年に一回の逢瀬だからこそ、誰にも見られたくないんじゃない?


七夕と言えば、年に一度だけ会うことが出来る、悲しい恋人達の日。

その昔、あまりにも一緒にいすぎた為に神様に引き離された二人は、

どんな想いで七夕を過ごしているのだろう。

誰にも見られぬように、愛を語り合うのだろうか…。




「七夕かぁ…飾りつけでもする?祐巳ちゃん」

「そうですねぇ…。最後にしたのは幼稚園の頃ぐらいですしねぇ」

二人は近所のスーパーの文具売り場で呟いた。

目の前には笹が所せましと置いてある。

そのうちの一つをセイはぼんやりと見つめていた。

その顔に表情はない…。

どうして去年も一昨年もしなかった七夕を、突然しようと言い出したのか。

ユミにはその理由が分かっていた。

セイの言った一言…。

『別れようか』

この台詞は、今もユミの中でシコリとして残っている。

セイもきっとそれに気づいているに違いない…。

短冊に願い事を書くとそれが叶うとゆうロマンティックな日。

そして、引き離された恋人が一年に一度だけ逢える悲しい日でもある、

今日この日だからこそ。

セイは笹を一つ抜き取ると、そのままレジへと向かう。

「聖様、短冊忘れてますよ!!」

主役を忘れてどうする!!危うく二人して広告の裏に書かねばならなくなる所だ。

「あぁ、ごめんごめん!じゃあその一番派手なやつ取って」

セイはそう言って、手前にあった金ぴかの短冊を指差した。

「…こ、これですか…?」

よりによって…。

ユミはそう思いながらもセイにそれを手渡した。

「じゃ、待ってて。すぐ買ってくる」



買い物を済ませた二人は、無言のまま川沿いを歩く。

どちらともなく、手をつないで。

無言の重圧は手をつないでいても縮まらない二人の距離と比例している。

重苦しい沈黙を先に破ったのはセイだった。

「ねぇ、どれぐらい私達逢わないでいた?」

その言葉にユミの胸は途端に息苦しくなる。

「…一か月振りぐらいでしょうか…」

そう。あの喧嘩以来一ヶ月間二人は一切連絡を取らなかった。

ユミは実家に帰り、セイは一人で長い時間を過ごしたのだ。

「一ヶ月か…長いよね」

セイはこの一ヶ月の事を思い出し、しみじみと呟いた。

「・・・えぇ。とても…」

「ねぇ、一ヶ月の間何してたの?」

「何って…大学行ったり、バイト行ったりとか…。聖様は何してらしたんです?」

「私?私は何してたんだろ…。」

セイはそう呟いてう〜ん、と考え込む。

何してた?私は…。覚えていない。ただずっと上の空だったのは確かだ。

「覚えてないんですか?」

「う〜ん。多分祐巳ちゃんと一緒で普通に過ごしてたのかな…」

セイの何気ない台詞にユミの胸はギュっと締め付けられるような感覚に陥った。

『普通に過ごしてた』

普通、とゆう単語がこんなにも残酷だと思った事は今まで一度だってなかった。

普通に過ごしてたとゆう事はいつもと同じだったとゆう事。

それはユミがいなくても変わらなかったとゆう事だろうか…。

考えれば考えるほど、思考は悪い方へと転がってゆく…。

胸が苦しい…。

「…?ゆ、祐巳ちゃん!?どうしたの?」

知らない間にユミの眼からは大粒の涙がボロボロと溢れていたらしい。

セイが慌てて、俯くユミの顔を覗き込んだ。

心配そうなセイの顔。止まらない涙。溢れ出す気持ち…。

全部がいっぺんにやってきて、止められない…。

「…ど…して…ひっく、ふつ…うっく…とか…言う…ん…っく」

もう最後の方は言葉にもならない…。

次から次へと溢れてくる涙と嗚咽は、理性をいともたやすく奪い去った。

ユミはその場にしゃがみ込むと、

こらえきれない嗚咽を開放するかのように泣き出してしまった。

「…祐巳ちゃん…」

…違うよ…違うんだ…。そうじゃなくて・・・。

セイはユミをどうにか立たせるとそのまま川原の方へと連れて行くと呟いた。

「…笹流ししようか、祐巳ちゃん」

セイの突然の言葉にユミは顔を上げた。

あまりの突然さに思わずユミの涙も引っ込む。

「サ・・・サ…?」

「そう、笹流し。やった事ない?」

セイはそう言って買ってきたばかりの笹から葉っぱを2枚ちぎるとユミに一枚手渡した。

「本当は短冊をつけて流すんだけど、まぁ、想いを込めればいいと思うんだよね」

セイはそう言ってにっこりと笑う。ユミにとっては久々の笑顔だ。

今日逢ってからとゆうものセイはずっと仏頂面だった。

そのセイがようやく笑ったのが嬉しくて、思わずユミの頬も緩む。

一度離れてしまった距離が、少しづつだけれど着実に埋まってゆく…。

そんな気がして…。

「…どうやるんですか?」

「ん?笹で船作ってそれを川に流すだけ。簡単でしょ?」

そう言ってセイは葉っぱで器用に一隻の船を作り上げた。

ユミも見よう見まねでそれを作ると、そっと二人で川に流した…。

