時間があればいいのではなくて、年月が長ければいいものでもない。
全ての時は止まる事を決して許さず、常に刻み続ける。
私達の時間は僅かなモノだけれど、その中でどれだけ一生懸命になれる事が出来る?
お月見の夜に、お団子を食べて、
月を見上げながらゆったりと秋の気分に浸る事をしなくなったのはいつからだろう。
少しづつ少しづつ何かが欠けてゆく・・・。
子供の頃、あんなにもはしゃいだ自分を見失ったのは、一体いつからだろう。
理想と現実の間で、揺れて壊れて・・・いつからあんな笑顔を忘れてしまったのか。
もう一度笑いたい。あの頃のように・・・心の底から、笑いたい。
「私の理想のデートは・・・場所によって違うんだけど・・・たとえば遊園地に行ったら・・・」
ユミは電話を耳と首の間に挟んで、恥ずかしそうに指をミジミジといじり始めた。
電話の向こうからヨシノの、うんうん、という相槌だけが聞こえてくる。
「まずは、ゆっくり園内を見て回って、それから初めはコーヒーカップかな〜。
それで、まず三半規管を慣らすの!」
『さ、三半規管!?そ、それで?その後は?』
明らかにヨシノは動揺している。もちろん、それをドアの外で聞いていたセイもまた同じだった。
「さ・・・三半規管を慣らすって・・・どこからくる発想よ・・・」
セイはドアにもたれかかりながら、中のユミに聞こえないようにボソリと呟いた。
「あ!でも、コーヒーカップはあくまでも優雅でなきゃ嫌かな。
あんまりグルグル回されたんじゃ・・・ねぇ?」
『う、うん。そうね・・・気持ち悪くなっちゃうもんね』
いつもならヨシノとお喋りをしている時は、ユミのほうがどちらかと言えばタジタジしているのに、
今日は逆だった。ヒートアップしだしたユミは、もう止まりそうにない。
自分で言って、恥ずかしい!とか、あはは!!
とか笑ってるあたり、相当デートというものに思い入れがあるらしい・・・。
「それから次は〜お化け屋敷!私ね、実は全然お化け屋敷怖くないんだ。
でも・・・デートとなったら話は別。お化け屋敷に入ったら、聖さまの腕にしがみついたり抱きついたりするの!
そしたら聖さまが言うのよっ!!祐巳ちゃん、大丈夫。私が居るよ、怖くないよ。って!!きゃっ」
ユミは電話をハンズフリーにしてベッドの上に置くと、両手で顔を覆った。
理想というよりは、幻想に近いデート・・・けれど、言ってるうちになんだか楽しくなってきたのだ。
『へ・・・へぇ・・・素敵なデートプランね・・・ありがとう、大分参考になったわ』
一方、ヨシノは明らかに引いている。ドア越しのセイでもそれがわかるくらいだから、相当なのだろう。
「ゆ・・・祐巳ちゃん!!面白すぎっっ」
セイはユミのデートプランを聞きながら、笑いを堪えるのに必死になった。
オバケが怖くないユミが、どんな風にお化け屋敷でお芝居をうつというのか・・・とても楽しみだ。
セイがあれこれ考え事をしているうちに、ユミの妄想はどんどん進んでゆく。
「で、忘れちゃいけないのがメリーゴーランドよね〜。あれほどロマンティックな乗り物もないでしょ!?
ねぇ、そう思わない?由乃さん」
『えっ!?いや、う〜ん・・・私ああいうのはちょっと・・・』
ヨシノの答えに、ユミの声のトーンがいきなり下がった。どうやらこの楽しさを分かち合いたかったらしい。
しかし、そんなヨシノにひるむこともなくユミは放し続けた。
「まぁいいや。それでね、メリーゴーランドでは、。聖さまは馬に乗るの。もちろん白馬よ!?
白馬以外じゃありえないの!
で、私はカボチャの馬車に乗りたいって聖さまに言うんだけど、聖さまが私の肩を抱いて、
祐巳ちゃん・・・お姫様は馬車じゃなくて、王子様の前でしょ?とか言って、私を白馬に乗せてくれるのっ!!
