些細な行き違いで壊れるもの。
ちっぽけな関係で容易く千切れるもの。
そんなギリギリの感情だけど、いつだってそれはそこにあって、
今もずっと私たちを見下ろしている。
雪が降り全てを覆い尽くした。
気持ちも想いも全て白く染まってゆく。
暖かい気持ちが流れ出して、やがて海にたどり着くころ、心には花が咲くのだろうか。
それとも未だ荒れ果てた大地の下で眠り続けるのだろうか・・・。
ホテルのスイートとはいかなかったけれど。
セイの言ったとおり部屋はそんなに広くはなくて簡素なものだったけれど、
ユミにとってはそれで十分だった。
必要最低限のものしか無い部屋の中でもユミにはセイが居ればそれでよかったし、
セイにとってもそれは同じことだった。
抱き合っても抱き合っても拭えない不安とかはやっぱっり沢山あるけれど、
それでもその瞬間だけは世界が二人のものになったようなそんな錯覚にさえ陥りそうで。
部屋をグルリと見渡して嬉しそうなユミに横顔に、セイは微かだけれど微笑んだ。
これで良かったんだ・・・、そんな想いが込み上げてくる。
「祐巳ちゃん、ねぇ、ちょっとだけでいいから隣に座って?」
確かに二人で居るのに、突然寂しくなるのはどうしてだろう。甘い切なさが胸を突く。
あの物語の最後、あれはハッピーエンドだった。
結局騎士は姫と駆け落ちに成功して、見知らぬ町で二人でひっそりと暮らす。
そんなエンディングだった。
でもじゃあその後はどうなんだろう?果たして一生添い遂げる事が出来たというのだろうか?
どうしたって育ちが違う二人の間に諍いは無かったのだろうか?
たかが御伽噺。でも、されど御伽噺・・・。あの二人は自分とユミの姿だった。
この先自分たちはどうなるのだろう?こんな所で愛を確かめ合った所で何か手に入るんだろうか。
ただ空中をボンヤリと眺めるセイを不振に思ったのか、ユミはゆっくりとセイの隣に腰を下ろした。
「どうしました?何か考え事ですか?」
「ん、まぁね。私たちの未来はどこに繋がっているのかな、とかちょっと思っちゃって」
「未来・・・ですか・・・」
そう言って小さく笑うセイに、ユミは首を捻った。
未来。未来なんてそんなもの見えるはずがない。けれどセイは今真剣にそれを考えている。
思い描く事は出来てもそれ通りにはいかないのが未来で、
逆に思い通り作り変える事も出来る不思議なもの。
もし運命があったとして未来がすでに作られていたとしても、今の自分たちにはそれは到底見えない。
「未来がどこに繋がっているのかは分かりませんが、ほんの少し先の事ならわかりますよ?」
ユミはそう言ってセイの冷え切った冷たい手に自分の手を包み込むように重ねた。
「たとえば?」
「たとえば・・・今から聖さまはお風呂に入ります。そしてきっと一緒に入ろうって私を誘います!」
「・・・ふむ、なるほど。当たってるかもね。。それから?」
「それからですか?そうですね・・・多分私はそれを断って聖さまを突き飛ばしてー」
「ええ〜?突き飛ばすの?一緒には入ってくれないの?」
セイはユミの言葉に思わず笑って笑ってしまった。
確かに、ユミの言うとおり少し先の未来なら容易く想像出来る。
そしてきっと嫌がるユミを無理やり一緒にお風呂場まで連れて行ったりするんだろう。
ユミは渋々付き合ってくれて、最初は拗ねていてもすぐに機嫌を直して・・・。
セイはそんな事を想像して微笑んだ。
「ね?そうやって少し先の未来がずっと続けば、気がつけばあっという間に10年20年過ぎちゃいますよ。
10年先の事は分かりませんけど、10分先の事なら何となく想像つくでしょ?
