まるで好みも違う。噛み合わない二人でも、どこかで繋がる。
根っこの所が同じなら、いつまでも一緒に居られる。
秋風はそんな事を思い出させてくれる。
夜、一人きりの部屋でソファーにもたれ小さなランプ一つを頼りに本を読んでいたら、
何故か急に寂しくなって、思わず電話を手に取ったりして・・・。
番号を押しては受話器を置いて、少し考えてまた番号を押す。
ニ三回コールしたあと、今度は急に恥ずかしくなってまた受話器を置いたりして。
意味もない時間。でも、大切な時間。物憂げに月を見上げ、そんな自分に酔う。
恋なんて、きっとそんな簡単なもの。
「じゃあ次はこれにしようか?」
セイはそう言ってパンフレットの端っこの方を指差した。そこにあるアトラクションは迷宮ラビリンス。
ベタな名前だけれど、多分普通に楽しめるだろう。
セイはユミの顔がパァっと綻ぶのを見て、ニッコリと笑った。
でも、次の瞬間ユミの顔は少し曇り、不安げな顔でセイを覗き込み言う。
「でも・・・大丈夫なんですか?これってきっと鏡張りですよ?オバケ怖いんならこれも・・・」
ユミはそう言ってセイの顔を覗き込んでいたが、内心は入りたくてしょうがなかった。
だって、ずっと前からこの理想のデートプランはずっとユミの中にあったのだから・・・。
鏡だらけの世界で二人きりになってロマンチックな言葉を言われる・・・そうすれば、
一体どんな気持ちになるのだろう?
ユミはそれを想像するだけで胸がドキドキしてきた自分に気づいた。
案外単純な自分の心とは裏腹に、セイの事もやっぱり気になる。
嫌いなものにわざわざ入れだなんて言うほど、ユミは自分勝手にはなりたくなかったから・・・。
「大丈夫だよ。だって、あるのは鏡だけでオバケは出ないでしょ?
それとも最近のはオバケが出るの?」
「さあ・・・?多分大丈夫だと思いますけど・・・」
それなら入らないよ!というセイのスタンスに、ユミはつい笑ってしまう。
そんなに嫌いなのに一緒にオバケ屋敷に入ってくれたのだ。ここはセイを尊重したい。
「なら問題ないよ。全然平気」
セイはそう言ってユミの手を取ると颯爽と立ち上がった。
おいで、とユミの手を引っ張るセイに、ユミはもう半分以上理想のデートなどどうでもいいことに気づく。
結局、セイと一緒であれば・・・好きな人と一緒なら何だっていいのかもしれない・・・。
そんな風に思えてならなかった。
迷宮ラビリンスとは、とどのつまり鏡で出来た迷路である。
中は全面鏡張りで、どこに進めばいいのかが分からない、そんなアトラクション。
ユミは中に入るなり、キョロキョロとあたりを見回した。
やっぱり思ったとおりの一面鏡張りで、前にも後ろにも横にも、全ての壁に自分達が映る。
「なんか・・・こんだけ自分が居ると不気味だよね・・・」
セイはそう言って七色に光る光線を目で追っていた。ユミはそんなセイの言葉に、少し考えて呟く。
「そうですか?私は聖さまが一杯いて幸せですけど」
「なかなか嬉しい事言ってくれるじゃない、祐巳ちゃん。
でもさ、忘れないでね、私と同じ数だけ祐巳ちゃんも居るんだからね?」
セイはそう言っていろんな角度から映るユミを眺めて笑った。
こんなにも沢山のユミに囲まれて生活したら、果たして幸せだろうか?
