「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
秋も深まり落ち葉が足元を飾り始めたんだけど・・・最近私にはちょっとした悩みがある。
それは、聖さまの事。最近聖さまがちょっとばかり・・・いや、かなり変なのだ。
でも、どこが?ってのが分からないからちょっとやっかいで・・・。それに、変なのは聖さまだけじゃなくて・・・。
おまけ第一話『心と身体のバランス』
心ってのは、心臓の所にあるのだろうか?それとも脳みそ??
どっちでもいいんだけど、身体は頭よりも心を優先しているみたいで・・・。
「ねぇ、祐巳ちゃん。あのさ、私・・・」
「何です?」
言いかけた私の問いに、祐巳ちゃんは笑顔で振り返った。あぁ・・・そんな顔で私に笑いかけないでよ。
純真無垢って、結構罪だと私は最近思う。
だって、少しも私の誘いにのってくれない祐巳ちゃんに、こっからどうやって話を進めればいいと言うのか。
まぁ、そんな事ばっかり考えてる私にも問題あるのかもしれないけど・・・。
何にしてもさ、付き合い始めてそろそろ二ヶ月だよ?その間何の進展もないって・・・どういう事よ?!
「あのさ、非常に言いにくいんだけどさ・・・」
改まった私の態度に、ピクンと身体を震わせる祐巳ちゃん・・・お?もしかして伝わった??
「ま・・・まさか・・・」
うんうん、そのまさかなんだけどね!これはいける?伝わったか!?
コクコクと頷く私の仕草を見て、祐巳ちゃんの顔面から血の気がサッと失われてゆく。
ていうかさ、そんなに顔色悪くしなくてもいいじゃん。ちょっとだけ触らせてってだけなのに、どうしてそんな顔するかな。
なんか物凄くショックなんですけどー。
でも・・・私の思考とは裏腹に大きなため息を落とした祐巳ちゃん。そしておもむろにキッチンへとUターンしてゆく。
「聖さま・・・お願いですから、そういう事はちゃんと先に言ってくださいよ」
「だって、言ってもいつも祐巳ちゃん怒るじゃない」
「そりゃ怒りますよ!どうして作る前に言わないんですか!?」
「は?」
つ・・・作る前??何が?何の話?
「は?って・・・はぁ、今日は聖さまお弁当いらないんでしょ?それならちゃんと私が準備する前に言ってくれないと!」
「いや・・・ちがっ・・・」
「何が違うんですか?いっつもそうやって後から言うんだから、もー」
・・・やっぱり何も伝わっちゃいなかったんだな・・・あーーーもう!!どうやったらちゃんと伝わるのか、誰か教えてっっ!!
「祐巳ちゃん・・・お弁当の話じゃなくてね、私が言いたいのは・・・」
そう言った途端、祐巳ちゃんはパッと顔を輝かせた。なーんだ!とか言いながら嬉々として私のお弁当を包んでくれている。
はぁ・・・ほらね、こんな風にいっつも上手い具合にはぐらかされて、結局私は肝心な事を言いそびれる。
「私・・・幸せだなぁ・・・」
本当に幸せ。だって、今の悩みと言えばこれぐらいだもの。これほど幸せな事はない。
「私も・・・幸せですっ!」
私の思わず漏れた言葉に、祐巳ちゃんは顔を赤らめてこんな事言う・・・。
あぁ・・・本当にやっかいだ。でも、幸せだ。
たとえ、どれほど悶々とした夜を祐巳ちゃんの隣で過ごそうとも!
私の言葉に祐巳ちゃんは満面の笑みで微笑み返してくれた。こんな笑顔を見れるだけで、今日の所は良しとしよう。
心と身体のバランスはいつだって難しい。心が求めるものと身体が求めるものは、だって全然違うんだもん。
・・・はぁ・・・後どれぐらい祐巳ちゃんの隣で理性を保っていられるんだろう・・・私、それが心配で心配でしょうがない。
どうせ祐巳ちゃんは初めてだろうから、優しくしないと壊れちゃいそうだし・・・私は私で言い出せないし。
「それじゃあ聖さま、用意も出来ましたしそろそろ行きましょうか!」
「・・・そっすね」
外に出ると木枯らしが吹いていた。身体は寒いけど、心は温かい。こんなにも違う心と身体。
そりゃ、そうそうの事じゃバランスなんてとれる訳ないか。
おまけ第二話『授業参観』
「それじゃあ祐巳ちゃん、お願いね」
「はい、蓉子さま!」
そう言って私は蓉子さまから資料を受け取った。実は、これから私は生まれて初めて教壇に立つのだ!
授業内容は保健体育。要は性教育というやつだ。
本当はこの授業の担当はSRGなんだけど、生憎今日はSRGがお休みだから代わりに私が受け持つ事になった。
でもね・・・一つだけ心配が・・・私・・・照れないでちゃんとやれるのかな・・・。
だって、性教育だよ?!それって、とっても大事な事だって分かってはいるんだけど、どうしても照れちゃうよー。
だから私は助っ人を呼んだ。こんな事、恥ずかしがらずにスラスラ言える人なんて、きっとあの人しか居ないと思ったから。
「そんな訳で聖さま・・・手伝ってはもらえないでしょうか?」
「えー・・・めんどくさいなぁ。そんなの皆もう高校生なんだからわざわざ教えなくても知ってるって」
「そ、そ、そんな事ありませんよ!大人でも知らない人は居ますよ、きっと」
ていうか、私の事なんだけどさ。いや、そりゃ知識としては知ってるよ?でもさ、具体的には・・・正直わかんない。
私の台詞に聖さまは苦笑いするとからかうように言った。
「あー、例えば祐巳ちゃんとかね。でもさ、私に聞いても無駄だと思うな」
「?どうしてです?」
「だって私、女の子の身体なら分かるけど、男の事は全然分かんないもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
それって・・・今まで女の人ばかり相手にしてきたからって・・・そういう事なのかなぁ。
ていうかさ、そういう余分な知識はいいと思うのよ、この際。
つまり重要なのは、この資料を照れずに読めればそれでいいって話なんだけど・・・ちょっとだけ聖さまの台詞にムカっとした。
だって・・・聖さま今まで本当に色んな女の人を相手にしてきたんだって事が改めて分かってしまったような気がしたから・・・。
「も・・・もういいですよ!聖さまには頼みません!!」
そう言って私は視聴覚準備室を飛び出した。何怒ってんの?って感じの聖さまの顔がムカつく。
もういいよ!どうせ私はお子ちゃまだもんね!!どうせ聖さまの相手なんて・・・相手なんて出来ないよ・・・。
いつまでたっても子供扱いされてさ・・・。
そりゃあんなにも派手な告白されたんだから少しは自信もつきそうなもんなのに、全くつかないし、
それどころか聖さまとの距離が縮まった気もしない。
聖さまは私に告白したこと・・・本当は後悔してるんじゃないのかな・・・とか、そんな考えまで浮かんできちゃったりしてさ。
「はぁー・・・どうやったら自信・・・つくのかなぁ・・・」
いや、今はそんな事よりも授業のが大事!とりあえず助けてくれる人はいないんだから、私がしっかりしなきゃだよね!
保健室に戻った私は、それからずっと資料とにらめっこしていた。
何度も何度も読み返して、平常心でいられるよう心を冷静に・・・冷静に・・・。
「平常心・・・平常心・・・」
まるで壊れたラジカセみたいに同じ言葉ばかり呟く私は、きっと相当不気味なんだろうけど、今はそんな事も言ってられない。
やがて、運命の時間はやってきた。チャイムが鳴って、五時間目の授業が始まる・・・。
ヤバイヤバイ!!き、緊張で・・・お腹痛い・・・。
ガラリと教室のドアを開けると、生徒達の真剣な顔が私を見た途端緩んだ。
「あー!良かったー。SRGの代打って祐巳ちゃんだったんだー」
「へ?」
いや・・・つうか、いい加減先生と呼んでは・・・もらえませんかね?
でも、私の祈りも虚しく生徒達は口々に話し出す。あぁ・・・やっぱり私ってなめられてるのかな・・・グス。
とりあえず名簿で出席をとった私は、まずはいつもの挨拶をする。
「ご、ごきげんよう」
「ごきげんよ〜」
口々に挨拶をしてくれる生徒達・・・でも、やっぱり他の先生達のようにはいかない。
「えっと、今日はSRGがお休みされてるので、私が代わりにこの時間の授業を受け持つ事になりました。
よろしくお願いします」
とりあえず皆私の言う事は静かに聞いてくれているけれど、でもやっぱり笑いは絶えない訳で・・・。
あー・・・どうすればいいんだろう・・・怒るべきなのかな?これは・・・でも・・・怒るったってどうやって怒れば?
その時だった。突然教室の後ろのドアが開いて誰かが入ってきた。
一瞬、私は遅刻か!!とも思ったんだけど・・・生憎それは生徒ではなくて・・・。
「せ、聖さま?!」
「心配だったからね、ちょっと様子見に来たんだ・け・ど・・・」
聖さまはそう言って教室の中を見渡すと、片方の眉だけを吊り上げる。
どうやら思った以上に私がからかわれていた事に気づいて、代わりに叱ってくれるつもりらしい。
「さて、なんならこの授業・・・私が受け持ってもいいんだけど。私と祐巳ちゃん、どっちがいい?」
聖さまがそう言った途端、教室は静かになり皆が一斉にこちらを向いた。
・・ていうか・・・皆ちょっと涙目??ど、どうして?普段の聖さまの授業って・・・一体どんななのよ!?
「・・・よろしい。それじゃあ祐巳ちゃん、続けて?」
聖さまはそう言って休んでる子の椅子を前の方に持ってきて、教室の隅に置くとそこにドッカリ座りこんでしまった。
「あ・・・あの・・・もしかして最後までそこに・・・いる気ですか?」
ていうかさ、助けてくれたのはありがたいんだけど・・・そんなとこに居られたら余計に気になるじゃない!!
でも、私の願いは聖さまには通じなかった。だって、聖さまは笑顔で頷いて言ったんだもの。
「もちろん。最後までちゃんとここで祐巳ちゃんの勇士を見守ってあげるから。
それに・・・今度祐巳先生をからかったりしたら・・・皆、分かってるわよね?」
聖さまの言葉に、生徒達は皆速攻で頷いた。・・・いやいや、だからさ、普段どんな授業してるんですか?って話ですよ。
つうか、聖さま生徒にあんだけモテるのに、どうしてこんなに怖がられてるのよ・・・。
まぁいいや・・・とりあえず私は授業を頑張ろう。そうして・・・私の最初で・・・恐らく最後の授業は幕を開けた。
プリントを配って、細かい説明は手元の資料を読む。そんで、質問の時間を作って・・・答える。
だけなのに・・・たったそれだけの行為なのに、どうして私は・・・私はっっ!!
「・・・どうしてそんなにも鈍くさいのかねぇ、祐巳ちゃんは」
「・・・ごもっともです・・・」
そうなんだ・・・私って、本当に・・・ドンくさい・・・もう泣きそう。
プリント配るときも思いっきり間違えるし、緊張してちゃんと読めないし・・・
それどころか、生徒にまで誤字指摘されて・・・もうダメだ。こんな事なら初めから引き受けるんじゃなかった。
でも・・・でもね、引き受けちゃったからには最後までちゃんと自分でやり通さなきゃ!・・・って、そう思った。
だから私は頑張った。いつになく、頑張ったの!
だからかどうかは分からないけど、最後のほうは生徒達は真剣に私の話を聞いてくれていた。
まぁ・・・多少は聖さまがずっと睨んでたからってのもあると思うけど・・・。
結局時間内にはギリギリ間に合わなくて、最後はかなりハイスピードで進まなくてはならなかった。
でも、それでも聖さまは何も言わなくて・・・ただ真剣に私の配ったプリントを見つめていて。
終わりのチャイムが鳴ったと同時に大きなため息を漏らした私に、生徒達も聖さまも笑っていってくれた。
「お疲れさま」
・・と。それを聞いただけで私は嬉しくて、どうしようもなくて。
「あ・・・ありがとうございました」
そう言ってお辞儀をした私に聞こえてきたのは大きな拍手だった。・・・・って、いや、別にお別れする訳じゃないんだからさ。
でも、皆の気持ちが嬉しくて、思わず目頭が熱くなる。でも、それを隠すように聖さまが私を教室の外に連れ出してくれた。
「お疲れ、最後までちゃんと頑張ったね」
「はぃ〜・・・でも・・・でも、最後の方とかちゃんと出来なくて・・・」
「いいんだよ、あれで。皆初めはあんなもんだって。それに、生徒達もちゃんと聞いてたし」
「そ、そうでしょうか・・・聖さまも初めはあんなでした?」
私の質問に聖さまはフッと宙を見つめるとハッキリ言う。
「いや、私はあんなにドジじゃあ無かったけどね」
・・・それ・・・全く慰めてませんよね?むしろからかってますよね?
「まぁいいじゃない。とりあえず祐巳ちゃんは頑張ったんだから。ね?」
この人にそんな風に言われると、不思議な事にそう思えてくるから不思議だ。
「それじゃあ・・・今度は聖さまの授業参観・・・してみようかな・・・」
ボソリと言った私に、聖さまの顔は引きつる。
「だ、ダメ!!」
「どうしてです?」
「だって、そんなの恥ずかしいじゃない。それに・・・授業中基本私何もしてないし・・・。
そんな所蓉子に言いつけられでもしたら・・・それこそ大変だ」
だって。全く、本当に・・・聖さまらしい。初めての授業は大失敗だった。
でも、ほんの少しだけ、聖さまの違う面を見れたみたいで・・・嬉しかった。だから、結果オーライって事で!
おまけ第三話『拭いきれない気持ち』
聖さまが今まで沢山の人と付き合ってきたのは知ってる。だからってそれを今更責める事もない。
だって、今は私が聖さまと付き合ってるんだから。でも・・・最近私はちょっとおかしい。
聖さまの一言一言に裏があるように見えて・・・って言ったら大げさなんだけど、
最近聖さまが何か言いたい事を我慢しているようなそんな感じがするのだ。
ていうのは、実は私も・・・我慢しているから・・・なんだろう、きっと・・・。
「ねぇ、祐巳ちゃん。今日は久しぶりに銭湯行こうよ、銭湯」
「えっ?!せ、銭湯・・・ですか?」
ほら、きた・・・今までは何とも思ってなかったんだけど、こんな一言に私はいちいち反応してしまう。
むしろ、どうして今まで平気だったんだろうとさえ思うんだけど・・・そんな気持ちを聖さまに直接言える訳もなし。
「そう。広いお風呂に入りたくない?」
「そ、そうですか?十分じゃないですか・・・家のお風呂で・・・」
ほら、また。こうやって聖さまからの好意を叩き潰すようなまねしてしまう。
こんな事言ったら聖さまは必ずと言っていいほど・・・。
あぁ、ほらね。案の定聖さまはふてくされたような顔をしてキッチンへと消えてしまった。
恥ずかしいとか、そんなんじゃないんだよね。いや、もちろん恥ずかしいのもあるんだけど!
それだけじゃなくて、なんていうかこう・・・変にドキドキするっていうか。
・・・むやみに触りたくなるっていうか、触られたくなるっていうか・・・ゴニョゴニョ。
こんな気持ち絶対聖さまには言えない。多分、怒らないだろうけど・・・引かれないかな?とか、そんな事考えちゃって。
だって、聖さまは今まで沢山の人とそういう事をしてきた訳で、でも、私はそんなの全然分かんないし・・・。
やっぱり子供だって思われちゃいそうで・・・いつまでたっても怖くて言い出せない。
最近は寝る前とかにする簡単なキスですら物足りなくって、もうどうしたらいいか分からない。
素直に言うべきなのかな?それとも・・・じっと待つべきなのかな?このモヤモヤが無くなるまでじっと・・・。
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「祐巳さん、そりゃただの欲求不満でしょ」
「えっ?!よ、欲求不満??わ、私が!?」
「そう。多分聖さまもそうなんじゃない?最近聖さまの授業の後に入ると生徒の顔が悲壮だもん」
それは・・・生徒たちも苦労してるみたいで・・・可哀想に・・・って、そうじゃない!そうじゃないよ!!
放課後、保健室で日誌を書いていると、由乃さんがやってきた。だから私は軽い気持ちで相談にのってもらったんだけど・・・。
「・・・欲求不満・・・」
「そうそう。だから早いとこ一線を越えてしまえば楽になるわよ」
「いっ、一線って!!由乃さん?!」
な、何を言い出すのよこの人はっっ!!だって、そりゃ聖さまはそう言う事好きかもしれないけどさ!
こういうのって、ほら、その・・・なんだ、順序ってものがあるじゃない。
でも、私の百面相に笑いながら由乃さんは言った。
「誰だっけ?聖さまは好きになると一生愛してくれそうだって言ってたのは。祐巳さんでしょ?
それならもうちょっと聖さまにサービスしてあげなよ。
きっと聖さま、言い出したくても祐巳さんがそんなだから言い出せないんだよ」
「そ・・・そうなの・・・かな?」
「そりゃそうでしょ。聖さまだって、祐巳さんと同じように我慢してるんじゃない?大事にしてくれてるんだよ!
たまには祐巳さんから踏み出してあげてもいいじゃない。でないと、聖さま今以上に生徒に八つ当たりとかしだすよ?
祥子さまみたいに・・・」
最後の台詞はキョロキョロしながら小声で言う由乃さんに、私は少し笑ってしまった。
そっか・・・そうだよね・・・私ってば昨日授業でやったのに・・・そういう事したくなるのは、好きだから・・・なんだよね。
抱きしめて欲しい、だとか、キスして欲しいって思うのは・・・ちっとも悪いことじゃない・・・んだよね。
「由乃さん・・・ありがとう。珍しく由乃さんの方が正論だったよ・・・」
「いえいえ、どういたしまして・・・っていうか、今のどういう意味!?」
「あ・・・いや、深い意味はないのよ?
ただ、ほら、いっつもちょっと由乃さんってば暴走するじゃない?だからっていうか・・・その・・・」
言い過ぎた時には既に遅かった。由乃さんは私の肩に掴みかかって怖い顔をしている。
ていうか・・・ちょっと近すぎない??由乃さんのドアップに、思わず私は身を引いてしまう。
まぁ、多分ほんのジョークをつもりなんだろうけど・・・やっぱりこんな最悪のタイミングであの人はやってくるんだ・・・。
「ごめんね、待たせちゃって。そろそろ帰ろうか・・・って・・・何、やってんの?」
ひえー・・・ほらね・・・やっぱり変な誤解してるじゃない!!
最後の方の声のあまりの冷たさに、由乃さんはその場でパキンパキンに固まってしまった。もちろん、私も。
「せ、聖さま?こ、これはあの・・・深い意味はなくて、ただのじゃれ合いと申しますか・・・」
由乃さんの声は、聖さまには届いていない。多分、聖さまが待っているのは私の・・・声なんだ。
「あの・・・」
でも、私が話しかけようとした瞬間、聖さまはクルリと踵を返してそのまま保健室を出て行ってしまった・・・。
「あ・・・待って・・・」
「早く、祐巳さん追いかけて!!でないと後が怖いから!!」
え・・・ええ〜?それが心配な訳??ていうか、確かに由乃さんの言うとおり、聖さまのああいう怒り方は後が怖い。
保健室の鍵と日誌を由乃さんに預けて、私は走った。多分、帰ってはいないだろうから・・・きっとあそこだ。
私は真っ直ぐに視聴覚準備室へと向かう。
息を切らしてようやくたどり着いた私は、ドアの小さな窓にカーテンが引かれているのを見てホッと胸を撫で下ろした。
ほらね、やっぱりここに居た。聖さまはいつもそう。
付き合う前からちょっとでも嫌な事があったり、気にいらないことがあるとここに閉じこもるんだ。
そう、まるで天照大神みたいに・・・それじゃあ何か、私はここで裸踊りをすればいいのか。
いや、流石にそんな事は出来ないからやっぱりここは話し合いで解決することにした。
私は大きく息を吸い込んで、二回、ノックをする。すると、中から静かな声が聞こえてくる。
「・・・別にさ、由乃ちゃんや志摩子達とじゃれ合うのはいいんだ」
「はい」
「でもさ・・・私だって、むしろ私の方が・・・ずっと祐巳ちゃんに触りたいんだよ・・・」
「・・・はい」
今、どんな顔で聖さまがこんな事言ってるのかは分からない。
でも私の中のモヤモヤが少しづつ大きくなって、既に爆発寸前で・・・。
「確かに?私は節操ないし、軽薄で嘘つきだけど、
それでも祐巳ちゃんに嘘ついた事はないし、今までみたいに興味本位で近づいた訳でもない。
ただ・・・ただ純粋に祐巳ちゃんが好きだと思ったから、あんな風に告白したんだよ。
でなきゃ誰があんな恥ずかしい事するっていうのよ?しないでしょ、普通。
でも、それぐらい私は祐巳ちゃんに知って欲しかった。どれだけ私が真剣かって事を、皆にも・・・知ってほしかったんだ。
好きになれば、キスもしたいし触りたくだってなる。色んな祐巳ちゃんの声を聞きたいとも思うし、顔だって見たい。
でも祐巳ちゃんが嫌なら我慢しようって思ってた。
だけど・・・やっぱりあんな風に誰かとじゃれ合う祐巳ちゃんを見るのは・・・嫌なんだ。これだけは・・・どうしようもないよ。
これはただの独占欲、なんだと思う。お願いだから、祐巳ちゃんが私に触れられてもいいと思うまででいいから。
・・・あんな風に誰かに・・・誰かに祐巳ちゃんを・・・触れさせないで」
「・・・はい・・・」
怒られてる訳じゃない・・・これは・・・懇願でもない。聖さまの・・・二度目の告白だと、そう、思った。
私だけの為の・・・告白。不思議だった。同じ人から、二度も告白を受けたのは・・・これが初めてで。
あの日のような派手さはない。でも、激しさは・・・ある。そして思い出した。告白の後、蓉子さまが私だけに言った台詞を。
『祐巳ちゃん、いい?聖は本当にバカでどうしようもないけど、でも・・・誰よりも純粋で脆くて・・・傷つきやすいの。
そして・・・とても情熱的なのよ、ああ見えても・・・ね。だからこそ大変なんだけど・・・きっと、祐巳ちゃんなら大丈夫。
聖を・・・いいえ、聖と上手くやっていけるわ・・・きっと』
ああ、あの時蓉子さまが言ったのは、聖さまのこういう所の事だったんだ。
確かに私は今まで何度も何度も聖さまのこういう所に触れた事があったのに、それに少しも気づかないなんて・・・。
私はドアの向こうに居る聖さまの顔を思い浮かべながら、言った。勇気を出して!!
「・・・聖さま・・・私も・・・聖さまにもっと・・・近づきたい。傍に居たい。
もっとキスだって・・・して欲しい。聖さまに・・・触れられたい・・・」
・・言った・・・。これでモヤモヤ・・・ちょっとは無くなるかな・・・。これで・・・いいのかな?
すると、中からクスリと小さな笑い声が聞こえてきた。それは、少なくともバカにしたような笑いでは無くて。
「本当に?言っておくけど、もうほっぺにキスとかじゃ済まされないんだからね?」
「わ、分かってますよ!」
「ちゃんと意味理解して言ってる?私に身体に触ることを許すって事は、ただ触るってだけじゃないって事も?」
「・・・わ、分かってますってば・・・」
いや・・・本当は心の準備なんて全く出来てないけども。怖いとか、そういうんじゃなくて、何ていうかな。
未知の体験の前ってほら、ドキドキするじゃない!なんかあんな気持ちにすごく似てる。
私の言葉に、ようやく聖さまが準備室の鍵を開けてくれた。その顔は、いつもの聖さまの顔じゃなくて・・・。
バカにしたような、偉そうな・・・なんていうか意地悪聖さまに拍車がかかってるっていうか。
そして、顎を少ししゃくって中をさす。
「どうぞ?」
「・・・ど、どうも・・・」
っていうか・・・ちょっと待って!!こ、これって・・・まさかとは思うけど、今すぐにって事??ねぇ、ねぇ、そういう事なのっ!?
そりゃ触れられたいとは思うけど・・・でも、でも、でもーーーーーっっ!!!
