誰にも縛られたくない…。
でも、キミとなら繋がっていたい。
大学生ともなれば高校の時とは勝手が全く違う事に気づいたのは割と最近。
せっかく親しい人が出来ても講義が違えばクラスも違ってしまうのは常識な訳で…。
そうしたらやっぱり連絡取る時とかすごく困るからって、言われて買ったのが携帯電話…。
でも使うつもりなんて端からなかった。だって誰にも邪魔されたくなかったから…。
「とゆう訳で、使い方が全く分からないんだよね」
「…どうゆう訳なのかさっぱりなんですけど…」
帰り道、バス停でバスを待ってたら突然そんな風に話掛けられた。
いつものように抱きつかれはしなかったものの、あまりにも唐突な話の切り出し方にユミは眩暈すら覚えてしまう。
「いやぁ〜携帯電話ってヤツを買ったはいいけど使い方がわからなくてさ」
セイはそう言って鞄の中から卵の様なキラキラした携帯電話を取り出し、ユミに手渡す。
ユミはそれを、わぁ、などと言って嬉しそうにしげしげと見つめている。
「だから使い方教えて?」
「…説明書とかあったんじゃないんですか?」
「…んーあったけど…分厚くてさ」
セイはえへへ、と笑うとどれぐらい分厚かったのかを指で示した。
「・・・分厚いって・・・でも分からないんでしょう?だったら読むしかないじゃないですか」
「まぁそうなんだけど・・・ほら!時間とかなくてさ!」
セイは携帯電話をユミから返してもらうと中を開き何やらポチポチと押している・・・。
「・・・めんどくさかったんですか・・・」
お、するどい。
セイは苦笑いしつつ携帯電話を閉じると鞄の中に直した。
「ちぇっ、やっぱり駄目か…祐巳ちゃんなら教えてくれるかな、って思ったのにな」
そう言ってションボリと落ち込んだように見せるとユミは決まってこう言うのをセイは知っていた。
「・・・しょうがないですねぇ。でも私もわかりませんよ?」
ほら、やっぱり。あまりにも予想通りのユミの反応にセイの頬は思わず緩んでしまう。
「うん。いい、いい。三人寄れば文殊の知恵ってゆうじゃない」
「・・・2人しか居ませんよ・・・」
ユミの虚しい突っ込みを聞いているのかいないのかセイは上機嫌でユミの手を引っ張った。
「じゃあ薔薇の館でしようか」
「・・・はい」
ユミはガックリと頭を垂れるとセイと2人で元来た道を引き返して薔薇の館へと足を運んだ。
あそこなら誰にも邪魔されずにユミと2人きりになれる…そう思ったから…。
久しぶりに会うユミはほんの少しだけ髪が伸びたように思う…。
相変わらずツインテールなのは、もうトレードマークみたいなモノだ。
ほんの少しだけセイと距離を開けてついてくるユミは、一体セイの事をどう思っているんだろう…。
この距離が心の距離だとしたら、あと10センチ…たった10センチがとてつもなく遠くに感じる…。
繋いだ手も後ろから聞こえる足音も、全部自分のモノになればいいのに…。
いや、いっそ自分がユミのモノになれればいい・・・。
セイはそう思いながら歩調を少し速めた。
「はっ、早いですよ・・・」
ユミが必死になってついてくるのをセイは肩越しに感じながら、それでも歩調を緩めなかった。
自分だけについてくるのだ、とただ確信したかったのかもしれない、たとえそこになんの気持ちも無かったとしても・・・。
2人は薔薇の館に到着すると早々に携帯電話をいじくりだした。
「祐巳ちゃ〜ん、ミルクティーでいい?」
セイは携帯電話をユミに手渡すと席を立って言う。
「へ?あっ!いいですよ私がやりますから!!」
「いいって。連れてきたのは私だし。これぐらいやらせてよ」
「あっ、ありがとうございます!」
セイの台詞に、一度立ち上がったユミはもう一度席につき直しまた携帯電話を触り始める。
一心不乱に携帯電話と格闘するユミの表情は、なんだか新しいおもちゃを手に入れた子供の様に輝いている。
「あっ!カメラだ!!・・・えいっ!」
ピロリ〜ン。なんとも間の抜けた音が薔薇の館に響く・・・。
「・・・私を撮ってどうするの・・・」
セイは呆れたようにユミの前にミルクティーを置くと向かい側に腰を下ろした。
「いえ、待ちうけ画面にしようかと・・・」
自分の顔を?待受け画面に??冗談じゃない!!
