まるで雨のように全て流してくれたなら・・・。
「雨だね」
「そうですねぇ」
セイは読みかけの本を閉じると窓を開けた。
見上げた空から大粒の雨が次から次へと落ちてくる。
「ねぇ、祐巳ちゃん。雨の日ってなんだかすごく静かだと思わない?」
ユミは窓辺で空を見つめるセイに目を細めた。
「そうですねぇ…。誰も外に出ようとしませんしね。雨の日は」
「…あぁ、なるほどね。
誰かさんみたいに髪が言う事聞かないから外に出たくないって人もいるだろうし?」
セイはそう言って意地悪く笑った。
「だって、しょうがないじゃないですか!!本当の事なんだから」
ユミはおろしたままの髪に手をやるとはぁぁと大きくため息をつく。
「わっからないなぁ。そんなに気にする程でもないでしょ」
セイは窓を閉めるとユミの隣に腰を下ろし、髪を一束つかむ。
「…サラサラストレートの人にはわかりませんよ。
それよりなんだか今日は意地悪じゃないですか?」
そうなのだ。セイは今日朝からずっとこんな調子だったのだ。
本を読んで、思い出したようにユミをからかう…。
つかんだ髪を指にくるくる巻いて遊んでいたセイはユミの台詞に、そう?と首をかしげた。
「ええ意地悪ですよ。…もしかして怒ってます?」
「べっつにぃ〜。怒ってないよ、今日のデートが中止になったことなんて」
セイはそう言ってユミの髪を離し、また本を読み始めてしまった。
「ほらぁ、怒ってるじゃないですか。」
今日本当は朝から2人で出かける予定だったのだが、
あまりの湿気でユミの髪が言うことをきかないものだから延期してもらったのだ。
どうやらセイが朝から不機嫌なのはそれをまだ根に持っているらしい・・・。
「・・・」
「ちょっと、聖様!聞いてます?」
「聞いてるよ。だから別に怒ってないって。別にどうしても今日でないといけないって事もないし…」
セイは本を読みながら返事を返す。いつもそうだ。
この人は普段めったに本なんて読まないくせに
一度読み出すと終わるまでかまってくれなくなってしまうんだ。
ユミはむぅ、と頬を膨らませるとソファにもたれているセイにジリジリと近寄った。
セイの顔はもう目と鼻の先。なのにセイは一向にこちらを向こうとはしない。
とゆうより気づいてすらいなさそう…。こんなに近くにいるのに…。
「聖様?…せ〜い!」
「・・・」
…駄目だ…。反応なし…。
別に無視しているわけではないだろう…が、こんな時妙に寂しい気持ちになる。
ひとりぼっち。そうそんな感じ。ふとさっきセイの言ったことを思い出す。
『雨の日って静かだね?』
普段ならきっと、こんなに切なくならない。でも今日は駄目・・・。
雨の音とページをめくる音だけがやたらと大きく聞こえる・・・。
「…はぁ。」
ユミはため息をついて立ち上がるとそのまま寝室へと移動した。
別に眠かったわけじゃなくて、ただこの気持ちをどうにか落ち着かせようと思ったのだ。
寝室に入ると小さめのダブルベッドが窓際に一つ置いてある。
このベッドはユミがここに越して来た時にセイがわざわざ買ったのだ。
別に布団でもいいのに、と言うユミにセイは反対した。
セイ曰く、「どうせ一緒に寝るんだから二つもいらないでしょ?スペースの無駄だよ」との事。
あの時はあれ程恥ずかしいと思ったのに不思議と今はそうでもない。
とゆうよも確かに離れて眠る事なんて滅多にないのだからセイが正しかったのだろう。
ユミはベッドに腰を下ろすとセイの枕に顔を埋めた。
「…聖様の香りだ…」
胸がギュっと苦しくなる…。一番近くて一番好きな香り…。
ユミはよいしょっ、と起き上がると何気なくクローゼットを開けた。
そこからセイのパジャマを取り出しておもむろにそれを羽織る。
こうしてると、なんだかセイに抱かれているみたいでユミは好きだった。
そしてそのままベッドに転がって窓の外に目をやる。
雨は全く止む気配すら見せずにひたすら振り続けていた…。
「はぁ、やっと終わった…」
セイは本を閉じると大きく伸びをした。雨音がさっきよりずっと大きくなっている。
「…これは出かけなくて正解だったかも…」
思わずそう呟くとセイは辺りを見回した。
「…あれ、祐巳ちゃん?」
ユミがいない・・・。さっきまで確かに隣にいて雑誌を見てたとゆうのに。
隣を見ると雑誌だけがそのままそこに置いてある。でも本人がいない。
「祐巳ちゃ〜ん」
呼んでみても返事がない。
そんなに広くないのだからこれぐらいの声で呼べばいつもは大抵返事が返ってくるのに…。
「…ここってこんなに静かだっけ…」
セイはユミのいない部屋を見回すとつぶやいた。
ユミが引っ越してくるまではずっと一人きりだったのだから、
一人には慣れてるはずなのに今は落ち着かない。
ユミがいないだけでこんなにもこの部屋は暗く、寂しかったのだと思い知らされる。
「…どこ行ったの…?」
まるでかくれんぼしていていつまでも仲間が見つからない…そんな気分だ。
セイはようやく立ち上がると部屋を出てトイレのドアを叩いたが、返事はない…。