心の中の叫び声は、誰に尋ねるでもなく響く。そんな私の顔を、聖さまはじっと見下ろしていて・・・。
はぅあーーーー!!ヤバイ・・・お願い、そんな目で見ないで・・・でないと私・・・きっと・・・。
拭いきれない感情が津波のように押し寄せてきて、きっと私の身体を浚ってゆく。
おまけ第四話『初体験は・・・学校?!』
いや、私がではなくて、祐巳ちゃんが。だってさ、しょうがないじゃない。私は全然自信持てないんだもの。
本当ならすぐにでも祐巳ちゃんを自分のものにしてしまいたいぐらいだったけど、
それでも今日まで我慢したのは、祐巳ちゃんを怖がらせないようにする為。
だって、祐巳ちゃんは絶対自分の気持ちを私には伝えてくれない。いつだって。
結局告白したのは私からだし、こんなにも欲しがってるのだって・・・多分、私だけ。
やっと祐巳ちゃんの気持ちを知ったんだから、そりゃ我慢も出来なくなるってものよ。
「どうぞ?」
そう言った私に、祐巳ちゃんは案外あっさり入ってくる。
多少ビクビクしてるけど、この際そんな事はもう無視しよう。
祐巳ちゃんが準備室に入ってきたのを確認した私は、後ろ手で鍵をかけた。これでもう逃がさない。
誰にも・・・邪魔させない。
「・・・座れば?」
「あ・・・はい」
「生憎保健室とは違ってここには何も無いけど・・・構わないよね?」
そう言って祐巳ちゃんと向かい合った形で腰を下ろした私は、
頬杖をつきながら祐巳ちゃんの顔を覗き込んだ。どこかで見た顔・・・そうだ。あのスキーに行く車の中で見た顔だ。
不意にそんな事を思い出した私は、思わず笑ってしまった。
「な、なんです?急に」
「いや、今の祐巳ちゃんの顔がさ、スキーに行く途中で見た顔と同じだなと思って。
その顔に私はやられたんだよなぁ」
正直に言った私に、祐巳ちゃんも少しだけ微笑んだ。そして私が予想もしてなかったような事を言う。
「だって、恥ずかしいじゃないですか。
それに・・・どの顔かは分かりませんけど、スキーに行った時なら私もう既に聖さまの事好きだったし・・・」
「・・・そうなの?全然知らなかった・・・」
そんなにも前から?だって、そんな素振り少しも見せなかったじゃない!!ていうか、私が鈍いのか?
「ええ、そうですよ。だって私が聖さまを好きになったのって・・・随分前ですもん。
確か・・・水が出ないって言って初めて二人で銭湯に行った帰りだったと思いますよ」
そう言って赤い顔を隠すように両手で顔を覆った祐巳ちゃんの言葉に、少なからず私はドギマギしていた。
だって・・・まさかそんなにも前から祐巳ちゃんが私の事好きだったなんて・・・思ってもなかった。
ずっと私の方が先に祐巳ちゃんを好きになったんだと思ってたから・・・。
「・・・嘘でしょ?」
「どうして嘘なんてつくんですか。聖さまはねー、鈍いんですよ!どれほど私モヤモヤさせられたか!」
「ご、ごめん。でもさ、何も言わないじゃん、祐巳ちゃん」
「そ、そりゃ・・・恥ずかしくて言わないだけで・・・本当はずっと聖さまの事・・・好きだったんですから。
だからあのプロポーズも・・・凄く嬉しかった。夢かと・・・思いましたよ」
嘘でしょ・・・ねぇ、それほんとなの?ていうかさ、だったらさっさと言ってくれれば良かったのに・・・。
そしたら私は・・・きっとすぐにでもOKしたのに。・・・でも・・・そういう事じゃないんだよな、きっと。
恋愛って、なかなか意思の疎通が出来ないものなんだ。大切だから言えなくて、怖くて。
蓋を開けてしまえば案外あっさりまとまるのに、ね。
何が自信が無い、だ。聞いて呆れる。本当は私よりもずっとずっと祐巳ちゃんの方が私を想ってくれてたのに。
それに気づかなかった私は、きっと随分祐巳ちゃんを傷つけただろう。
それでも・・・祐巳ちゃんは今こうして私の傍に居てくれてる。こうやって私の前で微笑んでくれている。
「夢じゃないよ・・・夢なんかじゃない。きっと・・・現実になるよ。ねぇ、祐巳ちゃん。これからは恥ずかしがらずにちゃんと言って。
でないと、私はまた祐巳ちゃんを傷つけてしまうから。ね?」
「・・・はい・・・」
やっぱり口を真一文字に結んで少し涙目で私を見上げる祐巳ちゃんに、私はクラクラする。
好きだから、傍に居たい。好きだから、抱きたい。触れたい。もっと・・・もっと近づきたい。
私は身を乗り出して恥ずかしがる祐巳ちゃんの顔を抑えて、ゆっくりと口付けた。だって、どうしてもしたかったんだもん。
こんなにも嬉しい事ってなかなか無いと、そう思ったんだもん。
「ん・・・ふぁ・・・」
ほんの少しだけいつもより激しいキスをしただけで涙目になる祐巳ちゃん。正直、可愛い。
怖がってるのか、それとも欲しがってるのか。それは分からないけど、でも抵抗はしない。
気がつけば私は微笑んでいて、そして・・・祐巳ちゃんを抱きしめていた。
「せ・・・聖さま・・・く、苦しいですよ・・・」
「さっき言った言葉、覚えてる?」
「・・・さっき?」
「そう。もうほっぺにチューとかじゃ済まさないよ、って話」
そう、もうそんなのじゃ済まさない。純愛なんかじゃ・・・私は我慢出来ない。
私の言葉に祐巳ちゃんは一瞬大きく目を見開いた。でも、次の瞬間そっと顔を伏せて小さく頷く。よしっ!
「それならいいの。だって・・・もういい加減私待ちくたびれちゃった」
すると、祐巳ちゃんは言った。小さな・・・か細い声で・・・。
「・・・私・・・も・・・」
と。
マジで?ねぇ、マジで?!だから早く言ってよ、そういう事はさっ!!どうしてさっさと言わないのよ、この子は。
どれだけ私が夜祐巳ちゃんの隣で般若心境を唱えていた(無心になろうとして)ことかっ!!
「・・・早く言ってよね、そういう事は・・・他に何か黙ってた事あるの?」
「えっと・・・キスが・・・したいです。あの告白の時みたいな・・・キスが・・・」
顔を赤らめて言う祐巳ちゃんの肩は少し震えている。きっと相当緊張してるんだろう。
そりゃ私だって緊張する。
だって、心から好きになった人には手を出せないってジンクスがいつの間にか私の中にはあったから。
でも、今は違う。いつでも手の届く所に、祐巳ちゃんは居る。私と同じ気持ちで・・・。
私は祐巳ちゃんの言葉に笑って言った。
「了解」
視聴覚準備室は、校舎の一階の一番端っこにある。
だから・・・例えばどんなに祐巳ちゃんが声を出そうが、誰にも聞こえない。
「ぅ・・・んん・・・ふぁ・・・んむ・・・」
甘い声に、舌を動かすたびにピクンと震える祐巳ちゃんの手。
私のシャツをギュっと握り締めて、まるですがるみたいにしがみついてくる。
そんな事が嬉しくて私はもっともっと激しいキスをしたくなって・・・。
「あ・・・せ・・・さま・・・はぁ・・・っふ・・・ぅん・・・」
「気持ちいい?それとも・・・まだ足りない?」
意地悪く笑う私の言葉に祐巳ちゃんの目には涙が浮かんでいる。まるで誘うみたいに。
「えっと・・・足り・・・ないかも・・・」
「ふ・・・でも、キスだけじゃ・・・ないからね」
あまりにも素直な祐巳ちゃんの言葉に思わず笑いが漏れてしまう。でもね、祐巳ちゃん。
これからもっと凄い事・・・するんだよ?それでも足りないとか・・・言ってられるかな?
そっと祐巳ちゃんを抱いてた腕を外し、服の上から胸に触れる。
・・・すると、祐巳ちゃんは目をまん丸にして私を見上げた。
「こ、ここで・・・その・・・するんですか?」
「もちろん。だって、足りないんでしょ?それに私だってこんな所で止めたくないし」
もう止められないよ、そんな顔されたら。帰るまでの時間だって惜しいほどなのに。
「で、でも・・・誰か来たら・・・」
「へーきだよ。明後日からテストだから生徒はもう皆帰っちゃったし、他の人もここには入ってこれないよ」
だって、鍵かけたし。とは、言わないでおいた。
それを聞いてほんの少しだけ祐巳ちゃんの顔から緊張が解ける。
それに、家より本当はこっちの方が都合がいいんだよね、いろいろと。だって声とか家に居たら・・・ねぇ?
私は祐巳ちゃんを安心させる為にもう一度唇を重ねた。それが・・・合図だった。
「ふぁ・・・っん」
祐巳ちゃんの胸は小ぶりだけど、凄く柔らかくて気持ちいい。すぐにでも直に触りたくなるぐらい。
でも・・・ダメダメ。こういうのにはちゃんと順序ってものがあるんだと自分に言い聞かせた。
おまけ第五話『皆、一度は経験するのね』
確かそんな歌詞が昔あったような気がする。今、まさに私はそんな気分だった。
聖さまの白くて細い指先とかを見るたびにドキドキしていた私は、
本心を言えば、この指に触られたらなぁ・・・とか、そんな事をずっと考えていたわけで。
もしもこの指先が私に触れたら、私は一体どうなるんだろう?とかそんな事をよく考えていた。
お箸を持つ手だとか、髪をかきあげる手だとか、
ハンドルを握る手だとかを見ていつもそんな事を考えていた私の夢が、今まさに叶ったのだ。
でも・・・でも・・・それは想像していたよりもずっとずっと官能的で、そして・・・。
「っぁ・・・んっ・・・や、ダメ・・・」
声にならないほど気持ちよくて。今、聖さまの瞳には私しか映っていない。そんな事が凄く幸せで。
聖さまの手が私の胸に触れ、やがて服を脱がされて直に触られた時、
私はもう恥ずかしくて泣き出してしまいそうだった。
それでも聖さまは私の顔を見ながら不敵な笑みを浮かべるだけで何も言わないし、それが余計に私には恥ずかしくて。
「柔らかいね、祐巳ちゃんの胸は。気持ちいい・・・こんなベッドがあったら最高なんだろうなぁ・・・」
うっとりしながら目を細める聖さまは、なんだか猫みたい。でも、私はそれどころじゃない。
なんだか身体の奥の方が熱くて・・・まるで熱に浮かされてるような、そんな感じだったのだから。
やがて聖さまの指先が胸の先の方で止まった。そして、人差し指で軽くそれを弾く。
「ひゃんっ!」
思いもよらない聖さまの行動に、私は身体を仰け反らせて抵抗しようとしたけれど、聖さまがそれを許してはくれなかった。
弾かれた胸の頂点を、今度は舐める聖さま。まるで飴玉でも舐めるように・・・優しく、たまに強く・・・。
「っく・・・ふぁ・・・ぅん・・・」
「もっと声だしてよ、でないとつまらないじゃない」
そ、そんな事言われても・・・もう私どうしたらいいのか・・・分からなくて・・・。
ほんの少しだけ拗ねたような顔をした聖さまは、次の瞬間頂点の突起を甘く噛んだ。
「あん!」
その瞬間、身体に電気が走ったような衝撃に私は眩暈すら覚えて・・・。
頭の芯がボーっとするような、そんな不思議な感覚だった
自分でも驚くような甘い声に、聖さまは満足げに微笑んで・・・やがて、私の耳元で静かに呟いた。
「可愛い声だね」
・・と。
耳を甘く噛んで、そして首筋から鎖骨・・・もう一度胸に舌を這わせる聖さま・・・その度に私の身体は震えて・・・。
「ゃぁ・・・みな・・・い・・・で・・・」
胸を舐めながら挑発的な目でこちらを見上げる聖さまに、私は必死になって顔を隠そうとする。
でも、それを聖さまは許してはくれなくて、むしろそれを楽しむように聖さまの舌はもっともっと激しくなって・・・。
「ねぇ、まだ足りない?」
そんな事・・・わざわざ聞かないでよ・・・この気持ちを何て言うんだろう?甘い?痺れる?違う・・・何だか、熱いんだ。
身体の奥の方が・・・疼く。そんな私の想いを察したのか、聖さまはそっと私のスカートに手をかけた。
「せ・・・さま?」
「なぁに?」
「何・・・して・・・?」
「何って・・・脱がさなきゃ触れないでしょう?」
「や・・・怖い・・・」
「大丈夫、私がちゃんとここに居るよ。何も怖くなんか・・・ないよ」
「で・・・でも・・・」
「それに・・・私、案外上手いんだよ?だから大丈夫。安心して」
「・・・・・・・・・」
いや・・・それ・・・何の解決にもなってません・・・ていうか、聞いてません。そんな事・・・。
そんな事を考えてるうちに、スカートはすっかり脱がされてしまっていて、私は足を開かされていた。
ど、どうしよう・・・誰かにこんな所見られるの・・・初めてだよ・・・怖い、恥ずかしい・・・でも・・・どうなるのか・・・知りたい。
このズキズキと疼くような感覚を・・・早く・・・止めてっっ!
椅子に座って足を開くっていうのがこんなにも恥ずかしいなんて、私は知らなかった。
私が今身につけているものといえば、下着一枚だけ。上着も白衣も、全て床に散らばっている・・・いやらしく。
そして・・・最後の一枚も・・・聖さまの手によって脱がされようとしてて・・・。
「ど・・・どうしよう・・・恥ずかしい・・・」
「そんな、今更。まさかここまできてやっぱり止めてなんて言わないでよ?」
「んん・・・やぁ・・・そんなとこ・・・触らない・・・っで・・・」
下着の上から秘密の場所を聖さまの指がゆっくりとなぞる・・・凄く・・・ゾクゾクする。
「まぁ、ここで止めたら祐巳ちゃん・・・我慢出来ないだろうしね。だってほら・・・もうこんなに・・・」
聖さまはそう言って意地悪に微笑む。そして、今下着の上から触れた指を私に見せると、ボソリと言った。
「こんなに濡れてる」
そうなんだ・・・口では嫌とか言いながら、身体はそうじゃないんだ・・・。そんな事私が一番よく知ってる。
聖さまにここに招き入れられた時から、キスされた時から・・・私は・・・。
でも、あえてそれを言わないで・・・でないと私・・・。
「い、言わないで・・・ください・・・もう、私・・・っふ・・・」
触れられてもいないのに、感じる身体・・・敏感な心。そんな私に聖さまは何かを押し殺すように微笑む。
「祐巳ちゃんは・・・意外に敏感なんだね。私、今何もしてないよ?」
「ん・・・ふぇ・・・」
そんな事を言われて涙ぐむ私、笑う聖さま・・・どうしよう・・・胸が苦しいよ。身体が・・・熱いよ・・・。
聖さまの右手が私の胸に触れ、そして唇は私の口を塞ぐ。息も出来ないほどのキスは、私を壊してゆく。
「んぁ・・・っ・・・はぁ・・・ぁん・・・」
胸に触れる手が激しくなって、でも、息も出来なくて。左手は私の秘密の場所を探るように・・・。
「ゃぁん・・・聖さまぁ・・・熱いよぉ・・・」
「熱い?どこが?ちゃんと言ってくれないと分からないよ」
試すような聖さまの言葉。熱くて壊れそうな私の身体。それに・・・心。
「そんなの・・・言えな・・・い」
「・・・まぁ、いっか。初めてだもんね。いいよ、今回は許してあげる」
聖さまはそう言って私の瞼にキスをして、私の足の間にしゃがみこむと下着を脱がしはじめた。
自分でも分かるほど、そこは・・・。
「うわ・・・凄いね、祐巳ちゃん・・・」
「・・・っふ・・・ん・・・」
聖さまに見られてる。それだけで私・・・どうにかなってしまいそうなのに、これから始まるのは・・・そんなものじゃない。
私に・・・堪えられるだろうか?どこか壊れてしまいはしないだろうか?
おまけ第六話『言い表しがたい気持ち』
どうしよう・・・今、私は凄く気持ちいい。
何ていうのかな、完全にリードをとってるっていうか、祐巳ちゃんは完全に私しか見てない。
私の言葉、舌、指先、視線、全てに感じるように・・・こんな風に求められるのは、初めてだ。
祐巳ちゃんの下着を床に落としそっと濡れた秘部を指で撫で上げると、ピクンと身体が震える。
そんな祐巳ちゃんに私はゾクゾクしていた。
口元から漏れる声を必死に抑えようとして涙ぐみながら手で押さえて・・・。
それでも防ぎきれない声が部屋に響く。甘い・・・甘い、喘ぎ声が。
「ふぅ・・・っんぅ・・・」
秘部の先の小さな突起・・・そこは今、私に触れられる為にただじっと待っている。
私がまるで誘われるかのようにそれに触れた瞬間、祐巳ちゃんの体がビクンと大きく痙攣した。
「ひゃんっ?!」
一体何が起こったのか、自分でも分からないという感じの祐巳ちゃんが可愛くて、思わず笑ってしまった。
「ねぇ、ここが一番敏感なんだって知ってる?」
「そん・・・なの・・・知りませ・・・っんん!!」
祐巳ちゃんが言い終わらないうちに、紅い蕾を優しくつまみあげると、祐巳ちゃんの身体はさっきよりも大きく震えた。
「やっ・・・っあ・・・」
「大抵は、ここを触ってるとイっちゃうんだよね。でも・・・やっぱりもっと時間・・・かけたいよね?
だって、祐巳ちゃん足りないんだもんね?もっと・・・私に触ってほしいんでしょ?」
意地悪な私が、残酷な私が顔を出す。きっと、ずっとこうしたかったんだ。壊したくない・・・でも、壊したい。
矛盾した心が私を支配する。言葉で、指で、口で祐巳ちゃんを攻め立てようとする・・・。
そんな私の言葉に祐巳ちゃんの顔は真赤で、でも目はこれ以上のことを望んでいるようにも見えて。
「足・・・上げて」
「へ?!」
私はそう言って祐巳ちゃんの左足の太ももを持ち上げ椅子の上に上げさせた。
こうすると、さっきよりもずっとよく祐巳ちゃんの大切な場所がよく見える。それに・・・恥ずかしそうな祐巳ちゃんの顔も。
「あ・・・やだ・・・こんな格好・・・」
「どうして?凄く綺麗だよ?」
「・・・うそ・・・」
「ほんと」
驚くぐらいに綺麗な祐巳ちゃんの身体・・・華奢で折れてしまいそうで・・・小さいけれど形のいい胸も、
しなやかな肢体も・・・凄く綺麗で・・・私にはもったいないぐらいで。
こんないやらしい行為とは無縁そうな祐巳ちゃんが、これからどんな風に堕ちるのかを想像すると凄く官能的だ。
足を椅子に上げ、秘部が露になった祐巳ちゃん。そこはもう、すぐにでも私を受け入れる準備は出来ている。
私はそっと、祐巳ちゃんの足の間に顔を埋めた。あぁ・・・どれぐらい振りだろう・・・こんなにもドキドキするのは。
「やっ!せ、聖さま・・・そんなとこ・・・汚いですよ・・・」
「汚くなんてないよ。それに・・・私はずっとこうしたかった・・・」
祐巳ちゃんを好きになった日からずっと、これを望んできたんだ。祐巳ちゃんの一番大切な場所に口付けて、そして・・・。
私は祐巳ちゃんの一番敏感な場所に小さなキスを落とし、そして優しく舐め始めた。
「ふぁぁ・・・やぁ!っんっくぅ・・・」
何かを我慢するように歯を食いしばる祐巳ちゃんを、私は愛しいと思った。こんなにも感じてくれる祐巳ちゃんが。
祐巳ちゃんの中から溢れる蜜はやがて椅子に落ちて小さな水溜りを作る。
十分すぎるほど潤ったその場所を、私はゆっくり・・・でも確実に舐め上げた。
でも、祐巳ちゃんから溢れる蜜はそんな事では到底追いつきそうにもない。
本当は少しも零さず飲み干したいのに、どうやらそうはさせてはくれないらしい。
まぁ、それだけ感じてくれてるって事なんだけど。嬉しくもあるけど、少しだけ・・・ほんの少しだけ切ない。
身体を捩って抵抗する祐巳ちゃんに、私は何度も何度も胸が締め付けられるような感覚に陥った。
この感情を何て呼べばいいんだろう?快楽?堕落?違う・・・切ない?寂しい?・・・違う。
名前のつかない感情は私を締め付け解けなくて・・・。でも、凄く幸せで満たされてて・・・。
「ぅぁ・・・はぁ・・・んん!」
もっと・・・もっと声を聞かせて。もっと・・・もっと叫んで・・・私を・・・求めて。
濡れた秘部に舌を這わせていた私は、顔を挙げ右手の中指をそっと祐巳ちゃんの入り口にあてがった。
これから何をされるのか、祐巳ちゃんの目はそう、私に訴えている。
「痛かったら言って。ちゃんと止めるから」
「・・・は・・・はい・・・」
多分、大丈夫だと思うけど。これだけ濡れてたら。でも、傷つけたくはない。
だから少しでも痛がったらすぐにでも止める気ではいるけど・・・ゆっくりと・・・慎重に指を滑らせる・・・。
「っふぁっ!!」
ビクンと跳ねる祐巳ちゃんの身体が、私を受け入れた証拠だった。指は案外あっさり祐巳ちゃんの中に入る。
やがて、私の指の先に何かが触れた。膜のような、糸のような何かが。それはきっと祐巳ちゃんにも分かったのだろう。
手を伸ばし私のシャツをギュっと握り締め何かを言おうとしている。
「なぁに?」
「聖さま・・・っはぁ・・・わた・・・し・・・どう、なるの?」
泣き出しそうな瞳に私が映る。祐巳ちゃんの不安は、私の心を揺さぶる。
「どうもならないよ・・・ただ、少しだけ私達の距離が縮まるだけ」
私の言葉に、祐巳ちゃんは小さく笑った。正直、ここで祐巳ちゃんが笑うとは思ってなかった私は、何故か泣きそうになった。
そして、そんな私の言葉に祐巳ちゃんは安心したように言う。
「・・・うん・・・」
それは聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だったんだけど、私にはそれで十分だった。
「いいの?初めてが私でも・・・本当にいいの?」
「最初も・・・最後も聖さまが・・・いい」
「・・・そっか・・・」
満たされた気分って、こういうのを言うんだろうな。
不安とか恐怖とか、そんなもの全部どこかに行ってしまったみたいに祐巳ちゃんしか見えない。
「ちょっと痛いかもしれないけど・・・我慢してね」
「・・・はい・・・」
ギュっとシャツを掴む祐巳ちゃん。私はそれに答えるようにその手に左手を重ねた。
暖かくて、小さな手・・・でも、私が望んでいたモノ。絵に描いたような・・・幸せ・・・。
私は祐巳ちゃんの中に沈めた指先にほんの少し力を込めた。
「っくぅ・・・ふぁ・・・」
すると・・・プツン・・・と、何かが弾けるような感覚を指先に感じた。
その瞬間、私のシャツを掴んでいた祐巳ちゃんの手にも力がこもる。
「あぁっ!!」
喘ぎ声・・・というよりは、叫び声に近い祐巳ちゃんの声。
私はその声を目を閉じて聞いていた。とても、苦痛に歪む祐巳ちゃんの顔を見られなかった・・・。
「ぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・っん・・・」
「・・・ごめんね、痛かった?」
「・・少し・・・だけ・・・でも、これで距離が・・・近づく・・・んでしょう?」
ようやく見上げた祐巳ちゃんの頬を、涙が伝っている。
私のために我慢したのか、それとも祐巳ちゃんもまた私と同じように距離を近づけたいと思っていたのか。
どちらにしても、私の胸は一杯だった。柄にもなく。それほどに私は祐巳ちゃんが・・・。
「それじゃあ、そろそろ解放してあげる。身体・・・まだ熱いでしょう?」
私の言葉に祐巳ちゃんは涙目で恥ずかしそうに頷いた。
私だって、多分相当濡れてる。だって、こんな祐巳ちゃんを見てしまったら・・・。
「それじゃあ・・・動かすからね。覚悟はいい?」
「ぅ・・・は、はい・・・」
私は祐巳ちゃんの中に沈めた指をゆっくりと動かし始めた。
水音が部屋の中に響くけれど、でもその音は祐巳ちゃんの声に掻き消される。
「あっ、あっ、んん!!」
「・・・っく・・・」
流石に初めてなだけあって・・・キツイなぁ・・・これじゃあ指が動かないじゃない・・・。ていうか、むしろ折れそう。
でも・・・これぐらいの方が心地よい。何だか、凄く実感がある。
私の指に合わせて祐巳ちゃんは声を漏らし、そして腰を浮かせる。そんな事が嬉しくて苦しくて。どうにかなりそう。
「ぅあ・・・んっ・・・はぁ、はぁ、あっ・・・んっく」
息も絶え絶えに私にしがみつく祐巳ちゃんの中は、凄く熱くて・・・やたらにまとわりつく。
それに椅子に出来た水溜りはもう、椅子を伝って零れ落ちていて・・・。
徐々に動きを早める私の目に映る祐巳ちゃんは凄く綺麗で可愛くて・・・それに艶かしい。
身体の動きとか私を掴む手を小さな手とか、その必死さが窺えて、
迫り来る未知の快楽に身を委ねようかどうしようか迷っているようなそんな姿が凄く愛しい。
私はだから、ラストスパートをかけることにした。
だって、これ以上祐巳ちゃんを焦らすのは可哀想だし、私だってもう我慢出来ない。
「ふぁ・・・あっ・・・はぁ・・はぁ・・・ふっ・・・っんぅ・・・っくぅ・・・」
祐巳ちゃんの足の間にもう一度顔を埋めた私は、もう真赤になっている一番敏感な場所に舌を這わせた。
「やぁっ・・・だ、ダメ・・・せ・・・さまぁ・・・わた・・・し・・・おかしくなっちゃいそ・・・んんん!!」
「いいよ、おかしくなってよ。私にだけは、ちゃんと見せて」
指を動かす度にする水音、祐巳ちゃんの甘い声、息遣い、椅子が軋む音・・・全てが私を狂わせる。
舌先で転がすように真赤な蕾を舐めていた私は、それを吸い上げ軽く噛んでは、また舐めては吸い上げて・・・。
「やぁぁ!熱い・・・熱いよぉ・・・せ・・・さまぁぁ・・・」
祐巳ちゃんの言葉を聞いて、中に入れた指をさっきよりもずっと激しく動かすと祐巳ちゃんは身体を大きく仰け反らせた。
まるで何かに耐えるようにギュっと目を閉じて、その時を待っている。
淡いピンク色の蜜が私の指を絡め、締まって私を逃がさない。
やがて祐巳ちゃんの中のある一部に触れた時、祐巳ちゃんの身体が震えた。
「ここが気持ちいいの?」
「あっ・・・ふぁ・・・っく・・・んん」
最早言葉すら忘れてしまったような祐巳ちゃん。私はそこを突くように激しく指を動かした。
ザラザラとした感触が指先に残り、蕾は真赤に色づいて・・・私はそれに口付ける。
そして私が次に中に指を差し入れた瞬間・・・祐巳ちゃんの息を飲む声が聞こえた・・・。
「ふぁっ・・・あっ・・・んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
言葉にならない祐巳ちゃんの悲痛とも言える叫び声が部屋に響き・・・やがて、グッタリと身体ごとこちらに倒れこんでくる。
「はぁ・・・はぁ・・・っぁ・・・はぁ・・・」
肩で息をして、私の肩に頭を乗せる祐巳ちゃん・・・あぁ・・・ほら、何て愛しいんだろう・・・。こんな感情を、私は知らない。
「・・・大丈夫?」
そう聞いた私の言葉に、祐巳ちゃんの返事は無い。・・・あれ?祐巳ちゃん・・・?
