あの衝動を今もまだ覚えてる・・・。



その頃の私はまだ栞の事をズルズルと引きずっていて、何をするにも無気力だった。

それでも毎日学校には来ていたし、親友だと思える人も出来て幾分か幸せになっていたように思う。

学校自体は楽しいものではなかったけど、それでも家にいるよりは随分とマシだったのを覚えてる。

何気ない一日。皆の笑い声。それにすらついて行けなくて戸惑ってばかりいたあの頃。

キャラクターを少しづつ変えてみても、周りはすぐに順応してくれる訳もなくて…。

私を支えてくれた人たちも私を腫れ物のように扱ってたけど、正直その気の使われ方はありがたかった。

だって思い出したくなかったし…ね。

そんなこんなで毎日を普通の女子高生みたいに送ってたんだ。

そんなある日、その日も教室の窓からただボーッと外を見てたらやたら嬉しそうに歩いてる子がいて

「あぁ幸せそうでいいな…」

なんて思ったんだけどね、その時にはすでにその後ろを歩いてた祥子に目がいってさ。

そしたら祥子が突然キミを呼び止めたんだ。

キミは真っ赤な顔してただ頷いてたっけ…。

その時に思ったんだ。この子はきっと祥子が好きなんだろうな、って。

でもその頃の私は好きとか愛とかもうどうでもよくなってて、ただ馬鹿らしい…って。

ホント最低だよね?自分が失敗したからって。今になれば本当に子供だったんだと思うんだけど…。

まぁ今は大人か?って聞かれたらやっぱり答えに困ると思うけどね。

でもあの時、真っ赤になって俯いたキミを何故かその日ずっと忘れられなかったんだ。

どうしてだか分からないんだけど・・・ただ妙に頭に焼きついたんだ。キミのあの時の横顔が。

その日の放課後、キミはクラスメートと一緒に薔薇の館に来たんだ。

確か、ちょうどでて行こうとした祥子に押しつぶされたんだったっけ?

でもさ、まさかあの時は誰も予想してなかったと思うよ?

祥子がキミを妹にする、なんて突然言い出すなんてさ。

「意外性があってなかなかよろしい」

って私は言ったっけ?でもあの時は本気でそう思ったんだ。

だって他の皆は一癖あるじゃない?

例えば白鳥の中にアヒルが紛れ込んだみたいな感じとでもゆうかな?

あっ、これは別に馬鹿にしてるんじゃないからね?意外性の話だからここはサラッと流してよ。

なんてゆうか、そうゆう親近感の湧く感じがいいな、って思ったんだ。

薔薇の館にはそうゆう住人も必要だと私は思うんだよ。

いつまでも雲の上の人みたいな先入観持っててもらっても困るし。

そんな事全然ないのにね。現に私はこんなにも弱くて脆いし。

でさ、話は戻るけど私はそこで初めてキミの名前を聞いたんだ。

フクザワユミ。あの時なんだか無償にドキドキしたのを覚えてるよ。

たかが名前聞いたぐらいで、って思うかもしれないけど恋なんて案外そんなものなのかもしれないね。

頭でいくら考えたって答えなんて出やしないもんなんだろうと今は分かってるんだけど。

あの頃はそのドキドキすら無視しようとしたんだ。

…でも駄目だった。無理だったよ。

もうあんな想いをするのは一生ごめんだ!!とか思ってたわりにはあっさりと堕ちてしまった。

それほどキミは自然に私の中に入り込んできていたんだろうね?

キミの名を聞くだけで走った衝動は今もずっと胸にあるよ。

だから多分、初めて会ったときからこの運命の歯車は回りだしていて、

気づいたら止められない所まで来てしまっていたんだ。

もう止められないんならいっそ走り抜けるしかないんだろうけど、

でも私がそれをしてキミは傷つかないだろうか?

泣かせてしまったりしないかな?

私はそれだけが心配なんだ…。初めて幸せな恋ってやつを教えてくれたのはキミだったからさ。

守りたいと思うんだよ。その笑顔とキミとゆう人間性を・・・。


ねぇ、最後にもう一度キミの名を教えてくれない?

私だけに聞こえるようにさ。





セイはそこまで書いてペンを止めた。手紙を書くのなんて何年ぶりだろう。

しかも久々に書いた手紙はどこから見てもラブレターにしか見えない・・・。

「おかしいな?私とゆう人間を知ってもらおうと思って書いたのに・・・」

どこで間違えたんだ?とセイは頭をひねる。

とゆうよりも書き出しから間違っているのに気づいていないのはいかがなものだろうか。

「…でもこれは流石に出せないな・・・」

セイはそう言って手紙をきれいに折ると便箋に入れ、引き出しにしまった。



卒業してから早一週間。

卒業式の日からユミにも会っていない。

「あ〜あ。祐巳ちゃんに会いたいなぁ・・・」

セイはベッドに転がってボソリと呟く。

シオリの時とは違うどうしようもない感情ではなくて、まるでゆっくりと流れる清流のような感情・・・。

よく恋は春のようだとゆうけれど、あながち間違いではないかもしれない。

会えないならせめて声だけでも聞きたいけれど電話する用事もないし。

結局することも無くて部屋の掃除なんかしていたら、机の中から便箋が出てきたので、書いてみた。

ただそれだけの事だったのだが、どうも真剣に書きすぎてしまった。

結局出せずじまいに終わった久々の手紙は、今も机の中に大事にしまわれていた。

そのうち何年か後にその手紙はユミに見つけられてしまって、大恥をかくことになるのだが、

それはまだ先のお話。

セイは伸びっぱなしになっていた髪をひとつまみすると天井を見上げ呟いた。

「明日髪切りにいこうかな・・・」





あの時の衝動は今でも忘れないよ・・・。

ねぇ、キミの名は・・・。
































タイトル参考/夢幻紳士 高橋葉介より












キミの名は。