いや、きっと幸せでは無い。ユミはこの世にはたった一人で、自分もたった一人。
だからこそユミをこんなに大切に思うし、こんなにも愛しく思えるのだ。
セイは心の中でユミに謝った。
『ごめんね、祐巳ちゃん。祐巳ちゃんが言って欲しかった台詞は・・・私には言えないよ』
そしてそっと隣を歩くユミを自分の方に引き寄せ、華奢な肩をそっと抱いた・・・。
「聖さま?怖いんですか?」
「いや・・・違うよ。怖くなんかない・・・ただ・・・」
『愛しくて・・・』
どうしてもその一言が言えなくて、セイは苦い笑みを浮かべた。そして。
「ただ・・・子狸が一杯いるなぁ、と思って」
照れ隠しでそう言って笑うセイ。恥ずかしくて言えない言葉。それはいつだって本心そのもので・・・。
本当の心はなかなか口に出してはいつも言えず、またこうやってはぐらかしてしまう。
しかしそれを聞いたユミは、プーっと頬を膨らませてセイの腕を振り解きズンズン先に進んで行ってしまった。
「祐巳ちゃん、危ないよ?そんな早足で歩いたら・・・」
セイが言うが早いか、ユミがぶつかるが早いか。
案の定ゴツンと大きな鈍い音が響いたかと思うと、
ヘナヘナとユミはおでこを押さえその場にしゃがみこんでしまった。
「だから言ったじゃないっ!大丈夫!?祐巳ちゃん!!」
慌てて駆け寄るセイに、ユミは苦い笑みをこぼし立ち上がった。
「もう・・・私決まらないなぁ・・・いたた・・・」
「祐巳ちゃんは決まらなくていいよ。どこ打ったの?見せて」
セイはそう言ってユミの手を顔からはがすと、赤くなっている箇所を見て思わず笑った。
「な、なんです?何がおかしいんです??」
「い、いや・・・うん。大丈夫そうだね、血は出てないし・・・っくくく」
ユミの顔はおでこと頬が赤くなっていた。
何故そこをぶつけるのか、どんなぶつけ方をしたらそんな所を打つのか。
鼻はどうした?鼻は!?
セイは心の中でそう思いながらもユミの肩に腕を回して、
まだ恥ずかしそうにうつむくユミの頭を慰めるように撫でた。
「良かったね、他に人が居なくて」
「はぁ・・・」
本当にいつも決まらない。挙句の果てに何故か顔を見て笑われる・・・。
もう二度と入らない!!ユミは心の中でそう誓うと、ピッタリと密着したセイの身体にもたれかかるように歩いた。
セイは他に人が居なくて良かったね、というけれど、それは反対だ、とユミは思う。
他の人にはいくら見られてもセイの前でだけはいつでも可愛くありたいと思う。
慣れてしまうのは嫌だし、いつまでもトキメイテいたいから・・・。
セイはそんな風には思ったりしないのだろうか?
ユミがチラリとセイを見上げると、セイもユミの視線に気づいたように横目でチラリとこちらを見る。
「なぁに?」
「・・・いいえ、何でも」
優しくそう言うセイに、ユミも笑顔で返す。そしてもう一度沢山の鏡に映ったセイを見て、実物を見て思った。
「やっぱり・・・聖さまはホンモノが一番いいです・・・」
「私も。子狸は一人で十分。それにこうやって触れるし」
セイはそう言ってイタズラな笑みを浮かべ、クルリとユミを自分の方に向かせると素早くユミの唇を奪った。
「ひゃっ!・・・せ、聖さま!?」
「ふふふ。鏡の祐巳ちゃんじゃこんな事も出来ないじゃない。
こんなにも暖かくて柔らかいのは・・・ここに居る祐巳ちゃんだけだからね」
セイはそう言ってユミの身体をギュっと強く抱きしめた。暖かくて心地よい。鏡のように、冷たくなんてない。
そんなセイに、ユミは慌てたように身体をよじるとセイの腕から逃れようとしたけれど、
セイがそれを許してはくれなくて、結局ユミはクルリと回転しただけでセイに背中から抱きしめられる格好になる。
「も、もう!!聖さまなんて嫌いっっ!!」
「あれ〜?本当に?私なんて嫌い?」
「・・・嘘です・・・大好き・・・」