私がそっと祐巳ちゃんの中から指を抜くと、祐巳ちゃんの身体はピクンと反応する・・・けれど、返事がない。
確かに息はしてるんだけど、全く返事がない・・・もしかしてこれは・・・。
「気絶・・・しちゃった・・・とか?」
嘘でしょ・・・いくら私が今まで散々遊んできたからと言って気絶させられる程上手い訳じゃないんだけど・・・。
いやいやいや、そんな事よりも!ど、どうしよう・・・とりあえず何とかしなきゃ祐巳ちゃん風邪ひいちゃう。
そっと体をずらし祐巳ちゃんを抱き上げると、いつも私が愛用している廃棄になっていた長椅子の上に横たえた。
実を言うと蓉子に黙ってこの椅子持ってきちゃったんだけど・・・良かった、役に立って。
床に散らばった祐巳ちゃんの服を拾い集めて一枚づつ着せてゆく・・・でも、こんな事誰かにするのは初めてで妙に緊張する。
だって、何せ脱がすの専門だったもんだから・・・。
でも服を着せてる途中、ふと私は思った。どうして今、私笑ってるんだろう?って。
何が可笑しい訳でもないのに、何故か笑いが込み上げてくる。
小さな寝息を立てる祐巳ちゃんの服を着せながら笑う私って・・・多分相当不気味だよね。
でもね、何かが凄く幸せだったんだ。なんていうんだろう?満たされたっていうのかな。
確かにエッチしてる間はそんな風に感じるのも分かるんだけど、どうして終わった後もこんな気持ちになるんだろう。
これが俗に言う、精神的にイクって言うやつなのかな・・・。だとしたら、これってかなり気分がいい。
気持ち良さそうに眠ってる祐巳ちゃんを見て、それがなんだか凄く嬉しくてどうしようもない。
照れ笑いにも似たような笑みがふつふつと沸き起こってくる感じを、私はくすぐったく思った。
「こんな気持ち初めてだよ、祐巳ちゃん」
つっても相変わらず返事は無いんだけど。まぁ、それでもいいや。伝わってても伝わってなくても、そんな事どうでもいいや。
だって、ほら。この言い表しようのない感情のおかげで、さっきよりもずっとずっと、祐巳ちゃんとの未来が見えた気がしたから。
おまけ第七話『くすぐったくて、嬉しくて』
目を覚ますと一番に目に飛び込んできたのは、聖さまの顔だった。
「おはよう」
「お、おは、おは、おは・・・」
ど、ど、ど、どうしよう・・・何だか凄く気まずい!!どうして私ここで寝てたんだっけ?
ていうか、どうしてこんな所に長椅子があるのか。さては聖さま・・・お昼寝用にどっかから持ってきたんだな!?
そんな私の考えを知ってか知らずか、挙動不審な私を見て肩を震わせて笑っている。
「何どもってんの?普通にしててよ。でないとこっちまで恥ずかしくなるじゃない」
「だ、だって・・・そ、その・・・」
あぁ、そうだ。思い出した。はっきりと・・・さっきまで私達・・・この部屋で・・・ダメっ!言えないっ!!!
思わずさっきまでの光景を思い出して顔を覆ってしまった。そんな私を笑う聖さま・・・でもなんだろう?この違和感。
毎日見てたはずの聖さまの顔が・・・何だかいつもよりも凄く格好良く見える・・・。
「祐巳ちゃん・・・口、開いてるよ」
「ふぁ?!」
い、いかんいかん!ついつい見惚れちゃって・・・でも何なんだろう、この気持ち。胸の辺りがキュンってする。
どうして?どうして毎日見てるのにこんなに・・・こんなに聖さまが格好良く見えるの??
じっとりと聖さまを見つめていた私を不気味に思ったのか、聖さまは怪訝な顔をしている。
「何よ、人の顔じろじろ見て・・・気持ち悪いなぁ・・・」
う・・・そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない・・・でも、聖さまの言う事は最もだ。確かに自分でも気味が悪い。
「や・・・なんかその・・・聖さまがまるで別人みたいというか、いつもより格好良いっていうか・・・だからその・・・どうしてかなー?
って思いまして・・・すみません・・・」
「何だ、そんな事。そんなの私も同じだよ。いつもより祐巳ちゃんが可愛く見えるよ?
それって何かおかしいの?エッチすればそんなもんでしょ」
「そ、そうなんですか?」
ていうか・・・そんなあっさりエッチとか・・・言わないでよ。でないとまた思い出してほら!!
「大丈夫?顔、真赤だよ?」
「だ、大丈夫です・・・よ」
いや、本当は大丈夫なんかじゃ全然ないよ。お願いだからそんなにも私を見ないでーーーー!!!
「でもさー、祐巳ちゃんは意外に感度いいよね。私ビックリしちゃった」
かっ!?感度っっ!!??ていうか、そんな事さらっと言わないでってば!!!
目を白黒させて顔を真赤にしている私を見て、聖さまはケラケラ笑っている・・・。
「いいじゃない、別に。おかげで私も随分ドキドキさせてもらったし」
「はあ・・・」
「あ、信じてないな?本当なのに」
そう言って頬を膨らます聖さま。案外子供っぽいんだよね、この人。
でも、どうしてだろう?こんな何でもない会話してるだけなのに、こんなにも楽しいなんて。
お腹の奥の方にまだ違和感とか感じるんだけど、そんな事よりもずっとずっと幸せな気分で・・・。
だからかな、知らず知らずのうちに笑っちゃってるのは。でもほら、聖さまも笑ってるもの。あんなにも楽しそうに。
「ねぇ、聖さま?」
「うん?」
「えへへ・・・大好き!」
突然の私の告白に、聖さまは耳まで真赤にしてフイとそっぽを向いてしまった。そして小さな声で呟く。
「・・・あ、あたしも・・・」
だって。
本当に不意打ちに弱いんだから。でも・・・そんな聖さまだから好きなんだ、きっと。
聖さまじゃなきゃこんなにもキュンとはしない。体も心も反応しない。
なんていうのかな、聖さまと居ると、こう・・・くすぐったいっていうのかな。
歯がむず痒くなるっていうか・・・胸の奥をかきむしりたくなるっていうか・・・とにかく!何だかそんな気分になる。
聖さまって結構ズケズケ何でも言ってくるんだけど、でも本当に私が嫌がるような事は絶対に言わないし、しない。
そういう大事な距離っていうのをちゃんと分かってくれてるんだと思う。でもね、それって案外重要だと思うんだ。
たまたま聖さまと私の波長がピッタリ合ったのか、それとも聖さまが私に合わせてくれてるのかは分からないけど、
例えば、私の好みを把握しててくれたり、どんなにも嫌いなおかずをお弁当に入れたって嫌々でも食べてくたり、
私が寝付くまでずっと起きていてくれたり、おはようって言う前にキスしてくれたり、そんな些細な事なんだけど、
でも、そんな些細な事が沢山あればやっぱり好きだなぁって思う。そしてその度にくすぐったいような気分になる。
照れてそっぽを向いていた聖さまがクルリとこちらに向き直って言った。
「祐巳ちゃんはさー、突然なんだよ、いっつも。だから私は毎日毎日ドキドキさせられっぱなしなんだ」
そう言って微笑む聖さまの顔は、まだ少し赤い。でもね、聖さま。それは私だって同じなんですよ?
毎日毎日聖さまにドキドキさせられて、そのうち心臓が破裂しちゃうんじゃないかっていっつもヒヤヒヤしてるんだから!
「ほんっとうに、私の予測の範疇から大きく外れてくれるよね、君は」
聖さまはベッドに腰掛けてキョトンとする私の鼻を人差し指で軽く弾いた。
つうか、その台詞そのまんまあなたにお返ししますよ。
「何するんですかー」
思ったよりも力のこもった鼻ピンに私は鼻を押さえて聖さまを睨んだ。もちろん本気じゃないよ?そんな私に聖さまは笑う。
「ごめんごめん、控えめな鼻だなぁ、と思って、つい」
「し、失礼なっ!そりゃ聖さまみたいに鼻高くないですけどっ!!」
「あはは、いいじゃない。控えめで可愛くって!」
「うー・・・」
何だかバカにされてる気がする・・・いや、気じゃなくてバカにされてるのか。でもほら、こんな会話もくすぐったい。
そっと手を広げて私を待つ聖さま・・・こんな風にされると、私はどんな事をされたってすぐに許してしまう。
聖さまの胸に飛び込んでギュってしてもらうだけで、全てどうでも良くなって・・・そっと目を瞑ると聖さまの匂いがする。
「多分祐巳ちゃんの鼻が低いのは、私とキスしやすいように神様がしてくれたんだよ」
「何ですか、それ・・・別に聖さまとキスするからとは限らないじゃないですか」
「いいや、そうに決まってる。でなきゃこんなに低く設定する必要ないもん」
「・・・・・・・・・・・・・・」
設定って・・・ただの遺伝子の問題なんじゃ・・・ていうか、ゲームか何かじゃないんだからさ。
「だから祐巳ちゃんはこれから一生、私以外の人とキスするの禁止」
本当に自分勝手。自分は今まで散々色んな人とキスしてきたくせに。多分、聖さまにはそれが分かったんじゃないのかな。
苦笑いしてこう付け加えた。
「私はー・・・ほら、これから絶対祐巳ちゃん以外とはしないし!」
「・・・本当ですかー?」
「もちろん」
「例えば前みたいに王様ゲームやった時みたいに誰かとキスしなくちゃならなくても?」
あれって本当にショックだったんだからね!もう、もう!!言葉には言い表せないほどショックだったんだからっっ!!
「しないしない」
「約束・・・できます?」
「出来ます。信用ないなー、私は」
信用しろったって、そりゃなかなか難しいよ、聖さま。蓉子さまじゃないけど、本当にどうしようもない人なんだもん。
でも、聖さまは珍しく真剣だった。
言っちゃあ何だけど、学校中の皆が私達のこと知ってるし、浮気のしようもないのは分かってる。
でもね、そういう問題じゃないと思うの。
例えば誰も知らなかったとしても、やっぱり聖さまが誰かに言い寄られたりするの・・・嫌だもん。
ただの口約束でしかなくても、それで安心できるならした方がいいに決まってる。
「まぁ、でも・・・私のファーストキスはSRGですけどね」
ふざけてそう言った私を聖さまは軽く睨む。あ・・・ヤバイかな?ちょっとだけ怒らせちゃった??
「あれは・・・ノーカウントだって言ってなかった?」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。気持ちの無いキスなんてキスとは認めないって言ってたじゃない」
・・そういえばそんな事言ったような気もする。でも、あれは聖さまにキスされたのが悔しくて言ったんだよね、確か。
何だ、聖さまちゃんと覚えててくれてたんだ・・・。クスリと笑う私に、聖さまは更に表情を歪める。
「何よ、もしかしてあれ嘘だったの!?」
「いや、そういう訳じゃないですけど・・・」
「じゃあどういう訳よ?」
いや・・・別に深い意味はないんだけど・・・でも、聖さまのご機嫌はどんどん悪くなってくる。ヤバイヤバイ・・・どうすればいい?
「いや、だから・・・あの時は聖さまの事既に好きだったんですってば!
だから何とも思ってもないのにキスされたって嬉しい訳ないじゃないですか」
あぁ・・・なんだろう・・・何だか凄くすっきりした。もしかしてずっと心のどこかに引っかかってたのかな?
私の台詞に聖さまはほんの少しだけ表情を緩めた。そして小さく笑う。
「なんだ・・・じゃあ本気で言ったんじゃなかったの?」
「ええ、まぁ・・・そうなりますね」
「私はてっきり・・・なんだ、本気じゃなかったんだ・・・なんだ」
「?」
よく分からないけど、聖さまはずっとあの言葉を気にしていたようで、今凄くホッとした顔をしている。
一体何が引っかかってたんだろう?聖さまも少しはあの時の事、後悔してたりするのかな?
私の不思議そうな顔を見て聖さまは苦笑いしながら付け加えた。
「いやさ、だってあんな風に言われたもんだから私、てっきり祐巳ちゃんに嫌われてるんだと思ってさ。
あんな風に拒絶されるのが怖くって寂しくて・・・でも、もういいや」
そう言って聖さまは私を抱く腕に力を込めた。そしてポツリと言う。
「今思えばあの時本当は既に祐巳ちゃんの事好きだったのかもね、私は」
「っ?!」
なっ、そ、そんな事今言わないでよっ!!・・・ていうか、聖さまっていつから私の事好きだったんだろう?
もし機会があればいつか聞いてみよっと。照れたように笑う聖さまの顔・・・いつもよりもずっと穏やかで・・・。
「まぁ、いつから好きだったのかなんて、本当のところ誰にも分からないよね、きっと」
「そう・・・ですね」
「でもさ、それでもいいじゃん。だって、今が幸せならさ」
だって。本当に、聖さまはいつまでも聖さまだ。そして出来るなら、ずっとこのままで居て欲しい。
だって、聖さまと居ると・・・本当に居心地がいいんだもん。
おまけ第八話『ある一日の風景』
どうして秋には秋休みってのが無いのかなー。二学期は長すぎると思うんだよね、いっつもいっつもさ。
でも、こんな事言ってたらまた蓉子に怒られるんだろうなー。
きっと眉吊り上げて、聖!あんたはまたそんな事ばっかり言って!たまには真剣に授業に取り組みなさいよっ!!
とか、何とかさ。全く、蓉子は私の母親かって話だよ。母親と言えば・・・最近会ってないなぁ・・・元気かな。
ま、便りが無いのが元気な証拠って言うし、音沙汰もないからきっと無事だろう。
「はぁ〜あ・・・どっか行きたいなぁ・・・」
窓の外を飛行機雲が一直線に伸びている。今日は秋晴れだ・・・風は冷たいけど、日差しは暖かい。
ところが、窓枠に頬杖をついて外を眺めていた私の視界を遮ったのは、クラス1の秀才だった。
「先生・・・あの、ここちょっと分からないんですけど・・・」
「どれ?」
「えっと・・・ここです」
そう言って少女のノートにペンを走らせる私。そう、明日からテストなのだ。だから今日は自習って事にしてある。
そしたら私何もしなくていいし、名案だと思ったんだよね!
テスト前だから何の科目をやってもいいよ、って言ったら皆本当に英語以外を始めてしまったんだけど。
少女が持ってきたのは数学だった。私の担当は英語だというのに、本当にいい度胸だと思う。
この子もそれを分かっていてこんなにも申し訳なさそうな顔してるんだろう。まぁ、でもこれも自業自得というものだ。
「これは・・・ここを代入して、こっちを先に解けばいいよ」
「え・・・でも・・・鳥居先生はこうやって解けって仰ってましたけど・・・」
少女はそう言ってノートに解き方を書いて教えてくれた。なるほど、江利子らしい。
どうしてこんなにも難解な解き方を教えるのか。
というよりも、そもそも江利子の頭の中は一体どんな風になっているのかが未だに理解できない。
かち割って中身を覗いてみたいと何度思っただろう・・・いや、マジで。
私が少女の顔をマジマジと見つめると、少女はサッと視線を伏せてしまった。
可哀想に・・・この子達はいつも江利子に教わってるんだもんなぁ・・・。あの江利子に。
私なら絶対に嫌だわ、あの人に教わるの。
「もしかしてこの類の問題、他にも分からない子いる?」
「えっと・・・多分・・・」
「そう、分かった。とりあえず席戻って」
「・・・はい・・・」
少女が大人しく席に戻ったのを確認してから、ようやく私は重い腰をあげた。
全く、どうして英語教師がわざわざ数学を教えなくてはならないのか。
「はい、皆―。勉強中の所ちょっと悪いけど、こっち向いて」
教壇の上に立って皆を見下ろしていると、自分は本当に教師なんだなぁ、なんて変な気分になる。
いつまでたっても慣れないっていうのかな、なんだか変な感じ。
生徒達の視線を一身に浴びながら、私は黒板に一つだけ数式を書いた。
「この問題でつまづいてる人、どれぐらいいる?」
そう言って教室を見回すと、何と約半数以上が手を挙げた。オイオイ・・・江利子、あんまりだろう、これは。
「なるほどね、それじゃあこの問題、今から説明するから分からない人はメモするなり何なりして。
それ以外は・・・まぁ、適当に勉強してて」
いっつもこんな風になげやりな授業。それでも生徒達は何も言わない。それとも、言えないのか。
私が数式の解説をしてる間、皆は真剣にメモをとっていた。やがてそれが終わるとあちらこちらから感嘆の声が聞こえてくる。
そうか・・・そんなにも分からなかったんだな、この問題・・・。本当に・・・何て可哀想な子達なんだろう・・・。
でも、それだけでは終わらなかった。
今度は国語の問題集を持ってやってきた子の為に国語の授業を始めなければならなかったし、それが終われば次は科学。
そして社会・・・全く!ここの教師陣は一体何やってるんだ!!いや人の事は言えないけどさ。
やがて授業が終わり、職員室に戻った私はとりあえず江利子に言った。
「江利子、どうして皆にあんなにもややこしい解き方教えるのよ!?」
「えー・・・だって、その方が面白いじゃない。それに私あの解き方しか知らないしー」
だって。・・・本当に、ありえない。ちょっとは生徒の身にもなってやれっつうの。
おかげでこっちは英語の授業中に数学をやらされる羽目になったんだから!!
その時だった。突然背後から聞きなれた声がしたのだ。
「聖さま!見てましたよ、聖さまの授業」
あぁ、祐巳ちゃん・・・私のオアシス・・・いや、違うっ!今何て言った?授業を・・・見たって、そう言った?
「どうして聖さまは英語の先生なのに数学教えてたんですか?」
「いや・・・そ、それは・・・」
つうか、どっから見てたのよ!?あれほど見るなって言っといたのに!!ていうか、どうしてよりによって今日見るのよ〜?
「それに聖さま・・・その後国語とかやってませんでした?あと、科学も・・・」
「う・・・ま、まぁね・・・ちょっと今日は自習でね・・・」
「あぁ、なるほど!それで教えてたんですね!」
「そ、そうなのっ!ほら、明日からテストだからさ!」
祐巳ちゃんナイス勘違い!!大体いつも私の授業はあんな感じなんだよね、本当は・・・でも、それは言わないでおこう。
だってほら、祐巳ちゃん何だか感心してるみたいだし。
「それにしても聖さま・・・私少し見直しちゃいましたよ!」
「・・・何が?」
見直されるような事・・・何もしてない・・・よね?私・・・。でも、どうしてだろう、祐巳ちゃんの私を見る目が熱い。
「だって、聖さまってば他の教科の授業をあんなにも分かりやすく出来るなんて!凄いですね!実は頭いいんですね!!」
・・実はって・・・そりゃあんまりじゃない?ていうか、今まで私の事どんな風に見てたのよ。
「そ、そう?ありがとう・・・」
「思わず私も聖さまの授業受けたくなっちゃいましたよ、だから今度見に行ってもいいですか?」
「だ、駄目だってば!来なくていいから!!」
「えー」
ていうか、拗ねた顔も可愛いなぁ・・・祐巳ちゃん・・・。はっ!そうじゃなかった。いや、もう、ほんと来ないで。
絶対に変に緊張するから、それでなくてもいっつもダラダラ授業してるのにさ。そんな所見られでもしたら!
でも・・・本当は少しだけ嬉しかった。祐巳ちゃんがそんな風に言ってくれるのが。いや、授業を見に来たいってのじゃなくて、
他の教科も教えられるんだ!って喜んでくれる祐巳ちゃんが、そんな事でいちいち見直してくれる祐巳ちゃんが。
凄く可愛く思えた。だから私は思いっきり祐巳ちゃんを抱きしめたんだけど・・・。
「せ〜い〜・・・ここ、どこだか分かってる?」
「ひっ?!」
背後におどろおどろしい気配を感じて、私は慌てて祐巳ちゃんから体を離した。だって、それぐらい怖かったんだ。
「よ、蓉子・・・」
「あんたは・・・いっつもいっつも!!ちょっとはわきまえなさいって言ってるでしょーーーっっ!!!」
あぁ、ほら。やっぱりね、蓉子はこうやってすぐ怒るんだよね。全くもう、どこにそんなエネルギーがあるんだか。
ほんと、そのエネルギーを、もうちょっと他の所に回せばいいのに・・・。
「あーあー・・・またやってるんですか?」
「あ、乃梨子ちゃん。ごきげんよう」
「ごきげんよう、祐巳さま。ほんと、毎度毎度よく飽きませんね」
いや、私は別に好きで毎回追いかけられてる訳じゃないんだけどね。ていうか、見てないで助けてくれないかな、誰か。
「ほんとだよねぇ」
・・あ、祐巳ちゃんまで酷い・・・。何よ、もう。皆してさ。ほんと、毎日毎日蓉子に怒られて、それを皆笑って見てて。
でも、これが私の毎日なんだ。きっと。何も変わらない、私の日常。
「蓉子さま、それぐらいにしてあげてもらえませんか?」
・・いや、ちょっと違うみたい。今日は珍しく祐巳ちゃんが助け舟に入ってくれた。ありがとう、祐巳ちゃん!
