一度傷ついた乙女心は、そう簡単には治らないものなのかな・・・。
「どうでしたか?今日のお弁当のお味は」
家につくなりユミは嬉しそうにセイの手を握り、目をキラキラさせている…。
う〜ん、しいて言えばマヨネーズ味だった…とは口が裂けても言えないし…。
「…えっと…素材の味が生きてたね」
素材の味が生きてたって言うよりは、むしろ素材そのままだった。
「そうでしょう!!いかにもダイエットに良さそうだったでしょう?」
…ダイエットか…一緒にしようって言い出した私が悪いんだ。この罰は甘んじてうけようじゃないか!
とはいったものの・・・アレは出来ればもう勘弁してほしい・・・。
「う、うんそうだね。ダイエットにはいいかもね。ただ難を言えば…もう少し味が欲しかったかな…」
セイはそう言ってユミのおでこに、ただいま、とキスするとそのまま抱き寄せた。
「・・・味か・・・わかりました。他に何か注文ありますか?」
ユミはセイに抱きしめられたままう〜ん、と考え込む。どうやらすでに明日のメニューを考えているらしい。
ここはあまりおかしな事されないように早めに対処しておくのが吉だろう。
「そう、だなぁ。夏っぽくさっぱりしたのがいいかな?あと、色どりとか・・・」
大量のブロッコリーとカリフラワーは、未だに胸のあたりがモヤモヤとして気分が悪い。
だから出来れば今度はさっぱりしたのがいい。これが今のところ一番重要だ。
「わかりました!じゃあ明日も楽しみにしていてくださいね!!」
・・・楽しみに・・・か。どうしよう明日もとんでもないモノだったら…。怖い…明日のお弁当が怖いよユミちゃん!!
それでも…それを口に出して言えないあたり、私はなんて弱いんだろうと思う。
別に言ってもいいんだと思う。きっとユミは大して怒らないだろう・・・。
それでも自分の為に時間を割いてお弁当を作ってくれるユミが愛しくてたまらない…。
それにこんな弱さは嫌いじゃない。
セイはユミを抱いていた腕に力を込めると耳元で好きだよ…と呟いた。
ユミは驚いた様に顔を一度上げたが、俯いてコクリと頷いた・・・。
次の日。朝起きると机の上にはやっぱり昨日のお弁当箱が置いてあった。
あ、開けたい!今すぐ開けたい!!しかしこれは昼ごはんだ。これはもう、ある意味ユミからの挑戦状なのだ。
セイは開けたい衝動をグッと堪えお弁当箱を鞄の中に入れ、家を出た。
「おはよう」
ケイはすでにいつもの場所でセイの分の席まで取ってくれていた。
「・・・おはよう」
「あら、どうしたの?今日はお弁当作ってもらえなかったの?」
「・・・いや、むしろその逆・・・今日もお弁当なんだ・・・ふふふ」
嬉しくない訳ではナイ。ただ昨日の恐怖が目に焼きついて離れないのだ・・・。
「・・・へぇ〜お昼が楽しみね」
ケイはそう言ってフイと向こうを向いてしまった。・・・絶対におもしろがってる!!
セイはそう思いつつ席につくと、お昼までただずっとお弁当の中身の事だけを考えていた。
…さっぱりしたモノか…ハッ!どうしようきゅうりの漬物とか丸々入ってたら!!いや、まさかね…。ふふふ。
いや、でも昨日は丸々ブロッコリーだったしな・・・。
こんな事ばかり考えていたせいか、セイはお弁当の中身を当てるのがだんだんおもしろくなってきた。
今までお弁当と言えばこんなにスリリングなモノでは無かった。
カラアゲとか、玉子焼きとか…まぁ大体そんなもんだろうとある程度の予測はつくものだ。
しかしユミの作るソレは全く予想もつかない…。怖いけど正直おもしろい。
「どうしたの?さっきから青ざめたり笑ったり…ある意味昨日より不気味よ…」
ケイは一人でニヤニヤしたり俯いて青ざめたりしているセイに、苦笑いしている…。どうやら百面相していたらしい。
ずっと近くにいると、クセとか似てきてしまうものなのだろうか・・・?
そういえば最近同じ事言ったり同じポーズする事が増えたよなぁ…。
セイはそんな事をぼんやりと考えながらケイの質問に答えた。
「えっ?いや〜なんか楽しくなってきちゃって」
セイはニコニコしながら時計を見る。お昼まであと5分・・・。この5分が短いようでとてつもなく長い・・・。
待ちに待った?お昼。今日も隣でケイがスタンバイしている。
どうやらこのお弁当事件を最後まで見守るつもりらしい…。
「・・・じゃあ、いきます」
「ええ」
ゴクリ…二人して息を飲んだ。恐る恐るセイが弁当箱の蓋に手をかける・・・。そして・・・。
「「・・・」」
一見何が入っているのかわからない・・・。セイはそれを箸で持ち上げてみる。
するとガポっと箱の形のまま持ち上がるではないか・・・。この形状…この色…これはまさに!!
