学園!マリみて教師物語  おまけ中編

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

喧嘩は犬も食わないってよく言うけど、案外人間は素直にそれを食ってしまうものなんだな、なんて事を最近知った。

今まで私は聖さまと喧嘩なんてしたことなかったし、きっと聖さまもしたいとは思ってなかったと思う。

でもね、でも・・・心って、やっぱっりすれ違うものなんだなぁって、今になってようやく分かった。

だって、私。聖さまに伝えたい事、一杯あるんだもん・・・。


第二十一話『予期せぬ事態』



予期せぬ事態ってやつは、いつも突然やってくる。

決して時と場合なんてものは考えてはくれないし、それどころか大抵は都合の良くないときに限って訪れる。

私は祐巳ちゃんの肩を抱きながら歩いていた。真っ暗な校舎の中に、懐中電灯の明かりだけがぼんやりと浮かぶ。

「ねぇ、どうしても戻らなきゃ駄目かなぁ」

「当たり前ですよ!一体誰の為のパーティーだと思ってるんです?」

「そりゃそうだけどさー・・・あーあ、めんどくさいなぁ、もう」

なんて、こんな事言ったら罰があたるかもしれないな。皆私のために開いてくれたんだもん。

多分、祐巳ちゃんもそう思ったんだろう。私を見上げて咎めるように微笑んだ。あー、もう!どうしてこんなに可愛いのか。

犯罪だよ、ほんと!・・・いや、これが惚れた弱みってやつなのかも。

多分今なら私は祐巳ちゃんに何をされたって許してしまうに違いない。あ、でも、ipotだけは・・・持っていかれると困るけど。

そんな私の心を知ってか知らずか、祐巳ちゃんは甘えるみたいに私にしなだれてくる。

「もう、ちゃんと歩いてよ」

「だって、聖さま暖かいんですもん」

「あっそ」

呆れたように笑う私に、祐巳ちゃんも笑う。ねぇ、もしかして私達って今、最高潮にラブラブなんじゃない!?

おかしいなぁ・・・恋愛ってこんなにも楽しいもんだったっけ?いや、もしかすると私が知らなかっただけなのかも。

それとも祐巳ちゃんの力か・・・まぁ、どっちでもいい。とにかく今が幸せならそれでいい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

薔薇の館に戻った私達を真っ先に出迎えてくれたのは、意外にも祥子だった。ていうか待ち伏せていたといってもいい。

「祐巳っ!!一体どこへ行っていたの!?心配するじゃない!!」

「さ、祥子さま・・・も、申し訳ありません・・・でも、ほら、聖さまがずっと一緒だったし・・・」

祥子は私から祐巳ちゃんを無理やり引き剥がして、どこも怪我とかしてないか念入りに調べている。

ていうか、私がずっと一緒だったんだから怪我なんてさせるわけないじゃない!

でも、チラリと私を見た祥子の目はとても冷たい。まるで氷河期のように。

「聖さまっ?!聖さまと一緒だったから危ないんじゃない!!もう、本当に祐巳ったら!!!!」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

祥子の言葉に祐巳ちゃんは困ったように笑っている・・・でも、私は何だか腑に落ちない。

ていうか、どうして私が一緒だと危ないと思うのよ!!本当に失礼ね、蓉子といい、祥子といい紅薔薇一家は!!

そりゃ確かに?私と祐巳ちゃんが二人きりになって何かおこらない訳もないけど!

それにしたって失礼だよ、ほんとに。

私は心配そうに祐巳ちゃんを抱きしめてまるで母親のように祐巳ちゃんの頭を撫で撫でする祥子を睨みながら言った。

「ほら、祐巳ちゃん。そろそろ中に入るよ」

「あ、はい・・・さ、祥子さまも一緒に中に入りましょう?外は寒いですから」

「ええ、そうね。そうしましょう」

フン。祥子なんか放っておけばいいのに・・・ていうか、どうして祥子が祐巳ちゃんの手をとるわけっ!?

それに祐巳ちゃんも嬉しそうに手なんて繋いじゃって・・・信じられない!!隣に私が居るっていうのに!

あー、もう。なんかイライラしてきた。私は目の前で楽しそうに談笑しながら歩く二人を見てられなくて、わざとゆっくり歩いた。

案の定二人は少しづつ遅れる私の事に気づかない。祐巳ちゃんでさえも・・・。

「何よ・・・勝手にすれば?」

あーあ。ついさっきまではあんなにもラブラブだったのにな。どうしてこうなっちゃうんだろう。

どうしてもっと大人になりきれないんだろう、私。ヤキモチばっか妬いてさ、ほんと、どうしようもない。

しばらく私は頭を冷やす為に薔薇の館の外で星空を見上げていた。

電気が点いているせいでよくは見えないけど、それなりに綺麗だ。

でも・・・どうしてかな。一人で見てもなーんにも楽しくないや・・・。

「はぁ・・・中入って祐巳ちゃんに謝ろ・・・」

外は寒いし。本当は大方こっちが本音だったんだけど。

薔薇の館に入ると、突然一階の物置からヒソヒソと誰かの話し声が聞こえてきた。

「ちょっと、動かないでよ、蓉子・・・うまく外れないわ・・・」

「やん、ちょ、待って・・・そ、そこはダメよ・・・」

・・ん?ちょっと待て。これって・・・蓉子と・・・まさか、江利子?!ていうか、あの二人こんな所で一体何して・・・。

私は好奇心を抑え切れなかった。でも、ついよ、つい!通りがかったらたまたま聞こえてきたんだから!!

これで聞かなきゃ嘘でしょう!そんな訳で私はこっそりと物置に近づいて聞き耳を立てた。

すると、さっきよりも随分とよく中の話し声が聞こえてくる。

「ほら、じっとして・・・」

「で、でも・・・江利子、私・・・」

「動くとうまく脱げないわよ?」

「そ、そんな事・・・やっ!」

「ほらね、だから言ったのに」

「ゃ・・・ちょ、だ、だめよ・・・う、動かなさないでってば・・・」

「そんな事言われても・・・ほら、大丈夫よ。もうちょっとだから・・・動かないで」

「やっ・・・そ、そんなとこ・・・っ!」

・・おいおいおい、ちょっと待て。これって・・・これって・・・もしかして・・・?

ていうか、ここは学校だっつうの!!・・・あ、私は人の事言えないケド。で、でも・・・それはダメだよ、蓉子に江利子!!

よりによってこんな所で!!いつ誰が降りてくるか分からないんだからっ!!

私はヨロヨロとその場を後にした。そして、重い足取りで階段を上ってゆく。

これは・・・誰かに相談すべきなんだろうか。否。言うべきじゃない。

だって、あの二人は私の恋愛に関しては自由にさせてくれたもの、いつだって。

だから言うべきじゃないんだろうけど・・・で、でも・・・真相はしっかりと確かめなきゃ!!

でもまさか、この事が後になってまさかあんな事態を引き起こそうとは・・・この時はまだ誰も予想してなかった。



第二十二話『疑惑、困惑、猜疑心』



聖さまが怪しい。いや、別にこれと言った確信が持てるわけじゃないんだけど、

遅れて薔薇の館に入ってきたその時から、聖さまの様子がどこかおかしい。よそよそしいっていうのかな。

いつもなら真っ先に私の所にやってくるのに、

今は何故かドアの一番近くの席を陣取ってどこか落ち着かない様子でドアを睨んでいる。

「お姉さま?どうかされたんですか?」

聖さまの行動を不思議に思った志摩子さんが聖さまの隣に腰を下ろして話しているのが聞こえてきた。

志摩子さんの質問に、聖さまは慌てた様子で早口でまくしたてている。

「ど、どうもしないよ!?ただほら、このドアっていい加減取り替えるべきだよねっ!

階段だって軋むし!!いっそ下の物置とか取り壊しちゃえばいいのに!!ねっ!志摩子もそう思わない?!」

慌てふためく聖さま・・・っていうか、一体何が言いたいのかサッパリわからない。

つうか・・・何かが怪しい・・・聖さまは嘘をつくとき必ずちょっとだけ目を伏せるんだ。ほら、今みたいに。

本当は何か隠し事してて、それを取り繕ってるんだって事は分かるんだけど・・・やっぱり怪しい。

本当なら私も今すぐ聖さまの隣に行きたいんだけど、そうは祥子さまが許してくれない。

ずっと楽しそうに私の隣で話しかけてくれているから・・・あーーーーー!!!もうっ!!!

ちょっとだけっ!ちょっとだけでいいから祥子さま!聖さまの所に行かせてくださいっっ!!!

「祐巳、どうかして?」

「い、いいえ!何でも・・・ありません・・・」

あぁ・・・どうして私はこうもハッキリと物事を言えないのだろう。ほんと、いい加減情けなくなってくる。

結局ハッキリと言えなかった私は、仕方がないから聖さまと志摩子さんの話に耳を傾けているしかなくて・・・。

「そ、そうでしょうか?これはこれで風情があると思いますが・・・」

「いいや、とんでもない!もし今地震とか来たらどうするの?間違いなく私達ペッシャンコだよ?

こんな危ないものさっさと改築すべきだと思うんだよね!そう、絶対にそう!!ちょっと私蓉子に抗議してくるよ!

生徒達の安全のためだもんね!!」

「・・・はあ・・・」

・・・一体、何言ってんだろう、聖さまは・・・しかも唐突に・・・。さっぱり分からないよ、聖さまの思考回路が。

そう言って勢いよく立ち上がって部屋を出てゆく聖さまを、志摩子さんは不思議そうに見つめている。

ていうか・・・やっぱり聖さま・・・怪しい。絶対何か隠し事してる!!

「祥子さま、申し訳ありません。私ちょっと・・・」

「ちょ、祐巳!?」

私はそう言うなり聖さまの後を追った。だって、あの聖さまだもん。正直まだ根っから信用してるわけじゃ・・・ないもん。

いや・・・もしかすると逆なのかな。信用してるからこそ、不安になるのかも。いや、今はそんな事どっちだっていいよ、この際。

もしも私に隠れてどっかで何かしてたら・・・そんな事考えると気が気じゃない。

音を立てないよう階段を下りてゆくと、そこに聖さまの姿はなかった。

その代わりに階下の物置の前に聖さまがさっきまで食べていたお菓子のクズが落ちている。

全く・・・ヘンゼルとグレーテルかっつうの!

私はゴクリと唾を飲み込みゆっくりと階段を下りてゆくと、そっと物置のドアに耳を押し付けた。

いけない事だとは、分かっていながら・・・。

「ちょ、聖!そんなに乱暴にしたら・・・っ!!」

「大丈夫だって、多少乱暴にした方が・・・後が楽だから・・・」

「やっ、もう!・・・や、やだ・・・へ、変なとこ・・・ひっぱらないで・・・」

ちょ、ちょっと待て・・・こ、これって一体・・・。私はその場で立ち尽くした。これって・・・これって・・・まさか、修羅場ってやつ?

し、しかも相手は・・・蓉子さま?!じゃ、じゃあ私、ここに乗り込んでいくべき?いや、そんな事私には出来ない。

私はそっとその場から離れた。

そして、また音を立てないように階段を上ってゆく・・・頭の中は何だか真っ白だし、目の前は真っ暗。

何か硬いものでガツンって殴られた感じがした。聖さまは浮気とかしなさそうって、私は前に由乃さんに言った。

でも・・・もしかしたら大きな間違いなのかも。

本当は・・・本当は・・・私が思ってるよりもずっと、ずっと・・・聖さまって・・・遊び人だったのかもっ!!!

もしそうだとしたら、私はきっと許せない。絶対、絶対、許せないっ!!!

・・でも・・・私にはきっと、聞く勇気はなくて・・・だからかもしれない。

気がつけば事態はとんでもなくややこしい事になってしまったのは。



第二十三話『勘違い』



蓋を開ければ、なるほど、案外簡単な事だった。

志摩子にどうしようもなくしょうもない嘘をついて、物置に飛び込んだ私の目の前に飛び込んできたのは、

半裸の蓉子と、その蓉子を呆れたように見つめている江利子の姿だった。

「何・・・やってんの?」

つうか、今の蓉子の格好・・・かなり笑える。笑いを堪える私を見て、蓉子はキッと私を睨み言った。

「脱げないのよっっ!!!見りゃわかるでしょっ」

吐き捨てるようにそう叫ぶ蓉子は、いつものあの優等生な感じはどこにもない。

上半身はキャミソール一枚、でも下半身は・・・トナカイのまんま。

そんな蓉子の哀れな姿にどうやら江利子もおかしくて仕方ないらしい。

そして私は全てを理解した。さっき物置から聞こえていたあの怪しげな声は、これが原因だったのだと。

「で、どうして脱げないわけ?そこまで脱いでるんなら脱げるでしょうに」

「それがね、これ・・・ほら、ジッパーがかんじゃってるのよね・・・」

江利子はそう言って蓉子のお尻、つまりはトナカイの尻尾のあたりを指差し言った。

つうか・・・マジでおかしい。ど、どうしよう・・・思わず噴出してしまいそうなんだけど・・・。

「う、うん・・・ほ、ほんとだね・・・」

確かにかんでる。それも思いっきり・・・。

「わ、笑いたきゃ笑いなさいよっ!!声を出して大笑いすればいいわよっっ」

「ま、まさか・・・蓉子の前でそんな爆笑なんて・・・っく・・・ふ・・・」

「ね、おかしいでしょう?私・・・もう・・・我慢できないっっ」

江利子はそれだけ言うと、そっと物置から出て行ってしまった。多分、どこか静かな所で思いっきり笑うに違いない。

アイツはそういうヤツだ。

「ていうかさ、このまま足抜けないの?こう、こっちからひっぱってさ」

「うーん・・・どうかしら・・・ちょっと引っ張ってみてくれる?」

「おっけ」

つうか、どうして私はこんな所でトナカイの足を引っ張らなきゃならないのか、と。

ふと我に返ると、こんな事してる自分もそうとう笑える。

「よ・・・っと。どう?抜けそう?」

私は偽者のトナカイの蹄を思い切り引っ張った。けれど、蓉子の足は一向に姿を現さない。

「ちょ、聖!そんなに乱暴にしたら・・・っ!!」

「大丈夫だって、多少乱暴にした方が・・・後が楽だから・・・」

つうか、もう二度と着ないんだから多少破れたって構うものか。

それに、日ごろの蓉子への恨みも込めて・・・これぐらいしたってバチはあたるまい。

それにしてもびくともしないこのトナカイスーツ・・・私は思い切って尻尾を掴み無理やりずり下ろそうとした。

・・・けれど・・・やっぱり脱げない。

「やっ、もう!・・・や、やだ・・・へ、変なとこ・・・ひっぱらないで・・・」

「何言ってんの。これぐらいしなきゃ蓉子、これ一生脱げないよ?」

「そ、それは嫌よ・・・」

「でしょ?ったく、もう。太ったんじゃないの?どうやって着たのよ、こんなピッチピッチのやつ」

つうか、本当によく入ったもんだ。それに、令も凄い。よくこれだけ蓉子のサイズに合わせてきっちりと・・・。

「なっ、そ、そんな二〜三時間で太るもんですかっ!バカ言ってないでさっさと引っ張りなさいよ!!!」

「へいへい」

全く・・・どこまでも偉そうなんだから、蓉子は。まぁ、それがいいところでもあるんだけど。このちょっと天然な所が。

「ただいま〜。どう?脱げた?」

「お、江利子。ちょうどいいところに・・・ちょっとこっち持って引っ張って」

「ええ、いいわよ」

そう言って片足を江利子に手渡した。そんで、私がこっちを・・・引っ張る・・・と。

「い、いたい、いたいっ!!バ、バカなんじゃないのっ!?あんた達二人とも大馬鹿者よっっっ!!!!!」

蓉子は二本の別々に引っ張られた足をさすりながら私たちを睨んだ。・・・それにしても酷い言われようだけど。

「もういいわよっっ!!あんた達に頼んだ私がバカだったのよ!!!」

蓉子はそう言って勢いよく立ち上がると、おもむろに壊れたジッパーに手をかけ・・・そして・・・ブチブチブチ!!!!

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

その光景はなんていうか、壮絶だった。キングコング爆誕?いや、ゴジラの脱皮(多分、あれは蛇とかトカゲっぽいからね)?

まぁ、たとえるならそんな感じ。

思わず私と江利子はその場に立ち尽くし、そして下着姿とキャミソール一枚でフンと大きく鼻を鳴らした蓉子を見ていた・・・。

つか・・・こわっっ!!!!

「まぁ、本気になればこんなもんよ」

パンパンと掌の埃を払い落とす蓉子・・・でもなぁ、下着姿でんな事言われてもね・・・説得力がね・・・。

「流石紅薔薇・・・祥子のハンカチ破りは蓉子が伝授したのね・・・」

まるで長年の謎が今ようやく解けたとでも言うような江利子の口ぶりに、思わず私も頷いてしまった。

それほど見事なトナカイ破りだった。どちらにしても、私は心の中で誓った。もう、二度と、絶対に蓉子には逆らわない・・・と。

薔薇の館に戻ると、祐巳ちゃんは今度はお姉さまと談笑している。

内心ムッとはしたけど、でも今はとりあえず安堵の方が大きい。

だって、蓉子と江利子は何でも無かったんだから。まぁ?別に二人がもし付き合ったとしても、私は何にも言わないだろうけど。

だって、やっぱり私は、それほど二人には・・・感謝しているから。

それにしても、だ。蓉子と江利子の事は置いといて・・・祐巳ちゃんとお姉さま・・・また性懲りもなくあんな近づいて・・・。

私はモヤモヤする気持ちをどうにか冷めてしまったアイスティーで流し込んだ。



第二十四話『すれ違い』



「ねぇ、祐巳ちゃん。聖とはうまくやってる〜?」

オレンジジュースを部屋の隅っこでちびちび飲んでいた私の隣に座ったSRGがおもむろにそんな事を言ってきた。

ど、ど、ど、どうしてこんなタイムリーな時に、よりによって聖さまとの仲を聞くか、SRG!

「ど、どうでしょう・・・」

私はそれだけしか言えなかった。だって、さっきの聖さまと蓉子さまの会話・・・あれはどう聞いても・・・。

さっきの会話の一部始終を思い出した私は、手にしているオレンジジュースを一気に飲み干した。

「その顔からするとあんまりうまくいってなさそうね」

苦笑いするSRG。ハイ、あなたの言うとおりですよ、流石SRG。何でもお見通しなのは聖さまとよく似てる。

「どうしたの?何かあった?」

「いえ・・・特には・・・ところで、SRGはどうされたんです?何だかあまり楽しそうじゃありませんけど・・・」

そうなんだ。何だか私がここに帰ってきた時からSRGはずっと元気がない。どうしてだろ?

いつもはあんなにも楽しそうなのにな・・・。

私の質問にSRGはフッと視線を落とし言った。こんな表情も聖さまとよく似てて、私はほんの少しだけドキリとしてしまう。

「それがね・・・祐巳ちゃんだから言うけど、私、蓉子ちゃんが好きなのよね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?!」

「・・・反応が遅いわよ、祐巳ちゃん。ていうか、さっき気づいたのよねー・・・どうしたらいいと思う?」

ど、ど、どうしたらって・・・えっ!?マ、マジで言ってます?ていうか、それを私に聞きます??

「ど、どうしたら・・・とは・・・えっと・・・」

「いやね、告白とかはまぁいいとしてね。相手はあの蓉子ちゃんじゃない。きっと一筋縄ではいかないと思うのよ」

「はあ」

まぁ、確かに。あの蓉子さまだもんね。由乃さん曰く鉄壁の女らしいし・・・でも、それって私に聞いてもどうにもならないと思う。

だって、蓉子さまは・・・聖さまとあんな事する仲な訳で・・・ていうか、やだ、どうしよう・・・何だか泣きそう。

よりによって聖さまってば・・・何も蓉子さまに手出さなくてもいいのに・・・そりゃ私じゃ満足できないかもだけど・・・。

「祐巳ちゃん?大丈夫?」

「へっ!?え、ええ!ぜ、全然大丈夫ですよ!!そ、それよりも、SRG。蓉子さまは・・・蓉子さまは・・・」

あぁ、ダメだ。今はSRGの恋事情とか聞いてる場合じゃないかも。

だって、ほら、蓉子さまの名前出すだけでこんなにも胸が苦しい。一体どうしてこんな事になってしまったのか。

あの時私が聖さまを追わなければこんな思いはしなければすんだのに・・・でも、もしあの二人がそんな関係だったっとしたら、

やっぱり遅かれ早かれこんな思いをしてたんだろうとも思う。でもさ、よりによって今日じゃなくてもさ・・・いいじゃない。

明後日は聖さまの誕生日で、しかもさっき保健室で私とあんな事したばっかりなのに・・・。

どうして?ねぇ、聖さま・・・どうして蓉子さまなんです?どうして・・・私だけじゃ・・・ダメなの・・・?

