長い長い夏休み…一緒の思い出を沢山作ろう。
ようやくここに、光が射したんだから・・・。
高速道路に乗って1時間半・・・どうしてお手洗いに行けない、と思うと無性に行きたくなるんだろう…。
「・・・あのー・・・聖さま?」
「んー?なあに、祐巳ちゃん」
「あのですね・・・その・・・」
・・・ダメだ!やっぱり、お手洗いに行きたいなんて言えない!!
ユミは顔を赤くして俯くと、どうしてもその一言が言い出せずに黙りこんでしまう。
「どうしたの?お腹でも痛い?」
セイは正面を向いたまま心配そうな顔を作るとユミにそう尋ねる。
「いえ、そうではなくて・・・その・・・」
「うん?」
うー、やっぱり言えない…聖さま!!お願いだから気付いてっ!!!
ユミはセイの横顔をチラリと見て、心の中でそう叫んだ。
とは、言ってもセイだってエスパーではないのだ。口に出さないとユミの心の中など解るはずもない。
それはユミにも解っていた。自分の事なのだから、ちゃんと伝えなければ相手には解らないのだ。
でも・・・やっぱりこれは、とても言いにくい訳で……。
ユミが心の中の小さな葛藤と戦っていると、セイが突然救いの手を差し伸べた。
「そう言えばさー、そろそろ私お腹減ったんだけど…次のサービスエリアで止まっていい?」
セイは視線だけをユミの方にやると、その表情を確認する。
ユミはパッと顔を輝かせると、えへへ、と笑っている・・・。
「はい!!もちろんです!」
セイはその顔を見て、ようやくここで確信した。ああやっぱり、と・・・。
さっきから妙にユミがソワソワしていたものだから、もしかして?とは思っていた。
でも、解っていたけれど、あえて言わなかった・・・ちゃんと、口に出してほしかったのだ・・・。
別にこんな小さな事で意地悪してもしょうがないとは思う、でもこんな事すら言えないでいるのはもっと辛かった。
確かに言いづらいかもしれないけれど、でもそれは生理現象なのだからしょうがない。
まだ付き合いだしてそんなに時間は経っていない・・・。
焦る事なんて何も無い事も、よく解ってる。でも、少しづつでいいからもっと歩み寄って欲しかった・・・。
少しづつでいいから、もっとユミの事を解りたかった・・・。
セイはユミの頭を左手でガシガシと撫でると、次のサービスエリアに急ぐため少しだけスピードを上げた。
サービスエリアに到着すると同時に、ユミは凄い勢いで車を飛び出しお手洗いを目指した。
「…そんなに我慢してたの…」
セイはその後姿を見つめながら、笑いを堪えてポツリと呟く。
なんだか、必死になって隠していたわりに分かり易くて・・・正直、可愛い。
「もっと早く気付いてあげれば良かったかな」
セイはお手洗いの前のベンチに腰をかけると、ユミが出てくるのを待った。
中はきっと混んでいるのだろう、なかなかユミは姿を現さない。
しばらくして、ようやくユミが出てくるとそこに座っていたセイの姿を見るなり、恥ずかしそうに俯いた。
「聖さま・・・実は・・・あの・・・」
その表情からして、大体何を言おうとしているのか想像がつく・・・。
「いいって。でも次からはちゃんと言って?でないと、私が必ず気付くとは限らないんだから、ね?」
出来る限り気付くつもりではいる…けれど、それに甘えてもらっては困るのもまた事実で…。
セイがそう言ってユミの頭を優しく撫でると、ユミは小さく頷き、セイの手をとった。
へへ、っと照れ笑いするユミに、セイも思わずへらんと笑ってしまう・・・。
「・・・しまった、つられた・・・」
セイは口元に手を当て、にやけるのを必死に堪えようとする。
・・・どうしてだろう・・・いつも、そう。ユミが笑うとつい自分も笑ってしまうのだ・・・。
しかも、かなりしまりの無い顔をしているに違いなかった。
立ち上がりながらボソリと呟くセイに、ユミは首を傾げる。
「へ?何か言いました?」
「いや、なんにも。さて、じゃあ何か食べるものでも買いますか」
「・・・?」
絶対に何か言った。ユミの目がそう語っている…でも、こんな事は流石に言えない・・・。
「祐巳ちゃんは可愛いな、って言ったの。
お手洗いに行きたいって言えないとことか、最期までそれを隠しきれない所とかが」
セイはmどうにかそう言い訳して、意地悪な笑みを浮かべる。
「もうっ!!それは言わないでくださいよっ!!!次からはちゃんと言いますってば」
「うん。そーしてください。でないと、違う心配しちゃうからね」
少しでも黙り込まれると、どこか具合が悪いのかな?とか、もしかして楽しくないのかな?