「まさか外?」
セイは玄関を確認してみた。が、靴はある。とゆう事は家の中にはいるんだ。
セイはユミの部屋のドアをそっと開けて中を覗き込んだ。
ユミの部屋は白が基調の明るい部屋だ。
この部屋はこの家の中で一番日当たりが良かった。
この部屋をユミに勧めたのは、この部屋が一番ユミっぽかったから。
一日の大半は日が当たって明るくて暖かいのがユミには合っているとそう思ったからだった。
部屋はそんなに広くはないが、モノがあまり無いためかとてもすっきりして見えた。
「…ここでも無い…」
セイはそっとドアを閉めると寝室へと向かった。
寝室のドアを開けるとベッドの上に脱ぎかけのセイのパジャマが置いてある。
「?どうしてパジャマだけ?しかも私のじゃない」
セイは首をかしげてパジャマを見つめる。
ベッドの上に置かれたパジャマは、まるで私を探して、と言っているようにも見えた。
セイは寝室を後にして、最後の部屋を目指した。
「…私の部屋…?」
ユミは滅多にセイの部屋には入らない。
それはセイもユミの部屋にはあまり入らないとゆう決まりごとだった。
お互いの許可が出たときは入っても構わないが、
それ以外はなるべくプライベートを尊重しようと言うことだ。
別にやましい事など何もないけれど、
やはり別個の人間として知られたくない事は誰にだってある。
それはお互い了承していたのだが、
ユミもセイも慌てているときなどはドアを開けっ放しにしているのだから、
あまり意味はないのかもしれない。
でもセイは、いつか全てを打ち明けられたらいいのに、と常々思っていた。
そしてまた、打ち明けてくれればいいのに、と。
知られたくない事も含めて愛し、愛されればいいな、と。
そしてセイは自分の部屋のドアをそっと開けた・・・。
「・・・」
中の光景を見てセイはゴクリと息を呑んだ。全身から血の気が引いてゆくのが判る…。
なぜなら、ユミが部屋の真ん中でうずくまるように倒れていたのだ。
セイは思わず駆け寄ってユミを抱きしめた。手がダラリと床に落ちる・・・。
「や…だ…ゆ…みちゃん?ねぇ!!祐巳ちゃん!!!」
セイの目から温かいものが零れ落ちる。失う怖さ。一人残される辛さ。
そんなものが頭の中を駆け巡ってゆく…。
と、その時だった。ユミの手がピクリと動いたのだ。そして・・・。
「せ…さまぁ…?泣いてるの…?」
ユミは目をごしごしこすると、眩しそうに瞬きを何度も繰り返す。
「・・・ゆ…みちゃん?」
「・・・はい?」
セイはユミの頬にそっと触れてその温もりを確かめた。
「…大丈夫…なの?」
セイの質問にユミは目をぱちくりさせて首をかしげた。
「あの…どうかしたんですか…?」
「…えっと、気分悪くて倒れたんじゃないの?」
どうやらセイはユミがこの部屋で倒れていると勘違いをしたらしい。
「わ、私がですか?いいえ、眠ってただけですけど…」
ユミが慌ててそう言うと、セイは何とも複雑そうな顔をして笑った。
「なんだ…良かった…あんまり心配させないでよ…」
「はぁ」
ユミはわけが分からずとりあえず頷くとセイを見てギョっとした。
なんとセイの目から涙が次から次へと溢れてくるではないか。
「せ、聖様!!ど、どうしたんです!?」
すると、セイは突然ユミに抱きつき胸に顔を埋めた。
「うっ、ひっく…ひぃ…っく…うっ…こわ…かっ…ひっ…く」
どうやら、相当怖かったのだろう…。
セイは子供のようにユミにしがみつくと、大声を上げて泣き出してしまった。
「・・・ごめんなさい…心配させちゃいましたね…」
それほどまでに自分の事を心配してくれたのだ、と思うとユミの目頭まで熱くなってくる…。
なかなか泣き止まないセイの頭をユミは優しく撫でながら思った。
たまにセイは泣く事があるけれど、こんな風にセイが泣くのをユミは初めて見た。
いつもはしっかりしてて、頼りになってたまに親父が入るけど、
困ったときは必ず助けてくれるセイ。
でも本当はユミが思うよりもずっと泣き虫で甘えたなのかもしれない・・・。
こんな風に泣くのも、とても心配性なのもきっと怖がりで寂しがりやだからだろう。
そして、とても孤独な人。
ユミは泣きつかれて眠ってしまったセイの身体を横に寝かせると、
腕の間にすっぽりと入り込んだ。
まるで後ろから抱きつかれているような形だ。
「…怖がりで寂しがりや・・・か。・・・それは私もかな…」
そう呟くと寝返りをうってセイと向き合う。セイは小さな寝息をたてている…。
ユミはその寝息を聞きながらそっと目を閉じた・・・。
いつの間にかさっきまでの気持ちはどこか遠くへ行ってしまったようだった…。
一粒 また一粒と
周りの音を吸い込んで落ちる。
あまりにも静かで
私一人しか居ないのか、と錯覚する。
全てを洗い流して
気持ちも洗い流して
私の気持ちを詰め込んだ
溢れる私の雨も
全てを洗い流してくれるだろうか。
それともあまりに静かな雨に
まぎれてしまうのだろうか・・・。
ーただ ただ 降りつづける雨の音を聞きながらー