・・・祐巳ちゃん」

セイはそう言って笑ってみせるけれど、その笑顔はとても弱弱しくて儚そうに見えた・・・。

「どうして謝られるのか・・・わかりませんよ」

「なんか…さ。これでいいのかな?って」

セイはそう言ってユミの腰に絡めていた腕をそっと解く。

「・・・また何かややこしい事・・・考えてたんですか?」

ユミの挑むような視線がセイに突き刺さる。

「んー・・・ややこしいかどうかは解らないけど・・・」

「それ・・・聖さまの悪い癖ですよ・・・何でも考え込んでしまう悪い癖」

・・・いつもそうやって・・・自分を追い詰めて・・・

「癖・・・か。そうかもね、考え込むのが私の一部になってるのかも・・・」

・・・そうやって、自己分析をしないときっと不安でしょうがないんだ・・・

「ねえ聖さま…あなたは一体誰が好きなんです?

私ですか?・・・それとも私の幻影ですか?」

「・・・・・・・・・」

ユミの言葉にセイの胸はドキンと鳴った。

ズバリ言い当てられた気がしたのだ・・・セイの中にあるどうしようもない孤独感を・・・。

それは誰と居ても感じることで、何をしても拭いきれなかった・・・。

どうして今までこんな事に気がつかなかったのだろう・・・どうして・・・?