「祐巳ちゃん?本当に大丈夫?さっきからずっと顔色が悪いわよ?」

SRGはそう言って私の肩を優しく揺すると、冷えたアイスティーをよこしてくれた。

この人はどうしてこんなにも聖さまと似てるんだろう・・・こんな風に優しくされたら私は・・・どうすればいい?

いや、どうもしないけど。私は聖さまじゃない。誰かと誰かをとっかえひっかえになんて出来ない。

ましてや・・・二股なんて絶対に出来っこない。つうか、それ以前にそんなに器用じゃないし・・・。

「あ、ありがとうございます・・・本当に・・・大丈夫で・・・」

あぁ、ほら。でも、たまには誰かにこんな風に甘えたくなる・・・私は、とても弱いんだ、本当は。

流したくもないのに涙が零れだして、それを見たSRGは戸惑ったように辺りをキョロキョロしながら誰かを探していて・・・。

多分、聖さまを探してるんだろうな、って事ぐらい恐ろしく鈍い私にもすぐに分かった。だから言ったんだ・・・はっきりと、真実を。

「・・・聖さまなら・・・多分来ませんよ、当分は・・・」

私の言葉にSRGは驚いたような顔をして私の目を見つめ、やがて全てを理解したように薄く笑った。

「そっか、来ないか、聖は」

「・・・はい、多分・・・」

それ以上、SRGは何も言わなかった。私も、何も言わなかった。

でも、私の背中に回されたSRGの腕が、凄く優しくて、私はまた泣いてしまった。

SRGにもらった冷たいアイスティーの氷が、手の中で静かに音をたてて溶ける。

その音を聞きながら、私はずっと聖さまの事を考えていた。

どうして私は聖さまを好きになったのかな?聖さまのどこが・・・好きだったのかな?

・・なんて、答えの見つからない事ばかりを。

でも、そうしてると凄く聖さまが近くに居るみたいなそんな気分になって、少しは報われる気がして。

今も聖さまはずっと私の傍にいる。ただ・・・縮まったと思ってた距離がまた元に戻っただけなんだ。

聖さまに触れて、聖さまを感じて、私は聖さまを近くに勝手に感じていただけ。

ゆっくりと溶けてゆく氷をじっと見つめていた私に、SRGが優しく言った。

「ねぇ、祐巳ちゃん。聖はさ、あんな子で本当にどうしようもないけど、

でもね、絶対に祐巳ちゃんの嫌がるような事はしないと思うの。それは私が聖の姉だからっていう贔屓目かもしれないけどね。

聖はいつだっていい加減で風みたいにすり抜けていくけど、祐巳ちゃんの前ではいつだって留まってるって、そう思わない?」

「・・・・・・・・・・・・・」

それは・・・どうだろう?聖さまは私の前でだっていつでも風みたいにすり抜けていくもの。

でも、そんな私の考えを無視してSRGは続ける。

「だからね、もう少しだけ聖にぶつかってみて?

あの子高校の時からずっと周りに可愛がられて随分ワガママになっちゃったけど、

でも・・・祐巳ちゃんだけは、あの子を叱ってやってちょうだい。

あれ以上あの子を甘やかさないで、本当の心を、聖にぶつけてやって?

大丈夫よ、聖は祐巳ちゃんが思うほど弱くないわ。まぁ・・・強くもないけど・・・」

SRGの最後の一言に思わず私は笑ってしまった。そう、確かに聖さまは強くない。でも、弱いわけでもない。

きっと、私の心をぶつけても答えてくれる・・・真摯に。でもね、そうじゃないの。全然違うんです、SRG。

怖がってるのは聖さまじゃなくて、本当に臆病なのは、本当は・・・私なんだ。

心をぶつけて、真実を知ってしまうのが私は本当に怖くて。だからね、言わないんじゃない。ただ・・・言えないんだ・・・。

そんな私の心を知ってか知らずか、SRGはポンポンって私の頭を撫でてくれた。

でも、その手は聖さまにされる時ほどは、ドキドキしなかった・・・。

「ありがとう・・・ございます、SRG」

「あら?私は何もしてないわよ?」

「いいえ、今傍に居てくれただけで十分でしたから!それよりも・・・蓉子さまの事なんですが・・・頑張ってくださいね!

私、応援する事しか出来ませんが、でもきっと、いつかSRGの気持ちが蓉子さまに届きますよ」

私の言葉にSRGはフッって鼻で笑った。そしてチラリと横目で私を見る。

「本気でそう思う〜?私はいつまでも平行線のまま進みそうな気がするわ」

「い、いや・・・う、う〜ん・・・」

まぁ、確かに蓉子さまはなぁ・・・難攻不落だよなぁ・・・。だって、なんせ鉄壁の壁を持つ女だもん。

よくよく考えればそれって凄い異名だよね。あれこれ考えてる私の顔を見て、SRGは苦い笑みをこぼす。

「ほら、祐巳ちゃんだって本心では『蓉子さまは難しいでしょ〜』とか思ってるんでしょ?』

「い、いや〜・・・まぁ、ほんのちょっと」

「・・・やっぱり・・・」

ガックリと頭を垂れるSRGが何だか可愛かった。いつも自信たっぷりのSRGの以外な一面を見た気がする。

恋をするとさ、皆こうなのかな〜なんて、ちょっとだけ思った。いつもは頼りがいがありそうなSRGがこんなにも頼りない。

でも、それはSRGに限った事じゃない。誰だってそうなんだ。臆病になって、変に怖がって。

だから一歩も進めなくなってしまう。でも・・・これじゃあ、きっといけない。私はだって、聖さまが好きなんだもん。

こんなにもこんなにも・・・好きなんだもん!


第二十五話『初めての○○○』


帰り道、祐巳ちゃんはただの一度も私と顔を合わそうとはしなかった。それがどうしてか、なんて私には分からない。

二人で住み始めてそろそろ五ヶ月。長いようで短かった。ってことは、私達が付き合いだしてもう五ヶ月にもなるんだ。

そうか・・・あの告白劇からすでに五ヶ月も経つのか・・・時が経つのは本当に早いなぁ・・・。

「祐巳ちゃん、何か買って帰る?」

「何かって・・・何です?」

え、いや・・・何です?って聞かれても・・・困るんだけど・・・。

「いや、ほら、飲み物とかさ、お菓子とか・・・何もいらないの?」

「・・・結構です。さっきさんざん食べましたし・・・」

「・・・そう、ならこのまま帰るよ?」

「ええ、そうしてください」

なんだろ・・・この違和感・・・祐巳ちゃんの声が凄く冷たい・・・まるで・・・あの時の栞のように・・・。

こんな祐巳ちゃんを私は知らない。怖い・・・どうすればいいんだろう・・・。

私はハンドルを切りながら必死になって寒さを堪えた。こんなにも威圧的な空気に、耐えられそうに無くて。

祐巳ちゃんが何に怒っているのかは、分からない。でも、その相手は間違いなく私。

でも・・・私も何だか凄くイライラしてる・・・多分、これは嫉妬だ。

だって、あの後結局祐巳ちゃんはずっとお姉さまと一緒に居たんだもの。

ただの一度も私と視線を交わすことなく、ずっと、ずっと・・・。お姉さまと楽しそうに・・・話してた。

こんな気持ち、生まれて初めてだった。今までの私なら間違いなく思った事を素直に相手にぶつけてた。

でも、どうして相手が祐巳ちゃんだとこんなにも何も話せなくなってしまうんだろう・・・。

こんなの私じゃない。こんなの私であるはずがない。

そう思うのに、何故か窓の外を睨むみたいに見つめている祐巳ちゃんの横顔に、

私は一言もこのイライラをぶつけることが出来なかった。

それはとても苦しくて、辛くて・・・どうしようもなく惨めで・・・。

やがて家につくなり、祐巳ちゃんは私を置いてさっさと部屋へと帰って行ってしまった。

だからかな・・・私のイライラが爆発したのは。あの愛らしいツインテールでさえも、こんなにも憎む事が出来たのは。

部屋へ帰ると、祐巳ちゃんはリビングには居なかった。

「・・・・・・・・・・・・・」

どこ行ったのよ・・・心の中でそう呟いて祐巳ちゃんの部屋のドアをノックしても、中からは返事がない。

と、微かに聞こえる水音・・・もしかして・・・私はクルリと踵を返しお風呂場のドアを勢いよく開けて、

気がつけば祐巳ちゃんの細い腕を思い切り掴み壁に押さえつけていた。

「やっ・・・聖さま・・・痛い・・・」

ビックリしたような祐巳ちゃんの大きな瞳が私を見上げているけれど、

一度暴走した気持ちはそんな簡単には治まりそうにはない。

「・・・何か言いたい事、あるんでしょ?」

驚くほど冷たい声・・・そう、これは高校時代の私。すっかり隠したかと思っていた狂気めいた・・・私。

「何かって・・・べ、別に・・・何もありませんよ・・・だから、離してっ」

祐巳ちゃんはそう言ってどうにかして私の腕から逃れようと身を捩る。でも・・・離さない。絶対に。

「嘘」

「嘘なんかじゃ・・・ッ?!」

怯えたようにふるふると首を振る祐巳ちゃんの口に、私は無理やり口付けるとそのまま口内を犯した。

「んっ・・・っふ・・・ぅ」

間違ってると思う。こんなやり方。凄く卑怯だ。でも、止まらない。

必死に声を出すまいと、私を感じまいと身体を強張らせる祐巳ちゃんが憎くて、腹立たしくてしょうがない。

ようやく祐巳ちゃんの口内から舌を引き抜いた私と祐巳ちゃんの口元に細くてキラキラと光る唾液。

それはまさに今の私達の関係そのものだった。細くて頼りない・・・いつ切れてもおかしくないほどのか細い・・・光。

しばらく無言でそれをみていた私の腕が、きっと一瞬緩んだんだろう。

その瞬間、パシーン!!って物凄い音がお風呂場に響いた。

その音が頬を思い切り叩かれた音だって事に気付いたのは、頬がジンジンし始めた時で。

「・・・痛い・・・」

ポツリとそう呟く私を見上げ睨む祐巳ちゃんの顔は、恐ろしく綺麗だった・・・思わずドキリとしてしまうほどに。

そしてようやく祐巳ちゃんが口を開いたんだ。まるで私が思ってもみなかったような事を。

「私は・・・蓉子さまの代わりには・・・なれませんからっっ!!!」

「・・・は?」

・・なんですって?ちょ、ちょっと待って・・・一体ナニを言ってるの?ていうか、それは私の台詞でしょう。

だって、祐巳ちゃんはずっとお姉さまと楽しそうに談笑してて、私には目もくれなくて・・・。

あの時どれほど私が悲しい想いをしたか分かってるの?この子。いいや、知るはずもないだろう。

人の気持ちなんてそう簡単に分かってたまるものか。

私は今しがた叩かれた頬を軽く押さえ自嘲気味に笑って祐巳ちゃんを見下ろす。

「何言ってんの?祐巳ちゃんが蓉子の代わりですって?」

「そ、そうですよ・・・だから・・・だからあんな所であんなこと・・・」

そう言って祐巳ちゃんは視線を伏せる。ていうか、はぁ?バカなんじゃない?って本気で思った。

何を思って祐巳ちゃんがそんな事言い出したのかは知らないけど、それなら私も言わせてもらおうじゃない。

怒るような、怯えるような祐巳ちゃんの瞳には、バカにしたよう私が映る。

「一体祐巳ちゃんが何を見てそんな事言ってんのか全く分からないけど、

それなら私だって祐巳ちゃんに言いたい事があるわよ」

「な、なんです?」

「祐巳ちゃんさ、今日一体お姉さまと何の話してたの?」

私の言葉に、祐巳ちゃんの肩がピクンと震えた。

そして、そのまま何かを言いかけてその言葉を飲み込むようにゴクリと小さく喉が鳴るのが聞こえる。

「べ、別に・・・聖さまには関係ないじゃないですか」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

これって、私が思ってるよりもずっと祐巳ちゃんとお姉さまの仲は深かったんだって、そういう事?

私は・・・お姉さまの代わりなの?さっきの祐巳ちゃんの言葉がフッと脳裏を掠める。

でも、そんな私の想いなんてまるで無視して祐巳ちゃんは私を責めた。

「わ、私の事はどうだっていいんです!!今は聖さまの話でしょう?」

「何、それ。私だって詳しく聞きたいわね、祐巳ちゃんとお姉さまの関係を」

「かっ、関係って・・・私とSRGの間に何があるっていうんですか!?」

「知らないよっ!!そんなのこっちが聞きたいわよっ」

私は大声でみっともなく叫んだ。そんな私に祐巳ちゃんは目を真ん丸くしている。

そうよ、こっちが聞きたい。祐巳ちゃんとお姉さまの関係は一体なんなのか、どうなってるのか。

私の知らない所で何かが変わろうとしてるのなら、ちゃんとそれを教えて欲しい。

でないと、私はこのまま何も知らないうちにこの関係を壊してしまいそう。

それにしても、こんな喧嘩今まで誰ともしたことなかった・・・というよりも、

今まで誰も私にこんな風に食って掛かってこなかった。だからほんのちょっとだけ新鮮な気もする。

いやいや、今はそんな事言ってる場合でもないんだけどさ。

はぁ、と大きなため息を落とす私・・・そして小さなくしゃみをする祐巳ちゃん。

「あ・・・ごめん。寒い・・・よね」

しまった。そういえばここはお風呂だった。

「そう・・・ですね。随分前から寒いです・・・よ」

相変わらず祐巳ちゃんはハッキリと言う。

小刻みに震える祐巳ちゃんの体は完全に冷え切ってしまっていて・・・私はどうしようもなく情けなくなった。

今更ながらそんな事に気づいた私は、脱衣所からバスタオルを取り祐巳ちゃんに巻く。

髪からしたたる雫がゾクリとするほど冷たい。あぁ、一体私は何やってるんだろう、ほんとうに。

それから小さなタオルを取って祐巳ちゃんの髪を丁寧に拭きだすと、祐巳ちゃんは驚いたように目を丸くした。

「せ、聖さま、自分で出来ますよ」

きっと、つい今まで喧嘩してたのにどうして私がこんな事するのかが分からないのだろう。

でもさ、そんなの・・・私にだって分からないよ。

別にこれで仲直りしたって訳でもないし、祐巳ちゃんとお姉さまの関係が気にならない訳でもない。

いや、どちらかといえばものすっごい気になってんだけど、でもこれは・・・私のせいだと思うから。

こんなにも祐巳ちゃんの体が冷え切ってしまったのも、滴る水がこんなに冷たいのも・・・私のせいだから。

こんな私をしばらく見ていた祐巳ちゃんの口から、ポツリと言葉が漏れた。

「こんなに・・・こんなに優しいのに・・・やっぱり、信じたくないよ・・・蓉子さまと・・・あんな事・・・」

って。

いや、だから、それが意味わかんないんだよね、さっきからずっと。

どうして祐巳ちゃんは自分が蓉子の代わりだなんて思い違いしてるのか。

私と蓉子の間に何かがあるとしたら、それは腐れ縁だろう、どう見たって。

今までの私達のやりとり見ててさ、どうやって勘違いするのよ?私にはそれが不思議でしょうがない。

だから私はピタリと手を止め言った。

「あのさぁ、祐巳ちゃん何か勘違いしてない?」

「?どういう・・・意味です?」

「だから、どうして祐巳ちゃんは自分が蓉子の代わりだとか言うわけ?」

すると祐巳ちゃんは拳をギュっと握って私を睨みつける。その瞳は闘志に・・・燃えてる。

戦う気まんまんって感じがちょっと怖い。

「だって、聖さま今日、保健室から帰ってきてから様子がおかしかったじゃないですか!!

かと思ったら突然訳分からない事言って、部屋飛び出して挙句の果てにあんな所で・・・あんな所で・・・」

そっからまた祐巳ちゃんは口を噤んでしまった。でも待てよ・・・保健室から帰ってから?私の様子がおかしかったって?

だって、それは蓉子と江利子のあんな台詞を聞いたから・・・まあ、結局は勘違いだったわけだけど・・まさか・・・。

私の中で何かの合点がいったような気がした。もしかすると祐巳ちゃん・・・君も私と同じような誤解・・・してたのかな?


第二十六話『初めての○○○パート2』


ちょっと待て。どうして私がこんなにも笑われなければならないのか、と。

最初は何かを噛み殺すように笑ってた聖さま。ところが次第に堪えきれなくなったのか、笑い声を漏らし始めて・・・。

「あはっ、ふっ・・・くくく・・・はっ、あは、あはははははははははは!!!」

今や大爆笑だ。

私は素っ裸で(バスタオルは巻いてるけど)頭もボサボサのまま大爆笑する聖さまをっじっと見上げながら、

腑に落ちない何とも言えない感情を持て余していた。

聖さまには何か理解出来たんだろうけど、私はまだ何も分からないままで、何にも解決してない。

まだ私は聖さまと蓉子さまの関係・・・疑ってるんだからね!?その事、分かってんのかな、この人。

そんな私の怪訝な目つきに、聖さまはまたタオルで私の頭をガシガシと拭き始めた。

「や、ごめんごめん!まさか祐巳ちゃんが私と同じ誤解してるなんて思ってもみなかったからさー」

「は?」

「いや、だからね。祐巳ちゃんが何聞いたのかは知らないけど、それは誤解だって事よ」

誤解?一体あの状況で何を今更誤解だというのか。どう考えたってあれは・・・アレは・・・。

「あ、もしかして信じてない?それじゃあ今から聞いてみる?本人に」

「・・・えっ?!な、何言って・・・ちょ、聖さま!?」

いきなり何を言い出したのかと思えば、

聖さまは突然私の頭からブカブカのセーターを被して、そしてジャージを投げてよこした。

こ、これは・・・はけって事・・・だろうか・・・?つうか、聖さまのじゃん、コレ。デカイって・・・いや、違う。長いのか・・・。足が。

何かが釈然としないまま、私がそれをノロノロとはき終えると、聖さまに引っ張られるがままに外に出た。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ!!ど、どこ行くんですか、こんな夜更けに!!」

そう、時間はもう夜中の12時を少し回った所だ。それにこの格好・・・どううしようもなくだらしないじゃない。

「まぁまぁ、蓉子はまだ起きてるって、多分ね」

聖さまはそう言ってグイグイ私の手を引っ張る。

って、ちょ、ちょっとーーーー!!い、今から蓉子さまの所に行く気なんですか!?

や、やだーーーーーー!!!!こんなみっともない格好で、蓉子さまの所なんて・・・行きたくなってば〜〜〜!!!

そんな私の心なんて全く無視して聖さまはそのままエレベーターに乗り込んだ。そして、何故か二階上の階のボタンを押す。

え・・・?あ、あれ?よ、蓉子さまって・・・もしかしてこのマンションに・・・住んでるの?

「あ、あのー、聖さま?蓉子さまって・・・このマンションに、その、住んでらっしゃる・・・とか?」

恐る恐る聞く私に、聖さまは真顔で答えた。

「そうだよ、知らなかったの?」

え、えええええ???!!!じゃ、じゃあどうして聖さまの病気の時とかわざわざ私に頼んだのよ〜?

自分で行きゃ早いじゃん!!・・・なんて、今更言ってももう遅い。

それにあの時は私も結構いい思いさせてもらったからなぁ・・・文句は言えまい。

エレベーターが止まり、聖さまは相変わらず私の手をギュって握ってスタスタ歩いていく。

聖さまの手はとても暖かくて、心地よくてついついウットリしてしまう。いや、ダメダメ!今私聖さまに怒ってるんだから!

やがて聖さまは一番端っこの部屋の前で立ち止まり、何の躊躇もなくインターホンを押した。

『・・・はい?』

怪訝そうな蓉子さまの声・・・そりゃそうだ。だって、時間が時間だもの。

「わたしー」

『・・・何よ、こんな時間に』

明らかに鬱陶しそうな声。でも、聖さまはそんな事何とも思ってないかのような態度で言う。

「いいから開けてよー」

「・・・・・・・・・・・」

ほんっとにわがままだな、この人・・・受話器越しに聞こえる大きな溜息・・・。あぁ、またか。そんな感じ。

こんな会話聞いてる限りじゃこの二人の間に何かあるとは到底思えないんだけどなぁ・・・でも、まだ信用するもんか!