そりゃ事故とか地震とか突然の事には対処出来ないかもしれないけど、
それでもお互いがお互いの10分後の未来の事を考えていたら、
きっと10年先も20年先もこうやって同じこと繰り返してると思いますよ?」
タイムマシンでもなければ見る事も行くことも出来ない未来という大きな道は、
ほんの少し考え方を変えるあけでこんなにも近づくものなのだ。
でも頭ではそう思っていても、もしもの事を考えれば怖くなる。それはもうどうしようもない。
そんな時こそ恥ずかしい言い方をすれば、二人の絆が試される時なのだろう。きっと。
「そうかもね、そんなものなのかもね。
御伽噺の続きをいく考えたって、それは作者にしか分からないんだもんね」
「いえ、もしかしたら作者さえ分からないのかもしれませんよ?
お話が作られた時点でキャラクター達が勝手に作者の手を借りてお話は進んでいくのかも・・・」
そう言ってユミはクスリと笑う。それを聞いたセイも苦い笑みを浮かべた。
「それって・・・イタコみたいでちょっと怖いなー」
「そうですよ。だから誰の人生も皆御伽噺みたいなもんなんですよ、きっと。
誰にも分からないし、誰にも作れない。それを教えてくれたのは聖さまじゃないですか」
「私が?いつ?」
「私を好きだって言ってくれた時からですよ。運命って、人生って分からないなぁ〜なんて思ったのは」
ユミはそう言ってまるで昔を懐かしむかのように目を細め、隣に座るセイにピッタリと寄り添った。
あの頃には考えられなかった。まさかセイと付き合うことになるだなんて・・・。
まさかこんな風に一緒にデートしたり一緒に暮らしたり、
未来の話をするような関係になったりするなどとは。
あの頃のユミが今タイムマシンに乗ってここに来て、
この光景を見たらきっと驚いて腰を抜かしてしまうだろう。
それはきっと、あの頃のセイも同じだ。
でも、一つづつ辿っていけば、ほんの少し後の過去を遡っていけば、全ては必然だったように思う。
「それは私もかな。私も随分と祐巳ちゃんには助けられてたから・・・。
でも、一番驚いたのは随分祐巳ちゃんに待たされたってとこかな。
私が心変わりするとか思わなかったの?」
セイはユミの首の後ろに腕を回し、ギュっと体を抱き寄せると言った。
冷え性のくせに今日はやたらと暖かいユミ。そんな体温が今のセイには心地よかった。
好きだったぬいぐるみのような抱き心地とか、驚いたときの叫び声とか、全てが愛しい。
「それがね〜・・・不思議と思わなかったんですよ。
だって聖さまってすごい一途そうだし、何よりも相当私の事好きだったでしょ?」
ニヤリとユミは唇の端を上げて笑った。いつもセイが何か企むときにするような笑顔だ。
でも、そんなユミの態度にセイは動じようとはしなかった。
「よく知ってるねー。そうそう、私結構一途なんだよね。
恋に落ちにくいけど、一旦落ちたらもう駄目みたいでさ。
どうしてなんだろうね、懲りてるはずなのにさ、駄目なのよ」
「そ、そうなんですか?」
あんまりにもあっさり肯定されてしまったものだから、逆にユミの方が恥ずかしくなって俯いてしまう。
「うん。だから私から言わせれば祐巳ちゃんの方が心配だったな〜」
「・・・・・・そうですか・・・・・・・・・・・」
あはは、と軽く笑うセイ。その笑顔にはもう何の迷いも心配そうもなさそうだった。
きっと今はユミの隣で安心してくれているのだろう。きっと物凄く信用されているのだろう。
でも、初めはどうやらまるっきり信用されていなかった事が分かってとても複雑な気分だ。
「あれ?祐巳ちゃん、どうしたの?複雑そうな顔しちゃって」
「べっつに?なんでもありませんよ。私先にお風呂入ってきますね!」
ユミはそう言ってセイの腕をよけスタスタと浴室に向かった。
今セイはどんな顔してるのだろう?困ってるだろうか、それとも焦ってるだろうか・・・?
ユミがチラリと振り返ると、予想とは反してセイはニヤニヤと笑みを浮かべている。
どうやらそう言えばユミがこうやって拗ねる事を予測していたらしい・・・。
「わ、わざと言ったんですね!?もう知らない!!いーっだ!!!」
ユミは口の端を引っ張った、それなのに、セイはまだ嬉しそうに笑っている。
そんな憎らしいほどの笑顔が、ユミの脳裏に焼きついていつまでも離れようとしなかった。