いつか読んで聞かせてあげる。
私の大好きな御伽話を。
いつかキミに聞かせてあげる。
私とキミの、御伽話。
秋の夜長というけれど、長さは結局何も変わらず。
時間が本当にのびる訳でもない。だから今を大切に。
不思議が一杯のこの世界で、まるで絵本のような生活を送りたいと願うのは、決して悪い事じゃない。
楽しく生きるには、笑って過ごすのが大事だと誰かが言った。
けれど、世の中笑ってばかりじゃいられないこともある。
だからこそ、大切な人と一緒に過ごす時だけは大切にしたい。
「あぁ〜つっかれた〜〜〜」
セイはう〜ん、と大きく伸びをして、そのままソファーに倒れこんだ。
最近運動らしい運動なんてしてなかったから、身体が鈍っていたのだろう。
腕や腰がパキパキと小さな音を鳴らした。そんなセイを見て、ユミは苦笑いしている。
「お疲れ様でした。はい、お茶ですよ聖さま」
「お!ありがと〜祐巳ちゃん大好き〜」
「はいはい」
ユミが仰向けになって倒れたセイの手を引っ張ってやると、ようやくセイは身体を起こした。
大きなあくびをしながらノロノロとお茶をすするセイは、なんだか少し亀に似ている。動きが。
ユミはチラリと時計を確認して、自分の目を疑った。
「・・・ごっ、五時・・・」
そう、もうすでに夕方の五時を少し過ぎたところだ。
「あぁーやっぱり一日かかっちゃったか〜」
「・・・・・・・・・・・・」
セイのあっけらかんとした態度に、ユミはフルフルと小刻みに震える。
そもそも、本当ならこんなにも衣替えに時間がかかる訳無かったのに・・・。
そう思うと、ヘラリと緩んだセイの顔が憎らしくてしょうがない。
「今日、晩ご飯何にしようか?ねぇ、祐巳ちゃん・・・祐巳ちゃん?・・・祐巳ちゃんってば!」
「うあいっ!?」
「何、その返事・・・変な祐巳ちゃん」
セイはユミの驚いたような何か焦っているような表情に、思わず笑ってしまった。
さっきから時計をチラチラ見ながら、何かに追われるように衣替えをしてたユミ。
そんなユミが可愛くて、ついついいつものように意地悪してしまった。
わざと中身をぶちまけたり、ユミの服と自分の服を入れ替えたり。
それを見つける度にユミはセイをキッと睨み、涙目でしぶしぶ元の位置に戻してはまた作業に取り掛かっていた。
ユミはとても素直で、セイがわざとそんな事してるとも知らずに、頭を捻っているから、
尚更可愛くて・・・どうしても止める事が出来なかった。
きっとケイにこんな話をすればまた、アナタって本当に最悪よね、と言われるに違いない。
セイがいつまでたっても笑っているのを見て、ユミはプ〜っと頬を膨らませた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですかっ!!」
「ごめんごめん。だって、本当に変な返事なんだもん。何考え事してたの?」
「い、いいえ?何も考えてませんよ・・・何も・・・」
グス、と鼻をすするユミ。大抵はこんな風に鼻をすすればセイは心配して真面目に話を聞いてくれる。
だからその時に言おう。
『聖さま、今日は何の日か知ってますか?』と。
・・・ところが。今日のセイはどこかいつもと違った。
なんというか、とても気がきかない。ユミレーダーが故障でもしたのだろうか?
鼻をすすったユミを見て、慌てたようにティッシュを手渡してくれる。
「大丈夫?埃アレルギーか何かかな?掃除もしなきゃだね」
「うぅ・・・そうですね・・・」
どうしてだろう・・・いつもと変わらず優しいセイ。それなのにどうしてだろう・・・こんなにも哀しいのは!!
見当違いな心配をしてくれるセイ。嬉しいんだけれど、何か納得がいかない。
こうなったら、もう言ってしまうしかないのだろうか?
