沢山のモノに背を向けてきた・・・。
その中にはきっと、かけがえのないモノもあったに違いない。
でももう遅い・・・。時間はもう戻らない・・・。
それならば、今両手に持ってるモノだけは大事にしたい・・・。
だから無茶な事だって分かってても言わずにはいられなかった。
君に抱く感情は恋愛では無かったけれど、確かに私は君を愛しているんだって・・・。
・・・知って欲しかった・・・
「シャンとなさい!!」
ヨウコの言葉に胸が熱くなる…。・・・ありがとう・・・。
決して言葉には出さないけれど、いつもそう思ってた。
本当にありがとう…きっとヨウコが居なかったら私はここには居なかった。
きっとこの子にも会わなかった・・・。
セイはユミの頬に出来た涙の後をそっとなぞるり、ヨウコの方に振り返り言った。
「うん。大丈夫だよ…ありがと…」
「・・・」
2人のやりとりをただじっと眺めていたのはエリコだった。
トイレに行くと席を立ったヨウコを追いかけたセイ。そしてその後をじっと眺めていたユミ・・・。
ユミは何も言わず、襖の前に座り込んでセイの帰りをただ待っていた・・・。
ヨウコとセイの間に何があったのかは知らないようだが、それでも何か感じているのには違いないと思う・・・。
「やるせないわね・・・ほんとに・・・」
エリコがボソリと呟くのを聞いてレイが首を傾げた。
「どうかされましたか?お姉さま・・・」
レイの膝の上ではすでにつぶれて眠ってしまったヨシノがいる・・・。
「…あなた達は幸せそうだな、と思ってね…」
この2人の道のりもなかなか険しいモノだったのは知ってる。近すぎるからこそ伝わらない気持ち・・・。
それはきっととても辛かっただろう。
でも今はこうして幸せそうなのだから、あの頃の事はいい思い出だと言えるだろう・・・。
「あの人達が思い出に出来るのはいつかしら…」
エリコはもう一度セイとヨウコとユミの顔を見比べ、少しだけ笑って言った・・・。
「・・・がんばんなさい・・・」
セイとヨウコが戻ってきてから30分…周りを見ると、起きているのは6人だけだった・・・。
まぁ、半分以上は起きているのだから優秀な方だろう・・・。
シマコとヨシノ、それにユミは完全に潰れてしまっている。
結局ユミはあの後セイには何も聞かず、ヨウコに頭をなでなでされているうちに眠ってしまった。
眠ってしまったユミを、セイは抱きかかえるように自分の所に連れてくると、
まるでお気に入りのぬいぐるみを扱うように優しく優しく頭を撫でている…。
「そうだ!聖、あなたに聞きたい事があったんだわ」
エリコは突然思い出したようにポンと手を打ちニーっと薄く笑った。
「な、なに?」
「会ったら是非聞こうと思ってたの」
エリコはそう言ってじりじりとセイの方につめよる・・・。
セイはそんなエリコに何やら不信感を抱いたのかユミを抱きしめたまま後ずさった…。
「あのね…あなた祐巳ちゃんのどこがそんなに気に入ったの…?」
「は?」
「だから!何が決めてだったのか?って聞いてるのよ」
エリコはポカンと口を開けたまま固まっているセイに更に詰め寄った。
「それは私も是非聞きたいですわ、聖様」
「・・・祥子・・・」
セイはそう言って少し考えていたが、やがて口を開いた。
「どこ?って言われてもわからないよ。でも…祐巳ちゃんの言葉を借りるなら全ての感覚で好き…かな」
セイはユミの髪を指に絡めながらそう呟いた。
「…祐巳の全てが好きなんじゃないんですか…?」
サチコは少し怒ったような口調でセイを睨みつける。
「…全て好きって言える程私はまだ祐巳ちゃんの全てを知らないよ…そんなのは死ぬ間際に言えればそれでいい。
でも、何が決めてかって言われたら…勘かな?って思う…だってそうでしょ?