大切なユミの心さえ見ようとせずに、自分ばかりを見つめていたセイにとってユミの一言はかなり重かった。

ユミ自身、何の気なしにその言葉を選んだのかもしれない。

でも、その言葉は確実にセイの心を掴み、離そうとはしなかった・・・。

「・・・せい・・・さま?」

「・・・そうかもしれない・・・・・・私は・・・今まで・・・祐巳ちゃんの幻を・・・好きだったのかも・・・」

セイはそんな台詞を言ってからハっと気がついた。

こんな言い方をしたら、きっとユミは傷つくに決まってるのに・・・でも・・・。

「そうですよ。今まで私の影を追ってたんです!今更気付くなんて」

「・・・ごめん」

「でも・・・だからこそ・・・これからは本当の私を追ってくれるんでしょう?」

「えっ?」

「これからは、ちゃんと本当の私を探してくれるんでしょう?」

とてもハッキリと言い切ったユミに、セイは少し怯みそうになった・・・でも・・・。

「・・・うん・・・ちょっと怖いけどね・・・踏み込んでみる」

そう言って俯いたセイは、耳まで真っ赤にしている。

泣いてるのか、喜んでいるのかわからないけれど、ユミは嬉しかった。

本当の所、ユミはもの凄く傷ついた。あっさりセイに認められてしまって、どうしようかと思った。

でも、逆にセイはそれを認める事で、本当のユミを見つけてくれるのかもしれない、とも思った・・・。

人は誰でも仮面をつけているものだし、その仮面の大きさはバラバラだけれど、

誰かに素顔を見せたいと思う事はそんなに悪い事だとは思わない。

セイはきっと、ユミよりも大きくて頑丈な仮面をつけていたばっかりに、

複雑な迷路に迷い込んでしまうのだろう、とユミは思う。

そして・・・セイが求めるのは、もしかすると理解者なのかもしれない。

それならば、ユミは喜んでセイの理解をしようと思うけれど、

今までセイが本物のユミを見ないでいたのだからそれも出来なかった・・・。

でも・・・でも今は違う・・・きっとセイはこれからは少しづつユミに目を向けるだろう・・・。

おこがましいかもしれないけれど、そんな自信が何故かユミにはあった。

「聖さま・・・私達はまだまだこれからですよね?こんな所で終わりませんよね?」

「・・・当たり前じゃない。ようやく少しだけ本当の祐巳ちゃんが見えたのに・・・こんな所で終われないよ」

・・・本当の・・・キミ・・・

想像していたよりも、今まで思っていたよりもずっとユミは素敵だった。

「・・・でも・・・生意気言いましたよ?」

少し潤んだ瞳でセイを見上げるユミの頬は赤い・・・。

「そんなこと・・・少し前より今の祐巳ちゃんの方が・・・ずっと好き。それに・・・私は格好悪いよ・・・」

「・・・聖さまは・・・格好良いですよ・・・十分すぎるほど・・・」

ユミはポツリとつぶやくとセイの腕にそっと抱きつくと、そのまましな垂れかかった。

「祐巳ちゃん・・・ありがとう」

「・・・ど、どういたしまして?」

ユミは何故お礼を言われたのかよく解らなかった。

しかし、セイは確かに満足そうな顔をしていたし、

とりあえずここはそう返すのが一番かな、と思ったのだけれど…。

セイは苦笑いしながらこちらをしばし見つめていたが、やがていつもの意地悪な笑みを浮かべると言った。

「どうして疑問形なのかな〜?」

「えっ!?だってっ・・・ぎゃうっ!!」

ユミがオロオロしていると、突然セイがユミに水をかけた。

海の水はまだ冷たい…それなのに、構わずセイはユミに水をかけてくる。

「つ、つめたっ!!!ちょ、聖さま!!」

・・・もう!!!

ユミは嬉しそうに笑いながらふざけるセイにジリジリと距離をつめると、そのまま勢いよくセイに飛びついた・・・。

「どうですっ?参りましたかっ!?」

「わっ!!ちょっ、祐巳ちゃんっ!!!」

誇らしげにフンと鼻を鳴らすユミとは裏腹に、

セイはユミを抱きかかえたまま必死でバランスを取ろうとしていたが・・・。

「へっ!?きゃあっ!!!」

「うわっ!!」

バチャン!!!

