試すような真似をする私を許して。


いつも不安でいる私を許して。


キミの愛を疑うわけじゃないけれど、


キミの愛の深さを信じない訳じゃないけれど、


どうしても答えが知りたい私を許して。





昨日まではあったはずの小さな花が、今朝起きたら枯れていた。

放り出しておいたバケツには薄い膜のような氷がはっていて、なるほど、花が枯れるのにも納得がいった。

咲いていた花を手折って飾るよりは、そのままの方がいいと思ってそうしていただけなのに、何故か泣きたくなった。

冷たい土の上に横たわるその花が無性に苦しくて痛くて、上からそっと土をかぶせる。

そうすればほら、見えないですむから。明日になればきっと、そこにあった花の事なんて、すっかり忘れているから。

そうして埋めてしまった記憶は、いつかまたここへやってくるから・・・。




メリーゴーランドは魅惑の乗り物。そう思うのはユミだけだろうか・・・。

この世の中で簡単に誰でもお姫様になれる、世にも不思議な乗り物だと!

そう、思うのだが・・・しかしそれも王子様がいなければ何も始まらないわけで・・・。

「えーっ!?聖さま一緒に乗ってくれないんですかっ!!??」

「だってー・・・なんだか恥ずかしくない?ネタでしょ、あれは」

「でっ、でも!でも聖さまが乗ると素敵だと思うんですけど・・・」

ユミはそう言ってセイがメリーゴーランドに乗った所を想像して顔を赤らめた。

そんなユミをセイはどこか呆れたような眼差しで見つめている。

「祐巳ちゃん、そろそろ妄想の世界から帰ってきてくれる?」

セイはユミの肩を両手で掴むと自分の方を向かせて言った。

「うぅ・・・王子様がいないメリーゴーランドなんて・・・」

「しかもね。祐巳ちゃんは何か勘違いしてるよ。あれには体重制限があって、大人二人は一緒に乗れないんだ。

でも、お姫様になるには王子様と一緒に乗るのが大前提な訳でしょ?」

「・・・・・・・・っ!!」

セイの一言に、ユミはハッとして顔をあげた。

そうか・・・そういえばそうだ。体重の軽い子供なら二人乗りも許されるだろうが、自分達ではどう考えても重過ぎる。

「ね?だからどっちみち二人で乗っても別のに乗らなきゃならないんだよ。それでもいいの?」

「う・・・そ、それは・・・」

それでは意味がない。意味がないのだ!ユミの思い描く正しいデートでは同じ馬に乗らなければならないのだ。

けれどそれは無理なこと・・・結局一人で乗らなければならないことがハッキリと分かってしまった。

「・・・そうですよね・・・二人で乗れないんじゃ意味ないですもんね・・・」

「そうそう。馬はほら、今度高原とかに行こうよ。そしたらホンモノの馬に一緒に乗ろう?ね?」

なんて言ってみたはいいものの、ホンモノの馬でも二人乗りできるのか怪しいところではあるのだが・・・。

しかし今のユミには効果はテキメンだったらしく、もうすっかり笑顔だ。

セイはそんなユミの頭を撫でながら、そっと腕を差し出す。

「では、次に参りましょうか?」

「はいっ!」

ユミはセイの差し出された腕に自分の腕を絡ませると、笑顔でセイを見上げる。

セイもそんなユミの顔を嬉しそうに見下ろしてくれた・・・。




楽しい時間というのは、どうしてこんなにも早く終わってしまうのだろう・・・。

多分、こんな時だけ時間が早く進んでいるに違いない。本気でそう思ってしまう。

ユミは沈みかける夕日を見ながら最後のアトラクションの列にセイと並んだ。

「これで終わりですね・・・」

ユミが寂しそうにポツリとそう呟くと、セイもまた寂しげな笑顔を返してくれた。

何も言わない。けれど、その心の中は手に取るように解る。

と、思っていたのだけれど。どうやらセイの笑顔にはもう一つの意味も含まれていたらしく・・・。

「ねぇ、これ本当に乗るの?」

「・・・・・・・・」

セイはユミの袖を引っ張り不安そうにそう尋ねてきた。

「聖さま?言いましたよね?メリーゴーランドか観覧車、どちらがいいですか?って」

ユミは袖を引っ張るセイの指をピンと軽く弾くと、軽くセイを睨みつける。

そう、どうしてもメリーゴーランドは嫌だと言ったセイに、ユミは交換条件をつけたのだ。

『・・・わかりました・・・じゃあせめて、観覧車には乗ってくれますか・・・?』

と。

するとセイは少し悩んだように観覧車を下から見上げ、フゥ、と小さなため息を落とし言った。

『わかった』

・・・と。

「うん・・・確かに言った・・・言ったけど!!」

セイはもう一度観覧車を見上げると大きなため息を落とす。

腕はガッチリとユミに固定されていて、逃げる事も出来なさそうだし、順番はもうすぐ回ってくる。

「大丈夫ですよ、聖さま。私が居ますし、それにちょっとやそっとの事じゃ落ちませんよ」

「いや、大した事があっても落ちてもらっちゃ困るんだけど・・・」

セイは胃の辺りを押さえながらゆっくりと列に合わせて足を進めるユミに、ただ付き従うしかなかった・・・。

セイの場合、高所恐怖症というのは少し当てはまらない。

別に一人ならどこへだって登れるし、平気なのだ。まぁ、苦手ではあるのだが。

けれど・・・ユミが一緒となると話は別だ。

もしもの事を考えてしまって、どうしても怖くなる。

もし落ちたら?もし壊れたら?自分はどうなたって構わないけれど、万が一ユミが怪我でもしたら?

