キミから聴こえる言葉は
どれも聞き逃したくないと願うのに。
どうしていつも最後まで聴けないんだろう。
どうしていつも途中で遮ってしまうんだろう。
臆病な心のせいで私はいつも
肝心な所を聞き逃す…。
「な、何もしてませんよね・・・?」
「意識のない人間をどうこうする趣味はないよ。それとも何かしてほしかった?」
「いっ、いえ・・・ならいいです・・・」
ユミは持ってきた荷物の中から下着を取り出すと、セイの見えない所でそれを身に着けた。
「・・・そんなに隠さなくてもいいじゃない」
セイは苦笑いしながら呆れたように呟く。
ほどなくして部屋に料理が運ばれてくると、さっきまでふくれていたユミの顔が輝いた。
次から次へと運ばれてくる料理に、ユミの瞳はまん丸だ・・・。
「おいしそう・・・」
「ホントだね。それじゃあ食べよう」
「はいっ!もうお腹ペコペコですから!!」
ユミはセイの向かい側に腰を下ろすと、両手をキチンと合わせる。
「いただきます!」
「いただきま〜す」
前菜もメインも関係無しに手をつけるセイを横目に、ユミはセイの分までご飯を入れる。
「おっ、ありがとう。ところで祐巳ちゃん、それちょうだい?」
セイはそう言ってユミの前に置いてあった酢の物を指差す。
どうやらこれがとてもおいしかったらしい。
「えー?ご自分のはもう食べたんでしょ?」
「うん、食べた。でも、私のには大根は入ってなかった」
・・・だいこん・・・
酢の物が欲しいんじゃなくて・・・大根が欲しいのか・・・。
ユミは呆れながらセイのお皿に大根を入れようとした。が。
「そのままお口にちょうだい」
「・・・・・・・」
「ほら!アーンってやってよ」
・・・恥ずかしい人・・・どうしてこんな事平気で出来るんだろう・・・?
ユミはそう思いつつセイの口元に大根を運ぶ。
「…はい、聖さま、アーンしてください」
「うんっ!ア〜ン」
ぱく。もぐもぐ、ごっくん・・・。
「おいしいですか?」
「ん。微妙・・・」
即答…ですか・・・って、おい!人のとっといて言う事はそれだけっ!?
本当に微妙そうな顔をするセイに、
ユミは思わず突っ込みを入れそうになるのをグっと堪えつつ豪華な夕食をどうにか食べ終えた・・・。
食事の終わりはデザート…セイは子犬のように幸せそうにシャーベットを食べるユミに、思わず頬がゆるむ。
「私のも食べる?」
「えっ!?・・・い、いや・・・いいですよ」
遠慮しつつユミの視線はシャーベット。
「いいって、あげるよ。なんならアーンする?」
「いや、それはいいです!・・・ありがと・・・ございます・・・」
ユミは小さく呟くとススっとセイのシャーベットを自分の方に引き寄せ、
しばらくそれを眺めるとまたハグハグと食べだした・・・。
「おいしい?」
頬杖をつきながらユミが食べ終えるのを幸せそうに見つめるセイ。
ユミはその視線が、なんだか妙に恥ずかしくて顔を上げることが出来なかった。
セイの笑顔は今食べてるシャーベットよりもずっと・・・甘くて溶けてしまいそうだった・・・。
夕食後しばらくは動けそうに無かった二人だったけれど、30分も休憩すると大分楽になった。
「ねえ、食後の運動にそのへん散歩しない?」
突然セイがそう言った。楽になったついでにこのまま外へ散歩しに行こうと言うのだ。
まあ確かに、このまま部屋の中でゴロゴロしているのももったいない。
「いいですね。どこ行くんです?」
「それを決めないでうろうろするのが散歩でしょう?」
・・・そりゃそうだ。
ユミは納得すると、すぐに服を着替えようとしたが…セイがそれを止めた。
「そのままの方がいいよ。涼しいし、何より色っぽい」
「いっ、いろ!?」
色っぽくなんてないですよ、と言いたかったがセイに先に表情を読まれてしまうのは日常茶飯事な訳で…。
「十分色っぽいよ、祐巳ちゃんは」
真顔でそんな事を言うもんだから、ついついユミもただ頷いてしまう。