「でもねぇ・・・全く。今日は祐巳ちゃんに免じてここら辺で止めておいてあげるわ」
「そりゃどうも」
そう言って蓉子は理事長室に帰っていった。
私はと言えば、相変わらず祐巳ちゃんと一緒に保健室でお茶するべく一緒に保健室へと向かう。
「どうしてさっき助けてくれたの?」
淹れたての熱いお茶を一口すすった私は、祐巳ちゃんに聞いた。だって、あんな事今までに無かったんだもの。
すると、祐巳ちゃんは少し照れたように笑って言った。
「だって、本当に聖さま凄い!って思ったんですよ。だから今日だけは助けてあげようと思って」
「なるほど」
そう言ってにっこり笑う祐巳ちゃん。で、改めて思った。祐巳ちゃんて、凄い。だって、こんなにも簡単に私の心を奪うんだもん。
いや、私だけじゃない。生徒の心も、蓉子や祥子や、他の皆の心も。どうしてこんなにも愛しくて暖かいんだろう、この子は。
私の何気ない一日の中に祐巳ちゃんは沢山居て、そのどれもが私の心をこんな風にさらってゆく。
まるで心を完全に祐巳ちゃんにあげちゃったみたいに私は今祐巳ちゃんで満たされていて、そしてそれが心地よい。
「不思議だなぁ」
前はあんなにも独りだと思っていたのに。
「何がです?」
「ん?いや〜祐巳ちゃんは凄いな、と思って」
「はぁ?」
「いやね、祐巳ちゃんは私にとってはなくてはならない存在だって事。多少ドジでも、泣き虫でも、ずっと傍に居てね」
「・・・一言余計ですよ・・・」
照れたように怒る祐巳ちゃん。これが私の日常。他の誰でもない、私と祐巳ちゃんの・・・ささやかな日常。
おまけ第九話『明るい将来設計』
とか言うと、どっかの保険の売り文句みたいだけど。切り出しはこうだった。
「そういえば・・・聖さまそろそろお誕生日ですよね?」
ほんのささいな祐巳ちゃんの一言がきっかけだった。
私はその言葉にようやく自分の誕生日が近づいている事を思い出したんだ。
誕生日、それは栞にキスを思いっきり拒まれた日でもある。思えば、あの日から私達はすれ違いだしたんだろう。
まぁ、今となってはそれもこれも全部過去の話なんだけど。
最近では割といい思い出に変わりつつあるし、何しろ今年は祐巳ちゃんが居る。ということはだ。
初めての二人きりの誕生日って訳だ。しかもクリスマス!これは全世界のカップルにとっての一大イベントな訳で。
こりゃ張り切らない訳にはいかないって事で、一週間後に迫ったクリスマスの準備を祐巳ちゃんと二人で始めたんだけど・・・。
今年になって、生まれて初めてクリスマスに生まれて良かったと思えた。
何しろ全世界の人達が私の(正確には違うけど)誕生日を祝ってくれてるんだもん。
という事は、少なからず祐巳ちゃんだって今まで知らず知らずのうちに私の誕生日を祝ってたって事。
・・なんて・・・あまりにもポジティブすぎるけど、でもそう思うと何だか嬉しいじゃない。
そんな訳で、今日はツリーを買出しに来た私達なんだけど・・・近所の大きめのスーパーのおもちゃ売り場で、
小さなクリスマスツリーを真剣な顔で見ていた祐巳ちゃんが突然クルリとこちらを振り返り言った。
「ところで聖さま。プレゼントはちゃんと決めましたか?良ければ私がサンタさんに伝言しておいてあげますよ」
「へ?サンタさんって・・・祐巳ちゃんでしょ?」
「何言ってるんですか。私からあげるのは、誕生日プレゼント!
クリスマスのプレゼントはちゃんとサンタさんにお手紙書かなきゃ」
「・・・はあ・・・」
つうか・・・サンタさんって・・・本気?この歳になってサンタさんに手紙を書けってそういうの?
まぁ・・・いっか。そういうクリスマスを祐巳ちゃんがやりたいんなら、別に構わない。むしろちょっと可愛いとさえ思ってしまう。
「じゃあ祐巳ちゃんは手紙ちゃんと書いたの?」
「や・・・それは・・・まだですけど・・・」
「だったら、さっさと書いてね。あんまりトロトロしてるとサンタさん来ないかもよ?」
「わ、私にもサンタさん来るんですか!?」
「いい子にしてれば、あるいは・・・ね」
私の言葉に祐巳ちゃんの目は大きく見開いたかと思うと、やがてにっこりと微笑んで腕を絡めてくる。
どうやら自分にはプレゼントはないと思っていたらしい。
でもさ、せっかくのクリスマスじゃない。私の誕生日だってそりゃ祝って欲しいけど、でも、やっぱりクリスマスもやりたい。
世界をあげてのお祭りに参加しないなんて、そんなのバカげてると思うしさ。
私はもう子供じゃない。だから昔の私のように、誕生日がクリスマスだからと言って悲観する事もなければ、
栞との事ももう思い出さない。だから今年からは大手振ってクリスマスを楽しむんだ!そう、祐巳ちゃんと二人で!!
「聖さま、やっぱりツリーはこっちにしますか?それとも・・・あっち?」
「そうね〜・・・まぁ、どっちも似たようなもんだと思うんだけど。しいて言うなら、あっちかな?」
私は祐巳ちゃんの指差した二つとは違う別のツリーを指差した。すると、祐巳ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をする。
「どっちって聞いてるのに、どうしてわざわざ違うやつ指差すんですか!!」
「えー・・・だって、私はあっちのがいいんだもん」
そう言って好みのツリーの元に向う私を、祐巳ちゃんは必死になって止めようとする。
「だ、駄目ですよっ!それは駄目!!」
「どうして〜?」
「ど、どうしてって・・・ちょっと考えれば分かるでしょう!?・・・もう、頭いいはずなのになぁ・・・聖さまは」
・・・ちょっと、それは酷くない?純粋にこれがいいって思っただけなのに・・・そりゃちょっと無理あるかもだけど。
心の中でそんな事を考えながらツリーを見上げる私に、祐巳ちゃんは苦笑いしている。
そう、私の指したツリーは私の身長を軽く越していたんだ。でもさ、どうせなら大きい方が飾りつけとか楽しそうじゃない。
「どうしても駄目?」
「どうしても駄目です!そんな可愛い顔したって、駄目なものは駄目!大体あんなの部屋に置いたら私達家に入れませんよ」
チッ・・・駄目か。まぁ、初めから分かってたケド。いいよ、いつか絶対に買ってやる。祐巳ちゃんには内緒で絶対に!!
その為にはまず家買わなきゃか・・・あー・・・お金貯めなきゃなぁ・・・。
そう言えば祐巳ちゃん前に言ってたっけ。
・・銭湯ぐらいのお風呂がある家に住みたいとか何とか・・・う〜ん・・・なかなか難しいな。
まぁでも・・・相当頑張ればいける・・・かなぁ?だって、大体私の年収が、あれぐらいでしょ?
で、家を買うとして・・・大体・・・はっ!!イカンイカン!ついついこんな所で人生設計始めるとこだった。
いつになくツリーを見上げながらボンヤリしていた私を不思議に思ったのか、それとも不憫に思ったのか、
祐巳ちゃんは申し訳なさそうな顔をして私を覗き込んだ。
「聖さま・・・今は無理ですが、いつかあれ・・・買いましょう!そして二人で飾りつけしましょうよ!ね?
だから今回はこれで我慢しましょ?」
「あ、うん。そうだね、そうしよう・・・いつか買おう・・・」
良かった、バレてない、バレてない。デート中に余計な事考えるのはやっぱり反則。
まぁ、私の場合は明るい将来設計だった訳だけど。ていうかさ、やっぱり祐巳ちゃんも同じこと考えてたんだ。
いつかこんなクリスマスツリーを買おうって、そう思ってくれてたんだ・・・何だか凄く嬉しい!
私の未来設計に祐巳ちゃんを組み込んでもいい、って、そういう事だよね?そう・・・思っていいんだよね?
とりあえず私達は沢山あったクリスマスツリーの中から、真っ白のオルゴールのついた小さなツリーを買った。
「白いツリーって綺麗ですね!」
そう言った祐巳ちゃんの笑顔があまりにも嬉しそうで、それに決めた。家について部屋に飾るのは、祐巳ちゃんの仕事。
そして、嬉しそうな祐巳ちゃんを見るのが・・・私の仕事。
どこに飾りましょうか?なんて言いながらはしゃぐ祐巳ちゃんが愛しくてしょうがなくて、
私はその夜、祐巳ちゃんには内緒でサンタさんに手紙を書いた。
もし、これを明日祐巳ちゃんが見たらどうするのだろう?真赤になって顔を隠すだろうか?それとも、涙ぐむんだろうか?
もしかすると、怒るかもしれないな。内容があまりにも・・・突飛だから・・・。
そんなのは私のエゴでしかない。でもさ、でもね、欲しいと思うのは自由じゃない。だから私は素直に書いたんだもん。
私達なら、きっと上手くやっていけると・・・そう、思ったから・・・明るい未来設計は、今、始まったばっかりなんだ。
おまけ第十話『手紙の行方』
聖さまには内緒でお誕生会をしようって話になった時、正直私は嫌だった。
だって、初めてのクリスマス・・・それに、初めての聖さまの誕生日なのに、どうして皆二人きりにしてくれないんだろう?
なんて、自分勝手な事を考えてしまった。でも、それを一番に察してくれたのが蓉子さまで、蓉子さまは言った。
「そうね、流石にクリスマス当日とイブは皆予定もあるでしょうし、23日にしましょうか。それなら皆大丈夫でしょ?」
「「「「さんせ〜〜〜〜い」」」」
・・良かった・・・これで二人きりでお祝いが出来る!!なんて素直に喜んでしまった私は・・・性格悪い・・・。
でもさ、だって、初めての誕生日だもん!初めてのクリスマスだもん!!そりゃ二人きりになりたいよ!!!
その事を後で由乃さんと志摩子さんに言うと、二人とも笑っていた。
「そりゃそうよ、祐巳さん。誰だってそう思うって。現に蓉子さまも何か用事があったんじゃないの?24日と25日は」
「えっ!?そ、そうなの?!」
「あったりまえじゃない!だって、クリスマスだよ?
誰だって大切な人と一緒に過ごしたいに決まってるじゃない。ねぇ、志摩子さん?」
「そうね・・・それと花祭りは外せないわよね・・・」
「「・・・・・・・いやぁ・・・・・・・・」」
それはちょっとマイナーだなぁ・・・ていうか、多分乃梨子ちゃんが喜ぶんだろうな・・・きっと。
ところで、だ。問題は誕生日会よりも、実を言うとその準備段階にあった。誕生日会のお話の後、蓉子さまが私に言ったのだ。
『ところで祐巳ちゃん。悪いんだけど、聖に手紙を書かせてくれないかしら?サンタさんあての』
『は?』
『だから!手紙を書かせて欲しいのよ、聖に』
『えっと・・・どうしてです?』
私には蓉子さまの言ってる意味がよく分からなかった。でも、蓉子さまは丁寧に一から訳を教えてくれた。
何でも聖さまは、小さい頃からクリスマスというものをまともにやった事がないと言うのだ。
運悪くクリスマスに生まれたばっかりに、今までのクリスマスはサンタさんの存在というものを、
ずっと否定され続けてきたらしい。全く可哀想な話だ。だって、ちっちゃい頃の夢っていったら、サンタさんでしょう!
・・で、蓉子さま曰く、今年こそはサンタさんを信じさせてあげたいというのだ。
実を言うと前にも何度か試みようと思ったのだけれど、誰も聖さまを騙しとおす事が出来なかったらしい。
そこで、私に白羽の矢が立ったという訳だ!・・・って、ちょっと待ってよ!!そんな大役私が務められる訳ないじゃない!!
つうか、あの聖さまが、あの聖さまが!素直にサンタさんあてに手紙を書くと思う!?無理だよ、絶対無理!!
それを蓉子さまに率直に伝えると、蓉子さまは顔の前で両手を合わせて頭を下げて言った。
『お願い、祐巳ちゃんっ!!一度でいいから聖に心の底からクリスマスの楽しみを味わってほしいのよ!
去年はいろいろあったから・・・でも今年は祐巳ちゃんが居るから、きっと聖もやってくるわ!
私はそう、確信してるのよ!!だからお願いよっ!!!』
『はあ・・・』
そんな風に言われて、私が断れるはずもなく・・・。
『わかりました・・・やってみます・・・』
だなんて引き受けちゃったんだけど・・・どうやって聖さまにそれとなくそれを伝えるかが問題な訳で。
「お、祐巳ちゃん。何ヨタヨタしてんの?」
ヨ・・・ヨタヨタって・・・あなたのせいで悩んでるんですよっ!!とは・・・流石に言えないか。
「いえ・・・ちょっと考え事を・・・ところで聖さま、サンタクロースって・・・信じます?」
突然の私の問いに、少なからず聖さまは驚いたのだろう。目を丸くしてこちらを見下ろし、そして笑った。・・・思い切り。
「何、それ?もしかしてそれをずっと考えてたの!?嘘でしょ?ほんっとうに祐巳ちゃんは!!!はっ・・・あははは!!!」
「そ、そんなに笑わなくても・・・」
「いや、ごめんごめん。うん、いいと思うよ、私祐巳ちゃんのそういう所好きだから。
しっかし・・・サンタクロースって・・・この歳になってサンタク・・・あは・・・あははははははは!!!
だ、駄目だ・・・ごめん、それじゃあね、また後でね・・・っくふ・・・ふふふ・・・」
・・廊下に、ずーっと聖さまの笑い声がこだまする。
ていうかさ、そこまで笑うこと?そりゃあさ、突然聞いた私も悪いのかもしれないけどさ。絶対、聖さま何か勘違いしてるよ。
本当はさ、聖さまの事で悩んでるっていうのに、きっと聖さまは本気で私がサンタさんで悩んでると思ってるに違いない。
はぁ・・・こりゃ相当手強いなぁ・・・もう。やっぱり引き受けるんじゃなかったよ・・・。
聖さまに大爆笑されてから、数日が過ぎた。後一週間でクリスマスがやってくる。
いや、その前にお誕生日会が・・・でも、まだ聖さまは手紙を書いてなどいない。ど、ど、どうしよう!!
何度かね、切り出してはみたのよ!サンタさんに手紙を書かせるために!!でもね・・・でも、どれも惨敗だった・・・。
例えば。
『聖さま、知ってます?サンタさんって、至る所に居て、あちらこちらにおもちゃ工場をもってるらしいですよ!』
こう言った私に、聖さまは新聞から顔も挙げずに言った。
『ふーん。コンビニの支店長みたいなものなのかね』
『・・・・・・・・・・・・・・さぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
もしくは。
『ねぇねぇ、聖さま!!聞いてくださいよ!サンタさんにはお手紙を出さないとプレゼントはもらえないらしいですよ!』
これならどうだ!直球だけど、わかりやすい!!でも・・・。
聖さまはテレビを見ながら横目でチラリと私を見た。
『へー。そんなに沢山の手紙、処理するの大変だろうね』
『・・・・そ、そうですね・・・・・・・』
くあぁぁぁぁぁっっっ!!!!伝わらなぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!!
それから。
『せ〜いさま!煙突が無くてもサンタさんはちゃ〜んとプレゼントを枕元に持ってくることが出来るんですよ!凄いですよね!』
つうか、もうヤケだ。
サンタさんに手紙を書かせる為じゃなくて、これはもはやサンタさんっていかに凄いかって話になってきてる。
でも・・・やっぱり聖さまは聖さまだった。ベッドの中で眠そうに目をこすりながら鼻で笑って言ったのだ。
『・・・凄いっつうか、ただの不法侵入じゃん。捕まるよ・・・』
『・・・・・言われてみれば・・・・・』
・・・って、認めてどうする、私っっ!!!
『で、でも・・・サンタさん人間じゃないのかもっ!!』
『かもね・・・そもそも赤っ鼻の空飛ぶトナカイなんて操ってる時点で人間じゃないよ・・・』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
最早サンタさんは人間ではなくなってしまった・・・。不甲斐ない私に、夢のない聖さま・・・。
蓉子さま・・・もう・・・もう無理ですっ!この人にクリスマスを楽しむ心なんてきっと無いんですよっっ!!!
最後に。
『じゃ、じゃあ、サンタさんが人間じゃなかったら妖精とかかもしれませんね!お伽噺みたいで素敵っ!!』
えへへ!って笑う私を見て、聖さまはよしよしと頭を撫でてくれた。でも、その目は何だか哀れんでるようにも見えて・・・。
『・・・祐巳ちゃん・・・夢は寝てから見るものだよ・・・明日も早いんだから、早く寝ようね?きっと疲れてるんだよ・・・』
『・・・・・はい・・・そうします・・・・・・・』
うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!どうやったらいいの〜〜〜〜〜!!!????
心の中で私は頭を掻き毟った。だって・・・・だって、聖さまに何一つ伝わらないんだもんっっ!!!
でもそんなクルクル回る駒みたいな哀れな私を、聖さまはギュっと抱きしめてくれた。そしてそのまま眠りにつこうとする。
だから私はもう、素直になることにした。普通に、お手紙を書いて、と言えばいい。
でなきゃ一生かかっても、この人には伝わらないだろう。私は聖さまの胸に顔を埋めながら言った。
『聖さまぁ・・・少しぐらい・・・サンタさん信じましょうよぉ・・・サンタさんにお手紙書いてくださいよぅ・・・』
ところが。
『・・・すー・・・すー・・・』
微かに聞こえる寝息・・・こ、これはもしかして・・・寝とるーーーーーーっっ!!!!
嘘でしょ?ちょ、ちょっと!!!早くない!?寝るまでの時間、早くない?!ていうか、せっかくハッキリ言ったのにーーーっ!
もう嫌っ!!!やっぱり降りる!こんな役っ!!!
でも・・・チャンスってのはいつも案外あっさりやってくるもので・・・。
何気なく言った一言が、どうやら聖さまの心を揺すったらしい。
「そういえば・・・聖さまそろそろお誕生日ですよね?」
「そうだけど・・・どうして?」
「お祝いしましょうね!二人で!」
「う、うん。ありがとう・・・でも、クリスマスだよ?」
「ええ、だからどっちもしましょうよ。クリスマスイブと、聖さまの誕生日!」
「ええ?二日も続けてパーティーするの?」
「ええ、私、そのつもりでしたよ?いけませんでした?」
私の言葉に、聖さまは少しだけ笑った。そしてゆっくりと首を振って言う。
「いいや、いいよ。楽しそうだね」
だって。それから学校の帰りにおもちゃやさんに寄って、何気なくサンタさんに手紙を書くよう言った私の言葉に、
聖さまが疑いを持ったかどうかは分からない。でも、私はやった!これで駄目ならその時は蓉子さまに謝ろう。大人しく。
そして翌朝・・・リビングの上に、それはあった。真っ白の封筒にしっかりと糊付けされた手紙と、小さな付箋。
付箋には聖さまの字でしっかりと書かれてあった。
『サンタさんに手紙、ちゃんと書いといたよ。しっかり渡してね、妖精さん。
それから・・・祐巳ちゃんも早く手紙書いてよ?こっちのサンタクロースにも都合があるんだから!』
・・・と。
それを見たとき、私が思わず無言でガッツポーズをしたのは言うまでもない。
そしてぶっきらぼうだけど、聖さまの優しさが嬉しかった・・・。
「聖さまってば・・・分かりました。ちゃんと書きますね」
この手紙の行方を、聖さまは知らない。この手紙がどう使われるのかも・・・。
おまけ第十一話『冬休みは突然に』
やってくるものではない。でも、今年は皆やたらにそわそわしてて、ちょっと不気味だ。
私は終業式の鐘の音を聞きながら、あの日祐巳ちゃんに告白した日の事を思い出していた。
壇上に上がる私を見下ろす祐巳ちゃんの顔は、きっと一生忘れない。
目に涙を浮かべて、でも泣くまいと頑張っていた祐巳ちゃん。
私のプロポーズにイエスと頷いてくれたのも、今でもたまに全てが夢の中の出来事だったんじゃないかって思えるほどで。
それぐらい私の中では奇跡に近い出来事だった。私達には沢山障害がある。
普通の恋愛のように皆が皆応援してくれるわけではないし、大半はまず反対するだろう。
それでも祐巳ちゃんは私を選んでくれた。そして、私もまた・・・祐巳ちゃんを選んだ。
「聖さま、お隣いいですか?」
ボンヤリと壇上で話す蓉子を見ていた私の隣に、今しがた保健室から帰ってきた祐巳ちゃんがゆっくりと腰を下ろした。
隣いいですか?とか聞いときながら、祐巳ちゃんは既に私の隣に腰掛けている。
さも当然のように私の隣に腰掛ける祐巳ちゃん・・・ふふ、なんだか嬉しい。
「いっつも思うんだけど・・・蓉子の話は長いよね」
ていうか、教師の話はいつも長すぎると私は思うんだ。だって、誰も聞いてないよ、私達の話なんて。
ヒソヒソと話す私に、祐巳ちゃんは苦笑いして言った。
「駄目ですよ、聖さま。そんな事言っちゃ。この後聖さまもお話するんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどさー・・・めんどくさいよなぁ、教師って。
ところでさ、祐巳ちゃんは冬休みもやっぱり毎日学校来なきゃいけないの?」
「さぁ・・・どうでしょう?まだ部活の予定が立ってないみたいですから何とも言えませんね・・・どうしてです?」
「いや・・・別に・・・そっか。うん、わかった。ありがとう」
そう言って話を切り上げたところで、祐巳ちゃんが壇上に向って歩いていった。
次は祐巳ちゃんからの冬休みの注意事項なのだ。はぁ・・・保健医ってのもなかなか大変なんだな〜。
「それに比べて私は楽チンでいいや」
う〜ん、と大きく伸びをして欠伸を堪える私の腕に、何かが当たった。・・・ていうか、ちょっと嫌な予感がする。
「・・・そう、それは良かったわね」
・・・やっぱりね・・・蓉子はいつも忍者みたいに背後から忍び寄ってくるのがお得意のようで・・・。
絶対零度の声ってこういうのを言うんじゃないだろうか?そんな風に思うほど、蓉子の声は重苦しい。
「げっ・・・蓉子・・・お早いお帰りで・・・」
顔を般若みたいにして私を睨み付けるさまなんて、きっと誰にも負けないだろう。この気迫・・・只者じゃない。
絶対、今までに一人か二人は人を食ったと思うんだよ。
いや、変な意味じゃなくて、頭からむしゃむしゃと。本当に食べたと思うんだ。
引きつる私の顔に、蓉子が何を見たかは分からない。にっこりと笑うその顔さえも恐ろしい。
「あらーそうでもないわよ?これでも随分ゆっくり歩いてきたもの」
「・・・へー、瞬間移動でもしたのかと思ってた」
「あんたがずっとボケっとしてて見てなかったんでしょ!ほんと、欠伸してるか寝てるかのどちらかよね、聖は」
蓉子は私の隣(祐巳ちゃんが座ってた場所とは反対の)に座ると呆れたように横目で私を睨んだ。
でもさー・・・それって私だけじゃないと思うんだよねー。
「私はまだ起きてるだけマシでしょ?」
そう言って私が指差した先には、江利子が思いっきり令に寄りかかって寝ていた。
もたれかかられている令は困ったような顔をしながら祐巳ちゃんの話を聞いている。あーあ・・・可哀想に。
でも、壇上を挟んで向こう側の席に座っているもんだから、流石の蓉子も手が出せない。
「・・・あいつ・・・」
蓉子はそう呟いて生徒達には聞こえないような小さな声で令を呼ぶと、手で何やらジェスチャーしはじめた。
それを見た令は一度は頭を横に振ったけど、蓉子の最後のジェスチャーを見て、仕方なくうなづく。
・・・ていうかさ、それって完璧に脅し・・・だよね(ちなみに、蓉子の最後のジェスチャーは、首よ、の合図だった)。
やがて・・・令は大きく息を吸い込みギュっと目を瞑って・・・江利子のおでこを思い切り叩いた・・・。
その瞬間、ペチーン!っていい音がして、江利子が跳ね起きる。それを見た蓉子の顔は、喩えようのないほど嬉しそうで。
「うわー・・・」
「ざまぁみなさい。聖、ああなりたくなかったら、せいぜい寝ないように頑張る事ね」
「・・・・・・・・・・・・」
こわー・・・つうか、痛そう・・・江利子はさーいっつもおでこ丸出しだから余計に痛いと思うんだよね。
その音に驚いたのはもちろん私だけじゃない。
生徒だって、カチコチに緊張してた祐巳ちゃんだってビックリしたように目を丸くしている。
『え・・・えと・・・それじゃあ、
私からの注意事項は以上です。皆さんくれぐれも怪我や風邪をひかないないよう、
冬休みを楽しんでくださいね・・・えっと、それじゃあまた新学期に・・・』
あぁ、ほら。可哀想に。祐巳ちゃんビックリしすぎて目まん丸じゃない。でも、そんな祐巳ちゃんも可愛いなぁ・・・。
小走りでこっちに走りよってくる祐巳ちゃんとか見ると、ついつい腕を広げたくなってしまうじゃない。
無意識のうちに腕を広げる私の耳元で、蓉子がボソリと呟く。
「・・・何してんのよ」
・・と。チッ、この魔女め・・・私と祐巳ちゃんの恋路を最後まで邪魔する気なんだ、きっと。
「次はあんたの番よ。最後なんだからシャンとしてよ?」
「はいはい、適度にねー」
壇上に向って歩き出した私は、途中で祐巳ちゃんとすれ違った。
「お疲れ様、マイク通した祐巳ちゃんの声も可愛いよね」
「なっ?!も、もう!!」
お、赤くなった。うんうん、こんな反応がいちいち素直でいいよね、祐巳ちゃんは。
本当に・・・蓉子にもこれぐらいの可愛げがあれば良かったのに。そしたらもっと心穏やかに生きれたに違いない。
壇上に立つ私に、全校生徒の視線が一斉に集まる。コホンと小さな咳払いをした私は、体育館を見渡した。
『明日から冬休みです。皆適度に羽目を外して、適度に勉強して、まぁ・・・後は適当に宿題でもやって過ごしてください。
大晦日と新年のお祭りは、近所の迷惑にならない程度にしときなさいね。それじゃあ、よいお年を。以上』
まぁ、大体もう高校生なんだからある程度の分別はつくでしょ。だから、これぐらいの釘をさすぐらいで十分だと思う。
タラタラと回りくどい長い挨拶をするよりも、ハッキリまとめて言ってしまえばいいんだ。何やるにも適度にね、と。
生徒達は私の挨拶にクスクスと笑い声を漏らしてそれぞれに返事をした。ほらね、こんなもんでいいんだよ、挨拶なんて。
まぁ、こんな教師なんて滅多にいないのかもしれないけれど。ほらね、案の定蓉子は物凄い怖い顔してる。
「ちょっと、何よ、あれ!!あれが挨拶な訳!?」
「そうよ、あの子達にはあれで十分」
「全くもう!あんたといい江利子といい・・・どうしてウチの教師はこんなのが集まったのかしら・・・」
蓉子はそう言ってヨロリと席を立つと、生徒達を解散させた。生徒達は各クラス毎に体育館を後にしてゆく。
私はその整然と並ぶ列を見ながら、ボソリと一人ごちた。
「蓉子が私を誘ったからでしょ」
と。
教員免許を取った私を誘ったのは他の誰でもない蓉子だった。
私のいい加減な性格とかそんなのも全て分かっていて誘ったんだから、自業自得じゃない。
でも、今は感謝してる。この学校に誘ってくれた事、それに・・・祐巳ちゃんを見つけてきてくれた事を。
私は隣に立って生徒に笑顔で手を振る祐巳ちゃんの腰にそっと腕を回して自分の方に引き寄せた。
こんな事を皆の前でしても、もう誰も何も言わない。生徒達も見て見ぬ振りをしてくれる。まぁ・・・蓉子以外は、だけど。
でも、今日は珍しく蓉子は何も言ってはこなかった。どうしてだろう?