そんな事を考えると、どこまでも堕ちる暗い思考。

今までは怖いものなんて殆ど無かったし、全然平気だったのに、ユミと時間を重ねていけばいくほど、

心は臆病になり、怖がりになった。

まさか自分でもこんな風になるなんて思ってもみなかったから、今はまだ戸惑う事しか出来ないけれど、

いつかこんな気持ちも落ち着く日が来るのだろうか・・・。

そして、いつかユミにこんな気持ちを打ちあけることが出来るのだろうか・・・。

「聖さま?大丈夫ですか?」

「うん、平気」

セイの顔を心配そうに覗き込むユミ・・・そう、この顔を、この温もりを失うのが怖いのだ。

好きになればなるほど過保護になって、心配ごとはどんどん増える一方で・・・。

だからセイは多少大袈裟に高所恐怖症なのだと言った。

高いところが怖いと言えば、きっとユミも分かってくれる・・・そう思っていたのに。

「私がついてますってば!」

「う、うん・・・」

ユミは自分がついているから大丈夫だという。そして・・・もうどうしていいか解らなくなってくる・・・。

結局、ユミはセイのものではないし、セイが守らなくても生きていけないわけではない、という事なのだろうか。

なんだ・・・そうか・・・。

セイはため息にも似た安堵の息を吐いた。白く濁った吐息はあっという間に風にさらわれる。

対等でいたいと思いながら、いつの間にかユミを守ろうと必死になっていた自分が少し恥ずかしい。

「ほら聖さま!私達の番ですよ!」

ユミはどこか上の空なセイの手を取り観覧車に乗り込んだ。

ユミに手を引かれるセイの顔は、何故かとても安心したような、そんな顔だった・・・。




やがて観覧車がてっぺんまで来たとき、先に動いたのはセイだった。

それまでずっと無言で外の景色を眺めていたのに・・・。

「せっ、聖さま!?だ、大丈夫なんですか?高いんですよ!?揺れてますよ!!??」

さっきまであれほど高いところは嫌だと言っていたセイの顔と、今の顔はまるで別人のようで・・・。

「平気。もう怖くないよ。祐巳ちゃんがいるからね」

セイはそう言って向かいに座っているユミの隣に腰を下ろすと、じっとユミの瞳を見つめた。

吸い込まれそうなほど大きな瞳は真っ直ぐにセイを見ている。

「え・・・で、でも・・・」

「いいから、黙って・・・これがしたかったんでしょ?」

セイはそう言って夕陽がちょうど目の前に来るのを待って、ゆっくりとユミの顎に手を添えた。

「ど・・・どうして・・・それを・・・」

「しー・・・」

そしてちょうど夕陽が二人を紅く照らし出したその瞬間、セイは首を傾けゆっくりとユミの唇に自分の唇を重ねる。

深く唇を重ねる度に、ユミは切なそうな嬉しそうなそんな不思議な顔をして、セイを見つめた。

やがて夕陽が大きく傾いで海に落ちてゆく間中ずっと、二人は口付けていた・・・。

幸せな時間が終わり、ようやくセイが唇を離した途端、ユミの瞳から大粒の涙が溢れる。

「どうして泣くの?」

