どうして人は人を好きになるの?
どうして好きは一つじゃないの?
…どうすれば、この気持ちを伝えられるの…?
あれから…まだ数日しかたっていない…。
それなのに、こんなにも会いたい…こんなにも切ない…。
この感情が恋だと気付いた途端、胸のモヤモヤは消えた。
でも、代わりに浮かんできた締め付けるような感情・・・どうしようもない気持ち。
ケイの家から帰った後、いろいろと家で考えはしてみたけれど、やっぱり答えは出なかった。
サチコの事はもちろん好き。でも、それ以上のセイへの想い・・・。
この気持ちをセイとサチコ、どちらにも打ち明けたとして、果たして許されるのだろうか…?
・・・わからない・・・傷つきたくない・・・でも・・・伝えたい・・・伝えなきゃならない・・・。
でも、事態は好転する事もなく、さらに悪い方へと転がってゆくばかりだった。
次の日学校でトウコに「最低」だと言われたのも、「祥子お姉さまに相応しくない」と言われたのもまだ記憶に新しい。
トウコは、サチコの事を疑って信じきれなかったユミの事を責めていたのだろうけれど、
ユミにはセイとの事を責められているような気がしてならなかった…。
あの時・・・なんだか自分の心の中を見透かされていたみたいで・・・。
それからしばらくして、ユミはケイにお礼を言うべくお菓子を持ってあの家へと向かった。
だけど、家にはケイは居なくて、代わりに大家さん…こと、ユミコの招待を受けた。
そこでユミはユミコといろいろな話をした・・・。ユミコには昔とても大切な人がいたこと・・・。
そしてその人と、喧嘩をしてそれきり会っていないとゆう事・・・。
話を聞けば聞くほど今の自分と重なって・・・。ただ一つ違ったのは好きな人が別にいることだった・・・。
お姉さまとは違う人を好きになってしまったユミは、一体どうすればいいのか・・・?
そのヒントはユミコの話の中にも…なかった・・・。
「お姉さまのこと、好き?」
「はい」
ユミコの言った突然の言葉に、ユミはなんの躊躇もなくそう返事を返した。
…でもその心中はとても複雑で・・・。
ユミはユミコが言った「じゃあ大丈夫よ」の一言が、どうにも胸に引っかかった・・・。
その後、大学から帰ってきたケイと共に離れにあるケイの家へとお邪魔したユミは、ケイの過去の話を聞いた…。
母親を亡くして、父親が倒れてしまったが、何も悪いことばかりではないのだ、と言い切るケイが格好良かった。
ユミを慰めてくれようとしたのかどうなのかは解らないが、
それでも「聞いて欲しかった」と言うケイの横顔はとても清清しいものだった。
「雨に濡れた祐巳ちゃんには悪いけれど、私にとってはあの日雨が降ってくれてよかった」
「聖さまとも親しくなれましたしね?」
・・・セイサマ・・・名前を言うだけなのに、ユミの頬に熱が集中するのがわかる・・・。
「聖さま・・・?ああ、佐藤さんのことか」
ケイはそう言うと、ふふ、と笑って髪をかき上げる。
「面白いわよね。リリアンの伝統。たまにね、彼女のことをロサ・ギ・・・何とかって呼ぶ人もいるわよ」
「ロサ・ギガンティア」
「そう。ロサ・ギガンティア!何あれ、一生そう呼ばれるの?」
ケイは目を丸くしながら、さもおもしろそうに笑っている。しかし…一生呼ばれるのは…ちょっとイヤかもな…。
「今は代替わりして、私の友達が白薔薇様です」
「祐巳ちゃんは?」
ユミの言葉にケイはシレっとした顔で聞き返した。
「紅薔薇のつぼみ・・・一応」
…そう、一応…いや、今の所は。と言い換えた方がいいのかもしれない・・・。
セイへの想いをサチコに打ち明けた時点で、きっとユミはサチコとの姉妹を解消しないといけないだろうから…。
「一応ね」
ケイはそれ以上何も聞いてこなかった・・・。その優しさが、今のユミにはとても嬉しかった・・・泣きそうなほど…。
…会いたい…今すぐセイに会いたい…そして、日常の些細な事を話して笑いたい・・・。
ユミがそんな事を考えていた正にその時だった。
「妖しい雰囲気じゃない、お二人さん」
よく聴きなれた声が突然後ろから降ってきた。その声に思わずユミの心臓は飛び出すのではないか!?
