心が壊れそうなほど誰かが好きで、


もう元には戻れそうになくても、


いつかは誰かがその穴を埋めてくれるのなら・・・、


やっぱり私には、キミしか居ないと・・・そう思うんだ。





淡い、消えそうな夢を見た。夢の奥深くでキミが笑う。

だから私は笑った。ただ・・・笑った・・・。愛しくて、切なくて。

夢の中のキミは私にキスをしてくれた。前みたいに頬ではなくて、ちゃんと唇に。

私はキミを逃すまいとして必死に掴まえようとしたけれど、どうしたって手が届かない。

キミは一度だけ振り返って、私の前から姿を・・・消した。

私にはそれがとても耐えられなくて、大声でキミの名前を叫んだけれど、キミはもう二度と現れてはくれなくて。

そして・・・。


「祐巳ちゃんっっ!!」

私は自分の声に目を覚ました。ベッド脇に居たシマコはもう居ない。

シマコがついさっきまで座っていたイスの上には置手紙が置いてあった。

『お姉さまへ。

本当はお姉さまが目を覚ますまで居たかったのですが、

お姉さまのお友達の方がいらしたので私はこれで失礼いたします。

また、お見舞いに来ますね。   志摩子』

なんて簡潔な置手紙なのだろう。シマコらしくて思わず笑ってしまう。

それにしても・・・お友達って誰の事なのだろうか?

私が入院している事を知っているのなんてそう居るはずがない。

と、その時だった。衝立の向こうのドアがゆっくりと開き、誰かが中に入ってくる気配がした。

「あら、佐藤さんおはよう」

「かっ、加東さん!?」

私は思いもかけず姿を現したケイに思わず驚きの声をあげた。

「ど、どうして私がここに居ること知ってるの!?」

「どうしてって・・・そりゃあなた、3日も隣の席の人が無断で休んだら普通は心配するでしょう?」

「そ・・・そりゃそうだけど・・・それで、わざわざ来てくれたの?」

「まぁね。ついでに渡したいものもあったし・・・それにしても・・・ものすごい声だったわよ?」

ケイはそう言ってさっきまでシマコが座っていた場所に腰を下ろし、苦笑いを浮かべている。

「・・・え・・・?き、聞こえてたの・・・?」

私はさっきの自分の声を思い出して恥ずかしくなって俯いた。

まぁ確かに、相当大きな声ではあったのだが・・・まさか聞かれてたなんて・・・。

「祐巳ちゃん!!でしょ?ばっちり聞こえてたわ。そんなあなたにお手紙を預かってるんだけど・・・今渡そうか?」

ケイはそう言って何やら自分の鞄の中をゴソゴソと漁り始めた。

手紙・・・手紙にはあまりいい思い出はない。

こうやって人づてに渡ってくる手紙など、本当にロクでもないものばかりなんだ。

「いや・・・いいや。帰り際にちょうだい」

私はそう言ってケイの手を止めた。ケイもただ頷いて鞄を足元に置く。

「で?ストレスからくる胃炎なんですって?」

「・・・そう。みっともないよね・・・ほんと」

「全くね。もっと図太いのかと思ってたけど・・・案外脆いのねぇ、佐藤さんは」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ケイの言った事はもっともだった。私だってもっと自分が強いと思っていた。

それなのにこんなにも簡単に壊れて・・・なんて脆いんだろう・・・。

たかが恋愛じゃないか。それなのにどうしてこんなにも苦しいんだろう。皆もそうなのだろうか?

それとも・・・私だけがやっぱりおかしいのだろうか・・・?

「まぁでも、大した事なくて良かったわよ、ほんと。

今のうちにしっかり休みなさい。そして・・・祐巳ちゃんにもちゃんと伝える事ね」

「・・・ん、そうだね・・・でも、今更何が言えると思う?私に・・・」

私は大きなため息を落としながらそう呟くと、ケイはニコリともせずに言う。

「今更も何も・・・あなた達まだ何も始まってないじゃない。

あなたは勝手に終わったと思ってるのかもしれないけれど、相手は・・・どうかしらね?」

「・・・どうかしらね、って・・・」

一体ケイは何が言いたいというのか。シマコといいケイといい、まるでユミが私の事を好きみたいに言って・・・。

そんな訳ないのに・・・そんな事がある筈がないのに。

そんな事わかってるのに・・・どうしてこんなにも寂しいのだろう・・・どうしてこんなにも孤独なのだろう。

心のどこかでずっと期待してて、そうかもしれないなんて思って・・・。

全く馬鹿みたいだ。

ユミと一緒い笑ってる時はあんなにも満たされていたのに、満たされた途端に怖くなって。

私は一体どうしたいのだろう。どうすれば満足するのだろう・・・。

ちゃんと想いは伝えてない。でも、想いを伝えるほど私の心は完全じゃない。

ユミが好きなのに、後一歩がどうしても踏み出せない。それは怖いからなのかどうなのかすら・・・解らない。

私は何に怯えているの?私は何を怖がっているの?

