言葉に出さなくても伝わる想い。
言葉に出さなければ伝わらない思い。
早朝、風は冷たくてとても布団から出られそうに無い。そして後少しだけ・・・もう少しだけこのまま眠らせて。
時計の時間は刻一刻と時を刻み続けて、最終警告を鳴らす。
それでも布団の中から出たくなくて、もう一度ゆっくりと目を閉じる事もある。
決して時間の概念が無い訳ではないけれど、時間には縛られたくない。
やらなければならない事も確かにあるんだけれど、たまには全て投げ出してしまいたい。
息をすることすら億劫になってしまうそんな時、このまま永遠に眠りにつきたいと願ってしまうそんな時、
何が、誰が、心を過るのか。
そして結局、また同じ一日が、今日も始まる。
「・・・・・・・・・聖さま・・・・・・・・遅いです・・・・・・・・」
「ごめんごめん、つい本選ぶのに夢中になっちゃって」
セイはユミの前でパンと両手を合わせて頭を下げたが、ユミの表情はまだ硬いままだった。
ピクリとも笑わないユミ。
そんなユミに、申し訳ない気持ちとおかしいのとが入り交じってなんだか不思議な感情だ。
「本・・・?何をそんなに真剣に読んでたんです?こんな時間になるまで」
ユミはわざとらしく、こんな時間、という言葉に力を込めた。
いつだって悪びれないセイに、小さな怒りを覚える。どうしていっつも遅れてくるんだろう?
あまり大事にされてないのかな?・・・そんな気さえしてくる。
「ん?あぁ、本ね。ちょっとした童話なんだけどさ、それが面白くってね」
「へえ。そーですか。待ち合わせにこんなに遅刻してくるほど面白い童話でしたか。聖さまが珍しいですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あぁ・・・やりすぎたか?
セイはユミの顔をマジマジ見つめながらそう思った。
相変わらずピクリとも動かない表情に、トゲトゲしい言葉がザクザクと胸にささる。
でも・・・あの童話・・・。
「聖さま?黙ってないで何か言ったらどうです?」
「だって・・・童話に出てくるお姫様が祐巳ちゃんそっくりだったんだもん・・・」
そう、ユミそっくりだった。元気一杯でお姫様なのに甲斐甲斐しくって、なんだか読んでいて本当に楽しかったのだ。
ポツリとそう呟いたセイの言葉に、ユミは一瞬大きな瞳をさらに見開いた。
「そ、そ、そうですか。それで夢中になっちゃったんですか?」
「うん」
「・・・・・・・・」
前言撤回!!やっぱりセイはセイだ!!!
ユミはヘニャと顔の筋肉が和らいでゆくのを感じた。
何が大切にされてない、だ!そんな事、あるはずもないのに。一つつまづいたぐらいで、クヨクヨしてどーする!
ユミが童話に出てくるお姫様に似ていたからつい本屋で夢中になってしまったセイを、
どうして責める事が出来るというのだ。
ユミはまだしょんぼりしているセイの手を取って、スタスタと歩き出した。
「ゆ、祐巳ちゃん!?」
「ほら、そろそろ行きましょう?」
「もう・・・怒ってないの?」
「ええ、こうやって聖さまは来ましたし、もうそれでいいです」
「・・・祐巳ちゃん・・・」
・・・なんていい子なんだろう・・・。セイは心の中でそう呟いた。
本を読んでいて夢中になってしまったのは、事実。でも、そのせいで遅れた訳じゃあない。
ユミと、ヨシノとレイの行動につい夢中になってしまったのだ。
でも、そのおかげでって訳じゃないけれど、今日はわざと遅刻して正解だったかもしれない。
身勝手な考え方だけれど、たまにはこうしてユミの気持ちを試してみたくなる。
普段何気ない生活の中で、ふとした瞬間に感じる想いの熱は、明らかに自分の方が重いような気がするから。
だから、わざとこんな風にユミを怒らせたり、試したりして・・・。
本当にごめんね?