などと、いらぬ心配ばかりしてしまう・・・自分。
未だに自分を好きでいてくれてるという実感がない…好きで居てもらえる自信がない…。
セイはそんな心の中の黒いモヤを振り払うように頭を振ると、ユミの手を握り返して歩き出した。
「聖さま?ちょ、はっ、早いですってば」
「え?・・・ああ、ごめん、ごめん。ところで祐巳ちゃん何食べる?」
セイは歩調を緩めると、苦笑いしながらユミに聞いた。
「私ですか?…んー…そんなに大したモノは入りそうにないです…けど…聖さまどうかしました?」
らしくないセイに、ユミは心配そうに尋ねてくる。
「・・・いいや、どうもしないよ?それより…そうか、そんなに減ってないんだ」
以外に勘がするどいのは、案外セイよりもユミの方なのかもしれなかった・・・。
「はい…朝ちゃんと食べましたし、まだお昼には早くないですか?」
・・・確かに・・・まだ11時・・・。
「さては、聖さま…朝ごはん食べてこなかったんでしょ?」
「うっ、まぁ・・・だって遅刻しそうだったし・・・待たせちゃ悪いかなーと思ったもんだから」
まぁ、その結果待たされた訳だけど…。
セイはユミの顔をマジマジと見つめると、口の端だけを上げて笑う。
その表情で、セイが何を言いたいのかが、ユミは解ったのだろう。
「やっ、まぁ・・・その・・・服がね、決まらなくてっ・・・その・・・・・・ごめんなさい・・・」
身振り手振りで必死になって言い訳しようとしていたが、やがて観念したようにユミは頭を下げた。
「よろしい。じゃあ、罰として…後でお口にちゅーして?それで許してあげる」
「…後で…っていつです…?」
「んーそうだなぁ・・・車に戻ってからでいいよ」
「そっ、それは・・・恥ずかしいですよ!!」
「え〜?つまんな〜〜い。じゃあ、ホテルについてからでいーよ」
「ま、まぁ・・・それなら・・・」
ゴニョゴニョと語尾を濁すユミ。顎に手を当てて真剣に考え込んでいる・・・。
「よし、決まりね!それじゃあ、焼きそば買いに行こう!!」
セイはそんなユミを無視して、半ば強引に手を引っ張り店の中へと入って行く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「で?どうして私が半分食べるはめに・・・?」
ユミは焼きそばと一緒に買っておいたお茶を飲むと、言った。
「だって、全部食べたらお昼入らないじゃない」
シレっと言うセイに、怒りを通り越して呆れてしまう。
結局、あの後買ってきた焼きそばは車の中で食べたのだが、何故かセイは焼きそばを半分食べた所で箸を置いた。
そしてユミに向かって、笑顔で言ったのだ。
『半分食べて?』
と。今食べなきゃいけないんですか?とユミが聞き返すと、車の中が焼きそば臭くなるでしょ?
などと、最もな事を言われて………結局食べた・・・。
朝食に焼きそば…その後昼食…絶対に入らないと思う…。
ユミはガックリと肩を落とすと、ご機嫌なセイの鼻歌をBGMに、夢の中へと落ちていった・・・。
「祐巳ちゃん、起きて。ほら、海が見えてきたよ」
「んあ?」
セイに肩を軽く揺さぶられて、ユミはよやく夢の中から戻ってくる事が出来た。
車はいつの間にか高速道路を下りて、一般道路の脇の少し広い所に駐車されている。
セイは、ユミに車から降りるよう言うと、ガードレール越しに広がる景色を指差した。
ユミはまだ眠い目を擦りながら車から降りると、セイの指差した先をみた・・・すると、そこは・・・。
「うわあ・・・・・すご・・・キレイ・・・」
日差しが海に反射して、キラキラと光を放つ・・・じっと見てると、時折魚が飛び跳ねているのが解る。
真っ青な海に、薄青い空…雲一つない晴天で、どこにも翳りがなかった・・・。
しばらくその壮大な景色に2人は見惚れていたけれど、やがて、セイが口を開いた。
「何もないね」
ポツリと呟いたセイの言葉は、どこか寂しそうだったけれど・・・とても穏やかだった。
「・・・ええ、何もないですね」
目の前の一面の空と海。視界を遮るものなんて何も無い。
絶対的なその景色には、感動よりも恐怖すら覚えてしまう・・・。
そして、それを見つめるセイの横顔は、海や空以上にキレイで…とても冷たく見えた…。
「・・・どこにも行かないで・・・」
ユミはセイの体に正面から抱きつくと、ギュっと腕に力を込めた・・・。
あまりにも突然のユミの行動に、セイは一瞬目を丸くしたけれど、
やがてユミの腰に手を回し、きつく抱き返してくれる・・・そして・・・。
「行かないよ。祐巳ちゃんを置いてどこにも行けない」
そう囁くセイの心臓は、いつもよりほんの少し早い…。
景色を眺めていたセイの横顔…つかまえておかないとそのまま吸い込まれてしまいそうだった。
涙目でユミはセイを見上げると、その瞳の奥を探る・・・。
…いつもならこんな風に探ろうとすると、すぐにセイは視線をそらす・・・。
まるで、それ以上探っちゃ駄目だよ、といわんばかりに。
・・・でも・・・今日は違った・・・。
視線を逸らさず、光を吸い込んだセイの瞳は、真っ直ぐにユミの瞳だけを見つめている。
「・・・本当に・・・?」
思わず呟いたユミに、セイは静かに微笑む。
「本当に」
ゆっくりと、でもハッキリと聞こえたセイの言葉は、海よりも、空よりも絶対的なモノに思えた・・・。
「・・・じゃあ、いいです・・・」
ユミはそう呟くと、背伸びをして誰にも見えないように、そっとセイに口付けた・・・。
空よりも広いあなたの想い・・・海よりも深いあなたの心・・・。
その瞳には、世界はどう映ってるんだろう・・・。