果たされない約束は、一体いつまで引きずる事になるんだろう?
それとももう、実現されないのかな・・・。
ユミは心の中にあるセイの顔を振り払うように頭を振ると、明後日の遊園地の事を決める為にサチコを探し始めた。
途中、ヨシノとツタコに会いしばらく話しをして、またサチコを探す。
下駄箱にはまだ下靴が置いてある…とゆう事は間違いなく校舎の中には居る訳だ。
ユミは足早に三年生の教室を目指す。
逸る気持ちを抑えつつサチコの元を目指すユミは、まるで恋人と待ち合わせをしているみたいな自分に頬を染めた。
頭が良くて美しくてほんの少しヒステリックな恋人…そして何よりも大好きなお姉さま。
大好きとゆうフレーズで頭に浮かんでくるもう一人の人物・・・サトウセイ。
…セイは?いつでも一番に助けてくれるし、とても頼りになる。
ユミの事をユミ以上に理解しているのではないか?と疑いたくなる程ユミの異変には敏感な人。
そしてサチコに負けない程の美貌の持ち主で…大切な…先輩…?
ユミの頭の中に一つの疑問符が浮かぶ。果たしてセイをただの先輩で括ってしまえるのか?と。
先輩と言うほど遠くはなくて、友人とゆう程他人でもない。
じゃあセイはユミの中で一体どうゆう存在なのだろう…。
一体いつからこんなにもセイの事を考えて過ごすようになったのだろう…。
セイの事を思い出すだけで、胸が焦げてしまいそうな程熱くなる。
・・・あれこれ考えているうちにサチコの教室に差し掛かったユミは、聞き覚えのある話し声にふと足を止めた。
後姿だけでもすぐに分かる。決して間違えたりはしない・・・。
「お姉・・・・・」
呼びかけようとして思わず口をつぐむ。サチコと話をしている少女の姿が、やけにくっきりと目に飛び込んできたのだ。
マツダイラトウコ…自称女優の彼女は左右に見事な縦ロールをくっつけて甘えたようにサチコと話をしている。
「ね、いいでしょ?祥子お姉さまのお邪魔は、決してしませんから」
「だめよ。遊びじゃないんだから」
「瞳子は、一緒にドライブできるだけで嬉しいもの」
「困るわ」
「いい子にしてますからぁ」
2人の会話の意図はユミには全く分からない・・・それでも何か胸の中がザワザワと騒いで、もう冷静ではいられなかった。
その後も、もう全く覚えていない…ただ我に返った時には明後日の遊園地もキャンセルになっていて、
何故かトウコとサチコの後姿を見つめながら歩いていた…とゆう事実だけだった…。
・・・今すごく幸せでしょ?・・・
ヨシノの言った一言が頭の中を駆け巡る…あの時私はなんて答えた?
ユミはそれすら思い出せなくなっていた・・・。
6月。
あれほど、次こそは!と言っていたのに、どうして・・・?
「わかりました」
『ごめんなさいね。・・・・じゃ』
今日は行けると思ってた。事前に何も言われなかったから・・・でも心の隅っこの方ではやっぱり、とも思う。
どうして?とか誰かと会うの?とか私よりも大事?とか・・・聞きたい事は沢山ある。
いっそ、そうやって嫌われてしまっても聞いた方がスッキリするかもしれない・・・。
・・・でもユミには聞けなかった・・・。
『祐巳は、聞き分けがいい妹で助かるわ』
あの一言が心にカベを作ってしまっていたから。
ユウキが心配して声をかけてくれるが、誰にも会いたくなかった・・・。
会ってもどうすればいいのかわからないし、解決される事でもなかったから。
次の日のお昼、薔薇の館の前でトウコに会った。
ほんの少し遅れてサチコがやって来た。
「あら、瞳子ちゃん?」
「紅薔薇様、これ」
「ああ。わざわざ持ってきてくれたの。ありがとう」
・・・・・どうゆう事?トウコは何故かサチコの時計を持っていた・・・。
どうしてそれをあなたが持っているの?ねえ!答えてよ!!
肩に掴みかかって聞いてしまいたい・・・でも・・・。
・・・聞けなかった・・・。
2人の会話から推察すると、その時計は何らかの形でサチコがどこかに忘れたもので、
そこにはトウコも一緒に居たとゆう事になる・・・。
確かに土曜日にその時計をサチコがはめていたから、ユミとの約束を破って二人は一緒にいたのだろうか?
ユミの中でなにかが、静かに静かに…でも確実に何かが大きくなってゆく・・・。
「祐巳、昨日はごめんなさいね」
サチコの申し訳なさそうな顔・・・でもその気まずそうな表情は明らかに何かを隠している・・・そう、ユミにはとれた。
「・・・・・いえ」
ユミはそう言うのがやっとで、後からやってきたヨシノと共に薔薇の館へと入っていった・・・。
本心が言い合えない姉妹なんて、ただの他人にすぎない。
そんな事なら初めから全くの他人で、約束なんて無かった方がマシだった。
果たされない約束など、一体なんの意味があるとゆうのか・・・。
それでも、約束さえあれば、その日までは期待していられる・・・。
約束さえなくなってしまったら・・・本当に他人になってしまう・・・。
そう、思ったのは金曜日。
ノリコとシマコが薔薇の館を後にした直後の事だった。
「次の約束をください、お姉さま」
そう切り出したユミに、サチコは明らかに困ったような顔をする。
「次?」
「一緒に遊園地へ行ってくださるって、そうおっしゃったじゃないですか」
「約束はできないわ。また反古にしてしまうかもしれないもの」
「それでも」
ユミは声を荒げて困っているサチコに本音をぶつけた。
「約束をもらえれば、その日まで安心していられますから」
・・・そう、安心していられるから・・・。
たった一つの繋がりの約束さえなくなってしまったら、この先どうやってサチコの妹で居られるのかわからなかったのだ。
果たされない約束・・・そんなものでも今のユミにはとても重要なものに思えたのだ・・・。
「駄目になってもいいんです。約束をしてもらえたなら、その日までは私・・・」
「祐巳・・・」
面と向かってユミがサチコにこんな風に言うのはこれが初めてだった・・・。
スールになってまだ日も浅いけれど、今までのユミはとても聞き分けが良かった。
なのに・・・何故?
サチコは驚いた顔のままユミを見つめる・・・ユミもまた、意を決したようにサチコを見つめていた・・・。
シンと静まり返った部屋の中、いっそう強まった雨音だけがだんだんと強くなっていた・・・。
約束がいらないのは他人だけ。
大事な人だからこそ、約束がほしいと願うのは、
そんなにも罪深い事でしょうか?
・・・それがたとえ、果たされなかったとしても・・・