大切なモノをとられた…。

大切な人をとられた…。

・・・笑って許せるほど…私は大人じゃない。



「祥子お姉さま!」

静まり返った部屋の中…ノックもなしに入ってきたトウコの声がやたらと響いた。

トウコはそのままサチコに駆け寄ると、何やらコソコソと耳打ちしている。

そんなにも私に聞かれると困るのなら、わざわざここでしなければいいじゃない、とユミは思った。

ユミにとっては大事な話をしていたのに、そこに土足で入り込んでくるトウコが許せなかった…。

心が狭いと言われてもかまわない…ここで諦めてしまったら・・・終わりだ・・・。

「お姉さま。まだ、話が途中です」

薔薇の館をトウコと共に出て行こうとするサチコをユミは呼び止めた。

どんな理由があって、急いでいるのかは知らない。誰も教えてくれないんだから知るわけがない。

「祐巳・・・」

サチコはトウコに階段の下で待つように、と言うとゆっくりユミの方に向き直った。

「今は予定がたたないから、あなたと約束することはできないの」

「じゃあ、いつだったら」

「それはわからないわ」

サチコは申し訳なさそうに俯くと呟いた。

「お姉さま」

いつ、と決めてくれなくて良かった…来年でもいい…いつか必ず果たしてくれるのなら…それで良かった…。

ユミは思わず零れ落ちそうになる涙をぐっと堪える。

「聞き分けてちょうだい」

…仕方がないのよ…今は約束できない…。

サチコは苦しい心にまるで言い聞かせるみたいに言った。

そう言う事がユミの為だと思ったのだ…が…。

「行かないで、お姉さま」

お願いしてみても、わがままを言っても駄目だった…サチコはフイと背を向けて歩き出してしまった。

・・・あぁ・・・もう、終わりなんだ・・・

心のどこかでそんな考えがよぎる・・・。

「紅薔薇様ー」

今、一番聴きたくない声・・・ユミからサチコを連れ去ってしまう存在・・・。

サチコはゆっくりと、しかし確実に扉の方へ歩いてゆく。

「私より瞳子ちゃんの方を選ぶんですね!」

・・・言ってしまった・・・。

でも、本気でそう思った。そりゃそうだ。小さな頃からサチコの傍にいたのだから、敵うはずが無い・・・。

・・・勝てるわけがない・・・。

「・・・・・怒るわよ」

サチコは今まで見せた事もない強い表情で呟く。

・・・どうして・・・選ぶだなんて思ってないのに・・・何故なの?

サチコの中で困惑と怒りが渦を巻くように広がってゆく・・・。

ユミ以外を選ぶなんてありえない。ただどうしても言えない事情がある。

その事でユミにこんな風に思わせてしまった・・・。

・・・私は姉失格かしらね・・・。

サチコは心の中でそう呟くと足早にトウコの元へと向かった・・・。



・・・そして、この事をずっと後になってとても深く後悔する事になる・・・。


「怒るわよ・・・だって」

サチコの言った一言に、ユミは思わず笑ってしまった。

怒りたければ怒ればいい。

その方がスッキリするし、バカみたいに甘いチョコレートを食べてる気分にもならずにすむ。

最近のサチコはずっとやたらに甘いばかりだったから、怒られて苦いぐらいの方がかえってシャキっとする…。

不思議と涙は出ない・・・どうでも言い訳ではないけれど、そんなにもショックではない。

何故だろう・・・今、無性にセイに会いたかった・・・。

いつものように、ジャレついて…甘い声で名前を呼んでほしい・・・。

困ったように笑って・・・意地悪な顔で微笑んで・・・・・・優しく抱きしめて・・・。

でも、そんな事叶わない。あの人はもう卒業してしまった・・・。

もう、助けに来てはくれないのだ・・・。

最初は何?この人、って思った。でも付き合ってゆくうちに、なんだかスルメのように味が出てきて。

尊敬できる先輩から、大好きな友人へとユミの中でその存在は変わっていった。

ある意味、大好きなお姉さまよりも近い存在かもしれない、と思ったほどだ。

今日のようにサチコとの関係に絶望しても、立っていられるのは何故だろう・・・。

以前なら、きっと泣いてた。なのに何故今こんなに余裕があるのだろう・・・。


帰り道、セイに会った。

なんとなく、この人に会えるような気がしていた・・・。いつでもピンチには必ず現れるユミのスーパーマン・・・。

一緒にいるだけで、胸が高鳴る・・・サチコへのドキドキとはまた違う不思議な感情。

その仕草一つ一つが鮮明に脳裏に焼きついてゆく・・・。


土曜日・・・とても大切な傘を誰かに取られてしまった・・・。

おじいちゃんに買ってもらった大事な大事な傘だった・・・。

傘には沢山の思い出が詰まってて、その一つ一つは色あせることなくユミと、傘の中に刻み込まれていたのに・・・。

傘とサチコ…大事にしているものはどうして失くす時こんなにも容易いのだろう。

ほんの少し目を離した拍子に無くなって、初めからそんなもの無かったみたいに錯角する。

「祐巳ちゃん!?」

ずぶ濡れで帰ってきて、玄関で大声を張り上げて泣くユミに、福沢一家は何事か!?と集合してきた。

「・・・・・人の物、勝手に持っていかないでよ」

握りこぶしを振り上げて勢いまかせに床をドンと叩く。

傘とサチコがユミの中で重なって、どうしようもなく涙が溢れてくる。

サチコは物じゃない。だからユミの物なんかじゃない。それは分かってる。

でも大事にしてた。とても大事に・・・なのに・・・何故?

一体何の罰を私は受けたのだろう・・・。

それとも、これは成るべくして成ったとゆうのだろうか・・・。

すべてが運命なのだ、と、誰かが言っていた。この世にムダな事など一つもないのだ、と。

じゃあ、これは?これもどこかの未来へと繋がっているの?


『心の中のもの、ぶちまけてもいいよ』


セイの優しい、そして冷たい笑顔が脳裏をよぎる・・・。

こんなにも汚い想いはあのガラスのような人を傷つけてしまいそうで、言えない。

セイに話す事で、自分がもっと汚れてしまいそうで・・・。

・・・結局、自分。守る事に徹して他の誰も思いやれない・・・。

もう、イヤ!!こんな想いをするのはもう・・・イヤ・・・。

「私の大切な物、盗らないでよ」

・・・最後の台詞は自分への戒め。醜い自分はこれで終わりにしたかった・・・。




大事な人がいます。

その人の事を、私はとても好きです。

でも、その人には私じゃなくてもいいのかもしれない、とも思うのです。

大切な人がいます。

その人の事も、とても好きです。

でも、その人の真意はいつも上手くかわされて、私にはわからないのです。

・・・どちらもとても好きなんです・・・。

どちらが欠けても、私はきっと私ではなくなるでしょう。





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