アナタは、今日もまた相変わらず月の光と小さなライト一つ頼りに、
お気に入りのソファーでお気に入りの本を読んでいるの?
ねぇ、どんな話を読んでいたのか、いつか私にも読んで聞かせて?
決して手の内を私に見せようとしないアナタだから・・・。
秋。
この季節の何が好きって、半そででも長袖でも通用するところ。
夏の間お世話になった布団とか、キャミソールとかは全て仕舞って、
代わりに冬用の毛布とかブーツとかコートとかを片っ端から引っ張り出すと、
今までパンパンだった洋服ダンスが、ありえないぐらいスッカスカになってしまう。
冬ほど寒くはなく、夏ほど暑くない。色にすれば茶色い季節。春とはまた違う、どこか物悲しい空気。
夕焼は真っ赤に染まり、どこか郷愁すら感じるこの季節は、いつも以上に誰かが恋しくなる季節でもある。
寒い日に二人でつつく鍋も、一つの毛布にくるまって月明かりだけが差し込む部屋の中、
夜中までとりとめもない話をするのも、この季節ならでは。
それなのに、ここ、佐藤・福沢両家では・・・。
「だ〜か〜ら〜!!それはそっちじゃないってば!!」
「じゃあどこに入れたらいいんですかっ!!!」
「だからそれはぁ・・・祐巳ちゃんっ!!!危ないっっ!!!!!」
セイは持っていたコートを床に放り投げると、慌ててユミの身体を抱きかかえた。
ユミの乗っていたイスは、床に転がりガタンと大きな音を立てる。
その拍子に持っていたプラスチックケースが落ちて中身が床に散らばってしまい、
結局また初めからやり直しになってしまった。
「大丈夫?怪我はない?」
セイの心配そうな優しい声。ユミは首をすくめると小さく頷き苦い笑みを浮かべた。
「・・・ビックリした・・・ありがとうございます、聖さま」
「もう!ビックリしたのはこっちだってば」
セイはそう言ってユミを床にゆっくり下ろし、散らばった洋服達をまたプラスチックケースに丁寧に仕舞い始めた。
「はぁ・・・これで夏も終わりですね・・・なんだか寂しい」
ユミはしゃがみこんで、セイが一生懸命服をたたんでいるのを横目で見ながら、膝の上に頬杖をつきながら呟く。
すると、それに気づいたセイは、口をほんの少し尖らせる。
「ほら、感傷に浸ってないで手伝ってよ。それとも・・・ワザとそうやって話逸らしてるの?」
「あ、バレました?だって、これでも三つ目ですよ?いい加減疲れません?」
「疲れた。疲れたけど、今のうちにやってしまわないとまた後で慌てなきゃならないでしょ?
だから今全部やっちゃうの。ほら、これは祐巳ちゃんの」
そう言ってセイはピンク色のキャミソールをユミに手渡し、また黙々と後片付けを始めた。
さっきからこうやって何度も何度も片付けてはやり直し、片付けてはやり直しばかりで一向にはかどらない。
ユミはセイの手からキャミソールを受け取ると、それを持って自室へと帰って行った。
「はぁ・・・朝からずっとこんな調子だもんなぁ・・・」
ユミはたった今持ち帰ったばかりのキャミソールを、洋服ダンスに仕舞うと大きなため息を落とし、
机の引き出しから一枚のチケットを取り出した。
「・・・行きたかったなぁ・・・」
チケットには楽しそうに笑うカップルの写真が印刷されている。
ユミはその写真をしばらく恨めしそうに見つめていたけれど、
やがて意を決したようにチケットを丸めてゴミ箱に投げ入れた。
期限は今日まで。今日でなければ意味がない。だって、今日は・・・。
ユミは時計を見つめ、もう一度大きなため息を落とすと、チラリと時計に目をやる。
・・・時計の針はもうすぐ午後3時を指そうとしていた・・・。
今日は久しぶりに天気が良かった。
ここのところずっと曇ってばかり居たから、こんなにも青空を見るのは久しぶりだった。
ユミにとって、今日という日はとても大切な日で、そんな日にこんなに晴れるなんて、
これはもうお天気の神様が味方してくれているに違いないとさえ思っていたのに、セイもきっとそうだと思っていたのに。
この天気の良さが、まさか裏目に出るなんて思ってもみなかったユミは、
朝一番のセイの言葉にどれほどガッカリした事だろう。
朝、上機嫌で朝ごはんを作っていたユミに、セイは優雅にコーヒーを飲みながら言った。
「祐巳ちゃん、今日はこんなにも天気がいいし、衣替えでもしようか」
と。
いつもなら・・・いつものセイなら、きっとこんな日はどこかに出かけようと言う・・・筈だった。
それなのに・・・それなのに!!どうして今日に限って衣替えしようなどと言い出したのか。
ユミは思わず持っていたお皿を床にばら撒きそうになったのを、慌てて堪えるとセイの顔をマジマジと見つめた。
「な、何です?い、今衣替えって・・・言いました?こんなに天気がいいのに?」
「だからだよ。天気がいいから衣替えするんじゃない。嫌でしょう?冬になってから慌てるの」
「そ、それはそうですけど・・・でもだからって・・・今日は・・・その・・・」
「何?今日は都合悪いの?」
「え!?いえ、あの・・・今日はほら!ねぇ!?」
ユミはそう言ってチラリとカレンダーに目をやった。
カレンダーには今日のところに大袈裟に花丸がついている。
これはユミが二ヶ月も前からつけていた印で、セイもきっと気づいているに違いないのに、
セイは一向にその印について聞いてこようとはしなかった。
万が一、今日という大切な日をセイに忘れられでもしていたら・・・そう思ってつけた印だったのに、
どうやらそれもセイには通じなかったらしい・・・。
ユミがチラリとカレンダーに目をやった事で、セイはさらに勘違いしたらしく、申し訳なさそうにこう付け加えた。
「ああ、そうか。気づかなくてゴメン。今日は祐巳ちゃん何か大事な用があるんだっけ?