「だ、だって・・・聖さまってば、どうしていっつもそんななんですか!?」

ユミは込み上げてくる想いをぶつけるようにセイにしがみつき嗚咽を上げた。

ずっと思ってた事、ずっと言いたかった事が津波のように押し寄せてくる。

言ってもいい?ねぇ、言ってしまってもいい?

ユミがセイに確認するようにセイを見つめると、セイはただ黙って微笑むだけで何も言わなかった。

「いっつもいっつも・・・私・・・驚くような事ばっかりで・・・私ばっかり理解されてて・・・私は何も解らない・・・。

でも・・・っ・・・私も知りたい・・・聖さまの事・・・もっと知りたいのに・・・」

いつもセイはユミの心を見透かしているように、ユミの望む通りの事をしてはユミを驚かせる。

けれど、ユミにはセイの事なんて何一つ解らない・・・いつだって。

自分ばかりが喜んでいて、セイは何も喜んでなどいないのではないのだろうか?

そんな不安ばかりが募る。もう、どうしようもなく寂しくなってしまう。

ユミはセイの胸にしがみついて更に泣き出した。

けれど、セイは困ったように笑うだけで、それ以上は何も言ってくれない。

ただ、ゆっくりと優しくユミの頭を撫でているだけだった・・・。



観覧車はもうじき動きを止める。

これを降りれば、もう終わり。胸の中に残る熱い気持ちだけはそのままに。




騎士はいつだって姫を守ってるつもりでいたのですが。

けれど、姫はもう幼い子供ではありません。騎士にそれが分かったのは、姫の口から漏れた言葉を聴いた時でした。

「貴方の事が・・・好きなのよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

騎士は言葉を失いました。どうすればいいのか解らなかったのです。

自分の役目は姫を守る事で、姫の愛する人になることではないのです。

それは解っていたのに、気持ちは止められそうにありません・・・。

どうすればいい・・・?どうしたい・・・?

自分の中に増え続ける想いは、余計に姫を困らせました。

そ姫が少しづつ不安になっていくのを、騎士はただ黙って見守る事しか出来なかったのです。

そして気づいたのです。姫はもう、自分で選べるのだということを。

騎士が守らなくとも、姫はしっかりと自分の足で立ち、自分の頭で考える事が出来るのです。

騎士はゆっくりと目を瞑り今まで自分がしてきた事をしっかりと胸に刻みました。

そして姫に言います。

「姫、私も貴方の事が・・・」


嵐の前触れとでも申しましょうか、それとも幸せの予兆でしょうか。

今年一番の春一番が、騎士の言葉をさらいました。






私の心とアナタの心は繋がっているのでしょうか?


例えば私と同じ事を想ってくれていたりするのでしょうか?


そうでなければあまりにも寂しいと思いませんか?


そうでなければあまりにも哀しいと思いませんか?

















御伽話   第十一話