やがて鍵が外れる音がして、中から不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「開けたわよ」

「はい、どーも。ほら、行くよ」

「えっ!?ちょ・・・」

マ、マジですか?本気で・・・行く気ですか??だって、蓉子さまのご機嫌思いっきり斜めじゃないですか!!

でも、いくら嫌がっても聖さまの力には敵わない。結局私はズルズルと蓉子さまの家に引きずり込まれてしまった。

「お、お邪魔・・・します・・・」

小さな声で言った私の言葉に返事をしたのは聖さま。いや、あなたではなくて。

玄関に入ると、何かの花のいい香りがふんわりとした。

その香りが一体どこからやってくるのか確かめたくて、

キョロキョロと辺りを見回すと下駄箱の上に飾ってある一輪挿しに山茶花がさしてあった。

それを見て聖さまはフンと鼻で笑う。

「あいっかわらず山茶花なんだ、蓉子は」

その言葉を聞きつけて(ていうか、さっきリビングに帰ったはずなのに・・・蓉子さまの耳って実はすごい地獄耳だと思う)

蓉子さまが奥の部屋から物凄い形相で小走りにやってきた。

「何ですって?何か文句あるっていうの!?

だいたいあんたはね、いつもいつも・・・あ、あら祐巳ちゃんじゃない・・・こんばんは」

蓉子さまは聖さまの後ろに隠れていた私を見つけて慌てて笑顔を作ってにっこりと笑う。

・・でも、何だか私は今見てはいけないものを見てしまったような、そんな後ろめたい気分になった。

だって、蓉子さま・・・今、すごい怖かったよ・・・冗談抜きに。

青ざめた私を見て、聖さまがよしよしと私の頭を撫でて言った。

「ちょっと、止めてよね。ほら、祐巳ちゃん怖がってるじゃない!おーよしよし怖かったね〜」

まるで子ども扱いなんだけど、何だかそれが恥ずかしいやら嬉しいやらで・・・すごく不思議な気分。

いや、いやいやいや!違う違うっっ!こんな事してる場合じゃない!ここは蓉子さまのお家なんだから!!

「や、夜分遅くに・・・ほんっとうに申し訳ありません!!」

「い、いいのよ。どうせ聖が無理やりつれてきたんでしょ?それよりも・・・どうしたの?こんな夜中に・・・何かあった?」

「いや〜それがさ、祐巳ちゃんが私と蓉子の・・・」

「あんたには聞いてないでしょ。さ、祐巳ちゃん、上がって。お茶でも出すわ」

「お?そう?悪いね、蓉子」

そう言ってさっそくサンダルを脱ぎ始める聖さま・・・ほんっとうにこの人の神経は・・・少し分けて欲しいぐらいよ。

「だから、あんたにじゃないってば・・・って、聞いてないか・・・」

蓉子さまはそう言ってさっさと部屋に上がりこんでしまった聖さまの後を追っていってしまって・・・。

仕方なくそれに続いて私もリビングに上がると蓉子さまの指示に従いとりあえず聖さまの隣に腰掛けて、コッソリと耳打ちした。

「聖さま、さっきの一体どういう意味だったんですか?」

「さっき?」

「ええ、蓉子はまだ山茶花なんだ、ってあれですよ」

「ああ、あれか。祐巳ちゃんさ、山茶花の花言葉って知ってる?」

は、花言葉??生憎私はそんなにロマンチストではない。だからはっきり言って全く知らない。

私の顔を見た聖さまが小さく微笑んで教えてくれた。どこにも蓉子さまが居ないのを確認してから。

「あのね、山茶花の花言葉はさ、理想の愛っていうのね。

他にもいろいろあるらしいんだけど、蓉子は高校時代からずっとその理想の愛ってヤツを探してるのよ。笑えるでしょ?」

聖さまはそう言って声を噛み殺して笑った。でも、私はそれを聞いて凄くステキだなって思ったんだ。

確かに理想の愛に出逢うのって、ほんと、難しいもん。そんな私の考えを無視して聖さまは話し続けた。

「私はさ、理想の愛なんて探すもんじゃないと思うんだけどね」

「そ、そうですか?」

「うん、だって、んなもんいくらでも作れるじゃん。まぁ、努力すれば、の話だけどね。待ってたって来やしないよ、愛なんて」

そう言って聖さまは今度は優しく笑った。あぁ、確かに。それも一理ある。待ってたって愛は来ないと言う聖さまと、

それを待ち続ける蓉子さま。どちらが正しくてどちらが間違いだなんて私には分からない。

でも、その気持ちはどっちも理解することが出来る。きっと、どっちも正しいんだろう。

その時だった。蓉子さまがキッチンからお茶のセットとお菓子を持ってきて私達の前に腰を下ろした。

「で、単刀直入に聞くけど、一体こんな夜更けに何の用?」

チラリと蓉子さまの後ろの部屋を見ると、小さなランプが一つだけついていて、

明らかに起きぬけのままの形で布団がめくれている。ねぇ、もしかしてこれってさ、蓉子さま思いっきり寝てたんじゃないの?

でも、聖さまはまるでそんな事気にしない様子で出されたお茶を飲んでるし・・・。

「実はね、蓉子にちょっとした誤解を解いて欲しいんだよね」

聖さまはそう言って静かにカップを下ろした。私はといえば、あまりにもストレートな聖さまの切り出し方にすでに逃げ腰だ。

だって、やっぱり本人から直接聞くなんて怖いよ。もしも、もしもだよ?

聖さまが言うように誤解だったとしても、蓉子さまの方に聖さまに気があったら・・・私じゃ絶対勝てっこない。

聖さまを繋ぎとめる自信なんて・・・無いもん。でも、蓉子さまは聖さまの質問にはぁ?って顔してる。

「誤解って何よ?祐巳ちゃんが何か誤解してるってこと?」

「そう。私達が薔薇の館の物置で何か変な事してたんじゃないか、って誤解してるの。だから蓉子から直接教えてやってよ」

「そ、そんな言い方してませんよ!!私はただ!!」

「ただ?」

聖さまはゆっくりとこちらを振り返って俯いた私の顔を覗き込む。だって・・・不安になるんだもん、しょうがないじゃん!!!

「ただ・・・私ってば、蓉子さまの代わりなのかな・・・って・・・だって、あの時の蓉子さまの声が、その・・・なんていうか・・・」

ゴニョゴニョって口ごもる私。あの時の蓉子さまの声、本当に色っぽかったんだ・・・こりゃ敵わないや、って本気で思った。

そりゃ聖さまも夢中になるよー、ってそう・・・思った。

「「・・・・・・・・・・」」

もういっそここから逃げ出したい。二人は大きく目を見開いて無言。

しかも微動だにしないし・・・これって・・・もしかしてヤバイ状況なんじゃない?

そう思い始めたその時だった。

突然目の前に座ってた蓉子さまが口元に手を当てて大笑い・・・いや、高笑いしはじめたではないか!!

「やっだ祐巳ちゃん、それ本気で言ってるの!?ちょ、やめてよ、私が聖と!?ありえないでしょ!!」

そう言ってまだ高笑いしてる蓉子さま・・・つうか、高笑い似合うなぁ、この人・・・。

「あー、蓉子さん?そこまで笑わなくてもいいでしょう?」

「だ、だって、聖!!わ、私があんたと・・・あんたと・・・っふ・・・っくく・・・」

な、何がそんなにおかしいの?ていうか、これって私が笑われてるの?それとも聖さまが笑われてるの??

いつまでたっても笑い終わらない蓉子さまを見かねたのか、聖さまが呆れたような口調で言った。

「ね?分かったでしょ?私と蓉子がどうこうなるなんて事、これまでもこれからも絶対に無いから。

だから全部祐巳ちゃんの誤解だったって訳。全く、人騒がせなんだから、祐巳ちゃんは」

「そうよ?安心して、私と聖がそんな関係になるなんて、どんな天変地異よりもありえないから」

ようやく笑い終わった蓉子さまは人差し指で目尻にたまった涙を拭いながら言った。

「そ、そうでしたか・・・なんだ・・・」

良かった・・・本当に良かった・・・聖さま、どこにも行かないんだ・・・。

何だか私は泣きたくなった。そして、少しでも聖さまを疑った自分が恥ずかしくもなった。

だからかな?私は出来れば今すぐにでも家に帰って聖さまに抱きしめて欲しくて。

バカだねー、なんて言って頭撫でてもらって、それからさっきお風呂場でされた、

あんな乱暴なキスじゃないキスをしてほしかった。優しくて甘いキスを。

でも・・・でもね、事態はやっぱり何にも良くなってなかったみたい。



第二十七話『それは、私に対するあてつけですか、と!』


そう思いたくもなるほどこの二人はラブラブで。私はこれ以上見てらんないって思った。

少しは痴話喧嘩に巻き込まれる私の身にもなってよ、って思う。

確かに?今回のこの二人の喧嘩の原因は私が作ったみたいだけど、どうしてそれがこんな事になってしまったのか。

私は今、ラブラブなバカップルの喧嘩の仕方ってやつを目の当たりにしてる。正直、恥ずかしくて目も当てらんない。

よく恥ずかしげもなく、こんな喧嘩が出来るなぁ、ってちょっと感心すらしてしまう。

そもそも、どうしてこんな夜中に寝てるとこ叩き起こされてまで私はこんなモノ見てなきゃならないんだろう。

これって、ある意味拷問だわ、ほんと。

今から30分ほど前の事。祐巳ちゃんの誤解が無事解けて、はい、解散ってなるはずだったのに、

ここで突然、聖が祐巳ちゃんに冷たい声で言った。

「私の誤解が解けたところで、今度は祐巳ちゃんの誤解を解いてもらおうかしら?」

その言葉に祐巳ちゃんはキョトンとしてる。もちろん私も。ていうか、誤解してたのは・・・祐巳ちゃんだけじゃなかったの??

「私の・・・誤解?」

「そう、今日お姉さまと楽しそうに何の話してたの?私にも話せないような事なの?」

え?え?祐巳ちゃんとSRGが??全く話の見えない私にとって、それは興味津々な話題だった。

でも、今は思う。もっとさっさと追い出せば良かったな、って・・・。

聖の言葉に祐巳ちゃんは顔を真赤にして俯くと静かに言った。

「こ、ここでは言えません・・・」

それを聞いて余計に怒る聖。そりゃそうだ。こんな言い方されたら私でもきっと怒るだろう。

「あのねぇ、私は正直に話したでしょ?ていうか、そもそも最初から何も無かったじゃない!!」

「そ、そうですけどっ!い、今は言えないんですっっ!!」

「だからどうして!?その理由ぐらい言えるでしょ?

大体ねぇ、祐巳ちゃんはいっつもいっつも肝心な事言わない癖があるよね?」

嫌味っぽくフンと鼻を鳴らす聖。今のは・・・祐巳ちゃん傷つくんじゃないのかなぁと思うんだけど・・・。

「な、何言ってんですか!!それなら聖さまだってそうでしょ!?いっつも肝心な事私に何も言ってくれないじゃないですか!」

あれ、そうでもなかったみたい。ふーん・・・祐巳ちゃんって案外打たれ強いんだー・・・ちょっと意外だわ。

「私のどこが!?いっつもちゃんと正直に言ってるじゃない!!毎日可愛いね、とか綺麗だね、とか言ってるでしょ!?」

「・・・あんた・・・毎日毎日そんな事言ってんの?」

ポツリと呟いた私の言葉に、聖はただ頷くだけで返事はしてくれなかった。あぁ、そう。黙っとけって事ね、はいはい。

「それは正直とはまた違うでしょう?それに自分の顔は自分が一番よく知ってます!!

私は聖さまが褒めてくれるほど可愛くも綺麗でもないですよっ!!」

「何言ってんの!?祐巳ちゃんは可愛いし、十分綺麗だよ!

・・・ったく、自分の事は自分が一番知らないってあれ、ほんとなんだな」

そう言って溜息を落とす聖・・・これに祐巳ちゃんが切れた。ていうか、あんた達一体何の喧嘩してんのよ?

「聖さまこそ、そんなにも綺麗な顔して外歩けば色んな人に声かけられて・・・。

そのたびに私がどんな思いしてたかなんて全っ然知らないでしょう!?」

「はぁ?そんな事言ったら祐巳ちゃんだってそうじゃない!

そんなに可愛くてどうしてそんなにも自覚が無いのかが、私には不思議でしょうがないね!」

聖はそう言って乱暴に紅茶を一口で飲み干して私の前に置く。・・・これって、おかわり寄越せって、そういう事なのかしら・・・。

私が紅茶のおかわりを淹れてる間も二人の間には激しいピンク色の火花が見えた。少なくとも私にはピンクに見えた。

最早相手を褒めているのか、それともけなしているのか・・・もうどっちだっていい。とりあえず早く終わらせてよ。

それから、私が二人のお茶を淹れ、それがすっかり冷めてしまうまで激しい口論が続いて、

すでに夜中の二時・・・いい加減本当に終わってくれないだろうか・・・私は限界だった。

眠さと気恥ずかしさでもうどうにかなりそう。

「大体ね、祐巳ちゃんはそんなにも可愛い顔して性格も良くて、非の打ち所がないじゃない!

絶対今までにも言い寄ってくるヤツ一杯いたでしょ!?」

「聖さまこそ、顔はすっごく綺麗だし軽いけど嘘みたいに優しくて・・・他にもいい人一杯いたんでしょう!?」

「なっ、い、いるわけないじゃない!!私が好きなのは祐巳ちゃんだけよっ!これが最後だって前にも言ったじゃない!!!」

「私だって!!聖さましか好きじゃやありませんし、他の誰かとだなんて考えた事もありませんよっっ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

私は白い目で二人の喧嘩を見てた。その時だった。二人はクルリと私の方を向いて同時に叫んだ。

「蓉子!!どう思う!?祐巳ちゃんってば酷いでしょう!?」

「蓉子さま!!どう思います?聖さまってば酷いでしょう!?」

ですって。

だから私は言ってやった。これ以上ないぐらい微笑んで、ハッキリと。

「とりあえず、帰れ」

と。

案の定二人はポカンって口開けて私を見てる。

「あ、あのー・・・蓉子?お、怒ってる?」

「いいえ?怒ってないわよ?いやね、ちっとも怒ってなんかないわよ!いいから、今すぐ・・・帰れ」

優しくそういう私の言葉に、二人は急に我に帰ったように青ざめる。

「「は、はいっ!すぐに帰りますっっっ」」

うん、いいお返事だわ。私は玄関まで二人を送ると、サンダルを履いている聖にボソリと言った。

「あなたたち、幸せそうね」

すると、聖ははぁ?って顔して笑う。

「どこが?喧嘩してたんだよ?」

確かに。あれは酷い喧嘩だった。多分本人達よりも聞いてる方がずっと苦痛だ。でも・・・。

「そうね。でも、幸せそうだわ」

「ふーん、そんなもんかね」

「そんなもんよ。それじゃあね、おやすみなさい」

「お休み」

「お休みなさい、夜分遅くに失礼しました」

「いいえ、でも、今回限りにしてちょうだいね」

そう言ってドアを閉める聖と、お辞儀をする祐巳ちゃんに手を振った。

ドアが閉まる瞬間、二人が苦笑いしながら手をつなぐのが見えた。

あーあ。何か幸せそうでいいなぁ。まぁ、決して真似はしたくはないけれど。

何にしても、あの聖があんな風に誰かと喧嘩するなんてね。やっぱり祐巳ちゃんは偉大だわ。

で・も。やっぱりこんなのは今回限りにしてもらおう・・・でないと、きっと体がもたないもの・・・。

全く、夜中に何しに来たのかと思えば、思いっきりあてられちゃったじゃない。ほんと、いい加減にしてよね。


第二十八話『消えない疑い』


私の誤解は解けた。私のは、ね。でも、まだ祐巳ちゃんの誤解は解けてない。

祐巳ちゃんの態度からして、別にお姉さまとの間に何か私には秘密の関係があるという訳ではなさそうなんだけど、

で・も!納得いかない。関係はなくとも、そこには絶対に何か秘密がありそうで・・・。

蓉子の家から帰ってきた私は、だからそれとなく聞いてみた。

「ねぇ、祐巳ちゃん。そういえばさー、前から思ってたんだけど、祐巳ちゃんってお姉さまの事一体どう思ってるの?」

私の質問に祐巳ちゃんはただ笑っただけだった。ていうか、それってどうとればいいんだろう?

別にお姉さまの事なんてどうとも思ってないって事?それとも・・・。

私がそんな事を考えていると、祐巳ちゃんが私に擦り寄ってきて言った。

「聖さま、私、本当に聖さま以外の人にこんな風に甘えたいとは・・・思いませんよ?」

か、可愛い・・・くそっ!私はいつもこの顔に騙されるんだよなー。こんな顔されると、まぁいっかって思っちゃう。

でも、でもね!今回は騙されないからね!

「でもさ、さっき言ってたじゃない。ここでは話せませんって。あれって・・・今なら話せるの?」

「え、えっと・・・そう、ですね。でも・・・SRGに聞いてみないことには何とも言えません。

一応SRGのプライベートのお話ですし・・・秘密厳守が保健医の掟っていうか、その・・・」

「・・・・・つまり、お姉さまの了解を得ないと話していいかどうかは分からないって事?」

「ま、まぁ、そういう事に・・・なります」

「ふーん。分かった。じゃあもういいよ、聞かない。好きにすれば?」

何よ、私よりもお姉さまとの約束のが大事なんだ。心の狭い私はそんな風に考えてしまった。

でも、そんな私の酷い言葉に、祐巳ちゃんは何も言わず小さく笑っただけで。

私には、どうしてこの状況で祐巳ちゃんが笑えるのか分からなくて、余計にイライラしたのは言うまでもない。

たとえ、祐巳ちゃんがどんなに苦しい思いをしていたのだとしても。だってさ、言ってくれなきゃ分かんないよ。

翌朝、目が覚めるとすでに祐巳ちゃんは居なかった。

テーブルの上には小さな紙切れと封筒が乗ってて、そこにはこんな風に書かれてあった。

『今日は早出なので先に行きます。またお布団蹴飛ばして寝てましたよ!もう、風邪引いても知りませんからね!

ついでに・・・サンタさんへのお手紙も置いておきます。ちゃんと渡してくださいね  祐巳』

だって。

まるで昨夜の出来事なんて全く無かったかのような祐巳ちゃんの態度に、私は凄く複雑な気持ちだった。

安心してるのか、それとも怒ってるのか。凄く・・・複雑だ。

とりあえず学校へ行こう。祐巳ちゃんには悪いけど、サンタさんへの手紙はちゃんと仲直りしてから渡そう。

でないと、こんな気持ちのままでとてもじゃないけどプレゼントなんて選びに行けないよ。

一体何が欲しいのかは知らないケド。

学校につくと、真っ先に一番出会いたくない人に昇降口で出くわした。誰かって?そりゃ、お姉さまに決まってる。

よくも・・・よくもウチの祐巳ちゃんを・・・そんな思いがふつふつと湧き上がってきて、

気がつけば私も気づかないうちにお姉さまを物凄い形相で睨んでいたみたい。

「な、何よ?」

「ああ、おはようございます、お姉さま」

あぁ、どうしてこんなにも私はあからさまなんだ!!これじゃあバレバレじゃない。

でも、お姉さまは全く私が怒ってる理由など分からないようで、ちょっと焦ってる感じ。

「あまりおはようって雰囲気じゃないんだけど・・・」

「ソウデスカ?今日もお天気は最高にいいですし、素晴らしい一日になりますよ、きっと」

何、この棒読み・・・ああ、もう、ほんと・・・私って・・・。

案の定お姉さまは変な顔してるし、私は私で思いっきり嫌味だし・・・誰か、お願いだから止めて!!

「ど、どうしての?何怒ってるのよ!?」

「別に・・・全っ然怒ってなんてませんよ」

「う、嘘おっしゃい。怒ってるじゃない、思いっ切り」

その時だった。昇降口で言い合いしてる私達の後ろを、誰かがサッと横切った。つうか・・・なんだ、蓉子か。

「あら、おはよう聖、SRG。こんな所で何してるの?」

「いや、ちょっとね・・・それよりも、昨日は夜遅くに悪かったわ」

私の言葉に蓉子は小さく苦笑いして言う。

「まぁ・・・たまにはいいわよ、ああいうのも。

でも・・・あんたほんといつも突然だから・・・今度からはちゃんと連絡してから来てよね」

「はいはい。善処します」

「そうしてちょうだい。それじゃあ、先にいくわ」

そう言って蓉子は片手を挙げて颯爽と昇降口から姿を消した。・・・って、あれ?お姉さまは??