セイはそういう代わりに、ユミの手をギュっと握った。
「もう仲直りしたみたい・・・ねぇ、令ちゃん見た?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「令ちゃんっ!?」
「あ、ああ、うん、見た見た。仲が良いのはいい事だよね!」
「はぁ・・・もう、そういう事言ってんじゃなくてさ・・・」
ヨシノはあっけらかんと笑うレイの顔を見ながらため息をつくと、ユミとセイを見失わないよう後をつけた・・・。
電車の中で、セイはいつかのデートみたいにずっと眠りっぱなしだった。
ユミはしばらくそんなセイの寝顔を見つめていたけれど、やがて自分も眠ってしまった事に気づいたのは、
終着駅についてからの事だった。
無事何事もなく遊園地についた二人は、入り口でもらったパンフレットを広げると、近くのベンチに腰掛けた。
「さて、どれから攻める?」
「攻めるって・・・戦うんですか?遊園地と・・・」
思わず苦笑いを浮かべると、パンフレットを確認する。
よし、よし!よしっ!!あるじゃない!!!ボート!!!オバケ屋敷にメリーゴーランドっ!!!
ユミはセイには見えないように小さくガッツポーズを取ると、ニンマリと笑った。
『最高のデートにしてみせるわっっ!由乃さんっっ!!!!』
ユミは今頃家でまったりとしているであろうヨシノにそう、呼びかけた。
そして・・・セイの顔をチラリと見る。
セイは真剣な顔で何かを考えるように口元に手を当てて、ブツブツ言っていた。
何を考えてるのかはわからないけれど、その姿は何というか、とても勇ましい。
「祐巳ちゃんはさーどれから乗りたい?」
「えっ!?えーっと・・・」
コーヒーカップ!コーヒーカップ!!!
ユミの中では乗り物の順番はすでに決まっている。
でも、あえてここはセイに主導権を握ってほしい。・・・そんな風に思うのは、やはりどこかおかしいのだろうか?
う〜ん。と悩んでいる振りをするユミ。しばらくセイは、そんなユミを見ていたけれど、やがて口を開いた。
「やっぱり初めはコーヒーカップとかにしとこうか?三半規管とか、慣らしとかないとね・・・後が困るもんね」
そろそろ気づくだろうか?ここまで言えば、流石のユミも電話の内容とあまりにも一致している事に疑問をいだく筈。
しかし・・・ユミは・・・顔を一瞬パァ〜っと輝かせただけで、それ以上何も言わない。それどころか・・・。
「はいっ!!そうですよねっ!!!困りますもんね!!!」
『由乃さんっ、凄いよっっ!!!聖さまエスパーだよっっ!!!』
ユミは自分の思いが通じた事があまりにも嬉しくて、気がつけばセイの手を取って猛ダッシュしていた・・・。
「ちょ、祐巳ちゃん!!そんなに走らなくてもコーヒーカップは逃げないよ!!」
相当嬉しいのだろうか。ユミは息を弾ませてセイの手をキュゥっと握る。
こんなユミを見ると、まるで自分にまでユミの嬉しさが流れ込んでくるみたいに楽しくなってきてしまう。
まぁ、だからと言って、ユミの思い描いたデートにするかどうかは・・・別の話だけど。
セイはコーヒーカップの後に待っているお化け屋敷や観覧車の事を思うと、頭が痛くなった。
今日は平日で学生達の姿はあまり見えない。
たまに見かけるのは家族連れや多分、自分達と同じぐらいの大学生の団体ぐらいで、
遊園地は思いのほか空いていた。
遊園地のキャラクター達がなんだかヒマそうにその辺をブラブラしていたけれど、
ユミはそんなものには全く見向きもしないで、一直線にコーヒーカップを目指してゆく。
やがて目の前に現れたコーヒーカップは誰も並んでおらず、いつでも回しますよ状態。
「空いてますね!聖さま!!」
「うん、本当だ、並ばなくてもいいね」
セイはそう言ってユミに手を引かれながら、様々なコーヒーカップのうちの、
なんだか高級そうな形をしたカップに乗り込んだ。
「聖さま、こういうの好きですか?」
ユミは正面に座ったセイをチラリと上目遣いで見上げた。
するとセイは、ユミの言葉にニヤリと口の端だけを上げて笑う・・・とても意地悪な笑みだ。
「さぁねぇ・・・久しぶりだからなぁ〜遊園地。あ!始まった・・・祐巳ちゃん、覚悟しててね」
「えっ!?ど、どういう・・・キ、キィヤァァァァ!!!!!!!」
しまったーーーーーっっ!!!セイにハンドルを持たせたら・・・っっ!!!