ていうか・・・ずっと気になってたんだけど、どうして皆今日は朝からソワソワしてるんだろう?
「ねぇ、祐巳ちゃん・・・もしかして今日って何かあったっけ?」
そう聞いた私の言葉に、祐巳ちゃんの肩はピクンと震えた。
そして恐る恐る私を見上げる・・・もしかして・・・何か約束とかしてたっけ?
だとしたら私は最低だ。全く何も覚えていないのだから。でも、祐巳ちゃんの反応は違った。
明らかに作り笑いを浮かべ、首をゆっくりと横に振る。
「い、いいえ?特に何もないですよ?ていうか、用事なんて全然ないですしっ!」
「そ・・そう?」
変に思いっきり否定するあたりが尚更怪しいんだけどなぁ。
「ええ、もちろんですよ!だ、誰ですか?今日用事があるなんて言ったのは」
「いや、別に誰にも聞いてないけど・・・皆朝から様子変じゃない?」
やっぱり怪しい・・・明らかに祐巳ちゃんうろたえてるし・・・これは何か私に隠してるに違いない。絶対、そう。
だから私は祐巳ちゃんの腰に回す腕に力を込めて言った。
「ね〜え?皆して何隠してるの?それって、私にバレちゃマズイのかなぁ?」
「バ、バレるも何も・・・誰も何も隠してませんよ!?」
「う・そ。隠してるね。もし言わないんならここでキスするよ?いいの?また前みたいに失神しても」
意地悪く微笑んで顎に手を添える私に危機感を感じたのか、祐巳ちゃんの顔からサーっと血の気が失われてゆく。
それでも私を突き飛ばそうとしないあたりに、祐巳ちゃんの愛を感じてしまう。
「だ、だからっ!何も隠してませんってばっ!!!」
「どうだか。・・・まぁ、いいや。どうせ後で分かるんでしょ」
何となく腑に落ちない気もするし、コソコソと私に秘密ってのも気に食わないけど、
祐巳ちゃんがここまで守り通す秘密なら、無理に聞き出す必要もない。と、思った。大人になったなぁ、私!
それに・・・どうせまた、皆でしょうもない事考えてるんだろう、きっと。だって、もうすぐクリスマスだから・・・私の、誕生日だから。
おまけ第十二話『隠し事は、保健室で』
フイー・・・ど、どうにかバレずに済みましたよ、皆!!
ていうかさ、ああやって聖さまの顔を近くで見て、あの目で見つめられたら思わず頷いちゃいそうになるのが怖いとこだよね。
でも、私は言わなかったよ!!今夜、実は聖さまのお誕生日会があるって事は!!
そう言えば・・・聖さまのあのお手紙・・・蓉子さまに無事渡したのはいいんだけど、あれからどうなったんだろう?
確か計画では皆でプレゼントを持ち寄って、プレゼント交換会をしようって話だったよね?
そんで、聖さまのお手紙をサンタさんに扮した令さまが読み上げて、それから・・・聖さまにプレゼントを渡すって、
そういう話だったんだけど・・・聖さまのプレゼントの話は私は誰にも聞いてない。
う〜ん・・・もしかしてこの企画・・・実は穴だらけなんじゃ・・・何て、まさかね!だって主催者は蓉子さまだもんね!
終業式は無事に終わり、私は保健室で色々と片付けをしていた。
と、その時、ふと視線の端にさっき蓉子さまから貰った一枚の紙切れが映った。
「冬休みの予定表か・・・ふ・・・ふふふふふふふ」
紙を目の高さまで持ち上げて、それを見つめて一人笑う私は、どれほどに不気味だろうか。
自分でもそう思うんだけど、そこに突然聖さまがやってきて言った。
「うわ・・・こっわ・・・」
それだけ言ってピシャリと扉を閉める聖さま・・・あぁ、何もそんなに怖がらなくても・・・。
慌てて扉を開けると、そこには聖さまが怪訝な顔をして立っていた。というよりは、私を窺っているようにも見える。
「怖いからやめなよねー、一人で笑うの」
「だ、だって・・・ほら、これ見てくださいよ!私、冬休み殆ど学校来なくてもいいんですよ!」
えっへん!いや、別に私が威張るようなことでもないんだけど、聖さまの目の前に紙を突きつけ胸を張った。
その紙をどれどれって覗き込む聖さまの髪が、フワリと揺れる。
肩よりも長かった髪は、あの告白のとき以来ずっと同じ長さをキープしていた。何でもちょうどいい長さなんだそうな。
でも、私には切るなっていうんだから、本当に勝手な人だよ、この人は。
しばらく紙を真剣に覗き込んでいた聖さま・・・その顔が、急に和らいだ。
「やったじゃん。これでやっと二人きりでゆっくり出来るね」
「そうですよ!そりゃ私も一人で笑いますよ!」
「いや・・それはやっぱり怖いから・・・」
ちぇ・・・私の喜びを少しも分かってくれないんだから、聖さまは。まぁ、でも?ゆっくりと出来る長い休暇って、かなり嬉しい。
何せ大晦日も初詣だって二人で行けるじゃない。
大晦日にはまったりとコタツでテレビ見て、そんで正月にはやっぱりまったりとお正月のテレビ見て、
一日中聖さまと一緒で・・・ふ・・・ふふふふふふふふふ・・・。
「いや、だから怖いって、祐巳ちゃん」
「えっ?!わ、笑ってました?私」
「思いっきり笑ってたよ・・・気持ち悪いなぁ、もう」
「だ、だって・・・聖さまと・・・ずっと一緒だと思うと・・・」
うわ・・・恥ずかしい!!言っちゃったよ、バカ正直に!!絶対バカにされちゃうっ!!!!!
でも・・・聖さまはからかったりなかった。そっと私を抱き寄せて、耳元に小さなキスをして言う。
「そうだね、嬉しいね」
って。
こんな事でキャフーンってなる私は、やっぱりむず痒いような変な気分に襲われて・・・。
あぁ、ほら。また一つ聖さまと心が重なったような、そんな不思議な気分。
「ところで・・・いつになったら教えてくれるのかな?今日、何かあるんでしょ?」
あれ〜?まだ覚えてたんだ・・・ていうかさ、せっかく人がいい気分に浸ってるのに、どうして水を差すんだろう?
私はそんな聖さまを見上げ、小さく睨む。
「内緒ですっ!!」
でも、聖さまはこんな事じゃ全然堪えない。そんなの知ってる。絶対また意地悪に微笑んで嫌味言うに決まってるんだ。
「ふーん、聞き出し作戦失敗か」
「なっ!?そ、それじゃあ今迄の全部・・・お芝居!?」
い、今耳にキスしたのも?嬉しい、って言ってくれたのも全部お芝居だったの!?それじゃああんまりじゃない?
でも、聖さまは笑った。そんな私を見て。そしてギュって腕に力を込めて私の頭を撫でてくれる。かなり強めに。
ちょ、ちょっと、止めてくださいよ、そんなに強く撫でるの・・・御髪が乱れちゃう・・・いや、今はそんな事どうでもいい。
私は聖さまを見上げ、綺麗な色の瞳を覗き込んだ。
「冗談だってば。どうせ後で分かるんだろうし・・・そうなんでしょ?」
「う・・・ま、まぁ・・・そうですけど・・・」
「うん、ならいいよ。別に。大体の見当はついてるしね」
「そ、そうなんですか!?」
「まぁ、大体は。発案者はどうせ蓉子でしょ?」
う・・・あ、当たってる・・・何故それを・・・。さらに聖さまは続けた。
「もう少しでクリスマスだし?奇しくもクリスマスは私の誕生日だ。だったらまとめてお祝いしようとか、どうせそんなとこでしょ?」
「あ・・・あわわ・・・」
バ、バレてるよ、蓉子さま・・・思いっきりバレてますよ・・・。得意げな聖さまの顔を見て、もう私は何も言い返せなかった。
だって、そうでしょう?もう聖さま完全に分かっちゃってるもん。これからどう取り繕ってももうごまかせない。
多分・・・コロコロ変わる私の表情で聖さまは確信したのだろう。子供みたいな笑顔で言った。
「ほらね、当たりでしょ?祐巳ちゃんも皆も隠し事本当に下手だから助かるよ」
「そ・・・そんな・・・」
「まぁでも、内容までは分からないから安心してよ。私は今晩祐巳ちゃんに誘われた場所に行けばいいんでしょ?
な〜んにも知らない顔してさ。ただ黙ってついていけばいいんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
う・・・ううう・・・・そうです・・・その通りですよ、聖さま・・・。あなたは何にも知らない顔して私についてくればいいんです。
「大丈夫だって、私そういうの得意だから安心してよ」
「・・・それはそれは・・・」
せっかくのドッキリだったのに・・・失敗しちゃった・・・聖さまを喜ばせようと思って、皆で頑張ったのにな・・・。
私のせいで・・・そう思うと悔しくて、気がついたら私の両目からは涙が一粒零れていた。
それを見た聖さまは一瞬ヤバイって顔をしてハンカチを取り出して私の涙を拭いてくれる。
「ご、ごめん!嬉しかったんだよ、こんな風に皆に思われてるのが」
え?それって・・・どういう意味・・・?
私の瞳に聖さまは、参ったな、と頭をポリポリとかいた。そんな仕草がちょっと可愛い。
「だからさ、今までそういうのってずっと鬱陶しいって思ってたけど、そうじゃないんだなって最近気づいたっていうか。
祐巳ちゃんとか蓉子とか皆とかがさ、こうやって必死になって私を騙そうとしてさ、でもそれって私の為じゃない?
それが嬉しいなって思ったのよ。だから嬉しくてつい祐巳ちゃんに打ち明けちゃったっていうかさ。
でも・・・ごめんね?まさか祐巳ちゃんが泣いちゃうとは思わなかったから・・・ずっと知らない振りしてればよかったね」
「・・・・・ちがっ・・・」
違うの・・・そうじゃなくて。聖さまが悪い訳じゃないんだ・・・だからって誰が悪い訳でもなくて。
だから誰も謝る必要とかなくて・・・でも、私が泣いちゃったから・・・。
私は聖さまに抱きつくと、声を出して泣いてしまった。
別にこんな事ぐらいで泣かなくてもいいのに、って後から思うんだろうなって思いながら。
「ふぇぇぇん・・・聖さま・・・ごめっ・・・なさいぃ・・・」
何を謝ってるのかも最早分からないんだけど、それでもどうしても謝りたくて。
「祐巳ちゃんが謝る事じゃないでしょ?」
「で、でも・・・だったら・・・聖さまも謝らないで・・・くらさいっ」
「ほら、ちゃんと喋れてないよ?」
「ふ・・・うぇぇん・・・」
もう嫌―――だれか、止めて・・・聖さまが優しいよぉぉぉ。誰かが優しくて泣ける事って、あるんだ。
何だか凄く不思議な気分だった。聖さまと居ると、私は凄く情緒不安定でちっとも一つの所に留まっていられない。
いつも聖さまにつられて笑ったり悲しんだりしてしまう。こんな事って、聖さまにもあるんだろうか?
それとも、私だけなのかな?ようやく涙が止まった私を聖さまはもう一度優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう、本当に・・・嬉しかったんだよ、それが分かった時」
優しく響いた聖さまの声が、それからもずっと私を包んでいた。
まるでいつまでも聖さまが抱きしめてくれているようにずっと。
おまけ第十三話『知られざるトナカイの思惑』
「さぁ、聖さま!それじゃあそろそろ出かけましょうか!」
祐巳ちゃんをまた泣かせてしまった。付き合う前も付き合いだしてからも、私は本当によく祐巳ちゃんを泣かせる。
でもさ、泣き虫すぎると思うんだよ、祐巳ちゃんは。まぁ、そんな所も全部含めて祐巳ちゃんなんだけどさ。
終業式が終わって家に帰ってくるなり、祐巳ちゃんは部屋に閉じこもって着替え始めた。
生着替えだ!とか喜んでたのも束の間、祐巳ちゃんは部屋から出てきて私に言ったのだ。
『さぁ、聖さま。出かけましょう!』・・・と。
もちろん私は行き先を知らないし、これからどんなパーティーがあるのかもしらない。それって、結構怖い。
何ていうのかな、多分まさかとは思うけど変なパーティーでは無いと分かってはいても、
やっぱりドッキリパーティーってのは恐ろしい。何をされるのか、何がおこるのか。
それは誰にも・・・いや、私だけが分からない。・・・ちょっとだけ癪だ。正直。
「ほら、聖さま!何難しい顔してるんですか!さっさと用意しないと置いていきますよ!?」
「はいはい、今用意します」
ていうかさ、パーティーの主賓置いてってどうするってのよ。ほんと、祐巳ちゃんってどっか抜けてる。・・・いや、かなりか?
まぁ、何でもいいや。この際だから散々楽しませてもらおう。
・・そう、思ってたのに・・・まさかこんな事になるなんて・・・誰が予想していたというの?
祐巳ちゃんに案内されてたどり着いたのはリリアン高等部だった。・・・なんじゃそりゃ。
「ねぇ・・・本当にここなの?」
「ええ、そうですよ!」
「ねぇってば・・・本当の本っ当にここ?」
「そうですってば!」
私のあまりのしつこさに祐巳ちゃんはとうとう怒り出してしまった。
いや、でもさ。まさかこんな所であるなんて・・・誰も思わないじゃない。
PM8時。集合場所は、薔薇の館・・・って、ありえないでしょ。普通。
毎日毎日嫌ってほど見てるこの場所で誕生日を祝ってもらってもなぁ・・・微妙に嬉しくないっていうか。
私が灯りのついていない薔薇の館を胡散臭げに見上げていると、祐巳ちゃんが袖を引っ張り言った。
「実を言うと、私ここに入った事ないんですよね・・・何だか名前からして神聖な場所みたいで素敵ですよね!」
嬉しそうにキラキラした瞳でそんな事言う。でも、祐巳ちゃんは何か大きな勘違いをしてると思う。
「別に大したものでもないと思うよ?あんまり期待しない方がいいと思うなぁ」
「どうしてです?だって、薔薇の館ですよ?素敵じゃないですか!」
「いやぁ〜・・・ただのボロい建物だよ、実際。だって、階段はギシギシ言うし物置なんて埃っぽいし」
「それは・・・掃除をすればすむ話じゃないですか。それにギシギシ言うのだって、年代モノって感じでいいじゃないですかー」
「そうかなぁ。冬は寒いし、夏は暑いし・・・いいとこあんまり無かったけど・・・冬の洗い物とか辛いんだ、これが!」
「・・・そんな事言って、私、あんたが洗い物してる所なんて見たことないわよ・・・」
「うわっ?!」
「ひゃあっ!?」
突然背後から忍び寄る黒い影・・・ていうか、完全に闇に紛れ込んでいる誰かさん・・・。
いや、こんな事言うのなんて一人しかいない。祐巳ちゃんも隣で目を白黒させて私の袖をギュっと掴んでいる。
恐る恐る振り返った私の目に飛び込んできたもの・・・それは、トナカイ・・・の、被り物をした蓉子だった。
「すっ・・・素敵な格好ね・・・」
「・・・本当にそう思う?」
多分、こんな格好をしているのは不本意なのだろう。私を見上げる目が怖い。
「え・・・ええ。凄く素敵!特にそのダンボールで出来た角と赤っ鼻が」
手作り感溢れるその衣装に褒められる所などあまり無い。それはきっと蓉子も痛いほど知っているようで。
「ありがとう。お褒めに頂いてとても光栄よ。ところで・・・いつまでここに居る気よ。もう時間はとっくに過ぎてるでしょ?
さっさと入りなさいよ、寒いのよ!」
「はあ」
蓉子に脅されるがままに薔薇の館に足を踏み入れた私と祐巳ちゃん。
相変わらず軋む階段を上りながら私は小さな声で祐巳ちゃんに尋ねた。
「ねぇ・・・本当に今日、私の誕生日会なの?」
さっきの蓉子の反応を見て、思わず私は疑ってしまった。だって、しょうがないと思うのよ。
「え・・・ええ、その予定ですけど・・・」
「仮装パーティーとかじゃ・・・ないよね?」
さっきの蓉子の姿は凄かった。いや、もう本当に。もし皆が皆あんな格好をしてるとしたら・・・かなり笑える。
「そ、そのはず・・・ですけど・・・私もちょっとだけ自信が無くなってきちゃいました・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あぁ、なるほど。結局祐巳ちゃんも騙されてたって訳だ。多分、蓉子には初めから分かっていたに違いない。
祐巳ちゃんに話せば、必ず私は来る。けれど、必ずバレてしまうって事も。
だから肝心な事は祐巳ちゃんですら何も聞いてないって訳だ。くっそ・・・蓉子のやつ・・・。
「大丈夫だよ、祐巳ちゃん。もし雲行きが怪しくなってきたら速攻で帰ろう」
そう言って私は祐巳ちゃんの背中を軽く押した。薔薇の館は真っ暗だった。
その代わり階段の足元にはご丁寧に一段ずつに蝋燭が灯されている。
あえてキャンドルと言わなかったのは、それはどこからどう見ても蝋燭だったからだ。仏壇とかにあげるあの蝋燭・・・。
何だかロマンチックとは程遠くて、むしろおどろおどろしい。
ようやく階段を上りきった所で、祐巳ちゃんが足を止めた。どうやら私に先に入れと言うことらしいんだけど・・・。
正直あんまり入りたくないなぁ・・・。だって、足元を飾るのは蝋燭だよ?絶対他にも変な所一杯あるって!!
「さ、聖さま、大船に乗ったつもりでどーんと入ってください!」
「いや、それ、使い方違うから」
とりあえず祐巳ちゃんに突っ込みを入れて、ビスケットみたいな扉に手をかけ、
そして・・・ドアを開いた瞬間・・・耳元でありえないほどの大きな音がした。
パーンとか、そんな生易しいものではない。むしろ撃たれたかと思うほどの大きな音だ。
「ちょっと由乃ちゃん!一体何持ってきたのよ!?」
「だ、だって・・・どこに行ってもすでにクラッカーが売り切れだったものですから・・・家にあったピストルのおもちゃを・・・」
・・ああ、なるほど。撃たれたと思ったのはあながち間違いではなかったらしい。はぁ・・・先が思いやられる・・・。
そんな事を考えながら振り返った私は、驚いて声も出せないでいる祐巳ちゃんと目があった。
「・・・大丈夫?」
「え・・・ええ、どうにか・・・でも、もしまたこんな事があったら・・・気を失うかもしれません・・・」
「そう・・・その時はちゃんと言ってね、私倒れそうです、とか何とか・・・」
「はい・・・頑張ります・・・」
祐巳ちゃん・・・可哀想に・・・こんなアホなパーティーに付き合わされて・・・。
「さて、それでは気を取り直して・・・志摩子さん、お願いね!」
由乃ちゃんの元気な声に、志摩子が小さく返事をしたのが聞こえた。
「お姉さま、お誕生日おめでとうございます。今日は思う存分楽しんで行ってくださいね」
「あ、ありがとう・・・とりあえず電気・・・つけてもいいかな?」
そう言って電気をつけた私の目に飛び込んできたのは、テーブルの上一面を覆い隠すほどのご馳走の山で・・・。
後ろからその様子を覗き込んでいた祐巳ちゃんが感嘆の声を漏らした。
「凄いですね・・・良かったですね!聖さま!!」
「うん・・・そうだね、凄いや・・・皆、ありがとう・・・」
「「「「「どういたしましてーーー」」」」」
皆の声が一つに重なる。そっか・・・私の居場所って、やっぱりここなんだ。
幼稚舎から社会人になってもまだ、私の居場所はずっとここにあるんだ・・・。
皆居る・・・私の誕生日を祝ってくれる・・・こんな風に。それがこんなにも嬉しい事だなんて、今まで誰も教えてくれなかった。
いや、違う。自分から拒否してたんだ・・・ずっと。だからそんな簡単な事にも気づかないでいただけで。
「正直・・・ここまでしてくれるとは思ってなかったよ。ありがとう、皆・・・それと、祐巳ちゃん」
私は祐巳ちゃんの方を振り返って息を飲んだ。祐巳ちゃんが・・・居ない!・・・どうしてっ!?
「ちょ、祐巳ちゃん!?どこ行ったのよ?!」
キョロキョロしながらうろたえる私の手をとったのは、志摩子だった。
「お姉さま、祐巳さんは大丈夫ですから、とりあえずお座りになってください」
「で、でも・・・」
つうか、それどころじゃないでしょ。つい今の今まで祐巳ちゃんは私のすぐ後ろに居た。それなのに・・・どこへ行ったの?
はっ!も、もしかしてこれが噂の神隠しってやつ!?
そう言えば・・・昔リリアン七不思議にあったっけ・・・消える生徒の謎・・・とかいうやつがっ!!
で、でも・・・確かに祐巳ちゃんは童顔だけどそんなに若くは無いはず!!さらったっていいことなんかない。
「聖、祐巳ちゃんは蓉子ちゃんに次のイベントの事で相談に行っただけよ。だから安心なさい」
「・・・・・・・・・・」
・・次のイベント?なんだ・・・そっか。あービックリした。本当に神隠しかと思っちゃった。
でも、私何気に失礼な事言っちゃったな。後でそれとなく謝っとこ。
安堵の息をついて席についた私の前に、ギャルソンの格好をした乃梨子ちゃんがやってきて言った。
「お飲み物は何がよろしいでしょうか?」
「お、お飲み物?えっと・・・そうね、それじゃあ景気よくビールとかもらおうかな?」
私の注文に乃梨子ちゃんは困った顔をしている。どうやら無いらしい・・・。
「えっとー・・・そ、それじゃあクリスマスだしシャンパンとか?」
「あ、生憎そちらはきらしております・・・申し訳ありません」
切らしてるっていうか・・・初めから無かったんでしょうが。しょうがないなー、もう。
「・・・他のお酒は?」
「酒類は扱っておりません」
きっぱりと言う乃梨子ちゃん・・・この子のこういう所、私案外好きだわ。ていうかさ、初めから聞くなっつうの!
20も超えてるのにパーティーでお酒が飲めないなんて・・・なんか切ない。
「もういいよ、何でも。適当に持ってきて」
「畏まりました。適当に・・・ですね?」
「ええ、そうよ適当に」
私の答えに安心したように乃梨子ちゃんは流し台の方へと向っていった。
さて、一体これからどんなパーティーが始まるというのか。ほんっとうに・・・先が思いやられる・・・。
おまけ第十四話『こういう・・・プレイなんですか?』
目の前のあまりに豪華な料理に見惚れていた私は、だから何も知らなかった。
廊下の暗闇の中に誰かがずっと息を殺して潜んでいただなんて事。
突然後ろから目隠しをされて、声を出さないよう口も塞がれて・・・もう、恐怖で何も出来なかった。
あまりの恐怖にショックで私が気を失ったのは・・・いうまでもない。
「ちゃん・・・祐巳ちゃんっ!!」
「ふぁいっ!?」
飛び起きた私の目に飛び込んできたのは顔の半分ほどの大きさもある赤い鼻・・・もとい、蓉子さまの顔だった。
「よ、よ、よ、」
ていうか、私・・・蓉子さまに誘拐されたの!?
