どうしてこんな事になったのか?
こんなことなら、知らない方が良かった・・・。
最後に会ったのは弓子さんを駅まで送ったあの日だった。
何故か祐巳ちゃんは、縦ロールと一緒に居て表情も妙に明るかったっけ…。
あの後…加東さんの家で会ってから祐巳ちゃんに一体何があったのか、私は知らない。
それを言えば初めから何がどうなってあんな事になったのかも解らないんだけど…。
・・・それでも良かった…頼ってくれるなら、それでも良かったんだ…私は・・・。
昨日、夜遅くに携帯が鳴った。
着信は・・・蓉子。
蓉子が私に電話なんてしてくるのは、携帯を買ってから今までたったの一度きりだった。
携帯を買った当初に、蓉子の携帯のナンバーを教えてくれただけの本当に簡潔な電話だった。
そんな蓉子が私に電話をしてくるなんて…これはよほどの事があったのだろう…。
…でも…電話の内容は、私にはどうでもいいことで…むしろ知りたくなかった…事実だった…。
「もしもし?聖?」
「うん、どうしたの?めずらしいじゃない」
「…ええ、まあね。ちょっと…貴方には知らせておいた方がいいかと思って…」
「・・・何の話・・・?」
…私はとっさに身構えた…そんな風に始まる話の中で、良い話なんてそう滅多にないものだから…。
「…祥子と祐巳ちゃんが喧嘩してたのは貴方知ってるわよね?」
「・・・うん。知ってるけど・・・それがどうかしたの?」
出来るだけ平静を装えるように…いつものようにサラっとかわせばいい・・・。
それがたとえ、誰よりも愛しいあの子の話ならばなおさら・・・。
「ずっと…言おうかどうしようか迷ってたんだけど…祥子のお祖母さまがね…ついこの間亡くなったのよ…」
「・・・・・・」
それで?と、聞き返したかった。…でも…この時、何故だかその後の話を私は容易に解ってしまったんだ。
「…だから・・祥子はとても落ち込んでしまって…だから…多分あんな事に…」
・・・だから祐巳ちゃんを傷つけたの…?それを私に許せって・・・事・・・?
「・・・それで・・・?私にその話をして、どうしろと言うの?」
「私は祥子からの話しか聞いていないから、具体的にはあの2人の間に何があったのかは知らないわ…。
・・・でもね、聖。貴方祐巳ちゃんをとても大事にしてたじゃない?・・・だから心配してるんじゃないか、と思って…」
「・・・心配・・・?」
「ええ、祐巳ちゃんと祥子の関係が崩れてしまった、と…そう思ってるんじゃないかって…そう思ったのよ…」
蓉子の声が、少しづつ枯れてゆく…どうやら私を本気で心配してくれてたのだろう…。
さっき、冷たく言い放った言葉は心配してくれている親友に対してあまりにも酷い言葉だったんじゃないだろうか、
私は心の中で蓉子に謝ると、素直にお礼を言った。
「・・・ありがとう・・・その為にわざわざ・・・?」
…それが例え、見当違いの心配だったとしても…。
もしくは、蓉子の事だ…これはただの牽制だったのかもしれない…。
祥子の大事な祐巳を盗るな・・・とゆう・・・大きな釘。
蓉子はとても祥子の事を大事にしていた・・・それは今でもきっと、変わらないだろうから・・・。
「…ええ、まぁ。あの2人…ちゃんと仲直りしたみたいだから・・・もう大丈夫よって言っておきたかったの…。
なんでも、あの子ったら祐巳ちゃんに、あなたが好きなの…なんて言ったらしくて・・・」
・・・・・・・・・・。
「・・・は?」
電話ごしに聞こえる蓉子の笑い声が、とても遠くに聞こえた・・・。
「だから!祥子がね、祐巳ちゃんに、あなたが好きなの、なんて言ってしまったんですって…。
もう、私そこだけ聞いたらおかしく…」
「それで!?それで…祐巳ちゃんは!?」
「…えっ?…ああ…祐巳ちゃんね…。
祐巳ちゃんはもちろん、私もお姉さまの事大好きです、って言ってくれたって喜んでいたけれど…。
それがどうかしたの?」
「・・・・・・・」
……そっか………ここまで…かな…。
「・・・・・・・・・・」
「聖?ちょっと?聞いてるの!?・・・ちょっと!聖ってば!!」
「・・・っああ、ごめん。まぁ、でも良かったよね・・・無事仲直りできてさ…いや〜ほんと、一時はどうなるかと思ったよ」
・・・聞くんじゃなかった…聞きたくなかった・・・そんな話・・・。
「…本当よね。でも、まあ、これで私も安心したわ。祥子と祐巳ちゃんもだけど、貴方の事もね…聖」
「…私?…どうして・・・?」
「・・・別に…ただ落ち込んでるんじゃないかな…って」
「私が?どうしてあの2人の事で私が落ち込むの?それこそ訳が解らないよ」
「・・・そう?ならいいのよ・・・こんな遅くにごめんなさいね、それじゃあまた。おやすみなさい」
「ん。おやすみ」
ピッ。プツン。
・・・決定的に・・・私は振られてしまったのだろうか・・・。
もう、これでお終いなんだろうか・・・最後の恋は・・・こんなにも・・・あっけなく・・・?