と思うほどドクンドクンと鼓動を早める・・・。
「あ、妖しい?」
ユミは、それをセイに気付かれないようにケイと顔を見合わせた。
「妖しい妖しい。カトーさん、私のぬいぐるみ取らないでね」
セイはそう言って2人のいるリビングへと足を踏み入れた。
なんとなくユミとケイがいい雰囲気を出していたものだから、今の台詞はほんの些細な牽制のつもりだった。
それでもケイの表情が少し変わった所を見ると、もしかしたらユミへの想いに気付かれているのかもしれない・・・。
「祐巳ちゃんは佐藤さんのぬいぐるみなの?」
ケイはほんの少しだけ眉をひそめると、探るように尋ねてくる。
「そ。こうして抱きしめると、ぷっくりふわふわ。おまけに温かいでしょ。気持ちよくて、つい眠くなっちゃうんだね」
セイはユミの斜め後ろに座ると、何を思ったのかそのままユミを後ろから抱きしめた。
ユミは顔が真っ赤になるのを必死で抑えながら俯く。
「うん。久しぶり。祐巳ちゃん、いっそ、私のペットになる?」
…なんて…ペットになんてなってもらっちゃ困るんだけどさ。
セイはそう言ってユミの二の腕あたりをプニプニと突付きながらユミの抱き心地を身体に焼き付ける…。
「なりませんよ」
セイの問いにユミは俯いたまま答えると、熱を感じる背中に少しとまどう。
…私が欲しいのは守られてばっかりの存在じゃなくて…っ!
ユミはそう言ってしまいそうになるのをグッと堪えるとセイに向き直った。
すると、セイは少し驚いたように目を丸くして、やがて笑った。
「それ聞いて、安心した」
セイはユミを抱いていた腕を放すと潤んだ瞳でこちらを見上げるユミの顔を見つめると、さらに笑う。
「祐巳ちゃんとつき合っていくのは、かなりのエネルギーが必要そうだからね」
本心じゃない。本心じゃないけれど、守るばかりじゃやっていけない事は知ってるから・・・。
…私はキミと恋人の関係を持ちたいんだよ…
そんな光景を、一人蚊帳の外から眺めていたケイは、小さく微笑んだ。
…なんだ、この2人…。
セイと会って、気持ちも大分落ち着いた。
いつも会いたいと願うと現れるセイは、もしかしたら宇宙人なのではないだろうか…?
と、本気で思ってしまう。それにしても、あの時言っていた言葉…。
「祐巳ちゃんとつき合っていくのは、かなりのエネルギーが必要そうだからね」
あの言葉が今も心に引っかかっていた。一体どうゆう意味なんだろう?
ユミとはつき合えない、と、そうゆう意味なのだろうか…?
その他の意味には取り様もないのだから結局ユミは告白もしていないのに振られてしまった事になる…。
でも、何故か心は穏やかだった。振られた事は悲しいけれど、あの笑顔がそれだけでは無い様な気がしたから…。
いつも本心を言わないあの人は、大切な事はいつも黙ったままでいる事が多い。
自分の話よりも、ユミの心配ばかりしてくれていたから…。
だから…虫の良い話かもしれないけれど、少しだけ自惚れてみる事にしよう。
そう考えると心は楽になるし、思考も少しはプラスになるはずだから・・・。
思考を変えると今まで見えなかった事がいろいろと、見えてくる。
…気がつけば、ユミの知らない所で事態は少しづつ好転して行っていた…。
疑うのは罪だという。
でも、そうしないと自分を守れない時もあるよ。
疑ってみる事で自分を守れるのなら、私は迷わず疑う。
…でも、それらは結局何も生み出さない。
自分を守ってばかりいる事が、どれ程虚しい事なのか…今初めてわかった。