引き出しの中で眠った記憶は、きっと掘り出されるのを待っていたに違いない。
ユミと付き合いだしてそろそろ2年。
長いようであっとゆう間だった。
今でもたまに長い夢の中にいるような錯覚を起こす事もあるけれど、
それでもこれは現実なんだと、夢の中ではないのだと、
彼女は教えてくれる。
キスをして、肌に触れて、それでも足りない時は抱き合ったまま眠って…。
今、私は十分幸せだった。
だからそんな手紙の事なんて今の今まですっかり忘れていたんだ。
12/28
今日は年末の大掃除。
セイは部屋の中を見回してため息をついた。
「…荷物が多い…」
引っ越してきたままの状態のダンボール箱が3箱部屋の隅に置いてある。
「…せめて箱から出しませんか?手伝いますから…ね?」
自分の部屋の掃除をさっさと済ませてしまったユミは、
ドアの入り口の所で苦笑いしている。
「…うん。ありがとう…」
セイはしょんぼりとうなだれると、もう一度大きくため息をついた。
とりあえず箱から出しましょう。と言うユミに従って、セイはノロノロと箱を開けだす。
いる物といらない物を確認しつつ分けてゆく。
と、ここでセイの手がピタリと止まった。
いらない物を袋に詰める作業をしていたユミもそれに気づく。
セイが見つけたのはキレイな模様の入った便箋だった。
セイはそれを手に取って中身を確認する。
思わず漏れた言葉・・・。
「…こんな所にあったんだ…。」
便箋を読み返しているセイにどうやらユミは困惑気味のようだ。
知りたいけど、知りたくない…。そんな複雑な表情をしている。
「お手紙…ですよね?えっと…あの…」
くちごもるユミに気づいたセイは、
丁寧に手紙をしまうとユミの頭をよしよしと撫でた。
「誰からか聞きたいんでしょ?でも見当はついてるんじゃないの?」
セイの言葉にユミはハッとする。見当ならついてる。多分あの人だ。
「…栞…さん」
ユミの答えにセイは笑って頷いた。そして小さく当たりだよ、と呟く。
「もうとっくに失くしたもんだと思ってたよ。こんな所に入ってたなんてね…」
そう言って、セイは手紙をユミの持っていた袋の中に放り込んだ。
「えっ!?す、捨てちゃうんですか?」
「うん。だって私にはもう必要ないし、いつまでも未練がましく持っててもね…」
…そう、私にはもう必要ないのだ。
久々に読み返した手紙にはもうなんの感情も湧かなかったのだから…。
ただの文章となってしまった手紙はもう、持っていても仕方ない。
「で、ですが…思い出でしょう…?それを…いいんですか…?」
「いいんだよ。あの時私の中でちゃんと消化したから」
「…はぁ…そうですか…」
あの時、ユミと付き合いだす少し前に栞と再会した時、分かったことがあった。
一つは、私はやはり変わったのだとゆう事。
もう一つは、心の中にすでに栞は居なかったとゆう事。
そうして私はあれほど長く、辛かった気持ちにようやくピリオドを打った。
しかし、栞と再会した事は未だユミには言えずにいた。
でもいつかは言おうと思う。
それこそもっともっと歳を重ね、昔話をするようになった時にでも。
「さて、続きしよう。でないと今日中に終わらないよ」
そんな風にユミを急かすと、ユミは振り返りキッとこちらを睨む。
その目は誰の部屋の片付けしてるの?とでも言っているように見えた…。
目は口ほどに物を言う、なんて本当に昔の人はよく言ったものだと、
今のユミを見て心底思う…。
二人はまた元の作業に戻り、黙々と作業をこなしていたその時。
今度はふとユミの手が止まった。
何かを食い入るように見つめている…。
「どーした?」
「へ?あっ、いえ、なんでも!」
そう言って何かを後ろにサッと隠すとまた同じ作業を繰り返している。
「何?何みつけたの?」
「な、何でもないです!ってば!!」
隠す所がなおさら怪しい…。
とゆうよりもこの部屋に隠すようなモノなんてあったっけ?
ユミのあまりにも不振な態度に、じりじりと少しづつ距離をつめる。
しかしユミも相当見られたくないのか、一定距離をとりつつ壁の方に逃げてゆく。
が。
「ふふ…もう逃げられないよ?どうする?」
セイは壁に両手をついてユミを捕らえた。
「う〜」
一方ユミは捕まった獲物らしくうなり声などあげている。
か、可愛い…。いや、今はそれどころじゃない!