「さて、行きますか!」
「はいっ」
セイは緩めていた浴衣の帯を結び直すと、ユミに手を差し出し部屋を後にした・・・。
外に出ると生ぬるい風が2人の間を通り抜ける。
チラリと斜め前を歩くセイの肩あたりを見るとなるほど、浴衣が色っぽく見えるのも頷けた。
少しだけ開いた襟元から覗く白い首筋が、月の光を吸い込んで・・・なんだか艶っぽい。
「さて、どっちに行く?」
「へっ!?え、ええと・・・あっち」
突然振り返ったセイに、ユミは思わず俯いて左を指差す。
・・・どうしよう・・・キス・・・したい・・・
「どうした?私に見惚れてた?」
ドクン。ええ、見惚れてました…。
何も答えないユミにセイは笑いながら、冗談だよ、と言ってまた歩き出す。
しばらくセイに手を引かれるがまま歩いていると、小さな広場に到着した。
周りは木が生えていてそこだけ円形に切り取ったようなそんな感じの広場。
街灯もちょうちんも無いけれど、真上に出ている月のおかげでその広場は明るかった・・・。
「聖さま・・・さっきね・・・私・・・」
ユミが言い終わらないうちに、セイがユミを突然自分の方へと引き寄せる。
「せ・・・さま?」
真剣な表情…月の淡い光を吸い込んだ神秘的な瞳・・・。
「祐巳・・・ちゃん」
「・・・はい」
「名前・・・呼んで・・・」
「…聖さま」
しかしセイは首を振って、そうじゃない、と呟く。
「さまは・・・いらない・・・」
それは…呼び捨てにして欲しいと言う事だろうか・・・ユミは少し考え、思い切ってセイを呼び捨てた。
「せ・・・い」
「・・・うん」
ユミの腰の辺りで組まれたセイの指がピクンと震えたのがユミにも伝わった・・・。
「聖・・・」
「うん」
セイはもう一度頷くと、泣き出しそうな嬉しそうな、そんななんとも言えない表情でユミを見つめる。
「私の事も・・・名前で呼んで・・・」
ギュっと締め付けられるような感覚…身体が邪魔をしてこれ以上は近づけないと言う現実…。
それが嬉しい事なのか悲しい事なのか解らない…でも、切なくて…泣きたくて…どこかに触れていたかった…。
「祐巳・・・」
少し恥ずかしそうにポツリとつぶやいたセイの声は、ユミのそんな想いに拍車をかける…。
でも、それはセイも同じだった…。
月の魔力なのか、ユミの魔法なのかは解らないけれど、急に昔の事を思い出した。
一つになってしまえばいい、と強く願ったあの頃の事を・・・。
それほど愛しくて大切だった…でもあれはもう過去の事。
今は目の前に居るこの小さな少女の事が一番大切で、護りたかった…。
一つになりたいと言うよりは、このまま奪ってしまいたかった・・・。
「祐巳……好き・・・だよ」
これで伝わるだろうか…自分がどれほど想っているのかが…。
全部が伝わらなくてもいい、少しでも伝われば…それでいい。
「…私も…聖しか居ない…どこにも行かないで…ずっと、こうして触れていて…」
ユミはそう言ってセイの胸に耳を当てた。セイの心臓の音と、ユミの心臓の音がピッタリと重なる。
「…うん…もう離さない…ずっと、こうしているから…」
生温い風が頬を撫でてゆく…。
セイは真っ直ぐにこちらを見つめるユミを抱き上げて・・・口付けた・・・。
…瞳を開いたままの口付け…。
どちらも目を閉じようとはしなかった、いや、閉じられなかった…。
目を閉じるとこのまま闇に溶けてなくなってしまいそうな気がしたから・・・。
どれぐらいお互いの瞳を見つめていたのか…ようやくセイが口を開いた。
「…そろそろ帰ろうか」
「はい・・・」
月明かりに照らされた2人の顔は、どこまでも穏やかで・・・優しかった。
部屋へ帰ると、キレイに二組の布団が敷いてあった。
まだ高揚した気持ちは、部屋に帰ってきたぐらいじゃ治まりそうにない。
「・・・寝る?」
「そう・・・ですね」
どこかぎこちない空気が2人の間に流れる・・・。
でも、このぎこちなさは嫌いじゃない、とセイは思った。
