会えない夜の辛さ。


別れる時の辛さ。


どちらも次に会うときの為の下準備。


次会った時、今よりももっと幸福を感じる為の・・・。




「おーい、祐巳!佐藤さんついたみたいだぞ!!」

ユミは大慌てで着ていた服を脱ぎながらクローゼットのドアを勢いよく開くと、

その中から服を何着も引っ張り出した。

「ちょっと待ってって言っといてー」

2〜3日前まから用意していた服なのに、今日実際に着てみるとなんだかイマイチのような気がして、

結局、今になってまた服選びを開始したのだった・・・。


「・・・すみません・・・まだ服選んでるみたいで・・・」

ユウキは申し訳なさそうに頭を下げると、上目遣いでセイを見上げた。

「いいって。いつもは私が待たせるからね。たまには待つよ」

セイはにっこり笑って上目遣いのユウキの頭を上げさせるとまるで子供にするように頭をガシガシと撫でる。

「はあ、すみません」

ユウキは頭を撫でられつつセイの顔をじっと見つめた。

そして改めて思う。本当にキレイな人だなあ、と。サチコとはまた違った美貌の持ち主。

どこかミステリアスな雰囲気さえ漂わせるのは、生まれつきなのか今までの中で培ったものなのか・・・。

何にしてもウチの家族とは正反対だ、などと思いながらユウキはペコリと頭を下げた。

「ちょっと様子見てきます」

「うん?ありがとう」

セイはそう言ってヒラヒラと手を振るとユウキを家の中に見送った。

と、途端にセイの中からこみ上げてくる笑い。福沢兄弟は本当によく似ている。

姿形もだけれど、思ってる事が簡単に顔に出てしまう所までそっくりだった・・・。

セイが片手で口元を押さえ、クックッと笑いを堪えていると…家の中から何やら楽しそうな声が聞こえてきた。

「ねえ、この格好変じゃない?・・・ねえってば、聞いてる!?」

「聞いてるよ。大丈夫だって!それより待たせてるんだぞ?早くしろよ!」

「うー…」

「なんなら祐巳ちゃん、お母さんが代わりに行ってあげようか?旅行」

「「はあ?」」

見事にシンクロする福沢兄弟の声…。きっと顔も同じような表情をしてるんだろうな、なんて思うともう、堪えられない。

やがて、玄関のドアが開き中から三人が顔を出した。

「おはようございます。朝早くから申し訳ありません」

セイがそう言って福沢母に頭を下げると、福沢母は少し慌てた様子でお辞儀を返してくれる。

「こちらこそ、随分お待たせしてしまって・・・」

「いえ、急ぎではないですし、全然構いませんよ。それにしても祐巳ちゃん・・・」

セイはユミの方に顔を向けると思わず目を細めた。白いノースリーブのワンピースにジーンズ。

髪はいつものツインテールではなくて、高い位置で器用に一つにまとめてある。

セイがあまりにも上から下までジロジロ見るものだから、ユミが思わず身構えると・・・。

「なんか・・・そうしてると雰囲気違うね」

と呟いた。それは服だろうか、髪のせいだろうか…ハッキリとは解らないけれど、とりあえず褒められたようだ。

「そっ、そうですか?」

「うん。かわいいかわいい」

セイはそう言ってユミの頭を柔らかく撫でると、もう一度福沢母の方に向き直った。

「それじゃあ、娘さんを3日ばかりお借り致します。帰りもちゃんとここまでお送り致しますので…」

セイがそういい終わるか終わらないうちに、母はユミの耳元でボソリと呟いた。

「いいわねぇ、祐巳ちゃんってば。お母さんが代わってあげたいわ!」

「なっ、何言ってるの!?もう!!それじゃあ行ってきます。鍵とかちゃんとかけてね。

それと祐麒、お母さんの事お願いね」

ユミは赤くなる顔を抑えつつ、荷物を持ち上げるとユウキにそう言って母を軽く睨んだ。

「ああ。言われなくても解ってるって。うるさいのが一人減ってこっちはむしろ楽になるよ」

おー!言う言う。セイは笑いながらユミの手から荷物を取り上げると、トランクに詰め込んだ。

「なにをー!このっ!!」

両手を振り上げて怒るユミに、ユウキは笑いながら、冗談冗談、と降参のポーズをする。

「それじゃあ、佐藤さん、祐巳を頼みます。多分こいつ寝相最悪なんで、蹴られないよう気をつけて下さいね」

ユウキはそれだけ言うと逃げるように家の中へと入って行ってしまった。

「・・・あいつ・・・お土産は無しね・・・」

「あはは、まあいいじゃない。彼なりの心配でしょ?」

