想像が、全て現実になるなんて思ってないよ・・・。
でも、それに近づくかどうかは、自分しだいなんだ。
祐巳ちゃんと、初めてのボート!
2人でボートに乗るなんて、まるで恋人同士みたいで凄く嬉しい・・・。
もしかしたら祐巳ちゃんも私に気があるのかな?なんて都合良く考えてしまったりして。
・・・でも実際は・・・想像していたボートとは・・・違っていた・・・。
「さあ、聖さま!お先にどうぞ!」
「こっ、これに乗りたかったの!?」
ボートに乗り込むのを躊躇する私の背中を祐巳ちゃんは軽く両手で押すと、半ば強引に私をボートに押し込んだ。
「ええ!かわいいでしょう?」
・・・可愛い・・・けど・・・これは・・・。
「…うん。まぁ、可愛いね」
これって…どう見てもアヒルさんボートじゃない!!
可愛いけど、あんまりカップルが乗るもんじゃないよね!?
…前言撤回…やっぱり私は祐巳ちゃんの友達以上ではないみたい…。
私がどんよりと落ち込むのを、知ってか知らずか祐巳ちゃんは満面の笑みで隣に乗り込んでくる。
「さぁ!頑張って漕ぎましょう!!」
「・・・うん」
漕ぐったって…これって結構力いるんじゃ・・・。
「わわわ!せっ、聖さま、駄目ですよ!!そんなに力一杯漕いじゃ…グルグル回っちゃいますよ」
私が勢いよくペダルを踏んだおかげで、アヒルさんは大きく左に旋回する。
ちゃんと油がさされていないのか、ペダルはやたらと重いし・・・。
・・・どうやらこのアヒルさんボート…一筋縄ではいかないらしい…。
「ちゃんと、力を合わせましょう、聖さま。いいですか?」
祐巳ちゃんは嬉しそうに手でリズムを取りながら、私に力加減を教えてくれた。
どうやら、それが祐巳ちゃんの精一杯らしい…。
「わかった。じゃあ、これぐらいでいい?」
「はい!すみません…力無くって」
「いいって。なんならもっと弱めで行く?でないと祐巳ちゃんしんどいばっかで楽しめないでしょ?」
私がそう言って力を緩めるとボートが、今度は大きく右に旋回した。
「大丈夫ですよ、それよりも…思ってたより難しいですね、コレ」
祐巳ちゃんはすでに肩で息をしながら必死でペダルを踏んでいる・・・。
・・・どうしてこんなに一生懸命になれるんだろう・・・。
もっと力を抜けば、楽になるのにどうしてこの子はそれを止めないんだろうか・・・?
私は必死になってペダルを漕ぐ祐巳ちゃんを横目で見ながらそんな事を考えていた。
・・・でも・・・かわいいな・・・。
そうして思い出した・・・好きだと気付いた時の事を・・・。
最初はこんなに頑張って疲れないのかな?と思っていた。単純に。
でも、それがだんだん羨ましくなって…気付いたら目が離せなくなっていた…。
気がつけば、いつもこの横顔をずっと追っていたんだ・・・。
「な、なんなん…ですか?さっきから…人の顔じっと…見てっ」
祐巳ちゃんは、はぁはぁ、言いながら体全体でペダルを踏み続けている。
「いいや?べっつに。それよりさ、ココらへんでちょっと休憩しない?」
「へ?えっ、ええ、そうですね…そう・・・しましょう…」
はぁはぁ、と辛そうに息をする祐巳ちゃんに持っていたスポーツドリンクを渡す。
「全部飲んでいいよ」
「えっ!?でも…じゃあ聖さまは?」
「私は別にいらないから…祐巳ちゃんにあげる」
ボートの周りを見渡せば、すでに湖の真ん中らへんまで来ている・・・。
こんなに小さな体で、必死になって漕いだんだ。これぐらいのごほうびがあったって、罰はあたらないだろう。
それにしても…この華奢な体のどこにこんなに力があるんだろうか・・・?