「・・・って、何やってんですか?」

突然居なくなったと思ったら、お姉さまは何故か昇降口の影からこっそりとこちらを覗いている。

そう、まるで『巨人の星』の星明子みたいに。

「い、いいえ?別になんでも!」

「?」

「ところで、聖。昨夜、蓉子ちゃんと何かあったの?」

コホンと咳払いをして真面目な顔してそんな事を言うお姉さま。つか、どうしてそんな事聞くんだろう?

「いや・・・そんなお姉さまが気にするような事じゃありませんけど・・・」

ていうか、別に私と蓉子が何しようがお姉さまには関係ないと思うんだけど。

でも、何だかお姉さまは必死だった。私の肩を掴んで必要以上に私を揺さぶる。い、痛い、痛い!!

「本当に?本当に何もなかったのね!?」

「だーかーら!!何もありませんってば!!一体何なんですか?祐巳ちゃんといいお姉さまといい!」

思わずポロリとついて出た言葉に、お姉さまはキョトンとしてる。そうだった、忘れる所だった。

どうして私がお姉さまに怒っていたのかを。それに、まだ何も解決してないことも。

私はまだ私の肩を握り締めて離さないお姉さまに言った。

「言っておきますけどね、お姉さま。祐巳ちゃんは何があっても、たとえお姉さまでも絶対に譲りませんからね」

私はそこまで言って、はぁ、と大きなため息を落とした。すると、お姉さまはまだキョトンって顔してる。

「な、何言ってるのか分からないわ、聖」

「私にも分かりません!ですが、これだけは言わせてください。絶対、絶対、祐巳ちゃんは誰にも渡しませんからっ!!」

大声で怒鳴る私の顔を、お姉さまはじっと見つめていた。何も言わず、ただじっと。

しばらく息苦しい沈黙が流れて、そろそろ耐え切れなくなって逃げ出そうとした私の肩を、お姉さまは強く握り締める。

だから、痛いってば!

「聖・・・あなた・・・そんな顔出来たのね!成長したのね、このコってば・・・どうしよう、私、嬉しくて泣きそうよ」

「はあ!?」

何言ってんだ、この人。今私が言った事ちゃんと聞こえてたのかな?

つうか、別に褒められるような事言ってないし、全然言ってないし!

「はぁ・・・聖、何か誤解してるようだから言っておくわね。別に私は祐巳ちゃんをどうこうする気はないわよ?

ただね、あの日、蓉子ちゃんを探してたのよ、私。それで、祐巳ちゃんに聞いたの。蓉子ちゃん知らない?って。それだけよ」

「・・・・・嘘ですね、それは」

これは口実だ。お姉さまはまだ何か隠し事してるに違いない。

だって、ほら。目が泳いでるもの。祐巳ちゃんといいお姉さまといい・・・どうしてこんなにも素直なんだ・・・。

「う、嘘じゃないわよっ!!あの日私は蓉子ちゃんを探してたんだからっ!!」

・・だからどうしてそんなに必死なのよ?怖いってば、お姉さま・・・。

あまりにも必死なお姉さまが可哀想で、私は深い溜息を落とした。

「あのですね、あの日蓉子は薔薇の館の物置で江利子と・・・その・・・」

どうしよう・・・言ってしまってもいいものなのだろうか・・・あの蓉子のみっともない格好の事を。

いや、ダメだ。絶対に後から怒られる、蓉子に。間違いない。

だから私はここで言葉を切った。すると、そんな私の態度にお姉さまの顔色が変わった。

「え、江利子ちゃんと何?一体何なの!?言いなさい、聖っ!!」

「ちょ、ちょっと、お姉さま!?ち、近いです!!」

お姉さまは私の肩を力一杯握り締めてジリジリと近寄ってくる。つうか、お願い、もう少し顔、離して!!

「聖!?一体何を見たの?あの日、物置でっっっ!!!!!」

「分かった、分かりましたから、0キロメートルは止めてくださいっっ!!!」

最早私の鼻とお姉さまの鼻がくっついている・・・と言っても過言ではなかった。そりゃもう、驚いたのなんのって。

思わず昨日眠れなくて読み耽っていた『ケロロ軍曹』のギロロの台詞が口をついて出てしまうほどに。

(ちなみに、これは祐巳ちゃんが弟から譲ってもらったらしい。本当かどうかはさだかではないけど)

あー・・・ビックリした・・・一体何なの、お姉さまの態度といい、祐巳ちゃんとの隠し事といい・・・。

全く、私の周りは不審者ばかりだ。

いや、多分こんな事言ったら間違いなく蓉子に、あんたが一番の不審者よ!とか言われそうだけど。

何にしても、お姉さまと祐巳ちゃんの間には二人だけの秘密があるけど、

どうやらそれは私達の関係を壊すようなものではなさそうで・・・。まぁ、やっぱりあまり気分のいいものではないけれど。


第二十九話『サンタさんお願い』


サンタさん、どうかお願いです。もう少しなんです。もう少しだけ、聖さまに近づきたいんです。

だからどうか、その証みたいなモノを、私にください。

「なんてね・・・言える訳ないよ、そんな事」

私が欲しいのは、本当に本当に欲しいのは、些細なモノで、安くてもいいから、おもちゃみたいのでもいいから、

聖さまとのペアのリングが欲しかったんだ・・・でも、それは書けなかった。

流石に、重いかな?って思って。ていうか、巷のお嬢さん達はこういうものが欲しい時はどうやって貰うんだろう?

普通ににっこり笑って・・・。

「私ペアの指輪が欲しいんだよね〜」

とか、軽く言うんだろうか?それとも、もっとオトナの女っぽく、気丈に責めてみるとか?例えば・・・。

「ねぇ、私にコレ、買ってくれる?・・・いや、これは気丈っていうよりは、偉そう・・・だな・・・」

う〜ん・・・じゃあやっぱり普通に甘えるのが一番いいのかな・・・でも、どうやって??

私はすっくと立ち上がり、着ていた白衣を脱いだ。

そして、髪を直し、誰も居ないドアを聖さまに見立てて、モジモジと指をいじる・・・振りをする。

するとどうだろう・・・ついさっきまでは保健室だったのに、一歩妄想の中に入り込めば、

あっという間にここは自宅・・・いや、自宅じゃ芸がない。お洒落なレストランに変わったではないか。

この鼻をつくアルコールの匂いも、高級なシャンパンだと思えばいい。・・・いや、それは無理か。

まぁ、何でもいい。とりあえず幻の聖さまにお相手してもらおう。すると、相変わらずすぐさま幻の聖さまは現われてくれる。

ニッコリ笑って、こちらを見て・・・私は大きく深呼吸をして目を閉じる。

いじった指は、あくまでさりげなく、さりげなく・・・大丈夫よ、祐巳。幻だもの、ちゃんと言えるわよ!頑張れ!!

「あの・・・あのね、私・・・その・・・欲しい・・・の・・・」

「は?」

「へ!?」

あ、あれ?幻の聖さまはこんな返事・・・しないよね?こんな事言うのは幻じゃなくて・・・。

「な、何言ってんの?」

「はっ?!」

聞きなれた声に、私はパチっと目を開けた。すると、さっきまでそこに居た聖さまが居ない。いや、居るんだけど、居ない。

こ、これは・・・。

ホ、ホンモノーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!

し、しかも聞かれた!?う、嘘でしょ?私はサーッと血の気が引いていく音を聞いた気がした。

目を白黒させる私。そして、そんな私を変な目で見る聖さま・・・あぁ、もう嫌だ。穴があったら今すぐ入りたい・・・。

すると、聖さまはドアをパタンと閉めて床に落ちていた私の白衣を拾うと、丁寧に埃を落とし始めた。

「あ、あの・・・さ、さっきのはですねぇ・・・その・・・」

「いや、いいよ、大丈夫。祐巳ちゃんも随分大胆になったもんだと思って驚いてはいるけど、引いてはいないから」

「は、はあ・・・」

いや、違うんだけど・・・そういう意味で言ったんじゃないんだけど・・・。淡々とそう言っていつも通りベッドに腰掛ける聖さま。

慌てる私を見て、小さな笑みを浮かべる。いや、どちらかといえば・・・意地悪な、かな。

「まぁ、でも・・・ここは学校でまだ授業も終わってないからね。帰るまで我慢しようね?」

「は・・・はい・・・」

いや、だからそうではなくてっ!!で、でも本心は言えない。あぁ、もう・・・どうしたらいいのか・・・。

「はい、よろしい」

聖さまはそう言って、ベッドに腰掛けて私においでおいでする。そして聖さまは唐突にこんな事を言い出した。

「あのさー、ベッドをね、買おうと思うんだけど・・・どうかな?」

「はあ?」

何を突然言い出すのかと思えば、ベッドですか!?ていうか、どうしていきなりベッド??

多分、私の顔が全てを物語っていたんだろう。聖さまが苦笑いを浮かべて言った。

「いやー、今朝思ったんだけどさ、やっぱり私一人で寝るの嫌なんだよね」

「で、でも・・・一緒に寝てるじゃないですか、いっつも」

「うん、祐巳ちゃんに追い出されるまではね」

「う・・・」

だ、だって、聖さまってばどんどん私を追い詰めるんだもん・・・私だって聖さまみたいに大の字で寝たいよ・・・。

いっつもいっつもどんなに私が狭い思いをして寝ているか!!

「いや、確かに私の寝相は悪い。それは認める。でもね、祐巳ちゃんだって寝相良くないでしょ?」

「えー、そうですか?聖さまほどじゃないですよ」

「うっそだー、だって私しょっちゅう蹴られるもん。その度に起きてるんだから。それに布団も取られるし」

そ、それは私が寒がりだから・・・って、だから何で突然ベッドを買うって話になるの?別に今までどおりでいいと思うんだけど。

でも、聖さまは突然真顔で言った。

「でもね、どんなに寝相が悪くたって、やっぱり昨日みたいに喧嘩した後に別々に寝るのは・・・嫌なんだ。

だって、そんなんじゃいつまでたっても仲直り出来ないよ。そりゃたまに一人で寝るのはいいと思うけど、

でもそれが毎日だったら・・・それは・・・嫌だよ」

「・・・・・・聖さま・・・・・・・・」

ああ、なるほど。つまり聖さまは昨日の事をまだ気にしてるんだ。だから突然ベッド買おうなんて話しだしたんだ。

つうか・・・ほんとに素直じゃないんだから。ほんとにもう、しょうがない人。だから私は小さく笑った。

「いいですよ。その代わり・・・大きいやつにしてくださいね?もしくは柵がついてるやつ」

「OK。祐巳ちゃんには特別に寝袋もつけてあげる」

「ど、どうしてです?」

私が尋ねると、聖さまは笑った。

「だって、寝袋なら蹴れないし布団もはがれないでしょ?」

だって。・・・ほんっとうに・・・この人は。

素直になれないし、一言多い。本当にスルメみたいな人。私の・・・大切な人。

サンタさん、さっきのお願い事、取り消します。私、この人とずっと一緒に居られるのなら、指輪なんて・・・いりません。


第三十話『私的、進化論』


まだお互い知らない所は沢山あるし、何かが変わった訳でもない。でもね、進化はしてる。毎日、毎日。

先はまだまだ長いんだって、思い知らされる。こうやって歳とって、そしていつか笑い話になるんだろうか。

喧嘩した事や、知り合った日の事。友情が愛情に変わった日の事を。

いつまでも忘れてはいけないのが初心ってヤツ。でも、結構忘れがち。

「聖さま、あれなんてどうです?おっきいし、値段も手頃ですよ!」

祐巳ちゃんがボーっとしてる私の袖を引っ張った。

そして、寝具売り場の一番奥に展示してある猫足の可愛らしいベッドを指差す。

「だからさ、どうしてさっきからあんなにも可愛らしいのばっかり選ぶのよ?あの寝室に置くのよ?」

私達の寝室になる場所は、元々は私の部屋だった。

でも、ベッドを、しかも大きいのを置くとなると、どう考えても他の部屋に入りそうになくて、

結局私は部屋を変える羽目になったのだ。

元々は私の部屋だったから壁紙も黒で統一されてるし、電気だってかなりシック。

そこにこの可愛らしいベッドは・・・どう考えても合わない。

「だってー・・・可愛いので寝るのが夢なんですもん・・・どうしても・・・ダメ?」

ダメ?って小首傾げて私を見上げる祐巳ちゃん・・・可愛い。可愛いケド・・・。

「ダメ。せめてもうちょっと乙女チックじゃないやつにして」

「ちぇー・・・ダメかぁ・・・」

そう言ってまたウロウロとベッドを探し回る祐巳ちゃん。私はそんな祐巳ちゃんの後姿を眺めながらフッと目を細めた。

ベッド探しにそろそろ疲れてきたから、私達は近所の喫茶店で休憩することにした。

そこで、祐巳ちゃんはミックスジュース、私は相変わらずコーヒーを注文する。

「ねぇ、祐巳ちゃん、私さ、初めは祐巳ちゃんの事追い出そうとしてたんだよ」

突然こんな事言ったら、てっきりいつかの志摩子みたいに泣き出すかな?と思ったのに、祐巳ちゃんの反応は・・・普通だった。

いや、予想外だったんだけど、普通だったんだ。

「知ってましたよ。聖さま私の事凄い嫌いだったでしょ?」

「え・・・、えと・・・まぁ、うん」

「ふふ、正直ですね。こんな時だけ」

そう言って笑う祐巳ちゃん・・・な、なんか・・・思ってたよりもこのコ、強いかも。

「だってさ、あの頃はまだ栞が忘れられなかったんだってば。

でもさ、どうしてかな。祐巳ちゃんの前では私一番普通でいられたよ」

そう、ずっと素でいられた。まぁ、創る必要が無かったってのが一番の理由なんだろうけどさ。

多分、祐巳ちゃんも私の考えてること分かったんじゃないのかな、小さく笑ってる。

「私も、他の先生達には凄く気を使ってましたけど、聖さまには・・・どうしてかな、私のままでいられた・・・です」

そんな、無理やり敬語にしなくていいってば。

思い出したように敬語になる祐巳ちゃんがおかしくて、思わず私は笑ってしまった。

そう言えば、彼女が新任で入って来た時、私は頼りないなぁ、って思ってたんだっけ。

絶対一人で立ってられなさそうって、そう思ってた。でも・・・実際はまるで反対だった。

案外頑固で、本当は全然融通が利かない。私にも物怖じしないで突っ込んでくるし、たまに毒を吐く。

「祐巳ちゃんさー、結構ハッキリ言うよね?」

ストローでミックスジュースをグルグル回す祐巳ちゃんに、私は言った。すると、祐巳ちゃんはニッコリ笑って言い返してくる。

「聖さまこそ優しくないですよね〜?」

だって。どこが?すんごい優しいじゃん。

「優しいよ、私は。甘やかしはしないけどね」

そう言って意地悪に微笑む私に、祐巳ちゃんは笑った。ほらね、こんな所が凄く楽だ。

私はいつだって優しかった。甘やかしたりもしてた。でも、実際にはそんな人間じゃ全然ない。

本当の私を知ってるのは、どうして祐巳ちゃんなんだろう?どうしてそれでも私達付き合ってるんだろう?

どうして私は、本当の私を知ってる人を好きになることが出来たんだろう?

今まで誰かと付き合うたびに傷ついた振りをして、それすら餌にしてさ。私、本当に最低だった。

でも、祐巳ちゃんはそれをあっさり見破ったんだよね。だから私は創るのを止めたんだ、このコの前でいくら自分を偽っても、

すぐに見破られるって、きっと心のどこかで分かったんだと思う。でも、それで良かった。

「私さ、ずっと楽になりたいって思ってた。でも、祐巳ちゃんの前では楽になれた。

それが私にとっては最高の場所なんだって気づくのに、本当はそんなに長い時間がかからなかったと思うんだ。

スキーに行った日、わたしは初めて祐巳ちゃんを意識しだしたんだけどさ、

でも・・・本当はもっと前から祐巳ちゃんの事気になってたんじゃないかな・・・多分」

お姉さまが祐巳ちゃんにキスした日の事、王様ゲームで初めて祐巳ちゃんとキスした事、

家庭科室が火事になった時、火の中に飛び込んだ祐巳ちゃんを追いかけた事でさえ、

今思えば祐巳ちゃんが気になってたんじゃないのかな、って思えてくる。

そんな私に、祐巳ちゃんは言った。

「どちらにしても、最初は私達確実に敵でしたよね。でも、今並んでここに居る。おまけにベッドなんて選んでるし・・・。

人生って、こういう事の積み重ねなんでしょうね、きっと。確実に何かが変わってゆく・・・周りも、自分も・・・」

「いいや、何も変わらないよ。でも、進化はしてる。どんなに強がっても意地張っても、その進化は止められない。

だからこそ、私達は今こうやってベッド選んでる合間に喫茶店でお茶なんてしてるんだ。

もしかすると、これから何年か先、またこんな風にこんな話を何か選びながらしてるかもね」

「あはは!かもしれません!今度は・・・そうですね〜・・・例えば家とかですか?」

「い、家!?いきなりそこに行くの?」

祐巳ちゃんの答えに思わず私もつられて笑ってしまった。そうか、次は家か。何年先になることやら。

でも、こんな風にたまには昔の気持ちを確かめ合うのも悪くない。そうして今の自分たちの進化を、愛しむのも・・・悪くない。


第三十一話『初心に帰ろう』


「ところでさ、それ美味しそうだね、一口ちょうだい」

そう言って聖さまは私の飲んでたミックスジュースを、無理矢理自分の方に引き寄せて、

何の躊躇いもなくたった今まで私が口をつけていたストローに口をつけた。

「あ・・・」

「え、何?だめだった?」

私はその光景を見て、ふと思い出した。あれはいつだったっけ?前にもこんな事があったような気がする。

でも、聖さまは何を勘違いしたのかヤバイって顔して慌ててストローから口を離し私にミックスジュースを返してくれた。

「いえ、違うんですよ、今ね・・・ふふ」

「何?思い出し笑い?気持ち悪いなぁ、もう」

「だって!何だか懐かしくて」

そう言って、私は今しがた聖さまが口をつけたストローに、ゆっくりキスするみたいに口付けた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれは、そう。聖さまのお弁当を作り始めた頃だった。春だっていうのに、その日は妙に蒸し暑くて。

当時、聖さまの車で学校に行き始めた頃で、毎朝凄く緊張してたのを覚えてる。

緊張するとお腹痛くなるタイプの私は、毎朝毎朝極度の緊張で、しょっちゅうお腹痛くなってたっけ。

「今日はあっついなぁ・・・まだ六月だってのに、地球温暖化かな」

イライラした口調で聖さまは言って、そして・・・クーラーをつけた。さ、寒いよ・・・。

でも、私にはそれが言えなくて・・・別に聖さまはそんな事で怒らないとは思うんだけど、でも、やっぱり言えなくて。

だから毎朝寒い思いしながら助手席に乗ってたんだ。でもね、ある日気づいた。そうだ!暖かい飲み物買っていこう!!って。

だから私は、翌朝マンションの下で紅茶を買った。もちろん暖かいヤツ。

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私がそこまで言った時、突然聖さまが口を開いた。

「ちょっと、ちょっと!早く言いなさいよ、そんな事!お腹痛かったの?ていうか、そんなに緊張してたの?」

「だから、言えなかったんですってば!ドキドキして座ってるのがやっとだったんですもん」

「そ〜う?その割にはダッシュボードとか色々いじってたじゃない」

そ、そうだっけ?いやぁ〜・・・そこまでは覚えてないけど・・・。

「そ、それは多分、何かしてなきゃ落ち着かなかったんですよ・・・ていうか、続き話してもいいですか?」

「ああ、ごめん。続けて?」

そう言って聖さまはどうぞ?と手のひらを私の方に差し延べる。ふー、今度は茶々入れないでよね?

「・・・って、どこまで話しました?」

「え?えっとー・・・熱い紅茶を買ったってとこらへんかな」

「あー!そうそう、で、熱い紅茶を買ったんですよ、私は」

そう、それからが大変だったんだ。

いや、別に今思えば本当に些細な事だったんだけど、当時の私にとってはそれはもう、大事件だったんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

紅茶を持って聖さまの車に乗り込んだ私は、それを車のジュースを置く所に置いた。

で、聖さまと少し話してたんだけど、案の定聖さまは暑いと言ってクーラーをつけはじめた。

でも・・・だいじょーぶ!今日は紅茶があるもんね!!私は待ってましたとばかりに紅茶を開けた。

あー・・・あったかい・・・つか聖さまってばどっか悪いんじゃないの?そんなクーラー入れるほど寒くないのに。

何の話してたかまではよく覚えてないんだけど、とりあえず私はチビチビと紅茶を飲んでた訳で。

そしたら、突然聖さまがスッと私の方に手を伸ばしてきたんだよね。

で、私の手から何も言わず紅茶を抜き取って、信号で止まった時に何を思ったのか、それを飲んだの!