「め、麺だったか・・・」
「正しくは素麺ね…。でも固まってるわ、完全に」
そう、一度茹でた麺はどうしようもないほど固まってしまっている・・・。
「つ、つゆは・・・?」
セイは巾着袋の中をガサガサと探したが、それらしいモノはどこにもない・・・やられた・・・。
セイはガクンと頭を垂れる…。
「・・・ないのね?」
そんなセイの様子を見てケイが憐れそうにポツリと呟いた。
「・・・うん・・・」
セイはしょんぼりとうな垂れたまま二段目の箱の蓋をとった。
もしかしたらこちらにつゆが入っているかもしれない!と淡い希望を抱いたのだが・・・。
「はぁぁ!!」
「・・・すごい量の具ね・・・」
ケイは箱からあふれんばかりの具の多さに笑いを必死に堪えていた。どう見ても麺の2倍はある・・・。
「こ、これはどうすればいいと思う…?」
「食べるしかないんじゃない?愛妻弁当なんでしょ?」
「う、うん。そうだよね・・・」
セイはそう呟くと固まっている麺を少しづつ箸で分け具をその上に乗せて、もさもさと食べだした。
「麺を食べる時の音じゃないわね、それ」
ケイはそう言ってくっくっと笑い、セイが食べるのをじっと眺めていた・・・。
うう…確かに味はたくさんある…色も割りとカラフルだし…さっぱりもしてる…ある意味。
でも!でも!!何か違う!!!
「・・・食べにくい・・・」
「そうでしょうねぇ。何か根本的な所に間違いが生じているわよね、そのお弁当・・・」
ケイはセイの隣でおいしそうにパンなど頬張っている・・・。
セイはそんなケイを横目に、恐怖の愛妻弁当をもさもさと食べ続けた…。
次の日・・・。セイは例によってケイと二人でお弁当箱とにらめっこをしていた・・・。
昨日お弁当の感想を言って、出来れば今度はマトモなのにして、と頼んでみると案外あっさり承諾されてしまった。
「分かっててやってたの!?」
と言うセイに、ユミは当たり前ですよ。と返してきた。どうやらちょっとした仕返しのつもりだったらしい。
まさか本気で平らげてくるとは出した本人も思っていなかったらしく、少々ビックリした、との事。
その決着は、結局昨日セイが謝って解決したのにどうして今日もまた、ここにお弁当があるのか・・・。
それは家を出る前、やはり机の上に手紙と一緒に置いてあったのだ・・・。
手紙の内容は、「これで最後ですよ。祐巳」の一言だけ。最後と言われたら持っていくしかないだろう。
とゆうわけで、これが最後の愛妻恐怖弁当なのだ。
「…さて…今日は何かな・・・?」
慣れとは恐ろしいものだ。もう何がきても怖くないなんて、おかしなテンションになってきている・・・。
そして、恐々一段目のお弁当の蓋を開ける・・・。が・・・。
「「・・・あれ・・・?」」
中身は玉子焼きに、ほうれん草のおひたし、鳥のつくねに、タコさんウインナー・・・。
「・・・普通ね・・・」
「・・・うん・・・普通だね・・・」
ちょっとひょうしぬけだな、なんて二人は笑いながら二段目の蓋を開けたその時・・・。
「はぅあ!!」
セイは中身を見て慌てて蓋を閉じた。
「ちょ、ちょっと何?見せてよ!何だったの!?」
うっかり見逃してしまったケイがセイの腕をガクガクと揺らすが、セイは俯いてふるふるふると首を振り、
お弁当を持ってものすごい速さで教室を後にした・・・。
そして・・・屋上に繋がる階段を駆け足で上がると誰もいない事を確認してこっそりと蓋を取った・・・。
「・・・こ、これはある意味最強かもしれない・・・」
…どうしよう…嬉しい…一体朝からこれをどんな顔で作ったんだろう…。
しかしユミの事だ、容易に想像出来てしまう…。
思わずセイの顔に照れと、嬉しさの混じった笑みが込み上げてくる…。
「…ふふ…ふ…はははははは!!!」
セイは携帯電話をポケットから取り出すと、ユミを屋上へと呼び出した・・・。
どうしても逢いたい・・・今すぐに・・・会って・・・そして・・・。
・・・しばらくして屋上のドアが静かに開き、恥ずかしそうにユミがやってきた。顔はすでに真っ赤だ・・・。
セイに呼び出された理由はもうすでに分かっているのだろう・・・。
セイは思わずニヤリと笑うとそこから動こうとしないユミに近づいた。
「・・・え、えっとですねぇ、最後のお弁当のポイントはですねぇ・・・」
照れ隠しだろうか…。ユミは聞いてもいないのにごにょごにょと話し出しす。
俯いたままこちらを見ようとしないユミの頬にセイは手をやると、ゆっくりと上を向かせる…。
そして・・・。
「ありがとう、祐巳ちゃん。今日の感想は・・・・・・」
セイはユミの耳元でそう囁くと、ほんの一瞬のキスをした・・・。
触れるか触れないかぐらいの優しいキスを・・・。
最後のお弁当の中身・・・それは・・・桜色のハートの中にのりで『スキ』と書かれたご飯・・・。
今の私を作ったのはキミ。
今のキミを作ったのは私。
こうやって世界すら私達で作るんだ。