「…ありがとうございます…それじゃ、いただきます」
祐巳ちゃんはそう言ってペットボトルの蓋を開け、そのまま飲み口を見つめたまま固まっている…。
「どーした?毒なんて入ってないよ?」
「へあ?いっ、いえ!!すっすみません!!!いただきます!!」
祐巳ちゃんはそう言うと勢いよくスポーツドリンクを飲み始めた。
ゴックゴック…とてもおいしそうに、喉をならしている。
しかし。後半分って所で飲むのをやめると、ペットボトルをズイっと私の方へと突き出した。
「な、何?飲んでいいよ?」
「いいえ、聖さまだって疲れてるでしょう?私はもう、大丈夫ですから、ね?」
まぁ、確かに…疲れていないわけではない…なんてったってこのペダル…異様に重い。
きっと祐巳ちゃんは結構疲れてると思う。それでも全部飲んでしまったりしないあたりが、祐巳ちゃんだなぁと思う。
そして・・・そんな子だからこそ、私は愛しくてしょうがないんだろうな・・・。
「・・・ありがとう。じゃあ、無事岸までたどり着いたらクレープ奢ってあげる!」
私の言葉に、祐巳ちゃんの目がキラキラと輝く…。ほんっとうに解りやすい・・・。
「ええ!?で、でも…いいんですか??」
…あんだけ目輝かせといてそんな今更…。
「いいよ。ただし、無事に岸につけたらね」
「はいっ!がんばります!」
「そうそう、その調子だよ、祐巳ちゃん」
すると祐巳ちゃんは、キッと私の方を見て笑った。
「聖さまも頑張ってくれないと、いつまでたっても岸にはつきませんよ」
「そりゃそうだ。じゃあ、もうひと頑張りしますか」
「はいっ!」
本当に嬉しそうな笑顔…見てるこっちまで幸せになってくる。
これが祐巳ちゃんの魔法…人を幸せに出来るとびきりの笑顔…。
とても素敵な魔法だと思う…そして、これを手に入れたいと言う私は、やっぱり罪深いのだろうか…。
行きはよいよい、帰りは怖い。まさにその通りだと思った。
行きは良かった…行きは。でもここまで来るのに使った体力は、帰りになるともうすっかり底をつきかけていた。
この湖は広い。真ん中まで行ったはいいものの、
帰りもその分漕がなければならない事を祐巳ちゃんはちゃんと解ってたのだろうか…。
しかもペダルは重くて回らないし…これは明日筋肉痛に悩まされるのは間違いない。
・・・どうにか岸までたどり着いた時には2人ともヘロヘロだった・・・。
足はガクガクするし、腰は痛い…。祐巳ちゃんに至っては、立ってるのがやっとって感じだし…。
「とりあえず、あそこまで行こう」
私が少し丘になったてっぺんを指差すと、祐巳ちゃんはコックリと頷いた。
丘の上には小さな休憩所がある。
「もうちょっと頑張れる?」
「はいー・・・」
祐巳ちゃんは、ふふふ、と笑いながら私が差し出した手を握ると、そのままズルズルとついて来た。
「なに?」
「いえね、さっきの聖さまの顔を思い出して・・・」
「さっき・・・っていつ?」
「今日はじめて会った時ですよ…あの時の聖さまの驚いた顔を思い出して…」
・・・アレか・・・そんなにおかしな顔してたんだろうか・・・。
「…早く忘れてよ」
「え〜?忘れられませんよ。だって、むせて口からジュースこぼしてたんですよ?
しかもそのまま固まってるし…ふ、ふふふ」
祐巳ちゃんは、肩を小刻みに震わせながら笑いをこらえている。
「だって、びっくりするじゃない!ちょうど祐巳ちゃんの事思い出してたら目の前に本人がいたんだ…から…」
…・・・・・・・・・・・・・しまった…・・・・・・・・・・・・・口が滑った!!
