疲れているときに傍に居るとイライラする事が、たまにある。

でも、弱っている時はその存在をとても大きく感じる…。


ほんと、勝手な話だよね。

だから聞き流してくれていーよ?




セイはこの一週間まともに寝てなかった・・・。

どうしてか、それは溜まりに溜まったレポートやら論文やらを提出しなければならなかったから。

それでも3分の2はどうにか書きなぐった。

「聖様・・・まだ起きてるんですか・・・?」

自室にこもって早一週間、ここの所まともにユミの顔を見ていない気がする・・・。

しかしこれを終わらせなければ夏休みにユミと約束した海にも花火にも行けなくなってしまうかもしれない。

「んー、もうちょっと・・・ごめん、先に寝ていいよ」

セイはユミの方を振り返りもせずに言った。背中でユミがきっと寂しい顔をしているのがわかる・・・。

ごめんね…。セイは心の中でこの一週間どれぐらい謝っただろう…。それほど、今きっと寂しい想いをさせている。

「・・・わかりました・・・おやすみなさい・・・あんまり無理すると体壊しますよ・・・」

ユミはそれだけ言うと静かにドアを閉めた・・・。返事もしてくれない・・・。

ここの所まともに話すらしていない。ユミはしょんぼりとうなだれると一人でベッドに潜り込んだ。

広すぎるダブルベッドは2人の時はちょうどいいけど一人だとあまりにも寂しすぎる・・・。

「・・・おやすみなさい・・・聖様・・・」

ユミはそっと瞳を閉じて、セイの枕に軽いキスを落とした。・・・まるでそこにセイがいるみたいに・・・。

こんな事しても虚しいだけなのは解ってる。

でも、そうでもしなければこの行き場のない気持ちの収まりがつかない・・・。

いっそ怒ってしまえればどんなにスッキリするだろう。でも怒れない…嫌われてしまうのが怖い…。

ユミはうつらうつらとまどろみ、やがて意識は遠のいていった・・・。



「・・・はぁ・・・今日はここまでにしとこう…続きを明日学校でやって…どうにか間に合うか…」

セイは机の上に置いてあったカレンダーをチェックすると、大きく伸びをする。

「あ〜…もうこんな時間か…」

セイはちらりとドアに目をやると、小さくため息をつく。

「・・・もう寝たかな・・・」

もう既に夜中の3時…ユミは今頃きっと夢の中だろう・・・。

「・・・眠いなぁ・・・でもシャワーだけでもあびないと・・・」

セイはフラリとイスから立ち上がるとよろよろする足取りでどうにかシャワーだけあびる…。

そして髪を軽く乾かして寝室へと向かった。

いつもならこんな状態で眠りにつこうとすると決まってユミが怒るのだが…。

「・・・ごめん・・・今日は勘弁して・・・」

セイは完全に寝ているユミの横に倒れこむと、そのまま深い眠りに落ちた・・・。



「ん・・・あ・・・さ・・?」

ユミはもうすっかり夏の日差しに思わずうっすらと瞳を開けた・・・。

「うわっ!!・・・びっくりした・・・」

ユミが目を開けたほんの5センチほどの距離にセイの顔があった…。

手はしっかりとユミの腰に回して静かな寝息をたてている。

「…もう、また髪乾かさないで寝たんですか…?」

ユミは寝癖のついたサラサラの猫っ毛をひとつまみつまむと小さく笑う。

布団をかけて、まだ寝ているセイの頬におはようのキスをして、朝の支度を始める…これが毎日のユミの日課。

そして朝ごはんの準備が出来たらセイを起こして仲良く登校するのだが…。

ここ2〜3日セイは先に一人で行ってしまう。

何でも朝一でレポート提出をする為だそうだ…。

だからそれが終わるまではいつもより早めにセイを起こさなければならなかった…。

ユミは手早く朝食の支度を済ませると、セイを起こしに寝室へと戻った・・・。

「聖様・・・起きてください・・・朝ですよ・・・」

「ん・・・んー・・・」

…起きない…どうしたものかな…叩き起こす?いや、それは流石に可哀相か…。

ユミはそっとセイの体を揺すった…するとセイは少しだけ身じろぎするとようやくうっすらと目を開けた。

「…ん…おはよう…もう…朝…?」

「ええ、もう朝ですよ。朝食どうします?」

「…んー…いい…しょく…よく…ない…」

…あれ?なんだか様子が少しおかしい…?いつもならどんなに遅刻しそうでもとりあえず何か食べて行くのに…。

ユミは首を傾げながら虚ろなセイの目をじっと見つめ、おでこに手をあてた…。

