今まで起きた事全ては、きっと偶然じゃなくて必然。
失ったものも多いけれど手にしたものの方がきっと多い・・・。
背中に感じる暖かさも胸の中の熱も一生消えることのない一頁。
両手から溢れ出しそうな大切なモノ全てを、
私はこれからもずっと守り続けると・・・誓うよ・・・。
「んっ…んぅ…?」
「あっ、起きた?祐巳ちゃん」
ユミは目をゴシ、とこするとうっすら目を開けた。すでに辺りは真っ暗で街灯だけが道を明るく照らしている…。
「…しぇーしゃまぁ…?」
まだ酔いが醒めないのか、それともただ寝ぼけているのか…セイは苦笑いする。
「んー?」
「お月しゃまきれいれすね〜…」
「うん、きれいだね…」
ユミはぼんやりとする意識の中で空を見上げ指差すと言った。
セイもユミを背中から落っことさないように月を見上げる。
満月まではまだとどかない少しだけ欠けた月は、まるで今の自分達みたいだ。
完全ではなくてほんの少し足りない…でもその距離感がちょうどいいとも思う。
完全になってしまえば、後は欠けてゆくのみなのだから。
「しぇいさま〜私、自分れ歩くれすよ〜おもいれしょ〜?」
ユミはそう言うとセイの背中でもぞもぞと身じろぎする。
「そお?じゃあ降ろすよ?」
「はい〜」
セイは支えていた腕を解きユミを下に降ろすと、その危なっかしい足元に目をやった。
フラフラとあっちに行ったりこっちへ来たりを繰り返すユミの足はどうやらまだ酔っ払っているらしい…。
「ほら、危ないよ!」
セイはそう言ってユミに手を差し出し、その小さな手をしっかりと掴む。
「…しぇいしゃまは〜大きくなったら何になるんれすか〜?」
…大きくなったらって…多分卒業したらって意味なんだろうな…きっと…。
セイはクスリと小さく笑うと月を見上げた。
「そうねぇ〜…先生にでもなろうかな…」
「しぇんしぇい〜?何のれす?」
「そりゃ君、学校のに決まってるじゃない。医者にでもなると思った?」
そんなバカな!とセイはユミのおでこを軽くこづくと笑った。
ユミはこづかれたおでこを抑えながら、むー、っとふくれている。
そんな様子がまた可愛くてついつい意地悪したくなってしまうのはきっとセイの悪い癖だろう…。
「学校の先生になったら出来ればリリアンで教えたいなぁ…。
って、私はいつまでもあそこから抜け出せないのかな…」
セイは俯いてそんな風に言うと、情けないね、と呟いた。
「えぇ〜?抜け出せないんじゃないれすよ…好きだかられしょ?リリアンが…」
ユミの何気なく言った一言にセイは思わず顔を上げてユミの顔をじっと見つめた。
「・・・好き・・・?」
…そうかもしれない…。
セイの人生の中で大きなモノを奪いもしたけれど、それに引き換え大きなモノを手に入れた場所…。
今まで生きてきた中で一番濃厚だった3年間をきっとこれからも忘れる事なんてないだろう。
外の世界へ出るのも一度は考えたけれど、
どんなに考えても自分にはあのキレイで切ない世界が合っている様な気がする…。
醜い自分の心はあの場所でないと浄化出来ない様な気がするのだ…。
「そうれすよ〜好きなんれすよ。せいしゃまにはあそこがとても良く似合ってますよ〜?」
「そうかな…私には似合わないよ…あんなにキレイな所は…」
「…しぇいさまはキレイれすよ…心が…とても…だからこそ皆心配とかしてくれるんれす。
だから皆あなたが好きなんれす…私もせいさまのそんな所…すごく好きですよ…」
「………」
自分は嫌いな弱い所を…ユミは好きだと言う・・・それに皆も・・・。
すると不思議な事に、そんな自分も好きになりたいなんて思ってしまう自分が居る事に突然気づいた。
・・・本当に?ねえ、本当に好きになっても・・・いいのかな・・・。
…もう一人の自分が心の中で呟く…。
「どうしました〜?」
ユミは月を見上げながら立ち止まってしまったセイの腕に自分の腕を絡める。
「…不思議だよね、キミが言うと本当にそうなのかもしれないって思えるんだから…。
…祐巳ちゃんが言うと何にだってなれそうな気がするよ…」
セイはそう呟くとユミを見て笑う。
…そして…月明かりの下ユミの背丈に合うようにそっと屈むと、
まだお酒のせいで熱を持ったユミの唇に甘いキスを落とした…。
…また一つ、自分が好きになれそうな気がした夜…隣に居たのがキミで本当に良かった…。
「・・・」
「・・・」
言葉は無くても何を思ってるのか分かり合える、そんな恋愛をずっとしたかった。
たとえば離れ離れになってしまっても心で繋がっていられるような・・・そんな関係・・・。
自分の事を理解してくれなくてもいい、分からなくたっていい、ただ傍に居て…ずっと笑ってて…。
「聖様!あれは?」
「あれはオリオン座」
「じゃあ、あれは??」
「あれは・・・どれ??」
ユミが指差した先を見てみてもどれの事を言ってるのかわからない…。