セイはユミから携帯電話を無言で没収すると今度はユミの方にカメラを向ける。
そして・・・ピロリ〜ン。
「あっ!何するんですか!?」
「これでおあいこでしょ?さて、カメラの使い方は分かったよ。
他のがね…メールとかさ…いろいろあるんでしょ?最近のやつは」
セイはまるで年寄りみたいな口調でコーヒーを一口すすると、はぁ、とため息をついて電話をユミの方に放り投げた。
「後はまかせた。私案外機械弱いんだ」
「えーー?一緒に考えるんじゃないんですか??・・・もう!」
でも、なんだか嬉しい・・・そんな風に感じてしまったのは何故だろう・・・。
他の誰に頼られるよりも、セイに頼られると胸のあたりがキュッとなってなんだかむずがゆくなる・・・。
ユミは携帯電話のボタンをあっちこっち押して設定やらアドレスやらを変えてみるが、なかなか上手く扱えない。
何分にも携帯電話なるモノを実際扱うのはセイと同じで初めてに近いのだ。無理もない。
「どう?わかりそう?」
「・・・どうでしょう・・・あっ、画面変わりましたよ!」
「おー頼もしいねえ」
にっこりと微笑みながら拍手をするセイは、すでに自分でやる気すらナイらしい・・・。
それでも順序よくやっていくと一つ一つ解決してゆくもので、
あーでもない、こーでもないと言いながらどうにかメールの設定を済ませる事に成功した。
「出来ましたよ!これでメール打てますね!!」
ユミが自信満々に電話をセイに手渡すとあれやこれやと説明を始める。
「・・・ほー・・・なるほど・・・で?ここを押せばいいわけ?」
セイは真ん中のボタンを指差すとユミに尋ねた。
実際に押してみても宛先が入っていないのだからどこにもいかないのだが、それでもセイはボタンを嬉しそうに押してみせる。
「ええ、多分そうだと思いますよ・・・それにしてもどうしていきなり携帯電話買ったんです?
確か前に言ってましたよね、私はあんなモノいらないって」
ユミの問いにセイは考える仕草をすると言った。
「んーなんかさ…必要になったんだよね、どうしてもさ」
そう、大学生にもなるといろいろと連絡を取らないといけない事が多くなったのは事実だ。
それともう一つ。
「…それにコレがあると直接私につながるからね」
セイはそう言って携帯電話を人差し指で突付いて見せた。
「・・・はい?」
ユミは意味がわからない、と言った感じで首を傾げている・・・。
「だから、コレに掛ければ私にすぐに繋がるでしょ?だから買ったの。誰にも邪魔されずに済むからさ」
「でも、それがイヤだって言ってませんでした?」
「うん。でもよくよく考えてみるとそんなに悪いモノでもないかな、と思ってさ」
最初はそんな風に考えてた…でも例えばキミが何か辛い時はここに電話を掛けてこれたら素敵だと思ったんだ…。
「・・・そんなものですかね・・・」
「そんなものだよ」
セイはユミの呆れたような顔を見てにっこり笑うとその頬を突付く。
「だからさ、祐巳ちゃんも気兼ねなく掛けてくれて構わないからね。いつだって私はそこにいるからさ」
セイはそう言って銀色の卵のような携帯電話をユミに向けると、シャッターを切った。
あまりにも突然の事にユミは思わず反射的に目をつぶってしまったのは言うまでもない・・・。
「あっ、また!!ズルイですよ!!もし私が携帯電話買ったら一番に撮らせてもらいますからね!!!」
「いいよ〜いくらでもどうぞ?その代わりちゃんと番号教えてね、あとアドレスも」
セイはユミの顔を意地悪い笑みを浮かべて見つめる。
「そりゃあ…教えますよ・・・・・・でも………ちゃんとメールとかして下さいよ?」
自分でもどうしてこんな事言ったのかわからない・・・でも妙に胸が熱くなっているのだけは・・・分かる・・・。
「・・・もちろん。祐巳ちゃんがお望みなら毎日でもしようか?」
…うわっ…どうしよう…まさかそんな風に言われるなんて思ってもみなかった…。
セイは右手で顔を隠すと照れ隠しでそう言ってみせた。しかしユミも何故か顔が赤い・・・。
「…いえ…毎日はいいですよ…」
「…うん…そうだね…」
なんとなく空気が恥ずかしい…それはどうやらユミも感じているようで、さっきからセイと目を合わせようとしない。
…ほんの少しだけ距離が縮まったような…そんな気がした…。
薔薇の館を出てバスに乗って…分かれる間際まで結局2人は気まずい雰囲気のままだった。
「えっと…それじゃあ・・・ごきげんよう」
「あっ、はい!ごきげんよう…」
2人はそう言ってお互い反対方向へと歩き出す・・・。セイが立ち止まって振り返ると、ちょうどユミもこちらを向いている。
セイが手を挙げると、ユミはお辞儀を一つして駆け足でその場から去ってしまった・・・。
セイはユミの姿が見えなくなったのを確認すると、
携帯電話を取り出してアドレス帳を開き着信画面の設定をすると呟いた…。
「…本当はね…私、結構機械強いんだ…ごめんね、祐巳ちゃん」
そう言ってセイはユミの写真をユミの家の電話番号の所に設定すると携帯電話を閉じて、鞄にしまう。
「・・・ちゃんと繋がれるかな・・・」
いつ掛かってくるかもわからない電話を待つのは…なんだかドッキリの仕掛けられた箱の様に思えた・・・。
いつだって繋がってられるならそんなに悪くない。
でもそれはキミとだけ。
いつだって縛られているのもそんなに悪くない。
でもそれはキミにだけ。