ユミが心の中でそう叫んだ時には既に時遅し・・・。
セイは握ったハンドルをこれでもか!というぐらいの勢いで回している。
多分、物凄いスピードで回っているカップ・・・。
きっとコーヒーの中のクリームはいつもこんな気持ちに違いないと、ユミは悟った。
目の前の景色がグルグル回る・・・セイの顔もグニャグニャしてきた・・・ウプ・・・。
ユミは、セイにハンドルを渡した自分を恨んだ。
思い描いたデートが、遥か遠くの方で手を振っている・・・。
こっちにおいで!と・・・。
二人だけでお出かけするのが初めてだった姫は、前の日、
嬉しくて嬉しくてなかなか眠れませんでした。
そんな姫に騎士はいいます。
「大丈夫ですか?あまり眠れなかったようですが・・・」
と。
しかし姫はそんな騎士の質問に、胸を張っていいます。
「いいえ、十分眠れました。ところで、今日はどこへ連れて行ってくださるの?」
「姫はどこがよろしいですか?」
騎士はニッコリ笑ってそう言いました。その笑顔に、姫の鼓動は高鳴りましたが、自分は姫です。
こんな事ぐらいで感情を悟られてはいけません。
あくまで毅然とした態度でいなければならないのです。
「あら、あなたが誘ったのですから、あなたが決めるべきですわ」
「・・・そうですね、では・・・」
騎士は近くの木に繋いであった馬を二頭連れてきて姫に言いました。
「少し遠出するので乗ってください」と。
姫はためらいました。馬です、馬。乗馬は大嫌いだったのです。
「う、馬ですか・・・そんなに遠くへ・・・行くのですか?」
「ええ」
「そ、そう・・・」
姫は恐る恐る馬に近づきました。一方馬は、姫を一睨みして鼻を鳴らします。
「まさか姫、馬に乗れないのですか?」
騎士はおどおどしている姫にそう言うと、クスリと小さく笑いました。
「の、乗れないのではありませんわ。ただ今日は馬の気分ではないのです」
姫はそう言ってフンとそっぽを向きました。顔は真っ赤です。
騎士は、そんな姫を見てしょうがないな、と呟くと、馬の後ろから何かを引っ張り出してきました。
「こ、これは?」
「ロバです。これなら大丈夫でしょう?馬の気分じゃないなら、ロバに乗ってください。
もし姫が馬に乗れないとはっきり仰ったら私と一緒に乗っていただくつもりでしたが・・・。
気分じゃないのなら仕方ない」
「・・・・・・・・・・・・・・」
姫は想像しました。騎士と一緒に白い馬に乗ってピクニックに行くのを。
そしてもう一つ想像しました。自分だけロバに乗って騎士の後を追うところを・・・。
「いいえ、ロバも馬です。それならあなたと一緒に乗った方がいくらかマシですわ」
姫は顔を真っ赤にしてそういいました。
「そうですか。ではそうしましょう。では手を・・・」
素直ではない姫と、意地悪な騎士。
二人は白い馬に乗って、風を切りながら走ってゆきました。
意地悪をしたいんじゃない。
どんな反応をするか見たいだけ。
これって、そんなに悪い事ですか?