二ヶ月も前からカレンダーに書き込むぐらいだから相当楽しみにしてたんでしょ?
行ってきてもいいよ?一日あれば私一人でも十分出来ると思うし」
セイはそう言って残っていたコーヒーをズズズとすすると、まだ呆けたままのユミにニッコリと笑顔を向け言った。
「ね?私は大丈夫だから、行っておいでよ!」
と・・・。
「・・・いえ・・・いいです。大丈夫です・・・私の思い違いですから・・・カレンダーの印・・・」
「そうなの?なら、一緒に衣替えしてくれる?」
「・・・ええ・・・今日、ヒマですから・・・」
「ありがとう、祐巳ちゃん」
「・・・はあ・・・」
セイはそう言って満面の笑みを浮かべると、ユミの身体をギュっと抱き寄せ、頬にキスしてくれた。
そんな風に満面の笑顔で送り出されても今日の用事はセイとでなければいけないのに、どうしろというのか。
セイは一旦決めると、もうテコでも動かない。それはユミにもよく分かっていたから、この際ここは作戦変更して、
衣替えを早く終わらせるのが得策だと考えたのだが・・・。
「まさかこんな事になるなんて・・・グス・・・」
ユミは鼻をすすると床に転がって今さっき捨てたチケットの入ったゴミ箱を睨みつけた。
別にゴミ箱が悪いわけじゃない。それはわかってるのに、どうにも憎らしくてしょうがない。
セイが忘れないように、と思ってつけた印も、この行楽日和のお天気も、全てが裏目に出てしまって、
ユミは何ともいえない悲しみに打ちひしがれていた。
いつもそう・・・セイが絡むとこんなにも胸がザワザワする。些細な事で腹が立ったり、些細な事が嬉しかったり。
昔はこんなにセイの事を愛しく想うなんて思ってなかったし、ましてやこんな風に一緒に暮らすことになるなんて、
思いもしてなかった。
ただ漠然と、自分は高校を卒業したら大学に進んで、大学を出たらどこかに就職して、
普通に社内恋愛して結婚したりするんだろうな、子供は三人ぐらいで、ささやかでもマイホームがあって・・・。
ずっとそんな事を考えていたのに、まさか自分が女の人とそういう関係になるなんて・・・。
ましてやその相手は伝説とまで言われる程の人気の先輩だなんて、誰が予想してただろう?
リリアンの中だけの事ならまだいい。
・・・でも、セイは一歩外に出ると、その美貌だけで注目を集めるような人なのだ。
中身を知れば、もっと人を惹き付けるに違いない。
まさかそんな人が今一緒に暮らしているなんて・・・。
しかも、想像してたよりもずっと幸せだなんて事、誰が予想できただろう。
きっと・・・誰にも想像出来なかったに違いない。
でも、初めて会った時から他の皆とは違う、不思議な感情を抱いたのは確かで、
それが恋だと分かるのに相当な時間を費やしてしまった。
ユミは、どうにも拭いきれない痛みも、悲しみも、喜びも全てセイに預けてある。
その感情を取り出すのはセイでなければ出来ないのだ。
心をこんな風に誰かに預けるのはとても不安だったけれど、今は違う。
セイになら預けてもいい。セイ以外には考えられない。
痛いぐらいの愛が欲しい、と言ったセイの言葉を思い出し、今ようやくその意味が理解できた。
束縛や、独占、そういうのとはまた違う意味合いのセイの言葉。
本当の意味は・・・セイしか知らないのかもしれないけれど・・・。
「よっし!あと一息だ!!!」
ユミは身体を起こすと、部屋から弾かれるように飛び出した。
「聖さま、次は何します!?」
「あれ?祐巳ちゃん何かいいことあった?」
セイは、ユミの表情を見るなり不思議そうな顔をして言った。
その質問に、今度はユミが不思議そうな顔をする。
「?どうしてです?」
「え、だって、何だか顔が嬉しそうだから・・・いい事あったのかな?って」
「んー・・・いつもと一緒ですよっ!」
エヘヘ、と笑うユミに、セイもまたニッコリと笑う。
ユミの楽しそうな顔を見ているのが、今の所セイの一番の楽しみだったりするのだ。
だから、こんな風に思いもかけずユミの笑顔を見ると、何故か自分まで楽しくなってしまう。
「そう?なら良かった。今日も楽しい?」
「はいっ!」
セイの質問に、ユミはさっきよりもずっと笑顔でそう答えた。
秋の日の、天気の良いある日のお話。
とあるお城にイタズラ好きの騎士と、お姫様が住んでおりました。
お姫様は、騎士の気を引こうと必死になりますが、騎士は任務に夢中で一向に気づきません。
お姫様は、しょうがなく騎士の手伝いをしますが、騎士はそれでもお姫様の想いに気づきませんでした。
でも・・・本当は・・・?
いつか読んで聞かせてあげる。
私の大好きな御伽話を。
いつかキミに聞かせてあげる。
私とキミの、御伽話。