「あ、ちょ!」

「え?飲んじゃまずかった?・・・つうか、何コレ・・・あまっ!!」

べー、って舌を出した聖さまの顔を、私はまだ覚えてる。で、それを私に返して・・・・くれたんだけど・・・。

私は今しがた聖さまに奪い取られた紅茶をじっと見つめた。

ていうか、まだこの時は何にも意識とかしてなくて、ただ今目の前で見た聖さまの横顔が私に目に焼きついて・・・。

紅茶を飲む聖さま・・・たったそれだけの事なのに、その時は何故か凄くドキドキしてしまったんだ。

紅茶をじっと見つめる私を不振に思ったのか(そりゃ普通は変に思うよね)、聖さまは申し訳なさそうに笑う。

「ごめんってば。ほら、早く飲まないとせっかくあったかいのに冷めちゃうと思ってさ」

代わりに飲むの手伝ってあげたの。なんて言う聖さま。いや、どうして素直に喉が渇いたって言えないかな。

別に一口ちょうだい?って言えばあげるじゃん!私そんなにケチじゃないよ、もう!!

で、私は缶に口をつけようとして・・・ふと気づいた。あれ?これって・・・間接・・・キ、キ・・・ス・・・?

一度そう思ってしまうと、もうダメ。どんなに飲もうとしても、体が硬直して動いてなんてくれない。

缶ジュースを持つ手がブルブル震える。

「ど、どーした?も、もしかしてそんなに怒ってるの?」

「い・・・いえ、だ、大丈夫・・・で・・・す・・・・」

あぁ、何が大丈夫なんだ、私!!全然大丈夫じゃないよ!!!ほらー、聖さま絶対変に思ってるって!!

でも、缶に口をつけようとするたびに、さっきの聖さまの横顔がフラッシュバックのように蘇る。

ダ・・・ダメだ・・・思い出しちゃうとダメ・・・。

その頃、私は既に相当聖さまの事好きだったんだ。だから普段から割とそういう事をどっかで想像してたりしてた訳。

例えば、私と聖さまのキスするところを想像して一人でニヤけたり(今思えば相当気持ち悪いけど)、

学校の銀杏並木を北海道のポプラ並木に喩えて、そこを手つないで歩きたいなぁ・・・とか、そんな事を。

まぁ・・・今考えれば変態だよね、ある意味。

でも、当時はそれでも幸せだった・・・絶対に叶うことのない想いだと、そう思ってたから。

で、話は戻るんだけど・・・聖さまは何の気なしに私の缶ジュースを飲んだだけ。でも、その行為は物凄い破壊力だった。

学校についてからも、ずっと一日中その缶を見て過ごした。途中何度か飲もうとしたんだけど・・・やっぱり出来なくて・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・祐巳ちゃんって・・・可愛いなぁ・・・」

しみじみと私の顔を見てそんな事を言う聖さま・・・ていうか、またこうやって話の腰を折るーーー。

「そ、そうですか?でも、聖さまはそういうの無かったんですか?」

「私?う〜ん・・・どうだろう・・・あんまりそういうのとは無縁かなぁ・・・だって、間接キス一つで大騒ぎする歳でもないでしょ」

だって。そりゃそうだけどさー・・・。

ちぇー、つまんないの。聖さまのそういう話も聞きたいのになぁ。でも、聖さまのそういう所、あんまり想像出来ないけど。

あぁ、いいや。聖さまの恥ずかしい話はまた後日聞きだすとして、とりあえず私の話を最後まで聞いてくださいよ。

多分、私はそんな顔してたんだと思う。聖さまはコクンと頷いて、今度は手だけで合図する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結局・・・その日一日、その紅茶にもう一度口をつける事は出来なかった。

でも、まだ少ししか飲んでなかったから、もったいなくて家に帰ってから、コップに移し変えて全部飲んだ。

で、缶は空になったんだけど・・・今度はどうしてもその缶が捨てられなくて・・・しかも洗えないし。

「はぁ・・・どうしよ・・・」

私と缶の睨めっこはまた始まった。缶は当たり前だけど、何も言わない。

何も話さない缶は、どれぐらいの間そこに置いてあったんだろう。

いい加減私は月末の掃除の時に捨てようと思って、思い切って缶をキッチンに持っていくんだけど、

でもやっぱり出来なくて・・・でもさ、紅茶って、結構傷むと凄い匂いがするんだよね・・・しかもミルクティーだったし。

中身は入っていないとはいえ、やっぱり一度も洗ってないと結構凄い。でも、聖さまがそれに一度でも口つけたんだと思うと、

どうしても洗えない。どうすればいい??どうすればいいの!?

そんな時だった。突然インターホンが鳴ったんだ。私は缶をキッチンの流しの所に置いて玄関に出ると・・・聖さま。

聖さまはいつものように突然やってきて、勝手にあがりこんで晩御飯を食べ終えると、洗い物をしてくれた。

・・で、事件は起きた。いや、今では相当感謝してるんだけど。

「祐巳ちゃ〜ん、この缶洗って捨てるからね〜?」

え?ちょ、ちょっと・・・今何て言いました?

でも、私が理解するよりも先に何かを洗う音と、べコベコンって何かがつぶれる音がして・・・。

ま、まさか・・・私は慌ててキッチンに入ると、そこにはベコベコになった缶を分別ゴミ箱にいれてる聖さまの姿。

しかもそのまますぐにゴミ出しまでしてくれる優しさ・・・。

きぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!な、な、なんて事してくれるんですかーーーーーーーーっっっっ!!!!

本気で・・・本気で聖さまを一発殴ろうかと思った瞬間だった。

それほど私の中ではその缶は特別だったのに・・・まさかその張本人に壊されてしまうとは思ってもみなくて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「で、私は泣く泣く缶を手放した訳ですよ」

ズズズーっと、何かを吸う音・・・ふと正面を見ると、聖さまが私のミックスジュースをすっかり飲み干していた。

「あぁぁぁぁ!!!!!ひ、ひどっ・・・」

大切に・・・大切に飲んでたのに・・・あんまりだよ、聖さま・・・ミックスジュースは高いのに・・・。

ところが、そんな私に聖さまは今しがた自分が飲んでたストローを差し出す。

「・・・何ですか、コレ・・・」

「缶壊しちゃったお詫び。あげる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そんなニッコリ笑ってもね、ミックスジュースは返ってこない。ていうか!!今は別にいりませんよ!そんなモノ!!!

「どうしたの?いらないの?せっかく間接キス出来るチャンスなのにー。それともやっぱりまだ口つけれない?」

意地悪に微笑む聖さま・・・ほんっとうに憎たらしいったらありゃしない!!だから私は言った。

「・・・今は、直接出来るでしょ。それよりも・・・もちろんもう一杯おごってくれるんですよねぇ?」

「え、ええ?まだ飲むの?」

もちろん!だって、結局殆ど聖さまが飲んだんじゃないですかっ!

コクリと頷いた私を見て聖さまは笑う。

「でもさ、そんな風に祐巳ちゃんが考えてたなんてね。間接キス一つに大騒ぎ・・・か」

そう言って目を細める聖さま・・・悪かったですね、間接キス一つで大騒ぎして!でもね、それほど・・・好きだったんですよ。

もう、ずっと前から・・・好きで好きでしょうがなくて。

何かの弾みで触れ合った手とか、不意に耳元で囁かれたりとか、今だって凄くドキドキする。

ちなみにさっきのお話、実はまだ先がある。

聖さまには言わなかったけど、あの後、実は私はやっぱり諦め切れなくて、

夜中にこっそりゴミ捨て場から持って帰ってきたんだ。

それから、ベコベコにへっこんだ缶を元の形に・・・いや、かなりいびつだけど、

どうにか戻して上から折り紙を貼って、私の部屋に置いてある。

今は・・・窓辺でお花と一緒に、外を見つめてる。でも、これは聖さまには・・・もう少しだけ、内緒だよ!


第三十二話『新しいベッド』


結局、ベッドは祐巳ちゃんと私の意見が唯一一致した深紅の淵のダブルベッドになった。

最後まで祐巳ちゃんは頑として猫足を譲らなかったんだけど、もしもこの先またベッドを買い換えることがあれば、

今度こそは祐巳ちゃんの言うとおりのにするから、って言ったら渋々承諾してくれた。

で、そのベッド・・・今日到着する予定なんだけど・・・。

私はそわそわしながらベッドの到着を待つ祐巳ちゃんを見て、小さく笑った。

こんな気持ち、何ていうんだろうな・・・そんな祐巳ちゃんを見て、愛しいとか可愛いとか、そんなんじゃなくて・・・。

嬉しいでもない、何だかこう、胸がギュって締め付けられる感じ。

祐巳ちゃんはたまに振り返って恥ずかしそうに笑う。

「祐巳ちゃん、ちゃんと来るから、とりあえず座ってお茶でも飲めば?」

「そ、そうですね!で、でも・・・もう来るかもしれませんし!」

いや、だからさ・・・さっきからずっとそう言いながらかれこれ二時間はそうしてない?

私はそんな祐巳ちゃんを横目にとりあえず自のお茶を淹れて大きなため息を落とした。

さっきから祐巳ちゃんは部屋の前を誰かが通るたびに肩をピクンって震わせて慌ててキッチンから外を覗いてるけど・・・。

そんなに待ち遠しいものかね、たかがベッドなのに。でも、そんな祐巳ちゃんがちょっと羨ましくも思う。

こんな些細な事でだって、あんなにも嬉しそうに、楽しそうに笑えるんだもんな。

私が熱いお茶をすすっているその時だった。不意にインターホンが鳴った。

祐巳ちゃんはそれを聞いて勢いよく(また確認もしないで)ドアを開け、誰かと二〜三会話している。

・・・が、急いで部屋に戻ってくるなり無理やり私の腕を引いた。

「何?来たの?」

「い、いえ・・・それが・・・」

モジモジと何か言いにくそうな祐巳ちゃん・・・どうやら待望のベッド!って訳ではないらしい。

「全く・・・だからいつも言ってるでしょ?ちゃんと確認してから出ろって」

「ご、ごめんなさい・・・」

私は祐巳ちゃんの頭をポンポンと軽く叩き、玄関へと向った。玄関先で待っていたのは今風の若い男の子。

「何かご用?」

私の言葉に、男の子は一瞬目を大きく見開いた。・・・何よ、失礼なヤツね、人の顔ジロジロ見て。

多分、私は怪訝な顔してたんじゃないのかな、男の子はしどろもどろにどうにか言葉を繋ごうとしてる。

「あ、あの、その、し、新聞を、ですね、その・・・」

あぁ、新聞か。生憎だけど私、英字新聞しか読まないのよね・・・つっても、別に格好つけてるって訳じゃないのよ!?

この英字新聞、以外に授業に役立つのだ。だからわざわざ買ってきてそれをコピーして生徒達に配ったりもしてる。

そんな訳で、新聞はいらないんだなぁ。特に日本語のは。

「悪いね〜、ウチ、新聞はタイムズなんだわ」

「た、たい・・・むず?」

「そう、タイムズ。英字新聞よ。それ、日本語でしょ?

残念だなぁ、もし君が持ってきたのが英字だったら、間違いなく購読したんだけどね」

そう言って私は意地悪な笑みを浮かべる。

男の子は困ったように自分の持ってきた新聞をじっと見つめると、何も言わずペコリと頭だけを下げて帰っ行ってしまった。

家に入った私を、祐巳ちゃんが申し訳なさそうに出迎えてくれる。いや、別に怒ってないからそんな顔しなくていーよ。

「すみません、聖さま・・・私がいくら断っても帰ってくれなくて・・・」

そう言って手首をさする祐巳ちゃん。その手首はうっすら赤くなっている。まさか・・・?

「祐巳ちゃん、さっきの男の子に何かされた?」

「へ?い、いいえ?ちょっと腕を掴まれたぐらいですけど・・・」

な、なんですって?!私の顔を見て、祐巳ちゃんが一歩後ず去る。

「あ、あの、聖さま?本当に大した事ないですよ?だって、本当にちょっと掴まれたぐらいですし・・・その・・・」

「いや、うん。分かってる。・・・こんな事ならもっと嫌味言っておけば良かった」

「聖さま・・・嫌味言ったんですか?」

そう言って困ったように笑う祐巳ちゃん。一瞬目の端に映った手首はやっぱり赤い。

「まぁね」

薄く笑ってそう言う私に、もう!って怒ってるけど・・・やっぱり本当はちょっと怖かったんじゃないのかな。

でも、そんな私の心に反して祐巳ちゃんは小さく笑っている。

「何よ?」

「いいえ?べっつに。聖さまでもヤキモチ妬く事なんてあるんだな、って思っただけですよ」

「はあ?」

ヤキモチなんて・・・しょっちゅう妬いてるっつうの。

でも、それをあんまり表に出すことなんて・・・そういえばあまりないかもしれないけど。特に祐巳ちゃんの前では。

だってさ、そんなのみっともないじゃない。でも、祐巳ちゃんは言った。ニッコリ笑って。

「えへへ!何だか嬉しいですっ!」

あー、もう・・・ほらね、こうやって無防備に笑うから、だから変なのが寄ってくるんじゃない。それに・・・私の心まで・・・。

私は何も言わずそっと祐巳ちゃんを抱き寄せた。驚いたように私を見上げる祐巳ちゃんの顔が、また胸を締め付ける。

「せ、聖さま?」

「いいよ、祐巳ちゃんはそのまんまでいいよ。私がしっかり守るから」

大事なときにはちゃんと駆けつけるから。もちろん、ピンチの時も。だからさ、祐巳ちゃんもどうか私をいつも感じていて?

いつだって・・・傍に居るって、感じていて?・・・な〜んて、絶対に言えやしないけど、きっと、きっと少しは伝わってるだろう。

だって、祐巳ちゃんは何も言わずただ頷いてくれたから。私にはそれで十分。

その時だった。いい雰囲気をブチ壊すインターホンの音・・・。

祐巳ちゃんがハッ!って顔して私から身を離し、また確認もせずに飛び出して行ってしまった・・・。

「・・・今注意したとこなのに・・・それだけ信用されてるって事なのかな・・・」

それともそんなにベッドが待ち遠しいのか。う〜ん・・・素直に喜べないけど、まぁ、いっか。

「聖さま〜〜〜〜!来ましたよ〜〜〜!!!!!」

ドアの外から大きな声で私を呼ぶ。どうやら今度こそベッドだったらしい。

だから私は手残ってる祐巳ちゃんの体温を、ギュって握り締めて言った。

「はいはい、今行くから」


第三十三話『心の欠片』


ベッドと言えば、そりゃする事は一つでしょ!!

・・・なんて言ったら、聖さまの病気がうつっちゃったみたいだけど、そうじゃなくて。

私が楽しみにしてたのは・・・ベッド!!これよ、これ!!本当はね、私だってずっと聖さまと朝まで寝たかったんだ。

でも、それを正直には言えなくて、ハッキリ言ってしまうと何だか私欲求不満みたいじゃない?

今までは夜眠るとき、お休みのキスをして部屋を出て行く聖さまの背中を見るのが嫌で、

聖さまとのキスが終わったらすぐに布団を被ってた。頭から。

朝もそう。おはようございます、ってドアを開けるの・・・もう嫌なの。

たとえ一緒に眠っても、朝にはもう聖さまは私の隣には居ない。だって、ベッドが狭かったから。

私が追い出さなくても聖さまは多分、気を使って私の隣からそっと出て行ってしまう(いや、蹴られるのが嫌だったのかも)。

私を起こしてしまわないよう、そっと・・・でも、そんなのはもう嫌なの!

だから聖さまがベッドを買おう?って言い出した時、私は本当は凄く嬉しかった。ねぇ?この気持ち、分かる?

「じゃあ、この部屋にお願いします」

私は大きなベッドを抱えて家に入ってくるおじさん達を案内する聖さまの姿に見惚れていた。

ピンって伸びた背筋とか、中性的な声とか、日に透けて光る髪とかが凄く綺麗。

おじさんはそんな私を見て、にっこりと笑った。

「可愛いね、妹さん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

はっ!?いや、ていうか、私、こう見えても成人ですよ!!??でも、聖さまは何を思ったのか、にっこりと笑って言う。

「いえ、彼女とルームシェアしてるんですよ」

って。・・・それって、嬉しいんだけど、嬉しくない。

彼女なんです、とは・・・やっぱり言ってくれないんだ・・・当たり前かもしれないけど。

おじさんはもう一度私を見て、(まるで孫や自分の娘でも見るみたいな顔で)ほう、と頷く。

もしかすると、ルームシェアってモノ自体があまりよく分かってないのかもしれない。

「可愛いでしょ?」

聖さまがにっこり笑うと、おじさんも笑った。私は・・・笑えない。何だかこんな時痛感する。

自分たちは確かに恋してるんだけど、でもやっぱり確実に普通のカップルとは違うって事を。

どうしてなのかな?こんなにも聖さまの事・・・好きなのに、どうして認めて・・・くれないのかな?

私は気がついたら聖さまの袖をキュっと握っていた。聖さまもそれに気づいたんだろうけど、気づかない振りをする。

やがて、おじさん達はベッドを運び終えると早々に帰って行ってしまった。ベッドを目の前に沈黙する私と聖さま。

先に口を開いたのは、聖さまだった。

「だって、どうしようもないじゃない。言っても笑われるか、気持ち悪がられるだけだよ」

「でも私は・・・それでも皆に認めてもらいたいですっ!」

だって、何のために私達は一緒に居るの?世界は私達だけじゃない。皆に知って欲しい。聖さまという、素敵な彼女の事を。

そう思うのはそんなにいけない事?

「私だって・・・それはそう思うよ」

そう言って真っ直ぐに私の目を見つめる聖さま。私は、その視線を外すことが出来なかった。

「じゃあどうしてっ・・・」

「言ってどうなるの?笑われると、気持ち悪がられると分かってて、それでも祐巳ちゃんは平気なの?」

「そ・・・それは言ってみないと・・・」

分からないじゃない。受け入れてくれる人だって、だって、きっといるもの。

「言ってみないと分からないなんて、そんなの言った事がないから言えるんだよ。私は痛いほど知ってる」

そう言って、聖さまは視線を伏せた。あぁ、そうか。この人はこうやってずっと傷ついてきたんだ。

だからああやって適当な事言ってごまかしてしまうんだ・・・その気持ちを責める事は、私には出来ない。

「ねぇ、祐巳ちゃん。私は大事な人にだけ知っていて欲しいよ。

私達の事、大事にしてくれる人にだけ知っていてもらえれば、それでいいんだよ」

懇願にも似た口調は、聖さまの本音だった。こんなにも自信のなさそうな聖さまの声を、私は初めて聞いた気がした。

それほど今迄傷ついてきたのだろう、きっと。自分の気持ちに自信が持てなくなるほど傷ついて、だから隠す。

世界は狭いというけれど、案外広いのを私は知ってる。だから今日会ったおじさん達には、もう会う事もないかもしれない。

すれ違うだけの人々にまで、聖さまは私達の事を知ってほしくはないという。

だから私は言った。切なくなる心を、聖さまにぶつける。

「いつか・・・いつか、私たちみたいな想いをしてる人達が居なくなる日が・・・来るんでしょうか?」

「さあ、それは分からないけど・・・私達はまだ幸せな方だよ。だって・・・ずっと一緒に居られるもの。

まぁ、何をもって幸せと呼ぶかは、その人の価値観だけど」

「・・・そう・・・ですね・・・そう、ですよね・・・」

世の中には、私達よりもずっと複雑な環境に居る人たちが沢山居る。自分の気持ちを殺して結婚をした人。

親友に想いを打ち明けられず、一生親友で居ることを選んだ人・・・きっと、もっともっと沢山居る。

普通に彼氏や彼女を探すのにも苦労するのに、それが同性となると・・・もっとやっかいだ。

誰かと比べるつもりはないけれど、やっぱり私達は世間では異端者みたいに扱われて、

ずっと心を隠して生きていかなければならなくて・・・。聖さまの心は、きっともう十分傷ついた。

だから、もう・・・傷つかなくていいよ。私は、もう二度とあんな風に聖さまを責めたりしないから・・・。

そっと俯いた私の頭を、聖さまは撫でてくれた。優しく、まるで小さな子をあやすように。

「大丈夫。いつか私達みたいな人達を認めてくれるような世界が必ず来るよ。だから、もうそんな顔しないで。

ついでに言えば、そんな風に私の事で祐巳ちゃんが傷つかないで」

「・・・・・・・はい・・・・・・・・・」

聖さまの声が優しくて、私は泣きたくなった。そして、改めて知った・・・聖さまの強さと、脆さを。

聖さまがいつか、どこかで落とした心の欠片を、いつか私が見つける事が出来るだろうか?