ユミは意を決して口を開こうとしたその時、セイがニッコリと笑顔で言った。
「さて、じゃあ頑張った祐巳ちゃんにご褒美あげなきゃね。明日の記念日はどこかに出かけようか?」
「・・・は?」
明日?明日の記念日って、一体何の事だろう・・・。
ユミは目を白黒させて、正面に座っている笑顔のセイの顔をマジマジと見つめた。
「もしかして祐巳ちゃん忘れたの?明日は私達が初めて出逢った日でしょ?」
セイはユミの顔がおかしくて何度も噴出しそうになったが、かろうじてそれを堪えると少し怒ったような顔を作る。
ユミは何を勘違いしていたのか、出逢った日は完全に今日だと思い込んでいたらしい。
ユミがあのカレンダーに印をつけた時、セイは一瞬なんの印かが分からなかった。
頑張って思い出そうとしてみたけれど、いくら考えてもその日に心当たりはない。
もしかしたらユミの用事なのかな?とも思ったけれど、
それならそうと用事を細かく書き込む筈のユミが何も書き込まなかったところを見て、
これは自分にあてたメッセージなのだと思った。
暗黙のメッセージ・・・これほど怖いものも無い。なんだか、記念日を忘れてしまった夫みたいな気分だ。
妻はどこかそわそわしながら夫が記念日を思い出してくれるのをひたすら待っている。
日に日に場所が変わるカレンダー。少しづつ少しづつ目に留まる所に移動していた。
それが分かるにつれてプレッシャーはどんどん大きくなってきて・・・。
そして・・・ある日突然思い出した。あの印・・・そう、あの印の次の日こそが・・・。
「私達の運命の日を忘れるなんて・・・祐巳ちゃん酷い・・・」
わざとシナをつくってそう言うと、ユミの顔から一瞬にして色が失われた。
顔面蒼白・・・まさにそんな感じ。
「あ・・・え!?きょ、今日じゃありませんでしたっけ??」
ど、どういう事だろう??ユミは自問自答した。まさか一日間違えるなんて・・・。
ユミは勢いよく立ち上がると、自分の部屋に駆け込み今しがた片付けたばかりの荷物の中から一冊の手帳を取り出した。
ページを物凄い速さで繰って、今日を探す。
・・・あった・・・あったけど・・・。
ユミがそう思った瞬間、突然後ろに人の気配を感じた。
「どう?今日だった?」
「ひっ!!!」
突然耳元で囁くように聞こえたセイの言葉には、凄く色気があってゾクゾクする。そしてほんの少しのトゲも・・・。
ユミはページを震える手でめくりながら、耳に意識がいかないよう必死でこらえた。
耳元に微かなセイの吐息がかかる・・・その度に心臓がバクバクしてはちきれそうになってしまう。
「・・・どう?私が間違えてた?」
セイはユミの肩に軽く手を置き、さらに身体を近づけた。
薄暗い部屋の中で、ユミが緊張しているのが手に取るようにわかった。
自分の声に、手に硬直するユミが、可愛いやら切ないやらで何ともいえない甘い痛みが胸を走る。
ユミはもう堪えきれなくなったのか、クルリとこちらに向き直り手帳を握り締めて涙目でセイの顔をじっと見た。
「も、もう!!わざとやってません!?」
絶対わざとだ!!ユミはセイの胸に額を押し当てて、そのままグリグリと額をこすりつける。
案の定セイは、ひっ!と短い叫び声をあげユミの頭を自分の胸からはがそうとする。
「ちょ、まって、祐巳ちゃんっっ!!!く、くすぐったっ!!!!」
セイはようやくユミの頭をグッと押さえ、一瞬ユミの動きが止まったその瞬間をついて、ユミの身体を抱き寄せた。
というよりは、動きを封じた。
「はぁ・・・はぁ・・・もう、何するのよ」
「何するの、はこっちのセリフですよ!!一生懸命探してるのにっ!!」
「あれ?私何もしてないじゃない」
「嘘ですよっ!!いかがわしい事しようとしてましたっ!!!!」
ユミはセイに抱きしめられながら、力の限りそう叫んだ。そんなユミにセイは、あはは、と笑い声をあげる。
「いかがわしい事って何?言ってくれないとわからないなぁ」
「そっ、それはっっ・・・もういいです!!!」
セイの意地悪な声に、ユミは真っ赤になって俯いた。
握り締めた手帳が心なしかヨレヨレになっているような気がしたけれど、この際そんな事はどうでもいい。
ユミは記念日を一日間違えていたのと、セイへの恥ずかしさでもう一杯一杯だった。
どうにかして早くこの場から逃げてしまいたい!穴があったら・・・はいりたいっ!!!
