人はどこで好きになるんだろう・・・。
よく心が痛いとか、切ないとか言うけれど本当に私は心でキミを好きになったのかな?
もちろん心があるからこそ大事に思ったり愛しくなったりするんだろうけど、
本当にそれだけなのかな?
朝起きて一番にするのは洗顔と歯磨き。
それからリビングでおはようのキス。
「おはよう、祐巳ちゃん」
セイはタオルを首にかけたまま濡れた前髪の水気を取りながらリビングへとやってきた。
味噌の香ばしい匂いと葱を刻む音。それからとびっきりの笑顔・・・。
「おはようございます!今日は和食ですよ」
ユミはそう言って葱を刻むのを一旦止めてセイの元へ駆け寄る。
そしてそのままセイに抱きついた。ユミが朝からこんな事するなんて珍しい…。
大抵こんな事するのはセイからで、ユミはあまり甘えてはこないのに…。
「どうしたの?」
「確かめてるんです…」
確かめる・・・?何を?
するとユミはセイに抱きついたままフンフンと鼻を鳴らす。
「な、何?変な匂いでもする?」
セイは慌ててパジャマの袖の辺りを匂った。
しかし、ユミはううんと首を振るとようやくセイから顔を離した。
「いいえ、違うんです。ただ聖様の匂いだなぁって…」
ユミはそう言ってへへ、と笑うと体を離した。
「私の匂い…?」
よくわからない、と首を傾げるセイを見てユミはクスリと笑った。
「ええ、聖様の匂いですよ。誰にでもあるでしょう?」
「はあ・・・」
駄目だ…一体何がしたかったのかさっぱりわからない…。
「まぁいいや。じゃあちょっと遅れたけどおはよう、祐巳ちゃん」
セイはそう言って少しかがむとユミの唇に軽いキスをした。
「はい、おはようございます聖様」
一通り朝の儀式が終わったところでユミは葱を刻みに、セイはテレビをつけにゆく。
「匂い・・・か」
セイはポツリとそう呟くとニュースを見ながらユミが持ってきてくれたコーヒーをすすった…。
「ところで聞きたいんだけど、あなたって祐巳ちゃんのどこがそんなに好きなの?」
講義を受けてる最中に、ケイが突然そんな事を言うものだからセイは思わずその場で立ち上がってしまった。
「・・・何かね?佐藤くん」
突然勢いよく立ち上がったセイはクラスの注目の的だ。先生は胡散臭そうな顔をしてこちらを見ている…。
「あ、いや〜えっと…そこ、スペル違いますよ」
セイはそう言って黒板の右上を指差した。
「お?おお本当だ、すまんすまん。…しかし君何も突然立ち上がらなくても…びっくりするじゃないか」
先生はそう言って間違ったスペルを直しながら言う。
「はあ、すみません…」
セイは素直に謝ってとりあえず席につく。そして・・・。
はぁぁ、危なかった…それにしてもだ!セイは隣で涼しい顔をしてノートをとり続けるケイをキッと睨んだ。
「突然何言い出すのかとおもったら!!やめてよ、心臓に悪い!!」
セイは小声でケイに抗議するとふぅ、とため息をついた。
祐巳ちゃんのどこが好き?そんなの決まってるじゃない!えっと…え〜…アレ…?
私・・・祐巳ちゃんのどこが好きなんだろう…。
セイは思いがけず難しい問題に頭をひねった。全部好きではある。それは間違いない。
間違いないのだが、でも改めてどこが好き?と云われると…どこだろう…。
ケイはう〜ん、と頭を抱えてしまったセイを横目で見ながら呟いた。
「そんなに難しい問題だった?」
「…どうして突然そんな事聞くの?」
「別に。ただ聞きたかっただけ。人を好きになるってどんな感じなのかな?って」
…どんな感じ?と言われても…なんて言えばいいんだろう?
「どんなって…幸せだと思うよ?すごく。でも辛いことも多いかな。
傷つける事もあるし傷つく事もあるけどそれはしょうがないと思うし、何よりずっと一緒にいたいって思う…」
セイはそこまで言って口を噤んだ。
…違うな…こんなものじゃない。人を好きになるってのはこんなものじゃないんだ…。
でも、どう表現すればいいのかわからない。
セイがまたう〜ん、と考えこんでしまったのを見てケイはフゥとため息をついた。
「…なるほどね…ありがとう。参考になったわ」
ケイはそう言ってまたノートを取り始めてしまった。どうやらケイももっと違う答えを期待していたらしい。
しかしセイ自身もどんな感じかを表現できなくなっていたのだ。
『祐巳ちゃんのどこがそんなに好きなの?』
…この言葉が頭から離れない…。まるで呪文みたいに頭の中を何度も何度もループする…。
それを見つける事と、人を好きになる事…何か繋がりがあるんだろうか?
「ねぇ祐巳ちゃん。祐巳ちゃんはさ、私のどこが好き?」
夕食中、突然セイは深刻な顔をしてそんな事を口にするものだから、
ユミは思わずお箸をポロリと落としてしまった。
「え〜っと…それは中身ですか?それとも外側ですか…?」
ユミの質問にセイは少し考える。
「…じゃあ外側からお願い…」
「外ですか?外は簡単ですよ。だって五感を使えば簡単な事ですからね」
「五感・・・?」
五感っていうとアレだろうか?触覚とか視覚とかの事だろうか?
「はい!まず見た目ですよね?