「ごめんなさいね、祐巳ちゃん。あんな事して・・・ビックリしたでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ええ、そりゃもう、死ぬほどビックリしましたよ!!ていうかね、一歩間違えれば犯罪ですっっ!!!
多分・・・私の目が全てを物語ってたんじゃないのかな。蓉子さまは苦笑いしながら私に頭を下げた。
「ほんっとうにごめんなさい。でもね、どうしても祐巳ちゃんに協力してほしくて」
「な、何です?」
変な事じゃなきゃいいんだけど・・・最近になってやっと蓉子さまの事が少しだけ分かってきた。
この人って・・・やっぱり聖さまや江利子さまの親友やってるだけあるなって感じ。
実は聖さまとか江利子さまよりもある意変わってると・・・そう、思うんだよね。だって、でなきゃこんな鼻素直につけないよ。
「そのお鼻・・・一体誰が作られたんですか?」
私の質問に、蓉子さまは小さく笑った。
「もちろん私よ。これ以外は全部令なんだけど・・・どう?これが一番出来がいいでしょ?全く、令ったら不器用なんだから」
そう言って真赤な鼻をいじる蓉子さま・・・いや・・・不器用なのはあんただよ・・・。
ていうか、それ以外の方が明らかに出来がいい。でも、決してそんな事は言えない。
「か、可愛らしい・・・ですよ」
「ありがと。ところでね、祐巳ちゃん。その服・・・脱いでくれる?」
「はぁ!?・・・どっか・・・壊れたんですか?」
突然の蓉子さまのありえない要望に私の口から思わず本音がポロリと零れ落ちた。
もしかして聖さまの近くに長く居すぎたせいで聖さまの病気がうつっちゃったんじゃ・・・でも、どうやらそうではないらしい。
私の問いに一瞬考えるように視線を泳がせ、苦く笑って言った。
「いやね。これも計画のうちなの。私の趣味じゃないわよ」
「あ・・・なんだ・・・良かった・・・ていうか、じゃあ誰の趣味なんですか!?」
脱がされて何をされるのか知らないけど、こんな所で脱げる訳がない!!ところが・・・蓉子さまがパチンと指を鳴らすと、
どこからともなく令さまが現われて私の服を脱がし始めたではないか!!
「ちょ、令さま!?よ、蓉子さまーーーー!!!」
「聖のためなのよ、祐巳ちゃん。大人しく・・・これに着替えてちょうだいな・・・」
そう言ってジリジリ近寄ってくる蓉子さまの手にかかった衣装を見て、私は息を飲んだ。
「ねぇ、祐巳ちゃん・・・ほら、これに袖を通して・・・ふ・・・ふふふ・・・」
「い・・・ぃゃ・・・聖さま・・・聖さまぁぁぁ!!!!」
「無駄よ、祐巳ちゃん・・・覚悟なさい・・・」
「いにゃーーーーーーーーっっ!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・なんてこった・・・まさかこの歳になってこんな格好をさせられようとは・・・ていうか、どこに売ってたんだろう・・・。
「あらー。祐巳ちゃん可愛いわぁ・・・ほんと、聖にはもったいないわね」
「・・・ははは・・・それはどうも・・・」
しかしなぁ・・・こんな格好・・・聖さま本当に喜ぶのかね。こんな・・・こんな・・・あぁ!!考えるだけでも恥ずかしい!!
・・でも、密かに夢だったんだ。こんなの着るの・・・うふふ。いや、いやいや、違う!!違うでしょ!?っ私!!
あぁ、なんにしても聖さまの反応が怖いよ・・・。
「さぁ、祐巳ちゃん。最後の仕上げよ」
蓉子さまはそう言って笑顔で持っていたポーチの中からたくさんのメイク道具を取り出して私の前に小さな手鏡を置いた。
どうやらこれからメイクが始まるらしい。令さまは私の髪を解いて何やらブツブツ言ってるし・・・。
これは相当な出来上がりが期待できそうだ・・・私は、自分にそう言い聞かせた。
だからそれからはずっと私は大人しくしてた。例え、とてつもなく派手で狭い箱に詰められようとも・・・。
くっそーー。聖さまめ・・・一体どんなモノ欲しがったっていうのよ!?
見てなさい・・・いつか、いつか仕返ししてやるんだからーーーーっ!!!
そんな事を考えながら腕を振り上げた私・・・ゴン。・・・あ、ヤバ・・・。
「祐巳ちゃんっ!!静かにしてなさいっ!」
「ご、ごめんなさい・・・」
そもそもどうして私が怒られなきゃならないのか・・・と。
誘拐されて服脱がされて・・・おまけにこんなの着せられて・・・あげく箱に詰められて・・・踏んだり蹴ったりって、この事だ。
もしこの私の姿を見て、聖さまが喜ばなかったらそれこそ割に合わない。
絶対・・・絶対に喜んでよねっ!聖さま!?
おまけ第十五話『クリスマスなんて大嫌い!』
ていうかさ、どうして私はこんな豪勢な食事を目の前に水を飲んでるんだろう。確かに飲み物は何でもいいと言った。
でもさ・・・これって思いっきり水道水じゃない。思いっきりそこの蛇口からいれてたじゃない!!
せめてジュースとかさ、そうでなきゃ紅茶とか味のついたもの出してよ!
「ねぇ乃梨子ちゃん・・・乃梨子ちゃんってもしかして私の事嫌いなのかな?」
水の入ったグラスを目の高さまで持ち上げ二、三回振りながらそう言うと、乃梨子ちゃんはサラっという。
「いえ、好き嫌いで考えた事はありませんよ」
だって・・・本当にどこまでも淡白な子だよ、この子は。流石仏像好き。
もしかすると煩悩という煩悩をすっかり振り払って悟りとか開いちゃってるのかも。
「そう・・・それでも水・・・なんだ」
「だって、聖さまは何でもいいと仰いましたから。ご不満でしたか?」
「いや、別に・・・」
不満か?と聞かれれば、あえて言おう。不満だ。だって・・・水って!水って!!!まぁ、いいや。
世の中には水よりももっともっと美味しい飲み物が存在するハズ!!それなのに…なんでもいいと言ったばっかりに・・・。
まぁでも。今は水ぐらいでギャーギャー言ってる場合じゃないんだよね。
とりあえず祐巳ちゃんがまだ帰ってこないってとこが今の私の中では最優先事項な訳で。
「祐巳ちゃん・・・遅いなぁ・・・」
ボソリと一人ごちた私を見て、志摩子が立ち上がった。どうやら様子を見に行ってくれるつもりらしい。
志摩子が部屋のドアを開けようと手をかけたまさにその時、
ドアが勢いよく開いて真っ暗な中から誰かがひょっこりと姿を現した。それは・・・サンタ・・・ク、ロース??
で、いいのだろうか?むしろ真赤な変質者と・・・そう言った方がいいんじゃないかな・・・?
だって、あからさまにおかしいよ、これは・・・。私はあまりにも怖いサンタクロースを見て、思わず椅子ごと後ず去った。
そんな私を無視して胡散臭いサンタクロースは言う。慣れない手つきで口ヒゲを撫でながら。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。メリークリスマース!!」
「「「「「メリーックリスマース!!!」」」」
サンタさんの(明らかに令なのだが)一言で、ようやくパーティーは開始した。
皆好きな席についてそれぞれ好きな飲み物を注ぎ始める。・・・ていうかさ、誰か私にも水以外の何かくんないかな?
それに・・・やっぱり祐巳ちゃんはいないじゃない。
「ちょっと、令。祐巳ちゃんはどうしたのよ!?」
私の質問に、令はフッと鼻で笑った。明らかにバカにしたような爽やかさが腹立たしい。・・・なかなかいい根性してるじゃない。
「ノンノン、私令デハアリマセーン。サンタノオジサンデース」
いや、どうでもいいから。そんな変な片言とかいらないし。思い切り睨み付ける私を見て、ようやく令は頭を垂れる。
「も、もう少し待っていただけますか?もうちょっとしたらトナカイさんが・・・」
令がそう言ってドアから廊下を覗き込み、なにやら小声でトナカイ(蓉子)と話している。
すると、ドアの向こうから聞こえる小声・・・どうやら何かを運ぼうとしているようなのだが、
それがなかなかうまくいかないらしい。イライラしたような口調の蓉子の声に、私以外の皆がゴクリと息を飲んでいる。
つうか、これから一体何が始まろうとしてるのか・・・それが分からない私にとって、この待ち時間はなかなか苦痛だった。
祐巳ちゃんはどこに行ってしまったのか未だに帰ってこないし、相変わらず私の目の前には水しかないし。
令の扮するサンタクロースは思いっきり胡散臭いし、蓉子のトナカイは不細工だし・・・挙げればキリがない。
だからかもしれない。私のイライラがピークに達しそうになっていたのは。
「ちょっと、いい加減にしないと本気で怒るよ?どうでもいいから祐巳ちゃんを早く連れてきて」
皆がこうやって私のためにパーティーを開いてくれるのは嬉しいし、感謝だってしてる。
でもさ、祐巳ちゃんが居なきゃ意味がないんだ。私の場合。
これからはどんな時だって祐巳ちゃんが一緒に居なきゃ・・・嫌なんだ。
どういうきっかけで自分がそんな風に思い出したのかは分からない。
いつだって一人でやってきた。誰も居なくても立ってられた。それなのにいつの間にこんなに弱くなってしまったんだろう。
私は・・・いつの間にこんなにも・・・一人が嫌いになったのだろう・・・。
思わず立ち上がった私を制するように蓉子がなにやら大きな箱を台車に乗せて現われた。
箱は頑丈な色つきプラスチックで出来ていて、大きなリボンがかかっている。
ピッタリと閉じられて密封された箱は、ネズミはおろかノミさえ入り込む隙がなさそうなほどで・・・。
「まぁまぁ、聖。大丈夫、ちゃんと祐巳ちゃんは連れてきたわよ。だからちゃんと座っていてちょうだい」
「はあ!?」
祐巳ちゃんを連れてきたって・・・一体どこに?つうか、何その箱・・・ま・・・まさか・・・。怪しいのは・・・この箱。
「さ、サンタさん。お願いね」
蓉子は・・・いや、トナカイはそう言って偉そうにサンタクロースの肩をポンと叩いた。これじゃあどっちが飼い主か分からない。
令、もといサンタクロースは蓉子の言葉に軽く頷くと大きなポケットの中から茶色い封筒と取り出し、
それをガサガサと開け始めた・・・って、ちょっと待てっ!!それ・・・どっかで見たことあるような気がするんですけど。
多分今の私はいつもの祐巳ちゃんみたいに目を白黒させて格好悪くうろたえてるに違いない。
だって、それほどに恥ずかしい事を私はあの紙に書いたんだから!
「えーそれでは・・・聖さま、いえ、聖ちゃん。君のプレゼントは何だったかなぁ?」
まるで小さい子供にでも話しかけるような令の声・・・つか、聖ちゃんって!・・・いや、今はそんな事どうでもいい。
「ちょ、ちょっと・・・まさかここで読み上げる気・・・?」
私の問いにトナカイは優越感たっぷりに微笑み、小さく頷いた。
「そのまさか・・・よ。まぁいいじゃない。これできっとサンタさんの事少しは好きになれるわよ。
そう・・サンタさんはたとえどんな手を使ってでもプレゼントは用意するんだ・・・とね!」
「・・・どんな手もって・・・蓉子・・・それじゃあ夢もへったくれもないよ・・・」
ここに居るのは紛れも無く子供の夢代表のサンタクロースなどではない。
意地悪な笑みの極悪トナカイに、いつ私が怒り出すかとヒヤヒヤしている挙動不審なサンタクロース・・・。
どちらにしても・・・最悪だ。
私は観念したように席に腰を下ろしその時を待った。どうせ読み上げられるのなら、少しでも平静を保とうと思ったのだ。
私がおとなしく席についたのを確認した蓉子は肘で令をつつき、手紙を読むよう指示する。
私が・・・祐巳ちゃんサンタにあてたとばかり思っていた手紙を・・・。
「えっと・・・聖ちゃんのプレゼントは・・・何、何?『猫が欲しい。うんと可愛いやつ。それと・・・』ふむふむまだあるのかね。
『それと・・・祐巳ちゃんの未来が・・・私は欲しい。』・・・とな!う〜む・・・これは難しいぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
はぁ・・・早く時よ過ぎて・・・恥ずかしくて顔から火が出そう・・・自分で書いた冗談めいた手紙を、
こんな風に皆の前で読み上げられるなんて・・・小学校のときの作文を読むのと同じぐらい・・・、
いや、それよりもずっと恥ずかしい。ガックリとうなだれる私の耳に令のくっさい芝居が届いてくる。
そして・・・さらにバカげた芝居は続いてゆく。
「まず猫なんて言われても漠然としすぎてていかん。それに確か聖ちゃんちはペット禁止・・・これはどうしたものか?
なぁ、トナカイよ」
・・うちの住宅事情まで・・・随分詳しいサンタさんだこと・・・ストーカーかっつうの。
もういいじゃん。ここらへんで止めとこうよ。さっさと私に祐巳ちゃんを返してくれれば済む話じゃん。
ていうかさ、祐巳ちゃんずっとあのせっまい箱の中に入ってる訳よね?
ちょ、ちょっと!!ちゃんと空気とかは入ってるんでしょうね!?
「そうですね、サンタさん。それなら・・・こっちはどうでしょう?この祐巳ちゃんの未来というやつは?」
「そりゃイカン。人の心まではわしにはどうにも出来ん!そうじゃ・・・では、こうしよう。この二つを一つにすればいいんじゃ!」
二つを一つって・・・どこが名案だとでもいうのか。全く・・・聞いて呆れる。いや、だからもう芝居はいいって。
学芸会じゃないんだからさ、もう皆いい大人なんだからさ。さっさと祐巳ちゃん出してあげてよ!
どうするのよ、開けた時意識とか失ってたりしたら!!!でも・・・私の心の声は誰にも聞こえていないようで・・・。
「まぁ、それは名案!さすがサンタさん!!でも・・・それじゃあ祐巳ちゃんの方はどうなるんです?」
「祐巳ちゃんの方は・・・・そうじゃなぁ・・・そこはほれ、聖ちゃん本人に頑張ってもらうしかないな」
・・・って、おいおい。結局最後は私が頑張るのかよ・・・そんなつっこみを入れながら私は、はぁ、と大きなため息を落とす。
「メリークリスマース、聖ちゃ〜ん!!」
「「「「「「メリークリスマ〜〜〜〜ス!!」」」」」」」
「はいはい、メリークリスマス!んな挨拶もういいから!早く祐巳ちゃん出してやってよ、窒息したらどうすんの!?」
「あら、大丈夫よ、聖」
「え、江利子・・・何がどう大丈夫なのよ?」
「だって・・・あの箱私が作ったんだもの。ちゃんと空気穴あけてあるわよ。ほら、針で・・・」
江利子はそう言って箱の側面に開いている小さな穴を指差す。
・・・っつうか、箱に針で穴って・・・そんなハムスターとか小鳥じゃないんだからさ・・・。
そして江利子の指差した空気穴を見た私は顔面から血の気が失われてゆく音が聞こえた・・・気がした。
「・・・こんの・・・でこすけっっ!!!足りる訳ないでしょうが!!!!」
一見したほどじゃ分からないほどの無数に開けられた小さな穴・・・絶対に足りる訳がない。
そりゃ多少空気は入ってるにしても、これじゃあ相当息苦しい思いをしているに違いなかった。
「でこすけとは失礼ね。ちゃんと計算して開けたんだから間違いはないわよ。ねぇ?祐巳ちゃん」
けれど・・・箱の中から返事は返ってこない・・・ちょ、ちょっと・・・まさか本当に窒息してるんじゃ・・・ないでしょうね?
私は慌てて箱に近づきリボンを解き始めると、乱暴に箱を止めてあるテープを引きちぎった。
「祐巳ちゃん!?祐巳ちゃんってば!!ちょっと、返事してよっっ!!!!」
もう私は必死だった。祈るような気持ちってこういう事を言うんだろうって思う。
全身の血が逆流したみたいになって、脳は酸欠状態。そして私は錯乱状態・・・。
箱の上を止めてあったテープをやっとの思いで剥がし終えた私は、一気に箱を壊した。
ちょっとでも早く祐巳ちゃんに会うために・・・って・・・あれ?
「・・・・何、これ・・・」
無駄に大きくて頑丈な箱の中に入っていたのは、小さな猫のぬいぐるみだった。
ほら、よく撫でると鳴くようなああいうおもちゃで・・・。
「ほっ、ほっ、ほー、流石に本物の猫は用意できないからね!それで我慢してくれたまえよ、聖ちゃん!
それじゃあ、確かにプレゼントは渡したゾ!それじゃあ、トナカイ君、我々はズラかろう!」
そう言ってクルリと踵を返すトナカイとサンタ・・・おい、こら。ちょっと待て。私は令の襟首をむんずと掴んだ。
「・・・祐巳ちゃんは?」
「いや、だから・・・我々の仕事はここまでで・・・」
「どこに置いてきたのかしら?早く言った方が身のためだと思うんだけど」
「そ、それはその・・・蓉子さま〜〜」
令は私の手を振り解くとサッと蓉子の後ろに隠れた。けれど、今の私なら蓉子にも余裕で勝てそうな気がする。
それほどに闘志に満ち溢れていた・・・そう、まるで名誉を挽回しようとするロッキーのように!
「聖、あなたが欲しいのは猫でしょう?だから私達は猫をあげたじゃない。令がさっき言ったでしょ?
祐巳ちゃんは自分で頑張ってもらうしかないって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・一体どういう意味?猫は・・・確かにおもちゃだけど貰った・・・他に何が・・・?まさか!
私は箱の中に大人しくチョコンと座っている猫を持ち上げ、軽く振ってみた。けれどどこからも音はしない。
でもおかしいな・・・こういう人形は大概鳴くなり動いたりするものなんだけど・・・でも何の音もしない。
それは、多分電池が入ってないからだ。電池は人形の命・・・さっき令は何て言った?
猫と祐巳ちゃんを一緒にしようって・・・そう言った?てことは、だ。電池は祐巳ちゃんが持ってる訳だ。
そしてこの人形は・・・祐巳ちゃんの命を持ってる・・・ていうか・・・居場所を知って・・・る?。
私は人形を裏返して電池の蓋をこじ開けた。そこには小さな紙切れが入っていて、祐巳ちゃんの字でこう書かれてあった。
『いつもの場所で、待ってます』
「・・・なるほどね・・・ほんと、よくやるよ、皆」
ここまで手の込んだ事・・・普通はしない。本当に・・・バカな連中。そしてそれに付き合う私も・・・本当にバカだ。
そして少しだけ・・・ドキドキして楽しかった。
「どう、聖?少しはクリスマスが好きになった?」
謎が解けてホッとした顔をする私に蓉子が言った。振り返ると皆私を見て目をキラキラさせている。
きっと、うん、と言ってほしいのだろう。でも・・・誰が言ってやるもんか。私はフンと鼻で笑って、言い返した。
「いいや、大っ嫌いだよ。クリスマスなんて」
おまけ第十六話『ベッタベタだけど・・・』
プレゼントは・・・わ・た・し(ハート)って、そんなオチですか?ねぇ、そうなんですか!?
ていうか、聖さまぁぁぁ早く来てくださいよぉぉぉ〜〜〜〜!!!夜の・・・しかも保健室に一人きりなんて・・・怖すぎる。
おまけに寒いし、蓉子さまの命令で電気もつけちゃ駄目って・・・これじゃあ何かの罰ゲームじゃない。
いきなりさらわれて箱に詰められた挙句、気がつけばこんな所に運ばれて・・・ぶっちゃけありえないでしょ。
ていうか、そもそも私を箱に詰めた意味を教えてほしいわ・・・。
・・あ、なんだか嫌な事思い出しちゃった・・・そういえば、昔聞いた事ある話。
学校が建つ場所は昔から何故か墓地の跡が多いとか何とか・・・そんな事を誰かが言ってたような気がするんだけど・・・。
ね、ねぇ・・・あれって嘘・・・だよね?確かに元墓地なら地代も安かろう。でも・・・まさか・・・ありえない・・・よね?
何だかさっきから校舎がピシピシいってるんだけど・・・幽霊とかじゃ・・・ないよね?
・・・多分家鳴りとかなんだろうけどさー、ありえないよ、この怖さ。
尋常じゃないよ?いや、本っ当に・・・。その時だった。廊下の方から小さな明かりが見えた。
ぎゃーーーーー!!人魂―――――っっ!!!???
・・・ん?いや、違うか。だって、ほら、足音もするもん。
幽霊って足が無いっていうし、それなら足音だってしないはず。じゃあ・・・これってもしかして?
ガラリ。勢いよくドアが開いた。
「祐巳ちゃん!?居るの?」
私の大好きな声・・・でも、とても心配そう。聖さまの息遣いが扉の方から聞こえてくる。
でも・・・私は声を出しちゃいけないんだ。これもちなみに蓉子さまの命令。何たって私は今・・・。
一番奥のベッドにちょこんと座って、じっと聖さまに見つけてもらうのを待つ私・・・これって、凄くドキドキする。
ううん、半分は多分怖さのせいだって事はこの際目を瞑っておこうと思う。
ドアに一番近いカーテンが開く音・・・それと、静かな足音が保健室に響く。
もうちょっと・・・もうちょっとでやっと聖さまに見つけてもらえる。私の心臓はそれはもう早鐘のように打った。
懐中電灯の明かりだけが夜の保健室を照らし出す。私は本当にドキドキしていた。だからかもしれない。
聖さまの手で勢いよくカーテンを引かれた時、私は驚いて冗談抜きで本当に飛び上がってしまった。
「祐巳・・・ちゃん?」
窺うような聖さまの声・・・どうやら懐中電灯だけではハッキリと私だとは判断出来なかったらしく、
クルリと踵を返しドアの近くで何かごそごそしている。そして、次の瞬間、保健室がパッと明るくなった。
やがて・・・クルリと振り返った聖さまと、私の目がバッチリ合ったその時、ようやく私は口を開いた。
「にゃ、にゃぁー・・・」
はっ、恥ずかしい!!!恥ずかしすぎる!!!
何度も何度もシュミレーションしてたのに、本人目の前にするとこんなにも恥ずかしいなんて!!
それにほら、聖さまの顔!鳩が豆鉄砲くらったような顔してるじゃない!
「・・・ゆ、祐巳・・・ちゃん・・・だよね?」
「・・・・・・・・・にゃあぁぁ・・・・・・・・・・」
くあーーーーーっっ!!!も、もう日本語喋ってもいいだろうか!?いいよね?うん、いい!!私が今きめた!!!
ていうか、本当にここで一人で待ってるの怖かったんだから!!!!
「ていうか・・・何、その格好・・・」
「そ、それが・・・これには非常に浅くて狭い訳がありまして・・・」
でも、そんな私の答えなど聞いていないように聖さまはしげしげと私を見下ろしている。
スカートをギュっと握る私を見下ろす聖さまの視線が痛い・・・今、一体何を考えているのだろう。
私を見下ろしてポカンと口を開けたまま固まってしまっている聖さまに、何て説明すればいいというのだろう。
怒ってる訳ではないと思うんだけど・・・かと言って喜んでもいないっていうか・・・ただただ驚いてるようで。
そりゃ驚くよ、普通。だって、普段絶対にこんな格好しないし、それにお化粧だってこんなにもしないもん。
聖さまは恐る恐る私に手を伸ばしてきて、私の頬に触れた。優しく・・・でも、聖さまの手はドキッとする程冷たい。
「・・・聖さま?」
「ビックリした・・・どこの幽霊かと思ったよ・・・また幻でも見てるのかと・・・」
う〜ん・・・言ってることはイマイチよく分からないんだけど、とりあえず私は幽霊だと思われたんだ。
それって、かなり切ない・・・やっぱり・・・似合わなかったのかな・・・。ショボくれる私に、聖さまは小さく笑う。
「いや、そういう意味じゃなくて。ただいつもとほら・・・あんまりにも違いすぎて・・・」
「・・・やっぱり・・・似合いませんか・・・」
私の質問に聖さまはゆっくりと頭を横に振った。
表情ははっきりと見えないんだけど、口元が微かに微笑んでいたのが見えて、私は嬉しかった。
けれど、聖さまは私の頬を撫でながら、くっ、くっ、と笑い出す。
「何です?何笑ってるんですか?」
「いや・・・蓉子たちもよくやるよなぁと思って」
「あー・・・本当ですよ。私も何も聞かされてなかったんですから・・・」
そうだよ!私も聖さまと一緒に騙されてたって事じゃんっ!!ていうか、いいように使われたって事か!?