そして自分も颯爽と私の後ろに跨って颯爽と回りだすのよーっっっ!!ヤダっ!!もう、恥ずかしい!!!」
『ゆ・・・祐巳さん・・・颯爽と回りだすって・・・』
「ぶっ!!」
ユミの妄想に耐え切れなくなったセイは、思わず噴出してしまった。
ヤバイ!!ばれた!?と思い、慌ててその場を離れようとしたが、一向にユミは出てこようとしない。
どうやら完全に夢の世界に浸っているらしい・・・。
セイはホッと胸を撫で下ろし、もう一度腰を下ろした。
「・・・多分メリーゴーランドは二人乗りは禁止だと思うんだけど。
それに・・・流石の私もそこまでしないわよ・・・どこの世界の王子様よ、それ・・・」
しかしヨシノやセイが呆れ返ってることなんて全く知らないユミは、まだまだ止まる気配を知らない。
「それで、ちょっと疲れた私に、冷たいジュースを買ってきてくれたりとかしてね!!
木陰のベンチで休むの。爽やかな風が二人を駆け抜けてさ〜・・・。そしてボート!!」
『ボート?あるの?そんなの?』
「あるわ。きっとある。あるところに行く。
大分前にね、ボートに乗った事あるんだけど・・・それがアヒルさんボートだったんだよね・・・。
二人とも最後の方は疲れきっちゃってさ・・・苦い思い出だわ・・・。まぁ、楽しかったんだけどさ。
で、今度のボートはアヒルじゃなくて普通のやつね!もちろん漕ぐのは聖さまなんだけど。
湖の上でさ、真ん中まできたあたりでいいムードとかになってね!!
聖さま・・・祐巳ちゃん・・・って見つめあったりとかしちゃってさーっ!!!うふふ」
ユミはそこまで言って、それ以上のことを想像してニンマリと笑った。
多分相当気味悪い顔をしているに違いないのだろうが、幸い電話の向こうには見えない。
一方ヨシノは・・・。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
完全に沈黙。
セイは・・・。
「っふ・・・っくく・・・うっ・・・ゴホ・・・くくく」
おなかを抱え声を殺して爆笑していた・・・。
「それからね!迷宮ラビリンスってあるじゃない?ほら、あの鏡ばりのやつよ!
あれに入るんだけど、やっぱり私は怖がるのね。
そしたら聖さまが、ほら、祐巳ちゃんこっちだよ、って手を繋いでくれてさ。
私はトキメキながら、沢山の聖さまに囲まれるってのを堪能するの!!」
『・・・・へぇ・・・でも、同じぐらい祐巳さんもいるんだからね?それ、ちゃんと分かってる?』
「失礼ねっ!もちろんちゃんと分かってるってば。でもね、聖さまは言ってくれるのよ。
こんなにも沢山の祐巳ちゃんが居て幸せだな、って!あぁ!!もう、すごい言いそうじゃない!?」
「『・・・そうかなぁ・・・』」
ヨシノとセイは同時に同じツッコミを入れた。
「一体祐巳ちゃんの目に、私はどんな風に映ってるんだろう・・・」
セイはふとそんな事を考えて、少し不安になってきた。
なんだか凄くクサイ人になってるような気が・・・そんな不安さえ、脳裏を過る。
でも、ユミがこんな風に言うってことは、もしかしたら知らず知らずのうちに言ってしまっているのかもしれない。
「・・・少し気をつけよう・・・」
セイはポツリとそう呟くと、少し赤くなって俯いた・・・。
「それからねっ!」
『まだあるのっ!?』
ヨシノはもう勘弁してくれ、と云わんばかりにそう聞き返したが、
ユミはそんな事全く気にも留めず嬉しそうに、うん!と答えた。
そしてまた話し始めるユミ。げんなりするヨシノ。
きっと、ヨシノは今頃ユミにこんな話を振った自分に酷く後悔していることだろう・・・。
「もちろんあるよ。だって、理想のデートでしょ?そもそもデートの始まりは待ち合わせでしょ!」
『ちょ、ちょっと!!』
「ここまで来てデートの初めに戻るの!?一体どこで終わるのよ!!」
多分。今ヨシノとセイの気持ちは一つだ。そうに違いない。
そろそろ終わりかと思っていた終業式の校長先生の話が、
さらにまだまだ続くのだ、と思った時のあの気持ちにとてもよく似ている。
しかしこれはユミの話だ。聞かない訳にはいかない。ある意味拷問に近い・・・。
「だって、言い忘れてたんだもん。
でね?同じ家に住んでるからって、そういうのをおろそかにしちゃいけないと思うのよ。
新鮮な気持ちを持ちたいなら、ここはやっぱり待ち合わせだよね!
