本当に言いたいのはそんな事じゃないの。
大好きなあなたはとても寂しがりやで、
とても臆病だったからずっと心配だった・・・。
でも、もう心配する事はないみたい・・・。
あなたには素敵な相手が見つかったのだから・・・。
結局シマコの餌食になったのはセイ、ノリコ、ヨシノ、そしてエリコだった。
説教をし終えるとまるで電池が切れたみたいにシマコはピタリと動かなくなり、そのまま眠ってしまった…。
「…なんだか静かになりましたね…」
ノリコはシマコに上着をかけてやると、ポツリとそう呟いた。
「そうだね。しっかし久々に見たなぁ…志摩子のお説教…」
セイは苦笑いしながらシマコの頭を優しく撫でる・・・。
「…私は初めてですが…酔うといつもこんななんですか?」
「そうだねぇ・・・大概はね。でも酔わなくてもたまにお説教されてたけどね、私は」
はは、とビールを飲みながらセイは笑う…。ノリコもつられてふふ、っと笑い言った。
「…志摩子さんの事…好きなんですね…」
「どうしてそー思う?」
「・・・なんとなく・・・志摩子さんが心を許してる感じがするから・・・」
「んー…許している…か。まぁ、そうかもね…でも私達は同志だからさ。姉妹よりも近くて恋人程は
近くない。そんな距離なんだ。志摩子はあんまり心の内を話したがらないけれど、言わなくても理解
してくれる人が志摩子には必要だった。
それは私も同じで……。でも君とは違うんじゃないかな?志摩子の中の君は、もう無くてはならない
存在になってるんだろうと私は思うよ。
私に祐巳ちゃんがいたように志摩子には君がぴったりだ…って…ちょっとおせっかいかな?」
「・・・いえ・・・ありがとうございます」
この時初めて少しだけ佐藤聖を理解出来たような気がした・・・。シマコの姉で、「素敵な人よ」
と言っていたのも頷ける。
なんとゆうか・・・そう、計り知れない人だな・・・とそう思った。セイはシマコをとても大事にしていて、
それは今も変わらなくて、でも恋愛ではなくて友情でもない。
あえて同志と言ったのはそこに何か深い理由があったのだろう・・・。でもそれを覗いてしまうのが
良い事とは思わない。
何故なら自分はシマコと同志になりたい訳ではなかったから…。多分セイもそれを分かってて
あんな風に言ったのだ・・・。
「…それにしても志摩子の寝顔可愛いなぁ〜!ちゅーしちゃおっかな」
セイはそう言ってシマコの頬に唇を寄せようとした。
「ちょっ、何してんですか!?」
ノリコは慌ててシマコとセイの間に手を挟みそれを阻止すると、じょーだんじょーだん!と言って
ヨウコの隣に戻ってしまった。
「・・・やっぱり計り知れない人・・・」
ヨウコの隣に戻ったセイは目の前に置いてあったサラダに手を伸ばし、言った。
「いや〜、まさか江利子までお説教されるとはね!愉快愉快!!」
「・・・何が愉快よ・・・こっちはビックリしたわよ、ほんと」
エリコはお説教されたのが気に食わないのか膨れっ面でビールを飲んでいる。
「まぁまぁ、それにほら…祐巳ちゃんにお酒を飲ませた張本人も分かった事だし…ねえ?」
セイはそう言ってエリコを軽く睨みつけた。
「何言ってんのよ、私が飲ませたからあなたここに来れたんでしょ!?」
「まぁねぇ・・・でも限度ってものがあるよね?何もいきなり15度のを飲まさなくても良かったんじゃない?」
「うっ、・・・それはまあ謝るわ・・・」
「よろしい。まぁ、当の本人は至って機嫌良さそうだけどね」
セイがそう言って向かいでヨシノと談笑しているユミに視線を送った…するとユミはクルリと
こちらを向いてにっこりと笑顔を返してくる。
「せ〜さまっ!」
「な〜に?」
「うふふ…何でもな〜い!!」
「・・・はい・・・?」
そんなユミにセイは困ってるような嬉しいような、そんな複雑な笑顔を浮かべた。
「ラブラブね」
そんな光景を見て、ヨウコは痛くなる胸を押さえると出来る限り笑ってそう呟いた…そして…。
「…ちょっと、お手洗いに行ってくるわ…」
ヨウコはそう言って席を立つと部屋を後にした・・・。
「…私は無神経かな…?」
「どうかしら…仕方がないことだと思うけれど?」
「・・・・・・・ちょっと見てくる・・・・・・・」
セイが席を立つと、エリコはセイの袖をぐいっと引っ張った。
「ええ、そうしてやって。ついでに逃がしてやって、あの子を」
エリコはセイにそう言って袖を離すと切ないわねぇ、と囁いた・・・。
セイがお手洗いの扉を開けると、そこには誰も居なかった。個室も全て開いているのに
どこに行ってしまったのだろう・・・?
