今朝、大学に行く前見つけた、机の上にあった包みと手紙。

あぁ、そんなに怒ってたわけじゃなかったんだ…。

その時はそう思った、けど。

その実かなり怒ってたのかもしれない…。


「祐巳ちゃんはさ、ぷよぷよしてて気持ちいいよね、ほんとぬいぐるみみたいだ」

夕食を食べ終わって二人で「紅の豚」を見ている時に、セイは何気なく呟いた。

「・・・どうゆう意味ですか?」

「どうゆう意味って…別に深い意味はないよ。ただフワフワしてて気持ちいいな、って話」

「・・・」

…あれ?もしかして怒らせたかな…?

それまで機嫌よくテレビを見ていたユミが、突然黙り込んでしまった。

「…ええっと…祐巳ちゃん?」

「はい?」

ヤバイ、怒ってる、完全に怒ってるよ!!どうして?何かマズイ事言った?

「あの〜、怒ってる・・・?」

私の言葉にユミはキッとこちらを振り返り、にっこりと笑った。

「いいえ?全然怒ってませんよ?」

「そ、そう?ならいいんだけど…」

でもこの笑顔がすごく怖いんですけど・・・。

私はこの時、もっと慎重に言葉を選ぶべきだった…とゆうよりも時と場合を考えるべきだった。

「…ところで聖様?私そんなにぬいぐるみみたいですか?」

「うん!可愛いし、気持ちいいよ!」

「…気持ちいい…ダイエットした方がいいですか…?」

ダイエット?どうして?そんな必要ないじゃない。何を突然言い出すのかと思えば。

「・・・・・・どうして?そんな必要・・・」

「今の間はなんなんです?」

・・・間?いや、突然ダイエットとか言い出すから!!

「いや、だからなんて言えばいいのか考えてて…ねぇ、本当に怒ってない?」

「…怒ってませんよ。そう、考えてたんですか…」

…怒ってないという割りにユミの顔が険しい…。

全く、乙女心はよくわからない…一応私も乙女なのに…。

「…もしかしてぷよぷよしてるって言ったから?あれは本当に深い意味はないよ?」

「・・・ええ。ただ私も最近思ってたんで…ちょっと太ったかな…?って」

「そうかな?あんまり変わらないんじゃない?」

そう、大して変わってないと思う…。相変わらずさわり心地はいいし・・・。

しかし、ユミは深刻そうな顔をして呟いた。

「・・・ふぅ、いっそはっきり言ってもらった方がスッキリするのに・・・」

駄目だ・・・完全に勘違いしてる…。一体どうしたって言うんだろう…。

どうして今日はこんなにも過剰に反応するのか…。

と、その時ふとテレビから声が聞こえた。

『飛べねぇ豚はただの豚さ・・・』

紅の豚の名ゼリフだ。むしろこの台詞こそこのアニメの真髄かもしれない…。

しかしユミは、テレビにチラリと目をやると呟いた。

「…飛べたって豚には変わりないですよね…?そう思いませんか?」

へ?そ、それを言っちゃ、お終いなんじゃあ…でも…まぁ、そうかな。

豚が飛べたからといって鳥になれるわけじゃないし・・・?