案の定祐巳ちゃんはポカンと口を開けたままこちらを見上げている。
「…えっと・・・どういう・・・」
そして、予想通りの・・・困った顔・・・。
「たまたまね、山百合会メンバーでこんな所にピクニックに来たら楽しいだろうな、って考えてたの。
祐巳ちゃんとか由乃ちゃんとか好きそうだなーって。そしたら目の前に突然現れるもんだから…」
「…ああ、なんだ…そうだったんですか…それはびっくりしますね」
「うん。本気で心臓が飛び出るかと思ったよ」
とっさについた嘘。
本当は祐巳ちゃんの事しか考えてなかった。他の人の事なんて、思い出しもしなかった・・・。
でも、さっきの困った顔を見たら言えるものも言えなくなってしまう…やっぱり…傷つくのが怖い…。
だから私は気付かなかった…この時祐巳ちゃんの表情が一瞬曇った事に…。
それに気付いていたら…あの時何かが変わっていたのかもしれない…。
「あーーーっ!!!!」
休憩所に来るなり、私はそこに座っていた先客を指差して思わず大声を出してしまった。
「あーー!じゃないわよ。一体いつまで待たされるのかと思った」
そこに座っていたのは…真のボス…改めカトーさんだった。
カトーさんは優雅に缶コーヒーを飲みながら読書などしている・・・。
「良かった…ここにいらしたんですね。途中ではぐれちゃったからどうしようかと思いましたよ」
「ごめんなさいね、祐巳ちゃん。でも良かったわ、佐藤さんと一緒だったみたいで」
「ええ、噴水の前でバッタリ会ったんです。だから、心細くは無かったですけど」
「祐巳ちゃん、もっと怒っていいんだよ!?カトーさんに無理矢理振り回されたんだから!!」
私がそう言うと、祐巳ちゃんはにっこり笑って言った。
「でも、聖さまに会えましたから。それにボートも楽しかったし…」
・・・祐巳ちゃん・・・あれを楽しかったって言ってくれるんだ…。
妄想とは随分違ったけれど、確かに幸せだった。相当疲れたけれど、十分だった。
しかも、祐巳ちゃもそう思ってくれていたなら、これほどの幸せはないと思う…。
・・・ありがとう、キミを好きになって本当に良かった・・・。
「…へえ、ボート乗ってたの?私炎天下の中ずっとここで待ってたんだけど…」
カトーさんはそう言って本を閉じると、私を軽くにらみつけた。
「そもそもカトーさんが大人しく家に居てくれたらこんな事にはならなかったと思うよ」
まぁ、家に居てくれなかったおかげで祐巳ちゃんと会えたし、ボートにも乗れたんだけど…アヒルさんだったけど…。
「…まあ、そうね。私のせいだわ。ごめんね、祐巳ちゃん」
「ちょっと、私には謝らないの!?」
「だって、あなた十分楽しんだんでしょ?」
うっ、まあ、それはそうだけれど…今回の事も元はと言えば強引に誘った私のせいな訳だし…。
私達2人のやりとりを、最初はオロオロしながら見ていた祐巳ちゃんだったけれど、
どちらも本気で言ってる訳じゃない事が解ったからだろうか、今はもうすっかり笑顔だった。
「さて、と。じゃあ祐巳ちゃんクレープ買ってきてあげる。何がいい?」
私の質問に、祐巳ちゃんは嬉しそうに立ち上がるとキラキラした瞳で言った。
「私が買ってきます。見ないと解らないし…」
「そう?じゃあ、好きなの買っといで。カトーさんもいる?」
「いいえ、私はいいわ。これ飲んだらお腹一杯よ」
「ふーん。じゃあ祐巳ちゃん、私の分もお願い出来る?出来るだけ甘くなさそうなやつでお願い」
「はいっ!じゃあ、少し待っていて下さいね!!どっか行っちゃイヤですからね!!」
祐巳ちゃんはそう言って嬉しそうに丘を降りて行った。
私が目を細めながらその後姿を眺めていると、突然カトーさんが私の目の前に一枚の紙を置いた。
「・・・何これ?また地図?」
「違うわよ。それは宝物。よく私を見つけたわね」
・・・やっぱり・・・わざとやってたのか。
私はそんなカトーさんにあきれながらも、丁寧に折りたたまれた紙を開いた・・・。
「こ、これ・・・」
「そう、祐巳ちゃんの夏休みの予定表。それがあったら誘いやすいでしょ?いくら奥手のあなたでもね」
紙にはびっしり日付と曜日、そして祐巳ちゃんの夏休みの詳細から、花火大会やお祭りの日時まで書き込んであった。
「くれるの?どうして・・・」
「私が持っててもしょうがないでしょう?・・・単なるおせっかいよ。いらなかったら捨てるなり焼くなり好きにどうぞ」
