ずっと好きだった。
キミだけを見てた。
でも、叶わない。
だけどあきらめられない…。
溢れた気持ちは一体何処に流れ着くんだろう…。
「お姉さま…」
ユミはそう呟くと雨に濡れた地面に崩れるように座り込んだ。
その様子に、セイは今までユミを抱いていた手をギュっと握り、下唇をかみ締める…。
激しい雨に打たれながら泣き続けるユミの姿は、見ているこっちが切なくなるほど憐れで悲しかった。
どうして私じゃないんだろう…。
愛されるのはどうしていつだって私ではないのだろう…。
セイは傘を持つ手に力を込めると一歩踏み出そうとした…でも、もう一歩がいつまでも出せないでいた。
ここでまた助けるだけでいいんだろうか…?
それじゃあいつまでたってもこの関係は終わらない…でも放っておくわけにもいかない…。
良い先輩でいるのと恋人の権利。どちらが私は欲しいのだろう…そんなの分かりきっている。
欲しいのは恋人の権利。先輩でも友人でもなくて、ただ愛し愛される関係だ。
でも一方では友人のままでもいいか、とも思う。
心の中の二つの気持ちはどんどん大きくなっていくけれど、いつまでたっても平行線のまま交わる事はない。
ずぶ濡れのユミは泣いているのか寒いのか、小さく震えていた・・・。
「祐巳ちゃん」
セイはユミの後ろから傘をそっとユミの頭上まで持っていく。
「私の友達がね、この近くに一人いるんだ、って。ちょっと寄ってらっしゃい、って言っているんだ」
セイが首で門の方を指すと、ユミもそれに習って門の方に目をやった。
門の所には茶色の大きな傘を差した人がこちらに向かって傘を上下に動かしている。
「でも」
「このままじゃ、祐巳ちゃん風邪ひいちゃうよ。それにその姿でバス2本乗り継いで帰るの、きつくない?」
セイはユミの姿に目をやると寂しそうに笑った。
「・・・・・・・・」
「彼女が私にそうしないかって言ったんだから、気にしなくていいよ」
…結局私は良い先輩を選ぶんだな…このまま…。
今、付け入る隙なんていくなでもあると思う。
祥子なんて止めて私にしなよ、って言ってしまっても良かったかもしれない…。
でも…そんな一時的な感情に惑わされて愛されても、結局虚しいだけなのだとセイは知っていた。
それに友人のままなら一生壊れる事はない…この手さえ離さなければ…。
セイはユミの手を引っ張ると立ち上がらせた。
「お気遣いありがとうございます。でも、私の事は・・・」
ユミは立ち上がると、フイとセイに背中を向け泥がついてジャリジャリの傘を開こうとした。
「どうしても嫌なら、私、祐巳ちゃんの家までついていくからね」
セイはそんなユミの後姿を冷たい眼差しで見つめながらそう言った…。
こんなになってまでサチコを想うのが許せなかった…それを一人で背負い込むのも許せなかった…。
一度頼ったのなら最後まで頼ってほしい。途中で投げ出さずにその間だけでいいから自分を見ていてほしかった。
こんなにもユミの事を想っている自分に、気づいてほしかったのだ。
「えっ!?」
案の定ユミの瞳は大きく開かれたままこちらを見ている。
「当たり前でしょ。ちゃんと帰れるか、心配で仕方ないもの。お家の方にだって、事情を説明しなきゃならないし」
「・・・・・」
ユミはセイの顔をその時ようやくまともに見る事が出来た・・・。
その声音から、本当にユミの心配をしてくれている事がわかる・・・。
いつだって見てくれていたセイ。それに気づかなかったユミ。
今までは罪悪感が目隠しをして見えなかったセイの気遣いが心の底から分かる…。
そして、自分はなんて盲目的だったのか、と思い知った。
よく考えればこの人を好きにならない訳がなかったのに…と。
ユミがじっとセイの顔を見つめていると門の所に立っていた茶色い傘の人が近づいてきた。
「佐藤さん、話ついた?」
茶色い傘の人はそう言ってユミの方へ目をやるとニコリともせずに呟く。
「えっと、祐巳さん・・・だっけ?遠慮しなくていいのよ。一人暮らしで狭い下宿だけど」
「あの・・・」
「バス停二つ分くらい歩くの平気よね?」
「は、はい」
「じゃ、行きましょうか」
「えっ!?」
ユミは目を白黒させながら茶色い傘の人を目で追ったが、茶色い傘はどんどん先に歩いて行ってしまう…。
「さ、行くよ」
まだ呆然としているユミの傘を、セイは取り上げると見事な手つきでそれを開いた。
本当は一つの傘に入っても良かったのかもしれないけれど、道は狭いし危ない。
・・・とゆうのは建前で、本当はこれ以上ユミに近づきたくなかった。
一度触れてしまって、また心のブレーキがかからなくなってしまうのが怖かったから…。
…この距離が、きっとちょうどいいんだ…。
セイは心の中でそう呟くと開いた傘をユミに手渡し、小さく笑った。
「ほら、後に続く。見世物になりたいの?」
セイの言葉にユミはハッと顔をあげると回りを見渡した。
すると、バス停や校門付近にいる生徒達の何人かがこちらを訝しげに眺めている。
そりゃそうだ。仮にも紅薔薇のつぼみが校門を出てすぐの所でずぶ濡れになっていたら、誰だって注目するだろう。
セイはユミが差し出した傘をしっかりと握った事を確認すると、手を離し言った。
「ね、祐巳ちゃん」
ほんの少しだけ触れた手は、まるで全神経がそこに集まったみたいに熱くなる…。
セイは触れた手を確認するように握り締めると、そのままそっとジーンズのポケットにしまった…。
歯止めの利かない想いと、相反する気持ちも一緒に・・・。
「・・・・はい」
ユミは先を歩くセイのポケットの辺を見つめると小さく呟き歩き出した。
一瞬だけ触れたセイの手はとても暖かくて、まるでぬるま湯に浸かっているような安心感…。
ユミはポケットの中にしまわれてしまったセイの手に、もう一度触れたかった…。
…そう願うと、不思議な事にユミの脳の奥に何か甘いモノが疼いた…。
良くみせたいのも、優しくするのもキミだけが特別だから。
近づきたくても近づけないのは、キミに拒否されるのが怖いから。
だから私を見てほしいなんて、そんなのただのわがままだ。
でも、気づいてほしい…私だけを見ていてほしい…。
例えばそれが、全てただのエゴでしかなくても…。