ここに居る皆の事大好きでとても大切だけど、それは恋愛対象じゃない。
でもこの子にだけは私の何かが反応したんだ…とっくに捨てたと思ってた感情がね。
でもそれは私のただの勘でしかないんだ・・・」
「・・・勘・・・ですか・・・」
サチコは聞いて損したとでも言うようにがっくりとうな垂れ、ボソリと呟いた。
「じゃあいつから好きだったの?」
エリコは満面の笑みだ・・・。
まぁでも、ずっと黙っていたんだからこれぐらいの罰は受けなければならないのかも知れない…。
セイは小さくため息をつくとヨウコの顔をうかがった。ここでユミの話をしてもいいものか…そう思ったのだ…。
しかしヨウコはコクリと頷くだけで止めようとはしなかった…。
「いつから…か…多分初めて見た時じゃないかな…祥子が祐巳ちゃんのタイを寝ぼけながら直していたあの日…」
それを聞いて祥子は愕然とした…寝ぼけながらタイを直したのは後にも先にもあの時だけだ…。
そう、運命とも言える初めてユミと出会った日…。
サチコが運命の出会いをしていたちょうどあの時、セイも同じようにユミとの出会いを果たしていたとゆうのか…?
「でもあの時は、好き、とかそんな感情ではなかったよ。ただ…そう苦しかった…な」
セイは天井を見上げると何か思い出したのか優しく目を細める。
「・・・苦しい・・・?」
「そう、まるで花の匂いにむせかえるみたいなそんな感じだった…。
祐巳ちゃんはさ、本当に私の知らない間にゆっくりと私の心を占領していったんだ。
栞の時みたいに突然心を奪われたんじゃなくて、まるで海が満ちるみたいにゆっくりとさ…」
セイは恥ずかしそうに笑ってポリポリと頭をかいている・・・。
ヨウコはそんなセイを見て、あぁ、なるほど、と思った…。
久々にセイを見てキレイになったと思ったのはきっと、太陽を手に入れたからだったのだ。
「・・・あなた・・・太陽を見つけたのね・・・」
ヨウコがポツリと呟くと皆の顔が一斉にこちらを向いた・・・。
「人間にはね、太陽と月と星の3種類の人間がいるのよ・・・。
太陽は自分ひとりでも十分に輝けるけれど、月と星はそうはいかないの…。
誰かに照らしてもらわないと輝けないのよ…でもあなたは今とても輝いて見える…。
それはきっと祐巳ちゃんってゆう太陽を手に入れたからなんだわ…」
ヨウコはそう言うと、机の上に置いてあった水を飲み干した。
まるで気持ちごと飲み干してしまうような勢いで…。
「じゃあ聖は一体なんなの?月と星のどっちよ?」
エリコはセイの顔をじっと見つめ答えをせがむ。
どちらか・・・と言えば月かな・・・ヨウコがそう言おうとしたその時・・・。
「…今の私は…星じゃないかな…。
栞といた時は月だったかもしれないけど…今は太陽の周りばかり回ろうなんて思わないよ。
あの時の私は周りなんて全く目に入らなかった…いや、目に入れようとしなかったんだ…。
だから気づいた時には大事なもの全てを自分の周りから切り放してた。
でも祐巳ちゃんといるとそれをさせてはくれないんだよ。
2人の時間は大切…でも祐巳ちゃんは私だけの太陽じゃない…。
祥子や志摩子にとっても大切な太陽なんだ…もちろん他の皆にとっても。
だから私は自然と周りを見るようになった…そして大事な事やモノを知った…最初は祐巳ちゃんに憧れてたよ…。
あんな風になりたいって心から願った…。
でも私は私でしかないんだ…どんなに頑張っても祐巳ちゃんにはなれない…。
だったらせめて他の大事な星と一緒に私も照らしてもらえれば幸せだと・・・今は思う・・・だから私は星でいたい・・・」
セイはそう言って眠っているユミの頬えお愛しそうにそっと撫でた…。
大事なものに気づかせてくれたのも、大事なものを失くさずに済んだのも…。
全てこの少女が与えてくれたのだと思うと切なくなる…。
本当は鳥かごに入れて閉じ込めてしまいたいと思った事もあった。
でもそれをすると自由な鳥は途端に弱ってしまうだろう。
少しでも一緒に居たいと願うからこそ自由でいてほしいと思う…。
そして自分の所に帰ってきてくれるのなら…なんて幸せだろう…。
セイがユミの頬を撫でるのを切なそうにじっと見つめていたサチコが、セイの目の前に座ると口を開いた。
「聖様、私今日はどうしても言いたい事があるんです…きいてもらえませんか?」
突然のサチコの申し出に、起きていたメンバーはゴクリと息を呑んだ・・・。
セイはサチコの問いに小さく微笑んだだけで何も言わなかった・・・。
私は自由でいたいとは思いません・・・。
全くの自由はかえって辛いから・・・。
どこに帰ればいいのか分からなくなってしまう・・・。
でもね、私にとって帰る場所はたった一つ・・・。
それはあなたの所だけなんですよ・・・。