「ま、まぁそうだね。」

「…そうなんですよ。だから多少太ったって私は私です。…でも!やっぱり太るとショックな訳で…」

よりによってこのビデオ見てるときに言わなくても…。とユミは俯いてしまった。

ああ、なるほど。どうやら私は絶妙に最悪のタイミングで余計な事を言ってしまったらしい。

どうしてもっと気が廻らないんだろう…私は…いつも。

「…祐巳ちゃん、ごめんね?本当にそんなつもりで言ったんじゃないんだ。それだけは信じて?」

するとユミは顔を上げてへへっ、と笑った。良かった…どうやら機嫌は直ったらしい・・・。

セイはユミの頭をよしよしと撫でると頬にキスする。仲直りにはこれが一番だから・・・。

「わかってますよ。私も本気で怒ったわけじゃないですし・・・」

ユミはそう呟いてソファに座るセイの膝に頭をのせ、スリスリと頬ずりをする。

か、かわいい…。セイはそんなユミに目を細めると呟いた。

「そんなに気になるんなら一緒にダイエットしようか・・。ね?」

するとユミはガバッと顔を上げ、目を丸くした。

「えっ!?聖様・・・それ以上どこ減らすんです?」

どこ、と聞かれると結構困るかもしれない…。

「えっと…足とか?…お腹とか?」

「・・・」

ユミの真顔に妙な間・・・。あれ?もしかしてまた余計な事言った・・・?