まあ、そうかもしれないけれど…。

ユミは玄関に向かって小さくベーっと舌を出すと、フン、と鼻を鳴らした。その仕草が何とも可愛らしい・・・。

「それじゃあお母さん、本当に行ってくるから」

「ええ、気をつけてね。佐藤さんよろしくお願いします。祐巳、迷惑かけちゃ駄目よ!?」

「解ってるってば。それじゃあ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

ユミは車の助手席に乗り込むと、セイに頼んで窓を開けてもらう。すると、玄関から少しだけ顔を出しているユウキと目が合った。

お互い何も言わないけれど、それがいってらっしゃいと言っているのだとユミにはすぐに解った。

「それじゃあ、行って来ます。小母様、祐麒」

セイはそう言うとにっこり笑ってもう一度深々と頭を下げ、運転席へと乗り込んだ。

小母様、と言われた母は、しばしボンヤリとした顔でセイが車に乗り込むのを見ていたが、

車が静かに発進するのと同時に我に返ると、大きく手を振って見送った・・・。

「はあ…小母様か。私がもうちょっと若かったらなあ…」

ボソリと玄関先で呟く母の肩を、いつの間にか外に出てきていたユウキがポンと叩いた。

「ムダだって。若くても相手になんかされないよ」

呆れたように呟くユウキの言葉に母は苦笑いすると、2人は家の中へと入っていった・・・。




順調な滑り出しを見せた車は、渋滞にひっかかる事も無く高速道路に乗る事が出来た。

セイの運転は、荒くはないけれど決して大人しくもない・・・。

それでも初めの頃よりは随分と丁寧な運転に、ユミも安心して乗っていられた。

いつか、それをセイに言ったら失礼な!などと言っていたが、案外自分でも気付いているんではないだろうか。

「それにしても…楽しいよね」

突然のセイの言葉に、ユミが、は?と聞き返すとセイは肩を震わせながら言った。

「祐巳ちゃんち。おもしろいよね」

「・・・そうですか?」

「うん。どうして祐巳ちゃんがこんな風に育ったのか解る気がするもん」

セイはそう言って斜線を変更すると、前の車を追い抜いた。

「それは…どういう意味なんでしょうか…」

「んー…なんてゆうか…のびのび育ったって感じかな…こう、殺伐とした雰囲気がないよね」

殺伐とした…雰囲気…そんな家庭ってどうなの…?と思う反面、セイの家がそうなのだろうか?などとユミは思ってしまう。

「そうでしょうか…なんだか一日中賑やかですよ?」

「うん、楽しそうじゃない。一日中静か過ぎるよりもずっといいよ」

セイはそう言ってハンドルを握る手に力を込めた。

…別に家族が嫌いな訳ではない。ただ…なんとなく苦手なだけで、妙に萎縮してしまう自分がいた。

だからユミの家族を見れば、とても理想のように見えたのだ。

でも、理想と現実はまた別物で、実際には家族を取替えっこなんて出来ない訳だし、

もし出来たとしても、やっぱり自分はユミのようには育たなかっただろうと思う。

だから、家族が羨ましいとかそんなではなくて、ただ純粋に楽しそうだ、と思った・・・。

静かな家庭よりも、ずっと笑っていられるような家庭を、自分は築きたい・・・と。

そしてその家庭は、出来るならユミとがいい。セイはチラリと横目でユミを見ると、フっと目を細める・・・。

ユミにはその幸せそうな微笑の意味は解らなかったけれど、セイのそんな顔を見てるだけで、それでも別にいいや、と思えた。

理由なんて解らなくてもいい。何を考えてるのか解らなくても、

ただこんな風に笑ってくれるだけでユミの心臓はドキドキと高鳴るのだから…。

「聖さま、何か曲かけていいですか?」

「うん。そこの中に入ってるから適当にかけて」

聖はそう言ってダッシュボードを指差した。

「そういえば私…聖さまの好きな歌って聞いた事ないです」

突然のユミの質問に、セイは、ん?と首をかしげた。

「そうだっけ?まあ、あんまりそんな話しないもんね。割となんでも聞くよー…あっ、でも洋楽の方が多いかなぁ」

「・・・そうみたいですね・・・」

ユミはそう呟くとダッシュボードの中のCDを2〜3枚取り上げた。全て洋楽…全部英語…誰かすらも解らない…。

「あれ?これは…ミスチルですか…」

そんなCDの中にもポツリポツリと邦楽が混ざっていた。しかも全部ちょっと古めの物ばかり・・・。