で、聖さまは珍しく私よりも早く着いててね、私が待った?って聞いたら、全然、って答えてくれるの!
でも、本当はきっと30分ぐらい待っててくれてるのよっ!!」
「『ど、どうしてっ!?』」
またしてもセイとヨシノは同じツッコミを入れる。もう、タイミングバッチリだ。
「だって、聖さまってばいっつも私を待たせるんだもん。たまには私よりも先に来てもらわないと。
だ・か・ら!私気づいたの。予定の時間よりも30分も前に待ち合わせをすればいいんだ!って事に」
「『なるほど』」
「それは・・・なかなかいい案かもしれないな・・・っていうか、私そんなにもいっつも遅刻してる!?」
セイは今までの自分の行動を思い返して、頭を抱えた。
確かに遅刻してるかもしれない。まぁ、せいぜい5分程度だが・・・遅刻は遅刻だ。
そのことで今までユミは何も言わなかったけれど、実は内心結構怒ってたのかもしれない・・・。
「で、話は遊園地に戻して・・・最後は観覧車ね!
夕暮れ時の真っ赤な空を見上げながらロマンティックなムードは最高潮になるわけよ!
そこで・・・一番上についた時に・・・ふ・・・ふふふ・・・うふふふふふ、これ以上は言えないわー」
『・・・うん、分かった・・・何となく祐巳さんの言いたい事・・・だから言わなくていいよ・・・。
ところで・・・ジェットコースターは?遊園地といえばジェットコースターでしょ?』
「ジェットコースター・・・ね。ジェットコースターは私嫌いなの。だから乗らない。
それよりも観覧車よ、観覧車!!はぁ・・・私・・・どうなっちゃうんだろう・・・夕焼けに照らされて・・・」」
ユミは突然声のトーンを落としてそう言い切った。
そしてその後すぐにまた、ホウ、と夢の世界の住人になってしまう・・・。
『そ、そうですか・・・』
どうやらジェットコースターは相当嫌いらしい・・・。
ヨシノはそう言って、多分電話の向こうで一人ニヤニヤと、
不振な笑みを浮かべているであろうユミの顔を想像して、思わず苦笑いしてしまう。
そしてもちろんこの人も・・・。
「祐巳ちゃん・・・妄想しすぎ・・・最高潮になるムードって何よ・・・。
ムードが最高潮になったら私何するのよ・・・。
しっかし・・・ジェットコースターは嫌いなんだ、祐巳ちゃん・・・良い事聞いちゃった」
もう、何と言っていいか分からないほどのユミの乙女チックさに、セイまでもが呆れてしまう。
そして、それと同時に思うことがあった。
「本当は・・・そんなデートがしたかったんだね、祐巳ちゃんは・・・」
セイはそうポツリと呟くと、クスリと小さく笑った。
「ほんと・・・可愛いな・・・」
セイはそう言って、音を立てないよう立ち上がると自室へと向かった。
今聞いたユミのデートプランの作戦を練るために・・・。
『祐巳さん?終わった?夢のデート』
ヨシノはもう、早く終わらせようと必死だった。
まさかユミがそんなにも話し出すなんて予想もしていなかったのだ。
しかし・・・ユミの答えは・・・またしてもヨシノの予想には反するものだった。
「うん、まぁ大体は」
『大体!?本当はまだあるの!?』
「うん。細かく言えばって意味だけど・・・由乃さんはどんなデートがいいの?」
『私?私は・・・うんと普通でいい・・・』
「そうなんだ。でも、私のも普通だったでしょ?ところで・・・何か参考になった?」
『う?う・・・うん・・・まぁ・・・令ちゃんなら喜んだだろうなって思った』
これはレイに聞かせてあげたかった。どちらかと言えば。そうすればきっと話もさぞ弾んだ事だろう・・・。