すると、少し奥まった所にある化粧ルームから誰かのすすり泣く声が聞こえてきた・・・。
「…蓉子…」
そこへ行ってみると、泣いていたのは案の定ヨウコで、突然背後から現れたセイに驚いている。
「ど、どうしているのよ!?」
「…あのさ…私はまだ蓉子を逃がしてあげられてないのかな?」
突然話し出したセイにヨウコは頭の中が真っ白になってゆくのを感じた…。
あの日、想いを伝えた時は上手い具合にはぐらかされてしまって、肝心の言葉は何一つもらえなかった。
「・・・どうして・・・」
「ん?」
「どうしていっつも何も言ってくれないの!?そうやって私を追い詰めるの止めてよ!!」
「・・・だから今日来たくなかったんだ・・・なんとなく蓉子はまだ・・・」
「そうよ、あなたが好きよ、聖。でも大分思い出に出来てたのよこれでも…。でも…会うと…ダメ…」
ヨウコはそう呟くと両目から溢れる涙を拭う…。
「…じゃあ私はどうすれば良かったの?やっぱり今日は来ない方が良かった?」
「・・・それは違うわ・・・来てくれて嬉しい・・・でもね、会うたびに好きになるのよ・・・
どうすればいいのか自分でも分からないの・・・。ねえ教えて聖、私じゃ何が駄目だったの・・・?」
ヨウコは涙ながらにセイの手を握ると呟く…。
「…どこも駄目なんかじゃないよ…蓉子は完璧だ……欠陥があったのは私の方なんだ…」
「・・・じゃあどうして・・・?」
「…なんて言うか、蓉子は大切なんだ、とても…。でもそれは志摩子や、江利子を想う気持ちに似てるんだ」
「・・・愛情ではないと言う事・・・?」
「愛情は愛情だけど、その中でも種類が違うって事」
「そう・・・じゃあ私にはまるっきり望みはないのね・・・?」
ヨウコがポツリとそう呟くとセイは黙ったまま静かに頷いた。
「・・・わかったわ・・・これでサヨナラなのかしら・・・」
そう思うと無償に悲しくなる…自分から幕を下ろしたくせに…。
涙がまるで今までの分が一気に流れ出るように溢れ出してくる・・・。
「・・・どうしてそうなる訳?望みがなくなったら親友でも居られなくなるの?」
「・・・へ?」
ヨウコが顔を上げるとセイは少しだけ怒ったような顔をしてこちらを見下ろしていた。
「それとも私とこれからも親友でいるのはもう嫌?」
「ちっ、ちがっ!?」
そこまで言ったその時、突然フワリとセイに抱きしめられた・・・。
「これから言う話、虫のいい話だって自分でも思うけど…聞いてくれる?」
セイはヨウコを抱きしめたままそう言うとヨウコが頷いた事を確認してからゆっくりと話し出した。
「私の本はさ、まだ書き始めたばっかりなんだよね。でもさ、この本の中にはこれからも蓉子には登場
してほしいんだ…。それこそ書き終わるまでずっと・・・。ポジションは変わらないかもしれない…。
それでも数少ない私の理解者で、親友で…居てほしいんだ…。だからサヨナラなんて言わないで・・・」
セイはそこまで言うとそっとヨウコを体から離した。ヨウコの涙は驚きのあまり完全に引っ込んで
しまっている…。
「…本当に虫のいい話よね…全く…呆れるわ…」
「うん。わかってる」
はあ、と大きなため息をつくヨウコを見て、セイは憎たらしい程の笑顔で頷いた。
「・・・しょうがないわね・・・もう少し付き合ってあげるわよ・・・」
「うん!ありがとう」
「…ほんっと…バカ…」
これからどうなるのか分からない。
それでも、少しでも近くなりたいと願うのはわがままだろうか・・・?
理想のように見えるあの人達には敵わなくても、
あんなカタチにあなたと近づきたい・・・。