いいや、きっと見つけてみせる。

「ううん・・・違う・・・見つけるんじゃなくて・・・これから二人で創るんだ・・・」

私はポツリと言った。

「何?何を作んの?」

突然の私の独り言に、聖さまはキョトンってしてる。

「内緒ですよ」

「何、それ?意味分かんないし、気になるじゃん」

「聖さまがね、これ以上悲しい想いをしないように、私が守ってあげますからね!」

って言ったら聖さまは子供みたいに笑った。そして私は、ギュってちょっと苦しいくらいに抱きしめられる。

「あはは、期待してるわ」

いつかやってくる、誰も傷つかない、心の欠片を落とさない世界の為に私が出来ること・・・。

それは、これから先ずっと・・・聖さまだけを愛する事。・・・だと、思う。多分。


第三十四話『プレゼント選びは、早めにね!』


ていうか、すでにクリスマスなんだけど。

ベッドも無事届いたし、後はパーティーの準備をするだけですね!祐巳ちゃんはそう言った。

でも、本当は知ってる。もうすでに冷蔵庫の中はパンパンで、シャンメリーやら豪勢な料理やケーキで一杯なのを。

まぁ、大半は昨日の残りなんだろうけど。だって、祐巳ちゃんってば、はりきるといつも作りすぎるからなぁ・・・。

「祐巳ちゃん、私ちょっと出掛けてくるわ」

私は届いたベッドに嬉しそうに転がっている祐巳ちゃんに言った。

すると、祐巳ちゃんはまるでおもちゃみたいに跳ね起きてこっちに駆け寄ってきて私を見上げる。

「どこ・・・行くんですか?」

「ちょっとね。内緒」

「内緒って・・・晩御飯までには帰ってきますよね?」

心配そうにそんな風に言う祐巳ちゃん。はぁぁ、もう、ホント可愛い。

私、どうしよう・・・こんなにも祐巳ちゃんにのめり込んで大丈夫なのかな?

「余裕、余裕。すぐ帰ってくるって」

私はそう言って祐巳ちゃんの手の甲にそっとキスすると、

取り残された子犬みたいな顔してる祐巳ちゃんを置いて家を後にした。

え?どこに行くのかって?それは・・・内緒だよ。とは言うものの、私実は自分でこんなもの買うの初めてなんだよね。

「まぁ・・・なんとかなるでしょ」

ポツリと呟いた声は、妙に私にまとわりつく。まるで私を応援するみたいに・・・いや、どっちかっていうと逆かも。

祐巳ちゃんからサンタさんへ宛てた手紙の中身は、何とも難しいものだった。

っていうのも、実に・・・その、なんていうか、抽象的で。ハッキリ言ってプレゼントでこんなにも困るのは初めてだ。

「あ・・・嘘か。一度だけあったっけ・・・」

そう、あれは教師になってすぐの頃。当時付き合っていたのは同じ歳の子だった。

彼女は凄く甘えるのが好きで、いつも腕を組んで歩いていたっけ。少々鬱陶しいくらいに。

そして初めての彼女の誕生日のプレゼントに、私が用意したのは彼女と同じ歳のワインだった。

まぁ、とは言っても安物だったけど(彼女、お酒が凄く好きだったからね)。でも、彼女は言った。

『私、聖とペアのリングがしたいわ』

って。これには困ったなぁ、正直。

だって、付き合ってまだ数ヶ月ぐらいしか経ってないのに、ハッキリ言ってそんなのあげられないよ。

別れた時どうすればいいのさ?思いっきり困ることなんて分かりきってんじゃん。

結局私はその彼女の願いだけは聞き入れなかったんだ。

どんなに他のワガママを聞けても、それだけは私の中の何かが許さなかった。

そもそも、当時の私はペアリングをすることで、私自身がその子のモノになってしまうようで嫌だったんだ。

私は私だし、彼女は彼女。好きだけど、彼女のモノには・・・なりたくなかった。

まぁ、今思えば本当に好きだったのかどうかも怪しいんだけど。

「それに比べて祐巳ちゃんのプレゼントは・・・はぁ、どうしたものかな・・・」

私は車を駐車場に滑り込ませると、エンジンを止めて祐巳ちゃんのからの手紙をガサガサと開く。

『サンタさん、私が欲しいのは、聖さまの一番の思い出の品です。どうぞ、よろしくお願いします。  祐巳』

・・何よ、私の思い出の品って・・・んなもん特にないわよ。昨日この手紙を受け取ってから、私っはずっと考えていた。

私の思い出の品って、何だろう?って。で、結局一つの答えが出た。

私が今、ここにこうしていられるのは、間違いなくお姉さまのおかげなんだ、と。

もしお姉さまがあの時私を妹にしなかったら、私は蓉子とはきっと知り合ってなどいなかった。

蓉子と出会わなければ、リリアンで教師をすることになるなんて・・・到底思えない。

ていう事は、祐巳ちゃんにも逢えなかったって事だ。

となると、思い出の品とは少し違うけど、私からのプレゼントはアレしかないって思った。

「でもなぁ・・・ロザリオってそもそもどこに売ってるんだ?」

さっぱり分かんないよ。一体どれぐらいの品を選べばいいのか。

ていうか、そもそも今日は私の誕生日なのに、どうして私がこんなにも焦ってプレゼントを選んでるのか、と!

本来なら今日は、私家でごろ寝してても許される日なんじゃないの?みたいな。

「ま、別にいいけどさ・・・どうせ家に居ても手伝え手伝え言われるし・・・」

はぁ、と溜息を落とした私は、車から降りてエレベーターに乗り込んだ。向う先は3階、アクセサリー売り場。

ほんと、駅前って便利だ。百貨店もあるし、ブランドの店もゴロゴロしてる。

エレベーターを降りると、そこは・・・猛者の巣窟だった・・・。まぁ、しょうがないか、この時期のアクセサリー売り場は。

私はしばらく必死の形相でプレゼントを選ぶ人たちを見つめていたが、すぐに自分も何か選ばなきゃならない事を思い出して、

とりあえず一番空いてる店へと足を運んだ。

まぁ、最初はここらへんから・・・そんな気軽な気持ちで入ったんだけど、値段の桁が違いすぎてすぐに出て来る。

「はぁ・・・探し出す自信がないよ・・・」

ポツリとそう呟いた私の視線の先に、キラリと何か光るものが映った。

ゆっくりと近づいてゆく私に、すかさず店員さんが駆け寄ってくる。

「何かお探しですかー?」

甘い声が、少し昔の彼女に似てる。ああ、嫌だ。さっき思い出したからだな、きっと。

「ちょっとね・・・ねぇ、これって色違いとか・・・ない?」

私が指差した先には、薄い水色のクリスタルで出来たロザリオだった。

本当はロザリオつったらシルバーなんだけど、何となく祐巳ちゃんにはクリスタルの方が似合ってる。

「少々お待ち下さい、今在庫の方を確認してまいりますので」

「ええ、お願い」

しかし・・・一口にアクセサリーつっても、ほんと沢山あるよなぁ・・・。

基本的には私はシルバーしかつけない。あ・・・ピアスだけは例外か。これはシルバーじゃないや・・・。

そんな事を考えながら店員さんが帰ってくるまでの間、私は店の中をウロウロと見て回っていると、

ふと目に入ったシルバーの細いシンプルなリング。

「あ、これ・・・可愛いなぁ・・・ちょっと欲しいかも。それに・・・」

祐巳ちゃんにも似合いそう・・・って、どうして祐巳ちゃん?別にペアでつける訳でもないのに・・・ん?

もしかして私・・・祐巳ちゃんとのペアリングとか欲しいのかな・・・?でも、私、そういうの嫌いじゃなかったっけ??

あれ〜?まただ。また自分の気持ちが理解出来なくなってきた・・・。こんな時はやっぱり。

私は携帯電話を取り出すとアドレス帳からこんな時必ず私の迷いを打ち消してくれる人の電話番号を探す。

プルルルルル・・・プルルルルルルル・・・ガチャ。

『はい?』

「あ、もしもし蓉子〜?今暇でしょ?どうせ」

私の声に、蓉子は一瞬黙り込んだ。そして、大きく息を吸う音が聞こえる。

『ええ、どうせ暇よ!あなたの言うとおりよっっ!!何よ、嫌味言うためにわざわざ電話してきたんじゃないでしょうね!?』

おお、怒ってる怒ってる!相変わらず蓉子は面白いなぁ〜!

「まさか!私がそんな事するように見える?あ、答えはいいわよ、別に。何となく分かってるから。

それよりね、聞きたいことがあるの。私さ、今凄く悩んでるんだけど・・・」

『・・・それって生死に関わる?じゃなきゃ切るわよ?』

な、何それ!ていうか、どうして私の電話=しょうもないと思うのよっ!それって凄く失礼だ。

いや、しょうがないのかもしれないけど。

「う〜ん・・・どうかな。結果的には生死に関わるかも・・・」

『・・・しょうがないわね。さっさと言いなさいよ』

「あのね、祐巳ちゃんとのペアリングを買おうとしてる私って・・・どうかなぁ?」

私の質問に、蓉子はまた黙り込んでしまった。う〜ん。やっぱり親友ってステキだ!

こんな事まで真剣に考えてくれるんだもん。いや、蓉子がステキなのか・・・まぁ、どっちでもいいや。

とりあえずこの気持ちを理解できるのなら。でも・・・蓉子の答えっは私が想像してたのとは全然違ってて・・・。

『それの・・・それのどこが・・・生死に関わるのよっ!!!勝手に買えばいいでしょう!?

いちいちそんな事で私に電話してこないでちょうだい!!

大体ね、あんたが私達に電話かけてくる時は、大概とっくに答えは出てんのよ!

全く!おかげでチキンがこげちゃったじゃない!!』

「・・・チキンって・・・一人で食べんの?」

私は、いつも祐巳ちゃんに怒られるんだ。一言多いって。多分、今もそう・・・一言多かった。多分。

『!$#★дб%!!!!!!!』

あ・・・ヤベ、相当怒ってるみたい・・・だって、もう日本語も話せてないもん。ここは早々に電話を切るに限る。

「ご、ごめんね!それじゃあ良いクリスマスを!」

そう言って、私は一方的に電話を切った。そして、そのままある人にメールを送る。多分、この人も今日は一人のはずだから。

一人で食べるよりは、お互いきっとマシだろう。そう言う事にしとく。

さて、蓉子は何て言った?私の答えはもう出てるって?私は指輪をじっと見つめながら、祐巳ちゃんの顔を思い描く。

これを祐巳ちゃんに渡して、私とペアだと知ったら・・・祐巳ちゃんはどんな顔するだろう?って。

で、想像してみたら、一番に出てきたのは・・・祐巳ちゃんの満面の笑みだった。

恥ずかしそうなんだけど、凄く・・・嬉しそうな顔。よし!決めた!これも買おっと。

いや、実際祐巳ちゃんがそんな顔するかは・・・分からないんだけどね・・・。


第三十五話『プレゼントは・・・祐巳ちゃん』


私は、一体どうして祐巳ちゃんのなら買えるんだろう?あれほど誰かのモノになるのは嫌だと拒んだのに。

小さな箱2つを手に、私はアクセサリー売り場を後にした。ロザリオは・・・買った。これは純粋にクリスマスプレゼントだ。

でも、じゃあどうして私は指輪まで買ってしまったのか・・・。

「わっかんないなぁ・・・」

よく兄弟は他人の始まりとか言うけど、むしろ私は自分こそ他人の始まりだと思うんだよ。

自分ってのは確かに私なんだけど、その私がたまに一番他人に思える。

自分がいつだって一番見えないし・・・私には私が理解出来ないよ、ほんと。

他人なら他人だからと切ってしまえるけど、理解もしようとか思うけど、自分はそうはいかないじゃない。

切れないし、理解だって一番しにくい。だから私は、私が一番よく分からない。どうして頭はいつも心に追いつかないんだろう?

駐車場で二つの小箱を交互に眺めながら、小さく頭を捻る。

「どっちから渡そう?」

まぁ、どっちでもいいんだけどさ・・・。私はとりあえず小箱を鞄に仕舞うと、車を発進させた。

立体駐車場を出ると、冷たい空気が足元から流れ込んできて気分が少しだけ晴れる。

こんな風に迷ってるときや、悩んでるときに感じるこの冷たい空気が、私はとても好き。

「雪、降りそう・・・。早く帰ろ。きっと祐巳ちゃんも寂しがってるだろうし」

とか言って、案外何とも思ってなかったりして・・・そんな考えが私を余計に不安にさせる。

だから私は、車の暖房を切って窓を全開にして帰路についた。・・・しっかし・・・寒いな。

ようやくマンションについた私の目に飛び込んできたのは、ベランダからこちらに向って手を振る祐巳ちゃんで・・・。

「・・・風邪引くってば・・・っとに、あのバカ・・・」

でも、それ以上にやっぱり愛しい、とか思ってしまう。私が想像してた笑顔よりもずっと、ずっと可愛い。

車から降りた私に息を弾ませて駆け寄ってくる祐巳ちゃん・・・勢いあまって私に抱きついてくる。

「な、何?」

「だって・・・聖さま遅いんだもん・・・」

スンって鼻をすする祐巳ちゃんは、泣いてるのか、寒いのか・・・いや、もしかするとどっちもなのかも。

だってほら、体がこんなにも冷えちゃって・・・多分、ずっとあのベランダから私の帰りを待ってたんだろう。

「だからってあんな所で待たなくても・・・風邪引いたらどうするの?」

「そしたら聖さまに看病してもらいますから・・・別にいいですよ!」

「なるほど。でも、いい加減無茶するの止めなよね。ほんっとに、バカなんだから」

寒かったでしょ?って言う私の言葉に、祐巳ちゃんは笑っただけだった。

正直になれない私を、祐巳ちゃんはこうやっていつも許してくれる。本当はもっと優しくしたいんだけどなー。

なかなか難しいよ、優しくするのは。

部屋に帰った私達は、ようやく恋人らしいクリスマスをした。ご馳走を食べて、ケーキを食べて、少しだけお酒を飲んで。

本当に普通のクリスマス。多分、一般的には。でもウチの場合、今日のパーティーは私の誕生日だ。

クリスマスは昨日のうちにすませてしまったから。でも、それでも全然良かった。

だって、祐巳ちゃんだけはクリスマスというこの一大イベントの日に、私だけを祝ってくれるから。

「で、祐巳ちゃんは私に何くれるの?」

私の言葉に、祐巳ちゃんは少しだけ顔を伏せた。何?そんな言えないようなもんなの?

「えっと・・・よ、蓉子さまにね、聞いたんですよ。そしたら、SRGに聞けって言われまして・・・で、その・・・」

「言い訳はいいから。お姉さまに何て言われたのよ?」

「その・・・えっと・・・こ、これです!!」

そう言って私の方に何かを差し出した。ていうか何、この箱。やたらに重いんだけど・・・。

箱を開けようとした私に、祐巳ちゃんが勢いよく言う。

「あのですね!それは、SRGからなんですっ!!だから私も中に何が入ってるのか分からなくて・・・。

い、一応私も考えたんですよ!?でも、聖さまってばいっつもありえないような物ほしがるでしょ?

だから全然分かんなくて・・・だから・・・その・・・怒ってます?」

そこまで一気に言い終えた祐巳ちゃんは、ぜぇぜぇと肩で息をしてる。

そっか・・・祐巳ちゃんからの誕生日プレゼントは無いのか。ちぇー、つまんないの。

私が言いかけたとき、突然祐巳ちゃんが大きく深呼吸をして言った。かなり恥ずかしそうに。

「だから・・・だから、プレゼントは私って事で・・・ダメ・・・ですか?」

「はい?」

「だから!私からのプレゼントは私ですっ!!以上、終わりっっ!!」

そう言って顔を真赤にして、部屋に駆け込む祐巳ちゃん。しかも、ベッドを置いた部屋に。

これって・・・もしかして誘ってるのかな?まぁ・・・とりあえずこれ開けてみるか・・・。

お姉さまからの誕生日プレゼントなんて、はっきり言って初めて貰ったな、そう言えば。

「絶対ロクなもんじゃないんだろうなー・・・」

だって、お姉さまだもん・・・開けるの怖すぎるよ。

私は真っ赤なリボンを一気に引くと、綺麗に包装された包みをゆっくりと開け始めた。

中にはさらに頑丈に包装された何かが出てくる。しかも、何かジャラジャラいってるし・・・何、コレ?

一抹の不安と、一握りの期待が交互に胸を過ぎる。あぁ、絶対変な物が出てきそうな気がするよ・・・。

私はギュっと目を瞑り、最後の包装紙を破り捨てた。ジャラ・・・金属と金属の擦れあう音・・・こ、これは!!

「・・・お姉さま・・・一体私達に何をしろって言うんですか・・・」

そう、お姉さまがくれたもの・・・それは、おもちゃの手錠だった。

お姉さまが普段どんなえっちをしてるのかは知らないけれど、どうして私にこんなものをよこすかな。

ていうか、そんな趣味私にはないよっ!!

でも・・・ちょっとだけ興味はあるかも・・・いやっ!ダメダメ!!絶対祐巳ちゃん怖がるし!!とんでもないっ!!

「でもなぁ・・使い方によってはあるいは・・・」

そんな事を呟きながら、私はさっき祐巳ちゃんが逃げ込んだ部屋へと入った。でも、そこで見たものは・・・。

「何してんの?っていうか、何それ!?」

「きゃ、せ、聖さまっ!!??ノ、ノックしてくださいよっっ!!!」

そう言って慌てて毛布で身体を隠す祐巳ちゃん。いや、ちょ、待って・・・まさか祐巳ちゃんにこんな度胸があったなんて・・・。

私は目を丸くしてゆっくりと祐巳ちゃんに近づく。

「ち、近寄らないで下さい!!っていうか、出てってください、着替えますからっっ!!!」

「どうして?可愛いのに、脱いじゃうの?」

「え?で、でも・・・やっぱりダメです!!もう!もう!!SRGってば!!!」

ああ、なるほど、これもお姉さまの仕業か。私は納得した。

まさかこんなもの、祐巳ちゃんが自分で買う訳がないと思ったんだよね。

こんな・・・こんなベビーピンクのヒラヒラのネグリジェなんて。しかもうっすら透けてるし・・・。

見えそうで見えないのが余計にいやらしく感じてしまうのは、果たして私だけだろうか?いや、絶対に私だけじゃない筈だ。

でもさ・・・一応着てみる祐巳ちゃんも・・・可愛いよなぁ。思わず私はそんな祐巳ちゃんに笑ってしまった。

「ど、どうして笑うんですか!?」

「いや、だって、何やかんや言いながらちゃんと着てるんだもん」

「だ、だって・・・せっかく頂いたのに一度も着ないのは・・・失礼でしょう?」

「そう、思う?貰ったものは使った方が・・・いい?」

意地悪に微笑む私の顔を怪訝そうに見つめる祐巳ちゃん。どうしてかな、こんな祐巳ちゃんを見たからかな。

妙にドキドキしてしまうのは。しかも、今日は思いっきり責めたいとか思ってしまうのは。

私の言葉に、祐巳ちゃんはコクリと頷き言った。

「そりゃ・・・一度ぐらいは使った方がいいと思いますけど・・・」

「そっか。なら、有難く使わせてもらおうかな」

そう言って私はゆっくりと祐巳ちゃんに近づいた。そして、細い腕を取りその手首にカチャリと手錠をはめた。

「なっ?な、何ですかっ、コレ!!!」

「何って・・・手錠だけど」

そして、もう片方の腕にも同じように手錠をかけると、もう祐巳ちゃんの自由はきかない。

「ちょ、聖さま?ほ、本気ですか?」

「もちろん。だって、さっき祐巳ちゃん言ったじゃない。一度は使わないと、って」

「そ、そりゃ言いましたけど・・・物にもよりますよ!!」

「でも、普段とあんまり変わらないんじゃない?だって、どうせいつもは私が押さえつけてるんだし・・・」

「そ、それとこれとは訳がちが、っんん!!・・・ふぁ・・・」

私は無理やり祐巳ちゃんに口付けると、そのまま口内を探って耳元でそっと囁いた。

「一緒だよ」

と。

そう、いつもと何も変わらないよ。いつもと同じ、同じ・・・夜。


第三十六話『プレゼント』


あんな事・・・言うんじゃなかった!!本当に、本当に今心から後悔してる。

だって、何、コレ?ていうか、どうして私バカ正直にこんなもの着ちゃったんだろう!?