あまりにもユミが勢いをつけてセイに飛びついたものだから、セイはユミを抱きかかえたまま後ろに倒れてしまった・・・。

「「・・・・・・・・・・・・・・ふっ・・・ふふ」」

どちらからでもなく…お互いビショビショに濡れた姿に思わず笑いが漏れた。

「ふっ…くくく…だ、大丈夫?祐巳ちゃん」

「あはは・・・ええ、平気ですよ・・・ふふ…聖さまこそどこか打ってませんか?」

セイは先に立ち上がると、まだ座り込んでいるユミにそっと手を差し伸べる。

「うん、大丈夫・・・あ〜びっくりした」

「ごめんなさい・・・まさかあのまま倒れるとは・・・」

ユミはセイの手を取ると立ち上がり、濡れてしまった髪の毛をギュっとしぼる。

「いいね、髪長いとすぐにしぼれて」

セイはユミの一連の仕草を眩しそうに見つめると、ビショビショの前髪をかき上げた。

「そうですか?でも乾くのに時間かかりますよ・・・」

・・・だめだ・・・聖さま・・・きれい・・・

いつもは前髪が邪魔をしてあまり見えない目が、今は真っ直ぐにユミだけを捉えている…。

そのどこか挑戦的な瞳を、ユミは逸らす事が出来なかった・・・。。

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

「あれー?2人で何いい雰囲気作ってんのー?」

折角のいい雰囲気をブチ壊したのは、セイでもユミでもなく・・・全然知らない男の人。

みるみるウチにセイの顔から表情が消えていくのが解る・・・。

そっとセイはユミを自分の後ろに隠すと、何の表情もない顔で相手をじっと見据えている。

「な、何だよ・・・」

「いい雰囲気だと思うなら邪魔しないでくれる?」

淡々とセイから落ちる言葉は、相手にとってどれほどの効力があると言うのだろう・・・。

セイはいつも、自分や大切な物を守る為には容赦しない。

たとえ、相手が誰であっても・・・その事をユミはよく知っていた。

相手が男の人だから力では勝てない事は解っているだろうが、この人の無表情ほど恐ろしいモノも無かった。

「聞こえなかった?邪魔しないでくれるか、って言ったんだけど」

セイの表情は冷たく、眉一つ動かさない…瞳は暗く、まるで汚い物を見るような目・・・。

ユミはそんなセイの表情にゾクリとした。

もし、こんな顔で見つめられたなら…ユミならばきっと、当分立ち直れないだろう・・・。

まるで、その存在を全て否定されているような…そんな気さえしてくる…。

「・・・ちっ」

男もそう思ったのかどうかは解らないが、さっさとセイから視線を逸らすと、

舌打だけを残して足早にここから去ってしまった・・・。

「せ・・・さま・・・?」

ユミはキュっとセイの腕を掴むと、恐る恐るその顔を覗き込んだ。

「・・・大丈夫?祐巳ちゃん」

笑いはない。笑いはないけれど、その顔はいつもの優しいセイの顔だった…。

「・・良かった・・・」

「うん、何もなくてよかったよ。怖かった?」

「・・・はい・・・聖さまが・・・」

そう、男の人は怖くなかった。…でもセイが怖かった…あのまま戻らなかったらどうしようかと思った…。

「・・・そっか・・・ごめんね?」

「・・・いえ・・・それより・・・ありがとうございます」

ユミはもう一度セイの腕をギュっと掴むとそこにセイの存在を確かめる。

大丈夫、ここに居る・・・まるでセイはそういうようにユミの頭を撫でると、そのままユミを連れて歩き出した。

「聖さま・・・?」

「せっかくだから泳ごうよ。どうせこれだけ濡れちゃったんだしさ」

セイはそう言ってユミを引っ張って少し深いところまでやってくると言った・・・。

「ねえ祐巳ちゃん・・・私、今無性にキスしたいんだけど…どうすればいいと思う?」

・・・連れてなんていかせない・・・絶対に・・・誰にも・・・

セイは目を丸くしてこちらを見ているユミの頬にそっと手を当てる。

「だっ!ダメですよっ!!人が沢山いるじゃないですか!!」

「誰も見てやしないよ」

「ダメですっ!!!」

力一杯拒否するユミに、セイはムーっと少し頬をふくらませた。

「・・・じゃあ、いいよ。・・・それじゃあさ祐巳ちゃん、せーのでちょっと潜ってくれない?」

「?どうしてです??」

「いいからいいから。はい、せーの」

セイの意図が解らない・・・それでも、ユミはそれに従う事にした。

だって…今までセイの企みごとで、ドキドキしなかった事はなかったから・・・。

大きく息を吸って、セイの号令に合わせて海へと潜る・・・。

次の瞬間・・・ユミはギュっと瞑っていた目を大きく見開いた・・・。

突然、何かに口を塞がれてしまったのだ。柔らかい感触…とても、よく知っている・・・。

・・・口から吸い込んだ息が次から次へと漏れてゆく・・・。

「んっ・・・う・・・んん・・・」

ゴボゴボゴボと音を立てながら漏れた息はユミの肺を空っぽにして・・・。

頬に当てられたセイの手が…こちらを確認するように見つめる眼が…熱い・・・心臓が壊れてしまいそう・・・。

・・・もう、無理・・・

ユミがそう思った瞬間…ユミの肺に、少しづつ空気が送り込まれてきた・・・。

キスを止めるその瞬間、セイの瞳は・・・切ないような、壊れてしまいそうな・・・そんな瞳でこちらを見ていた・・・。



「・・・びっくりするじゃないですか・・・」

ユミは顔を真っ赤にすると、セイにしがみついた。

いつの間にか、ユミの足の届かない所まで流されてしまっていたらしい・・・。

「ごめん・・・どうしてもしたかったから・・・でも・・・ちょっとしょっぱいね」

セイはユミを抱きかかえたままそう言って唇を一舐めすると、へへっ、と子供のように笑った・・・。



幻想的な海の中でした、新しい始まりのキスは、潮の味だった・・・。




旅立つならここからがいい。


生まれた故郷とも言えるこの場所から、


キミの所まで飛び立とう。


そこから先へは2人一緒に。


長い道を共に歩もう・・・。






銭丸に指摘されて急遽一部修正しました!
詳しくは日記で!!

海へ・・・   第八話