あぁ、もう・・・こんな事になるんなら始めから断れば良かったよ!!でも・・・聖さまはどうなんだろう?
私のこの格好見て・・・本当はどう思ってるんだろう?
「それにしても・・・これは反則だよ・・・」
そう言って聖さまは有無も言わさず突然私に覆いかぶさってきた・・・ていうか、早い話が押し倒されたんだけど。
「ちょ、せ、聖さま!?」
「あれ?もう猫にはならないの?さっきみたいにニャーって言ってよ」
「い、嫌ですよ!は、恥ずかしいんですからね!」
「えー、可愛かったのにー。まさに私の欲しかった猫だったのになぁ」
そうだ!思い出した!!!結局聖さまはサンタさんに何てお願いしたんだろう?私だけ何にも聞いてないなんて!
そんなのありえないっ!!でも・・・聖さまはそんな事おかまいなしに私の胸に顔を埋めると言った。
「・・・可愛いよ、祐巳ちゃん・・・幻よりもずっと・・・綺麗だ・・・」
「・・・せ・・・さま・・・」
本気でこんな風に聖さまに言われたのは・・・もしかしたらこれが初めてかもしれない。だっていつもはすぐに茶化すから。
でも、今日は違った。決して私の顔は見ないけど、でも、これは本心だって私には分かった。
「祐巳ちゃん・・・ちょうど二人っきりだし・・・久しぶりにエッチしよっか?」
「はあ!?な、何言ってるんですか!!パ、パーティーはどうするんです!?」
「そんなの私達が居なくてもどうにでもなるよ。それに・・・蓉子はきっと分かってたと思うよ。
だからわざわざ祐巳ちゃんを遠くに隠したんだ」
あぁ、なるほど・・・。
ていうか、突然何を言い出すのかと思ったらこの人はっっ!!!どうしてすぐに思考がそっちにいっちゃうのかな?
しかもサラっとそんな事よく言えるよね・・・本当に信じらんない!!でも・・・でも・・・そんな風に言われたら私は・・・。
「・・・一回・・・だけですよ・・・」
恥ずかしくて顔から火が出そう。でも、聖さまが言ってくれた。綺麗だ・・・と。私は、それが凄く嬉しかった。
それに、心のどこかでは私も分かってたんじゃないのかな。きっとこうなるって事。
聖さまの冷たい手が首筋に触れ、私の身体は素直にそんな事に反応する・・・とても、いやらしく。
「脱がすのもったいないけど・・・しょうがないか。後で写真撮ろうね、祐巳ちゃん」
「えっ!?い、嫌ですよ・・・」
「何言ってんの。もう一生こんなの着ないかもしれないでしょ?・・・いや、待てよ・・・あともう一回着るか・・・」
「へ?そ、そうですか?」
「うん、これよりもっと派手なヤツ・・・もちろん着てくれるよね?」
これよりももっと派手な衣装?それって・・・何だろう?いつまでたっても分からない私に業を煮やしたように聖さまは言う。
「ウエディングドレス!私の隣で着る約束でしょ?」
「・・・あぁ・・・」
って・・・ええええぇぇぇぇ!!!???ま、まぁ確かにこれよりも派手ですけど・・・ま、マジですか?
「あぁ、って・・・気の無い返事ね。私のクリスマスプレゼント・・・何頼んだか聞きたい?」
「え、ええ・・・聞きたい・・・です」
私の答えに聖さまは意地悪く笑って言った。
「そうね、教えてあげないでもないけど・・・まぁ、まずは祐巳ちゃんを食べるのが先かなー」
「えっ?ひゃんっ!!」
ちょ、ちょっと・・・ズルイですよ、聖さま!!!私が文句を言う前に、私の口はあっという間に聖さまの唇に塞がれてしまう。
「んん!・・・・ふぁ・・・ズルイ・・・・んっ・・・・です・・・んむ・・・・よ・・・っん」
「何がズルイって?ちゃんと喋ってくれないと分からないよ」
そんな事言ったって・・・だって、こんなキスされたら・・・私・・・。もう、私は何も考えられなくなっていた。
聖さまの甘い声で囁かれるだけで、激しい口付けをされるだけで、私の胸は張り裂けそうなほどドキドキして、
頭にまで血が上らなくなってしまうんだ、きっと。聖さまの指先が胸元のボタンを一つ一つ外し始めても、
私には完全に脱がされてしまうまで何をされているのか分からなくなってしまう。聖さまには、そういう魔力がある。
「それにしても脱がしにくい服だなぁ、もう」
ぶつくさ文句を垂れながらも、私の髪を撫でる聖さまの手は凄く優しくて・・・だからかもしれない。
聖さまに触れられると、いつも泣きたくなってしまうのは。
聖さまの長くて細い指が下着のホックを外し、私の胸をそっと撫でる時も、首筋から鎖骨にかけて舌を這わせる時も、
いつだって泣きそうになってしまう。いくら我慢しようとしても我慢しきれない想いは喘ぎ声になって流れ出す・・・。
「ぅん・・・はっ、ぁ・・・ぁぅ・・・・んっ・・・」
「暖かいね、祐巳ちゃんは・・・気持ちいい」
「ぁっ・・・わ、私・・・も・・・気持ち・・・いっ・・・・ん・・・」
涙目で見上げる聖さまの顔は私の言葉に満足げに微笑んで見せた。あぁ、どうしよう・・・こんな顔されたら・・・私。
最近聖さまに触れられる度に沸き起こる衝動を、何て言えばいいんだろう?めちゃくちゃにされたいっていうのかな。
聖さまになら何されたって構わないと思えるほど、私はこの人が愛しくて、とても愛してる。
それって、どういえば伝わるんだろう?この想い・・・どうすれば・・・?
ベタだけど、私は今、恋愛の迷路にはまっちゃってるんだ。きっと。
おまけ第十七話『夜の学校って、ほんと、ありえないぐらい怖いよね』
保健室に足を踏み入れた瞬間、なんていうのかな。ほら、気配ってやつがしたんだ。
ここに何か居る!みたいな・・・そんな気配が。頭のどっかでは多分祐巳ちゃんだろうって事は分かってたんだけど、
でも、心の隅にはもし祐巳ちゃんじゃなかったらどうしよう・・・みたいな考えもあったわけで。
だから実際最後のカーテンを一気に開けたときは、本当はちょっとだけ怖かったんだよね。
しかもさ、祐巳ちゃんは私の知ってる限りの祐巳ちゃんじゃ全然無かったもんだから余計に怖かったっていうか。
本気で一瞬幽霊の類だとばかり思ってしまった。いや、祐巳ちゃんには悪いと思うんだけど、こればっかりはしょうがない。
「でもさ、これって・・・どこで買ったのかな?」
下着の上から祐巳ちゃんの胸を撫でながら、私はポツリと呟いた。
すると、祐巳ちゃんは顔を赤らめて切なそうに首を振る。
「ん?なぁに?ちゃんと言いたいこと言わないと分からないよ」
「ゃ・・・むっ・・・り・・・っん」
あぁ・・・なんて言うんだろう、この感じ。支配欲を満たされるっていうか、完全に祐巳ちゃんは私のモノなんだって、そう思える。
実際は祐巳ちゃんはモノなんかじゃないし、誰かに支配されている訳でもないんだけど。
私が手に力を込める度に祐巳ちゃんの身体の震えや、声が大きくなる。
シーツに必死にしがみついて悶える様は最高に気持ちいい。
「ねぇ、祐巳ちゃん。どこが気持ちいい?ここ?それとも・・・ここ?」
人差し指で胸から下腹部に向かってそっとなぞると、祐巳ちゃんの大きな瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「ぁ・・・はぁ、はぁ・・・ゃぁ・・・聖・・・さまぁ」
「なに?」
「キ・・・ス・・・して・・・」
両腕を伸ばして私の首を捕まえた祐巳ちゃんの顔は、とても満足そうで・・・。
「・・・いいよ・・・」
なんだか祐巳ちゃんのその顔が嬉しくて、思わず私はその願いをあっさり受け入れてしまった。
もう!本当はもっと焦らしたかったのに!!
どうして祐巳ちゃんは私をこんなにも素直な人間にしてしまうのだろう。いつもいつも・・・。
「ん・・・ふぁ・・・・っく・・・んぅ・・・」
「・・・ん・・・ぁ・・・」
うわ・・・私まで思わず声が漏れちゃった・・・でも、うん。割といい。なんだか一緒に気持ちよくなってるって感じで。
・・・って、私は一体何を言ってるんだろう?どっかおかしくなっちゃったのかな・・・。
まるで誘ってるみたいな祐巳ちゃんの瞳に、部屋に響く甘い声・・・心臓の音まで聞こえてきそうなほどの至近距離で、
私たちはしばらくお互いを見つめていた。
ロマンチックというよりは、最近ではこうやって見つめるのが一種の挨拶みたいになっていた。
潤んだ祐巳ちゃんの瞳の中に、私が映る。
首の後ろに回されたか細い両腕が小刻みに震えていて、祐巳ちゃんの緊張がこっちにまで伝わってくるようで・・・。
もう一度深いキスをした後、私は祐巳ちゃんの首筋に顔を埋めるとそっと言った。
「愛してる、祐巳ちゃん。本当に・・・綺麗だ・・・」
「あ、ありがと・・・ございます・・・」
少し照れたような祐巳ちゃんの声に、思わず笑ってしまった。だって、あまりにも可愛かったもんだから。
細い首筋から鎖骨にかけて、私はそっと舌を這わせてゆく・・・最高の食材を味わう時のようにゆっくりと・・・じっくりと・・・。
「はっぁ、っふ・・・ん・・・ふぁ」
声にならない声・・・言葉にならない苦痛と快感を、祐巳ちゃんはきっと今味わっているに違いない。
このとらえどころの無い快感は、決して言葉では言い表せるものではないという事は私もよく知っている。
やがて祐巳ちゃんの下着に手をかけ、露になった胸の突起をそっと摘んだ時、祐巳ちゃんの私を抱く腕がビクンと震えた。
「どうしたの?今日はいつもに増して敏感じゃない」
「そ、そんな事・・・つっ」
「ああ、ごめん・・・痛かった?」
胸の先端の祐巳ちゃんの感じやすい部分を口に含んで軽く噛む。襲ってくる苦痛と快楽に歪む祐巳ちゃんの顔が見たくて。
あまりにも感じる祐巳ちゃんが愛しくて、ついつい意地悪をしたくなってしまうのはいけない事だとは思うんだけど、
心はそうは思ってはくれなくて・・・。口では謝っていても、心の中ではそんな祐巳ちゃんの反応を楽しんでる自分もいる。
「何だか・・・きょ、のせ・・・さま・・・はぁ、ぁん・・・いつもと・・・・ちがっぅ・・・」
「・・・そうかな?そうでもないと思うけど」
案外鋭いな、祐巳ちゃんは。本当の私はもっと残酷で、実はもっと・・・まぁ、これは言わないけど。
何にしても、祐巳ちゃんが悪いんだからね?だって、こんなにも可愛い格好して綺麗に化粧までして私を誘うんだもん。
そりゃこんな気分にもなる。だって・・・ロリータに猫耳は・・・反則だよ、ほんとうに。
そう、祐巳ちゃんは本当に凄い格好だった。あの水着事件以来の衝撃だったんだ。
レースの沢山ついたゴテゴテした衣装と、それに合わせた白い猫の耳・・・本当に可愛らしかったんだ・・・。
壊したい、と思ってしまっても・・・仕方ないと、そう思わない?
小さな胸から口を離した私を見て、祐巳ちゃんは一瞬ホッとした顔をする。
でもね、そんな顔してられるのは・・・多分、今のうちだけ・・・だよ?
私は胸の先端を右手で弄びながら、左手を最後の一枚となった下着に手をかけた。
ビクンと震える祐巳ちゃんの太ももとかがやけに艶めかしい。
スベスベの肌はいつも思うんだけど本当に気持ちいいし、ほんの少し汗ばんで手に吸い付く感じも堪らない。
多分、祐巳ちゃんの一番敏感な場所はすでに濡れてると思うんだけど、
でも・・・まだもう少しだけ祐巳ちゃんの切なそうな顔を堪能しよう。
恥ずかしそうに顔を真赤にしている祐巳ちゃんの耳元で、私は静かに言った。
「ねぇ、今日は私も気持ちよくしてよ」
「えっ・・・?そ、それはどういう・・・」
突然の私の言葉に、どうやら祐巳ちゃんは相当驚いたように目を丸くした。
そりゃそうだ。誰だって突然こんな事言われたら驚くに決まってる。でも・・・さっきのキスの時からずっと続く変な気持ち・・・。
これは多分、私もまた祐巳ちゃんのように・・・いや、祐巳ちゃんに愛されたいんだ。きっと。
いつもは祐巳ちゃんがイクのを見るだけで満足するけれど、どうやら今日はそうはいかないみたいで・・・。
私は驚く祐巳ちゃんの視線から離さないようゆっくりと自分のブラウスのボタンを外してゆく。
あぁ、なんだろう・・・こんな気持ち、本当に久しぶりだ・・・そうだよ、エッチってこんなにもドキドキするんだっけ。
「せ、聖さま!?え、えっと・・・わ、私どうすればいいかなんて・・・全然分からないんですけどっ・・・」
慌てる祐巳ちゃんの声。でも、視線はしっかり私の胸元に注がれている。
「大丈夫。いつも私がするみたいにしてくれればいいから」
私の言葉に、祐巳ちゃんはゆっくりと首を縦に振ってくれた。
そして、そんな祐巳ちゃんを見て、もう一つ思い出した。大事なことを・・・。
愛し合うってのは、お互いを求めるって事だったんだって事を。
第十八話『初めての快感』
ど、ど、ど、どうしよう。ちゃんとできるのかな?
ていうか、いっつも聖さまにしてもらうばっかりで、そういえば私から聖さまに何かした事なんて無かった。
つうか!!聖さまの裸を見たことさえ無いよっ、私!!!
どうすればいいのか、とか、果たして聖さまを気持ちよくする事なんて出来るのか、とか、一杯思うところはあるんだけど・・・。
それよりももっと重要な事・・・それは、私は本当に聖さまにする事が出来るのかって事。
簡単に頷いてはみたものの、私・・・聖さまの身体に触りたいとか、ちゃんと思ってるんだろうか?
いつもは聖さまに全てを任せているばかりで、まさか自分が聖さまに何かするなんて考えた事もなかった。
でも・・・でもね、私変なんだ。
さっきからずっと・・・視線は聖さまの胸に釘付けで、心のどっかではそんな聖さまってば綺麗だなぁ・・・、
なんて考えてドキドキしてる自分が居て・・・。
ブラウスを脱ぎ終えた聖さまは今度はゆっくりとズボンを脱ぎ始めた。そんな仕草にいちいちドキドキしてしまう自分。
なんていうか・・・はしたないっ!!でも・・・でも・・・なんでかな。それでもいいやって思う自分もいる。
「なぁに?そんなに見られてたら脱ぎにくいんだけど」
「べ、別に・・・そんなつもりじゃ・・・」
意地悪に微笑んでわざと私の目の前で服を脱ぐ聖さま。多分、これが聖さまの策略に違いない。
だって、絶対この人自分が綺麗だって事知ってるもの。
口ではそんな事言いながら、私の中の何かを掻き立てようとしてるんだ。
「そう?てっきり私に見惚れてるのかと思ったんだけど・・・そっか違うのか。それは残念」
・・ほらね。こんな台詞相当自分に自信がないと言えやしないよ・・・こんな時でも聖さまは自信満々なんだ。
それに比べて私は・・・・本当に情けない。今も心のどっかでは迷ってるんだもの。
下着だけになった聖さまは、相変わらず意地悪な笑みを浮かべて私に詰め寄って言った。
猫みたいな目をして、四つん這いになってしなやかな身体をわざと私に見せつけるように・・・。
逃げようとする私の腕をそっと掴み、強引に口付ける。
聖さまの舌が私の口内に侵入してきたかと思うと、あっという間に私から理性を奪ってゆく。
「んぁ・・・ゃあ・・・ぁっ・・・はぁ・・・・んん」
「・・・ん・・・んむ・・・祐巳ちゃん・・・舌遣い・・・上手になったね」
「そ、そんな事・・・ゃん!」
私の言葉を聞き終える前に聖さまの舌は次の目標を目指していた。首筋を伝って鎖骨・・・そして、胸・・・。
私の胸の先端に舌を這わせる聖さまは少しだけ視線を伏せて愛しそうに目を細めていて・・・。
私に跨って押さえつけるみたいに乱暴なのに、どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも分からなかった。
だからかもしれない。私は、すっかり聖さまの術中にはまってしまっていたのかも・・・しれない。
気がつくと私の手は聖さまの下着のホックに伸びていて、自分でも気がつかないうちに簡単に下着を剥ぎ取ってしまっていた。
露になった聖さまの胸は、私のモノよりもずっと白くてまるで陶器のようで・・・すごく綺麗・・・。
「・・・やっと・・・その気になってくれた?」
やっぱり意地悪く微笑む聖さまの顔を見て、私もつられて思わず微笑んでしまった。
「私の負けみたいです。だって・・・聖さま凄く・・・綺麗だもの・・・」
「それはそれは、どうもありがとう。でも、祐巳ちゃんのが綺麗だけどね」
いや、そこは別に張り合う所でもないような気がするんだけど。まぁ、悪い気はしないけどね。
聖さまは四つん這いになって私に跨っているもんだから、胸が目の前にあるわけで・・・。
それに気づいた時、私の中の迷いはすっかり消えてしまっていた。
「聖さま・・・触っても・・・いい?」
困ったような照れたような私の曖昧な態度に、聖さまは柔らかく微笑む。
「どうぞ?いくらでも」
聖さまの言葉を聞いて、私はそっと聖さまの胸に触れてみた。それは、新しい感触だった。何ていうのかな。
自分のとは全然違う、柔らかくて暖かくて・・・何よりも・・・気持ちいい。
「祐巳ちゃん、そんな触り方じゃくすぐったいよ」
笑いを堪える聖さま。でも、心臓の音は凄く速い。きっと聖さまも内心では凄くドキドキしてるんだ・・・・そう、今の私みたいに。
だから私は意を決していつも聖さまがしてくれるみたいに触ることにした。
最初は優しく触れるだけ・・・でも、次第に強く、早くしてゆく・・・すると、突然聖さまの身体がピクンと震えた。
「せ・・・さま?」
「ん・・・大丈夫。続けて?」
「・・・は・・・い・・・」
やがて聖さまの胸の先端がゆっくり膨らんできて、私の指がそれに触れた途端聖さまの口から甘い・・・というか、
何かを我慢するような声が漏れた。
「っん・・・はぁ、はぁ・・・以外に・・・うま・・・っい、ね」
困ったように笑う聖さまの顔を見て、私はにっこりと笑って言った。
「だって・・・お師匠様が上手ですから」
「・・・なるほど・・・っふ・・・っく」
私が聖さまの胸に触れるだけで、聖さまはこんな顔をしてくれる。これって、凄く新しい快感だった。
こんな聖さまの顔が見れただけで私はもっと聖さまを気持ちよくしたい!なんて気持ちに駆られてしまう。
聖さまの身体が徐々に熱くなってきて、私の秘密の場所は自分でも分かるほど濡れていて・・・。
切なくて、愛しくて、これが苦痛なのか快楽なのかも分からないほど私は聖さまに夢中だった。
身体を少しだけ起こして今度は聖さまの胸を口に含む・・・でも、生憎全部は入りきらなくて・・・。
「ぁんむ・・・ん・・・っふ・・・」
必死になっていつも聖さまが私にしてくれるみたいにしようとするんだけど、これがなかなか難しい。
でも、聖さまは言った。
「そうそう、上手だよ。祐巳ちゃん・・・気持ち・・・い・・・い」
必死になって声を押し殺す聖さまが愛しくて、私はさらに夢中になって舌を遣う。
そのたびに聖さまの身体が震え、私の顔の横に置かれた体重を支えている手に力が込められているのが分かった。
やがて、聖さまが静かに言った。
「胸はもういいよ、祐巳ちゃん。だから次は・・・ほら、こっちを舐めて」
そう言って聖さまはゆっくりと起き上がり最後の下着を脱ぎ始めた・・・や・・・やだ・・・どうしよう。
どうして・・・こんなにもドキドキするの?どうして・・・早く聖さまの全てを見たいとか・・・思ってしまうの?
「あ・・・わ、私・・・」
聖さまの全てを目の前にして、私の緊張はピークだった。でも、そんな私の髪を聖さまは優しく撫でる。
「ほら、いつも私がやってるみたいにしてよ」
態度は優しいのに、この偉そうな口調が・・・もうどうにも堪らない。もしかして・・・私ってMなのかな?
恐る恐る聖さまの秘密の場所に顔を近づける私を、見下ろす聖さまの顔は、本当に楽しそうで・・・。
「えと・・・う、上手くないかもしれませんよ?気持ちよく・・・ないかも・・・」
「大丈夫だって。師匠は上手なんでしょ?」
そう言って私が舐めやすいように自分で足を開く聖さまの顔は、いつも以上に意地悪に見える。
そして知った。この新しい快感は、凄く癖になるって事を。
最初、他人のそんな所を舐めるなんて!とか思っていたのに、今ではどうだ。そんな気持ちはもう少しもない。
聖さまの秘密の場所は凄く濡れてて、でもそれが私には凄く嬉しくて。
そっと人差し指でそこをなぞると、聖さまは小さく呻いた。そして唇を聖さまの秘密の場所にあてた瞬間。
「ふぁ・・・ん」
今までとは違う甘い声が聖さまの口から漏れた。その声だけで・・・その声がもっと聞きたくて私は・・・私は・・・。
「はぁ・・・っふ・・・へい・・・はまっ・・・ひもひいい・・・れふか?」
「うっ、うん・・・んん!」
泣き出しそうな聖さまの声が、私の中の何かを壊してゆく。
あの何とも言えない快楽に、聖さまはちゃんと浸れているのだろうか?