セイは片手を壁から離しすばやくユミを抱きかかえるように、
グイッと自分の方に引き寄せた。
そしてジタバタするユミを後ろから固定して手を開かせ、
中にあったモノを取り出す。
「…こっ、これ…ど、どこにあったの?」
…それを見た瞬間顔から血の気が引いてゆくのが分かった。
思わずゴクリと息を呑む。
珍しく慌てているセイがユミは可笑しかったのか、小さく微笑んだ。
「あっちの箱の中です」
ユミの指差した先にあった箱…。そこには大きな字で、引き出し、と書かれている。
「…あぁ…」
どうしてよりによってコレを見つけるかな…。すっかり忘れてたのに…。
セイは憔悴しきった顔でユミから取り上げたソレをゴミ袋の中に投げ込んだ。
「あぁぁ!!!何するんです!?
あれは私のですよ!?勝手に捨てないで下さいよ!!」
ユミはそう叫んで慌ててゴミ袋の中に手をつっこむ。
「ちょ、いや、ホントにアレだけは勘弁してよ…てゆうか私出してないし!!」
セイは必死になってユミの腰に抱きついて抑えようとするが、
以外にもユミの力は強く、そのままズルズルと引きずられてしまった。
「いいえ、宛名は私になってるんですから私のですよ!
それにそんなに恥ずかしい事書いたんですか?」
「…えっ?い、いや、まぁ、恥ずかしい事…?
・・・だと思う…けど…って、ちょっ、ストップ!待って!!お願いだから!!!」
ユミはすでに、セイの目の前でビリリと封を切って中の手紙を取り出している。
これこそ今更だよ…。あぁ、もう!どうして保管なんかしてたんだ!?私は!!
「えぇっと…それでは…コホン!」
ユミはわざとらしく咳払いをするとチラリとセイを見てニィーっと笑う。
あっ、なんかすごく嫌な予感がするんですけど…。おい、こら、ちょっと?
「…え〜君の名は…」
「だぁぁぁ!!!!よ、読み上げる気??」
セイは必死になってユミの口をふさぐ。多分今のセイは耳まで真っ赤だろう。
「んー!!…ぷはっ!苦しいじゃないですか。もう。冗談ですよ。冗談」
ユミはそう言ってペロリと舌をだし、視線を手紙に落とす。
…書かなきゃ良かった…てゆうかすぐに捨てれば良かった…。
しかし今更そんな事後悔しても時すでに遅し。万事休す。
セイはガクンと頭を垂れるとソロソロと部屋を抜け出した。
ようやく手紙を読み終え、ユミが顔を上げるとそこにセイの姿はなかった。
どうやら相当この手紙を読まれたくなかったらしい。
ほんの少しだけ悪い事したかな?
とも思うけど、自分宛の手紙を見つけてしまっては読まずにはいられないだろう…。
それが人間の心理とゆうモノだ。
リビングのドアを静かに開け、ソファーの上で体育座りをしているセイに近寄った。
セイは膝の間に顔を隠し、小さく縮こまっている…。
「…聖様」
「…うん…」
「お手紙ありがとうございます」
「…うん」
「…私の名前は福沢祐巳って言います。
えっと、字は、福沢諭吉の福沢に、しめすへんに右の祐それと巳年の巳」
「うん」
セイはようやく顔を上げ、恥ずかしそうにユミを抱きしめた。
「私も貴方に出逢って、初めて幸せな恋を知りました。
…これからもずっと私と幸せな恋、して下さいますか?」
恥ずかしそうに呟くユミに思わずこちらまで照れてしまう。
「もちろん。私で良ければいつまででも…」
ユミはセイの顔をじっと見つめ、頬を赤く染めた。そして、呟いた。
「じゃあ、私にも貴方の名前、教えて下さいませんか?」
と…。思わず二人は顔を見合わせ、ふっ、と笑う。
「もちろん。私の名前はね・・・」
セイはそう言ってユミの後ろ頭に手を回し、グイッと引き寄せた。
・・・そして耳元で小さく囁くと、その唇に口付けた・・・。
過去を捨てたい訳じゃない。
ただ、今を大切にしたいだけ。
キミとの未来を生きたいだけ。
だって、昔話はまだ始まったばかり。