理屈じゃない。そんなの解ってる。でも、理屈で片付くのなら・・・いっそそうしてしまいたい。

私が黙り込んでそんな事を考えていると、ケイはゆっくりと立ち上がり言った。

「あなたも周りの人も・・・皆不器用ね、もちろん私もだけど。でも、だからこそこんなにも放っておけないんでしょうね・・・。

もし私があなたなら、グダグダ考えるのはもう止めるわ。そして本人に直接言う。

言葉にならなくても、言葉に出来なくても、少しでも理解してもらえるまでじっくり話すわ。

どうにか伝えて、たとえ10のうち6ぐらいしか理解してもらえなかったとしても、それはそれでいい。

私にはそれで十分だもの。あなただってそうでしょ?心の全てを誰かに理解してほしいなんて思わないでしょ?」

「・・・そうね・・・誰にも私の心なんて理解出来やしないもの・・・。

そんなのは解ってる・・・でも、どうしてもそれが納得出来ない。

どうせなら100%の私を知ってほしい・・・そう望むのは・・・わがままなのかな」

わがまま・・・そう、私はわがままなんだ。いつだって。

全てが欲しくて、全てを与えたくて・・・完全になりたいと願ってしまう。

でも、何が完全かなんて・・・誰にもわからない・・・だから答えなんて出る筈もない。

「わがままだとは思わないわ。私だってそうだもの。

そりゃ誰か一人でもいいから私の事を全て理解してくれればいいと思うけど、でもそれはもっとずっと先の話よ。

イヤでも歳を重ねれば考えも変わるし、全ての事はサラサラと流れるものだもの。

だから今の時点で解ってもらうのは・・・無理だわ。

でもいつか・・・いつか私を丸ごと受け入れてくれる人が居たなら・・・私はその人に全てを差し出すと思う。

あなたは幸せよ。そう思える人がすでに近くに居るんだからね」

ケイはそう言って足元に置いてあった鞄を手にとり、中から茶色い紙封筒を取り出した。

「はい、これ。手紙とレポートが入ってるから、暇な時にでもレポートやりなさい。どうせ時間はたっぷりあるでしょ?」

「あ、ありがとう・・・でも普通お見舞いにレポートとかもってくる?どうせならもっと違うもの持ってきてよ」

「私、今回は貸さないからね。またいつ倒れて入院なんて事になるかわからないんだし。

それじゃあそろそろ帰るわ。またね、お大事に」

「うん、わざわざありがとう。気をつけてね」



パタンと病室のドアが閉まる。火が消えたみたいに静かになる病室。

何もない・・・誰も居ない・・・。

私はさっき見た夢を不意に思い出して、恥ずかしくなって笑ってしまった。

そうなんだ・・・私はユミになら全てを預けてもいいと思ったんだ。

だからこんなにも苦しくなったり胸が痛んだりした。どうしても伝わらない想いの狭間で、心は揺れてちぎれてゆく。

でもそれで良かった。沢山の想いに触れる事も出来たし、沢山の答えを見つける事も出来た。

いつまでも続く気持ちなんて、どこを探したって無くて、愛ですらいつかは形を変えてゆく。

それでいいんだ。今はまだ完全じゃなくても、たとえ完全になどなれなくても・・・。

いくら怯えても何も始まらない。何も始められない。それならいっそ・・・。

「・・・なんだ・・・簡単な事じゃない・・・」



クスリと小さく笑う私に、白い薔薇の花が揺れた。

まるで私の気持ちに頷くように。







怖くて眠れないとき、あなたは誰を思い出しますか?


辛くてどうしようも無いとき、あなたの傍には誰が居ますか?


私は誰も望みません。


でも、私には皆が居ます。









それぞれの告白   第二十一話