耳元で意地悪に囁くセイの声に、ユミは恥ずかしくなって俯くとポツリと呟いた。
いつだってセイはズルイ。こんな風に簡単にセイの機嫌をとってしまうのだから。
でも、セイの態度一つ一つに踊らされる自分は・・・嫌いじゃない。
「ふふ。素直で可愛いね、祐巳ちゃんはいつだって。私は祐巳ちゃんのそんな所、凄く好きだよ」
セイはさっきよりもずっと力を込めてユミの小さな身体を抱いた。
壊れそうなほど小さいのに、柔らかくてフワフワしてて・・・本当にぬいぐるみみたい。
あまりの心地よさにこのままずっとこうしていたくなるほど・・・。
二人はしばらくそうやって抱き合っていた。鏡の陰に隠れて、誰にも見つからないように。
非常口の緑色のランプが、二人を照らし、まるで御伽噺の中みたいだった。
「いや〜なかなか良かったね!迷宮ラビリンス」
セイはそう言って秋とは思えないほどの日差しに顔を隠した。
「ええ!楽しかったです!!とても」
ユミはそう言ってセイの隣に並んで立った。今までもこうしてずっと隣に立っていた。
けれど、最近ようやくセイという人間の隣が自分に一番合っていることが分かった。
誰の隣でもないセイの隣が自分は一番好きだった。
薄茶色の髪も、整った顔立ちも、スレンダーな体躯も。全部が見えるこの場所。なんて贅沢なんだろう。
ユミがあれこれ考え事をしていると、突然セイがユミの手を取り手の甲にキスをして言った。
「さて、お姫様、次はどこに参りましょう?」
「そうね・・・次はボートに乗りたくてよ。連れて行ってくださるかしら?」
「もちろん。喜んで」
「ありがとう、聖・・・ふふっ・・・」
「有難きお言葉・・・くくく・・・」
いつもはこんな風には乗らないユミ。いつもなら絶対に言葉にしないこんな話し方。
不意に呼び捨てにされて、セイは嬉しいやら恥ずかしいやら・・・。
でも、何故か楽しかった。そんな事も忘れるぐらい・・・楽しくて。
セイはユミの手を取り、言った。
「行こう!祐巳ちゃん」
「はい!聖さま」
セイに握られた手をしっかりと握り返し、ユミは大きく頷いた。
秋の冷たい風が二人の背中を押す。
まるで応援してくれてるみたいに・・・。
騎士と姫は小高い丘の上に居ました。
ここからの眺めは最高だと、騎士はいつも思っていました。
国が一望出来て、国の至る所に植えられたモミジが真っ赤で。
まるで国全体が一つの大きな木のように見えるのです。
そして紅葉したモミジは木に咲く紅い花のようでした。
「まぁ・・・なんて綺麗なのかしら。私こんな所にこんな場所があるなんて全く知らなかったわ」
「そうでしょう?ここは私のお気に入りの場所なのです。
姫以外にお連れした方は今まで誰一人としておりません」
「まぁ、そうなの?貴方以外にモテないのね」
姫はクスリと小さく笑いました。騎士もそれに習って笑います。
でも姫は知っていました。騎士が本当はとても人気があることを。
だから姫はいつも焦っていました。ですが、騎士はいくら姫が話しかけても知らん振りです。
でもそれは、騎士が意地悪だからではありません。
身分違いの恋が決して許されない事を、騎士はとてもよく知っていたからでした。
姫もそれがいけないことだと言う事はよく知っています。
ですが、どうしても納得がいきません。姫は一番好きな人と幸せになりたかったのです。
でも、どうやってそれを騎士に伝えればいいのか分からなくて・・・。
結局いつまでたってもお互いの気持ちを伝える事が出来ないまま、今まで来たのです。
そして今日もまた、二人は同じ気持ちのまま、紅い花を沢山咲かせた国を並んでいつまでも眺めていました。
言えない言葉はいつだって胸の底で眠っている。
沢山の意味を成さない言葉たち・・・。
いつか弾けてキミに届けば、少しでも私の心を理解してくれる?
その時キミは黙ってそれを聞いていてくれる?