この時期になるとイヤなのが雨。
くせの強いこの髪は雨が近づくと、もうどうにもならないほどゆうことを聞いてくれなくなる。
きっとサラサラストレートヘアの人には解らない悩みなんだ…。
昨日から関東地方は無事梅雨入りを果たしたのだが、無事ではない少女がここに一人…。
ユミは朝からすでに30分ほど鏡の前で自分の髪と格闘していた。
「うぅ、ダメだ…まとまらないよぉ」
湿気を含んで言う事を聞かない髪は、さっきからあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返していた。
「…しょうがない…。もうこれでいいや」
ユミは髪を二つに分け、コームで逆毛を立てる。そうするとアラ不思議。
言う事を聞かなかった髪がいい具合にあっちこっちへはねてくれるので、いい感じになるのだ。
鏡の中の自分を見つめ小さくため息をつくと自室に戻り、出かける用意をした。
今日は日曜日。特に何もする事がないのでとりあえずショッピングにでも行こうとゆうわけだ。
想いの他髪に時間をとってしまい予定よりも出るのが遅れたが、
どうせ誰とも待ち合わせなどしていないのだから、
そんなに時間に神経質になる必要はなかった。
梅雨入りしたとはいえ雨はまだ降っていない。天気予報では曇りと言っていた。
しかし髪は言う事を聞かない…。
「さて、髪を信じるか、予報を信じるか…」
ユミは玄関先でブツブツ呟いていたが、やがて傘を持たずに家を出た。
理由は荷物が多そうだから。さっき髪と格闘している時に母から買い物を言いつけられたのだ。
傘を持っていると、もてそうに無い程のお買い物を…。
K駅付近はさすが日曜日だけあって人が沢山いた。
待ち合わせをしていたり、座ってジュースを飲んでいたりと様々だ。
ユミは人ごみを抜け、裏通りに入った所にある靴屋さんを目指した。
「あぁ、かわいいなぁ…。もうすぐ夏だしサンダルの一つぐらいあってもいいかな…」
ユミはサンダルコーナーでじっと靴と睨めっこしながら呟いた。
ピンクや白や水色…。色とりどりのサンダルにはキラキラと石が沢山ついていてまるで宝石の様だ。
結局ユミは薄いピンク色のサンダルを購入して店を後にした。
「さて、靴も買えたし、次は頼まれたモノ買いに行かなきゃ…」
曇った空を見上げると、ユミは呟いた。
百貨店まではここから少し歩かなくてはならないが、
それでも今靴を買った為かユミはとても上機嫌だった。
結局百貨店での買い物は予想以上に沢山あったのだが、それでもどうにか持てる範囲だ。
「さて、と。雨が降る前に帰らなきゃな」
ユミは沢山の荷物を持って百貨店を後にした。
空はさっきよりもどんよりとして、今にも泣き出してしまいそうだ。
ユミは歩幅をほんの少し早めてみたが、いかんせん。
一足遅かった…。
ザーーーー。
「…降ってきちゃったよ…」
やっぱり髪を信じれば良かった・・・。しかし今更後悔してもしょうがない事だ。
夕立とも思えるほどの雨は、あっとゆう間に上から下までずぶ濡れにする…。
ユミは慌てて荷物を抱え、近くにあった喫茶店へと駆け込んだ。
喫茶店の中はお客さんもあまりいなくてとても空いている。
「いらっしゃいませ〜。お好きな席へどうぞ」
店員さんの声にユミはキョロキョロと店内を見回して、一番端っこの席についた。
「…はぁ。やっぱり傘持ってくればよかったな・・・」
店に入る事を拒まれるほど濡れてはいなかったが、それでもユミの服からは水が滴っている。
ユミは持っていたハンカチで髪や顔を拭き、
側で注文を待っていた店員さんにミックスジュースを注文した。
ミックスジュースが来るまでの間外をぼんやりと眺めていると、
この大雨の中こちらに向かって走ってくる人がいた。
「…あんなに濡れちゃって…可哀相…」
しかし自分も大概濡れているのだから、やはり自分も可哀相の部類に入るのだろうか…。