「・・・熱い・・・ちょ、ちょっと聖様!ね、熱ですよ!!熱があります!!!」

ユミはそう言って急いで救急箱から体温計を引っ張り出すと勢いよく振ってセイの口の中にそれを突っ込んだ。

セイは何が何だかわからないように目を白黒させていたが大人しくそれに従う。

「どうしよう…とりあえず今日は大学はお休みしましょうね…?それと病院行きましょう朝のうちに、ね?」

「…えー?いいよ…らいじょうぶらって、はいひはほほないはら…」

「は?何言ってるかわかりませんよ。それに十分大した事ありますよ、ほらどんどん上がっていく…」

分かってるんじゃない…セイはユミの顔を苦笑いしながら見つめた…ユミは体温計に真剣に見入っている…。

そして時折青ざめたりするもんだから、そんなに高いのか?とだんだんと不安になってきた。

「あっ、もういいですよ…聖様…」

ユミはそう言ってセイの口から体温計を引っ張り出すと無言でそれを見つめた…そして…。

「…聞きますか…?」

その妙な間はなに…?そんなに高いんだ…どうりでダルイと思ったよ…。

「いや、いい…なんとなく予想はつくから…でも今日は大学いかないと…レポート今日までだし…」

セイはそう言って体を起こそうとしたが、ユミにそれを止められた。

「ダメです!今日は寝ててください。レポートは私が変わりに出してきますから…ね?」

ユミは心配そうな顔でセイを見上げて呟いた…セイは両手を小さく挙げると降参のポーズをとる・・・そして。

「…わかった…じゃあ加東さんに渡してくれる?そうしたら出してくれると思うから…」

「…わかりました…じゃあ行ってきますね。すぐ帰ってきますから…ね?」

ユミはそう言ってセイの髪を優しくなでると、エプロンを外しセイに軽くキスをした。

「・・・うつるよ・・・」

セイが恥ずかしそうにポツリと呟くとユミはにっこりと笑って首を振る。

「丈夫ですから、大丈夫ですよ。…それじゃあ行ってきます」

「…うん、ありがとう…気をつけてね…」

「ええ、わかってます」

セイが小さく手を振るとユミは笑顔を返し部屋を後にした・・・。

「なんか・・・静かだなぁ・・・」

セイはそっと目をつぶると外で鳴く鳥と蝉の声に耳をかたむけた・・・。




「あれ?祐巳ちゃん、どうしたの?こんなに朝早くから…それに一人で珍しい…」

朝一番にセイの教室に行き、ケイを呼び出すとそんなことを言われてしまった。

…そんなに一人が珍しいだろうか…ユミは少し困ったように笑うと言った。

「おはようございます。あのですねこれを一緒に出してほしいんですけど…」

ユミは鞄の中からレポート用紙を取り出しケイに手渡すと、ケイはそれをしげしげと見つめ苦く笑った。

「…で?本人は?」

「それが…風邪をひいてしまったらしくて家で寝てます…」

「風邪?熱でもあるの?」

「ええ、朝はかったら8度7分でした…ちょっと高いんでこれから病院に行ってこようと思って…」

「8度7分!?それはまた…豪快に出したわね…分かったわ、これは一緒に出しておく。

祐巳ちゃんもあまり無理しないようにね」

ケイはそう言ってユミの肩を軽く叩くとレポート用紙を持って教室に戻ってしまった。

「あ、ありがとうございます!!それではこれで」

ユミはペコリと勢いよく頭を下げると自分の教室へと急いだ。

「あら?祐巳さん、おはよう」

その声に振り返ると後ろにはツタコが笑顔で立っていた。

「蔦子さん!?ちょうどいい所に!!

あのね、由乃さんに会ったら今日お休みします、って伝えといてくれないかな?」

すると、ツタコはユミの表情で何かを察したのかコクコクと頷いた。

「ありがとう!!それじゃあ!!!」

早く帰らなきゃ…きっとセイは一人で心細いに違いない…。

ユミは心の中でそう呟きながら家までの道を走って帰った…。



久しぶりに全力疾走したおかげで、心臓はバクバク、息はゼイゼイ。

でもユミは家につくまでそのスピードを緩めなかった。

病気をした時は誰だって心細い…それはいつも強いセイだってきっと同じだ…。

「た、ただいま・・・」

ユミは玄関を勢いよく開けると廊下にヘタリと座り込んだ。

も、もうダメ…動けない…ユミはそう思いながらもはいずって寝室へと向かった。

「・・・あ、あれ?・・・」

セイの姿がベッドの上から消えている・・・。どうして?気分でも悪くなってトイレにでもいるのだろうか・・・?

