会うたびに認識する。
私には、キミしかいない。
長い長い夏休みが始まった。私には何の予定も組まれていない。
でも…祐巳ちゃんはどうなんだろう?一体何をして過ごすのだろう。
私は握り締めた携帯電話のリダイアルボタンを押して、福沢祐巳を探す…。
あった!…嬉しくてそのまま通話ボタンを押そうとして・・・やめる。
私はかれこれ一週間ほど、毎日こんな事を繰り返していた…。
「何やってるんだろ…」
結局…いつも大本命に電話を掛ける事も出来ず…その行き場のない思いをぶつける相手は、決まって…。
プルルルル…プルルルル…プルルルル・・・カチャ。
「…はい?」
「もしもし、カトーさん、今日ひまー?」
「…佐藤さん…夏休みに入ってからこんな電話…これで何度めか知ってる…?」
「んー、5回ぐらい?」
「当たり。じゃあ今日は夏休みに入って何日め?」
「何?さっきからそんな簡単なクイズばっかり。6日めでしょ?」
「・・・そうよ!あなた夏休みに入ってからほぼ毎日私に電話かけてきてるのよ!?」
カトーさんの声が少し震えている…なんだかすでに臨界点突破って感じだろうか。
「えー、だってヒマなんだもん!他にあてもないしさぁー」
「だったら愛しの祐巳ちゃんでも誘いなさいよ、私じゃなくて」
…それが出来たらカトーさんに電話してないと思うけど…。
あの日、カトーさんに想いを打ち明けてから、少しだけ私達の距離が近づいた。
からかう訳でもなく、気を使うわけでもない、カトーさんの距離の取り方が私にはちょうど良かった。
だから、私はついついこの人に甘えてしまうのかもしれない・・・。
「祐巳ちゃんに?そんなの出来る訳ないじゃな〜い。私こう見えても奥手だしさぁ」
これは本当。私にはそんな勇気がない…自分でも情けないほど臆病で、怖がりなんだ…。
「…1回だけよ」
「えっ?」
「一回だけつき合ってあげるわ。そのかわり!!
もう二度と電話してくるな、とは言わないから…せめて一週間に1回ぐらいにしてくれない?
…でないと私、佐藤さんノイローゼにかかりそう」
「本当に!?ラッキー。ありがとう。じゃあすぐ行くー!」
切羽詰った声…結構本気で迷惑そう…まぁ、確かにね、イタズラ電話に近かったもんな…。
…ホント…良かった…これ以上家にいたら息が詰まりそうだったんだ。
寝ても覚めても生活の中の端々に祐巳ちゃんが出てくる…もう、気が狂いそうな程…。
あの一件以来祐巳ちゃんとは、顔をあわせないまま夏休みに入ってしまったものだから、余計に辛い。
会えないのと、会わないのは同じようでいて、その実全く違うものだったんだ、なんて初めて思い知った。
近づきすぎないよう、離れすぎないよう、常に一定の距離を保とうとすればするほど、心の均整が取れなくなってしまう…。
そのうち、自分の想いに押し潰されそう・・・。
「…あんまり急いで来なくていいわよ?出来るだけゆっくり来てくれればいいから…それじゃあ」
「はーい!じゃあ、後でー」
電話を切って、すぐに支度を始め出してから、ふと思う。
私は本当に脆いんだな・・・と。たかが何週間会えなかっただけで、こんなにも寂しくなる…。
一人じゃ何も出来ない…楽しくない…動けない…。
家を出たのはカトーさんとの電話を切ってから一時間後の事。
出来るだけゆっくり来い、との事だったから部屋を掃除なんてし始めてしまって…思ったよりも遅くなった。
だから、カトーさんから電話があった時、私は本当に驚いた。
どこにいるの?早く来なさい、なんて…さっきとは言ってる事が全く逆じゃない。
電話口で、あまりにも急いでる風だったから、私はしょうがなくバス停からカトーさんちまで走って行く。
「なん…なの…はぁ…はぁ…もうっ!!」
私が怒るのはお門違いなんだろうけど…息が上がってしょうがない。
やっぱり、高校の時と違って体育の授業とかがないからだろうか、それともただの歳のせいだろうか…。
持久力というものが確実に無くなってきている・・・。
最後の角を曲がって、ようやくカトーさんの家…もとい、下宿先が見えてきた。
スピードを徐々に落として、呼吸を整える。そして。
ピンポーン。
しばらくして、上品そうなお祖母さんの声。
「はい、どなた?」
「私、景さんの友人で、佐藤と申します」
「あらあら、どうぞ、入ってちょうだい」
「はい、失礼します」
中へはいると、そこには弓子さんが白いノスタルジックな日傘をさして出迎えてくれた。
「佐藤さん、でしたわよね?景さんはさっき家を出てからまだ戻って来てないの。
それで、もし佐藤さんが来たらこれを渡してくれ、って頼まれたのだけれど…」
弓子さんはそう言って持っていた紙切れを、私によこした。
「そうなんですか…どうもすみません。ありがとうございます」
私は紙切れを受け取って、もう一度弓子さんに挨拶をしてから表へ出て紙を開き、ボー然とする。
「・・・・・なんじゃこりゃ・・・・・・」
一瞬、何かの暗号か?とも思った…。
紙には、ボールペンで書いたと思われる線が2本と、矢印、そしてある場所を指して『ココ』と書いてあった…。
これは…おそらく地図…なのだろうが…そのあまりにも大雑把で簡潔な地図は、いかにもカトーさんらしくて思わず笑ってしまう。
とりあえず、家にはいないとの事だからここに行けばいいのだろう。
私は、カトーさんの書いたあまりにも簡単な地図に従って歩き出した。
それにしても…早く来いと言っておきながら家にいないなんて、一体どういうつもりなのだろうか。
ほんの少し歩くと、『ココ』と書かれた所であろう場所いついた。
どうやらそこは、少し大きめの公園のようで、ご丁寧に入り口の所に公園内の案内図まで描いてあった。
カトーさんにもらった地図を見直してみても、どこにも待ち合わせ場所なんて書いていない…。
しょうがないので、私はポケットから携帯電話を取り出し迷わずカトーさんに電話をかけてみる…が、圏外…。
…なんて事だ…それじゃあこの公園を端から端まで歩いて探せ、とそういう事か。
・・・何だか・・・昔皆やってたゲームみたいだ・・・あるいは、動く宝探し・・・。
どちらにしても、大抵はヒントか何かがあるはずだ…それなのに…このゲームには何のヒントもない…。
「…どうやって探すの…」
私は思わず溜息をもらすと、園内の入り口らへんを見渡した。蝉の声に、子供の声、風の音や水の音。
沢山の音が公園の中に溢れていた・・・ゲームはまだ始まったばかり・・・こうなったらなんとしても、探し出す!
色んな声。
蝉の合唱。
葉の擦れる音。
風の音。
水の音。
光の洪水。
全てのモノに・・・惑わされそうになる。
長い終わりの見えない、思考の迷路。
でも…キミを探し当てるまでは…終われない。
To be continued.