今まで言った出来るだけの事を覚えておきたい。
今までくれた全ての事を覚えておきたい…。
「おはよう。今日だっけね?」
セイは朝一番にユミにそう言うと席につくと、ユミは苦笑いしながら淹れたてのコーヒーを持ってきてくれた。
「ええ。…まだ怒ってるんですか?」
「べっつに」
セイはそう言ってコーヒーを一口すすると、トーストにかじりついた。
「もう!しょうがないでしょ!?前々からずっと決まってた事なんですから!!」
トーストにバターを塗りながらユミは少しだけ声を荒げる。
「…怒ってるんじゃないよ…ただ…祥子も来るんでしょ…?」
セイの問いにユミは一瞬目を丸くしたが、すぐに優しく笑って言う。
「なんだ、妬いてるんですか?それとも心配なんですか?」
「…まぁ、どっちも…」
セイはトーストを齧りながら俯いてゴニョゴニョと呟いた…。
妬いてる…確かにそう。だって結局ユミのお姉さまは今もずっと祥子で、それはきっとこれからも変わらない。
だから祥子にしか見せない顔もあるし、祥子しか知らない事だって沢山ある…。
それはしょうがない事なのだと分かってはいるけれど、どうしても今だに心が追いついてくれないのだ。
祥子は祥子で自分の事をどう思っているのかもわからないし…。
それにいつユミが祥子の所へ戻ってしまうかと思うと内心気が気でないのも事実で・・・。
「聖様?もっと自信もって下さい。私はあなたのなんですか?」
ユミはキッと顔を上げ、セイを軽く睨みつける。
「・・・恋人・・・?」
「そうです。私はあなたの、佐藤聖の恋人なんです・・・だからもっと自信もってください…」
ユミはそう言って身を乗り出しセイの持っていたトーストを、
少しだけ除けるとシュンとしているセイの唇に優しく口付けた…。
「…私は弱いな…かっこ悪い…」
セイは少しだけ笑うと冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「そうですか?弱みを見せられるのは強い事だと思いますけど…。
それに聖様は自分で思うよりもずっと格好良いんですよ?
知りませんでしたか?」
ユミはそれだけ言ってコーヒーのお代わりを淹れに席を立つ。
「・・・」
…うわっ…私多分、今…顔赤いんだろうな……でもさ、祐巳ちゃん、幸せすぎるから不安になったりするんだよ…。
今が幸せな分余計にさ・・・。
「それじゃあ、行ってきますから。多分今日は遅くなると思うんでまた電話しますね?
…それと!私が居なくてもちゃんとしたモノ食べてくださいよ!!」
前にユミがヨシノと食事をしに行った時にセイは作るのが面倒で夕食をカップラーメンで済ました所、
ユミに酷く怒られたことがあった。
なんでもユミが言うにはカップラーメンで済ますのは昼ごはんのみなのだそうだ。
あの時のユミの怒りようはそれはもう凄まじいものだった。
でも今思えばそれほどに普段の食事に気を使っていてくれてたのだと思う…。
毎日何気なく作ってくれているからなかなか気づかなかったが、
本当は毎日管理してくれていたのだとあの時知った。
私はとても愛されているのだと…。
「・・・わかってます・・・その代わりじゃないけどちゃんと電話はしてよ?あんまり遅いようなら迎えに行くから、ね?」
セイはそう言ってユミの肩に顎を乗せもたれかかる。
「はい、でも近所ですから大丈夫だと思いますけどね…」
ユミはセイの体重に少しヨロリとよろけながら苦笑いしている。
「それでもするの!!分かった?約束だからね?」
「分かってますって…それじゃあ行ってきますね」
下駄箱の中からお気に入りのピンクのサンダルを取り出すとユミはセイの方を振り返った。
「はい、いってらっしゃい。気をつけてね」
「はい!聖様も戸締りとかはきちんとして下さいね…あの…本当に来ないんですか?