心からそう叫びながらセイの腕から身体を外すと、一目散にリビングへと逃走した。
後ろからセイの笑い声が聞こえてくる・・・きっと、結局ユミの間違いだった事が分かっているのだろう。
「祐巳ちゃ〜ん?結局どうだったの?」
セイはリビングに入るなり、ぶっ、と噴出しそうになるのを口元を押さえる事で回避した。
ユミはソファーの上で小さく丸くなってクッションを頭に被ってうずくまっている。
なんて分かりやすい・・・セイは笑いをこらえつつユミに近寄ると、ユミの上からクッションを取った。
ビクンと身体を揺らすユミ。きっと、恥ずかしくてしょうがないのだろうが・・・。
「祐巳ちゃん、祥子に何度も言われたでしょ?そういう態度は私を喜ばせるんだけだって。
ねぇ、ほら、こっち向いて。顔上げて?」
セイは優しくユミの顔に両手を添えると、ゆっくりとユミの顔を上げさせた。
ユミの顔は耳まで真っ赤で、眉毛なんてハの字になっている。
セイはそんなユミを見て、小さくクスリと笑うと言った。
「いいよ、別に覚えてなかったからって怒ったりしないよ。
そんなの毎回毎回覚えてたら、毎日何かしなくちゃならないじゃない。
私はね、祐巳ちゃんとの毎日が記念日になるんだと思ってるよ。祐巳ちゃんは違うの?」
セイの質問に、ユミはゆっくりと頭を振る。
「月並みなセリフだけどさ、一日だって同じ日は無いんだからさ。
だから別に無理して覚えてなくてもいいと思うんだ、私は。誕生日とかクリスマスとか、それぐらいで十分じゃない。
でも、明日はやっぱり何かしないとね。初めて逢った日ぐらいはいつもより大事にしたいしね・・・。
だから、たとえ間違えてたとしても、祐巳ちゃんの気持ちは嬉しかった。ありがとう」
セイはそこまで言って、愛しそうにユミの身体をもう一度抱き寄せる。
今度は、もうユミは逃げようとはしなかった。
「でも・・・私・・・結局間違えてて・・・しかも・・・手帳にまで書いてあったのに・・・本当にどん臭くて・・・。
こんな自分がもう嫌で嫌で・・・」
ユミはセイに甘えるように少しづつ言葉を繋げた。
間違えた事もショックだったけれど、それ以上に自分のドジさに腹が立つ。
手帳に書いてあるにもかかわらず間違えて、しかもそのせいで今日は何度セイに八つ当たりをした事だろう。
そんな自分に腹が立ってしょうがないのだ。
でも、セイはそんなユミにも怒る事はなかった。それどころか・・・。
「ああー・・・まぁねぇ。
でも、祐巳ちゃんのドジは別に今始まった事じゃないし、頑張りすぎて空回りするのも知ってるし・・・。
何より、ここ数日楽しませてもらったし・・・黙ってた私も悪いし、別にそんな事ぐらいで怒らないよ、今更」
「・・・黙って・・・た・・・?楽しませて・・・もらってた・・・?」
どういうことだ!?ユミはセイの顔をマジマジと見つめた。
セイは少しだけ口の端をあげてニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
その笑顔を見た瞬間、ユミは全てをようやく理解した。
ヤラレタ!!!
「わ、分かってて黙ってたんですかっ!?」
「まぁね。だって、祐巳ちゃんの行動が面白くてさ。
日に日にカレンダーは時計の傍に近寄るし・・・っくく・・・それにやたらに記念日がーとか使うし・・・。
解りやすいんだよ、祐巳ちゃんは・・・くくく・・・ふふ・・・あはは」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セイはもう我慢できないとばかりに思い切り笑い出した。
ユミの肩を両手で掴み、楽しい一時をありがとう、だなんてお礼まで言ってる。
一方ユミは、今までの自分の行動を思い返してもう一度頭からクッションを被った。
もう当分そっとしておいて欲しい・・・そう、思いながら・・・。
イタズラ好きの騎士は、本当はお姫様の気持ちに気がついていました。
けれど、相変わらず騎士はお姫様の想いには知らん振りです。
お姫様は、あれやこれやと手をつくします。どうにかして気づいてもらおうと。
けれど、お姫様がする事は全て裏目に出てしまい、騎士にはなかなか届きません。
一方、騎士にはある作戦がありました。
これは一代サプライズでしたので、決してお姫様にバレてしまってはいけません。
騎士はお姫様のおかしな行動に、何度も何度も笑いそうになりました。
でも、バレてしまってはいけない、と、その度に心を鬼にするのでした。
記念日なんて、そうしょっちゅうなくていい。
本当に大切な日は、心の深くにちゃんと眠ってるから。