口の中は聖さまから溢れてくる液体で一杯になって、それを飲み込む度に聖さまをずっと近くに感じて。
聖さまの一番敏感な場所は、もう私を待ってる・・・そんな考えさえ脳裏を過ぎる。
「はぁ、はぁ、そ、それじゃあ・・・入れ・・・ますよ?」
「うん。ねぇ、祐巳ちゃん・・・私達・・・今、同じ気持ち・・・だよね?」
突然の聖さまの不安げな言葉。これは、私が聖さまを求めてるかって事を聞いてるんだろう、きっと。
「ええ・・・こんな・・・気持ち・・・生まれて初めてで・・・」
何だか泣きそう・・・どうしてだろう?こんなにも聖さまに触れたい。抱きしめたい。愛したい・・・愛してほしい・・・。
私の言葉に、聖さまは優しく笑った。そして、そっと私の身体を引っ張って口付けてくる。
「良かった。でなきゃ寂しいもんね・・・」
「そう・・・ですね。私もそう、思います」
新しい快感は思っていたよりも想像してたよりもずっと・・・甘くて、切ない・・・ものだった。
第十九話『いつでも二人で』
祐巳ちゃんの舌遣いとか、指遣いは思っていたよりもずっと上手だった。
思わずこの私が声を漏らしてしまうほどだったのだから、結構上手だと・・・思う。
「ねぇ、祐巳ちゃん・・・早く入れてよ。私をイかせて?」
私の言葉に祐巳ちゃんは顔を赤らめ、無言で頷く。私の身体はすでに完全に祐巳ちゃんのモノだった。熱くて、酷く疼く。
最近はずっとご無沙汰だったからかもしれないけれど、多分それだけじゃない。
これから祐巳ちゃんが私の中に入ってくるんだと思うだけで、胸が締め付けられるみたいに痛くて甘いんだ。
そんな事を考えるだけでほら・・・また私の中から愛液が溢れてくる・・・。
「聖さま・・・すごいですよ・・・」
「うん、知ってる」
そんな事とっくに。でも、もう一つ私は知ってる。実は祐巳ちゃんだって相当濡れてるって事を。
真っ白な保健室のシーツには私達がつけたシミがいくつか出来ていて、
それを見るだけでどれほど私達が今どれほど幸せかって事が分かった。
私は祐巳ちゃんが指を入れやすいように足を開き、祐巳ちゃんを待つ。
緊張しているのか、ゴクリと祐巳ちゃんが息を飲むのが聞こえる。
やがて意を決したようにゆっくりと祐巳ちゃんは中指を私の中心に向って動かした。
一瞬ヒヤっとした感覚が私の全身を襲い、思わず身体を震わせてしまう。あぁ、こんな快感は本当に久しぶりだ。
入り口の所でまだ怖がる祐巳ちゃんを見て、私は少しだけ腰を動かしてみた。
すると、思いのほか指はすんなり私の中に入ってくる。
「・・・っく・・・」
そのあまりの快楽に思わず私の口から声が漏れる。
それとは裏腹に祐巳ちゃんは目を見開いて私の中に深く沈められた自分の指を見つめていた。
「な、何てことするんですかーーっ!!は、入っちゃったじゃないですかっ」
「何を今更・・・んっく・・・最初・・・から、入れるつもり・・・ぁっん・・・だったんでしょ?」
私の中に深く沈められた指が、硬直したように動かない。でも、私にはそれでも十分だった。
こんな気持ち自分でもおかしいと思うんだけど、何でかな。
ただ祐巳ちゃんが私の中に居るってだけで、私はイキそうだったんだ。
「ほら、ちゃんと動かしてよ」
「うぁ、は、はい・・・えっと・・・こ、こうです・・・か?」
「っん・・・ふぁ・・・あっ・・・んん」
ぎこちない祐巳ちゃんの指が私の中を探るように動く。耐えられない程の疼きが私を支配する。
それと同時に湧いてくる祐巳ちゃんに触りたいという感情。
私はそっと祐巳ちゃんの胸を探り、すでに硬くなった先端を指先で弄った。
「あっ、んっ!ちょ、ちょっと聖・・・さまぁ!!!」
「ほら、指が止まってるよ」
「そ、そんな事・・・言われて・・・もっ・・・やぁん」
祐巳ちゃんの甘い声は私には最高のBGMで、私の中に沈められた指先が震える感覚も私には堪らなかった。
多分、私の中は愛液で凄いことになってると思う・・・保健室に響く水音が、それを全て物語っているから。
「ねぇ、もう一本入れてよ、祐巳ちゃん」
「え、ええ?!い、痛くない・・・ですか?」
「へーき。これだけ濡れてりゃ何されたって痛くないと思うよ?」
それに・・・正直一本だけじゃ足りないし・・・とは、流石に言わないでおいた。
私の熱くなった身体を癒せるのは祐巳ちゃんしかいない。それは祐巳ちゃんだってそうだ。
お互いの熱を収めることが出来るのは・・・私達しかいないんだから。
「ほら、早く」
「は、はい・・・えっと・・・こう・・・ですか?」
祐巳ちゃんの人差し指が、私の中にいる中指に沿うように侵入してくる・・・ゆっくりと、何かに怯えるように。
「っく・・・はっ・・・」
「だ、大丈夫ですか!?い、痛くない・・・ですか?」
心配そうな祐巳ちゃんの瞳にうっすら涙が浮かぶのを見て、私は何だか嬉しくてしょうがなかった。
「痛い・・・訳じゃないっ・・・よ・・・んっく・・・ふぁ・・・」
それを聞いてホッとしたような祐巳ちゃんの顔・・・ただ嬉しくて・・・とは、言えなかった。私にはもう、限界だった。
祐巳ちゃんに触れられる事が、好きな人に触れられる事が・・・こんなにも気持ちいいなんて思ってもみなくて。
正気を失いそうなほどの快感が波になって押し寄せてきても、私はそれをシーツを握り締めて見送った。
だって、どうせなら祐巳ちゃんと一緒にイキたいじゃない。
私は祐巳ちゃんのゆっくりと、でもぎこちない指の動きに身を委ねないようにしながら、祐巳ちゃんの身体をそっと引き寄せた。
「せ・・・さま?」
「指は・・・抜かないで・・・そのままでもっとこっちに来て」
「は、はい・・・」
おずおずと近づいてくる祐巳ちゃん。ほんの少し祐巳ちゃんが動くたびに私の中にまで振動が伝わってくる。
決して激しく動かされてる訳じゃない。それなのに、こんなにも感じてしまう。
荒くなる息遣い・・・速くなる鼓動・・・震える瞳に熱くなる身体・・・。祐巳ちゃんの全てに、私の全てが反応する。
「んっ・・・あ・・・」
思わず漏れた声に、祐巳ちゃんは少し戸惑ったような顔をして私を見上げ言った。
「聖・・・さま・・・キスしても・・・いい?」
「ん・・・」
ゆっくりと目を閉じると、暖かくてやわらかい感触が唇に当たった。
愛しくて、どうしようもなくて、思わず舌を入れると、祐巳ちゃんはすんなりそれを受け入れてくれる。
「ふぁん・・・あッ・・・んん」
「ん・・・んん」
祐巳ちゃんも、今、私が想うように想ってくれてるのかな・・・そうだといいな・・・。
舌を動かすたびに私の中にある祐巳ちゃんの指先がピクンと痙攣して、私の身体を熱くしてゆく。
溶けそうなほどの快感に、祐巳ちゃんの口内を犯す舌にも力がこもって・・・。
「ぁ・・・んん・・・ふぁ・・・・っく」
「はぁ、ぁ・・・ん」
私はキスをしながらそっと祐巳ちゃんの秘密の場所に手を伸ばした。それに気づいた祐巳ちゃんの身体が一瞬強張る。
見なくても分かるほど濡れたそこは、私に触れられるのを待っているようにも思える。
紅く染まった一番敏感な場所は、私の冷たい指先が触れただけでその熱分かった。
「あッ・・・んっ!!」
「ねぇ、祐巳ちゃんも凄いよ?」
多分、私が思う以上に祐巳ちゃんも私を感じてくれたんだろう。ていうか、そうであって欲しいと私が思ってるのかも。
でもさ、やっぱりどっちもが一緒の気持ちって嬉しいし、そうありたいと思うのは悪いことじゃないでしょう?
私は恥ずかしそうに顔を真赤にして俯く祐巳ちゃんの頬に軽くキスをした。
誰も居ない校舎の中・・・昼間は生徒達であんなにも賑わっているのに、今はいやらしく響く水音しかしない。
あと少し・・・ほんの少しでも祐巳ちゃんの指が私の中で動けば、きっと私はあっけないほどすぐにイッてしまうと思う。
ぎこちない祐巳ちゃんの愛情に、私はもう耐えられない。私は祐巳ちゃんの秘密の場所に中指をそっとあてがった。
「ふぁっ・・・やぁ・・・せ、さま・・・だめぇ・・・」
「どうして?私ばっかり気持ちいいんじゃ不公平じゃない」
「で・・・でもぉ・・・」
ていうかさ、そんな涙目でそんな事言わないでよ。そんな顔されたら私は誘われてるとしか思えないじゃない。
いつもよりもずっと狭い祐巳ちゃんの中に指をこじ入れると、祐巳ちゃんの顔が一瞬苦痛に歪んだ。
「いっ!・・・んんっ!!」
「痛い?でも、すぐ気持ちよくなるから・・・安心して?」
「あッ・・・・んく・・・」
身体を捩って私から逃れようとする祐巳ちゃんを見て、私の中の何かが反応する。
多分・・・祐巳ちゃんも気づいたんじゃないのかな。私の中から溢れる液体に・・・。
次第に荒くなる息は最早どっちの息なのかも分からなくて、喘ぎ声が重なってもうお互いの事しか考えられなくて・・・。
第二十話『終着点』
この遊戯の行き着く先って一体どこなんだろう?私はずっと、そんな事ばかりを考えていた。
私のぎこちない指の動きに反応する聖さまの顔は、艶かしいっていうのかな・・・何ていうか凄くいやらしくて。
普段、もしかして私もこんな顔してるのかな?聖さまの指に・・・舌に・・・。
そうだとしたらそれって凄く・・・恥ずかしいし、綺麗だとも思う。
聖さまもこんな風に私の事綺麗だって思ってくれたりするのかなぁ・・・そうだといいなぁ。
聖さまの陶器のような綺麗な顔も、磁気みたいに滑らかな肌も、今はもう薄ピンク色に染まっていた。
でもそれは、多分私も同じで・・・。
喘ぎ声の合間に見せる聖さまの意地悪な笑みは、私の心を全て見透かしているような、そんな気さえしてくる。
「あん・・・はぁ・・・っく・・・」
頭の中では沢山色んな事を考えているのに、そのどれも覚えていられない。どうしてだろう?
とりあえずこの言いようの無い快楽からは、多分、もう逃れられそうにないんだ。
聖さまの長くて細い指が私の中に強引に入ってくるのに、今はこんなにも嬉しい。それに・・・正直、聖さまの言うとおりだ。
気持ちよくてしょうがない。私って・・・本当はこんなにもエッチだったんだ、なんて事に今更気づかされる。
私の中の指が動くたびに私の身体は震え、聖さまの身体も震える・・・お互いがお互いを求めて。
あぁ・・・なんだか・・・凄く・・・気持ちいい・・・。
「祐巳ちゃ・・・ん・・・もっと・・・動かし・・・て・・・」
「あ・・・わ、私も・・・もっと・・・聖さまが・・・欲し・・・い・・・」
ほら、こんな台詞いつもの私なら絶対に言えない。ていうか、ありえないよ、ほんと。
でも、今の私はとりあえず聖さまにめちゃくちゃにされたくてしょうがないんだ。激しいほどの聖さまの愛が・・・欲しいんだ・・・。
私は聖さまの中に入れた二本の指をがむしゃらに動かした。突いたり、回したり・・・いっつも聖さまが私にそうするみたいに。
「はっ・・・あぁ・・・んっ・・・くぅ・・・」
「は・・・ぁ・・・ぁあ・・・ん」
聖さまの指が私の中を掻き回す。痛いほど、色んな所を突いてくる・・・その度に私は何故か凄く切なくなって・・・。
ふと聖さまの顔を見ると、私を見下ろしてそんな泣きそうな私の顔を、やっぱり泣きそうな顔をして見ている。
今、きっと、私達の心は一つなんだ、と・・・そう、思った。
「ほら・・・うっ・・・ゆ・・・みちゃんっ・・・そろそろ・・・限界・・・でしょ?」
「はっ・・・ああッ・・・んぅ・・・」
返事をしたいのに、まともに言葉さえ話せなくて、もどかしい快楽の波だけが私を浚おうとして・・・。
そんな私の頭を、聖さまは抱えるようにしてさらに私の中を激しく掻き回し始めた。
私もそれに習って同じように聖さまに愛を返す。そして・・・一番大きな波がやってきた。足と腕と、指先にまで力がこもる。
「うぁっ・・・ちょ、キツ・・・」
「らって・・・も・・・だ・・・め・・・あっ、はぁ、んっ・・・っく・・・」
身体が無意識のうちにピンと伸びて、聖さまの中から指が抜けてしまいそうになるのを必死に堪えた。
最後まで・・・最後まで聖さまと一緒に・・・そんな想いが頭の中を一杯にして、今の私を突き動かしている。
すると、それまで私の中を何か別の生き物みたいに動いていた聖さまの指に、今まで以上の力が込められたのが分かった。
「あッん・・・っふ・・・ぅっく・・・んん」
何かを堪えるように俯く聖さまを見て、私はようやく自分の想いを解放した・・・。
「あっ、あん・・・せ、さま・・・っあ、あッ、ん・・・はぁ、はぁ、はっ・・・あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あ・・・ゆ・・・み・・・ちゃ・・・んっ・・・っくぅうッ・・・んんぅっっ!!!」
激しい息遣いと、響き渡る水音・・・そして、私達の声が重なった・・・。
私の指を伝って、聖さまの愛液が溢れてくる・・・もちろん、私の中からも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あー・・・シーツ・・・洗わなきゃな・・・。
ボンヤリと聖さまの中から溢れてくる液体を見つめながらそんな事を考えていると、聖さまが肩で息をしながらポツリと言った。
「シーツ・・・洗わなきゃ・・・ベッドも天日干ししなきゃかな・・・」
だって。そんな聖さまの台詞に、思わず私は笑ってしまった。だって、全く同じこと考えてるんだもん!
「何?何がおかしいの?」
ちょっと怒ったような聖さまの顔が余計に可笑しくてさらに笑っていると、突然聖さまに抱きしめられた。
「な?せ、聖・・・さま?」
「どうしてだろ・・・祐巳ちゃんはそんなに上手い訳じゃないのに、どうしてあんなにも気持ちよかったんだろう・・・」
「ど、どういう意味ですか!だから言ったじゃないですかっ、私どうすればいいか分かりませんって!!」
っとにもう!何気に失礼な事をサラッと言うんだから、いつでもっ!!
「いや、そうじゃなくてさ。私、凄く気持ちよかったのよ。
あぁ、今祐巳ちゃんが私の中に入ってきてるんだなぁ、とか思うだけでゾクゾクしちゃってさ。
・・・ヤバイなぁ・・・これって癖になりそう・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何、そのコメント。ていうか、あんなにも激しくお互いを求めた後の台詞がコレ・・・全く、ムードも何もあったもんじゃない。
でも・・・それが聖さまなんだな、きっと。どこまでも自由で、奔放で、決して捕まらない。それが聖さま。
「ね、ね、またしようね?」
子供みたいな笑顔で私の唇を奪う聖さまを見て、私も嬉しくて思わず後先考えずに頷いてしまって・・・。
いっつも聖さまのペースに乗せられて、気がつけば聖さまを求めていて・・・これじゃあ駄目だって思ってても、もう戻れない。
だって・・・実を言うと、私も癖になりそう、って、そう思ったんだもん。
「聖さまってほんと、エッチですね!」
「そんな今更。知ってたでしょ?」
「ええ、知ってましたよ。だから、あえて言ってるんですよ。
聖さまと付き合えるのなんて、世界中探しても私しか居ませんよ、きっと」
聖さまの柔らかい胸の中でフンと鼻を鳴らした私に、聖さまは笑って言った。
「それって、祐巳ちゃんもエッチって事?だから私の相手は祐巳ちゃんしか出来ないって、そういう事?」
「ち、ちがっ!い、色んな意味でですねぇ!!」
「どうだか。ほんとは祐巳ちゃんだってまたしたいって思ったくせに。まぁ、でも・・・それでもいいよ。いや、それでいいよ。
私はもう、祐巳ちゃん意外の人とは付き合う気もないし。
祐巳ちゃっんて人間を知ってしまうとね。きっともう、離れられないなぁ」
あくまでもからかうような声。でも、愛情だけはたっっぷりと詰まってる。
「あ・・・わ、私・・・も、ですよ・・・」
・・ほらね、聖さまってやっぱり、計り知れない。終着点はいつも甘くて、ちょっぴりくすぐったくて・・・そして、愛で溢れてる。
今、心から・・・そう、思う。
閑話休題。『その時私は』
・・そういえば、祐巳はどこへ行ったのかしら。聖さまも一向に帰ってこないし、連絡一つよこさない。
私は机の上に並べられた豪勢な食事を食べながらそんな事を考えていた。
どうせなら祐巳と食べたいわ・・・それなのに、誰も何も教えてくれない。
「お姉さま、一つお聞きしたいのですが・・・」
「あら、祥子・・・何かしら?」
「あのですね・・・その・・・祐巳は一体・・・」
私が言い終わらないうちに、お姉さまは江利子さまに呼ばれて行ってしまった。
全く・・・せめて私の質問にお答えしてから行けばいいのに・・・。まぁ、いいわ。他の人に聞きましょ。
「ねぇ、令・・・」
私はここで端と思った。令に聞いたって、きっと何も知らないに違いない。
だって、令はいつも肝心な事には全く気づかないんだもの。令では駄目ね。それじゃあ由乃ちゃんはどうかしら。
「由乃ちゃん、ちょっとお話があるんだけど」
「はい、何ですか?祥子さま」
「あのね・・・祐巳はどこに居るか聞いてないかしら?」
私の質問に、由乃ちゃんは首を傾げた。どうやら何も知らないみたい。
もう!いつもは余計な事に真っ先に首を突っ込むのに、こういう時に限って何も知らないんだからっ!!
「・・・もう、いいわ。ありがとう」
次は志摩子よ!あの子はポヤヤンとしてるけど、やる時はやる子だもの。
ましてや聖さまの妹だし・・・何か知っているかもしれないわ。
「志摩子、聖さまがどこへ行ったか知らないかしら?」
「・・・お姉さま・・・ですか?」
「ええ、そうよ。ちょっと用事があるんだけど・・・連絡がつかないの」
マリア様、これぐらいの嘘には目を瞑ってくださいね。だって、私の可愛い祐巳のピンチですから・・・。
けれど、私は一つ誤算してた。志摩子は・・・志摩子は・・・。
「申し訳ありません、祥子さま。居所の見当はつくんですが、それをお教えする訳には参りません・・・。
お姉さまはきっと、それを望んでませんから」
「あ・・・そう・・・」
口が貝のように堅いんだった・・・でもこれで分かった。聖さまと祐巳は、今絶対に二人っきりだって事。
多分、保健室に居るんだろうけれど・・・流石に一人で行くのは怖いし・・・どうしようかしら・・・。
そうだ!SRGに頼んでみたらどうかしら?保健室までついてきては下さらないかしら?
「SRG,お食事中申し訳ありません」
「あら、祥子ちゃん。何よ、どうしたの?そんな改まった顔して・・・」
「あの・・・ちょっとお願いがあるんですが・・・よろしいでしょうか?」
「・・・モノによるわね・・・一応聞くわ、何かしら?」
SRGは食べ物の沢山乗ったお皿を机の上に置くと、私の方に向き直った。どうやら・・・うまくいきそうだわ・・・。
「あ、あのですね・・・その・・・保健室に・・・一緒に行ってもらえませんか・・・?」
私の質問に、SRGは一瞬目を丸くした。
「・・・どうして?」
「いえ、その・・・ここではちょっと・・・」
とてもじゃないけど、聖さまと祐巳の仲を邪魔しに行くとは言えない。
そんな事言ったら、絶対ヤキモチだって笑われてしまうもの。そんなの・・・恥ずかしい!!
顔を紅くして俯く私の肩を、SRGはポンと軽く叩いてにっこりと笑う。そして・・・。
「構わないわよ、そう・・・祥子ちゃんがね・・・いいわよ、行きましょ」
「えっ?!ほ、ほんとうに?」
「ええ、っもちろん。可愛い後輩の頼みですもの。喜んでお相手するわよ」
「あ・・・ありがとうございますっ!!」
「いいえ、どういたしまして」
よし、よし、よし!!!まさかこんなにもあっさり付き合ってくれるとは思わなかったわ!!
やっぱりマリア様は祐巳に相応しいのは私だって、そう仰ってるのね!きっと、そうよ、そううに違いないわ!
私はSRGに付き従うように薔薇の館を出た。でも・・・SRGは何故か温室の方へと歩いてゆく・・・。
あ・・・あれ?ど、どうして???
「祥子ちゃん、多分保健室は今使用中だと思うのよ。だから、ここで我慢してちょうだいな」
「へ?い、いや、あの・・・」
ちょ、ちょっと待って!私はその使用中の保健室に用事があるのであって、別に温室には何の用事も・・・。
私がそんな事を考えているうちに、SRGに腕を引っ張られ気がつけば私達は温室の真ん中にいた。
「ちょ、SRG?」
「ほら、目を閉じて・・・」
は、はい〜?な、何を言ってるんだろう、この人は・・・ところが、いつまでたっても目を閉じない私に業を煮やしたのか、
SRGは物凄い力で私を引っ張って抱きしめた。や、あ、あのですねー・・・な、何か勘違い・・・してらっしゃる???
私がそんな事を考えていた次の瞬間・・・突然唇に何か柔らかいものが押し当てられて、
私はビックリして思わずその場に立ち尽くしてしまった。わ、私の・・・私のファーストキスが・・・。
でも、SRGは止まらない。むしろ早業みたいに私の服を脱がそうとしていて・・・。
「ちょ、ちょっと、お待ちになってくださいっ!!!な、何なさるんですかっ!?」
「何って・・・えっ?違うの?誘ってたんじゃないの!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうして・・・私がSRGを誘うというのか・・・と。私は祐巳一筋だと言うのに・・・。
何も分かっていないSRGに結局仕方なく一から説明するはめになった。恥ずかしいのも覚悟で!!
こんな事なら初めから令についてきてもらえば良かったわ・・・多少たよりなくても、誰も居ないよりはマシだもの。
・・はぁ・・・やっぱり私と祐巳の間には・・・障害が多すぎる。もう・・・どうしてなのかしら・・・。
でも、障害は大きければ大きいほど乗り越えがいがあるものね!ええ、そうよ!!
マリア様は私に試練を与えてくださってるのよ!!!そうに違いないわっっ!!!だから今のキスは無しよっ!!
私のファーストキスは祐巳とに決まってるんですものっ!
「それじゃあ、SRG!私はこれで失礼しますわっ!」
「え、ちょ・・・祥子ちゃんっ!?わ、私はどうすれば・・・」
「他の方をあたってくださいな!」
「え・・・ええ〜?」
そうよ!私の相手は祐巳なのよ。その他なんて考えられないわ!さぁ、祐巳を探しに行くわよ、祥子っ!!
閑話休題『初めはほんの遊びだったのに』
・・どうしようかしら・・・私、このままじゃ治まらないわ・・・。
私はしばらく温室で立ち尽くしていた。でも、いくら気持ちを落ち着けようとしても・・・そんなの無理よっ!!
こうなったら・・・ふ、ふふふ・・・あのコを呼ぼうかしら。そうよ、前から興味あったし、ちょうどいいじゃない。
ポケットの中から携帯電話を取り出した私は、電話帳を開いてある人物の名前を探す。
2〜3回のコール音・・・案外出ないかな?なんて思ってたのに、意外にもあっさりと電話は繋がった。
『ああ、SRG・・・ちょうどいいところに。祥子は一緒にいます?』
「いいえ、居ないわよ。何でも祐巳ちゃんを探しに行くとかでどこかに走って行っちゃったわ」
『そうなんですか?もう、あのコったら話の途中だったのに・・・ところで、どうかされたんですか?』
「ええ、ちょっとね。あのね、悪いんだけど、ちょっと温室まで来てもらえないかしら?」
『温室・・・ですか?』
「ええ、そう。温室。この後のパーティーの事でちょっとしたサプライズを思いついたのよ」
『はぁ・・・構いませんけど・・・』
「そう、なら良かった。それじゃあ待ってるわね」
そう言って私は電話を切った。うふふ・・・可愛い子羊ちゃん・・・何も知らずにノコノコとやってくるのかしら。
そんな事を考えると、私の気分はさらに高揚する。もう、楽しみでしょうがないって感じ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「失礼します・・・SRG?」
ドアが軋む音と共に、子羊ちゃんはちゃんと一人でやってきた。いつものように気高い眼差しが闇の中で光る。
「待ってたわ、蓉子ちゃん」
私は温室の端に腰掛けゆっくりと手招きした。すると、蓉子ちゃんはちょっとだけホッとしたような顔でこちらへやってくる。
「お待たせしました。ところで、どんなサプライズなんです?」
「ふふ、あのね・・・」
私はそう言って蓉子ちゃんに近づくと、そっと服の上から蓉子ちゃんの胸を触った。あくまで、優しくね。
「なっ、何なさるんですかっ!?」
「いいこと。ね、ちょっとだけ触らせて?」
甘えたような声を出す私から、蓉子ちゃんはそっと身を離して私を睨む。そうそう、この子のこういう目・・・堪らない。
「SRG?私はそういうつもりでここへ来たんじゃありませんよ?」
「あら、少しくらいいいじゃない。胸だけよ?」
「胸だけでも何でも!私にはそんな気はサラサラありません!」
・・つれないなー、もう。無理やりっていう選択肢もあるかもしれないけど、それは私の意志には反する。
蓉子ちゃんの場合はどう責めればいいのかしら・・・。
「そう・・・ならしょうがないわね・・・蓉子ちゃんの事・・・私、こんなにも・・・」
ここで小さな溜息を落とす。確か聖はそう言っていた。好きとは言わず、雰囲気で現すのが一番いいんだって。
でも・・・。
「そんな手には乗りませんよ。私はそんなのじゃ、なびきません」
そう言って蓉子ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。こ、これは・・・なかなか手強い・・・。
ていうか、この子ってやっぱり・・・。
「蓉子ちゃんって・・・最高・・・」
「お褒めに預かり光栄ですよ、SRG。それじゃあ、私はこれで」
そう言って蓉子ちゃんは温室を颯爽と出て行ってしまった。
それにしても・・・蓉子ちゃんは美人で気が強くて、
芯がしっかりしてて子悪魔的な魅力もあって・・・パーフェクトだわっ!
ああ、もう!!どうしよう、こんな気持ち初めてよっ!!本気になっちゃいそうよ・・・蓉子ちゃん・・・。
「見てなさい。絶対落としてみせるから」
ペロリと舌なめずりをして、私は温室から出て行った蓉子ちゃんの後姿を見詰めていた。