さっきの事あって、ピッタリと並べられた布団がぎこちなさを増幅させる。
「布団・・・もう少し離した方がいい?」
セイが思い切ってユミにそう聞くと、ユミは以外にも首を横に振った。
「このままで・・・ううん、このままが・・・いいです」
そう、離れたくなかった…もっと傍にいたかったから・・・。
「明日は海行くからさ、今日はゆっくり寝よう。温泉は明日でいいよ、私も今日は疲れた…」
セイはそう言って、奥の布団にもぐりこむ。身体を横にすると、もうどうしようもなく睡魔が襲ってくる。
「聖さまは・・・朝から運転されてましたからね、今日はゆっくり休んで下さい」
チクン、と何かがユミの胸に刺さった。
・・・何も・・・無いんだ・・・
どうしてだろう、あんなにも怖かったのに今は少し残念がってる自分がいることに気付く・・・。
「電気、消しますよ?」
「うん」
ユミが電気を茶色くして布団にもぐりこむと、隣から、クックッ、と笑い声が聞こえてくる。
「何です?何か変な事言いました?」
「いや・・・ううん、そうじゃなくてさ…まだ茶色なんだ、と思って・・・ふ、ふふふ」
「・・・よく覚えてますね」
あれは確かお正月に騙されてサチコの家へ泊まりに行った時の事・・・もう、随分昔の様な気がする。
「忘れないよ・・・ふふ・・・私、結構覚えてるよ、そういうの」
セイはそう言って片方の口の端だけを上げて笑う。自慢げ、というかどこか誇らしげだ。
「例えば?」
「んー…例えば・・・缶入り汁粉・・・とか、思いっきりお腹鳴らした事とか?」
「わっ、忘れてくださいよっ!!そういうのはっ」
ユミが必死になって抗議すると、セイはまだニヤニヤと笑っている。
「まだあるよ?聞きたい?」
「いえっ、いいです・・・もう、余計な事ばっかり覚えてるんだから」
ユミはそう言ってプイ、と反対側を向いてしまう。
セイはそんなユミの布団にこっそりと入り込んで、そのまま後ろから包むように抱きしめた。
「でもね、一番忘れられないのは卒業式の前の日のキスなんだよ?」
「あれは・・・単なるお餞別でしたから」
ユミは恥ずかしさを紛らわす為にセイの指をもてあそびながらボソリと呟く。
「単なる・・・ね。でも、あの時すでに私の事好きだったでしょ?」
「どっ、どこからくるんです!?その自信は」
・・・当たってるけど・・・
本当の事を言えばもう少し前からセイの事が好きだったように思う・・・。
「さあね、ただなんとなくそうかなって思っただけ。当たってるでしょ?」
「・・・さっ、さあ?どうでしょうね?」
ユミがセイの指を離そうとすると、今度は逆に手を掴まれてしまう。
そしてそのまま引っ張られて、否応無しに向かい合わせになってしまった・・・。
勝ち誇ったようなセイの笑顔が妙に憎らしい・・・。でも・・・。
「本当に素直じゃないんだから・・・ウチのお姫さまは」
セイはそう言って優しく笑うと、そっとユミの頬にキスをする。
ユミが頬を押さえて口をパクパクさせていると、セイは笑いながら自分の布団へと戻ってしまった・・・。
…離れないで…。
ユミは勇気を振り絞ってそっとセイの布団の中に手を入れ、セイの手を捜す。
・・・あった・・・
ユミはそのままセイの手をギュっと握ると呟いた。
「おやすみなさい、聖さま」
ユミがそう言って手を離そうとすると、またセイがその手を掴み返し今度は指を絡める。
「おやすみ、祐巳ちゃん。私はもっとずっと前からキミの事好きだったよ」
セイはそう言ってゆっくり目をつぶる。
そして、まるでお姫さまにするみたいに、ユミの手の甲にキスをした・・・。
初めて2人で眠った夜・・・ずっと、ずっと手を繋いでいた・・・。
繋いだ手から伝わる体温。
脈打つ鼓動。
それらの全てが愛しくて、
それらの全てが憎らしい。
存在全てが羨ましくて、
存在全てで私を惑わす。
でも。
それがキミで、良かった・・・。