「うん、ミスチルはね…好きなんだ」

「じゃあこれにしましょう。そう言えば私はあんまり聞いた事ないですから」

そう、代表曲だと思われる歌しか聴いたことがなかった。と、言うよりも興味がなかった。

でも、セイが好きだと言うのなら聞いてみたい…どんな曲や歌が好きなのか、触れてみたかった…。

CDをデッキにセットしてセイの一番好きなのはどれか?と聞く。

「私が一番好きなの?…んー…ALIVE…かなぁ」

ふんふん、ALIVEね、とユミはそのタイトルを探し出す。

間もなくして両側のスピーカーから曲が流れ出した・・・。



この感情はなんだろう 無性に腹立つんだよ

自分を押し殺してきた 筈なのに

環状線で 家路をたどる車の中で

全部降りたい 寝転んでたい 


さあ行こう 報いはなくとも 救いはなくとも

荒れ果てた険しい道を

いつかポッカリ 答えが出るかも

その日まで魂は燃え・・・。



「…どうしてコレが好きなんです…?」

ユミは歌を聴き終えてそう聞くのがやっとだった・・・。

なんというか…とてもセイに合っている気がしたから・・・。

そして、何よりも他の歌を聴いてみたくなった・・・この世界観ももっと見たくなった…。

ユミの質問に、セイは少し考えて呟いた。

「なんとなく・・・真理かなって」

決して今はたりの恋愛の歌ではない…でも…何か惹かれる。

「・・・真理・・・?」

「うん。人生って…というより、私はそんな感じだから…」

セイはそう言って少し寂しげに笑った。

・・・私はそんな感じだから・・・。

と呟いたセイの横顔は、何故だかとても神秘的で郷愁を誘う・・・。

随分と昔からこの人を知っているような…そんな錯覚・・・。

「結構、いいでしょ?後は…スピッツの楓とかさ」

黙り込んでしまったユミに、セイは笑いながらその一唱説を口ずさんだ・・・。



風が吹いて 飛ばされそうな 軽い魂で 

人と 同じような 幸せを 信じてきたけど



「・・・・・・・・・」

「いや、もちろん、他のも好きだけどさ。でも落ち込んだりするとこんな感じのをよく聴くかな」

セイはそう言って、俯いて今にも泣き出しそうなユミに言った。

「私はさ、祐巳ちゃんに会うまではこの2曲は嫌いだったんだ…あまりにも聴くのが辛くてさ」

「じゃあ、どうしてっ」

「祐巳ちゃんに会って、自分の事をよく考えてみたらさ、こういう自分んも結構好きだったんだよね。私は」

そんな風に思う事で救われる…誰かが傍にいてくれる事で助けられる…。

でも、それは自分で気付かなければならない事。その為には自分という人間を、しっかりと解っていないといけなかった。

「今でもそりゃ腹立つ事あるよ、自分に。でもさ、その先に未来ってモノはあるんだろうな、って思うんだ。

どんなに考えたって答えは出ないし、同じ迷路にはまる事だってある。

でも、いつかは答えがきっと出るんだろうと思うよ。それこそ、ある日突然祐巳ちゃんの事を好きだ、って気付いたみたいにさ」

セイはハッキリとそう言うと、ほんの少しだけ頬を赤く染めた。

…いつか突然答えが出る…

そう言えば、ユミもそうだった…あんなに悩んだのに、ある日セイの事が好きなんだと確信した…。

いくら考えても答えの出ないモノ。心というのはそういうモノなのだとセイは言いたかったのだろうか…。

だから、迷ってもいいのだ、と。

「・・・なんだ・・・そうなんだ」

ユミはポツリと呟くと、身体ごとセイの方に向き直る。その一連の動作に、セイは少し驚いたように目を丸くして言った。

「ん?どーした?突然」

「いえっ!聖さま、なんだかワクワクしてきましたねっ!!」

旅行直前まで暗く悩んでいた想いは、いつの間にか明るい色に変わって、ユミの中にあった…。

迷っても悩んでもいいんだ。そんなものはある時突然ひらめくモノなのだから!

ユミの嬉しそうな顔をセイはチラリと見ると、呆れたように笑ってフイとそっぽを向いてしまった。

ユミが何か機嫌を損ねたのかと、顔を覗き込むと・・・ボソっと呟いた・・・。



「そんな今更・・・私は随分前からわくわくしてたよ」





長い長い夏休み…一緒の思い出を沢山作ろう。

ようやくここに、光が射したんだから・・・。












歌詞参考/Mr.Children『ALIVE』  スピッツ『楓』 より。

海へ・・・   第二話。