さほど流れの速くない水が、ゆっくりと笹舟を運んでゆく…。

その船が見えなくなるまで、じっと見つめていたセイが、突然口を開いた。

「…私さ、栞に逢うまで七夕って嫌いだったんだ」

「…」

栞・・・。セイの口からこんなにもはっきり栞さんのことを聞くのは初めてだった…。

「なんか、馬鹿らしくってさ。

,一年に一回しか逢えないのに一人の人をずっと想い続けるのって無理だと思わない?」

セイはそのまま草の上にゴロリと転がった。そして話しを続ける・・・。

「でもさ、そうじゃないんだよね。逢えないからこそ逢いたくなるんだ。

私にはそれが分からなかったんだ。

想いが募るとかそんな気持ちがさ。でも、それを私に教えたのは栞だった…。

逢えなくなって初めて、どれほど彼女の存在が大きかったのかを知ったんだ。」

思い出すように、セイは話す。

その顔は妙にスッキリしていて、まるで何もかもを良い思いでに変えた、そんな顔だった。

「…それで七夕を好きになったんですか…?」

ユミの問いにセイはゆっくりと首を振った。

「いや、なんとなくこうゆう事だったのかな?って理解出来ただけで、好きではなかったよ。

だって、どちらの想いも通じないと成立しないでしょ?」

どちらの想いも・・・?

ユミが首をかしげていると、セイは突然ユミの体を引っ張った。

「だから、こうゆう事だよ。わかる?」

セイはユミをギュっと抱きしめ呟いた。が、わからない。セイが何を言おうとしているのか。

そんな事よりも、ユミはセイに抱きしめられた感じを愛しく思っていた。

「わからない?」

「・・・はい・・・」

「増すものなんだよね、愛は」

セイの一言に、突然ユミは理解する。

「・・・あ・・・」

…そうか…以前のユミなら突然こんな風に抱きつかれたらどうしていた?

逃げたか、ドキドキしてそれどころでは無かった。

でも、今は違う。今はこの人の事を愛しいと想う。

離れていた間、辛かった。悲しかった。

でも、それを超えてしまえば・・・。

「分かった?どちらも増さなければ天秤は傾いちゃうんだよ。

…でもね、これを教えてくれたのは栞じゃなくて、祐巳ちゃんなんだ。

今日、一ヶ月振りに会って最初はとまどったよ。だって、前よりもずっと好きになってたからさ。

でも、それを出してしまうとまた失敗するかもしれないと思ってさ…。」

言えなかったんだよね。と笑うセイの横顔は、夕日が反射して赤く染まって見えた。

「そんな・・・!私だって・・・」

ユミはそう言ってセイの胸にしがみついた。また涙が溢れそうになってきたのだ。

「うん。だから今話してるんだ。ちゃんと天秤はつりあってるって思ったからさ。

だから、一年に一回しか逢えない織姫と彦星は可哀想だと思ってたけど、

案外そうじゃないんじゃないかな?って祐巳ちゃん見て思ったよ」

・・・セイの言う通りかもしれない。ずっと、可哀想って思ってた・・・。

でも違うんだ。二人を引き離した神様はそれを教えたかったのかもしれない・・・。

一緒に居すぎると壊れるかもしれない、近づきすぎた事で失くすモノもある。

セイはそう言いたかったのだ。

「私は…それでもやっぱり一年も離れるのは…辛いです…」

ユミが眼を潤ませてそう呟くと、セイは一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔に戻った。

「うん。そうだね。私もイヤだよ…二度と離れたくない。

でもどうしたって、衝突する事はこれからもあると思うんだ。

結局の所その時にどうするかなんだよ。私達はどうする?どうなりたい?

そこが重要なんじゃないかな・・・。答えが一緒なら何も問題ないんじゃない?」

セイの言葉は、まるでユミの胸につっかえていたモノを洗い流すように,

頭の先からつま先まで駆け巡った。

セイの想いもユミの想いも同じだったら大丈夫。セイはそう言う。

やっと引っ込んでいた涙が、また溢れ出してくる…。

セイの優しさと強さ…そして弱ささえも愛しい…。

「…ずっと…ひっく…いっ・・・しょに…うっく…いる…ひっ…か…ら…っく」

『何があっても、ずっと一緒にいるから…』

声にならずに飲み込んだ言葉はちゃんと伝わっただろうか・・・。

セイは何も言わず、ただユミを抱きしめていた。


「私達の船、今頃どこらへんだろうね?もう天の川まで届いたかな?」

「…多分まだですよ…」

そう言って二人で空を見上げる。

やっぱり空は曇っていたけど、

その向こうではきっと天の川が沢山の笹舟を運んでいるに違いない…。






一年に一度きりしか逢えない恋人と、


逢うたびに喧嘩をする恋人。


どちらが悲しいんだろうね?


私達はどちらにもならないよ。


だって、この愛は増すばかり…。






笹流し