ユミは苦笑いしながらもう一度窓の外に目をやると、
すでにさっき走っていた人はいなくなってしまっていた。
そのかわり今度は黒い大きな傘がこちらに向かってくる。
黒い傘の人は真っ直ぐこちらに向かって歩いてくると、何の迷いもなく店内に足を踏み入れた。
たたんだ傘を入り口の傘たてに入れると、店内をグルリと見回す。
「あ…」
「えっ!?」
二つの声がうまい具合に重なる。
そして黒い傘の人は驚きを隠せない、といった感じでこちらに近づいてきた。
「どうしてここにいるの!?」
いや、それはこっちの台詞ですよ。思わずユミはつっこみを入れそうになるが、それをぐっとこらえた。
「あ、雨宿りです…。傘を持ってこなかったんで。ところで白薔薇様はどうしてここに?」
黒い傘の正体。それはセイだった。
珍しくユミよりもセイの方が驚いているのはきっと、まさか居るとは思ってもみなかったのだろう。
しかし思ってもみなかったのはユミも同じだった。
ただ、以前に学校でセイがあの黒い傘を差しているのを覚えていた。
だから心の中でもしかして?と思ったユミは大して驚きはしなかったのだ・・・。
セイはユミの向かい側に座るとコーヒーを注文した。そしてさっきのユミの質問に答えた。
「私は美容院で髪切った帰りに休憩しようと思って…。それよりすごい格好だね…」
セイはそう言ってポケットからハンカチを取り出して、ユミの前髪をそっと撫でた。
「ロっ白薔薇様!?い、いいですよ!!大丈夫ですから!!」
ユミが慌てて両手を振るとセイは一瞬表情を曇らせたが、すぐにクスリと笑った。
「祐巳ちゃん。今は志麻子が白薔薇様でしょ?私はもう卒業したんだからただの佐藤聖だよ」
ごもっともです。今はユミの親友のシマコが白薔薇だ。
「…そうでしたね。じゃあなんて呼べばいいですか?」
ユミの質問にセイは首を傾げる。
「なんでもいいよ。好きなように呼んで」
「…好きなように…ですか?」
今度はユミが首を傾げる番だった。好きなように…。
佐藤さん…いや、ムリだ。佐藤様…なんだか営業マンみたいだし…。
ユミがう〜ん、と迷っているのをよそ目に、
セイは甲斐甲斐しくユミの肩や髪を一生懸命拭いていたが、
やがて手を止め苦々しく言った。
「そんなに迷う事?普通に名前でいいから。聖って呼んでよ」
セイ…。ムリです!!絶対に!!それだけは勘弁してください!!!
ユミは慌てて顔を上げてブルンブルンと首を振った。
「…じゃあ間をとって聖様でいいですか?」
ユミの質問にセイはコクリと頷き、おもむろに自分の着ていたジャケットをユミに投げてよこした。
「な、なんですか?」
心なしか不機嫌そうなセイの顔にユミは少し困惑する・・・。
もしかして聖様はいやだったのだろうか・・・?
「…風邪ひくよ?」
どうやら着ておけとゆうことらしい。しかしどうしてそんなに不機嫌そうなのか・・・。
ユミはまだ暖かいセイのジャケットに袖を通すとペコリとお辞儀をする。
しかしセイはプイッと窓の外を見たままこちらに目線を移そうとはしなかった…。
『・・・急にどうしちゃったんだろう・・・私何かした?』
ユミはジャケットのボタンを留めると俯いた。
『まただ・・・』
どうもセイと居ると涙もろくなってしまう。
それは会っている時だけじゃなくて、思い出すだけで涙が出そうになるのだ。
そして無償に会いたくなる・・・。
セイが卒業してたったの1週間しか経っていないのに会いたいなんてどうかしてる・・・。
『こんな気持ち…産まれて初めて・・・』
大好きなサチコと逢えなかった時もこんな風に泣きたくなったけど、
これほど胸が焦げるような気持ちは初めてだった・・・。
外は大粒の雨。
梅雨前線はどうやら思ったよりも発達しているらしい・・・。
濡れてしまったクセはどうしようもないほど
言う事を聞いてくれない・・・。
私の心も、同じ・・・。
全く言う事を聞かず私を困らせる・・・。