「あれですよ!あのちっさいの!!」
セイがもう一度ユミの指差した先を見ると、月のすぐ横に微かに輝く小さな星が見えた。
「・・・あんなのわかんないよ・・・」
セイが苦笑いしながらそう言うと、ユミは少しだけ顔の方角を変えてセイの顔を見つめ呟く。
「・・・なんだかあの星・・・聖様みたい・・・」
月のすぐ傍で青白く光る小さな星…。
「・・・本当だね」
まだ若いその星は青い炎をまとって、月の光のすぐ横でまるでナイトみたいに輝いている…。
「小さく見えても本当は月よりも全然大きいんでしょうね?」
「・・・そうかもね・・・でも決して自分一人では光れないんだよ・・・」
「・・・・・・」
セイがそう言うとユミはションボリと俯いてしまった。
「違う違う!別にそうゆう意味で言ったんじゃないよ!ただ…私はあれでいいかな、って思っただけ。
いつでも月と太陽の傍にいて本当は大きいのかもしれないけど、自分では輝けないのかもしれないけど、
それでも月や太陽や周りの星達にだけその存在を気づいてもらえればいいな、って・・・」
そう、大切な人達にだけ見ていてもらえればいい。そんな存在で私はいいんだ・・・。
セイの言葉と想いがユミに通じたのかどうかはわからないが、
それでもユミの顔を見ると何やら満足げに微笑んでいる。
「・・・そうですよね・・・大切な人達にだけ分かってもらえれば、それで十分幸せですよね・・・」
「うん。無理に大きく見せたってそれが見掛け倒しじゃがっかりするじゃない・・・。
だったらあれぐらいのが私にはちょうどいい」
セイはそう言って絡められた腕を解き、その代わりに指を絡ませ歩き出した。
しばらく他の星を皆に充てて遊んでいたが、やがてユミがポツリと呟いた。
「…聖様…」
「ん?どーした?」
「・・・おんぶ・・・」
「・・・は?・・・」
お、おんぶですと・・・?
見るとユミはゴシゴシと目をこすっている。
「・・・ダメ・・・?」
目を潤ませながらセイの目をじっと見つめるのはもう、なんてゆうか、犯罪的にかわいい・・・。
「・・・・・・」
セイは、はは、と笑ってみせるが、それでもユミはうるうる攻撃を止めようとはしなくて・・・結局・・・。
「・・・いいよ・・・」
・・・こうなるんだな・・・。
セイがユミに背を向けその場にしゃがみこむと、
ユミはうれしそうに、よいしょ、と言ってセイの背中に覆いかぶさった。
「えへへ、らくちんらくちん!」
…何がらくちん…全くもう……でも…こんな風に甘えてくるのは自分しか居ない…。
そう思うと単純にも幸せを感じてしまう・・・。
「聖様、ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして!はしゃぐのはいいけど、落っこちないでよ!?」
「はい!」
ユミは元気に返事をするとセイの肩に顔を置いてニコニコしている…。
きっと猫なら今頃グルグルグルと喉を鳴らしているに違いない。
「そう言えばさ、さっき祐巳ちゃんいつから起きてたの?」
セイがおもむろに尋ねるとユミはピクリと体を震わせた。
「えーと…聖様が私のどこを好き…とかのところらへんから…」
「・・・聞いてたの・・・」
「・・・はい・・・」
・・・そう・・・聞いてたんだ・・・、とセイは呟きガックリと肩を落とす。
別に聞かれても困らないけれど、やっぱりなんとゆうか…ものすごく恥ずかしい!!
セイは体中の熱が顔に集中するのを感じる・・・。
「・・・そうだ!そう言えば祐巳ちゃんの夢って何なの?さっき聞こうと思ってすっかり忘れてたけど…」
「私の・・・ゆめ・・・?」
「うん。なにかあるでしょ?」
「ん?・・・んー・・・」
ユミは何かを思い出すように空を見上げ考えていたが・・・。
「・・・・まの・・・お・・・め・・・さん・・・かな・・・」
「・・・は・・・?何?聞こえないよ」
「んー・・・だからぁ・・・・」
スー・・・。
「・・・もしかして・・・寝ちゃった・・・?」
背中からはリズムの良い寝息が聞こえてくる・・・結局ユミの夢を聞きそびれてしまった…。
セイはため息をつくと顔を上げ、もう一度星を見上げ呟く。
「・・・ま、いっか・・・」
背中には愛しい人と、その人の願いを背負って未来への道を歩き出す・・・。
2人の家まで後少し…月明かりと街灯は2人の影をぴったりと一つに重ねて、長く伸びていた。
朝起きて、キミが隣にいてくれる。
朝食を食べて、おはようのキス。
小さくても庭はあって、そこで3時にお茶をしよう。
私の好きな苦いコーヒーと、キミの好きな甘いミルクティー。
春になったら桜が咲いて、夏になったら蝉が鳴く。
秋には落ち葉で栞を作って、冬は庭に雪だるまをふたつ。
そんな些細な幸せがいつまでも続けばきっと幸せだよ・・・。
そして夜はキミと幸せな眠りにつくんだ・・・。