「まぁ、そうですね。一人でするより二人でする方が楽しいですしね!」

ユミはそう言ってにっこり笑ってセイの隣に座りなおした。

「う、うん。そうだよ!」

セイはそう言って手のひらに滲む汗をギュッと握り締めた・・・。


危ない危ない、また地雷踏むとこだった・・・。



次の日、朝起きたらすでにユミは居なかった。

「…そう言えば今日一時間目からって言ってたっけ…」

セイは隣に目をやると小さくため息をついた。朝起きて隣にユミが居ないのはどうにも寂しい。

すでに冷たくなったシーツは、初めから誰も居なかったかのようだ。

セイは顔を洗い仕度を済ませると朝食を食べる為にリビングへと向かった。

するとそこには朝食の他に見慣れぬものが置いてある。

「ん?何?これ・・・」

セイは置いてあった巾着袋を手に取り呟いた。

「あっ、手紙まである…えっと…?」

セイは巾着袋の入り口に挟まっていた手紙を開いた。

「第一回、ダイエット弁当です。がんばりましょう。祐巳…って本気だったの!?」

しかもお弁当まで作るとは…。そんなに気にしていたのか…。

セイは心底申し訳ない事をした…と思いつつお弁当を鞄に入れ、朝食を食べ家を出た。

「…でもお弁当か…ふふ。初めてだなぁ…」

たかがお弁当。されどお弁当。初めてのお弁当に思わず頬も緩んでしまう。

傍からみたら相当不気味かもしれない。でも、今は顔がどうしてもニヤけてしまう…。


学校に着いてからも始終ニコニコしっぱなしだったセイを不振に思ったのか、

隣に座っていたケイが話しかけてきた。

「…ちょっと、相当機嫌良いみたいだけどどうかしたの?」

「ん?やあ〜ちょっとね。お昼が楽しみだなぁって」

「お昼?あぁ祐巳ちゃんにでも会うの?」

「んーん。今日はお弁当なんだ。祐巳ちゃんお手製の」

「ああ、それで朝からずっとニヤけてたの?」

「うん」

セイは思い切りよく頷いた。だって、嬉しいのだからしょうがない。

お弁当を未だかつてこんなにも楽しみにした事なんてなかった。

こんなにも嬉しく思ったこともない。理由は簡単だ。だって今日のお弁当は特別だから…。

結局セイは昼までずっとそんな調子だった…。そして、いよいよ待ちに待ったお昼・・・。

ケイが隣で見守るなかセイはゆっくりお弁当箱を取り出した。

「もう!じれったいわね。早く開けてよ」

どうやらケイもユミお手製のお弁当が相当気になるらしい。

「まぁまぁ、お弁当は逃げないって!」

セイは二段に分かれたお弁当箱の上の蓋をそっと取る…。そして…。

「「あ・・・」」

こ、これは!!セイは慌てて蓋を閉めると苦笑いしながらケイと顔を見合わせた。

ケイの笑顔もひきつっている・・・。

「はは…えっと、これは夢?」

「さぁ、どうかしら・・・?」

セイはもう一度恐る恐る蓋を取った・・・。

「も、森・・・」

「…森だわね」

お弁当の中は一面の緑。どこまでも緑色…。

「ちょ、ちょっと待って!お、おかずは!?まさかこれだけ??」

セイは慌てて二段目の蓋を剥ぎ取った・・・。

「「うっ」」

こ、これは!!!こ、米!?じゃない!!白い森…。

「「・・・」」

セイとケイは二段のお弁当をじっと見つめた。

「…えっと…祐巳ちゃん、なかなかすごいのね…」

ケイが見かねたようにポツリと呟いた。セイはその言葉にコクリと頷く・・・。

「・・・確かにダイエットしようって言ったけど…まさかここまでするとは…」

セイはもう一度お弁当箱を覗き込んだ…。そこには一面のブロッコリーと、カリフラワー。

その光景はさながら広大な森のようだった…。

セイはガタンと席を立ち上がると、お弁当をそのままにして教室を飛び出した。

「ちょ、ちょっと!佐藤さん!?」

ケイの声が後ろで聞こえたけれど、今はそれどころではない。

とりあえず一刻も早くユミに逢ってどうゆう事か聞かなくては!

一年生の教室まで全力疾走したセイは、ハァハァと肩で息をしながら教室の中を見渡した。

すぐに窓際で由乃と楽しそうにご飯を食べているユミを見つける・・・。

セイが呼ぼうとするよりも先に由乃が先にこちらに気づき、ユミに何か言っている。

ユミはコクンと頷くとこちらに向かって小走りでやってきた。憎たらしいほどの笑顔で…。

「どうしたんです?聖様!」

嬉しそうに走ってくるユミを見て、セイは一瞬お弁当の事を忘れそうになった…が。

「ど、どうしたもこうしたも…あのお弁当は一体…」

「ああ!見てくれましたか!!どうでした?おいしかったですか?」

何の疑いもなく笑うユミにセイはがっくりとうな垂れた・・・。

「…いや、食べてないよ…まだ…てゆうか!!あれさぁ…」

セイが言い終わる前にユミがあっ!と何かを思い出したように呟いた。

「すみません…これ渡すの忘れてました…。

味無かったですよね?だから食べられなかったんですよね?」

あ、味?いや、そうゆう問題じゃなくて!何か間違ってるよね?根本的な所がさ!!

セイがあれこれと考えている内に、ユミはポケットの中から何かとりだした。

そしてそれを、はい!と言ってセイの手のしっかりと握らせる…。

セイが恐る恐る手を開くと、そこには…。

「・・・マ、マヨネーズ・・・」

「それじゃあ、感想楽しみにしてますから!!」

「う、うん…ありがとう…」

ユミはそう言ってさっさと由乃の元へと戻ってしまった…。

そんあユミの後姿を見送り、セイはマヨネーズを握り締めとぼとぼと教室に戻った。

「ちょっと、突然走り出すからどうしたのかと思ったじゃない。で?抗議してきたの?」

教室ではご飯を食べずにケイが待ってくれていた。

「・・・うん・・・それが・・・」

セイは握り締めていたマヨネーズの封を切り、森弁当にまんべんなくかける。

「・・・抗議してきたんじゃなかったの?」

「・・・これくれた・・・」

「あっきれた。マヨネーズもらいにわざわざ走って行ったの?」

・・・そうじゃない!!そうじゃないけど!!うぅ…だって、あんなに嬉しそうな顔見たら言えないよ…。

『それじゃあ、感想楽しみにしてますから!!』

だって本当に嬉しそうに笑うんだもんなぁ…。

あんな顔されたらおいしかった、って言うしかないじゃない…。

こんなお弁当でもユミの作ってくれたお弁当・・・。そう思うだけでご馳走に見えるから不思議だ・・・。

いや、これはちょっと言い過ぎたかもしれない。一面の森はどう見てもご馳走には見えない・・・。

でも、あんな笑顔の前では、私は結局これをおいしく食べる事しか出来ないんだ…。


セイは心の中で呟くと、沢山あるブロッコリーの一つをお箸で刺すと口に運んだ・・・。




キミになら何されてもいい。


どんな事だって耐えてみせるよ。


だって、私はきっと一生キミにはかなわない・・・。









お弁当