「やぁ・・・っんぅ・・・」

聖さまの息遣いが耳元で聞こえてきて、私はいつも以上にドキドキした。

多分、自由がきかないってこの状況も手伝ってるんだと思う。怖いと思うのに、それ以上に私の心をドキドキしてるんだ。実は。

聖さまの舌が首筋から鎖骨にかけてゆっくりと這ってゆく。生温くてなんともも言えない感触に、思わず私は身を捩った。

「はぁ、あ・・・ん・・・」

くすぐったいのか、それとも感じてるのかさえも分からなくて、荒くなってゆく呼吸を整えようと、私は必死で・・・。

「自由がきかないってのは、どんな気分?」

意地悪に微笑む聖さまのは、いつも以上に楽しそう・・・絶対面白がってる!この人!!!

「やっ・・・わっかんなぃ・・・はっ・・・んん」

後ろ手にかけられた手錠のせいで、身体が沿ってしまう。

「なんか・・・胸がいやらしいよねこの状態って。まるで触ってくださいって言ってるみたいで」

そう言って私の胸の先端を指で軽く弾く聖さま・・やだ、そんな事されたら・・・。

「あんっ!」

「あーあー、こんなにしちゃって」

聖さまはピンって上を向く私の胸の先端を甘く噛んだ。その瞬間、身体にまるで電流が流れたみたいになる。

それどころか、指先でそこばっかりいじるもんだから・・・もう、ダメ・・・耐えられない!!

「あっ、ん・・・っふぁ・・・」

いつもみたいに手に力を入れようとしても、手錠のせいでそれも出来ない。だから我慢することも出来なくて・・・。

いつも以上に声が出る私に、聖さまは満足げに微笑む。

「手錠って・・・たまにはいいかもね。こんな祐巳ちゃんが見られるんなら」

「も、これが・・・最後・・・ですっ、んん!あっ、っく・・・ぅん」

聖さまの手の平が私の胸をネグリジェの上からゆっくりと包み込んだ。

でも、次第に動きが早くなって・・・私は気が遠くなりそう。こんな時、いつも思う。

私は聖さまの手や、唇、舌、一つ一つにいちいちこんなにも反応するんだって。

身体の全ては聖さまの想いとかを感じていて、だから決してこういう行為をしてるから気持ちいい訳じゃないんだ。

相手が聖さまだから、触れるのが聖さまだから私はこんな気持ちになるんだろう。

他の誰かじゃきっとこうはいかない。だんだん激しさと熱さを増す聖さまの手と舌に、私はもう溶けてしまいそうになる。

きっと、そのうちこの熱にドロドロに溶かされてしまうに違いない。

「プレゼントは祐巳ちゃんか・・・うん、いいね」

「そ、そうですか?」

「あったりまえ」

私の頬を優しく撫でる聖さまの手の平が暖かくて何だか胸が苦しくなる。

私は手錠のせいで自由がきかなくて、キスをせがむことも出来なくて・・・。もどかしくて、思わず涙が一粒こぼれてしまった。

「どうして泣くの?」

「だって・・・キス・・・してほしいんだもん」

ポツリと呟く私に、聖さまは笑った。なんだ!そんなこと。って。

柔らかくて甘いその唇は、さっき食べたラズベリーのパイの味がする。

もしかして・・・聖さまも同じ事・・・考えてたりするのかなぁ?そうだと・・・いいなぁ・・・。

ゆっくりと私の下着を脱がしてゆくその手が、ほんの少しだけ震えている。その微かな振動にも私の心が反応する。

「ふぁ・・・ん・・・」

「まだ何にもしてないよ」

そう言って笑う顔が何だか可愛くて、思わず私まで笑ってしまった。

いつもは切なくなるのに、どうして今日はこんなにも・・・こんなにも・・・胸が熱い。

やがて私の下着を全て取り払った聖さまは、白くて長い陶器みたいな指先で私の秘密の場所はゆっくりとなぞった。

「んっ・・・ぁん」

何かが私の中から流れ出す感覚がして、思わず私は顔を背けた。だって、恥ずかしかったんだもん!

「手錠って、そんなにドキドキする?」

意地悪に笑う聖さまの顔は、いつも以上に私を辱める。不遜な態度に、偉そうな物言い。

でも、そのどれもが全て・・・私にだけあてられるのなら・・・それでも構わない。

だって、私はそういう聖さまだからこそ、好きになったんだもん。

顔は人形みたいに綺麗だけど、中身は凄く人間的な聖さまだからこそ・・・。

私は何かを言いかけたんだけど、生憎唇はすぐに聖さまに塞がれてしまった。

だからかな、結局私は何を言いたかったのかを忘れちゃった。きっと、今この時には必要な言葉じゃなかったんだろう。

「んっ・・ふ・・・んむ・・・ぅん・・・」

「んん・・・ふ・・・」

舌が絡むたび、唇が触れるたび、吐息が聞こえるたびに私は一つづつ言葉を忘れて・・・。

だからかな、私はいつも以上に濡れてる自分に気づくこともなくて・・・、

すんなり聖さまを受け入れてた事にすら気づかなかったのは。気づいた時には、私の中は激しくかき乱されていた。

私の一番感じる場所や、もっとずっと奥の方にまで聖さまの指が触れて、私をもかき乱そうとする。

「んん!!んっあぁ・・・っく・・・ぅん」

甘い声が漏れる度に、聖さまは笑うけど、その度に切なそうな顔をする。

どうして?そう聞きたいのに、何故かそれを知るのは・・・怖くて。

そんな事を考えていると、突然聖さまが私を勢いよく抱き起こした。

その拍子に、私の中にある指先が、一番奥の深い所にあたって・・・。

「あぁっん!!」

「ね、祐巳ちゃん・・・はぁ、ん・・・あのね、私・・・っく、ずっと・・・ずっと・・・こんな愛が・・・欲しかったんだよ・・・っ」

そう言って私の身体をギュッて抱きしめて私の胸に顔を埋める聖さまの言葉が、私の身体の中に染み込んで行く。

苦しそうに私を上下に動かすその瞬間ですら、聖さまは私の事を考えてくれている。

今・・・私達は一つに繋がってる。色んな意味で。身体も・・・心の奥底も・・・全てが、一つに。

「あっ、ん・・・ふぁあっ、はぁ、んっ・・・あっ、あん、っく・・・」

次第に私は声を抑えることが出来なくなって・・・頭の中も真っ白だし、心は聖さまで一杯。

おかしいな・・・私、私を聖さまにプレゼントしたはずなのに・・・今、私がこんなにも満たされてる・・・。


第三十七話『思い出の共有』


お姉さまから貰った手錠の効き目は抜群だと思った。だって、祐巳ちゃんってば凄く感じてるし・・・私だって。

それに祐巳ちゃんからのプレゼントも最高だった。はっきり言って、初めてだよ、こんなプレゼントされたのは。

よくドラマとか漫画とか、そういうのでは見た事あったけど、まさか現実にする人が居るなんて思ってもみなかった。

むしろ、実際されたらあんなの引くよねー、とか思ってたタイプなんだけど・・・でも、そんな事ぜんぜんなくて。

祐巳ちゃんを膝の上に抱えたまま私は必死になって祐巳ちゃんを上下に動かした。

その度に漏れる祐巳ちゃんの声が、私の耳に甘く響く。いつもなら必死になって私にしがみつこうとするけれど、

今日はそうはいかない。それが余計に・・・祐巳ちゃんと私をドキドキさせるのかも。

「はぁ、はぁ、ねぇ、・・・気持ち・・・いいっ?」

私の言葉に、祐巳ちゃんは答えなかった。そのかわり、身体が応えてくれる。

祐巳ちゃんの中から溢れる愛液は、とめどなくていつまでもいつまでも溢れてくる。

おかげで買ったばかっりのベッドが・・・ヤバイ。マットレスを干すのはなかなか辛いんだよ?ねぇ、祐巳ちゃん?

でもなんでかな、それでもこんなに幸せだと思えるんだ。指先が一番奥に触れる度、祐巳ちゃんの声は大きくなる。

いつも私がわざと音を立てると必ず怒るのに、今日は何も言わない。

きっと、それだけ気持ちいいか、手錠が嫌なのかのどっちかなんだけど、でも途中にふと見せる笑顔が、凄く印象的で・・・。

「何笑ってんの?」

荒い息をどうにか抑えて言う私に、祐巳ちゃんは言った。喘ぎ声混じりにポツリと。

「らって・・・ん・・・気持ち・・・ぅぁん・・・いい・・・」

こんな風に言われたら、私はもう・・・ダメだ。私は後ろ手に止めた祐巳ちゃんの手錠を、そっと外した。

すると、祐巳ちゃんは待ってましたと言わんばかりに私に抱きついてくる。

そして・・・ゆっくりと私のワイシャツのボタンを外して・・・。

「せ・・・さまぁ・・・」

「何?してくれるの?」

「・・・うん・・・」

おや、まぁ・・・随分と大胆になって・・・思わず私は笑ってしまった。

私の下着のホックを外し、小さな手でぎこちなく私の胸に触れた。たったそれだけの事。それなのに、こんなにも胸が苦しくて。

私は祐巳ちゃんの中から指をそっと出すと、意地悪に微笑んでそれを目の前で綺麗に舐め取った。

それを見てた祐巳ちゃんは、顔を真赤にして小さく笑う。凄く・・・嬉しそうに・・・。

こんな些細な事。でも、こんなにも喜んで・・・くれるんだ。そう思うと、切なくて苦しくて、凄く・・・泣きそうだ。

やがて私の首筋から鎖骨にかけて、震える祐巳ちゃんの舌が這う。私はその感覚に耐えられなくて、思わず身を捩った。

「あ・・・ん・・・」

声が漏れても、もうこの際いいや、とかそんな気持ちになってしまう。ほんと、私って単純だなぁ・・・。

私は人差し指で自分の唇を軽く叩いた。すると、祐巳ちゃんは私みたいに笑って(意地悪な感じにって意味ね)、

優しく口付けてくれる。舌遣いがぎこちなくても、カチリって歯が当たっても、いいや。

「ねぇ、私に跨って、そのまま後ろ向いて?」

「え?」

「だから・・・こうするの!」

そう言って私は無理やり祐巳ちゃんの身体を私の上に跨らせた。後ろ向きに。

祐巳ちゃんは相当ビックリしてるみたいに目をまん丸にしてこちらを振り返っている。

「ちょ、せ、聖さま!?」

「ほら、こうすれば・・・舐めやすいし、入れやすいでしょ?」

それに何よりも、よく見える。私は目の前にある祐巳ちゃんの秘密の場所に、そっと口付けた。

「きゃっ!やぁっ・・・ダ、ダメ・・・はずかし・・・んん!!!」

すでに真赤になった祐巳ちゃんの一番敏感な場所を思い切り吸うと、祐巳ちゃんの身体がビクンと強張った。

「ほら、祐巳ちゃんもしてくれるんでしょう?」

「で・・・で・・・も・・・ぅっ・・・んっく」

相変わらず恐る恐る私に触れる祐巳ちゃんは愛しい。でもね、そんなに優しくされたんじゃ返ってくすぐったいんだよね。

だから、私は祐巳ちゃんの敏感な場所を甘く噛んだ。これはお仕置きだよ。

「ふあっ・・・ん・・・も、もう・・・バカ・・・」

「ほら、早くしてよ」

もう私も随分我慢してたんだから、さ。

祐巳ちゃんの唇が、そっと私の敏感な場所に触れ、祐巳ちゃんの指が私の中を掻き回すのを。

私は祐巳ちゃんの中に指を差し入れ、祐巳ちゃんが私の中に入ってくるのを待った。

だって、どうせなら二人でイキたいし。しばらくして、ようやく祐巳ちゃんがゴクリと息を飲むのが聞こえた。

そして、ゆっくり・・・本当にゆっくり私の中に指を差し入れてくる。ゾクリとする感覚が私をそっと撫でてゆく。

「はぁ・・・ん・・・そうそう・・・そのまま・・・動かして・・・」

そう言って私が指を動かし始めると、祐巳ちゃんもようやく動かし始めた。

「あっ、はぁ・・・んぅ、っく」

「ん・・・はぁ、はぁ・・・ん」

どちらのおのか分からない淫らな声と水音が部屋に響く。

見上げると上から祐巳ちゃんの愛液が少しづつこぼれてきて、私はそれを舌で受け止める。

激しく指を動かせば動かすほど祐巳ちゃんの中は熱くなって・・・でも、それは私も同じだろう。

頭の芯がボーっとし始めて、頬や瞼にポタリと祐巳ちゃんの愛液が落ちてくるたび、私は現実に引き戻された。

それはまるで涙みたいに頬を伝い、やがてベッドに落ちる。

紅くなった祐巳ちゃんの敏感な場所・・・私がそこに触れると、祐巳ちゃんの身体は震えて、私にまでその振動が伝わってくる。

「あん・・・はぁ、せ・・・さま・・・も、くるし・・・あぅ・・・んっく」

「ん、わた・・・しも・・・限界・・・かも・・・はぁ、あ・・・」

次第に指の動きを早めてゆく私に、祐巳ちゃんはビクビクと痙攣して・・・真赤だった敏感なその場所は大きく膨らんでゆく。

濡れて光るその先端から、まるで朝露みたいにこぼれてくる雫に、私は目を細めた。

「あ・・・んっ・・・せ、さまぁ・・・もっと・・・せ・・・さまが・・・ほし・・・んぁっ・・・う・・」

「プレゼントは・・・祐巳ちゃんじゃなかったっけ?」

そう言って私はさらに奥深くに届くよう祐巳ちゃんを突いた。一番奥に当たる度に、祐巳ちゃんの小さな胸が揺れて・・・。

「っんあ!!っふ・・・うっ、っく・・・んぅ」

「はぁ、はぁ、ん、っふ・・・ね、そろそろ・・・いい?」

私の質問に、祐巳ちゃんの中がキュって締まる。私はだから、祐巳ちゃんの秘密の場所をゆっくりと舐め始めた。

次第に荒くなってゆく呼吸に、大きくなる声・・・でも、それは私も同じ。

祐巳ちゃんの指が私の中を掻き回すたびに私もおかしくなりそうで・・・。

私は目の前にある祐巳ちゃんが一番私を感じてくれるその場所を、舌先で転がすように舐めながら指を上下に動かした。

それに習って祐巳ちゃんも私の敏感な場所をゆっくり舐めながら、指を動かしてくれる。私に合わせて、とても激しく。

「あっ、あっ、はぁ、あっ、ん、っく」

「ん・・・はぁ・・・っふ・・・」

そして、その時がやってきた。頭の中が一瞬真っ白になったかと思うと、次に来る電流みたいな衝撃・・・。

思わず私も身体に力が入ってしまう。でも、それは祐巳ちゃんも同じみたいで・・・って、ちょ、痛いよ、指が!

ギュウって私の指を締め付ける祐巳ちゃんの中からこれまで以上の愛液が溢れて、私の顔にポタポタと落ちる。

そして・・・次の瞬間・・・二人の声が重なった・・・。

「や、も・・・あっ、ん・・・せ、さま・・・聖・・・さまぁ・・・はっ、ん、んぅぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!

・・・・・・はぁ、はぁ、あ・・・ん・・・」

「んっ、あっ・・・っく・・・うっ・・・んぁっ・・・あ、祐巳・・・ちゃんっ・・・ふぁ・・・あっ!!!!・・・はぁ、はぁ、はぁ・・」

もう、どうしていいか分からなかった。

祐巳ちゃんはもう私の上に完全に寝そべってて、私はそれをどけることすら出来なかった。

今日は私の誕生日だ。こんなにも気持ちのいい誕生日は・・・初めてだ。いや、身体だけじゃなく、ココロがね。

やがて祐巳ちゃんが私の上からゆっくりと降りると、Uターンしてそのまま私の胸の上、

鎖骨の辺りに頭を置いてゴロンって転がった。そして、私の顔を見て笑う。

「聖さまの顔・・・いやらしい・・・」

そう言って私の頬や瞼についた白い液体を指先で拭う祐巳ちゃん。

「・・・誰のよ?」

「えへへ、すみません」

恥ずかしそうに笑う祐巳ちゃんが、凄く可愛くて、とても綺麗で・・・珍しく私にはもったいないなぁ、とか思ってしまう。

それが何だか悔しくて、私は今しがた祐巳ちゃんが人差し指で拭った愛液を、祐巳ちゃんの人差し指ごと舐め取ってやった。

そして意地悪く笑って舌舐めずりして言う。

「ごちそうさま」

すると、祐巳ちゃんの顔は見る見る間に真赤になって・・・ほらね、私の勝ち。裸のまま抱き合って、まっさらなベッドに転がる。

このまま眠ってしまいたい。いっその事。もう、明日が来なくてもいいや、とかそんな考えまで浮かんでくる。

でも・・・いや、ダメダメ!明日が来なきゃもう祐巳ちゃんに会えなくなっちゃう。

「さてと、それじゃあ私からのクリスマスプレゼントを渡そうかな」

私の声に、祐巳ちゃんの顔がパッって輝いた。

「とはいっても、君のプレゼントのリクエストには、正直私も苦労した」

「だ、だって・・・聖さまの思い出を少しだけでもいいから共有したかったんですもん」

そう言って視線を伏せる祐巳ちゃんの顔が、何故か凄く大人びて見えた。思い出を共有か・・・そっか。

祐巳ちゃんとの思い出はまだ作り始めたばかりだもんね・・・まぁ、その気持ち分からなくもない。

過去を気にしてる訳じゃないけど、全く気にしてない訳では・・・ないから。

「手、出してみ?」

「はい」

サッって手を差し出す祐巳ちゃんが凄く素直で、私はクスリと小さく笑うと赤い小箱を一つ、小さな手のひらに置いた。

「開けても・・・いいですか?」

「開けなきゃどうするのよ?私の思い出を知りたいんでしょ?」

「ええ!」

そう言って箱を軽く振ってから音を確認する祐巳ちゃんの目はキラキラしてる。あはは、そんなに目光らせなくても・・・。

ただでさえおっきな目がそれ以上に大きく見える。

リボンを解いて箱をゆっくりと、凄く慎重に開ける仕草が少しまどろっこしい。

そして・・・箱は開いた。中から出て来るのはピンク色のクリスタルで出来た小さなロザリオ。

それを見た瞬間、祐巳ちゃんの目が更に大きくなった。それに、ちょっとだけ涙ぐんでる。

「わぁ、わぁ、わぁ!!綺麗!!可愛い!!!ね、ね、聖さま!つけてください!!」

「ちょっと待って。これにはね、ちょっとした儀式があるんだ」

私は喜ぶ祐巳ちゃんの手からロザリオを受け取ると、小さな深呼吸をする。

「さて、それじゃあ祐巳ちゃん。さっき言った言葉、覚えてる?」

「さっき?」

「そう、誕生日のプレゼントは、私だって、そう言ったよね?」

「・・・はい、言いました・・・けど・・・」

「じゃあ、聞くけど・・・それって、いつまで有効?」

もし今日だけだと言われたら・・・相当ショックだけど、でも、それはそれでもいい。

だって、どっちみち私は祐巳ちゃんを手放す気はないんだし。でも・・・祐巳ちゃんは真顔で言った。

「一生・・・有効ですよ」

・・と。

そっか・・・なら、いいや。私は祐巳ちゃんの手首を取ると、そこにロザリオを巻きつける。

祐巳ちゃんは不思議そうな顔してるけど、私の場合ロザリオはここじゃなきゃ・・・ダメなんだ。

もしも、祐巳ちゃんが私と思い出を共有したいと言うのなら。

「あなたの事、凄く好きなの。だから、永遠に私の傍に居なさい」

そう、私の一番の思い出はお姉さまとの誓いを交わした日だ。最も、お姉さまは私の事を顔で選んだらしいけど。

いや、その後ちゃんとそれだけじゃないって教えてくれたけどさ。

私の言葉に、祐巳ちゃんは小さく・・・でも、次第ににっこりと笑って頷いた。

「もちろんですっ!」

・・って。ほんと、素直でいい。それに、いちいち可愛い。

勢いあまって抱きついてきた祐巳ちゃんの手首に、キラリとピンクのロザリオが光った。

これが私とお姉さまのような誓いになるのかな?それとも・・・もっと深いものに?