そんな・・・捨てられる訳がない・・・これをもらった所で上手に使えるかどうかはわからないけれど・・・。
「・・・ありがとう・・・」
カトーさんがここに私と祐巳ちゃんを呼び出した理由がなんとなく解った気がした。
祐巳ちゃんの事を私に再認識させるため…それと、祐巳ちゃんに私の事をもっとよく見せるため…だったんじゃないだろうか。
ただの自惚れかもしれないけれど・・・。
決してそれ以上には手を貸してはくれないけれど、確かに私は今日、改めて祐巳ちゃんを好きになった・・・。
心の底から愛しいと思った・・・もう少し勇気を持てそうな気がした。
祐巳ちゃんが、私の事をどう思ったのかは解らない。でも、楽しかったと言ってくれた・・・。
満面の笑みで笑ってくれた・・・私にはそれが十分すぎる程の収穫だった。
なんだか、カトーさんのおせっかいも、祐巳ちゃんの可愛らしさも愛しくてしょうがない。
もう、いっそ2人にキスして回りたい程・・・それほど嬉しかった・・・。
私が笑顔でカトーさんの顔を見ていると、カトーさんが突然口を開いた。
「あっ、誤解しないでね。半分は私の為だから」
・・・・・・・・・・・。
「・・・は?」
「だってあなた、絶対毎日電話かけてくるもの。だからそれでしっかり予定立ててちょうだい。
でないと私、本気でノイローゼになりそうだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何よ?」
「・・・いや、別に」
・・・カトーさんって・・・。
私は祐巳ちゃんの予定表をきれいに折ってポケットにしまうと、こちらへ向かって走ってくる少女に目をやった。
両手にクレープを握り締めて、幸せそうにこちらへやってくる。
「お待たせしましたっ!!はい、これが聖さまの分!」
「おっ、ありがとう」
祐巳ちゃんはそう言って右手に持っていたクレープを私によこすと席につき、じっと私の顔を見ている。
「どーした?食べていいよ?」
「はいっ、それじゃあ遠慮なく…いただきます!」
どうやら食べていい、と言われるのを待っていたらしい…それじゃあまるでワンコじゃない、祐巳ちゃん。
「はい、いただきます」
私が一口食べるのを見て、祐巳ちゃんが不安げに尋ねてきた。
「聖さま、おいしいですか?それで良かったですか?」
ツナとレタスのクレープ。生地は甘いけれど、その甘さとツナの塩加減がちょうどいい。
「ん?うん。おいひいよ・・・一口食べる?」
祐巳ちゃんの目の前にツナクレープを差し出すと、祐巳ちゃんは目を丸くした。
「えっ!?いいんですか?」
「どうぞ。祐巳ちゃんのは何?」
「私のですか?私のはチョコレートバナナアイスです!一口食べますか?加東さんもよろしければどうぞ」
うっわ・・・あまそ・・・。
聞いただけでなんとなく想像出来る・・・なんせ、缶入り汁粉を愛飲するような味覚の持ち主なのだ。
私が食べられるわけがない・・・。
でも…そんなに嬉しそうに差し出されたら・・・。
「・・・ありがとう・・・」
そう呟くと、出来るだけクリームの少なそうな所を探し、そこにかぶりつく・・・。
「・・・・・・うっ」
・・・あっま・・・何!?これ・・・よく平気で食べるな・・・。
「どうです?おいしいでしょ?」
「い、いや…ちょっと甘すぎない?」
「飲む?」
「あ、ありがと」
私は、カトーさんが差し出してくれた缶コーヒーを一気に飲み干すと祐巳ちゃんの方に向き直った。
「・・・よく、食べれるね?」
「おいしいですよ?」
笑顔で答える祐巳ちゃんは、凶悪なほど可愛い。
「そ、そっか…そりゃ良かった」
私はバクバクする心臓を抑えると、出来るだけにっこりと笑った・・・この想いを悟られないように・・・。
帰り際。私はポケットの中の宝物を握り締めると、言った。
「今日は楽しかった?」
「はいっ!とても」
まるで華が咲いたような笑顔・・・そこだけが一瞬明るくなるような・・・そんな笑顔。
私はその華に吸い込まれそうになるのを堪えながら、出来るだけ平常心を保つ。
そして・・・言った・・・。
「そっか、じゃあ今度は2人でデートしようか?」
本当の宝物を手にしたら、
その効力がきれるまでに、
使い切ってしまおう。
使えなくなった宝物は、
なんの役にもたたないのだから・・・。