「あっ!やだ、もうこんな時間!!ごめんね、由乃さん長電話しちゃって・・・しかも私ばっかり喋っちゃって・・・」
ユミは部屋の時計を見て、慌ててそうヨシノに言った。なんだか殆ど自分ばかりが喋っていたように思う・・・。
いや、実際ユミばかり喋っていたのだが、ここはあえて黙っておく事にしよう。
『ううん、いいの。なかなか面白かったし・・・それになんだか祐巳さんの以外な一面も見れたし。
楽しかった!ありがとう!!それっじゃあまたね、祐巳さん。聖さまにもよろしく』
「うん。伝えとく。こっちこそ令さまによろしく!お休みなさい」
『うん、おやすみ〜』
ガチャン。ツーツーツー。
「はぁ・・・楽しかった・・・」
ユミは電話をリビングに戻しに行く途中、セイの部屋から明かりが漏れている事に気づいた。
コンコンとノックをしても返事が返ってこない・・・。ユミは恐る恐るドアノブに手をかけた。
「聖さま〜・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
セイはパソコンに向かって、何か調べごとをしている。
ユミが音を立てないよう後ろから近寄って何を見ているのかを覗き込もうとしたら、
それよりも先にセイが振り返ってしまった。
「うわぁ!!電話終わったの!?」
「はい!聖さまは何してたんですか?」
「え?ああ、うん。ちょっと調べ物してたの。祐巳ちゃんは電話、楽しかった?」
セイはニッコリと笑って、カチャリとかけていた眼鏡を外した。
実を言うと、あまり視力はいいほうではないセイ。最近眼鏡を新調したのだ。
時と場合によってかけたり外したりしている。
「はい!とっても楽しかったです。あ!由乃さんが、聖さまによろしくって言ってました」
ユミはセイの眼鏡姿がとても好きだった。
何故か眼鏡をかけるだけで、いつもとは違う人に見えてドキドキしたから・・・。
ただでさえ端正な顔立ちなのに、眼鏡をかけることによって、そこにストイックさがプラスされる。
そんな感じがユミにはたまらなかった。
「そう、良かったね」
セイはそう言ってイスから立ち上がると、ユミの肩に腕を回してそのまま回れ右をさせると、
部屋を後にした。
ユミはすごくご機嫌で、鼻歌交じりに廊下を歩いている・・・。
「なんだか・・・凄いご機嫌だね・・・」
こんなユミちょっと怖い。セイはそう思いながらそんな風に言うと、ユミはクルリと振り返ってにっこりと笑う。
「ええ!だって、本当に楽しかったんですよ!」
ユミはそう言って早足でリビングに入ると、コーヒー飲みますかー?と、セイに声をかけた。
セイはそんなユミに、ありがとう、と返事を返すと、困ったような呆れたような不思議な笑みを浮かべ言った・・・。
「そりゃそうでしょう・・・本当に楽しそうだったもんね。気の毒な由乃ちゃん・・・」
コーヒーのいい香りがする。
リビングにはいつものように二人きり・・・。
でも少しも寂しくなどない。ユミの笑顔が・・・温もりが、そこにはあるから・・・。
お姫様は、騎士が思っていたよりもずっと、甘い恋を夢見てました。
その甘さといったら半端ではありません。まるで御伽話のような甘さです。
騎士はそんな姫すらも可愛く思えました。
しかし、騎士はなんといってもイジワルな事で評判だったので、
ここでもまた何かとんでもない事を考えていました。
そんな事をこれっぽっちも知らない姫は、上機嫌で今日も理想の恋を思い描くのでした。
理想と現実にはさほど差はないのかもしれない。
ただ、そう思えば思うほど、理想はどんどん遠のいて・・・。
現実はなかなか追いついてはきてくれない。