皆さん来ますよ?…志摩子さんだって…」
にっこりと笑うユミの唇にセイは少しかがんでキスすると小さく手を振る・・・。
「行かないよ…それに志摩子は…多分分かってると思うから…」
セイの言葉にユミはションボリと肩を落とした…そんなユミの頭をセイがそっと撫でると、
ユミは後ろ手でドアを開け、そのままドアの向こうへと消えてしまった・・・。
行ってらっしゃい・・・本当にごめんね・・・でも・・・私は行けない・・・。
リリアンから歩いて15分ぐらいの所にある小さな居酒屋さん…。
今日はそこでもと山百合会の人達だけの同窓会があるのだ…じゃあどうしてセイは来なかったのか…。
それには理由があって一つはユミとの事を根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったから。
もう一つは卒業論文を書くのに忙しいから。
最後の一つは…教えてくれなかった…。
「ごきげんよう、お久しぶりです」
ユミは居酒屋の奥の個室のふすまをそっと開けると、そこには懐かしい顔ぶれがズラリと並んでいた…。
「あ、あれ?もしかして私が最後ですか!?」
「いいえ、最後はやっぱりあの人よ」
そう言ったのは少し…いや、大分大人っぽくなったセイの親友、ヨウコだった…。
一瞬誰か分からない程キレイになっている…。
ヨウコが言ったあの人とは多分セイの事だろう…。
「…聖様…今日は来ないそうです…なんでも卒論が間に合いそうにないからとかなんとか…」
ユミがおずおずと切り出すとヨウコは一瞬表情を曇らせたが、すぐに口の端に笑みを浮かべた。
「…まああの人らしいわよね…変わってなさそうで安心したわ」
「…本当…相変わらずだわね…全く…」
そう言ってため息をついたのはセイのもう一人の親友…エリコだ。この人もその美貌に磨きがかかっている…。
「祐巳、いつまでも立ってないで座りなさい」
「は、はい!!」
サチコはそう言って一つ席を詰めると自分の隣を空け、座布団をポンポンと叩いた。
大好きなサチコは今でもたまに学校で会うし、お昼を一緒にとったりもするが毎日毎日会う度に素敵になってゆく…。
セイに抱く感情とはまた違う想いはユミの中ではまだ健在だった…。
「ねえ祐巳さん!!今日は飲むでしょ?」
「え、え〜?いや、あんまり飲まないよ…由乃さんは…聞くだけ無駄か…」
親友のヨシノとは毎日学校で顔を合わすからこれと言って懐かしいとゆう感じもない…。
しいて言うならこんな場所でもヨシノはヨシノだと…思う。
「…そう、やっぱりお姉さまは来ないのね…」
そう言ってふう、と物憂げにため息をついたのは大事なもう一人の親友のシマコ。
ほんの少し大人っぽくなったシマコは、纏っている雰囲気が何だかとても柔らかくなった…。
「しょうがないよ、志摩子さん。それが分かってたから私を呼んだんでしょ?」
相変わらずクールに状況を分析するのはシマコの妹のノリコ。
この子のおかげでシマコはいい方向に変われたのだろう。
ノリコがシマコの事をとても大事にしているのは誰の目からもあきらかだったから…。
「由乃〜?あんまりはしゃぐとまた後で熱出すよ」
最後はヨシノのお姉さまであるレイ。
ボーイッシュな見た目は更に磨きがかかったとゆう感じで、相変わらず美少年…いや美青年になっている…。
「さて、それじゃあ乾杯しましょうか!!」
ヨウコはそう言って水の入ったグラスを手にした。
「ちょっと、普通は飲み物が来てからするもんなんじゃないの?」
「まあまあお姉さま、固いこと言いっこなしですって」
そう?とエリコは小さく笑うとグラスを手にする。
それに習って他の皆も次々にグラスを持ちなんだか腑に落ちない様子で乾杯の合図を待った。
「それじゃあ、山百合同窓会に乾杯!!」
「「かんぱ〜い!!」」
ユミはグルリと周りの席を見回すと懐かしい座り位置に少し目頭が熱くなった。
それだけに、ヨウコの隣に空けられた空席がとても寂しく思えた…。
誰も口には出さないが、きっとここに居る誰もが心の中ではそう思っているに違いない…。
それほど山百合会には欠かす事の出来ない人物だったから…。
ねえ聖様?皆あなたを待ってますよ・・・。
to be continued・・・