今まで心が欲しいと思ったことは何度でもあった。
でも身体まで欲しがるなんて・・・どうかしてる・・・。
ユミと付き合いだして早3ヶ月。セイは悩んでいた。
『…キス…したいなぁ…』
別にキスそのものがしたいのではなくて、ユミとのキスがしたい。
好きになればそう思うのも当然の事だと思う。
でも自分達は女の子同士で、
現に付き合っていると言っても未だに友人関係の延長でしかないような気がしてならないのだ。
好きになったんだからしょうがない。
簡単にそう割り切れるモノならとっくにそうしてる。
セイは自室のベッドで転がりながら目をつぶった。
目をつぶるとさっき別れたばかりのユミの笑顔が脳裏に浮かぶ・・・。
屈託のない笑顔が余計、セイには残酷なもののように思えた。
『祐巳ちゃんはどう思ってるんだろうなぁ・・・』
なんだか自分ばかりが好きな様な気がして・・・。
その頃ユミはお風呂の中で考えていた。
セイにとって自分は一体どうゆう存在なのだろうか?と。
付き合いだしてまだ3ヶ月。
今まで通りセイは優しい。とても大事にされているのも解る。
でも、何かが足りない・・・。
『何だか距離を感じるんだよね・・・』
・・・距離・・・。この言葉がユミを縛る。どうして距離を感じるのか・・・。
大事にされて優しくしてもらって一体何の不安があるとゆうのか・・・。
ユミはシャワーから水を出すと頭からかぶった。
『・・・さむっ・・・』
ユミはもう一度湯船に浸かり、やがてお風呂を後にした。
2年の差がこれほどに大きいとは・・・。
セイは大学、ユミは高校。いくら敷地が一緒とはいえ校舎が違えば全く顔を合わさない。
今日からまた一週間・・・顔を合わさず過ごすのだと思うとセイの口から思わずため息が漏れる。
「…どうかしたの?佐藤さん?」
隣の席で抗議を受けていた加藤景がさっきからため息ばかりついているセイに声をかけた。
「んーちょっとね・・・」
「ちょっとって事は無いでしょ…まぁ別にいいけど」
興味のなさそうなケイに思わずセイは苦笑いする。
大学に入って初めて出来た友人は、なんだかとても淡白で居心地がいい。
好きな子がいるの。と告白したのはかれこれ4ヶ月前のなるだろうか。
その時も「ふーん、告白すれば?」なんてあっさり言ってくれたっけ・・・。
「雨だわ・・・。傘持ってきてないのに」
ケイの言葉にセイも窓の外に目をやった。
「ほんとだ。私も持ってないよ…」
「でしょうね」
ケイはやたらときっぱりと言い切る。
どうやらセイとゆう人間がどんな人なのかを大分理解しているようだった。
セイは笑顔をひきつらせながら、まぁすぐに止むでしょ。と呟くとケイもそうね、と頷いた。
今日の抗議は3限までしか無かったから、まだお昼過ぎだ。それなのに空はもう夕方かと思うほど暗い。
かろうじて雨は上がっているがこれじゃあいつまた振り出してくるかわからない・・・。
『・・・いそいで帰ろう・・・』
セイは早足で水溜りを避けながらバス停を目指した。
『・・・はて?今日は平日だよな・・・』
セイがバス停に行くとそこにはリリアンの制服を着た少女達が並んでいるではないか。
「聖様!!」
セイは驚いて振り返ると、そこには今まさにこちらに走ってくる少女が一人。
「ゆ、祐巳ちゃん!?」
ユミは二つに括った髪をピョンピョン揺らしながら、セイの前まで来ると大きく肩で息をしている。
「はいはい、吸ってー吐いてー…」
セイはユミの背中を撫でながら深呼吸をさせた。ユミもそれに従って、照れくさそうに深呼吸をする…。
「で、どうしているの?」
「今日はテストでしたから」
「…あぁ」
セイは曇った空を見上げ、なるほど、と呟く。ユミは隣でうんうんと頷いている。
「…でも、昨日会ったばかりなのに何だか新鮮な感じがしますね?」
ユミはそう言ってセイを見上げた。ユミの耳はほんの少し赤くなっている。
「うん。なんだか久しぶりにその制服着てる所見た気がする…」