そう思ってユミはトイレのドアをノックした・・・しかし中から返答はない・・・。

どこ・・・?聖様・・・どこに行ったの・・・?ユミは溢れそうになる涙を拭うとヨロヨロと立ち上がった。と、その時。

「あれ?祐巳ちゃん・・・早かったね・・・」

なんとセイは自室から出てきたのだ。しかもさっきよりも明らかに顔色は良くない・・・。

「…な、何やってんですか…?」

「いや、ちょっとやらなきゃならない事思い出して…祐巳ちゃん?」

セイはその場にフラリと座り込んだユミを覗き込む。

「ど…して?…どうして…寝てて…っく…ひっ…ない…で…うっ…か…」

心配したのに…もしどこかで倒れてたらどうしようかと思った…。そんなに辛そうなのにどうして無茶をするのか…。

わからない…私はそんなに頼りないんだろうか…?

「ゆ、祐巳ちゃん!?どうして泣くの?」

セイはユミをぎゅっと抱きしめるとなだめるように頭をなでた。

「だって…せ…さま…うぅ…しん…っく…もん」

あぁ、もうダメだきっと何言ってるのかわからないんだろうな…。自分でも何が言いたいのかわからない…。

セイがこんな風に熱を出して寝込むなんて初めてだったから怖かった…。何か怖い病気かと思った・・・。

・・・きっと一番混乱してたのは私なんだ・・・。

「・・・ごめん・・・ごめんね?心配かけた…ね…あり…がとう…」

セイはそこまでどうにか言ったかと思うとそのままユミに体を預けるようにグッタリと動かなくなってしまった…。

「せっ・・・さま!?聖様!!!」

ユミはセイを抱き起こすとそのままズルズルとベッドまでどうにか運ぶと、

アイスノンを取りにキッチンへと向かった・・・。

…私、最低だ…私がしっかりしないといけないのに…それなのに…。

ユミはグスっと鼻をすすると涙を拭ってアイスノンを持って寝室へと帰った・・・。

セイは息を荒げ眠っている。…熱はきっとさっきよりもずっと高いかもしれない…パジャマは汗でぐっしょりだ。

「聖様・・・辛そう・・・着替えさせきゃ・・・」

ユミは新しいパジャマを取り出すとタオルと洗面器を持ってきた。

パジャマのボタンに手をかけそして一つずつはずしてゆく・・・。

セイの白い肌はいつもは陶器のように冷たいのに、今日はうっすらとピンクに染まって熱を帯びている…。

「・・・」

ユミは不謹慎にもこんなセイを見てすごくドキドキしている自分に気づき、顔を赤らめた。

そして丁寧に体を拭き、そっと裏返す・・・。

「・・んっ・・・っく」

時折漏れるセイの声にユミはドギマギしながらそっと背中の汗を拭き取ってゆく・・・。

そして新しいパジャマに替えると、セイは少し落ち着いたのかため息とも呼吸ともつかない息をもらした。

・・・良かった・・・ちょっと落ち着いたみたい・・・良かった・・・失わなくて・・・。

ユミは零れる涙を拭いもせずにセイにつきっきりで看病を続けた・・・。

これぐらいで治るとは思えない、でもこれぐらいしか私には出来ない・・・。

それがくやしい・・・もっと何かしてあげたいのに・・・。

いや、違う・・・もっと何かしたいのに・・・この人の為に自分はもっと何かをさせて欲しいんだ・・・。

「・・・私こんなにも無力だよ・・・聖様・・・」

ユミがポツリとそう呟くと、今まで眠っていたセイの手がピクリと動いた。そして・・・。

「…祐巳ちゃんは…無力…なんか…じゃ…ないよ…だって…こん…なに…しん…ぱい…して…くれる…」

セイは目を閉じたままユミの手を握り途切れ途切れに呟いた…。

「で、でも…それだけしか・・・出来ない…私…慌てることしか・・・」

ユミの瞳からまた涙が零れ落ちる…。するとセイはゆっくりと目を開け、ユミの涙をそっと拭った。

「・・・それで十分・・・」

セイはそれだけ言ってにっこり笑うとゆっくりとまた瞳を閉じた・・・。



夕方…病院に行くと案の定疲れからくる夏風邪だと先生は言った。

でも、大分汗かいたみたいだから注射でも打てばすぐ回復しますよ、だって。

「…何か言いたいことあるでしょ?私に」

セイは注射の待ち時間、突然ユミにそんな質問をぶつけた。

ええ、ありますとも!!たっくさんあります!!でもそれを言うと嫌われてしまわないだろうか?

「・・・えっと・・・言ったら怒るかも・・・」

「怒らないよ…ついでに言えば嫌いにもならないよ?」

「へ?」

もしかして知ってた・・・?じゃあこれから言おうとしてる事ももしかして分かってるのかな・・・?

「・・・分かってるんでしょ・・・?」

ユミの問いにセイは困ったように笑うと席を立った。中から看護婦さんが名前を呼んだのだ。

「うん。…だから今からその罰を受けにいくんだ…」

セイはそう言ってとても嫌そうに笑うと診察室の中へと消えた・・・。



言いたいことは全て言って?


決して怒らないから。


決して泣かないから。


キミの言葉をちゃんと聞かせて・・・?











夏風邪