これはまぁ毎日見てても飽きないんですから好きなんだと思います。キレイだなぁ…とか毎日思いますし」
「じゃあ触覚は?これってなかなか難しくない?祐巳ちゃんならともかくさ」
「そうですね…でも聖様だってスベスベしててとても気持ちいいですよ?」
一体何を思い出したのか・・・。ユミはそう言って途端に真っ赤になる。可愛らしいなぁ…。
セイの顔に思わず笑みがこぼれる…。
「次味覚ね」
「味覚ですか。味覚はぁ…いいですよね…その…キ…の時とか…」
ユミは真っ赤になりながら語尾をフェードアウトさせた…。
「えっ?何?聞こえないんですけど」
セイは意地悪くそう言って笑うと、ユミは真っ赤な顔をキッと上げるとセイを睨んだ。
「だから!キスの時とかです!!」
もう、と言ってプイと横を向くユミは耳まで真っ赤になっていた…。
「嗅覚は?」
「・・・聖様の匂いはなぜかとても落ち着くんですよね…高校の時から不思議と…」
高校の時から…その言葉にドキリとする。
セイはユミがいつから自分の事を気にかけていたのか聞いた事がなかったのだ。
前に一度聞いた時もうまい具合にはぐらかされてしまったし…。
セイがそんな事を考えているとも知らずにユミは続けた。
「最後に聴覚ですが…聖様の声はとても澄んだ歌を聞いてるみたいなんですよ。
浄化されていくような、そんな感じがするんですよね。
だから私はどんなに怒ってても、それを聞くだけですっかり許してしまうんです。いつも…」
ユミはそう言って恥ずかしそうに微笑んだ…。
…どうしよう…すごく嬉しい…。
外側を褒められるのは嫌いじゃないけど、ここまで言われたのは産まれて初めてだ。
セイは照れ隠しをするように肉じゃがのじゃがをお箸で刺すと言った。
「ありがとう…じゃあ次は中身の方聞かせて・・・?」
どちらかというとこちらの方が重要だ。
外はまだ見えたり触れたりするから分かりやすいけど、
中身は目や耳を使っても見えたりするものではないから…。
セイの問いに、ユミは少し考える仕草をした。そして・・・。
「中身ですか…一言で言うと…」
「うん、一言で言うと?」
セイはごくりとじゃがいもを飲み込んで身を乗り出した。
「わかりません」
・・・?今なんて言った?自信満々にワカリマセンって言った…?
「え…っと…どうゆう事?そんな自信満々に…」
「そんなのわかりませんよ。
私は聖様の事を全て知ったわけではないし、知ってたって多分そう言うと思いますよ?」
…つまりどこが好きなのかわからない、とゆう事か…。しかしそんなにはっきり言い切らなくても…。
セイがしょんぼりとうな垂れていると、ユミはだって、と付け加えた。
「だって聖様より優しい人だって世の中にはいるでしょう?
聖様みたいに甘えん坊な人だっているだろうし、もちろん聖様より強い人だっているでしょう。
そして聖様よりも弱い人だって…。だから優しい所が好き、とか強いところが好き、
とかそんな事言ってしまえば、じゃあ誰でもいいんだ?って事になると思いませんか?」
…確かに…それは言えてる。私より優しい人だって強い人だってきっと五万といるだろう…。
だけど、何か決めてがない限りそんな簡単には人を好きにはなったりしないだろう…。
ユミにとって一体何が決めてだったのか…。そしてそれは自分にも言える事なのだろうか…。
しばらく黙って二人は見詰め合っていたが、やがてユミが口を開き、ハッキリとした口調で言い切った。
「でも私は聖様でないと嫌なんです。どこが好き、だとかそんな事どうだっていいんですよ。
どこが好きなんだか分からないけれど、あなたが好きなんです。これはもう理屈じゃないと思うんです。
しいて言えば第六感ってゆうやつでしょうか?」
ユミはそう言ってセイの顔をじっと見つめる…。
第六感…直感って事だろうか…。でもなんだろう…?妙に嬉しい…。
どこが好きとか言われるよりも全部を認めてもらえているみたいで…。中身を褒められるのは好きじゃない。
でもこんな風に言われるなら・・・悪くないかもしれない・・・。言葉ではなくただ感じるのだと…。
「…なんだか…恥ずかしいね」
セイはそう呟くと照れたようにうつむいた…。そんなセイに、ユミは優しく問いかける。
「ねえ聖様…私は全ての感覚を使ってあなたが好きなんです。どこの一つも欠かせないんです。
全ての感覚が多分あなたを求めたんだと思います…。聖様は違うんですか?」
ユミの言葉にセイはハッとなった。
・・・私は何を迷ってたんだろう・・・。人を好きになるって事は考える事じゃないんだ…。
こんな事も忘れてしまっていたなんて…。
「…ううん。違わないよ…ただ忘れてたんだ…そんな簡単な事だったのにね」
セイはそう言って席を立つとユミの傍へと近寄り、確かめるようにそっと抱きしめる。
ドキドキと高鳴る鼓動に、開放される全ての感覚・・・。
こんな単純なこと。でも一番見失いがちなこと・・・。どこが好き?なんて尋ねる必要なんてどこにも無かった。
ただこうしてるだけでいつも理解していたんだ・・・。
「ありがとう・・・最大級の告白だったよ・・・」
感覚を研ぎ澄まし
キミの存在を確かめる
すべての感覚は今
きっとキミだけに働いてる
だから私は、全身全霊をかけてキミを愛そう