祐巳ちゃんがどんな気持ちで祥子に大好きだと言ったのか、なんて私には解らない。
それでも・・・きっと・・・あの子の事だ・・・真剣に祥子の想いに答えたのだろう・・・。
という事は、私の入り込む隙なんて・・・これっぽっちも無かったんだ。
「…っう・・・っく…ぅうっ・・・」
携帯電話は、こんな事を聞きたくて買ったんじゃない・・・ただ・・・祐巳ちゃんの声がいつでも聞きたかったから…。
…なのに…どうして…?どうして・・・こんな事に・・・。
聞きたくなかった…もう少しだけ・・・幸せでいたかったのに・・・。
…そうだ・・・私は知っていた…幸せとゆうものは、いとも容易く簡単に壊れゆくものだと言う事を…。
忘れなきゃならない…でもそんなに簡単に忘れられない…私はこれからどうすればいい?
どうやって前に進めばいい?
過去から解放されたと思ってた・・・でも結局あの時から私は何も変わっていない。
いや、むしろあの時よりも随分と臆病になった自分がここにいる・・・。
涙が次から次へと溢れてくる…止まらない…止めたくない…。
いっそ、このまま私ごとどこかへ流してくれればいいのに・・・。
「・・・もう・・・寝よう・・・」
・・・現実逃避・・・そう思われてもいい・・・。
ただ・・・私は無償に眠かった・・・もう、ずっと・・・眠ってしまいたかった・・・。
プルル…プルルル・・・プルルル・・・
また…電話が鳴ってる・・・でも出たくない・・・もう、何も聞きたくない・・・。
プルル・・・プルルルル・・・
「・・・しつこいな!」
プツ
「もしもし!?」
「…あっ・・・あの…こんな遅くにすみません…もしかして…寝てらっしゃいましたか…」
「ゆっ、祐巳ちゃん!?」
私は電話の主に慌てて体を起こすと、何故だか・・・正座した・・・。
「あの…なんとなく・・・ではなくてっ!・・・あの・・・いつか…もしかしたら・・・私・・・」
祐巳ちゃんの声は電話の向こうで、少し上ずって聞こえる…泣いていたのか…緊張しているのか…解らない。
「うん…いつか、何?」
声を聞くだけで、さっきまでの気持ちが嘘みたいに落ち着いて…優しくなる・・・。
「…あの…いつか…私の話を・・・聞いて…下さいますか…?」
・・・話・・・?一体何の話だろう…もしかしたら、さっきの話だろうか・・・。
「それは…今じゃ出来ないの・・・?」
「・・・はい・・・今はまだ…ちゃんとお会いして・・・その・・・話したいんです・・・」
…こんなにも改まってする話なんて・・・大してない。
明るい未来か暗い未来に決まってる・・・。
・・・でも・・・それでも・・・それまでは・・・まだ、生きていられる・・・。
それまでは・・・キミを想っていられる・・・そう思うと嬉しかった・・・とても幸せだった・・・。
先に待ってるものが・・・たとえ暗い未来だったとしても・・・。
「・・・解った・・・ちゃんと聞く。・・・ところでそれは、まだ遠い?」
「・・・解りません・・・でも・・・」
「でも?」
「・・・そんなに遠くにしたくは・・・ないです」
「うん、そうだね。私もだ」
私が思わず笑いを漏らすと、電話ごしに祐巳ちゃんも、そうですね、なんて言って笑っているのが聞こえた。
愛しい人が笑ってくれる…それだけでこんなにも幸せな自分は、なんて簡単で単純なんだろう。
ねぇ、祐巳ちゃん。私はキミが好きだよ。とても愛しくてしょうがないんだ。
・・・でもキミが誰を選ぶかは自由だよ・・・私はそれを反対したりはしない・・・決して。
ただ・・・ただ少しでいいから・・・私の事も・・・思い出してよ・・・。
そして・・・思い出すのは笑顔だけにしておいて・・・だって…私はキミの中では・・・ずっと笑顔でいたいから・・・。
そうだった・・・思い出した・・・幸せなんてものは簡単に壊れるくせに…簡単に作れるものだったんだ・・・。
「えっと…それじゃあ…夜分遅くにすみませんでした…おやすみなさい…聖さま」
好きではない自分の名前…それがこの子が呼ぶと、とてもキレイな響きに聞こえる。
まるで、最上で最高の詩みたいに・・・。
「おやすみ・・・祐巳ちゃん…またね」
「っはい!・・・それでは、また・・・ごきげんよう」
プツ…ツーツーツー…プツン
祐巳ちゃんからかかってきた電話は、これが初めて。
もしかすると、これで最後になるのかもしれない・・・。
でも・・・人づてに聞いて絶望するより、本人にちゃんと会って絶望する方がいい。
私はその事を痛いほど良く知ってるから・・・。
ちゃんと事実を受け止めて飲み込まないと・・・後で消化不良をおこしてしまうから…。
まだ終わりではないんだ。まだ物語は続いてる。私はまだここに居る。まだ・・・ここに居られる・・・。
長かった梅雨が・・・次の日、ようやく・・・明けた。
幸せは自分で掴むもの、なんてよく言ったものだ。
幸せなんて自分一人では見られない大きな夢みたい。
キミがいてこそ、成り立つ私の夢。
自分一人じゃ決して掴めないもの…それが幸せ。