実際たまに帰りとかに会うのだから、そんなに久しぶりとゆう訳ではないのだが…。
へへ、と照れたように笑うユミは本当に可愛らしくて、思わず抱きついてしまいたくなる。
やがてバスが来て二人はK駅まで一緒に帰る事にした。
バスの中では手を握る・・・。
どちらから言い出した訳でもないのに、2人の間ではすでに暗黙のルールになっていた…。
しかしセイはK駅に着いても手を離そうとしない。
ユミが心配そうにセイの顔を覗き込むと、セイはバツが悪そうに手を離した。
『・・・まただ・・・』
ユミはセイの表情を見て思った。距離を感じる時は大概こうゆう顔をするんだ。
寂しそうな悲しそうな顔・・・。ユミはセイの手をギュッと握り返すと、駅とは反対の方へと歩き出した。
「・・・どこ行くの?駅はあっちだよ?」
セイの静かな声にユミは出来るだけ笑顔で答えた。
「遠回りして帰りましょう!」
『…あなたに近づきたい…もっと…』
どんどん好きになる…。全てを知りたいと思う…。
ユミはセイと付き合うようになって、人を好きになる事がどうゆう事かが少しづつ解ってきたような気がしていた。
「うん」
セイはまるで子供のような顔で笑うと逆にユミの手を引っ張った。
どこに行くでもなく、ただ歩いていた・・・。
しばらく歩いてるうちに目の前に大きな川が見えた。
「わぁ、こんな所に川があったんですね!!」
「みたいだね、私もこんな所までくるのは初めてだから知らなかったな…。
晴れてたらこの土手に転がるのに・・・」
目の前にある泥だらけの土手を見つめながらセイは呟いた。
「いいですね。お弁当とか食べたり、お昼ねした…り…」
ユミが勢いよく振り返ったその時、フッと2人の視線が合った・・・。
別になんてこと無いはず、たかが視線が合ったぐらいの事。
でも今日は違った…。まるで身体に電気でも走ったかのように二人はその場で固まった…。
セイは大きなユミの瞳から目を逸らす事が出来ないでいた・・・。
『…もう…ムリだよ…祐巳ちゃ・・・ん』
コップの淵まで溜めていた水が一気に流れ出す…。
そんな感覚に襲われ、思考回路が一瞬停止しそうになったその時だった。
ザァァァーーーー。
「あ、雨?」
先に口を開いたのはユミだった。
「聖様!!雨ですよ、とりあえず陸橋の下まで走りましょう!!」
ユミはそう言ってセイの手を掴むと走り出した。セイはその手をじっと見つめると薄く笑う。
なんだか雨にうまい具合にはぐらかされてしまったのが無償に可笑しかった。
雨が降って良かった・・・。そう思ったと告げたらセイは怒るだろうか・・・?
でも本当にそう思ったのだ。なんだか知らないセイみたいで怖かった・・・。
しかしその反面、残念に思う自分も確かにいた。
『…どうしてこんなにドキドキするの…』
ユミは陸橋の下まで来るとようやくセイの腕を放した。
白いセイの腕にくっきりとユミの手の後がついてしまっている…。
「うわっ、ごめんなさい!!聖様、痛かったですか?」
するとセイは何も言わず黙ったまま頭を振った。しかしどこか様子がおかしい。
「…どうかされましたか…?」
ユミはセイの濡れた髪をハンカチで拭きながら尋ねる。
しかしセイは相変わらず何も答えず、ただじっとユミを見つめていた…。
「…風邪…ひくよ」
ようやくセイはそう呟くとユミの持っていたハンカチを取り、ユミの髪を拭きだした…。
「…や、大丈夫ですよ…」
ユミはそう言って俯こうとしたが、セイがそれを許さなかった。
ユミの顎に手を添え自分の方を向かせると艶っぽく微笑む。
「せ、聖様・・・?」
「…どうして俯いちゃうの?可愛いね…祐巳ちゃん…」
セイの囁くような声がユミの心臓を刺激する…。
『…ど、どうしよう…何だか変な気分…』
セイはそんなユミの心の中を知ってか知らずか、少しづつユミを後ろに追いやった。
「ねぇ、祐巳ちゃん…こんな事する私は嫌い?…止めてほしい…?