第三十八話『正しい手錠の使い方のススメ』


聖さまにロザリオを貰った。ピンク色で透き通ってて、凄く綺麗。私に・・・似合ってるかなぁ?

手首に巻きつけられたロザリオを見てニヤニヤしていると、聖さまは何も言わずそっと私から身体を離した。

「な、何です?どうして離れるんですか?」

「いや・・・何だか怖くて・・・」

ひどっ・・・せっかく人がいい気分に浸ってるってのに。まぁ、確かにちょっと気味悪いかもだけど。

でもさ、今まで恋人が出来たことなんて無かった私にとって、聖さまが初めての恋人な訳。

他人からクリスマスプレゼントを貰った事なんて無かった私が、

今どれほど幸せな気分に浸ってるかなんて、聖さまにわかりっこない。

「何?そんなに嬉しかったの?」

こんなクリスタル一つで、なんて笑う聖さま・・・ほらね私の気持ちなんて全然分かってないんだから!

嬉しいのはクリスタルだからじゃなくて、その気持ちが嬉しいんだよ。私は!

大好きな人と過ごすクリスマスが、誕生日が、それが嬉しいんだ。

「違いますよ・・・もういいですよっ!」

私の気持ちなんてなーんにも理解してくれない聖さまなんて、もう知らないんだから。

そっぽを向いた私を、聖さまが後ろから抱きしめてくる。せ、背中に胸が・・・胸が当たってるんですけど・・・。

「あー・・・祐巳ちゃんあったかいなぁ・・・このまま寝てもいい?」

「だ、だめですよっ!せめてシャワー浴びましょうよ!聖さまは顔もね!」

そう言って私は聖さまの腕の中でクルリと一回転すると、聖さまの顔を見て笑った。

いや、聖さまの顔を汚した犯人は私なんだけどね。

「ハイハイ。それじゃあ・・・ジャンケン?それとも一緒に?」

そう言って私の前髪をそっと払いのける聖さまの仕草に、何故かキュンとしてしまう。だから私は言った。小さく笑って。

「一緒に!」

「了解」

お風呂に入る時はどちらが先に入るかをいつもジャンケンで決めたり、次の日朝早いほうが先に入ったり。

でも、次の日が休みの日には・・・大抵こうやって決める。だってたまには一人で入りたい時だって、確かにあるもん。

ましてや聖さまってば・・・たまにお風呂で本読んだりするもんだから・・・付き合ってられない。

聖さまと一緒に暮らすようになってから一つ気づいたのは、誰かと暮らすのはなかなか大変だって事。

全く別の環境で育ってきた者同士が一緒に暮らすということは、

全てをどちらかに合わすか、もしくはきちんと役割分担を決める事。

私たちの場合は、料理や洗い物は私がするけれど、掃除と洗濯は・・・。

「聖さまは絶対洗濯と掃除だけは私にやらせませんよね?」

私はシャワーを止めて湯船の中で大きなため息を落としている聖さまに言った。すると聖さまは、チラリと私を見て鼻で笑う。

「だって、祐巳ちゃん雑じゃん?」

ど、どういう意味よ!?でも、そんな私を無視してさらに聖さまは言う。

「私さー、部屋に物が溢れてるの我慢出来ないんだよね。ゴミとかそういうのもすぐに捨てたいタイプなの。

洗濯はたたみ方とか皴とか・・・まぁ、いろいろあんの。どうして?やりたいの?」

「いえ・・・別にそういう訳じゃないんですけど・・・ただ、気がついたらいつの間にか役割分担が出来てたなぁ、って思いまして」

「ああ、そういえばそうね。でも、ちょうどいいじゃない。いちいち一人で全部やってたら気が狂うよ」

いや、普通は一人暮らしの時はやってるもんなんですけどね。まぁ、聖さまの場合殆ど料理してませんでしたけど。

でも・・・実を言うと私、聖さまの言うとおり雑なんだよね。だから正直掃除とか洗濯は苦手なんだ。

ほら、一般的な四角い部屋を丸く掃くってアレよ。その点聖さまは見た目通り細かくて繊細だ。

中身からは全く想像できないけど。・・・なんて言ったら絶対怒られるからあえて言わないけどね。

「何考えてるの?」

「別に!それより、聖さま。ちょっと詰めてくださいよ!私だって寒いんですから」

「えー・・・ここに入れば?」

そう言って自分の足の間を指差す聖さま。あーもう、絶対避けようとしないんだから、この人は。まぁ・・・別にいいけど。

私は仕方なく聖さまの足の間にどうにか身体を滑り込ませると、はぁぁぁ、と大きな息をついた。

あったかいなぁ・・・お風呂・・・冬のお風呂はやっぱり最高だよね!

浴槽にもたれる聖さまにもたれる私・・・ちょうど聖さまの鎖骨のくぼみに頭がスッポリと入る。

「なんか・・・幸せですね」

「なに、突然」

「何だか急に言いたくなって」

「はあ?」

変な祐巳ちゃん。そう言って笑う聖さまの顔は、いたずらな子供みたいで。

・・・と、突然聖さまが私を後ろから抱きしめてそのまま後ろから胸を触りだした。

「ひゃんっ!!な、なんです!?」

「いや・・・祐巳ちゃん胸ちょっとおっきくなった?」

「へ?」

ま、まじで?それって嬉しいかも!だって、私もう一生この大きさだと思ってたもん。すると、聖さまは満足げに頷くと言った。

「私が頑張ったからに違いないわ。うんうん、順調、順調」

まるでペットか何かを育ててるみたいな聖さまの口ぶりに、思わず私は笑ってしまう。

「そんなバカな。私が毎日牛乳飲んでたからですよ」

「いいや、私のおかげだね。賭けてもいいよ」

いや、そんな賭けしませんけど。

「はいはい。じゃあ聖さまのおかげって事にしときますよ」

「なにそれ・・・信じてないわね?」

「きゃあっ!!」

突然、聖さまが私の胸を激しく揉みだした。あまりにも突然で、思わず私は身を捩ってしまう。

「やっ、ん・・・せ、さま!だ、だめですよっ!!」

「どうして?せっかく祐巳ちゃんに証明してあげようと思ってるのに」

そう言って聖さまは胸の先端を軽くつまむと、もう片方の手をそっと私の下腹部に伸ばす。

や・・・こんなにも明るいのに・・・恥ずかしいよ・・・。でも、ハッキリと断る事は出来なくて・・・。

「んん・・・っは・・・ぁ・・・ん」

ゆっくりと聖さまの指が胸の先端と、一番敏感な場所を擦り、私はもう恥ずかしさと快感でどうにかなりそう。

「どう?私のおかげだって思えてきた?」

わざと耳元でそんな事を囁く聖さまの声は、いつも以上に意地悪で・・・。

頭の芯がボーっとしてきて、ただコクリと頷く事しか出来なかった。そしていつものように、私は聖さまに身体を預ける。

「あっ、っふ・・・んぅ・・・」

さっきしたばかりじゃない!そう思うのに、どうしても言えない。

聖さまに触られるだけで、囁かれるだけでこんな風になる私は、もしかしてどこかおかしいのかな?

次第に一番敏感な場所が熱くなってきて、中の方がキュンってしてくる。そのタイミングを、聖さまはよく知っていて・・・。

「あぁ・・・はぁ、ん・・・っく・・・ぅ」

私の身体をギュって抱き寄せた聖さまは、多分既に相当濡れている私の中へと指を滑り込ませる。

「あぅっ・・・ん」

そしてこれでもかってぐらいに激しく私を突き動かすけど、

痛みさえ快感にすりかわってしまうほど、私は・・・聖さまに溺れていた。

さっきしたばっかりなのにまた上り詰めてくる何かに、私は必死に耐えようとするけれど、それが出来ないのはよく知ってる。

「あっ、ん・・・ぁん・・・あっ、はっ、あぁ、っく・・・ぅん・・・っ!!あっ・・・あぅ・・・ん、あぁぁぁぁぁぁぁっ」

あぁ、もう駄目だ・・・聖さま、お願い。どうか私を連れて上がって・・・でないと、きっと上せて倒れちゃう。

「おっと!」

ガックリと聖さまにもたれる私を、しっかりと抱きとめてくれる。細いけど、凄く頼りになる腕。

私はこの腕にこうやって抱きとめられるのが大好きで。多分、あの火事の時からずっと・・・。

聖さまに引きずられるみたいにお風呂から出ると、聖さまは私をベッドに放り出してリビングへと行ってしまう。

私はと言えば、もう現実と夢の間をウロウロしている状態で・・・。

やがて寝室に戻ってきた聖さまの手には水の入ったペットボトルが握られている。

「祐巳ちゃんも飲む?」

そう言って差し出してくれた手が、なんだか凄く愛しかった。

「飲みたい・・・ですけど、自力で起きれそうにありません・・・」

それほど私は疲れてたんだ。でも、これは幸せ疲れというやつだ。そんな私に聖さまは小さく笑った。

「しょうがないなーもう、軟弱なんだから。じゃあどうすればいい?起こそうか?」

そう言って手を差し出した聖さま・・・でも、次の瞬間聖さまは何を思ったのか水を口に含み、そのまま私に口付けてくる。

少しづつ注がれてくるのは、確かに水。次から次から注がれてくる水を、私は慌ててこぼさないよう飲み干す。

「んん?!っく・・・んく・・・ん・・・」

ゴクン・・・ていうか、な、な、なに??今一体何が起こったの!?驚いて目を丸くする私に、聖さまはにっこりと笑う。

「だって、いちいち起こすのめんどくさかったから」

って・・・それだけの理由で??もっと・・・何かロマンチックな理由はないんですか、と。

いや、それを聖さまに望んでも無駄か。だって、この人はこういう人だもんね。

私の隣にゴロンって転がった聖さまがまたアレを持ち出してきた。

「ま、まだする気ですか?」

恐る恐る聞く私に、聖さまはキョトンってしてる。

「なに?まだしたいの?」

「いいえ!!あ、いや、そうじゃなくて!別にもうするのが嫌とかそういう意味ではなくてですね!

ただ体力的にどうかという意味でして!!」

ああ、もう!何必死に弁解してんだ、私は!!こんな言い方したらまた聖さま笑われるってば!!

案の定聖さまはクスクスと激しく取り乱す私を見て笑っている。

「残念だけどもうしないよ。流石の私も疲れたし。そうじゃなくて、あれからいろいろ考えてたんだよね。

この手錠って、何か他に使い道ないかなって」

「はあ」

他の使い道って・・・そんなものある?ていうか、本来手錠って犯人逮捕するもんでしょ?

そんなものをどう使うっていうんだろ?そんな事を考えていた私の手首に、突然聖さまが手錠をかける。

「ちょ、聖さま!?」

でも、反対の方を自分の手首にかけ、そのまま私の隣に転がる聖さま・・・一体何がしたいんだろう?

「ほら、こうすれば祐巳ちゃんに追い出されなくてすむと思って。あと、布団を剥がれる心配もない」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

どうして素直に言えないのかな・・・この人は。聖さまの言いたいことの裏っかわが分かった私には、それが嬉しかった。

聖さまもきっと、朝まで私と一緒に居たかったんだ。そう思うと、胸が苦しくなる。

でも、そんな私の感動をよそに、聖さまはこう付け加えた。

「あ、でも、トイレに行くときは自分で外して一人で行ってね?」

・・だって。ほんとにもう!決して私を起こしたりしないで、って聖さまは言う。

ワガママだなぁ、とか思うんだけど、でもこれが・・・聖さまの優しさで、甘え方なんだ。

私たちにとって、手錠はこうやって使うのが、きっと正しいんだろう。

だって、こうしておいたら私、もう聖さまから布団取れないもんね、聖さま?


第三十九話『リングに込める想い』


隣で小さな寝息を立てている祐巳ちゃんをしばらく観察してたんだけど、この子は本当に素直なんだ。

だって寝ているその時でさえこの子は感情が豊かで・・・きっと今何か嫌な夢見てるんじゃないかな。

だって、眉間に皺がよってるもの。それがおかしくて、私はそっと祐巳ちゃんの眉間の皺を伸ばすと、今度は笑い出した。

「っふ・・・くっ・・・お、面白い・・・」

誰かの寝顔をこんなにも近くで見ていた事なんて、あまり無い。

ていうか、今まで色んな人と付き合ってきたけど、あまり誰かと一緒に朝まで過ごす事はなかったんだ。

だって、自分の寝顔とかを見られるのってあまり好きじゃないし、それ以前に誰かの寝顔なんて大して見たくもなかったし。

だから私の癖はいつも自然と顔を隠して寝てしまうことだった。それに、誰かよりも先に眠る事もあまり無い。

起きるのは・・・遅いけど。でも大抵布団を頭から被ってるからね。

私は祐巳ちゃんの赤ちゃんみたいなほっぺたを指で突付きながらしばらく遊んでたんだけど、やがて重大な事を思い出した。

「しまった・・・すっかり忘れてた・・・」

私はそっと手錠を外して部屋を出ると、鞄の中からもう一つの小さな箱を取り出す。

青い箱には水色のリボンがかかっていて、中からカタカタと小さな音がする。

私はリボンをそっと外すと、箱を開け中身を取り出した。そしてそれを持って寝室に戻る。

あ、もちろんちゃんと手錠はかけたよ?でないとまたいつ追い出そうとするか分からないからね、祐巳ちゃんは。

「ペアリングか・・・祐巳ちゃん嬉しい?」

完全に眠ってる祐巳ちゃんに聞いたって聞こえてるはずないのに、祐巳ちゃんはにっこりと微笑む。

それがまたおかしくて、私は笑ってしまう。ほんとに、この子だけは!

「そっか、嬉しいか。それじゃあ・・・これからもよろしくね」

そう言って私は寝てる祐巳ちゃんの薬指にそっと、指輪をはめた。銀色のリングがキラリと光る。

寝てるはずの祐巳ちゃんがコクリと頷く。・・・もしかして起きてるの?そう言いたくなるほど絶妙のタイミングで。

箱の中にあるもう一つのリングを、祐巳ちゃんにはめた指と指にはめると、私はもう一度祐巳ちゃんの隣に転がった。

どうして私はあれほど嫌がっていたペアリングを、祐巳ちゃんとならすることが出来るんだろう?

ていうか、そもそもどうして祐巳ちゃんとならしたいと思ったんだろう?

誰かのモノになるのは嫌だと私は言った。それは今でもそうなんだ。でも・・・じゃあどうして?

リングは誰かのモノになる為のモノではないから?いいや、違う。これは・・・祐巳ちゃんへのプレゼントなんかじゃ・・・ない。

そっか・・・これは、この指輪は自分へのプレゼントなんだ、と知った。

多分、私は自分が祐巳ちゃんのモノになりたいんじゃなくて、祐巳ちゃんを自分のモノにしてしまいたいんだ。

いや、もちろん私だって祐巳ちゃんのモノでありたいと思うけどね。それ以上に、私は祐巳ちゃんが欲しいんだ。

ていうか、祐巳ちゃんを最後の人にしたいと・・・思ってるんだ、本気で。そして、私も祐巳ちゃんの最後の人で居たい。

だからいつかみたいに別れるときの事なんて考えもしなかったんだ。だって、別れるなんて、そんな事想像出来ないもの。

「なんだ・・・簡単な事じゃん。好きだから・・・ずっと一緒に居たいからペアリングなんだ・・・」

こんな簡単な事なのに、どうして私は今まで分からなかったんだろう?その答えは簡単だった。

私は今まで、誰とも本気の恋をした事がなかったんだ。ただ、それだけのこと。

リングはただのモノだ。でも、二人ですれば、そこに意味が出来る。だからこそ私は祐巳ちゃんとしたいと思ったんだ。

私と祐巳ちゃんの間に、何かしらの意味が欲しかったから。何かの繋がりが・・・欲しかったから。

壊れそうで儚い繋がりだけど、でも他の想いほど単純じゃないし、軽くもない。

それを・・・リングに込めたかったんだ・・・私はずっと・・・。

だから当時の彼女とはそれが出来なかった。同じ未来を描く事は出来なかった。

でも祐巳ちゃんは違うじゃない。だって、ずっとずっと一緒に居たいと思うもの。全然痛くないもの。

私はゆっくり身体を起こすと、祐巳ちゃんの上に覆いかぶさるようにその瞼に、頬に、口付けた。

「おやすみ、好きだよ、祐巳ちゃん」

そう呟いた私の声に、祐巳ちゃんは一瞬顔をしかめる。

「な、何よ?何か文句でもあるの?」

コクリと頷く祐巳ちゃん・・・やっぱりこの子起きてるんじゃないの?

でもしっかり寝息は聞こえてくるし、祐巳ちゃんの場合狸寝入りは性格上・・・無理だろう。

だからやっぱりちゃんと寝てるんだろうけど、きっと心のどこかで、私の態度や言葉に不満があったんじゃないのかな。

私は少し考えて、そしてもう一度言った。

「愛してる、祐巳ちゃん。おやすみ」

そう言って今度はしっかりと唇に口付けると、祐巳ちゃんは満面の笑みを返してくれた。

正直さって、凄く大切な事なんだって・・・そう思った。だって、私今、凄く嬉しいもん。

たとえ寝てたとしても・・・ね。

手錠が私たちを繋ぐ。ペアのリングが月夜に輝く。永遠を誓ったロザリオが・・・私たちを見下ろしている。

私が目を覚ましたのは、すでにお昼が過ぎた頃だった。隣の祐巳ちゃんは・・・すでに居ない。

そりゃそうか。う〜ん、って寝転がったまま伸びをした私の手に、コツンって何かが当たった。

「ん?なに、これ」

私は枕元に転がってた小さな箱を手に取った。ほんとにほんとに小さな箱なんだけど・・・。

振ってみるとカサカサって音がする・・・まさか、また変なものじゃないでしょうね?

恐る恐る箱を開けると、中から袋に入った何かが出て来る。

箱をひっくり返して袋の中身を手のひらに出した私は、それを見て小さく笑った。

なんだ、ちゃんとあるんじゃん。私へのプレゼント。

「ピアス・・・か。ありがとね」

袋の中身は小さな黒い揚げ羽蝶のピアスだった。

私はさっそくそれを今してたピアスと付け替えると、顔を洗ってリビングに行く。

キッチンからいい匂いがしてきて、祐巳ちゃんが今昼食の真っ最中なんだとすぐに分かった。

「おはよ」

「あ!おはようございます!聖さま!!今ちょうど起こしに行こうと思ってたんですよ!もうすぐ出来ますからね」

「うん」

いつも通りの休日。私は昼まで寝てて、祐巳ちゃんは昼ごはんが出来たら私を起こしに来る。

でも・・・今日は少しだけ違う。

だって、私の指には祐巳ちゃんとペアのリングがはめられてるし、ピアスだってシルバーじゃない。

それに、今日は珍しく起こされる前に起きた。

しばらくして、祐巳ちゃんがキッチンから昼食を持って出てきた。そして、私の向かいに座ってにっこりと笑う。

「なに?」

「いいえ、別に」

そう言う祐巳ちゃんの薬指に光るリング。もちろん私の薬指にも。でも、お互いそれについては何も言わなかった。

それでいいんだ。いつもと違うけど、いつもと同じ・・・それが・・・いい。

「ピアス、似合ってますよ」

私の耳を見て祐巳ちゃんが笑う。だから私は言ってやった。

「とーぜんでしょ。私に似合わないものなんてこの世に無いよ」

「はいはい、そうですね。でも、そのピアスが似合うのは私の見る目があったからですけどね」

だって私が選んだんですもん!そう言って意地悪に笑う祐巳ちゃんが、何だか可愛くて。

「まぁ、今回はそういう事にしときますか」

「ええ、そういう事にしといてください」

そう言って祐巳ちゃんは笑った。私はメガネを外して新聞を閉じる。これがいただきますの合図だ。

それを見た祐巳ちゃんが私にコーヒーを、自分には・・・牛乳をつぐ。多分、胸のために。

「じゃ、食べよっか」

「はいっ!」

「「それじゃあ、いただきます」」

こうやってまた一日が始まる。何も変わらない幸せな一日が。

リングに込められた想いは祐巳ちゃんには届いていないかもしれないけど・・・私たちは確かに繋がってると、そう思う。