もし止めてほしかったら遠慮なく私を突き飛ばして…。でないと…自分ではもう…」
「せ、聖様!?」
ユミはセイの顔を見て思わず息を飲んだ。
なぜなら、セイの瞳から頬にかけて一筋の涙が伝っていたのだ…。
苦しそうな、辛そうな顔…。
『どうして・・・?何がそんなに・・・』
ユミはセイに押されるがままに後ずさりをしていたが、やがて何か堅いモノにぶつかった。
「こんな事…ほんとはしたくないのに!!…っでも!…でも…止まらない…。
祐巳ちゃん…キミが好きなんだ…どうしようもないぐらいに…キミが欲しいんだ…」
セイの掠れた声がユミの脳に直接流れ込んでくる…。
『…私を好き…だから苦しんでるの…それであんな顔してたの…?』
ユミはそっとセイに近づくと頬に手をやる。
一瞬セイの身体が強張ったように感じたが、気にせずセイの涙をそっと拭った。
「…私も好きですよ…。聖様ばっかり苦しむ事無いです…よ」
ユミはそう言ってセイの身体に腕を回した。セイの心臓の音が聞こえる・・・。
と、その時、セイは突然ユミを強く抱きしめると顎に手をかけユミの唇を親指でなぞった。
セイの手はとても冷たい・・・。そして一瞬だけ優しく笑う。
「…目、閉じて・・・」
ユミは云われるがまま目を閉じた・・・。心臓はまるで早鐘のようだ。
セイはユミが目を閉じたのを確認すると、ゆっくり顔を近づけてゆく…。
…やがて2人の唇は重なった。最初はゆっくり…次第に激しさを増してゆく。
「…っん…は…っぁ」
ユミは懸命に息をしようとするが、漏れるのは吐息ばかりで上手く息が吸えない…。
それでもセイはユミの身体をしっかり抱き、深い、深い、口付けを交わした。
「…っん…せっ…さまぁ…ぁっん」
その時、ガクン。とユミは身体から力が抜けるのを感じた。
「祐巳ちゃんっ!」
セイは慌ててユミを抱きとめるとそのままその場に座り込んだ。
ユミの制服がよごれてしまわないように…。
セイはユミの頬を優しく撫でると、恥ずかしそうに笑うユミの唇に小鳥のようなキスをすると、
もう一度強く抱きしめた。
「…はぁぁぁ、緊張した…」
思わず漏れたセイの本音に、思わずユミは笑ってしまった。
どうやら緊張していたのはユミだけでは無かったのだと。
セイの顔はどこかとてもスッキリしたように見える…。
『…これで良かったんだ…』
ユミはセイの胸に顔を埋めるともう一度心臓の音を聞いた。
トクン…トクン・・・トクン。
『あぁ、どうしてこんなに安心するんだろう・・・』
ユミはうっとりとセイの心臓の音に聞き入っている・・・。
セイはそんなユミの頭を優しく撫でながら、ユミの耳元で囁いた。
「愛しているよ…祐巳ちゃん」
アイシテイル・・・。ミンナニモソウイッテルンデショ?
『…前はそう聞き返したっけ・・・』
「…私もですよ…聖様」
今なら判る。あの時どんな想いでセイがユミに愛してると言ったのか・・・。
ユミは少しだけ腕を伸ばすとセイの首に回した。
セイは少し驚いた様な顔をしていたが、やがてそっと目をつぶった・・・。
雨宿りのつもりで入ったこの場所を、きっと一生忘れる事はないだろう・・・。
雨はすっかり上がって、ところどころに天使の階段が出来ている・・・。
その下には大きな虹がまるで祝福するみたいにかかっていた・・・。
一つ手に入れればもう一つ欲しくなる・・・。
もう一つ手に入れれば、また一つと・・・。
欲しいモノが増えてゆく。
どんどん欲張りになっていく・・・。
でもそれを止める術を知らない私は
いつかきっと、キミを壊してしまう・・・。